世界の狭間、彼の眼前にはシャボンのように輝くたくさんの世界が浮かんでいる。様々な色が混ざりながらも、そのすべてが一つの色に染まることはない。色が混じり新しい世界を生み出す可能性はあれども、そのもとになった色。世界が消えることはない。すべてが独立し、可能性だけが増えていく。
そしてまた、彼の目の前で世界が増える。
タイムトラベル、多くのSF小説では同じ世界の同じ時間。その世界が進んだ通りの過去に飛ぶことができる、そして過去を変えればタイムトラベルする前の未来が変わり、時間旅行者は自身の望む未来が作れる。物語としてよくできたシナリオだろう、目的と冒険。そして誰にでもわかる明確な成功。そう、お話としては素晴らしいのだ。……いや、この世界のすべてが一つの『物語』から派生したと考えればこの現状が間違っているべきなのかもしれないが。
彼女、ドロッセルが行ったタイムトラベルはマルチバースに非常に大きな影響を与えた。その世界の可能性を導くことができる存在が移動したのだ、元居た世界も変わるし飛んだ世界ももちろん変わる。彼女がもともといた世界からは『タイムトラベルに失敗した世界』『成功した世界』『成功したが帰ってこない世界』が木の枝のように増えていき、彼女が飛んできた世界は『彼女がやってこなかった世界』『彼女がやってきた世界』『そのまま永住した世界』が増える。そしてこれはドロッセル、君が違う世界に滞在するだけで加速度的に増えていくのだよ。
君は中心が二つあることで世界が崩壊するのでは? と考えたのだろう? もちろんその危険性はあった、君の力は『拡散』と『収縮』。普通ならば複数存在するだけで崩壊する。あぁ、でも心配しなくて大丈夫だとも。
……そういえば君には言ったのかな? マルチバースには限りがあると。どれだけ壮大な絵を描こうともキャンパスには限りがあるし、本にはページ数の限界がある。誰かが新しく用意するか、他のところから奪い取るなどしなければスペースに空きはできない。
わかるかい? マルチバースが増えれば増えるほどスペースはなくなり、自動的にインカージョンが引き起るんだ。そしてその世界の崩壊が生み出す感情のエネルギーはすべて私のものになる。つまり君がタイムトラベルして石を集めることは君が強化されるのと同時に私も強化されるのだよ。
「本当に、よく働いてくれています。あとはその体と……、この残ったすべての世界を。」
このキャンパスには限りがある、つまりより大きな絵を描くには誰かから奪わないといけない。マルチバースのマルチバース。今ある器を納めるさらに大きな器、それを奪い取るにはもっと力が必要だ。
「いずれ、観測者気取りの者たちのところまで行くことはできるでしょうが……。それにはまだ障害が大きい。いやはや君を見つけたときは本当にうれしくなってしまいました。これほどまでに小さいキャンパスの中でどんな君にも劣らない原石があるとは……。」
まさに神の気まぐれ、この世界にもいるような一つの世界や星に満足するような矮小な者たちとは違いもっと大きな存在が私にこうささやいている。『彼女を使い、自分たちのところまで来てみろ。』と。
「えぇ、えぇ! あなた方からすれば単なる暇つぶしなのでしょう! しかしながらその油断がどれほどありがたいことか! そのまま楽しみに待っていておいてください、今すぐそちらに伺いますからねぇ!」
このキャンパスをすべて塗りつぶした後は彼女の力を使いさらに大きなキャンパスを奪い取る。それをまた同じように塗りつぶし、さらに大きなキャンパスを。いずれ私色にそまった世界はこの世界を描き続ける画家に到達し、その指を折り筆を奪い取る。そしてその次はその絵を見ていた観客たちだ。
「そしておそらく、その画家や観客すらも大きなキャンパスの登場人物でしかない。……なんとも素晴らしいことか。飽くなき挑戦、止まらない欲。自身がどれほど大きくなろうと限界などただの幻想でしかないということを教えてくれる!」
さぁ、始めようドロッセル。観客から登場人物に落とされた哀れな子羊よ。
盛大にあがき、盛大に思い悩み、より多くの並行世界を生み出した後に……、盛大に絶望して死んでください。
ご安心を、その体は私が有効に使わせていただきますから。
「ふむ、少し前菜には重すぎませんかね?」
「黙りなさい外道、例え敵わずともやりようはあるのです。使い道は変わろうとも使い時を誤る私ではありません。」
眼前に現れるは彼女の世界のエンシェント・ワン、そしてマンダリン。彼女はともかく彼が持つ腕輪は未だ未覚醒、持ち主が持ち主であれば少々苦戦したかもしれませんが父親なら問題ありません。……が、少々世界を増やし過ぎたかもしれませんね。
彼女に続き続々と魔術師たちが扉を経て集まってくる、ただの魔術師ではない。増加した世界で至高の魔術師の称号を持つ者たちだ。彼女と同じエンシェント・ワンもいればドクター・ストレンジ、マスター・モルド。見知らぬ至高の魔術師までいる。数が集まろうと結末は変わらないため何処に誰がいるかまで把握していなかったが……、これはこれで面白い。彼女ならば『夢のドリームチーム』などと言うのでしょう。
「ウェンウー。指輪の力の相殺をお願いします、道は私が。」
アガモットの眼を展開させ彼女の腕が増え、分裂する。この空間は魔術師にとって必要なエネルギーそのものだ。世界と世界の狭間、そこで発生するエネルギーは感情とは違い常時高い出力を提供し続ける。一度により大きな力を得ることはできないが汎用性には優れている、と。それにわざわざ世界間を経由しないで済む分いつもよりも出力が高そうですねぇ……。なるほど、これ以上私にエネルギーを供給させないようにほかの魔術師がインカージョンの時間稼ぎをし、指輪の相殺はマンダリン。エンシェント・ワンと残りの魔術師がその援護もしくは攻撃に転じるというわけですか。
(おい、ツラヤバ。お前さんの目的を手伝ってやるのはいい。だが忘れてねぇよな? 体使わせてんだからそこらへんはちゃんとしろ。)
「もちろんですとも……、では。手早く終わらせましょうか。」
ウェンウーが腕輪を交差させ、その輝きをさらに強くする。彼の持つテンリングス相対する者が持つ指輪とはまた違った存在だ、しかしながら世界をその手に収めるのに必要なだけの力は備わっている。
(愛する者を失い、一度手放したはずの腕輪を再び手に取った。復讐が成されたその先にはこの腕輪と長きにわたり存在し続けた組織、そのすべてを子供たちに託そうと考えていた。)
しかしながらその願いは叶わなかった。志を同じくしていたと思っていた息子は復讐を成した直後にこの手から逃れ、亡き母親の仇を討たせるために育てていた息子にかまけていたせいで同じように育ててやれなかった娘にも逃げられた。長きにわたり生き過ぎ、狂った時間感覚と己の愚かさによって起きてしまったことだ。
頭では理解できていても、心では受け入れることができない。妻を失い、子供まで失ってしまった私は本来聞き入れるはずもない幻聴を受け入れそうになっていた。
そんなときに、彼女に出会った。以前から存在自体は知っていたのだ、世界中の闇に紛れるザ・ハンド。ニンジャどもを殺すためだけに動き回る彼女の存在は。最初はただ利用するだけだと考えていた、その保有する技術力とニンジャの被害者、復讐者たちによってさらに増加する規模。次第に一つの国の裏社会を手中に置いた存在だ。こちらと敵対するつもりがない相手がこちらの顔を立て、握手を求めてきたのだ。否定する理由はなかった。
(だが、いつしか彼女存在が自身の中で大きくなっていた。)
今エンシェント・ワンと名乗る彼女から聞いた今なら解る、おそらく彼女はこの私がどのような道を歩んできたのか、そしてどんな終わりを迎えるかを知っていたのだろう。私がどんなものを好み、嫌うのかも。何もかもを失い、どうしようもないほどに穿たれてしまった心にどうすれば自身が収まるのかも。
それに思うことはない。自身であれば同じようにし、自身の目的を成すための仲間。もしくは駒の一つとする、自身がこの長い人生の間にしてきたことと同じことを彼女がしただけだ。
怒りの感情を表すものもいるだろう、しかしながらあのすべてに絶望しかけていた時。話しかけ、暖かな日向に寝転がるような気持ちを思い出させてくれたことは確かだ。
『ツグミ、それは一口で食べるものでは……』
『大丈夫ですって……、ッ! んん~~~~! あちゅい!』
『小籠包だぞ? 言わんこっちゃない……。』
水を汲んでやり、一気に飲み干す彼女。その子供のような慌てぶりについ頬が緩んでしまう。それにつられたのか、それとも熱さから逃れられたせいか、屈託のない笑みを浮かべる彼女。何気もない家族の団欒、例え血が繋がっていない関係であろうと、それを思い出させるのには十分だった。
(彼女の両親はすでに死んでしまった、顔も見たことのない者に代わりを任せられないだろうが……。今は一人の親として、子供たちを守る為に。)
そんな思いが、リングと共鳴する。彼らのいる場所の影響か、数多くのマルチバースを一望でき異次元のエネルギーで満ちたこの世界において数多くの可能性を持つ指輪がさらに強化される。青き冷徹な光が赤き太陽のような暖かな光に。これで、指輪単体の差はほぼ互角。
「……ほぅ? 面白いですね。」
「子供たちを守れずに何が親か! ここですべてを終わらせる!」
彼の息子が手に入れた太陽の光、すべてに終わりをもたらす夜の光。
その二つが今、激突する。
◇◆◇◆◇
敵、敵、敵。
視界を埋め尽くす敵。すべてが殺すべき相手。
邪魔、邪魔だ。私にはもう彼女しかいない。長きにわたる時間旅行はそれを強く私に刷り込んだ。私が戻ったのはすべてが過去、まだ世界が比較的安定していて家族もみんな笑顔だった。この町もこんな血と煙、世界全体が赤く染まったような場所じゃなかった。
ユキも幸せそうに笑っていた。パパも、ママも生きていた。組織の子供たちも戦いながらも、その目には未来が、希望が見えていた。そう、平和だった。
だけどそこには私じゃない私がいた、そうだ、この私の居場所はここじゃない。
時間はすでに私を縛るものじゃなくなった、だから急ぐ必要はない。超人血清という人間の限界まで近づいたこの体も相まって時間制限というものはほとんどないようなものだった。
だけど、私は急いだ。頭の中でみんなが助けを求める声が聞こえる、世界が悲鳴を上げている。奴を殺せるのは私だけ、どれだけ用意しても私には最後のピースは用意できない。用意したくない。だからこそたくさんの力と選択肢、それを用意するために全力を尽くした。
もう、これ以上できない。もう、これ以上耐え切れない。
だからこそ帰ってきた、過去で手に入るもの。過去で作れるもの、すべて用意してここにいる。
だから、だからこそ私はみんなを助けて、この最悪な『物語』を終わらせる。
さぁ、思考を最適化しろ。
「『
すべてのリアクターは四次元キューブ、スペース・ストーンから始まる、この存在を人間の手で作り出す過程で生まれたのがアーク・リアクターだ。私のスーツも補助エネルギーとしてリアクターを使用している、だからこそ相性がいい。それにすべての力を操るパワー・ストーンを合わせる。
私が最初に作ったスーツ、MarkⅠ。大型のスーツにぴったりと収まるようになってしまったこの体、当然スーツも最初から作り直した。ただ大きくなっただけじゃない、石が与える人体への影響の改善、ブラックホールエンジンの最適化、この強化された肉体を十全に扱えるように関節部の補強、近接戦闘能力の向上。そして本来世界中に散らばる数多くのサーバールームによって能力を発揮できるイヴの力、それがこのスーツ一つで完全に発揮できるように。
Tailを増やし、スペースを用意する必要もなくなった。ゆえに初心に帰り、あの頃に戻れるように。最初と同じTailは二本だけ。それで十分足りる。
閉じてあった白い翼、Tailを展開させ内部の機構を露出させる。過剰なエネルギーを外部に排出させながら、この付近の空間にリアクターとパワー・ストーンにより作られたエネルギー体を発生させる。この球体一つでより数百は消し飛ばせる、でもそれじゃ足りない。魂に対抗する手段がない今、私が取るべきは敵の体を跡形もなく消し飛ばすこと。そうすれば魂があろうとも何もできない。
「『
そして一つ存在させてしまえばあとは簡単だ、リアリティ・ストーンによって『エネルギー体が複数存在する』という虚構を現実に変える。たった一つだったソレは一瞬にしてこの体を覆いつくすように生成され、それと同時に開放される。球体から伸びる裁きの光杭はすべてを包み込み、消し飛ばす。距離的な限界はあれど、これで大分見通しが良くなった。
「イヴ、索敵。」
『衛星の数が減少しているため状態が不安定です、200mより先のレーダーは参考程度になさってください。メインカメラおよびサブカメラによる目視に注力を。』
減少……、落とされたのか。まぁ世界間の連携や情報伝達を妨害するにはちょうどいいか、私対策に行われたのか、それとも他のヒーローたちの妨害を恐れたのか。もしくは単に嫌がらせという可能性もある。
「はやくユキを……。」
「そんなに気になりますかドロッセル?」
背後から、声。この、話し方。嫌だ、聞きたくない。一瞬で解ってしまう、何が起きているのか、何が起こってしまったのか。あぁ、あぁ! 嫌だ! お前がその声を使うな! お前が使っていいものじゃない! お前のものじゃない!
振り返ってしまう、そこには、ユキが、いた。
「どうです? 感動の再開というものでしょう? ほら喜んでいいのですよドロッセル。……あぁ、ご心配なく。彼女はただ眠っているだけです、ですがそのままほおっておくというのは面白くないでしょう?」
青と、水色。彼女の色で染められていたはずの装甲に赤と黒が混ざっていく、破損した箇所を生きた生物のような何かが補うように作られていく。装甲は誰かの恨み、叫びだ。耳に残る、残ってしまう。私のじゃない、ユキだ。ユキの声だ、やめろ! やめろッ!
飛び出そうとする、だが誰かに足をつかまれてしまう。目を向ければ地面から奴らの腕が何本も私の足を固定するかのようにつかんでいる。
「気が早いですよドロッセル、お話を楽しみましょうよ。ほらあなたの思い人の声、大好きでしょう?」
「黙れぇえ!!!」
「おぉ、怖い怖い。そうそう、それ以上暴れるのでしたらこちらも考えがあるのですよ?」
そう言いながら頭部の装甲を剥がしていく奴、彼女の。ユキの顔が見える、そして彼女の手から黒い装甲が伸び刃物に。ゆっくりとそれは首へあてられる。彼女はただの人間だ、肌が簡単に傷つけられ血が流れ刃を伝う。
「ッ!」
「これ以上はやらずともわかるでしょう?」
動けない、動けるわけがない。体も、顔も、声も、全部がユキだ。
だけどユキじゃない、頭が狂いそうになる。
「ふふ、ここまで想われているとは嫉妬してしまいますねぇ……。そうだ、ではゲームをしましょう。この体のスペックは非常に良いのですが……、あまり私と相性が良くない。かといってそのまま捨てるには惜しいですからね。こうやって遊びで消費してしまうのが良いでしょう。」
「ルールは簡単。私の本体があなたの仲間であるエンシェント・ワンたちを殺しつくす前に、この体を破壊すること。」
消し飛ばしたはずの奴らが、ニンジャたちが再び戻ってくる。呪術によって黒い塊がいくつも虚空から現れ、そこから這い出るように敵が溢れ出てくる。
「この体の指揮能力と配下たちを使ってあなたを殺すのが先か、あなたが自分の手で大事な人を殺すのが先か、そういうゲームです。楽しそうでしょう?」