「おわった……、の?」
「……うん、たぶんね。」
一つの世界が消えていき、私たちの世界に元の空が徐々に戻っていく。自ら死を選んだ私、彼女がどんな存在だったのか、どんな道を進んできたのかはもう誰もわからない。それを教えてくれる人も、物品も、全部私が吹き飛ばしてしまった。……恨んでくれた方がまだ良かったかもしれない。彼女のやさしさが、つらい。
そんな私に寄り添うように、ユキが傍にいてくれる。彼女は、パートナーを大切にしろと。そういった。彼女にも私のユキのような存在がいたのだろうか。失ってしまったのか、最初から一人だったのか。
たくさんの仲間であり私の子供、庇護する人たちが死んでしまった。だけど、今はただ彼女が隣にいてくれることが私の心に光を灯してくれる。大事な人がいてくれるおかげで、私はまだ私でいられる。
「お疲れ様、つぐみ。」
「うん……。」
タイフォイドにTailを持っていかれたため、おそらくもうエネルギーが残っていなかったのだろう。空中に浮かぶために使っていたスラスターが停止しユキに抱きかかえられる。スーツ越しで体温などわからないはずなのに……、なぜかひどく温かい。
ゆっくりと高度を下げながら崩壊した町を見下ろす。
並行世界の綺麗な町と比べこちらは完全に崩壊している、それが何か彼女と自分の差を表しているようで……。いや、余計なことはもう考えないようにしよう、徐々にだが救助のための車両やヘリが人員の輸送を始めている。ヘリキャリアが落ちてしまったため本社ビルにいる職員たちの移送も複数回に分けて行う必要がある、その分敵の襲撃を受ける可能性が高くなるが受け入れるしかない。
「また最初から頑張らないとね、今度はもっとすごいのにしなきゃ。」
明るく、ユキが話しかけてくれる。そうだね、二度とこんなことがないようにしないと。
要塞化されていた大阪は一晩にして火の海になった。組織の中で一番大きな生産施設にして開発拠点、比較的経験の薄い子たちの訓練施設でもあり表社会での顔であるハイツレギスタの本社がここにあった。生き残った者もいる、組織全体の人的被害を考えれば二割にも満たない。……だが、破壊されてはいけないものの多くを壊されてしまった。予備戦力が崩壊し、多くの物資および人員を輸送でき空中要塞としての役割を持っていたヘリキャリアも跡形もなく壊された。それに乗っていた子たちも皆死んでしまった。
「よいしょっと。……うん、色々考えないといけないこともあるけどさ? 今日だけはゆっくり休も。」
地面に、降り立つ。
イヴが手配してくれていたのだろう、遠くから何台かの車両が走ってくる。ユキはまだ余裕があるとは言え二人とも装備的にも、精神的にも限界が来ている。私も……、もう何も考えずにみんなと一緒に静かな時間を過ごしたい。
でも、そんなことは許されない。
私の背中にはたくさんの人の命と、助けられなかった命が伸し掛かっている。今を生きる人たちがより多くの幸福と安寧を受け取れるように、死んでしまった人たちの命が決して無駄ではなかったこと、残された人たちがそれを乗り越えられるように。私は動かないといけない。
もう一人の私、彼女の顔が脳裏をよぎる。
彼女と同じように顔のパーツを外し、外の空気を肺に流し込む。血と硝煙、何かが焦げたようなにおい。これを、忘れるな。一つの世界を終わらせた責任、それを背負わなければ。
「まさに素晴らしき心持ちですねぇ、まさに感涙。といったところでしょうか。」
黒炎が、頬を掠る。
いや、当たってない。身の毛のよだつような物体が、私の横を通り過ぎた。その存在感が大きすぎた故に錯覚した。とっさのことで身動きが取れなかった、そのせいでこちらに向かってきていた車両に直撃し、着火。火の勢いは収まらずすべてを焼き尽くしてしまう。
また、仲間が。子供が死んだ。守るべき者が目の前で死んだ。
「やぁドロッセル、もしかしてあの程度で死んだと思いましたか?」
背後には、真っ黒な空間を背に。ツラヤバが立っていた。
「このタイフォイドの体、結構気に入っているのであんまり汚さないでほしいんですよね。……まぁ、口うるさい同居人も気絶してしまったようですし、私は私の仕事を進めるといたしましょう。」
あぁ、落ち着け。落ち着け私。命が散ることも、目の前にいる奴を殺さなければならないのも、最初から決まっていたことだ。私は、お前を殺す。何度でも、お前が泣き叫ぼうともやめない。殺してやる。
叫びたくなる心を押さえつけ静かに、ゆっくりと奴を見つめ直す。
「な、なんで……。」
ユキの口から、言葉が漏れる。ブラックホールは現代科学の一つの終着点だ、その内部に何があるのか、何が構成されているのかは私でもわからない。わからないが一点に過剰な重力を発生させると生成できること、その吸収と拡大のプロセスを安定させれば永久的に莫大なエネルギーを生み出すこと。そんなことしかわかっていない。だが、どんな力を持とうとも人体であれば近づくだけで体が吹き飛ぶこと、そんなの幼子でもわかる。
……だが、ブラックホールにそのまま奴を放り込むだけでは殺せない。その事実は確かめられた。あとは奴が死ぬまで違う条件を試すだけでいい。
「そうですね……、あまり隠し続けるもの芸がありません。ヒントを差し上げましょう、能力の開示。という奴です。」
そう言いながら自身の右手、その小指に嵌る紺色の指輪を見せつけてくる。
「テンリングスの一つ、ナイトブリンガー。もうこれだけで何か検討はつくでしょうドロッセル? えぇ、もちろんわかっていますとも。貴方が大好きな時間を稼ぐために好きなだけ語っていただいて構いません。私としても貴方の大事な方が置いて行かれることは望んでいませんから。ほらこの通り、お話が終わるまで何もしませんとも。マクル人にでも誓ってあげましょうか?」
今すぐ殺したくなるほどに憎たらしい笑みを浮かべながら問いかけてくる。タイフォイドの体に入っているが顔の動き、口調で今誰がその体を動かしているのがすぐにわかる。殺したい方の奴だ。
確かに情報共有の時間と装備を整える時間はいる。ユキに私が知るあの指輪の能力の情報を送り、彼女からもう一度Tailを分けてもらう。これでもう少しだけ、戦える。あとは救援部隊の一部をこちらに回す時間がいる。
「……テンリングス、原作ではマンダリンがマクル人の宇宙船から強奪した10個の指輪の一つ。1つ1つがインフィニティストーンと同等、それ以上の能力を持つ存在。だけどこの世界に存在するのは腕輪で1組で1つの石と同等の力ぐらい、それにシュー・ウェンウー。マンダリンのボスが持っているはず。」
「まさに、その通りです。やはりマルチバースを俯瞰していたあなたには簡単だったようで。いや単なる収集癖のあるオタクといった方がよろしいですかね?」
インカージョンを引き起こす、私にわざわざ理解できる様に『アメコミ』の単語を会話の中に入れる。……完全にこいつはマルチバースのこと、そして私の出身のこと。それを理解している。つまり私にその指輪の能力、光に類する攻撃の無力化と異次元エネルギーの使用などといった力を理解されていても勝てるという風に判断しているということ。
……実際、その判断は正しい。ニンジャの頭としての経験と技術、タイフォイドがもつミュータントの力、そして指輪の力。なぜこの世界に存在しないはずの指輪がそこにあるのか、その疑問を思い浮かべてしまうほどに勝ち目が薄い。せめて万全の装備であれば何とかなったかもしれないのに。
「このナイトブリンガー、私どもが扱う忍術と非常に相性が良くてですねぇ……。覚えているかどうかわかりませんが実際のところ忍術とは呪術なのですよ、これとこの指輪の能力によって使用できるエネルギー。実に汎用性が高く、魂によく馴染む。」
「ほら、このように。」
奴の腕が、私に突き刺さる。
いつの間にか目の前に移動された。
装甲が割れ、奴の腕が私を貫いている。内臓もやられたのだろう、喉の奥から血が上がってくる。
「つぐみッ!」
ユキの声が耳に届く。両腕を動かし奴をつかもうとするがすでに移動された。届かない。
『マスター! すぐに後退を!』
白の装甲が赤に染まっていく、重要器官はやられていない。あの黒い火も使われていない。だけど明らかにこれはまずい。極度の疲労に精神的な負担、そこに出血。止血をしようにも周辺の装甲を破壊されたせいで効果が薄い。ナノテクもナノ粒子が足りない、奴の拘束に使い切った。
「イヴちゃん! 早く!」
ユキのTailの一つが投げ渡されイヴの操作で空いた穴が無理やり塞がれていく、だめ。たたかう。私も。
視界の端が薄れていく、だめ。おいていかないで。
世界が闇に包まれる、最後に目に収められたのはユキが奴に向かって向かっていく姿だけだった。