下った階段をもう一度上り直し、辿り着いたのはとあるフロア。
防衛のためにつぐみは気まぐれにビルのフロアごと、タンスの戸棚を入れ替えるように階層ごと模様替えをしている。ビルの大きさの割に行き来できるスペースが少ないことからその空白の部分に入れ変えの機構があることは解るのだが、どうやってフロアの入れ替えをしているのかは解らない。
そのせいで彼女の自室やラボがどこに存在しているのかは一般職員や警備職員どころか私だって知らないし、模様替えが行われた翌日はイヴからの通知があったとしても、自分の仕事場が解らなくなった大きい迷子がダース単位で発生する。しかも結構な頻度でつぐみ自身もどこに何があるのか忘れてイヴちゃんに道案内されている姿をビル内で発見できるので、色々と不安になる。
(まぁそのおかげで今日みたいな襲撃が起きた時に敵側が迷って侵攻速度遅れるってメリットがあるみたいだけど。)
「ここは……、ラボ?」
ゲデヒトニスによってセキュリティが外され開かれた扉、それと同時に部屋の中の電気が灯りホログラムが起動されていく。ユキが最後に見たつぐみのラボ、彼女の実家に作られていたものとは全然違う場所だ。
(すごい……。)
ユキがゲデヒトニスにMark2の在処を聞いたのち、彼女が予想していたひと悶着は全く起きず。ただ『かしこまりました、ついてきてください。』と言われただけ。
やれ戦っちゃダメ、やれ許可されてないからダメ。みたいなことを絶対に言われるかと思っていたが何もなくここに連れてこられた。少々拍子抜けを感じるユキだったが今もなお下の階では戦闘が続いている、疑問を感じるよりも先に行動に移さなければならない。
『ここの資材搬入用エレベーターを使うことで地下保管庫の方へ移動できます。』
そう言いながら目的のエレベーターまでてこてこ歩を進めるゲデ君、その後ろをついていくユキ。先ほどのツグミの出撃で開かれた壁はすでに元通り、いつも通りのラボに戻ってはいるが、ユキにとっては見たことのないものばかり。ついつい目移りしてしまう。
(色々ヤバい研究もしてるし企業秘密の塊だったから入らせてもらえなかったし、私もつぐみが自分だけの時間を大事にしてること、作業中に邪魔されるのが好きじゃないの知ってたからわざわざ入ろうと思わなかったけど……、すごく近未来的なデザイン。)
なんだか大事な秘密基地を教えてもらえなくて仲間外れにされていたような感覚を覚えるユキ。
そして、目的地まで到着した二人はゲデヒトニスの遠隔操作によって到着していたエレベーターに乗り込む。私自身つぐみのような知識を持っていないからこのラボのすごさを全部理解することはできない、けどこういった近未来的なものは大好きだ。時間があればずっと眺めていたいぐらい。
『では、地下25階まで参ります。本来は資材用なため少々揺れます、ご注意を。』
後ろ髪を引かれる思いをしながらも急いで乗り込む。私が秘書として教えてもらってたのは地下の5階までだったけど実はさらに20階も掘り進めていたことに驚きながらも徐々に落ちる速度を上げていくエレベーターに耐えるため備え付けられた手すりを握りしめる。
(私の知らない事ばかり、……たぶん他にもたくさん。)
『到着いたします、一瞬無重力になるためご注意ください。』
そう言われた瞬間、エレベーターの速度が徐々に落ちて行く。そして、浮遊感。
体が浮き、同じ籠の中にいるゲデヒトニス君もふわりと浮かぶ。少し前につぐみとの雑談の中で『最近は重力に凝っている』という話題が出ていたことを思い出した瞬間、体に重さが戻り足に地面が触れる。
『お待たせいたしました、地下25階。スーツギャラリーでございます。』
ドアが、開かれる。
秘密基地、というのが正しいのだろう。私の正面にはガラスケースに収められたスーツたち。左からMark1、中央にMark2、そしてそこに何かが収められていたであろうMark3のプレートが掲げられた空間が右に。
(中央のMark2、あれを……!)
つぐみの作ったスーツはMark3以外、彼女の背丈に比べてすごく大きい。あれなら私でも着れるはずだ。Mark1は2009年に作られたもので、Mark2は今年に入ってすぐに作られたもの、だったら新しい方が性能が高いはず。たぶんだけどMark2の特徴である二段階構造、その小さい方を取り除けば何とか……
「と、とりあえずロックを!」
Mark2のガラスケースに手を触れる。
【ユキ・フジカワ:認証完了】
「え……。」
私の手が触れた瞬間、ただ触れただけで緑の文字が浮き上がりロックが解除された。スーツを守っていたはずのガラスケースがただ触れただけで開いてしまい、驚く私を置いて機器は動き続ける。
元々の人の形を保っていたそれが徐々に崩れていき、スーツの内部がさらけ出される。取り出さなければ、と思っていた本来そこにあるはずの分機スーツもそこになく、何故かすぐ私が着れるようになっている。
「これは……、ううん、今は時間がない。」
浮かんだ疑問、そのすべてを排除して今はスーツを着る。置かれた足裏の部分に隠すように立ち、背中を合わせる。それと同時にスーツが展開していく。
【起動者認証完了、ユキ=フジカワ。またお会いできて光栄です。】
マスクも閉じられ、眼前の青いディスプレイに色々なものが表示されていく。何が何だかわからないけどスーツの図が表示されているからたぶんチェックしてるんだと思う。それが終わると、イヴちゃんの声で紡がれる言葉、抑揚が全くないからたぶん録音されたもの。それがどんどんと流れ出てくる。
【メッセージが一件届いています、また現在サポートAIが起動されていません。ゲストとして現在フリーのゲデヒトニスが対応可能ですが許可しますか?】
「許可します!」
【かしこまりました、ゲデヒトニスのアクセスを許可します。】
『……つながりましたね。サポートをさせていただきますゲデヒトニスです、着心地はいかがですかユキ様。』
いつの間にか部屋の隅に設置されてある彼専用の充電スタンドに移動していたゲデヒトニス君、ボディの電源はすでに切りこのスーツを動かすためにわざわざサポートしてくれるみたい。このスーツに彼が入ったせいなのか、さっきまで青色だった目の前のディスプレイがオレンジに変わる。彼のボディカラーと一緒だ。
「うん、もっと着づらいと思っていたけどすごくぴったりしてる。」
『それはお嬢様も喜びになるかと、では出発前に少し体を動かしてみてください。』
姉上に頂いたテキストにはまずそうすべきだと書かれていますので、という彼の声を聴きながら言われたとおりに体を動かしてみる。……うん、ちょっと動きにくい感じはするけどたぶん大丈夫。行ける。
「よし、多分大丈夫! 行こう!」
『かしこまりました。ではちょうど戦闘が行われている5階、その後ろから強襲を仕掛けるため1階に繋がる地下道を使います。ルート表示を行いますので飛行で向かいましょう。』
「……え、早速飛ぶの?」
『ご安心を、サポート体制は万全でございます。』
「…………ええぇい! 女は度胸! やると決めたらやる!!!」
細かい操作方法が解らないし、ゲデヒトニス君に言ってしまうとさらに意識しそうだから言わない。でも最初に開かれてから一瞬だけ目に入ってしまったメッセージBOXの中身。
【件名:遺書 大宙つぐみより】
それを忘れるためにも、気合を入れるためにも。
私は大声を上げた。
◇◆◇◆◇
さて、一階にいたヒドラ構成員らしきテロリストを排除し終わり、後始末というか拘束を乗客の皆さんにお願いして私は操縦席に来たわけなんですけども……。
「あ~、うんともすんとも言わないね。……マズいね。」
私が漏らした言葉がそれまで耐えてきたものを決壊させてしまったのだろう、ここまで連れてきてくれたCAさんが若干狂乱状態に入りかけたけどぎゅっと抱き締めて黙らせる。あ~、よちよち大丈夫ですよ~。だから大人しくしようねぇ?
……とまぁ今頑張って落ち着けてるけどホントにこれヤバいんだよね。
本来ならこの操縦席で何かしらの操作を行って機体を安全に着陸させる予定だったんだけど……、私の目の前に広がるこの光景。おそらくテロリストが設置したであろうスマホより少し大きいサイズの黒い物体。
そのスマホみたいな物体から操縦席の至る所へ電流がほとばしり、メーターは全部振り切れお釈迦。操縦桿はうんともすんとも言わないし、どのスイッチも応答なし。さっき調べた緊急時の手順も全部だめ。
それにさっきやっとテロリストを排除できたからCAさんが管制と連絡とってこの機体の状態が明るみになったんだけど……、まぁあっちもお通夜状態。出来ることが両者ともにない。
『……検査終了いたしました。どうやら“一定の角度のまま全力で直進する、手動運転を受け付けない”という行動のみを行うシステムに書き換えられてるようです。しかも元々存在していた自動操縦プログラムは全て消去済みです。』
「あ~、うん。そっか。」
『またセキュリティがかなり強固なため衝突までに解除は不可能かと。』
もうこうなると私にはちょっとお手上げ。どうにかするにはまぁ原始的手段で無理やり方向を変えさせるか、今から操縦プログラムを書き換えるかの二択。素晴らしいことにどっちも成功率が低い。
原始的、物理的手段の方は単純にパワー不足。ジャンボジェットの質量知ってる? いくらハイテクスーツでも無理があるのは明白。しかも無駄にエネルギー余ってたMark2とは違い今着ているMark3はリアクターの数を減らした省エネタイプ。単純に力が足りない。
システムを一から書き上げるのもちょっと無理っぽいらしい。いくら私とイヴのコンビでも時間制限が迫っているこの状況でジャンボジェットの自動操縦のシステムをくみ上げるのは無理だし、この無駄に硬いセキュリティを誇るヒドラ君のウイルスを破壊するのも無理ってことか。
「はぁ、お手上げだけどやるしかない。……か。」
しゃーね。腹くくるか! お、落ち着いたCAさん? 落ち着いたね? ならよし。私今からこの機体を上に押して何とかしてみるから、あなたは何かできることを頼んだ。ほら他にも生き残ったCAちゃんおるしその人たちと連携して乗客の人たち安心させてあげてね?
「私が何とかするから。」
無理でも、やると、できると言わなければならない時もある。
『マスター……、現在マスターが考えていらっしゃるだろうプランを実行した場合どう考えても失敗、マスターもろとも質量に押しつぶされる結果にしかなり得ません。』
「……まぁそんときゃそん時だ。」
どっちみち私がここで手を引くという選択肢は取ることができない、ヒドラの思う壷。インサイト計画の後押しをしてしまうことになるしそれ以上の悪影響も出てくる。私が選ぶべき選択肢は大人しく退場するか、華麗に解決するかの二択。後者が不可能であるのなら“一番いいやり方で”前者を選ぶべき。
「OK?」
『……かしこまりました、どこまでもお供いたします。』
「よし、イヴ! 開けた穴から出てやるよ! なんか壁塞ぐ用に良いのない?」
『ではすぐ横にあります破壊されたドアをお使いください、それをレーザーで溶接すれば外気の侵入は完璧ではないですが抑えられます。』
「じゃあそれでいこう! 作戦開始っと!」
イヴに提案された作戦をそのまま行い、さっきまで穴を塞いでくれてたTail3を元の場所に戻す。これでダブルツインテール、フォーステールだ。
あとは旅客機の機首、その下について全力でブラスターをふかすお仕事のみ。
さぁ~て、どれぐらい角度が上げられるかなぁ?
『……! ご報告です、ユキ様がMark2を起動なされました。』
「…………マ?」
視界上に移るディスプレイ、旅客機の進行予測や本社ビル内での戦闘の状況が移されていたそこにMark2がユキによって動かされたメッセージが表示される。
う~む、あんまり彼女にはこっちに関わって欲しくなかった。そういう想いがあったのは確かだけど『もしかしたら』を考えて色々準備してきたからか、それとも単に親友が共に戦ってくれるからか、すっごく嬉しく感じちゃうね!
「えへへ、まだ死ななくても済むみたいだね。イヴ。」
『喜ばしい限りです、すぐに通信を繋ぎます。』
◇◆◇◆◇
『もっしも~っし! ユキ~? 聞こえてるぅ~?』
ゲデヒトニス君のサポートがあっても全然うまく飛べずに、地下から地上に戻るために使っている通路に何回も体をぶつけていた時、ツグミから通信が飛んできた。あ、もしかしてもうバレちゃったの!?
「つ、つぐみ! ご、ごめ」
『あ、ちょっと今ヤバいからそういう話はまた後でね? イヴ?』
『ゲデヒトニス、サポートを変わります。あなたはマスターの補助に回ってください。』
『了解しました。』
目の前のディスプレイが一瞬でオレンジから青に変わる。ちょっとごちゃごちゃしていた画面が整理し直され、とても見やすくなった。わぁ、年季を感じる。
『ではユキ様、少々飛ばします。』
両手と両足、そして八本のTailのブースターが一斉に解き放たれる。さっきまでバランスを取ることすら難しかったのに今は全然そんなことはない。重心だってしっかりしてるしゲデヒトニス君がしていた無理やり動かそうとしていた感じが全くない。
気が付けばもうすぐ地上、上を見上げれば円のパネルが徐々に開かれて行き、水が滴り落ちてくる。あ! もしかしてこの道って!
『御明察の通り正面玄関前に設置している噴水が出撃路の一つになっております。マスターによりますと“趣味ッ!!!”だそうです。』
だよね! 私もこういうの心躍るもん!
水滴を搔い潜りながら地上へ、大空へはばたく。
目標は肉眼でも見えて来たジャンボジェット。イブちゃんの操縦で近づけば近づくほどにその大きさが理解できる、あの質量はいくらつぐみでも止められそうにない。
「お! 来た来たぁ! ユキ! 救援感謝!」
「……うん! 何ができるか解らないけど手伝うよ!」
「よぉし! じゃあ早速やってもらおっか! イヴ、エンジン落とすよ! 作戦立案! ゲデヒトニスはTail1のバスター・ランチャーⅢ起動準備! ユキは左側へ!」
つぐみが素早く右側、旅客機の右羽の前に移動を開始する。イヴちゃんが指示してくれる作戦は……、えっと?
まずレーザーで同時に旅客機からエンジンを切り離す!? その後バスター・ランチャーでエンジンを消し飛ばすのを二回やることでジェットの推進力をなくしスピードを少しでも下げる。その後角度を上にしながら速度を落とし、ここから数キロ先にある河川敷に不時着させる……って。
あ、相変わらずつぐみもイヴちゃんも考えることぶっ飛んでるなぁ……。でもまぁ不思議と『できない』って感じはしない。スーツを着ているからこその全能感なのか、それともこの状況にワクワクしているのかは解らないけれど……、やるだけやる。そういうことだね!
「もう! ゲデ下手ァ! 私がやるから飛行補助だけしとけ! もっとイヴから勉強しろォ!」
『申し訳ありませんお嬢様、何分初めてのものですので。』
「イヴ~???」
『…………だって弟が可愛いいんだもん。』
ッ! だもん! だもんって!!! イヴの口から初めてそんな語尾聞いた!!!
「おっと、ユキの顔が笑うの我慢してるせいでひどいことに……、じゃあその表情筋が筋肉痛になる前に! ユキッ! あわせて!」
同時にレーザーカッターを起動しエンジンと翼の結合面を丁寧に削る、本来なら爆発しそうな行動だけどイヴのおかげで大丈夫なようにしているのか何とかなった。支えがなくなったエンジンが下に向かって吸い込まれていく。
「次! 消し飛ばすよ!」
私は旧型のランチャーをつぐみは新型を片手に持ち同時に発射する。青い光線がそれぞれ目標を包み込みそのまま消し飛ばす。
「もう1セット!」
先ほどと同じように行動する、ただ私のランチャーの方は冷却の必要があるので持ち替えて。よし! これで加速の要因だったエンジンは消えた! 羽も無事なので機体のバランスも保ててる! 後はこれをどうにかして安全な場所に運ぶだけ!
「よぉし! ユキが来てくれたおかげで何とかなりそう! もうひと頑張りいっちゃおう!」
「了解!」
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