……うん。何となく自分の本名やこのドロッセルという名前を選んだということ。ぼんやりと考えてはいたけど私自身の存在がファイアボールの要素を多く含んでいて、それに引っ張られている。もしくはそのものなんだろう。
「……何となくですが、わかりました。奴が私をつけ狙う理由も、私がしなければならないことも。」
「ほかの世界、貴方の持つ力が弱ければまた違った道もあったでしょう。『大いなる力には大いなる責任が伴う』、でしたか。すでにこのタイムストーンの力を用いても未来が把握できないほどに世界は乱れています、確かな芯をもって前に進んでいきましょう。」
言葉を選びながら、私の目の奥をのぞき込むように話しかけてくる彼女。たぶんそのフレーズは私ではない私から聞いたのだろう。たぶん、私よりも先に進んだ先達からの忠告。力を求めれば求めるほどそれに付随する責任は大きくなる。そして自身の持つ性質は変えられず、この名を持つ限り責任を果たし続けないといけない。私が世界の中心という言葉は中々に自己中心的な言葉だと思っていたが、実際その立場に近いことを知ってしまった今。両肩に乗っていたものがさらに重くなったように感じる。諦めたらいけない、ね。
その言葉をかみしめながらワンさんが操るアガモットの眼を見る。素人目に見て明らかに荒ぶっていることがわかる、これが未来を見られないということを表しているのだろう。ストレンジが行ったサノスとの一戦のように確定した一つの未来を手繰り寄せることもできないわけだ。
「……さて、話はここまでです。急いで人を集め策を練りましょう。シュー・ウェンウー、彼女を動かすのが難しい現状集結地点をここに定めたいと考えています。敵の手も届いていないようですし、最適かと。」
「ツグミ、彼女は信用していいのか。」
ウェンウーさんの問いかけに深く頷きを返す、彼は私みたいに表の顔を持っている人ではないが私の関係者としておけば彼の存在が明るみに出ることはない。もしアベンジャーズの面々と少々もめることになったとしても私が血反吐を吐きながら説得すれば止まってくれるだろうし、そもキャプテンがその場にいてくれれば何とかなるだろう。
「……理解した、君が嘘をついたりだましたりするような性格ではないことを私は知っている。世界が滅ぶか否かの事態、表や裏など気にしている場合ではないだろう。敵が潜んでいるであろう日本から近く、敵の手が及んでいない安全地帯などここぐらいだ。好きに使ってくれ。」
「最大限の感謝を、では。」
何百年も生きた先人同士の話し合いは非常に理性的に終わる、感謝の意を表す深いお辞儀をした彼女は腕を構え門を開こうとする。おそらくアベンジャーズたちが集まるニューヨーク基地だろう。
『お待ちください!』
それを遮るように、私の掌に収まっていたデバイスからイヴの声が響く。それと同時に映像が、全世界の映像が画面に映し出されていく。
……もう音声だけで何が起こっているのか解ってしまった。悲鳴、叫喚、怒号。人々の助けを求める声に混乱する無線、無抵抗な人々が無残に痛めつけられ死んでいく。武器を持つものも超常的な力には叶わない。ニンジャが、ニンジャが人々を殺している。私たちの組織が作った各国に存在する駐屯地、そのすべてから救援信号が飛んできている。すべての基地を、同時にニンジャどもが襲撃している。
そして、ニューヨーク基地の映像も。キャップが、ナターシャが、ファルコンが。兄妹もヴィジョンも戦っている、力のない研究員や圧倒的な力量差によって負傷した戦闘員たちを守りながら戦っている。ワカンダも、雪崩のように襲い掛かるやつらが何度倒れようとも生きる者を道連れにしようとしている。
そして、日本も。いや日本が一番多い、大阪の海から水面を埋め尽くすように奴らが浮かび上がり陸へ向かって津波のように押し寄せている。
「……そんな。」
「邪道めが!」
あぁ、そうだった。呪術、それだけで思い至るべきだった。
知らないはずなのに知っている、奴らにとって死は一種の状態異常に過ぎないと。魂さえあれば現実世界に呼び戻し先兵として使うことができる。何度倒そうとも魂を消さない限りは殺し切ることはできない。別世界の、すでに死んだ私の記憶。その断片が今になって流れ込んでくる。
今、戦場となっている場所にゲートをつなげるわけにはいかない。もし敵が流れ込みこの場所が露見してしまえば何もできなくなってしまう。湧き上がるニンジャたちの相手をしている間にもう一度インカージョンを起こされると私たちは終わる。そしてこの世界が関与しないインカージョンを引き起こされるとさらに奴の力が大きくなる。一つの世界が消滅したときに生じた感情の力、どれだけの割合を使ったのかはわからないがそれだけでこれだ。早く止めなければならない。
「ツグミ、私は今すぐ各地のサンクタムへ飛び敵の魂を消し飛ばす方法や道具の配布を行ってきます。貴方は」
「ワンさん、体の傷を治す魔法。ありますよね。確か寿命と引き換えに治癒能力を引き上げるものが、それを私にかけてください。……すべてを止める方法が、策があります。でもこの体じゃ何もできません。お願いします。」
◇◆◇◆◇
ドアを、閉める。
『マスター、本当に大丈夫なのですか?』
心配そうに私に声をかけてくるイヴ。今いる場所はウェンウーさんに貸し出してもらった研究室、運び込まれたのは最低限の機器とスーツの修復改良用の資材。完全な補給が一度だけできる武器弾薬と現在外殻の修理が終わった私のスーツ。ほかにはある程度の食料などの生存に必要なものを大量に。これさえあれば私が考えていることの大半はできるはずだ。
「大丈夫。それに今は私の体なんか気にしてる場合じゃないよ。」
ワンさんはすでに各地のサンクタムへ向かい溢れ出るニンジャの被害を少しでも減らせるように動いている、ある程度の対策ができればここに戻ってくる予定だ。ウェンウーさんはこの地に敵が入り込まないように防備を固めるとともに、自身の子供たちが安全に避難できるように手を回している。一応私も組織の子供たちへの指示は終わらせている。すべての拠点が危機的状態で、外部からの救援を期待できる地点はそこまで多くない。……犠牲は出るだろう、だけど今はそれを考えるべきじゃない。天秤はより重く、数の多い方に傾いている。そうだ、私がやるべきことはすでに決まっている。
「ほんと、世界が私にこれを使えと言っているのかもね。」
専用のカートリッジに収められた4本のピム粒子、そして脳や体を守るアントマンスーツの設計図。そしてそれに至るまでの研究データ。それを一つの机に並べ思考を加速させていく。私はアメリカへピム粒子の獲得やヴィジョンたちへの顔合わせのために向かいその帰りにこの事件は起きた。おかげさまでこの横領品たちを肌身離さず持ち歩き、守ることができた。これさえあれば、そしてこの世界において私だけが持つ記憶さえあれば。
可能だ、『タイム泥棒作戦』が。
もともと、この作戦に必要なピースが欠けた場合に備えてすべてをそろえて置くつもりだった。もし私がサノスを止めることができず、すべてを石を奴に取られた場合。そして私が生き残る半分に選ばれなかった場合にイヴによって生き残ったアベンジャーズへ受け渡される予定だった。もちろん不必要なら行わないし、イヴにはその判断を任せるために私の持つ記憶をデータ化したものへの閲覧権を開放する予定だった。
つまり、私の中にある程度の設計図は収まっている。まだ2016年にもならない時期で、本来行われる2023年よりもだいぶ早い。だが私なら可能だ。必要な土台は手元に、もしくは未来の天才たちが映像越しに教えてくれた。それに至るヒントまで私は知っている。完成図も、実例も未来にある。だったら、作れないはずがない。
私に0から1を生み出す才は乏しい、だが1から数を増やすことは得意だ。すでに必要な1はそろっている。
「それに……、私がここで開発を進め諦めない限り道は消えない。」
ホログラムを起動し一つ一つ確かめるようにタイムラインを確認していく、何かの齟齬が出ればその分マルチバースは広がる。マルチバースが増えれば増えるほど奴にとって利になってしまう。計画は順次変更すべきだが、ある程度の指針がなければ動きにくい。いつものようにルートを定めよう。
目標はまず2012年のニューヨーク、あの場所には空間と精神、そして時間が集まっていた。空間の力さえ手に入ればあとは簡単だ、時間の力を使ってもいいし量子世界を経由してもいい。2013年のアスガルドと2014年のモラグ。空間の力さえ扱えれば好きな位置へと飛べる。
あぁ、それと1943年。この身はどうあがいても常人だ、どう考えても石の多用はできない。だからこそ常人から超人へ駆け上がる必要がある。人間の枠組みは超えられないがその限界点までは上りきれる。超人血清を私に投与する。
これでようやく、前提条件までたどり着ける。
指輪の力は石の力と同等、もしくは超越している。しかしながらそれは数が同数であればの話。この手にすべてを集め、奴の能力の弱点を突くように策を練り用意すればすべてがうまくいく。たった一つの大きくて簡単で、だからこそ受け入れがたい問題があるけれど。それでもその一歩手前までは進めることができる。それにそこまで進めることができれば今とは違った景色が見れるはず、何かそれ以上に素晴らしい解決方法を見つけられるかもしれない。
どっちにしろ、私はここですべての用意を終わらせないといけない。どれだけかかるかわからないけど……、心配はしてない。不安もない。
足を動かし、先ほど閉めたドアへともたれかかる。
「だってさ、ここに全部うまくやった私がいるんだもんね?」
ゆっくりと三度、ドアをノックする。大きくない部屋に反響する音。この部屋には私以外誰もいない、そしてすべてを完了させるまでは出ることができない。私はここにはいないはずの存在だから、ウェンウーさんには悪いけどずっとここは開かずの扉にしてもらおう。……ま、私自身と顔合わせしないようにするだけなんだけどね?
でしょ? ドロッセル。
コン、コン、コン。
『内側』からノックの音。始まりを告げる音が私を迎えてくれる。
ほんの数秒だけのとても長い旅、たった三回の音は私に始まりと終わりをもたらした。
「うん、全部。全部用意できた。」
左手に嵌められた五つの宝石。そのすべてと昔と比べれば大きく太くなった指を眺める。昔はいろいろと体の大きさで悩んだりしたものだけど今はユキぐらいの大きさになった。まぁ時間にして一年もたってないが……、遅い成長期だったということにしておこう。あぁ、早くみんなを助けに行かないと。
大事な石を隠すために左手の上からさらに装甲を重ねる。ナノテクノロジーの強化までする余裕はなかった。そのせいで少々角ばった追加装甲になってしまったが……、これはこれでいいだろう。一番初めに作ったあのスーツと同じように大きくなった、それだけだ。
「今行くよ、ユキ。」