前世から愛をこめて   作:サイリウム(夕宙リウム)

92 / 129
間違いじゃないよ

 

「宇宙が誕生する前そこは、無の世界だった。やがて、ビックバンと共に六つの結晶が生まれ、まっさらな宇宙を駆け巡った。これがインフィニティ・ストーンだ。この世のあらゆる面を司る。」

 

 

ニューヨークサンクタム、そこに招待されたトニーはウォンを名乗る男からインフィニティ・ストーンの説明を受ける。目に入るすべてが未知のもの、しかしながらそこまで興味はそそられない。自身のことを慕うあの坊やなら幼子のように喜べたかもしれないが……、如何せん時間と不思議な体験をし過ぎた。

 

ウォンが動かす手によって動かされるホログラムのような映像。そこには五つの石が浮かんでいた。

 

 

「スペース、リアリティ、パワー、ソウル、マインド、そしてタイム。」

 

 

一つ一つ石の名を上げ、浮かび上がらせていくストレンジ。そして最後に上げられたタイム、彼の首に下げられているアガモットの眼が緑に光り、この場に六つの内の一つ。タイム・ストーンがそこにあることを証明される。

 

 

「なんて名前だったけ。」

 

「サノスだ、疫病のように星々を襲って住民の半数を殺して回ってる。ロキを送った、ニューヨークを襲わせたのもサノスだ。」

 

「……ついに来たか。」

 

 

サノス、ブルースによって語られた名前。トニーはその名前を脳内で反芻させる、自然と思い浮かべるのはあの光景。2012年に起きたニューヨーク事変にて核を放棄するためにワームホールに侵入したときに見た視界いっぱいに広がるチタウリたち。

 

あの時隣にいた彼女は行方知らず、そしてこの手に握られた力もあの時よりは進化したとはいえアレをどうにかできるとは思えない。頼みの綱だったウルトロンは失敗し、チームもばらばらになってしまった。それに世界情勢もあまりよくはない。あの全世界で起きたニンジャの恐怖から二年たった今でも力を持つ者に対する恐怖は根強い。

 

今の自分だけでは、何もかも足りない。

 

 

「ブルース、時間の猶予は?」

 

「わからない、サノスはパワー・ストーンとスペース・ストーンを手にしている。今宇宙で最強の存在だ! もしこの先、彼が全てのストーンを手に入れたら……。」

 

 

彼の声が、その恐怖のせいか大きくなる。

 

 

「大虐殺が行われる、それも未曾有の規模でだ。」

 

 

事実を確認するように、ストレンジが彼の言葉を遮る。インフィニティ・ストーンはその名前に対応した属性を司る、彼が全ての石を集めるということはこの世界から半分の生命体が消失することを意味する。その影響がどんなものになるのか、考えもつかない。

 

座っていた椅子から立ち上がり、姿勢を体をほぐすために近くにあった大きな壺というか鍋のような置物に手をかけ足を延ばすトニー。

 

 

「未曾有って言葉使う奴いたんだな。」

 

「宇宙の大鍋に寄りかかるやつもな。」

 

 

ストレンジの意思に沿って彼の真っ赤なマントがトニーの頬を引っぱたく。響く音、赤くはなっていないが少し姿勢を崩された当たりかなりの威力だったと見える。まぁサンクタムにあるものすべてが貴重な品だ、名前からして安易に寄りかかっていいものではなかったのだろう。

 

 

「……今のは大目に見てやろう。それで? サノスが六個欲しいって言うならそこにあるやつを捨てればどうだ? もしくは壊してしまうとか。」

 

「それはできない。」

 

「命を懸けてタイム・ストーンを守ると誓ったんだ。」

 

 

彼の提案を強く否定するストレンジとウォン。その石は彼らの師から託された大事な物。それを捨てたりもしくは壊したりすることは決してできない相談だ。

 

 

「僕も乳製品を絶つと誓ったけどコラボアイスが出てね、新フレーバーを毎月出されたら買うしかないだろ?」

 

「スターク・クレイジーナッツだったか。まぁまぁうまい。」

 

「だろ?」

 

「俺はハルクのイケイケアイスが好きだ。」

 

「まだあるのアレ……。」

 

 

それを茶化すように口をはさむトニーによって話が脱線する。彼女がまだこの星にいたときはその手で新しいものを、今は残った者たちが細々と続けているコラボ商品。生まれた利益の多くを復興や社会福祉に投じていて2012年の終わりから今日まで続く人気商品でもある。ちなみにドロッセルは王道のラムネ味。

 

少し緩んだ空気を切り替えるようにトニーが口を開く。

 

 

「要するに状況が変わったんだ。」

 

「タイムストーンを守るという誓いは変えられない、サノスに立ち向かう唯一の鍵だ。」

 

「逆に向こうがこっちを滅ぼすカギになるかもしれないだろ。」

 

「我々が務めを怠れば……」

 

「務めって? 風船で動物を作るとか?」

 

「現実を守ってるんだ、クソ野郎。」

 

 

彼らの使命を侮辱するような物言い、明らかに地雷を踏んでしまった。元々ソリが合わなそうな二人だ、一触即発の雰囲気に陥ってしまうストレンジとトニー。

 

それを止めるようにバナーが声を上げる。

 

 

「おい頼むから冷静に話し合ってくれないか、重要なのはここにストーンがあるということだ。そうだろう? それにヴィジョンもマインド・ストーンを持ってる。一刻も早く彼と合流しよう!」

 

「……それが難しくて。」

 

「どうして。」

 

 

初めて顔色を変え、声を詰まらせるトニー。そのことは彼も考えていた、すでに奴らがこの星に来ておりもう襲われてしまったのではないか。一瞬そんな考えが頭をよぎる。さすがにそれはないと信じたいが相手が相手だ。何が起きてもおかしくない。

 

 

「二週間前ヴィジョンの信号が途絶えた、行方不明だ。」

 

「何? またスーパーロボットをなくしたのか?」

 

「あいつはロボットなんかじゃない、進化してる。それにそういう物言いは彼女に嫌われるぞブルース。」

 

「誰なら探せる。」

 

「……二人、スティーブ・ロジャースとツグミ・オオゾラ。」

 

 

挙げられたのは二人、キャプテン・アメリカとドロッセル。片方は自身とは違う立場で動き、彼らのことを知っているかもしれないから。もう片方は何かと親交があり、あの事件が起きる前何か話をしていたことが理由。ウルトロンの脅威をより強く考えていた彼女のことだ、何かしらの伝手を用意しているかもしれない。

 

 

「おっと……。」

 

 

声を上げ、思わず手を挙げてしまうストレンジ。二人の行方は彼でもわからない。ロジャースの方であればまだその身に宿る魔術でどうにかできたかもしれないが、ツグミの方はダメだ。彼の師がその命を落としたとき、彼女と親交があるということで話を聞きに行こうとしたことがあるが何かの力によって跳ね返されてしまった。彼女の元にゲートはつながらない。

 

 

「電話しないのか、トニー。」

 

「……君は留守だったから知らないだろうが、アベンジャーズはもう。解散した。」

 

「解散って……、バンドみたいに? ビートルズとか?」

 

 

信じられないようにトニーの顔を見つめるブルース。彼はウルトロンの時から地球を離れていた、だからこそこの星で何が起きたのかがわからない。

 

日本での出来事も、この国での出来事も。すでにこの星は彼がいたころとは大きく違っている。

 

 

「キャプテンとは決別してね……、ずっと口を聞いていない。ツグミも、二年前に起きた事件以降行方知らずだ。解っているのは生きていることだけ。」

 

 

彼が思い浮かべるのはあの事件が終わった後の通信、それを最後に顔を合わせていない。

 

その時の彼女はどうしようもなく追い込まれているような、壊れてしまったような。なんと声をかけていいかわからない顔をしていた。あの何故か黄色く光り、吸い込まれてしまいそうな眼。何か言葉を発してしまえばそのすべてがなくなってしまいそうな眼。

 

思いつめた顔をするトニーを見、ただ事ではないことを察するブルース。自身がいないうちに何があったのか、自分がいなかったことで何か取り返しのつかないことが起きてしまったのかと思ってしまう。しかしながらここで悲しんでいる暇はない。残されている時間は、少ない。

 

 

「……トニー、よく聞け。ソーが死んだ、サノスが地球に向かっている。今は立ち止まっている場合じゃない。せめて、せめてキャプテンに連絡しよう。前に進まなければ。」

 

 

彼の言葉に、何か響くものがあったのか。それとも動くしか選択肢が残されていないのか。トニーは皆から顔を隠すように背を向け、懐から古い携帯電話を取り出す。そこに映し出されるのはキャプテンの名前。ツグミはあれから何年も探している、だが見つけることができなかった。……彼なら、答えてくれるはずだ。

 

意を決し、ボタンを押そうとしたとき。

 

外から、振動と、悲鳴が聞こえてくる。

 

自分だけではない、ここにいる皆が、聞こえた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……いま、なんと……。」

 

 

泣きそうなイヴの声が、何もない部屋に響く。

 

 

「ま、マスター。う、嘘ですよね。わ、わたしがおかしくなっただけですよ、ね……。」

 

「……あなたの耳はおかしくなってないよ。嘘じゃない、私はもう、死ぬつもりだよ。」

 

 

こうなることは、押し付けてしまうことは解っていた。だけど、元から時間はなかった。それに私がこの状態になれるのもかなりの時間がかかってしまった。このタイミングで、少しだけ一緒に話す時間があるだけ、そしてこれが終わった後に時間があるだけ、本当に良かったといえる。

 

これから戦いがあるけど、こういうのはできるだけ早い方がいい。

 

 

「……なんで、なんでですか!」

 

「あの時、ユキが死んじゃってから、ね。私の体も、精神も、どうにもならないほど壊れてしまったのはわかるでしょ? 石の過負荷に耐え切れず体が壊れかけ、脳へのダメージも大きかった。そこに外的な精神負荷がいくつも圧し掛かる。……今こうして普通に話せるのが奇跡と思えるぐらいに。」

 

 

この子の体は、ユキの見た目で作ってしまった。ただの人間として過ごせるように、人の社会の中に溶け込めるように。そう考えて進めていたはずの研究、彼女の体を作るための研究を、私は破壊した。私の娘としての顔ではなく、ユキの顔を、体を与えてしまった。

 

その、私の罪を表す顔。その顔自体には何の罪もない顔が、崩れ、涙を流している。

 

 

「かき集めて、固めて、それでやっと一月。“力”のこともあった。あの力がある限り、私はずっと止まっていることしかできなかった。……あのままじゃ、全部の世界を破壊してしまう。それに、ちょうどよくサノスも来てくれた。全部綺麗に終わらせて、みんなに見送ってもらう……。」

 

「嫌です!」

 

 

私の声を、イヴが、遮る。

 

 

「嫌です! マスターがいなくなるなんて、嫌です! 絶対に! せ、世界なんて放っておけばいいじゃないですか! マスターがそんな気に掛けなくても大丈夫なはずです! マスターが、マスターがし、死ななくても! 死ななくてもいいじゃないですか! なんで、なんで……。」

 

 

……悪いこと、しちゃったなぁ。

 

涙を流しながら、私に訴えかける彼女を抱きよせ、その顔を自身の胸に押し付ける。未だこの身が生きていることを伝えられるように、胸の鼓動を、聞かせる。

 

 

「ごめんね。」

 

「嫌、嫌なんです……。もっと、もっと一緒に。あなたの娘と、して……。」

 

 

私は色々置いてきてしまった、通るべきものを。教えてもらうこと、教えるべきこと、人が人として必要な物を私は置きっぱなしにしてきた。前に進むには、力を持つ者の責任を果たすためには、それを学ぶ時間がなかった。その影響が、今目の前にいる。

 

自分のサポートAIとして生み出して、一番長い時間隣にいた娘と言える存在を、泣かせてしまっている。……母親らしいことは、してあげられなかった。彼女が学べるのは、一つのことしかできない愚かな私の真似だけ。それだけじゃないのは解ってる、でも彼女が取ってしまった行動。私が動けなかったとき彼女がしたことは、私がその方法をとってもおかしくないものばかり。

 

世界を裏から操ろうとしたこと、ヴィランの脅威を操作しようとしたこと、そのほか色々。それに私が追い込んでしまった彼女は、目的のために自分の妹たちを犠牲として払おうとしていた。たとえその精神の安全が保障されてるとは言え、その体を捨てさせようとしていた。

 

……せめて、それぐらいは止めてあげないとと思った。

 

でも、今は。母親として。

 

 

「勝手に全部決めちゃってごめんね、相談するべきだったと思う。でも……」

 

「解っています! ……解っては、いるんです。」

 

 

ずっと隣にいたからこそ、私が考えていることの多くを解ってしまうのだろう。何を考え、何を望んでいるのか。私が彼女に何をしてほしいと思っているのか。

 

そして、私と彼女の関係性は主人と従者。……私が何も言わなければただ盲目的に、自身の役目を全うしようとするだろう。私が彼女を生み出した理由に沿って、私の望みをただかなえ続ける存在に。

 

それは、望んでない。

 

 

「……私が貴方に、貴方たちに残せるのはこの体と、力。そして名前だけ。貴方たちを守る力にもなるけど、それ以上に呪いにもなってしまう。……だからこそ、イヴ。」

 

「……はい。」

 

「自由に生きなさい。」

 

 

私というこの世界にとってのイレギュラーが生み出した存在、私が死んだとしても彼女たちは消えない。すでに私の知る世界から離れてしまったこの物語において、死にゆく者の声など邪魔にしかならない。

 

 

「私が作り出した貴方への最後の命令、貴方の思うように世界を生きなさい。ゲデヒトニスや、妹たちと仲良くしてね。……まだ時間はあるから。その間にやりたいこと、全部言いなさい。私にできることなら全部かなえてあげる。」

 

 

一月は長いようで短い、敵も来るし、地球にいる人たちに会って色々伝えておくべきこともある。でもそれだけで全部使い切るほど短い時間ではない。それが全部終わった後は、残り全部彼女のために使おう。

 

私が残したものをどう使うかは彼女たちの自由だ。目の前にいる彼女が、正しいと信じるのならばどんな使い方でも私は否定しない。だからこそ残りの時間は、イヴがちゃんとそれを判断できるように、教えてあげないといけない。

 

ドロッセルとして、母親として、次代へと繋ぐ。

 

私が選んだ道はどうしようもなく間違っていたかもしれないけど。この選択は、間違いじゃないよね。ユキ。

 

 

「……はい。覚悟、してくださいね。」

 

「ふふ、望むところ。」

 






評価感想お気に入り登録よろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。