「みんな頑張ってね。」
『『『は~い!』』』
小型の恒星間航行用船に乗り込む小さい子供たちを見送る、まぁ子供と言っても私が普段来ているようなスーツの外見をしたロボットたちだ。なぜか記憶が朧げなせいでよくわからないが、作った時の私は彼女たちの精神をかなり幼めに設定していたらしい。仕事はちゃんとしてくれるけど幼稚園児のような要求を私にしてきたりもする。まぁかわいいからいいんだけど。
今日はちょっとした訓練。今後宇宙の情勢をより早く察知するために子供たちを送る、その予行演習だ。一応FTL航法の確立とか試験は時間旅行の際に終わらせてるけど、もしもを考えて一応そこら辺のテストも兼ねてある。もし船体が耐えられず航行の途中燃え尽きたり、敵に打ち落とされたりしても彼女たちの精神はこの月にある。だから失敗しても大丈夫だ、危なくなったら精神だけでも戻っておいでと指示してるし。
彼女たちにとってその体は器に過ぎない、まぁ機械の体って世代交代とか激しいからそういう意識じゃないと色々困るしね。ずっと旧世代の体にこだわり続けて負ける、ってことはないようにしないと。
『ママ? どうしたの?』
「うん? ちょっと考え事してただけだよ。えっと……」
『ジュノーだよママ、いっつも私たちの名前忘れるんだから!』
今回の訓練には参加しない子、留守番を任されたジュノーを名乗る子が私に話かけてくる。苦手だった人や物の名前を覚えること、昔はもうちょっとできたはずなんだけど今は全然だめだ。目の前の子の名前を考え、つけてあげたのは私のはずなのに、忘れてしまっている。
そのことを詫びるように、少ししゃがみ頭部を撫でてやる。白い金属の感触、固く、冷たい。
『それで、何考えてたのママ? みんなもう行っちゃったよ。』
「……ふふ、何考えてたか忘れちゃった。ジュノー、一緒に中に入ろうか。」
気が付けば見送るはずだった船がすべて消えている、すでに出発してしまったようだ。整備などの作業を担当している子供たちが後片付けをするために発着場を走り回っている。
(可愛らしい、私の子供たち。……だけど誰一人として名前がわからない。)
最近、より物忘れが激しくなっているような気がする。それと同時にこの身に宿る力の増大も。
この力が大きくなるごとに、少しずつ昔の記憶が薄れていくような感覚に陥っている。まだ、大事なこと、大事な人たちの顔やその人たちと過ごした時間は覚えている。だけどその時間を彩っていたはずの人たち、重要度の薄かった人たちの顔や名前が全く思い出せなくなってしまった。そして、新しく入ってくる記憶も、入れば入るほど消えていく。
何かを得るとき、何かを失う。それがこの世界の定めだ。
頭に靄が掛かり、はっきりと思い出せないが私は過去インフィニティ・ストーンの力を引き出し過ぎたような気がする。この体が崩壊していない以上指パッチンレベルのことはしていないはずなのだが……、明らかに石由来のダメージを受けてしまったようだ。体の感覚がひどくおかしく、五感が全てずれて居るような気がする。
多分もう、長くはない。自分が“壊れている”自覚は、ある。
目の前のジュノー、私の子供の一人を抱き上げる。少しぐらいは、母のように。
『ママ、そういえばさっきゲデ兄がママのこと探してたよ? すっごい慌ててた。』
「あ~、何かまた忘れちゃってたのかなぁ? でもユキもいるし、私が判断しなくてもいいと思うんだけどねぇ……。ジュノーはなんでゲデヒトニスが慌ててたか知ってる?」
『知らない!』
この子は……、少し、特別だったようだ。ちょっとだけ、思い出して来た。
「じゃぁかくれんぼしちゃおっか。」
『いいの! やりたい!』
私が使い物にならないただの躯になるとき、それはすなわちこの世界から生まれた並行世界すべての終幕を意味する。私に宿ってしまった力は、名前は、そういうものだ。……そして、時間はあまり残されていない、
「今が、2016年。来るのが、2018年。それまでに、できるといいなぁ……。」
体は無理やりにでも持たせられる。でもこの力の譲渡ができるかどうか、間に合うかどうかはわからない。
「イヴが、最後のワガママ。聞いてくれるといいけどね……。」
『? お姉ちゃんがどうかしたの?』
一番初めの娘、私と一番長く過ごして来た大事な子。今は何を、しているのかな。
「ううん、なんでもない。さぁかくれよっか。」
『うん!』
あぁそうだ、この定まらない思考も。なんとかしないと。
その左手には、紺の指輪が嵌められていた。
◇◆◇◆◇
「……とりあえず、ひと段落ですか。こちらも、そちらも。」
火星基地から発進した採掘船、その内部にあるラウンジで一人。体を持たない生活を長く続けていたが、何かが無事終わったとき体から力が抜けるということは人間と同じようだ。マスターが人と同じになる様にという意味を込めて追加した機能かもしれないが、まぁ仕事が無事終わったことは確かである。
火星と木星の間に存在する小惑星帯。小惑星を構成する鉱物資源を採掘するために派遣された本船は想定よりも早い期間でタスクを終了させ、帰路をとっている。我々が使用する合金に必要な金属を大量に入手でき、また資源の分布もある程度把握できた。今後のことも考えると非常に良い結果だと言えよう。
「人類が宇宙進出するころにはこの一帯の資源がなくなって困るかもしれませんが……、まぁその時はその時です。」
今回得たデータだけで単純に考えて10年は持つ、それに木星にも採掘基地を設置しているため我々が資材に困るということは今後なくなる。我が母のために時間を稼ぐ、順調に進めば奴らがもしこちらにやって来たとしても木星付近で撃滅が可能になるはずだ。無論太陽系外での処理が基本方針であるが策は複数用意しておくに越したことはない。
「地球も、マスターの記憶通り収まりましたしね。」
幾ら影響力を失ったといっても未だあの星の電子空間は私たちのものだ、定められた道から外れる要因となる出来事が起こりそうになったがそれも何とか収めることができた。あの星は、すべて想定通りに進んでいる。
ソコヴィア協定と超人法、私が介入を諦めたそれは無事国連で裁定されてしまった。ワカンダは国家としても立ち位置を大きく変え、その範囲から逃れることができたがアベンジャーズは違う。内部での意見が割れ賛成派であるトニー・スタークの派閥と反対派であるスティーブン・ロジャースの派閥による争いは記憶通り行われた。
もちろんそれだけではない。ワカンダのティ・チャカ国王は爆破テロによって死亡、そのテロの嫌疑としてウィンターソルジャーが指名手配される。そこからドイツでのアベンジャーズ同士の戦闘、シベリア基地での死闘。
全て、記憶通りに進んだ。
「その後、タスクマスターとブラック・ウィドウの戦い。キルモンガーによりワカンダの内戦。少々マスターの知る記憶と違う点がありましたが……、結末は同じ。」
タスクマスターがマスターが扱う空手とカポエイラの複合武術をワンポイントとして使用していたことや、キルモンガーの行動が変化し、ワカンダがすでに開国しているという前提条件の違いからより過激になったことぐらい。ほかにもさまざまな変化があったが大筋に影響はない。
「あとは……、あぁ。スパイダーマンですね。」
マスターが介入、というか顔見せを望んでいるようなお気持ちは聞いていましたが……、彼にはトニー・スタークという保護者が付いている。それにあの一件以降通信を遮断している手前、私たちの手がかりを彼が見つけてしまった場合月まで来てしまうのは見えている。
トニー・スターク。……我が母が憧れとする人物ですが非常に危険なことは口にせずともわかります。彼の存在はマスターに何をもたらすのかがわからない。それに彼のことだ、まるで物語のように一番言ってはいけない核心をついてしまうのだろう。
「接触は、控えた方がよさそうですよね。」
そも、地球での出来事はマスターに一切報告していない。どのイベントも、起きなかったという風にユキ様としてマスターには言っている。……もし、シビルウォーが起きたなどとマスターに行ってしまえば正直どうなってしまうのか。
「ただでさえ最近口数が少なくなっている上、自室でお休みになる時間が増えています。……何か、何かマスターの気分がよくなるような刺激が必要です。」
そういえば……、マスターが新しく作ったあの黒いスーツ。名を確か……『エンプレス』。操縦者が乗り込まない完全遠隔操作のスーツ、完成した後そのまま格納庫で放置されていましたよね。あれの操縦権限は……、イヴの方にある。
「ちょっとした微笑ましいイベントでもあればマスターも楽しんでいただけるでしょうか……。」
久しぶりに元の名前で動けそうですし、少し駒を動かしてもいいのかもしれません。今後のためにも予行演習といたしましょう。平和も、脅威も、自分の手で作れるようにならなければ。
◇◆◇◆◇
「あのさ! なんか君だけ世界観違うくない!?」
「おのれちょこまかと! クモはさっさと我らに捕食されるのが世の定め!」
やぁみんな! 元気? 僕は親愛なる友人スパイダーマン! ニューヨークの平和を守る新米ヒーローだよ! 今日は短縮授業のおかげで早く高校が終わったからパトロールをする範囲をいつもより広く、まぁ足をちょっと延ばしてみたんだけどさ!
「ちょぉっと運が悪かったみた、わぁぁあ!」
「行けメカコウモリどもよ! 新兵器のお披露目ぞ!」
全身黒づくめのあの人が飛ばしてくるドローンをウェブで打ち落とし、スイングで町の中を駆ける。まぁ僕が奴の悪行を止められたからある意味運がよかったんだろうけど、なんで今日に限って銀行強盗を見つけちゃうかなぁ? 叔母さんからお使いお願いされてるしあんまり長引かせたくないんだけど!
「というかなんでコウモリがジェットパック使ってるの! 普通そこグライダーとかでしょ! コミック読んだことないの!?」
「ハッ! そんな時代遅れなもの使わぬ!」
そう叫ぶのは目元を黒い布で隠し、全身真っ黒な服のコウモリ男、英語にちょっと訛りがあるから海外の人かな? スタークさんに超人法で登録した人のリストを見せてもらったけどあんな人はいなかった、つまりヴィランってことだ。銀行強盗してたし……、でもまぁそんな人が人が背中にジェットパックつけてコウモリ型のドローンを飛ばしながら僕のことを攻撃してくるのは予想外。
いや確かに君の銀行強盗を阻止したよ? したけどなんでいきなり殺しにかかるのさ! さっき壊したドローン手乗りサイズだけど銃撃してくるんだよ! 当たったら絶対痛い奴じゃないか! ニューヨークの人たちを標的にしないように口で僕へのヘイトを稼ぐようにしてるけどコレ失敗だったかも! 銃はダメだって! もっと平和的に行こうよコウモリさん!
「空は鉄男のものでも! クモ男のものでもない! 我らコウモリのものなのだ!」
「だから僕のこと殺そうとしてるの!? というか絶対キミ世界観違うよね! 出る作品間違えてるよね! 地獄から来たの!?」
最近の子供向けアニメでも真っ向から銀行を爆破してカバンいっぱいの札束、なんて計画立てないよ普通! 絶対キミ違う時代から来た人でしょ! そのくせなんでそんなにハイテクな武器持ってるのさ! 僕だって一つしかドローンもってないのに!
『右から来ますよ、ピーター。』
「ありがとカレン!」
スタークさんにもらったこのスーツ、まだ僕が子供ってことで色々とバカにされているような機能がついてるけどその性能はとってもすごい。僕の手助けをしてくれるAIのカレンも今みたいに敵の攻撃を予測してくれたりする。とっても便利だよね。
『右手にヴィブラニウムが含まれた合金製のクロウ、左手にミサイル発射機構。見た目は少々滑稽ですが厄介な相手ですね。トニー様に救援を求めますか?』
「大丈夫! ……ねぇコウモリくん! その手はどうしたのさ! もしかしてお友達のコウモリにでもかじられた? すっごく生活しにくそうだよね!」
「~~ッ! 黙れ!」
おっと、図星だったみたい。男の右手から伸びる三本のかぎ爪、確かに攻撃力高そうだけど絶対生きるのしんどそう。ほら想像してみてよ、もしレストランでスープとか出されたら絶対食べれない。スプーンも持てないし、お皿ひっくり返しておしまい!
……というかなんで銀行強盗するような悪党がヴィブラニウムもってんの!? それ数グラムで豪邸が買えるぐらいの高級品じゃん! 強盗するぐらいなら自分の爪を売り払えばいいじゃん!
「ッ! ならば貴様をおしまいにしてやる!」
激高して、昔のジャパンアニメみたいに左手から黒いミサイルを撃ってくるコウモリ男、照準は僕。明らかに当たったらまずい奴だ。というかアレよけた方がいい奴なの? それとも空中で爆発させた方がいい奴? カレン!?
『ハイツレギスタ製のミサイル弾と類似しています、炸薬量から考えてビル一棟が倒壊します。』
「なんでそんなもの使ってるのさ!!!」
驚き過ぎてスイングの支点となる糸の発射を失敗し、そのまま地面に転がる。追尾するタイプらしくこちらに向かって飛んできている。周りに人がいる、避難がおいついてないしどうにかしないと!
「まずいまずいまずいまずい!」
「吹き飛ぶがよいクモ男よ!」
『行動予測完了、指示通りに動いてください。』
カレンの声が響く。目の前に表示されるのはこのミサイルを空高くまで投げ飛ばず方法、僕がやらなきゃみんなが死んじゃう。あの時みたいに助けられないのは嫌なんだ!
頭が、切り替わる。
「ッ!」
ビルとビルの間、両手で糸を伸ばしパチンコの元を作る。早くしないとミサイルがここに落ちてしまう、伸ばした糸をつなげ地面へ一時的に張り付け網に。精神を集中させ、弾を、見る。画面に表示される信管の構造、その頭に衝撃を与えてしまえば爆発してしまう。
ミサイルはすでに目の前に、姿勢をずらし、そのホーミングの対象から自身をずらしその胴体をつかむ。それと同時に足元に固定していた網をリリース。ミサイルの胴体と絡ませバネを引けるように。よし!、できた!
この糸の強度はかなり強い、ミサイル自体の速度がそこまで早くないし、重さも許容圏内、このまま糸の引張強度を活用したパチンコで打ち上げてやる!
『ショック・ウェブ、換装完了。狙ってください。』
「いけ!」
空高く上がったミサイルをカレンの教えてくれた位置で起爆させる、かなりの高度へと打ち上げたおかげで地上まで衝撃は伝わってくるけど窓ガラスが割れたとかはない。それに位置が良かったみたいで例のコウモリ君が衝撃でふらついてる! アイアンマンやドロッセルみたいな奴じゃなくて背面についてるジェットパックだから姿勢が保ててない! ここだ!
ビルの側面に糸を伸ばし彼がいる空中まで飛ぶ、あとは無力化だけ。手加減は体が覚えるまでやった、だから大丈夫! 力を抑え、でも思いっきり。僕の右手は、彼の頬目掛けて、振り抜かれた。
◇◆◇◆◇
「ありがとう、スパイダーマン!」
「後始末お願いね刑事さん、僕はパトロールに戻るから!」
カレンに教えてもらいながら武装を解除させ、全身を糸でぐるぐる巻きにしたコウモリ男を警察に引き渡した後。もう一度ニューヨークの空に戻る、超人法のおかげって言ったらちょっとアレだけどスパイダーマンという名前は国連に登録されている。この活動を始めたころだったら単なるコスプレの不審者だったけど、今は世界に認められたニューヨークヒーロー。ま、未成年ってこととスタークさんが色々動いてくれたみたいで僕の正体は知られていない。
「悪党の引き渡しとかスムーズだし、スイングしてたら手を振ってくれる人も増えた。そういうのはちょっとうれしいかな?」
もちろん、僕のような超人のことが嫌いな人もたくさんいる。ジェイムソンがすごくいい例。だけど警察の人たちとはあのニンジャたちとの戦いのときに共闘した人がいるおかげか僕のことを応援してくれる人がいる。市民の人だってみんなが僕のことを嫌ってるわけじゃない。親愛なる友人としての活動がうまく行ってると考えていいのかも。
日が沈み始めた町を眺めながら、エンパイアステートビルの屋上まで登り、腰かける。僕たちの高校から見る景色が一番大好きだけど、この場所も結構好き。町を一望できるし、アベンジャーズタワーも見れるしね。
そんなことを考えながら今日の報告書をカレンに手伝ってもらいながら書き進めていく、一応管理されてる側らしいのでこういったものは書いて提出しないといけない。どんな敵だったのか、どんな風に見つけたのか、どんなことがあったのか。
にしても今日の悪党くんはちょっとなんか色々変だった、ハイツレギスタ製のものは例のニンジャ騒動の後からちょいちょい裏の方で取引されてるみたいだから、持っててもおかしくはないんだけど……。あのドローンとヴィブラニウム、明らかに銀行強盗するようなヴィランが持つ装備じゃない。国家転覆とか世界征服とかそういうもっと大きなことをしでかすヴィランが持ってそうな装備だ。
ヴィブラニウムは言うまでもないけど、あのドローン。壊した後によくよくカレンが調べたら自立思考型の簡易AIが積まれていたらしい、そのAIよりも高度な知能を持つカレンのおかげで何とか予測できたらしいけど、もし僕が昔のコスプレ衣装だったら一分も持たずに殺されてたみたい。……正直怖い。
ま、全部終わって装備は警察が押収してくれたし、件のコウモリ君は檻の中。このレポートを提出したらスタークさんとかにも情報が伝わるし、そういった武器の動きを調べてくれるだろう。ちょっと面倒だけどちゃんと書かないとね!
『なるほど、最近はそんなものもあるのですね。』
目の前に、黒い装甲が現れる。スタークさんみたいに全身が装甲で覆われててしかも空を飛んでいる、まるで浮き上がる様に出てきたから多分透明化の技術も持ってるみたい。さっきまで戦ってたコウモリ君がパチモノだとしたらこっちは本物。う~ん、今日は黒に好かれてるみたい。
「ハイお嬢さん? ちょっと今僕今日のレポート書くので忙しいから後にしてくれない?」
『おや、どうやら思っていたよりも成熟しているようですね。自己紹介は……、ミス・カレン?』
『……ピーター、目の前にいるのはどうやらドロッセルのようです。』
「ほんと!」
つい、声を上げてしまう。目の前に表示される画面、そこに表示されるのはスーツの識別番号。スタークさんが追加してくれた機能で彼の知ってる人が登録されてる、そのデータによると目の前の人はあのドロッセル! 僕が使ってる糸の原型を作った人! わ! どうしよ! 僕ファンなんだけど! ドイツでは会えなかったし、他のアベンジャーズの人に聞いても話を避けられたから聞けなかったけど、ようやく会えた!
「あ、あの! サインもらってもいい!?」
『残念、もう品切れです。欲しかったら通販で買えますのでそちらを。』
「それはもう持ってる!」
急いで何かサインを書いてもらえそうなものを探す、ペンはさっき書いてたのがあるけどさすがにレポートに書いてもらうわけにはいかない。何か、何かないかな! 最悪このスーツに……、いやさすがにそれはスタークさんに怒られる。急いで下まで降りて買ってきた方がいいかな!
「なら、僕が台紙を用意してやろう。ま、すでにサイン済みだがな。」
後ろから声、ブースターの音。この声は……。
「スタークさん!」
「元気か坊や、今日はいい働きをしたようだな。グッジョブだ。……それで、そんな真っ黒なスーツを着てどうしたんだツグミ。イメチェンでもしたのか? それともママのスーツを勝手に盗んできたとか?」
……ママ?
『さすがにバレますか。……改めましてピーター・パーカー、私の名はイヴ。マスターであるドロッセルのサポートAIを務めています。あなたのカレンのような存在です。』
そう言いながら、空中できれいなお辞儀をする彼女? 真っ黒で、そのデザインもドロッセルのスーツたちから離れている。白くてすっきりとしたフォルムが特徴的なものと違い、目の前にいるのは少し、攻撃的だ。足がつま先に行くほど太くなっていて、スーツの隙間からは紫の光が漏れている。そして何よりもドロッセルの象徴である二つのTailが一つしかなく、しかも紫の大きい輪っかのようなものが付いている。
『久しぶりにこちらへ来たのですが……、我が社の製品を使う愚か者が暴れているのを見つけ掃除しようかと思ったところちょうど彼を見つけましてね。少々見学させていただきました、お見事でしたよ。』
「あ、ありがとう……!」
憧れだった二人に揉めてもらう、今すごく貴重な経験をしてる!
「それで? キミのご主人様は一体何をしているのかな? あのニンジャパーティー以来一回も顔を見せてくれないじゃないか?」
『合わせるとお思いですかトニー・スターク? まともに人間関係を維持できないあなたに? 笑わせないでいただきたい。ご自身が何をしたのかまだ理解されてないようですね?』
……ごめん、一気に吹っ飛んだ。どうしよ。
今、明らかに目の前の女の人の雰囲気が変わった。すぐに殴り合いの戦闘が始まってもおかしくないくらいの感じに。さっきこの人が自分のことをAIって言ったけど全然そんな感じじゃない、本物の人間が、本気で怒ってる。
たぶんだけど二人とも、今一番踏んでほしくない地雷を踏み抜いちゃったんだ。スタークさんはキャプテンたちのこと、このイヴさんって人はたぶんドロッセルのこと。
「前から思っていたが君はウチのフライデーたちとは違ってあまり優秀ではないみたいだな、彼女が君を見たら何を思うか。ワォ、想像しただけで笑えて来るな。」
『笑う? それはあなたの滑稽さでしょうに、我々が阻止しようとしていた超人法関連に賛同するだけではなく、大事なお仲間にも裏切られて、挙句の果てにはまだ10代の子供を兵士として取り立てる? いつからアベンジャーズは少年兵を?』
「ま、まぁまぁまぁまぁ! 二人とも、さ! 久しぶりの再会なんでしょ? もっと楽しい話しようよ!」
これ以上放っておくと絶対に殺し合いに発展してしまう、そう思った僕は二人のファンであるピーター、ではなくスパイダーマンとして二人の間に入る。両手を広げ、交互に両者の顔を見る。ただでさえ最近僕たちに向けられる視線は厳しい、シビルウォーの話がようやく下火になって来た今ヒーロー同士が喧嘩しちゃったとか完全に厄ネタにしかならない。それ以上にアイアンマンとドロッセルが戦うところは見たくない。
正直、どう転ぶかわからなかったけど前に出たのは正解だったみたいで二人から発せられていた危険な雰囲気が少しだけ失せる。
『……彼に感謝することですアイアンマン。とにかく、今マスターは長期休養中で面会謝絶です。何人たりとも合わせる予定はありません。』
「……無事だ、ってことでいいんだな?」
『えぇ、お体だけは。……さて、少々長居しすぎました。そろそろお暇させていただきます。最後になりますが……、スパイダーマン、マスターが貴方の活躍を期待されておりました。ぜひ「親愛なる隣人」の名に恥じない働きを、では。』
その言葉と共に、虚空に消えていく彼女。最初からそこに何もなかったかのように。
『反応ロスト、発見できません。……サインを貰い損ねましたね、ピーター。』
沈んだ雰囲気を少しでも誤魔化すように、僕の相棒が声を上げてくれる。でも、それに返答できるほど僕に余裕はなくて、ずっと被ったままの鉄の仮面の奥。スタークさんが今どんな顔をしていて、どんな気持ちなのか。
「……よし、じゃあピーター飯に行くぞ。今日はツグミの無事がわかったことと君の戦勝祝いだ。シャワルマって知ってるか? 僕は気分じゃないから他のものを頼むが上手いぞ。叔母さんにインターンで夕食を誘われたってメールしとけ。」
「う、うん。」
それがとても、気がかりだった。