「そういや、ここから始まったんだったけ。」
実家の私のガレージ、盗難の危険性もあるから大事なものすべてを取り外したせいでちょっとした家具しか残っていない最初の研究室。確かここに座ってコーンフレークか何かを食べてるときにトニーのあの言葉を聞いたんだっけ。
この前気合入れていろいろ進めていこうかと思ってたんだけど、部下の子たちから『お嬢様、ユキ様働き過ぎです。休んでくれないと下の者が休めないです。』って言われちゃったもんだからほんと久しぶりの休暇。ユキが最近顔出してないし実家に帰るとのことだったので私も珍しく帰省。この世界に生れ落ちてから過ごし、成長してきた我が家に帰ってきた。
七年八年前だっけ、当時座った場所に同じように座ってみる。
昔はただ何もない目標に向かって一人歩いていたような状態だった、そんな私が今やいろいろやばい存在になっているなんて昔の私が聞いたらなんて思うかね? とりあえず信じないことは確かだ。昔じゃ取らなかったような手段も、裏の世界に適応した今はもうほとんど感情を揺らすことはない。これを成長、っていいのかよくわからないけどね。まぁ少しずつ前には進めてると信じたい。
『マスター、今日ぐらいは早くお休みになられてはいかがでしょう?』
「うん……、でももうちょっとだけ。ちょっと話付き合ってよイヴ。」
今日久しぶりの帰省をしたわけだけどまぁ大忙しだった、大学出てから自分の会社作って色々忙しいがゆえに一度も帰ってこれなかった一人娘が顔見せに来たわけだから気持ちはわかるんだけどね。母上が見たことがないレベルで豪勢な食事用意してたり、人工衛星の発注が来てるはずだからクソ忙しいはずなのに早上がりしている父上が円錐の誕生日にかぶる帽子を身に着けはしゃいでいたりとまぁ色々大変だった。
うん、せめて正月くらいは帰れるようにするからそういう恥ずかしいのやめてもらえると助かります。はい、護衛でついてきている子たちとか外で警備している子たちにもろバレでしたからね? 『つぐみが選んでくれた方々なんでしょう? なら恥ずかしくないわ~。』『この前一緒にご飯食べに行って色々話は聞かせてもらったぞ! とっても慕われているようでパパとても安心!』じゃないんだよ。
「ふふ、愛されていますね。」
「いやありがたいんだけどさ、ちょっと気恥しいというか……、イヴもそう思わない?」
「いえ全く、私はマスターにもっと愛でられたいです。」
「……OK、何も聞かなかったことにする。」
上も下も愛にあふれているようで何よりですほんと。
「あら、じゃぁいらないのかしら?」
「は、母上……。いつの間に。」
「いつになったらつぐみちゃんはママって呼んでくれるのかしらね? うりうり~!」
いつの間にかこの部屋にやって来ていた母親に後ろから髪をわちゃわちゃされる。あぁもう風呂上がりだったから整ってた髪がまたぐちゃぐちゃに……、まぁそれはいっか。というか私敵意のない奇襲に対して弱すぎじゃない? 全然気が付かなかったんだけど!
「あ、そういや父上は?」
「パパはもう寝ちゃったわ~、安心して飲みすぎちゃったみたい。」
「あぁ~、ちょっと悪いことしちゃったかな。」
私は禁酒されてるし母上もそんなに強くはない、家族の中でまともに飲めるのは父上だけになるけどまぁ付き合いでね? 色々いいお酒もらったりするから一部実家に送ってるのよ。父上今日は祝いだって言って全部開けちゃうんだもん、そりゃぁ飲み過ぎちゃうよね。
「昔から全然手のかからない子供だったし、なんでも自分で決めて自分で解決しちゃう。すこし溜め込み過ぎるところがあったからそこは不安だったけどユキちゃんが今もそばにいてくれるんでしょう?」
「……うん、ずっと世話になってる。」
「私は大丈夫、って思ってたけどパパはずっと心配しててね? つぐみちゃんが新聞とかニュースで取り上げられたときは目を見開いてみてたし、護衛に着けてくれてる方々がいるでしょ? その人たちに色々話を聞いてみたりずっと色々考えてたみたい。ほらあの人も一人で溜め込んじゃう人だからさ……、それで今日疲れは隠せてなかったけど元気な体で帰ってきてくれたらもうね?」
「そっか。」
「アベンジャーズだっけ? ニューヨークでのニュースがこっちに流れてきたときはほんとに大変だったんだよ? パパびっくりして卒倒しちゃったし。」
あ、あはは……。まぁ全世界に私のことが公表されるまで結局家族に秘密にしちゃってたからね……。あのあと父上からの電話はいろいろ大変だった。まぁこっちが悪いから仕方ないんだけどさ。
「そんなに心配しなくていいのにねぇ? つぐみちゃん男の子だし。」
「…………ふぇ?」
「あれ? 違った?」
え? え? ちょっとまって、ちょっと待ってね。あれ? 私母上に転生とかそういう話した? いやしてないよね? 前世男だったとか、記憶そのままこっちで生まれたとかそういう話してないよね? 最近自分でも忘れかけてたけどTSってこと話してないよね? なんで?
「だってつぐみちゃん昔から色々男の子だったよ? 頑張って隠してるみたいだったけどお母さんにはバレバレです! ……まぁパパはまだわかってないみたいだけど。」
……なんでしょ、母親の勘なのかな? 色々とすごいや。
「だからお母さんつぐみちゃんの大事なお相手にユキちゃん連れてきても全然大丈夫だからね? 多分パパも納得してくれると思うから、ちゃんとあちらの親御さんにお話しに行くのよ?」
「ちょっと話が飛躍しすぎです母上……。」
◇◆◇◆◇
「……え? ガチで作ってきたの?」
ウチの職員、確かヘリキャリアの管制に配属していた子たちから提出された三冊の本。いや正確に言うと大体ページ数30~60くらいの冊子。表紙に大きく私やユキのデフォルメ化されたイラストが掲載された自己出版本だ。しかも三冊のうち二冊は端っこにR18のマークが。
「えぇ……。」
いや確かに社員が何かしらの創作して販売の意思があるのなら会社として応援するって言ったよ? アベンジャーズ関連の利権についてはほとんどウチに任せてもらってるからそういうの好きに作っていいとは言ったよ? 出来たら一応私に見せに来て認証を受けてからにしてとも言ったよ?
今も昔もオタクな私からすれば創作者さんが増えるのはいいことだし、たまに二次創作から本家越えが飛び出てくる可能性がある以上全力で支援したいとは言ったよ? 今日創作物の確認をしてほしいって申請受けて久しぶりにウキウキして仕事に取り組めたよ? アベンジャーズ二次創作って聞かされてたからどんな新解釈とか出てくるのかなぁって楽しみにしてたんだよ?
「しかもコレ全部クオリティが高いのがまた……。」
それでお出しされたのが私とユキのカップリングイチャイチャ【以下自主規制】な本だなんて……、いや別にいいんですよ私は。社員にどんな性癖持ちがいるかとかは。性癖なんてみんな違ってみんなダメなわけだからさ。それはいいのよ、昔の私だったら多分原作知らなくても手に取ってしまうな、ってレベルに仕上げてきて来る以外はね。どこに情熱注いでるのよ……。
「い、一応さ。内容改める前に口頭で簡単に説明してもらえる?」
「自身は己の信念に乗っ取りツグユキ本を作成してまいりました!」
「私はユキツグ本です!」
「全年齢向けイチャラブ百合コメディをお二人を主人公にして描かせていただきました!」
お、おう。三人とも元気そうで何よりです。えっとまず? 確かファイアボール初期から頑張ってくれている子が持ってきたのがツグユキ本、『あなたのための研究報告書』? ……あぁ、うん。私がユキに色々する本ね。うん。あ~、いや。いいんじゃない? 自分を題材にされてるこの気持ちを言語化できないのはちょっとアレだけど実用性は非常に高いと思う。
はい、次はハイツレギスタへ一般就職してからファイアボールの方に入ってきた変わり者の君ね。ユキツグ本で今度は攻守逆転されてて私がにゃんにゃんしてる奴か。『ドロッセル開発日誌』ね、はい。あ~、うん。あ~。……なんていえばいいんだろう。脳が色々大混乱してるけどまぁこれもこれでいいんじゃない? こういうのって公式からの見解とか出したら片方死ぬ奴だから何も言わないけどこっちも実用性高いね、うん。実用性ってなんだって話だけど。
えっと最後は……、君S.H.I.E.L.D.から来た子じゃない。もうこっち適応して本描いてきたの!? 経験は……、なし? 初めてでこのクオリティ? 完全な原石じゃん。タイトルはそのまま『イチャラブドロテミル』、最近忘れがちなユキのヒーローネーム『ユミルテミル』を使ったのね。内容の方は……、あ~。うん。今更だけどみんな百合厨なのね。うん、いや否定しないよ? 確かに私そっちだからさ。うん。でも申請時にちゃんと『お嬢様とユキ様の百合本持っていきます!』って言ってくれない? 色々心の準備させてほしかった。あと普通に面白いのが腹立つなお前。
「あ~、うん。非常にいいものを作ってくれたみたいで創作元としてはうれしい限りです。んでこれどこで販売するつもりなの?」
「ご許可いただければ次のコミケで出そうかと考えてました。」
代表として最年長である古株の子がそう答える。コミケね、ぱっと調べた感じまだサークル参加の受付始まってないのにもう作品だけ用意した感じか。まぁ申請出したのに私からの許可取れずに何も出せませんでしたってのを防ぐためか。いやよくやるなお前ら。サークル申請前に出来上がってるとこ多分数えるくらいしかないぞ?
「それはほら……、この心の奥底から湧き上がるエナジーを筆に乗せて、って感じです。ちょうど隣に理解できない思想をもつライバルがいることですし。」
おぉう、毒舌。まぁ切磋琢磨できるライバルって素晴らしいと思いますしいいんじゃないですか?
「そっか、あ~。うん、まぁコミケだし大丈夫かな。よし、確か今年の奴ウチが企業ブース確保してたはずだからそこで売ろうか。数は……、まぁ各種二千ぐらい用意して余りはそっちの業界の方に流せば大丈夫かな? あ、印刷代とか全部こっちで持ってあげるから利益は君らの総取りでいいよ? 私からのボーナス。ハイ決定!」
ちょっと反論というかもらいすぎ! 刷りすぎ! みたいな顔をしていたが決定事項にして無視する。売れなければ私が全部買い取るから大丈夫大丈夫。いい作品にお布施を忘れたらだめですからな。あと単純に私の会社の企業ブースで私のエロ本が売られている光景を想像すると普通に面白い。絶対SNSで拡散される奴。
そんなことを考えながら手元にあるものをパラパラとめくって眺めてみる。この子たちの作品を見るのは初めてだが、こういう同人系の作家さんの中にたまにいる背景などに隠し要素を書いてくれる人っているよね? それをちょっと探しているところだ。いまイヴが色々手続き……、え? データで私も欲しい? うん、後でね。
「つぐみ~、ちょっとごめ……。あ、取り込み中だった?」
「あ、大丈夫大丈夫。こっちこっち。」
手に持っている資料から多分資金関係の相談をしに来たユキをこちらまで呼び、目の前の三人に見せつけるように膝の上に座らせる。明らかにユキの視線が薄い本の方に行ってるし、耳が若干赤いがそんなもの気にしない。
「ほらこれ、この子たちが書いた私たちの本だって。」
「う、うん……。」
さっきまで自分が眺めていたものをユキに手渡す、まぁ開かれていたページがページだったので詳しい話はご想像にお任せするがまぁそういうことだ。あら顔真っ赤、こっちまで恥ずかしくなっちゃうね。
「あ、あのさ! つぐみ……。わ、わたし! 『いや』じゃないからね! 全然いつでも大丈夫だから! うん! じゃあ私急用思い出したから!」
さっき手渡した本をそのまま押し返され、私に見せるはずであった資料をそのまま持って逃げるように退出していくユキ。……あれ? え? いやじゃない? え?
「あ、あはは……、こっちはこっちで早く覚悟決めないとかもね。……あれ? あの三人は?」
『先ほど退室されました、なんでも新しいアイデアを早く形にしたいとのこと。それとですがマスター、式場はどこにいたしましょう? ベールガールには是非私をご指名ください。』
「気が早い!」