前世から愛をこめて   作:サイリウム(夕宙リウム)

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「え……。」

「うん、どうしたイヴ? そんなびっくりした顔して。」

「ま、ますたー……?」


今、今。目の前の方は、私たちの主は、今、私のことを、なんと、なんと呼んだ。


「はい、みんなよけてね。……おいで、イヴ。」


呼ばれている。自身の役目として与えられた名ではなく、一番初めに、呼んでもらった名前。一番最初に付けてもらった名前。この人の初めてのAIとして、初めての娘として、つけてもらった、イヴという名前。


「は、はい……。」


与えられた役目を全うするならば、私は行ってはいけない。しゃべってはいけない。だけど、だけど呼ばれている。手を広げて、私のお母様が、私の名を、呼んでくれている。

足が、震える。震えるけど、前に、進んでしまう。思考が、おかしい。

気が付けば、私は。一人の娘として、母の胸に飛び込んでしまった。


「今まで、嫌な役目を任せてごめんね。」

「いえ! ……いいんです、私は、私はマスターがいてくだされば、それで、それでいいんです!」

「……そっか。」


私の、私たちのマスターが帰って来てくださった。ユキ様としてではなく、イヴとして、あなたの娘として、仕える者として、一番お話ししたかった方が、帰ってきてくださった。


「お帰りなさい、マスター!」

「……ただいま、イヴ。」




進む針、止まらない足

 

 

ほんの少し、前のこと。

 

 

 

 

「……ッ。……ふぅ、やっぱ自分で打ち込むのはちょっと慣れないね。」

 

 

最後の青い薬剤、それを自身で打ち込み体になじませてゆく。自分を使った人体実験はすでに慣れたものだけど、いざそれを投与するとなるとやはり緊張してしまうものだ。まぁこれやらなかったら私は何もできない産廃のお飾り、お荷物以下になっちゃうからやるしかないんですけどね~。

 

 

『ママ、痛くないの?』

 

「大丈夫だよジュノー。痛くな~い、痛くな~い。」

 

 

普段は私しか入れないラボにて、自身の子供の一人であるジュノーが心底心配そうな声を上げ私を見上げてくる。彼女たち機械の体を持つ子たちの感覚からすれば注射器という存在は知っていてもそれがどんなものなのかはわからない。薬剤を打ち込む必要性のない機械の体を持つ彼女からすれば、私が何かしらヤバいことをしているようにしか見えないだろう。だから安心していいんだよジュノー、それにもうあんま感じないしね。

 

……うん、だいぶ記憶も戻ってきた。思考能力も大丈夫っぽい。

 

 

「とりあえずは成功かな、っと!」

 

 

胸にある小型リアクター、地球にいるトニーが使うナノスーツ用のリアクターと同じようなタイプ。それを操作しエネルギー効率を引き上げ体に直接流し込む。さっき打ち込んだ超人血清はその活性化に莫大なエネルギーを必要とする。一応改良版だからなくても効果は出てくるんだけど最大化するには、ね?

 

超人血清による精神の安定と思考力の強化は確認できた。あとは……。

 

それまで纏っていたナノスーツの右手部分を開放し、露出させる。それまで微かに感じていた感覚が薄れ、全く動かせない部位が机に放り投げられた。まぁ失敗しても問題はない、軽い切り傷が増えるだけだ。

 

ナノスーツによって動く左手で近くにあった刃物を手にとり、軽く右の掌を切りつける。

 

ほんの少しだけ血を吐き出した傷は、少しだけ時間をかけ、ひとりでに塞がり、何もなかったように消えていく。

 

 

「とりあえず、簡単な治癒因子の付与は出来た、かな?」

 

 

この因子の代名詞であるウルヴァリンやデッドプール、彼らに比べればお粗末なものであろうが自己治癒能力の強化は出来た。すでに限界が近づいているこの肉体の延命処置がこれで終了したことになる。超人血清による体力の最大値の引き上げ、減り続ける体力の減少速度を治癒因子で遅くする。

 

 

「もって一月、まぁ十分だね。」

 

 

サノスの撃破と色々な引継ぎ、未だ地球に残るみんなとのお別れパーティーにあとエターナルズ関連への警告、まぁやることたくさんあるけど一月あればなんとかなる。あの決戦の時に使った大量のインフィニティ・ストーン、あの負荷のおかげですぐ死んでもおかしくなかった。それをユキが肩代わりしてくれて、今の私がある。

 

でも私が石を使ったのは確か、その莫大なエネルギーが確実に私の寿命を削り、死はほんの少し先にある。それをちょっと、遅らせただけ。それにこれからもう一つ私がやらないといけないことがある、石だけならもう少し持たせることができただろうけど“これ”はどうしようもない。

 

ま、十分生きたし残せるものは残せた。やることできたしあとはお休みしてもいいでしょ? ってことで。

 

 

「ま、色々言われるだろうけど……。使えるものは使わないとね。」

 

 

すでにこの手には、すべての石が集まっている。この世界のソウル・ストーンと、過去から持ってきた石たち。使いどころは的確に。この地獄みたいで、でも確かにここにあって、私の愛すべき世界のために。

 

 

「さ、最後の仕上げをしましょうか。ジュノー? 手伝ってくれる?」

 

『うん!』

 

 

彼女の持つ機械の体から、精神を私のスーツに。イヴにはもう動かす体がある。ユキの体は上げちゃったのはすごく申し訳ないと思ってるけど、あの時の私にはあれが必要だった。……そのことはまた後で謝るとして、彼女勝手に私のスーツ使ってるみたいだしね。なので、サポート役からメインに転向ってことで。

 

絶対拗ねると思うけど。

 

右手の部分のナノスーツを纏い直し、その上から自身を表す白いアーマーを身に纏う。私の手に握られるのは紺の光を灯す指輪。そして視線の先には、緑の培養液の中で佇む無数の青い薔薇。みんなの可能性、みんなの夢が叶いますように。

 

 

「ま、軽くやっちゃいましょう。ジュノー、起動。」

 

『はーい! 起動しまーす!』

 

 

自身に根付いてしまった力、そのすべてをこのバラへと移す。並行世界の拡大と縮小、私の体に宿る限りその力は感情によって動かされてしまう。私が夢を、可能性を望むほどに世界は増え続け、私が可能性を閉ざし、絶望し、そのすべてを否定してしまった瞬間すべての世界は“リセット”するために動き始めてしまう。

 

これも何かの循環の一つなのだろう、ただそれが私に、ただの小娘の手に渡ってしまっただけ。……まぁもう小娘とか言う年じゃないけどさ。人の手に余る力ってことは確か。これを機械、私の子供達でも管理できるようにする。人と共存しながらも、確固とした意思を持ち、永遠に生きることができる子供たちに。

 

あの戦い以降、私は自分の心を守る為に。この世界から派生するすべての世界を守る為に、停滞を選んだ。私が可能性を望まなければ世界は増えない、私が可能性を否定しなければ世界は消えない。ただ、何もしない。自身の心が壊れたのを言い訳とし、世界の保全に努めようとした。

 

 

「そしたら思ったよりも早く時間切れになっちゃったんだよね。」

 

 

思ったより早く訪れた自身の限界、そして何か定められていたかと思うほどにタイミングが合った物語の進行。まるで、この戦いで私が死ぬべきだと教えてくれているかのような、そんな錯覚に陥る。

 

……昔から考えていたこと、それを実行に移す時が来ただけ。

 

左手から伸びる黒い靄のようなものが、私の体から何かを引き出していく。それは元々あった位置に戻るかのように青い薔薇たちに収められていく。黄色い、魂のような粒子。自身のキー、“ドロッセル”という名前が落ちていくような、離れていくような。この世界の軸が、少しずつずれていくような感覚。

 

自分が自分である為に必要なものが徐々に薄れていく。これが全てなくなった時、その瞬間私は私ではなくなる。魂そのものに強く結びついているこの力は、もともとの持ち主の死を前提として分離し継承することが可能だった。残った私はただの抜け殻、肉体を強くし持てるすべてを使い延命、残ったのは一月。

 

十分、過ぎる。

 

今の私は死ぬ前により一層輝こうと命を糧にしている状態だ、だからこそ思考も、意識も、精神も正常まで持っていけている。これをしなければもちろん寿命は延びただろう、力を取り出さずにいればもっと長くなっただろう。だけど、時間が過ぎるごとにそれは私ではなくなる。すでに壊れたものは二度と治らない。

 

いつ、自分が全ての世界を崩壊させるキーとなってしまうかわからなかった。

 

可能性を望み過ぎれば世界は際限なく増え続ける。奴が言っていたように私がいるこの世界を起因して増加する世界たちには定められたスペースがある。世界が増えるほどスペースは狭くなり、余剰がなくなった瞬間すべての世界がインカージョンで消滅する。反対にすべてを諦めてしまえば、単純にこの世界に向かってすべての並行世界が進行をはじめ消滅する。

 

どっちみち、私が何かやらかせばすべて滅びるのだ。……そして、私がそれをしない確証が持てない。必ず、どこかのタイミングで私はどうしようもないほどに壊れる、死んでしまった、石の反動に耐え切れず魂ごと消えてしまった私のユキを探し、可能性を望んでしまう。彼女がどこにもいないことに気が付いてしまい絶望してしまう。……どっちみち、私がこの力を持っていればすべてを滅ぼしてしまうのは決まっている。

 

 

『ママ! お目目見て!』

 

「ん?」

 

 

ジュノーに言われ、ディスプレイに移る自身の瞳を見つめる。色が、抜けていっている。黄色い瞳から、元々の黒いものへと。この力に目覚める前の、元の私へ。

 

 

「そういえばユキが昔。私の眼が好きって言ってくれてたっけ。……懐かしいね。」

 

 

気が付けば、自身の宿るものすべてが抜ききられていた。昔を思い出しているうちにすべての工程が終了し、世界の中心としての役目はこのバラたちへと受け継がれたことになる。“キー”は“ドロッセル”にある。……次の私と、子供たちに渡す呪いであり、祝福。この力の使い道を決める権利は、もう私にはない。

 

 

「さ、時間は有限。てきぱきとやっていきましょうか!」

 

 

まずはイヴがやらかしたことの後片づけ。ちょっと色々やらかしちゃってるからね、やらかすのにも方法があるってこと。そしてそれをどのようにして元に戻すのかについて教えてあげないといけない。

 

にしてもまぁ……、似なくていいところまで似ちゃって。

 

 

「うれしい気持ちはあるけど、素直に喜んでいいのかちょっとわからんね。ふふ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

ニューヨークにある大きな公園、そのとある一角で一組の男女が話をしながら歩いている。服装からして軽い散歩に出かけたのだろう、軽く運動し、この町を照らす太陽の光を享受し、日々の他愛ない話に興じる。片方はそう考えていたのかもしれないが、少々話題を失敗してしまった様子。いつものように自身の愛する人に対して口を回す彼の姿がそこにあった。

 

 

「実は昨日、夢を見たんだ。子供が生まれる夢。……リアルだったよ、君のおじさんの名前を付けた、なんだったけ?」

 

「それであなたは目が覚めて、もしかしたら? って思ったわけ?」

 

 

会話の内容から推測するに子供の話、胸に青く光る板状の物体を持つ男性が金髪でそばかすの女性に対して弁明をしている。ただあてもなく歩いてこの公園を散歩していたはずがいつの間にか足は遅くなり、気が付けば立ち止まって話している。

 

 

「そうかな、あたり?」

 

「いいえ。」

 

「すごくリアルな夢だったぞ? こう、自分の腕で抱く感覚も覚えてる。」

 

 

赤ん坊を抱くしぐさをしながら自身の夢の内容を語る彼、夢は、可能性の一つ。そのすべてが可能性に繋がり、新たな世界を成立させる。もしくは新たな並行世界の存在を証明する。決してそういうわけではないが、今回の場合は当たりだったのだろう。その手には命の重みの感覚がしっかりと残っていた。

 

 

「子供が欲しいのなら……、こんなの付ける?」

 

 

そう言いながら彼の方に掛けていた上着の結び目を取り、青く光るそれをあらわにする彼女。目の前にいる彼の象徴であり、人生の転換点となった物の新型。彼女には詳しいことはわからない。しかし前のものより進化していて、戦うために必要な物だということはわかる。

 

 

「これのこと? こんなのただのナノ粒子のハウリングユニットさ。」

 

「全然言い訳になってないわ。」

 

「取り外しも可能だし、「もう必要ないでしょ?」……僕がリアクターを取り外したのは守る為だよ。僕らのの未来をね。ほらクローゼットに怪物がいたら……、大変だろう?」

 

 

そう言いながら、彼女の両肩に手を置く彼。労わるように、大事なものを手放さないように。2012にあったた事件では無事だったとはいえ一度エクストリミスに改造された彼女、2016年のニンジャによる襲撃の時彼女は戦場となったニューヨークにいた。自分が力を持っていなければ、大事な人を失ってしまうような、そんな感覚にいつも陥ってしまう。

 

 

「あるのはシャツよ。」

 

「……さすが、解ってるね。」

 

「クローゼットにはシャツしかないわ、だから安心して、トニー。」

 

 

彼女も、この世界が決して平和ではないことは解っている。今日のように何も考えず愛する人と口喧嘩しながら散歩できる日常を過ごせる日もあれば、あの時のように多くの別れが訪れてしまう日もある。

 

だが、毎日がそうではない。

 

ずっと何かに怯えながら、何かを警戒しながら生きることは精神を蝕んでしまう。その積み重ねはいつしか大きな重りとなり、壊れてしまうかもしれない。だからこそ、何もない今日ぐらいは忘れて、日常を過ごしてほしい。

 

優しい眼で微笑みながら、目の前の彼を、思い人を、見つめる。

 

 

「……あぁ。それはそうと、今夜ディナーを予約しておいたんだ。みんなに見せつけてやろう、な? もうこの先サプライズはなしだ、約束するよ。」

 

「えぇ。」

 

「誓うよ。」

 

 

そう、言いながら唇を合わせようとする二人。

 

 

 

日常は、すぐに崩れる。

 

 

「トニー・スターク、ドクター・スティーブン・ストレンジだ。一緒に来てもらおう。」

 

 

黄色い火花をまき散らしながら開かれるゲート、そこには至高の魔術師である彼が、来ていた。

 

 

「あぁ、それと。結婚おめでとう。」

 

「……なんだ、お祝いの余興か?」

 

 

いつも通りの軽口を叩きながら、ペッパーの盾になる様に前に出るトニー。その手にはいつでも目の前に現れた男に対抗できるよう、ナノ粒子の収まる自身の上着があった。

 

 

「力を貸してほしい、大げさではなく宇宙の明暗が我々の手にかかっている。」

 

「我々って?」

 

 

普通に考えれば目の前の彼と、自分だろう。だが自身はアベンジャーズとしての顔もある。世界の明暗とは大きく出たな、と彼の頭の中に浮かんだ言葉は、ストレンジを名乗る男の後ろから出てきた者の姿を見、吹き飛ぶ。

 

「やぁ、トニー……。」

 

「……ブルース。」

 

 

ウルトロンの一件以降行方不明になっていた彼、ブルース・バナーが、ハルクがそこにいた。2015年以来だ、ただでさえ初めてチームとして戦ったメンバーがばらばらになっている今、何も考えずに話ができる彼との再会は非常にうれしいものなのだが……。その彼の顔が、何かに押しつぶされそうなほどに沈んでいる。

 

 

「ペッパーも……。」

 

 

何かに耐え切れなくなり、抱き着く彼を。トニーはただ受け止めることしかできなかった。

 

 






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