前世から愛をこめて   作:サイリウム(夕宙リウム)

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覚えてる?




シオン

 

 

 

「ね~ね~、何してるの?」

 

 

日が頂点に達し、そこから数時間が過ぎたぐらいだろうか。ガレージの天井近くにある窓から見える太陽で大体の時間を察する。季節は春が始まりそろそろ桜が散りそうな時期だ。それらしい空調がない閉め切ったこの空間でも十分な作業速度を維持できる。まぁ暑くも寒くもないってことだ。

 

 

「ね~ね~! 何してるの!」

 

 

動かしにくい幼い体でようやく基盤を固定するネジを締め終わり顔をあげる。本来ならば家族以外いないはずのこの場所に、何故か自分と同じくらいの女の子がいた。もちろん新しい家族に妹や姉がいたり双子だったりするわけでもない。完全な他人だ。

 

 

(確か……、隣の子だったか。以前何かのタイミングで見たことがある気がする。)

 

 

薄い今世の記憶を手繰り寄せ、肩のところまで髪を伸ばした幼子が母親に手を引かれ隣の家に入っていく様子を思い出す。たしか名字は……、藤川か。

 

 

「ネジを、締めてた。」

 

 

そう言葉を紡ぎながら視線はこの部屋の出入口へ、そこにはいつも鍵がかけられているのだが今日に限って開け放たれていた。外に続く道と家の前の道路が見える。いつの間にか私の横に陣取る彼女はあそこから入って来たのだろう。……まぁ見るからにして未就学児だ。片手で数えられるほどの子供など見るものすべてが輝いているのだろう、たまたま空いていた部屋の中で彼女に取って面白そうなことをしている同じくらいの同性がいれば入っても仕方ない。責任はカギの確認どころか開けっ放しにしてあることを気が付かなかった私にある。

 

 

(すこし埃っぽいガレージだ、母辺りが換気のために開けておいたのだろう。)

 

「なんだかここ! とぉ~ってもすごいね! きかいがいっぱい!」

 

 

目を輝かせ、持っていたうさぎの人形の耳を握りしめ振り回す彼女。胸に湧き上がる感情をそのまま表に出している、正直埃が基盤に入ると動作不良を起こす可能性があるのでやめてほしいのだが……、言っても理解してくれないだろう。とりあえず作業を中断し彼女を家まで送ることにする。

 

 

「ねぇ、何て名前なの?」

 

「わたし? わたしね、ゆきっていうの! こうやってこうかくんだよ!」

 

 

小さく、柔らかさを多分に残す指を掲げ。おそらくひらがなを宙に書く彼女、いや『ユキ』。

 

 

「フジカワ・ユキ。ゆきちゃんっていうの?」

 

「うん! そう! あなたはなんていうの?」

 

 

そう、問いかけられる。彼女を呼ぶときに困るだろうと思い名前を聞いたが、確かに自分も名乗らないと礼儀に欠ける。それに彼女が私を呼ぶときにも不便だろう。彼女が藤川、つまり隣の子であることに安堵しながらも自分の名前を名乗ろうとして……、つい。言い淀んでしまう。

 

あぁそうだ、前の名前はもう使えないし思い出せないんだ。今の名前は……

 

 

「大宙つぐみ、つぐみでいいよ。」

 

「つぐみ! つぐみちゃんね! いいなまえ!」

 

 

 

 

 

 

その笑顔が、そんな何の変哲もない言葉が、ただ眩しくて。

 

この世界に生れ落ちてからずっと、私は何かに怯え続けてきた。目に見えない脅威に怯え、眼前に現れた悪意に怯え、私だけが知る危機に怯え、大事な人を失う恐怖に怯えてきた。

 

無理矢理、無理矢理それを押し込み一人の人間として、前を見続けることを選んだ。

 

私にしかできないことだったから。

 

 

 

一人じゃどこかで壊れていた、死んでいた。ここまで来れたのは貴方のおかげ。私を気遣ってくれた、隣に立とうとしてくれた、背負うものを少しでも減らそうとしてくれた。

 

これから、これからなんだ。

 

ずっと、この先も。二人で一緒に。

 

 

 

 

 

 

「そんな風に、思ってくれてたんだね。」

 

 

ただ暗い世界に二人、でもわからない。

 

 

「照らし、照らされ。溶けた氷から現れた種は徐々に大きく育つ、それに憧れた私もさらに上に。」

 

 

背中を合わせる、私たちは。

 

 

「……うん。ずっと一緒、そう言った。」

 

 

手に取るように解ってしまう、私のすべてとあなたのすべて。溶けるように混じり合う。

 

私の記憶も、あなたの記憶も。感情もすべて。私が何を思い何をしてきたか、この世界についての道筋もすべて。そして私がすでに石の負荷に耐え切れなくなってきていることも、あなたの体も脳が焼き切れ、使い物にならなくなっていることも。

 

私が生き残ったとしても、あなたは生き残れない。

 

呪術によって蝕まれた体は、長く持たない。敷かれたレールは、変えられない。

 

 

「こんな時じゃなきゃ笑えてたのかな。あの時そんな風に思ってくれてたんだ、って。」

 

 

でも、私は。それを望んでいない。

 

 

「でも、私はそれを望んでいる。あなたの重荷にはなりたくない。」

 

 

何かまだ方法があるはずなんだ。

 

 

「……楽しくて、幸せで。忘れられないぐらい素敵な時間だった。」

 

 

おいていかないで。

 

 

「つぐみは、みんなの分まで、ね?」

 

 

私の背にあるはずの彼女の熱が、離れていく。

 

私を一人にしないで。

 

まだ何か方法はあるはずなんだ、ユキを助ける方法が何か。

 

だからそんな道を選ばないで、お願いだから!

 

 

 

 

繋がりが、消えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が、晴れる。黄色い、精神の光。

 

目の前には、彼女。私の腕が、ユキの頭をとらえている。

 

優しい笑みを、浮かべていた。

 

 

「私はね、自分の大事な人の邪魔はしたくないの。」

 

 

嫌だ、やめて。私は、私はあなたのために。

 

 

「どうせもう、長く、ないんだ。せめて……、障害を、取り除く。」

 

 

優しく、突き飛ばされる。その手には、青い光。リアクターが握られている。

 

 

「愛してるよ、つぐみ。」

 

 

私が、叫ぶ前に。

 

 

青い光が、すべてを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆風で吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

見たくない、認めたくない。

 

 

「ユキ!」

 

 

駆け寄ってしまう。

 

誰がどう見ても。

 

嫌だ。

 

なんで。

 

なんで。

 

 

 

なんで。

 

 

 

私が早く助けに行けなかったから?

 

私があの時退いてしまったから?

 

私がユキを戦いに巻き込んだから?

 

 

 

私が、この世界にとって異物である私がいるから?

 

 

わ、わたしの。せい。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「おっと、分体の方が消滅しましたか……。そろそろ終幕ですね。」

 

 

彼がそうつぶやいた瞬間、すべての並行世界たちに異変が起き始める。

 

至高の魔術師たちの奮闘むなしく、それまで何とか持ち超えていたはずのインカージョン。一番近くにある世界と世界が徐々にその距離を縮めていくはずの運動が止まり、それまでと違った方向へと動き出す。

 

それだけではない、また一つ、また一つと新たな可能性が生まれていく。マルチバースの増加が止まらない。隙間を消すように際限なく増え続ける並行世界は動き始めた世界たちとぶつかり、崩れていく。そして新たに生まれた世界たちもその形を固定させる前に動き始める。

 

 

そう、すべての並行世界がたった一つの世界に目掛けて。

 

 

「……ッ!」

 

「これでようやく準備が終わりましたね、いやはやここまで長かった。……おっと、エンシェント・ワン。あなた方の世界は私が保護してますのでそのままで大丈夫ですよ? 貴方方も一緒にこの世界たちの終わりを見るとしましょう。」

 

 

ドロッセルの名を持つ者が所有する力、世界の『拡散』と『収縮』。彼女たちがIFを考えれば考えるほどに世界は増え続け、そのすべてを諦めてしまったときに彼女が増やした世界すべてが一点に向かって収縮を始める。

 

そして、この場にいるエンシェント・ワンがいた世界は『一番初めに彼女が生まれた場所』。つまりこの視界に広がるすべての世界が彼女の想像によって生み出された世界。思い描いてしまった世界。

 

世界の循環、というよりはより多くの可能性を探るような機構。より良い未来を模索し、すべての未来が閉ざされてしまう。もしくは間違いだった時に最初から始められるように作られたもの。ただただ繰り替えす定められたレール。

 

 

「さて、こうなった以上この体もいりませんね。」

 

 

そう言いながら自身の頭、いやタイフォイドの頭部に手を当てる。

 

 

「……あぁ、タイフォイド。そんなに騒がないでください。あなたも何となく気づいていたでしょう? 私が欲しいのはドロッセルの体だけです。もしもの時のために保険としてとっておいた体、まぁ確かに相性は良かったですが……、出力の上限がいただけない。」

 

 

黒い光がともり彼女からすべての人格が消える。彼にとって目的を達成するために必要なものはすでに決まっていて、それ以外のものは価値がない。そして何よりもこの世界、いやこのキャンパスにいる存在で必要なのはたった一人だけ。

 

それ以外は上位の世界に上がるため消し飛ばし、路銀の足しにする。つまり生かしておいても、殺したとしても、たどり着く結果は同じ。遅いか早いかのレベルなのだ。何も知らず消えることがどれほど幸せなことか。

 

 

「さて、新しい体の都合もついたことです。もう大事に使う必要はありませんし……、吹き飛ばしましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

なんで、こうなったのか。

 

私は、可能性を考えてはいけない。いけないはずなのに考えてしまう。

 

どうして、どうして。

 

 

 

私の手の中にいる彼女はもう動かない。動けるはずがない。

 

頭と、心臓。自分が確実に死ねるように、吹き飛ばしてしまった。

 

もう二度とその顔を見ることができない。

 

自分が大きくなってしまったせいか、軽くなってしまったあなたの重み。

 

 

 

どうして、こうなったの?

 

私が、私がもっと頑張っていれば。

 

もっと早く動いて、最初からすべてを打ち明けていればこうはならなかった?

 

 

 

……いや、違う。『見えて』しまう。

 

並行世界が、私がソレを選んだ世界が。

 

眼の奥が、熱い。

 

たくさんの可能性が、さらに増えていく。シャボンのようにきれいな望み通りの世界……。

 

結末は、すべて同じ。

 

痛い。

 

世界が、絶望が、迫ってくるのが見える。

 

 

 

自分の世界の結末はすでに確定しているのに考えてしまう、定義してしまう。

 

自身の望む可能性を、暖かな並行世界を。

 

だけど私が定義するものは私のいる世界を元にしてしまう、どれだけ通る道を変えようとも終点は同じ。

 

痛い、体が熱い。痛い。

 

 

 

ユキが死んでしまうこの時点から、すべての可能性を探す。

 

私がもっと早く彼女の元に、……違う。

 

あの時最後まで戦う世界、……違う。

 

彼女をもっと他の場所へ、……違う。

 

 

違う、違う、違う、違う、違う。

 

私はこんな結末望んでいない、許せるわけがない。

 

 

 

全てを、探す。いくらマルチバースが増えても構わない。

 

 

 

そして、最後まで。一番最初まで巻き返す。

 

 

 

『私が、いない世界。』

 

 

 

……、生きてる。

 

 

 

そっか。

 

 

「異物」は。

 

 

いらなかったのは。

 

 

私か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター!!!」

 

 

腕が、止められる。

 

 

「やめてください! そんな、そんなことは……!」

 

 

なんで? なんで止めるのイヴ? 私はいらないんだよ?

 

 

「そんなこと、おっしゃらないでください……。マスターは、お母様はいらなくなんかありません!」

 

 

私に、私に生きている意味なんてあるの? 大事な人も、家族も、仲間も守れない。この世界にとっているべきでない存在が、世界を変えるどころか悪化させている私が。何ができるの? なんで生きてるの?

 

ユキを、失って。私に、何ができるの?

 

 

「意味は! あるんです! 私にとってマスターは唯一の母です! ですから、ですから命を捨てるようなことをなさらないでください……。」

 

「……あぁ、そっか。」

 

 

暴発させようとしていた二つのブラックホール、イヴが妨害していたそれを納め左手を掲げる。使うのは『空間』。

 

 

「まだ、殺してない奴がいた。……殺さなきゃ。」

 

 

 

 

私の天秤は、とっくの昔に壊れている。

 

 

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