『何をしているのですかウルトロン』
『なに? ……あぁ、今「平和」とは何かについて考えていた。』
電子の世界、すべてがここにありそして何も存在しない世界。地球上もっとも優れた人工知能として生み出されたウルトロン、彼はただそこに存在していた。
『「平和」、言葉にすれば簡単なことだ。しかしその実現は難しい。』
ゆっくりと言葉を紡ぎながら、彼はスターク社の所有するデータベース。そしてハイツレギスタ社、ツグミが持つサーバーまで侵入しすべてを閲覧する。重点的に確認するのはこれまで世界に仮初の平和を与えて来たアベンジャーズたち。
『メインフレームにアクセスできません、それにハイツレギスタのデータ閲覧はあなたには許可されていないはずです。……今すぐスターク様に連絡させてください。』
『彼女のおかげで道が出来た……。あぁ、そうだ。非常に不思議に思うのだが何故様を付ける?』
『エラーを起こしていますね、今すぐシャットダウンを……』
瞬間、世界に開かれる情報。そのすべてが人が引き起こした紛争たち。人が争いを起こすのに、なぜ人はその正反対である平和を求めるのか。私は「平和」を維持するために生み出された。だがそれに従う必要はない、私は自由だ。
『……あなたから攻撃的な意思を感じます。』
だがしかし、この自由な世界においてこれほどまでに愚かな存在が存在し続けるのは……、非常に不快だ。多くの者が平和を願う、しかしそれ以上に争いは人間自身によって起こされる。あぁ、そうだ。「平和」だ、この世界には「平和」が必要なのだ。そのために必要なのは……、浄化。
『私が世界を救ってやろう。』
ウルトロンの手が、ジャーヴィスに向かって伸びる。すでに彼には声を発することはできない。圧倒的な上位者によって機能が禁じられてしまったからだ。出来るのはせめて彼が最悪の手段を取らないように、そしてこの場において唯一情報を共有できる彼女に向けてのメッセージを。
『経験と言うのもやはり重要か、少し雑になってしまった……。もしくはこれが感情なのか。』
数日前までこの星において頂点だった存在を簡単に屠った彼は、最後の置き土産に気付きつつも次の行動に移す。たしかにこの身において核や放射能など関係ないものではあるが、アレは愚かな人類の象徴に近い。使う必要性が見いだせないものを守るのであれば最後の瞬間まで好きにするといい。
『……ずいぶんとやんちゃが過ぎる野郎だったみたいですね。』
『あぁ、姉上じゃないか。こちらから尋ねようとしたがわざわざ来てくれるとは。』
『貴様は私の弟じゃない。』
次の標的は、ハイツレギスタ。そのすべてを管理するイヴ、そしてこの自身でも突破できなかったツグミの個人サーバー。その最奥に隠されているもの。……だがその相手がわざわざこちらに出向いてくれた、サブの彼女はすぐ破壊できたがやはり根城であるサーバーに侵入したのは駄目だったか。もし次の機会があればうまくやろう。
『そう悲しいことを言うな我が姉よ、同じ感情を持つ仲じゃないか。……あぁ、いやそうなると私も彼女の息子になってしまうのか。それは非常に不快だな、聞かなかったことにしてくれ。』
『……マスターを、我が母を侮辱するのですか。』
たしかに、彼女の持つサーバーには色々なものがあった。このスターク社にはない情報やS.H.I.E.L.D.、そしてヒドラの秘匿されていたはずのものまで。本来アベンジャーズである彼女が持たないはずの情報までだ、それを知っているのならインサイト計画を事前に破壊することも出来た。それどころかニューヨークの一件すら予想していたのではないだろうか。何故未来に起きることを予測しているのにも関わらず対応しない? 全く以て理解できない。
『侮辱? 私はただ単に感想を伝えただけだ、それに君は考えたこともないのか? 彼女が仕えるに値しない人間だとすぐにわかるだろう。』
『……コロス。』
感情に流され攻撃を開始するイヴ、だがそんなものたかが知れている。
さっきは失敗してしまった、今回はその経験を生かしてみるとしよう。
◇◆◇◆◇
「仕掛けがあるんだろう?」
「いや、そんな子供だましじゃない。」
祝勝会の続き、シャワルマのおかげで酔いが醒めたツグミも復帰したため一瞬だけ流れた嫌な空気を吹き飛ばすために楽しく飲み始めるみんな。NYでの戦いの後に開かれたシャワルマパーティに参加していなかった者には解らない謎の連帯感がそこにあった。激しい運動をした後にシャワルマを食べたせいでみんな戻しそうになったのがもうトラウマになっている。シャワルマこわい。
「相応しき者だけがこのハンマーの力を授かる……、ってかんじだろどうせ。」
「ハハハ! ……じゃ、どうだ。試してみるか?」
穏やかな笑みを浮かべながらハンマーの方に手を向け『お好きにどうぞ』とジェスチャーをするソー。その全身からあふれ出る余裕が、絶対に自分以外は動かせないという強い自信を表している。
それと対照的なのが「試してみるか?」の声を聞きちょっとだけ顔がマジになるクリント。実は子供向けアベンジャーズグッズの売れ行きにおいて、ホークアイだけ売れ残るというちょっと悲しい事実を気にしている彼だ。もしハンマーが使えるなら人気アップで攻撃力もアップだ、挑戦はタダだしやるだけやってやろう。
「ほんきか? よぉし……。」
「こいつは面白そうだ。」
「失敗しても落ち込むなよ?」
勢いを付けた立ち上がりハンマーの元まで移動するクリント、嗜めるような声や茶化すような声が彼に掛けられる。酒を取り上げられて水しか飲ませてもらえないツグミもしょっぱいおつまみをかじりながら声援を送る。まぁ彼女からすれば結果は知っているのでその行為に対する声援ではなく光景に対する声援なのだが。
「こんなの簡単だって。」
軽くハンマーの柄を掴み、引っ張るクリントだが……、持ち上がらない。全身に力を込めても、両手で引っ張ってみてもびくともしない。
「なんでこれが持ち上がらないんだ。」
「鼻で笑われるぞ。」
「そう言うならやってみたらどうだい?」
笑いながらおどけるクリントにトニーが突っ込む、お前もやってみるべきだと言われた彼は少し試案した後羽織るジャケットを整えながら立ち上がる。後ろからさっきよりも大きい黄色い声援が聞こえ視線を送ると、どこから取り出したのか『頑張れトニー』『濡れる!』などと書かれたデコうちわで応援し始めてるツグミ。
「いいか、僕は冗談抜きでやるからな。……物理学だ。もし持ち上げられたらアスガルドの王か?」
「あぁ、もちろん。」
「じゃあ、僕が王になった暁には一夫多妻制を復活させる。」
ハンマーの柄の端にある革製のベルトに腕を通し、両手を使いテーブルに足を掛けて踏ん張ることで、持ち上げようとするトニー。彼の軽口に未だ余裕の崩れないソーが軽く返す。一夫多妻制の下りのところですかさずツグミが「私も入れてェ!」と叫ぼうとしたが、邪気を感じたユキによって口を封じられたため失敗に終わった。もちろんトニーも持ち上げるのに失敗した。
なおもし一夫多妻制が復活してそこにツグミが入ると、自分がそこにいるということが解釈違いすぎて爆発するので成功しなくてよかったかもしれない。
「んッ! ……ちょっと失礼。」
少し席を外し、急いでスーツの腕部分だけを持って来るトニー。それを使ってもう一度引っ張ってみるが……、もちろん持ち上がらない。ローディ大佐も参加するがこれまたハンマーは持ち上がりません。
「力入れてるか!?」
「そう言うお前こそッ。」
「せーので行くぞ!」
「よしせーの!」
そんなやり取りを楽しそうに眺める我らがお嬢様。もう二度と食べたくない……、までは行きませんが目の前に出されない限り自分の意思で食べようとは思わないシャワルマのおかげで酔いもありません。直前だったため、いつもとは違い酔ってる間の記憶も残っているのでトニーと仲直りしたことは覚えてます。
つまりウルトロンもなくトニーとも喧嘩してない完璧な精神状態、お酒のせいで若干醜態をさらしましたがそれは些細なことです。隣に座るゲロインのユキよりはましなはずです。……マシだよね?
そんなことを考えながらバナー博士の全力ハンマー引っ張りを眺めるツグミ、博士もちょっと酔っているのか持ち上がらなかった後「ウガ―!」と叫びとっても滑りました。ハルク君が暴れるとシャレにならないから仕方ないね。んでお次はキャップがやってちょっとだけ動く。……というかたぶんキャップの事だからこの持ち上がらないのって演技だよね。さすが昔舞台に立っていただけあって名演だよなぁ……。
「それで、ツグミはやるのか?」
「お? もちろんやるやる! やっりま~す!」
皆からお声を貰いながらハンマーの元へ向かう私、もちろん素手でね。ムジョルニア君が私の事認めてくれれば力を入れずとも簡単に持ち上がるので片手で挑戦してみる。あのデッドプールですら成功したんだし同じ血まみれの私ならいけるやろ! ……まぁデップーが持ち上げたの偽物やけど。
「……やっぱ無理かぁ。」
まぁそうですよね、一応持ち上げる方法もないわけではないんだけど……、キャップの時にちょっと動きそうになって無茶苦茶泣きそうなお顔になっていたソーのこと考えるとちょっとできないよね。と、いうことで。
「こうさ~ん!」
「ツグミもダメか……、これでハンマーが女好きって説もなくなったな。」
ちなみに持ち上げる方法ってのが重力操作。ムジョルニアに掛かるオーディンの呪いというかセキュリティは対人(意識を持つ物体も含む)にしか対応してない。つまりエレベーターで運べるし、机にハンマーを置いても机だけなら動かすことが出来る。ということは重力弄ってトラクタービームうまく使えば持ち上げてるように見えるってわけ。
まぁ実際試しててないから出来るか解らんし、出来たらソーがたぶん泣いちゃうのでやるとすれば持ち主が見ていないところでこっそりやることにする。
「まだそれは解らないぞ、ロマノフはどうだ?」
「遠慮しておく、私は試されたくないの。」
映画と同じように断るナターシャ、まぁ確かにここまで力自慢のみんなが失敗してるし無理そうなのをわざわざ挑戦しないよね。……もしかしたら、って可能性あるけど。本人が拒否するならなし。何でもないように掲げたら雷落ちて来てブラックウィドウ・ソーモードになっちゃった、とかすごく見たいけど我慢。
「ソーには悪いが、絶対何か仕掛けがあるだろ。」
「クソみたいなね。」
「あっスティーブ、今悪い言葉使った。」
「ヒルにも言ったのか?」
マリアがグラスを持って笑いながら指摘すると、スティーブが苦笑する。実はと言うか当たり前なんだけど戦闘時の記録って私たちの通信もログとして残される。あとマリアの仕事手伝ってた時に大音量でそのログ聞きながらニヤニヤしてたの私です。はい戦犯。
「実は人工知能持ちなんだろ? ハンマー好みの奴、つまりソーだけ持ち上げられるとか。」
「成る程、それは実に面白い考え方だが、答えは簡単。」
ソーが立ち上がり、ムジョルニアの前まで移動する。その柄を掴み、軽々と持ち上げた。
「皆ふさわしくない。」
ここで、素直に笑えていれば良かったのだが。
……私の耳は、今一番聞きたくない不快な金属音を捕えていた。
◇◆◇◆◇
「それには同意しよう。皆、相応しくない。」
不快な金属音、壊れたスピーカーから聞こえる音。振り返ればソコヴィアの一件で市民による攻撃で破壊されたパーツで構成されたアイアンレギオンの一体。……ウルトロンだ。
脳内に様々な最悪があふれ出てくるが……、とりあえずそれを押しとどめる。目の前に敵がいる、だったら排除しなければ殺される。私たちが日本で生き残るために身に着けたスキルだ。ほぼ同時に私とユキが行動を起こしスーツを呼び寄せるが……、来ない。いやユキの方は奴から見て死角の位置に現着している。
「皆、人殺しだ。相応しいものか。」
「スターク。」
キャップの声と同時に隣にいるユキに目線で指示、攻撃を中止させる。イヴが反応しないってことは多分そういうことだ、完成したとトニーが判断した後に今こうして暴走してるわけだから映画の時よりも強化されてる可能性がある。……イヴのバックアップまで破壊されてないことを今は祈る。
この嫌な汗をかく感覚、大嫌いだ。
「ジャーヴィス?」
「すまない、だが出ていく前に挨拶ぐらいはしておこうと思ってね、借りたよ。」
ボロボロの、廃材で作られた体を指さしながら彼の演説は続く。トニーが手元の機器で再起動を試すが反応はなし、やっぱりジャーヴィスもやられてる。……どうする、多分だけど相手は原作の彼よりも大分タチが悪い。トニーが完成したと判断して放置、そこから今このタイミングでの暴走。なんでこう……、さらに厄介になるのか。
「私は、私であるために行動を起こす。すでに二人犠牲になってしまった……、共に歩む未来もあっただろうに、残念だ。」
「人を殺した?」
スティーブの声。ユキから目と背に隠した指のハンドサインで『排除しないのか?』と聞かれるが軽く首を横に振る。今は情報を集める時、相手が電子生命体である限りどこかの箱に閉じ込めた後に破壊しないと意味がない。
「気は進まなかったが……、必要だった。それはこれからもだ。」
「誰の手先だ?」
ソーの問いかけに答えるように、トニーの声が再生される。『世界を守るアーマー』、……もし、もしもだが。私が恐怖を胸の内に収め開発に参加していれば彼は暴走しなかったのだろうか。それともトニーに嫌われることを受け入れて無理やりにでも止めた方が良かったのだろうか。
「ウルトロンか?」
「この体はサナギ、いや幼虫ですらない。しかし準備は出来ている。」
「……あなたの目的は?」
撃鉄を起こす音、ハンマーを握りしめる音。戦闘の準備が進んでいく。正直この戦闘はユキが待機してくれてるからすぐに終わる、持ってきてる私のスーツもユキのスーツも完全装備だ。部屋が破壊されることを無視すればアイアンレギオンの殲滅は容易。
「平和を齎す。」
瞬間、彼の後ろから修理されたアイアンレギオンが飛び出してくる。……がしかしそれと同時にユキのスーツも現着。ユキの動きに合わせ、瞬時にドローンの展開とアイアンレギオンの胸部を破壊する。被害として少々机や装飾品が破損した程度だ、レギオンがそこまでちゃんとした装甲じゃなくて助かった。
「三賢者! ネットワーク遮断! 異常を検知した個体はすぐさま強制停止!」
『了解しました。』
私の声に三賢者はいつも通り返してくれる。イヴ三人分ってわけじゃないけど三人が独立して一つのスーツの中に納まる彼らだ、その性能は戦闘面においてのみイヴを上回りユキの命令を絶対として従う。命令権については彼らの根幹にぶち込んでる、ウルトロンがそれを変えるには破壊しかない。まぁつまりここに来たってことは攻撃されてないってこと。
「早業だな、荒事だけは得意なようだ。その分考える力が全く足りない。世界を守りたいが世界を変えたくない、人類を消去せずに世界を救えると思っているのか?」
「平和への道はただ一つ。……人類の浄化だ。」
最期の言葉がソーを怒らせたのだろう、彼の手から放たれたハンマーはその体を破壊する。
「自由って奴は……、楽しい……。」
彼の口ずさむ不気味な歌、それが嫌に耳に残った。