眼が、覚める。
視界が収めるのは……、中国系の意匠。見たことがある天井だ。確か……
「目が覚めたかね、ツグミ。」
「……ウェンウーさん。」
何故か、枕元には彼がいた。そしていつの間にか嵌められていたのだろう。包まれていたような感覚がなくなり、彼の腕輪が元居た場所に戻っていく。……マンダリンが私に腕輪を?
「かなりひどい状況だったからね、貸し一つということで納得しておきなさい。」
ようやく、自分の体の状態を思い出す。私は奴に腹を貫かれて……、
「ッ! ユキは!」
自身に繋がれた大量の管、それを振り払うように起き上がろうとするが彼に押しとどめられる。力が入っていない、だがただ掌をあてられただけでそれ以上体を動かすことができない。思っていた以上にこの体は衰弱していたらしい。
「……この場所には来ていない。だが君の部下が言うには生体反応は消えていないようだ。だからまずは休みなさい、病床で死なれたとあっては、な。」
ゆっくりと、もう一度寝かされる。……とりあえず彼女は無事。それを聞いただけで体から力が抜け、ようやく自分の状態を確認できるまで頭が回ってきた。腹部に空いた穴はおそらくマンダリンに貸し出した改良型クレイドル、ナノテクによって細胞を再構成する機器でふさがれたのだろう。何もなかったように私の肌がそこにある。だが失ったものは多かったようで血液などの管が何本も自身に刺さっており、これを抜けばおそらく自身は死ぬだろうという直感。かなり危険な状態だったようだ。
「すでに死んでいてもおかしくないような状態だった。」
「……なぜ、私に腕輪を。」
彼は、シュー・ウェンウーはさっきまで私に腕輪を装着させていた。すでにそのすべてが彼の手に戻っているがおいそれと他人に渡せるようなものじゃない。1000年にも渡る長期間その腕輪を使い続けた彼が腕輪の危険性を知らないはずがない。確かに腕輪には不老不死の効力があり、死にかけの命を延命させるには最適だろうけど……。
「親を、亡くしたのだろう? 仇も打てずに死ぬのは非常に辛いことだ。……それに君は私たちに大きな利をもたらしてくれた。今後この関係が続くことも考えれば助けない方が損になってしまう。」
何か、ほかの理由もありそうだけどとりあえず助けてくれたことは確かだ。最大限の感謝を彼に伝える。……今はとりあえず動けるくらいまでは回復しないといけない。いくら今ユキが生きているといっても彼女を一人敵地に置いてきてしまったのは確か。助けに行く途中で私が死んでしまったら元も子もない、逸る気持ちを無理やり押し付ける。それに助けに行くにしても手元にあるのはボロボロになったスーツのみ、補給や修理の時間。ユキの居場所や大阪の現状を探るために人も出さないといけない。ここで回復に専念することは間違いじゃない、常人の体でもある程度の回復は見込める。
「ウェンウーさん、そこのタブレット取っていただけませんか? 寝ながらでもできることはしておかないと。」
休んでいてほしい、そういう思いが私でもわかるほど顔に出ていたが組織の長としての考えもわかるのだろう。しぶしぶ置いてあったデバイスを渡してくれる。見た感じウチの医療用デバイスで、最低限の権限が付与されているタイプの奴だ。それさえあればメインサーバーにアクセスして情報収集と指示ができる。血が足りないのか、指の反応が遅いのに少し違和感を感じるが問題はない。
「……小さいもの一つでそこまでできるんだな。」
「あはは、まぁ私用のアカウントは特別にしてるのでアクセスだけできれば何でも。」
そんなことを返しながらちょっとずつ現状を調べていく。ユキの生体反応の件から確認し……、近畿一帯の通信状態が不安定なせいで詳しい位置はわからないが大阪近辺から反応が出ている。まだ生き残っているのかはわからないが、要塞都市の周辺にも拠点や地下保管庫など逃げ隠れる場所は多く存在している。そこに逃げ込んだのかもしれない。
自分の目でユキが生き残っていることを確認した私は次にイヴのログを確認していく。
うん、私があそこで気絶してからイヴはこの付近で一番安全な場所としてテンリングスの本拠地を指定。彼が受け入れてくれたことで一時的にここを前線基地に設置している。すでに搬送が終わっているみたいだけど色々な物資や私のスーツ改修に必要な素材とかも用意できているみたい。現在は外部装甲の修復とTailの生産をここで行っている感じか……。
と、なると。私はあの指輪に対抗する何かを用意する方に意識を移した方がいいか。
(正直、一番選びたくなかった方法を選ばないといけないかも、ね。)
すでにこの世界は正史から離れ始めている、TVAの横やりを感知できない以上どうなるか予測できない、過去にワンさんのところであったアリアドネを名乗る私が手を打っていると言っていたがそれもどこまでの範囲かは不明。……感知できないものを気にして動けなくなるぐらいなら、最初からこの世界にとっての最善。奴をより確実に殺しに行く方法が一番とるべき策だろう。
幸い、必要なピースは手元にそろっている。すでにこの世界は私の知る世界からかけ離れている、今後私が手を出さなかったとしても同じ道筋を通る可能性は0に等しい。……ならばもう気にする必要も、縋る必要もない。
「……ふむ、私がいるとできないこともあるだろう。君の胃腸はすべて回復しているのかい?」
「あ、はい。一応カルテ見た感じ全部修復できたみたいです。」
彼の言葉に反応し、クレイドルの記録を急いで確認し返答する。まぁ面白いことに貫かれたら死ぬような臓器を持っていかれて、無理やり修復したことが書かれている。機械の簡易AIが『これ以上やっても死ぬだけ、物資の無駄な消費を抑えるために中止する』という判断を何度かしているし、ウェンウーさんが腕輪貸してくれなかったら真面目に死んでたなこれ。
「それはいい、何か消化しやすい薬膳をもってこよう。なに、これでも二児の父だ。料理くらいできるとも。」
お気持ちはありがたいがさすがにそこまでしていただくのは悪い、そう思い断ろうと口を開いた瞬間。人が転がりこんでくる。マンダリンの構成員だ。
「エンシェント・ワンと名乗る女が侵入してきました! 大宙つぐみ殿に会わせてほしいと……。」
◇◆◇◆◇
黄色い法衣を身に纏う女性、至高の魔術師にしてこの世界における最高戦力の一人。エンシェント・ワンがここにいる。
「久しぶりですね、ツグミ。」
「ご無沙汰してます、見ての通りこんな感じでして……。お出迎えできずに申し訳ありません。」
敵意はない、というか敵対された場合多分ウェンウーさんぐらいしか対抗できないのでそのまま奥までワンさんを案内していただいた。まぁインカージョンが引き起こされた時点で彼女が動くことは予想していた、していたけどわざわざ私のいる場所を探し出してここまで飛んでくるとは正直思っていなかった。十中八九、というか確定でツラヤバのことを聞きに来たんだろうけど……。
「いえ、気にしないでください。……私がここに来た理由、把握していますね?」
「ツラヤバのこと……、ですよね。」
ゆっくりと頷きながら椅子に腰かける彼女、内容が内容なので人払いを頼んだが何故かウェンウーさんだけは残ることになった。ワンさんも普通にそれを受け入れてるし……、指輪関係で何かあるのか? というかウェンウーさん柱に持たれ掛かりながら不機嫌そうな顔してますけどこの人大丈夫な人ですからね? 悪いことしない限り敵対してくる人じゃないですし。
「実際に奴の力を目の当たりにしたのはあなただけです。インカージョンが引き起こされた以上、二度目が起きぬよう迅速にその対処をしなければなりません。そのためにはやはり情報が必要、かの地には私が入れぬようにゲートウェイ対策の結界が張られているため直接確認は出来ません。というわけであなたに聞きに来ました。」
もう一人の私、ニューヨークでの一件の後出会ったアリアドネを名乗る私と何度か話しているみたいだし、おそらく私の事情の多くを彼女は把握している。となると今から話す内容は魔術的な内容が多い。魔術師界隈からすれば部外者であるウェンウーさんに聞かせても……、あぁいいんですね。これは本格的に巻き込もうとしているか彼の持つテンリングスが必要になってくる口か?
「彼が使っていた力、彼が言うことを信じればですけど呪術というものらしいです。並行世界同士を衝突させて対消滅させるインカージョンを引き起こすことや戦闘で使っていた指輪はテンリングスの一つナイトブリンガー、と。」
「やはりですか……。」
そういいながら考え込む彼女。やはり、彼女も何かしら知っていたらしい。自身の考えを口にしようとするワンさんだったが、それを遮るように少し動揺したウェンウーさんが声を上げる。
「……ツグミ、奴は。ツラヤバは真にテンリングスと? この手にある功夫環以外にも存在するということか?」
彼は1000年間その武器を使い続けた人だ、もちろんその間に自分と同じような武具を持つ者を探したであろう。全世界に拠点を持つ私たちファイアボールより以前に裏社会に浸透し、私たちが拠点を置く場所には必ず彼らが先に来ているというほどに彼らは多くの目を持っている。だからこそ彼の持つ腕輪と同様の存在や、同じような不老不死の存在がいればすぐに察知できていたはずだ。だからこそ今になって同じような存在が出てきたことに驚いているのだろう。
「ツラヤバがインカージョンを引き起こせるということはマルチバース間を自由に移動できると考えた方が無難でしょう。彼の持つテンリングスがこの世界のものかはわかりませんが……、正確にこの指輪たちについて説明した方がいいですね。」
そういいながらホログラムのような魔術を起動し、10個の指輪の姿がこの部屋に浮かび上がる。
様々なエネルギーを司る、水色のデイモニック
炎を司る、山吹のインカンデスンス
電気を司る、青灰のライトニング
精神を司る、橙のザ・ライアー
温度を司る、白のゼロ
状態を司る、緑のリメーカー
衝撃を司る、黄色のインフルエンス
風を司る、青緑のスピン
原子を司る、赤のスペクトラム
闇を司る、紺のナイトブリンガー
このマーベルにおける原点、コミックスでのマンダリンが所有しているテンリングスだ。
「この世界における指輪の発生、それがいつどこで起きたのかは私もわかりません。しかしながら口伝にてこの指輪についての詳細は伝えられています。指に嵌めるだけで強大な力が手に入る品です、存在すらも秘匿するべき物でした。」
「おそらくですがシュー・ウェンウー。貴方が持つ腕輪はこの中のどれかが姿を変えたものでしょう、指輪ごとに意思を持つものや姿を変える物もあると聞きます。」
もしくは、この伝承を知る力あるものが作り上げた全く別の存在という可能性もあります、そう言葉をつなぎながら説明をしていくワンさん。可能性としてはかなり存在する、他世界の伝承が伝わりこの世界特有のテンリングスとかけ離れている場合。もともとこの世界に存在していなかったテンリングスが他世界からやってきた可能性。マルチバースという無限の可能性はそのすべてを肯定する。
「今回対処しなければならないマツオ・ツラヤバが所有しているナイトブリンガー。これは光の遮断やダークフォームと呼ばれる異次元のエネルギー、我々魔術師が使うエネルギーとはまた別のものを引き出す能力があります。これだけならまだ対処することができたのですが……。」
「呪術、人の感情を主なエネルギーとして使用する術式。私たち魔術師が扱う多元宇宙から力を引き出す魔術と源になるエネルギーこそ違いますが、できることはほとんど同じです。私も専門でないため詳しいことはわかりませんが、おそらく自身のみならず他者の感情もエネルギーにすることができるのでしょう。」
点と点が、つながる。……あぁ、なるほど。嫌なほど理解してしまう。私がインカージョンを止めても止めなくても奴にとっては得しかなかったってことか。
「つまり滅ぼした世界一つ分、その世界にいた人たちすべての感情を自身のものにした。そして異次元エネルギーを利用したインカージョンはいくらでも引き起こせる。」
「そういうことです。……そして貴方です、『ドロッセル』。」
映し出していた映像を消し、私の方へ向き直るエンシェント・ワン。
「マルチバースの申し子、そう呼ばれたことはありませんか?」
「貴方には、いえ貴方たちには世界の拡散と収縮。その力があります。」
「貴方が望もうと望まずとも。可能性を考えるだけで世界は増加し、諦めるだけで一点に向かい収束を始めます。一つの世界を形作るための可能性を模索し続けるためのカギ、それが貴方なのです。」