過去の私に別れを告げ、ゆっくりと廊下を歩く。一歩一歩、この時代を踏みしめながら。
イブが気にかけてくれたのだろう、少しずつ装甲が剥がれ格納し肌が外気に晒されていく。
「ふふ、ちょっと懐かしい、かな?」
『この世界の時間で考えれば遡っているのに、こちらのタイマーでははっきりと時間が過ぎたことを教えてくれる。なんとも不思議な体験をいたしました。ちなみにですがデータのアップロードはいかがなさいますか?』
「やるにしても新しい媒体を作るか、私が一人だけになってからだね。今やっちゃうと色々おかしなことになる。」
今この世界には私が二人存在している、どちらも同じ存在であるため少しおかしな状態だ。言ってしまえば世界の中心が二つある状態、明らかにマルチバースを生み出したりこの世界に異常を引き起こしそうな現状であるが……、一応そこも計算済みである。
ある程度の勘が含まれるため正確な数値として出せるわけではないが、世界自体の強度は私が二人いるぐらいではそこまで影響を及ぼさないと予想している。実際過去に飛んだ時私が二人いた時間軸というかマルチバースが生まれてしまったわけだがその世界が崩壊したり異常をきたすようなことはなかった。さすがに一年以上いれば何らかの異常が出そうなものだが、過去の私が研究を終え量子世界へ飛び込むまでそんなに時間はかからなかった。つまり大丈夫、世界はそこまで脆くない。
「ま、なんか異常が起きれば困るしマルチバースの増加数が一番低いのがこのタイミングだったんだよね~。」
『格納完了、全システム正常。スリープモードに入ります。』
「はい、お疲れ~。」
スーツすべてを背中に背負う大型のTail一つに収める作業が終了し、イヴから報告が飛んでくる。昔はそのまま背負うには重かったし背丈が足りないせいで引きずりそうになるサイズだが、今では軽いもんだ。まぁこれもナノテクを完全に収めきれていればリュックみたいに背負う必要はなかったんだけどね? さすがにそこまでできなかった。
「にしても……、上着に1940年代の革ジャン、下にアスガルド製の下着。ズボンは2012年で買ったジーパンって色々トチ狂った服着てるな私。」
まぁ昔はちんちくりんだったせいでできなかった服装を今していると思えばいいのか? まぁとにかくユキに今の私を見せたら色々面白いことになるだろう、そんな幸せな未来を描きながらズボンに突っ込んでいた鍔付きの帽子を軽く被る。
「ユキを助けるついでにこの世界も、他の世界も救う。……ま、やることやったしできるよね。」
そんなことを口ずさみながらさらに歩を進める。するとちょっと遠くから、確か臨時の会議室とかだっけ? そこから二人の声が聞こえてくる。
「つまりこの腕輪の力によって敵の指輪の力を相殺すると?」
「はい、実際に試してみないとわかりませんが上手くいけばこの世界を覆うダークフォームに干渉できるはずです。そうすれば私が世界間の衝突を各世界の者たちと協力して遅らせることが可能です。」
なるなる、お二人で色々話し合ってくれてるのね。正確な時間とかは忘れちゃったけど多分いろいろな準備を終わらせたワンさんが先に策を練っていてくれたのだろう。今は多分インカージョンに対する時間稼ぎとかそういう話かな? 大量発生ニンジャのせいで使える戦力も少ないしどうにかして時間だけでも稼ごう的な?
「お待た~! あ、こっちじゃあんま待ってなかったんだっけ?」
扉をあけながら元気よく挨拶をして中に入る、まぁここに来るまで色々あったしやっぱり元居た世界。元居た時間軸に戻ってきたとなるとテンションが上がってしまう。まぁ少しぐらいいいだろう、減るもんじゃないしいつまでも気落ちしてたらできることもできない。頭はずっと冷静に回り続けているのだ、外面だけでも楽にしていいでしょう?
「……ん? どしたの? 顔なんかついてる? あ、このお茶請けおいしいじゃん。ワンさん食べてないし私もらってもいい?」
そう言いながら許可をもらう前に口の中に放りこむ。うん、たどり着くまで結構食とか軽視してたし超人血清打ったあとはそれこそ最低限度のものしか口にしてない。だからこそ久しぶりに食べる甘いものはなんというか体に染み込んでいく感じがする。
「ツグミ、なのか……?」
「これはまたなんとも……。」
あり? 大きくなった私がそんなにおかしい? 二人ともお口開けたまま『えぇ?』って顔してるじゃん。私だってずっとちびっこなままじゃ恰好が付かないでしょ? だからこその肉体改造だし超人血清。ワンさんはいろんな並行世界を知ってるし、アリアドネの私からこの血清の力は聞いてるでしょ? ウェンウーさんは普通に裏社会の情報網でヒドラ君の結成当時から『なにこの吹けば飛ぶような組織、かわいいね? そんな血清発明しても博士死んじゃったからもう何もできないね? 量産し始めたらつぶす予定だったけどできないのかわいいね?』って感じだろうし知ってるでしょ?
「いやそれはそう……、まぁかなり意訳されてるが。うん、なんというか自身の子のように気にかけていた少女が少し見ないうちに大人になって帰ってきたかのような喪失感だぞこれは。」
「本音漏れてますよウェンウー、いやまぁ気持ちは解りますが。」
あはは、二人ともおもしろ。あぁそうだワンさん、これ。今私が持ってるけど預けた方がいい感じかな?
そう言いながら左手の装甲纏い直し、その装甲をスライドさせ手の甲に嵌る五つの石を彼女に見せる、まぁこれを手に入れるまでマジで色々頑張った。スペースとマインド、あとタイムはまだ簡単だったけどパワーとリアリティがね……。並行世界のソーに土下座して頼み込んで地球の外に出たんだけどまぁ出るわ出るわ知らない技術。思っていたよりも長い間アスガルドに滞在することになったけど求めていたものは手に入ったからよしとしましょうか。
「タイム・ストーンも……、いえ今は気にしている場合ではありませんね。その石は貴方が持っていてください。ですが……」
「使いすぎにはご注意、でしょ? わかってるって。」
そう、いくら超人血清でこの体が強化されたといっても人間という枠組みからは超えていない。この血清はどうあがいても『人間の最大値』まで投与された者を引き上げるだけだ。アースキン博士の研究データや実際の制作風景を当時に飛んで真横から隠れながら観察していたからわかる。
自身の体の耐久度チェックなどできないため理論上の話にはなるが、おそらく今手元にある五つすべての石を引き出した場合もって数時間が限界だろう。サノスやトニーが行った指パッチンを行う場合は命以外のすべてを差し出す計算になる。……まぁ簡単に言えば『お薬は用法・用量を守って正しくお使いください』ってことだ。
「理解しているなら良いのです。……一つ足りないこと、それも理解しているのですね?」
「……もちろん、嫌なほどに。」
「ならば、良いでしょう。さて、では肝心の彼女も来たことですので策を練っていくことにしましょう。」
そう言って話を切り上げてくれる彼女、色々と厳しいところもある人だが悪い人ではない。触れてほしくない話題には触れない、たったそれだけで彼女のやさしさが理解できる。
「では最初から情報共有も含めて現状の確認から行きましょう、現在この世界は呪術によってゾンビ化されたニンジャによって侵攻を受けています。各地の武装勢力や力あるものが奮闘しているため一部の地域を除き時間さえあれば掃討は可能です。」
「……肉体が粉々になるまで破壊するか、焼却することによって敵の無力化ができる、か。」
なるほど、ほんとにニンジャゾンビパニックってわけか。B級のホラーとかでありそうなネタだけど実際起こると全く笑えない。しかも掃討できない地域として挙げられるのが私の本拠地である近畿一帯っていうね……、ユキもいる場所だからこそさっさと何とかしないといけない。
「我々の目的は奴が次のインカージョンを引き起こす前に排除すること、時間を与えれば与えるほどこの世界に危機が迫ります。そのため最大戦力で攻撃する必要があったのですが……、各地にニンジャが出現し現在も戦闘中な今戦力をかき集めることは得策ではありません。」
「しかもお二人はインカージョンの引き延ばしに必要だから実質戦えるのは私ぐらい、ってわけか。う~ん、石たくさん持ってきて正解だったね!」
昔やったツラヤバとの戦闘ではファイアボールのみんながいた、だからこそ勝てた。……だけど今回は私だけ。日本の中にも生き残った子たちはいるだろうけど、そんな子たちは多分身近な一般人を守るために戦っているだろうし、今力のある私がわざわざ自分の子供を死にに行かせるなんてできない。
「できるだけ時間を稼ぎます、私の方でも救援の手配をしておきましたので時間がたつほど戦いやすくなるはずです。……そのあたりの配分は任せます。」
「了解! ま、奴の元に向かう道中でユキも助けるし。そしたら戦力二倍だからね!」
そう言って、笑顔を見せたのだが何故か反応が悪い。二人とも視線を合わせ、何かを言い辛そうにしている。……あ、あはは。もう笑えない冗談はたくさんなんだけどな。
「……つぐみ、これを見てくれ。」
ウェンウーさんが、タブレットを渡してくれる。画面にはほんの十数分前に公開された動画が移っている。……ざっと調べるが、どうやら全世界に向けて発信されたもの。放送されていた番組などをハイジャックして無理矢理奴らが流したものらしい。
タイトルはご丁寧に『世界のどこかにいるドロッセルへ』だとよ。
動画の始まりは破壊しつくされ瓦礫の山となった大阪の街に大量の死にぞこないたちが溢れているところから始まる。
『やぁ初めまして全世界の皆さん、今世界中に放ったニンジャたちの親玉であるマツオ・ツラヤバです。どうです? 私のプレゼントは。素晴らしいものだったでしょう?』
奴の耳障りな声が、聞こえる。
『まぁ基本死体を原材料としているので見た目は悪いですがその性能はお墨付き。ドロッセル、貴方が知る彼らより大分強くしておきました。やはりこういう復活した後の強化は鉄板ですからねぇ……、貴方が殺し海に沈めた方々も元気に出勤してくれたようで。』
やはり、日本にいた奴らの中に見たことがあるような奴がいたのはそういうことか。それに世界中に散らばるやつらの総量を考えると、私たちが殺した奴らよりも格段に多い、おそらく別世界から持ってきたのだろう。そうなると雑兵の数を減らすということは無意味。一直線で奴を殺す必要がある。
『あぁそうそう、貴方に見せたいものがあるのですよドロッセル。今日のためにわざわざ用意したのです。気に入ってもらえるといいのですが……。』
次に移る画面。ユキ、ユキ?
奴が何かを喋っている、何も聞こえない。ここにいる二人が何か言っている。何も聞こえない。
ただ、目の前に。この画面の先に、彼女がいる。装甲を剥がされ、肌を露出させ、血で汚れている。
胸は、肺は上下している。生きている、生きてはいるが生気は感じられない。
何かの廃材にその体を打ち付けられている、顔は見えない。
ユキが、磔に、されている?
掌に、痛みが走る。なぜ?
「……あぁ、ごめん。ウェンウーさん、これ握りつぶしちゃった。また今度弁償するよ。」
あぁ、そうか。握りつぶしちゃったのか。どおりで画面が見えなくなるはずだ、……あはは、そっか。そんなことするんだお前は。そうだね、そうだね。お前はそういう奴だったよ。あはは……。
「傷? あぁいいの。このぐらいだったらすぐ直る、治療はいらないよ。」
破片を指で取り除き、骨がきしむほどに手を握りしめる。止血は終わり、イヴ。すぐに行くよ。反論はするな。
「二人とも、私は私の仕事をするから。そっちはそっちでお願い。」
背負っていたTailを展開させて装甲を纏っていく、時間が惜しい。左手の装甲を外し石を、空間の力を起動させ目の前に道を作る。体になにか衝撃が走ったような感覚がやってくるが些細なことだ。この道は一方通行、私しか通れない。敵がこちらに来ることはない。
何か私に言おうとしたのか、視界から消える二人の顔がなぜか印象に残ったが……。すでに関係はない。
暗い世界を通り抜けた先には、変わり果てた私の世界。
私が奴らの元に足を下ろすと、地面を埋め尽くすほどの敵が襲い掛かってくる。
「さっさと死ねよ、この死にぞこないどもが。」