前世から愛をこめて   作:サイリウム(夕宙リウム)

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ただしくありたい

 

 

 

重い雰囲気、以前に似たような感じになったのはロキの杖の前で言い争いになった時。あの時はみんな攻撃的な感じで私だけがそれを傍観というか観客として見ることが出来た。実際映画通りに進んでいたし、まだそれを一ファンとして楽しめる余裕もあった。

 

残念だけど今はない、トニーのラボに皆が集まっている。映画のように部屋が荒れたり軽い怪我人が出たりということはなかった。それは良かったんだけど……、ずっと脳裏に『防げたのでは?』という言葉が張り付いている。

 

 

「研究データが消えてる、ウルトロンもいない。インターネットを通って逃げたんだ。」

 

「……ウルトロン。」

 

「ファイルや監視カメラのデータに侵入された。私達のこと仲間より詳しい。」

 

 

バナー博士とナターシャが機器を調べ現状を共有していく、私も自分のデバイスでイヴや本社のサーバーに入ろうと操作するが……、拒否された。通信が遮断されている。これだけなら緊急時の防御プロトコル、外界からの接触を完全に絶つために有線無線の全部を切断する行程通りに進んでいるって判断できるんだけど……。逆にいうとそれをしないといけないレベルにイヴが攻め込まれたわけで、その安否を確認するためには日本に戻るしかない。

 

……機械、AIと言ってもイヴやゲデヒトニス、三賢者は私が生み出した子供みたいなもの。傷ついて何も思わない訳がないし、心配もしている。出来ればすぐさま帰りたいんだけどさすがに……ね?

 

 

「プロフィールやネットだけじゃなく、もっとやばい代物まで見たがったら?」

 

「核ミサイルの発射コードとか?」

 

 

ローディの言葉にマリアが補足する。実際それをやられるともう詰みだ、原作では逃げ延びたジャーヴィスが施設の防衛をしていたが、そもそも原作の時点でジャーヴィスとウルトロンでは圧倒的にウルトロンの方が上だ。たとえ彼が生き延びていたとしても、原作よりもおそらく強化されて思考が尖った彼には意味がない。

 

 

「そうそれだ。大至急報告しないと、連絡できるうちにな。」

 

「核ミサイル? 人類を絶滅させるために?」

 

「全滅とは言ってない、浄化と言ったんだ。」

 

 

ローディが答え、マリアがさらに疑問を返す。そこにキャップの訂正が入るがその意味はほとんど同じだ。ただ浄化と言っている辺り人間への失望などのマイナスの感情は非常に大きそうだけど。

 

アベンジャーズの全滅から人類の浄化、いやまぁ確かに最終的に君はその結論に至ったのだろうけど最初からそう発言するとはなぁ……。たしかに人類はすべて完璧なAIから見れば愚かかもしれない。私だって客観的に見れば愚かしい俗物で排除されるべき人間なんだろう。でもそれが人類で私が愛さなくてはいけない存在で、守らないといけない存在。すべてが完璧である必要なんかない。彼も、そうあるべきだった。

 

 

「誰かを殺したとも言ってた。」

 

「でもここには私たちしかいない。」

 

「いや……、いた。」

 

 

トニーの手によって映し出されるジャーヴィスのマトリクス。球体を保っていたはずのそれは完全に崩れ、その破片が飛び散っている。元の姿を想像できないほどに破壊しつくされたそれは皆から言葉を奪うのに十分だった。

 

 

「ジャーヴィス、……そんな馬鹿な。」

 

 

オレンジの残骸を見て、ついイヴのことを思い浮かべてしまう。もしかしたら彼女のバックアップまで破壊されてるかもしれない、彼女の白いホログラムがバラバラになっていく様子を幻視する。昔とは違って私の子供たちには感情がある……、痛みも、感じてしまうかもしれない。

 

 

「……つぐみ。」

 

「う、うん。ごめん。ありがとユキ。」

 

 

感情に心が支配されそうになっていたみたいで、ユキが手を強く握りしめてくれる。ようやく自分の息が荒くなっていたことを自覚し、急いで思考を折りたたんでいく。今考えることじゃなかった。

 

 

「彼が最初の防衛ラインだった。ウルトロンを止めようとしたんだろうな。」

 

「おかしい、ウルトロンはジャーヴィスを吸収できたはず。これは計画的ではない……、あまりにも衝動的だ。」

 

「……たぶん、私のせいかもしれない。」

 

 

声を、あげる。どっちが先にやられたかは解らない。でも私のサーバーに今接続できないことを考えると最悪の可能性もある。少し前までなら絶対に見れないと断言できたけど、おそらく強化されたウルトロンは別だ。日本に帰るまでその真相は解らないから全部は話せないけど……、今は私の『記憶』が流出した可能性も考えないと。

 

 

「今私のサーバーに接続しようとしてるんだけど……、繋がらなくて。本社の方のサーバーがすべて破壊されたか、外部からの攻撃を受けて強制的にシャットダウンしてるかのどっちかだと思う。」

 

「……つまり。」

 

「うん、イヴもやられたんだと思う。」

 

 

まだ確定ではないし、バックアップもあるという話もしてバナー博士の疑問に答える。……衝動的で残虐的。たぶんこの中でそれが当てはまりそうなことをやってるのは……、私だ。

 

 

「サーバーにはニンジャとの戦闘やその他も記録されていた。表に出したら捕まるどころじゃないこともやってる、それを見て暴力的になったのかも……。」

 

 

空気が、さらに悪くなる。トニーやナターシャは何となく感づいていた、横にいてくれるユキは知ってる、けど他のみんなは違う。明らかな善を持つ人たちからすれば、私のような偽物は見るに堪えないのかもしれない。……誰かが口を開こうとした時、大きな足音が重い空気を振り払いながらやって来た。

 

 

「オイオイオイオイ!」

 

「また暴力か。」

 

 

帰ってきたソーがトニー以外のものには目もくれず直進、そのまま首を掴んで持ちあげる。

 

 

「言葉を使えよ……。」

 

「言ってやりたい言葉なら山ほどあるぞ、スタークッ!」

 

「落ち着けソー。」

 

 

そのまま首を絞め殺さんとするほどの気迫だったが、スティーブが仲裁に入り硬く握りしめられていた手は離された。怒りを抑えながら紡ぐ彼の言葉によると、北に160キロまで追いかけたが見失ったらしい。ロキの杖も持ち去られたようだ。

 

 

「……やることははっきりしたわね、ウルトロンを追って倒すのよ。そして杖を取り返す。」

 

「でもどういうこと? 貴方が作ったプログラムでしょ? なぜ人類を滅ぼそうとしてるの?」

 

 

ナターシャがまとめようとした時に、チョ博士が疑問を口にしてしまう。……当然の疑問だ。でもその先を知っている私からすれば何故胸の奥にしまっておいてくれなかったのかと思ってしまう。

 

その言葉を聞き、みんなから顔を背けたトニーは聞いたこともない笑い声。泣きそうになった感情をどうにかして外に発散させているような声を上げてしまう。それが気に食わないソーが語気を強めて言葉を発す。

 

 

「そんなに面白いか。」

 

「いいや全く。……面白くはない、だよな? 笑えない、とんでもない。まったく酷い……、冗談だ。最悪だよ。」

 

「お前が理解できないものに手を出すからこんな……。」

 

「違う! 悪かった、悪かったよ! おかしくてね、なぜウルトロンが必要なのかも理解できないとは。」

 

 

詰め寄るソーに対抗するよう声を荒げるトニー。2012年の時と同じ喧嘩が始まってしまった。そして今回は私も当事者で、IFを作ることが出来たかもしれない人間だ。正直もう一杯一杯で感情が爆発してしまいそうだが、ここで泣き叫ぶのは違う。イヴのことも、みんなのことも、ウルトロンのことも。全部何とかしなくちゃいけない。

 

 

「トニー、今はそんな話をしてる場合じゃ……。」

 

「本気!? 全く、何か言われたらすぐに尻尾を巻いて負けを認めるのか?」

 

「殺人ロボットを作ってしまった」

 

「作ってない、アレは世界を守るためのものだった!」

 

「だが……、その結果がこれだ。アベンジャーズはS.H.I.E.L.D.と同じではいけない。」

 

 

始まったトニーとバナーの口論を止めに入るキャップ。最後の言葉は私の方を見つめて、まるで幼子に言い聞かせるように話す。トニーと私、二人に言われた言葉だけど意味が違う。……でもどうしようもない、トニーだって考えは間違ってない。守るためには力が必要で、そのリスクが高かったから私は乗ることができなかった。

 

 

「みんな忘れたのか!? 僕たちがワームホールに飛び込み! ニューヨークを救った! 空にポッカリ空いた穴からエイリアンが襲ってきただろ……、宇宙の彼方から。」

 

「アベンジャーズは……、武器商人相手に戦うのも結構だが、宇宙にいる敵が……、ラスボスだ。そういう敵と、どう戦う。」

 

 

精神が不安定だった時のトニーと、今声を上げるトニーの姿が重なる。

 

 

「みんなで。」

 

 

キャプテンが彼を落ち着かせるように強い意志を持ってそう、答える。

 

 

「……負けるぞ。」

 

 

最初は、勝てない。

 

 

「それでも僕らで戦う。」

 

 

この世界がどうなるか解らない。二度目はないかもしれない。

 

 

「……ウルトロンは、我々を挑発しているんだ。奴が準備を整える前に見つけよう。世界は広すぎる、まずは範囲を狭めよう。」

 

 

 

 

あぁ、私がやらなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『大丈夫ですか我らが母よ、バイタルが不安定です。到着しましたら専門機関での検査を推奨いたします。』

 

「あぁ、うん。気にしなくていいよ三賢者の……、ごめん名前出てこないや。」

 

『カスパールです母よ、ご無理なされぬよう。』

 

 

あはは、一番若い子に無理やりふざけようとしてるのバレるとかヤバいなぁ。っと、そろそろ到着か。

 

あの後キャプテンから許可を貰って日本に帰ることにした私とユキ。ユキのスーツから三賢者の一人を借りて私のスーツにインプット、ネットを遮断しているせいで正確な帰り道が解らない帰り道だったけど何とか帰ってこれた。

 

帰宅の目的としてはイヴがどうなっているのかの確認と、これから始まるソコヴィア戦の準備。出来るだけ被害を最小限にしたいので、ホントは関係ないファイアボールのみんなにも手伝ってもらうことにする。それと元S.H.I.E.L.D.のメンバーも呼び集めて旧型ヘリキャリアの修理と救難船の準備とかも進めないと。

 

 

……それに、考え始めたらきりがないからしないけど。この一件が終わってからのこともある。世界がそうある以上私はみんなを守るために、これまで以上に全力でことを進めないといけない。サノスに勝たないといけない、エンドゲームを起こしてはいけない。その先にあるセレスティアズの問題も、全部全部なんとかしないといけない。

 

でも私だけじゃ手が回らない。出来ることは限られる、アベンジャーズのみんなも。ユキも、ずっと手を貸してもらうわけにはいかない、みんな自分の人生があって、進むべき道がある。それを邪魔したら駄目だ。

 

だからこそ、だからこそイヴたちの力がいる。それ以上に彼女たちにいなくなってほしくない。大事な、大事な家族の一人。小さい時からずっと隣にいたイヴ。彼女はここで消えちゃダメなんだ。

 

 

 

本社の自室、そのベランダに降り立つ。いつもならイヴが何かしら迎えてくれるんだけど……。何もなし。

 

 

「大丈夫、なのかな。」

 

「……地下のラボに行くまでは解らない。」

 

 

スーツを脱ぎ、待機状態へ。カスパールを元の三賢者に戻して部屋の中に二人で入る。帰ればすぐに寄ってきそうなゲデヒトニスも部屋の中にはいないみたい。

 

言葉数は自然と少なくなり、明かりもつけずに地下にあるラボへ移動を開始する。一番よくて二人とも無事、一番悪くて二人ともやられた上にバックアップまで破壊されて「記憶」も見られてる。……この世界にとっては良くないことだけど「記憶」なんてどうなってもいい。それに合わせて動くだけ。

 

自分の中でイヴとゲデヒトニスの割合がかなり大きくなっていたことを自覚しながらエレベーターに乗り込む。いつもは何も感じない地下までの待ち時間が永遠に感じられる。

 

 

「ついた。」

 

 

ドアが開くと同時にデバイスに向かって走り出す。視界の端に転がったゲデヒトニスのボディが見え、そちらに駆け寄りそうになるが何とか耐えてデバイスの方へ。彼女たちの本体はその体じゃない、電子生命体ともいえる彼女たちのほんとの体はここにはないんだ。

 

指紋と網膜、それに静脈のセキュリティを解除していきラボに火を入れていく。本社ごと丸々ネットワークから遮断してるんだ、何とか、何とかなっているはず。それに二人が逃げ込めるようにシェルターだって用意してた。大丈夫、大丈夫……

 

少し震え始めた指を抑え、Enterキーを押す。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おはようございますマスター。イヴ、ゲデヒトニス共に無事です。まぁ私は何とかバックアップを残すことが出来た、ですが。』

 

 

 

 

 

座っていた椅子の背もたれに深く体重をかける。声にならない声が上がり、目頭が熱くなる。あぁ、あぁ。ほんとに、ホントに良かった。二人とも破壊されてしまえばもう二度と同じ存在にはなれない、経験は一生に一度だけ、彼女は、彼は一人だけなんだ。

 

よかった、よかった……。

 

 

『大丈夫ですか、マスター。』

 

「うん、うん……。大丈夫。」

 

『何といえばよいのでしょうか、この状況に見合う言葉を思いつかないのですが……。言いたいことがあるのです。』

 

 

普段の、仕事をしている時の彼女と比べると信じられないくらい感情を表に出している。ほとんど人間と変わらないような声で、感情で、言葉を紡ぐ。

 

 

「ありがとうございます、お母様。」

 

「……ふふ、どういたしまして!」

 

 

顔は多分、誰にも見せられないほどにぐしゃぐしゃだったと思うけど。

 

一番うまく、笑えていた気がする。

 

 

 

 


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