「武門の習いにてこれより斬り申す」
「……は」
儂がそうして告げると孫は…シュテンはぽかんと口を空けて言っていることが理解できないという顔をしていた。
子供に子犬を授け、よく可愛がらせた後にそれを斬る。
これはシュテンの家において代々行われるしきたりであり斬られる際の子の行動や表情からその性質と将器を量る為のものである。
愛する者との離別を経験させることが肝であるため期間中子と子犬との触れ合いには稽古中であっても手出し無用とされていた。
(さて…シュテンの将器、いかほどのものか)
シュテンは神童である
これはシュテンが厳しい稽古をこなす内に得た家中からの評価である。
剣術や槍術においては幼き身ながら大の大人と渡り合い一本こそとれていないもののあわやという場面はこの半年間で増えてきている。そして神童と彼が目される最大の理由がその神がかった弓術だ。3ヶ月で家中一の弓取りの腕前を追い抜きそれ以来一人で研鑽に励んでいるという。このまま育てば元服の折には当家が武家となって以来最高の戦士になることは疑いようがない。
しかし武家の当主であるならば本人の武力よりも優先される素質
…生来鬼が持つ巨大な衝動を抑え冷静さを保つ将器が備わっているかは未だに未知数であった。
シュテンはしばらく顔を俯かせ何事か思案していた様子だったが顔を上げると犬の顔をじっと見つめながらこちらへと歩み寄ってきた。
(なんと、笑顔を)
シュテンは笑顔を浮かべていた。その笑顔は今まで影丸を可愛がっていた時とまったく同じものであるように感じられた。そしてシュテンは影丸の目の前までくると屈んで影丸をあやしはじめた。
地に抑えつけられ唸り声をあげていた影丸も普段と変わらぬ主人の声に安心してキャンキャンと尻尾振って手を舐めシュテンの手にじゃれつき始めた
「斬れよ、爺さん」
「…良か」
(鬼とは思えぬ優しき性分、だが性器は感じられぬ、それに激情もせぬとなると…思いの外凡庸なようじゃの)
シュテンは事切れた影丸をじっと見つめてしばらく微動だにしなかった。涙こそ流していなかったが口を真一文字に結んでいる様は何かを堪えているように見えた
「なあ爺さん、一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「聞こう」
「同じ事をマトイマルにもするつもりなのか?」
「…お前に教える必要はあるまい」
「…やめてくれ」
「ほう、儂に指図するとな」
(果たして汝に激情のあるやなしや)
実際はこのしきたりは嫡男にのみ行われる為マトイマルに行う予定はない。しかしその事実を教えずシュテンの疑念をあえて強めたのはシュテンに鬼の持つ激情をどれほど抱えているのかを確かめる為であった。
鬼の戦士には戦闘中、獣のように暴れ回り周囲の状況が目に入らなくなる者達が存在する。それらの戦士は部隊を率いる素質こそないが武辺者として厚遇される風潮が存在する。
(怒れ、その腹の内を見せよ)
結局シュテンはついぞ怒りを見せることはなかった
殺される直前まで影丸を不安にさせないよう笑顔を見せ今は冷たくなったシュテンを抱え沈黙している。
今の表情は窺えなかったが行動は激情などとは程遠い優しさと悲しみに満ちていた。
「…………良か」
しかし翁はその姿に恐れとも嫌悪ともつかない気味の悪さを感じていた。
(将器ではないが…魔性かスサノオか、なにか霊しきものの気がある)
翁は当主に報告した
不足はあるが小器ではない。次期当主に足りうると
謀反の気も感じられず廃嫡の備えは解くべきと
これはその数日前のことである
シュテンは郊外で影丸を好きに遊ばせていた、しかし影丸はいつもと違いはずれの森、さらにその奥に向かって駆けていった
「どこ行く気だ…?」
慌てて追っていくが入り組んだ森の中で小柄の影丸に追い付くのは難しく逆に見失ってしまった
「影丸~?どこ行った~!?」
呼び掛けながら奥に進んでいくうちに段々と霧が出始めた
途方にくれているとどこからか犬の遠吠えが聞こえた
「お~い!頼むから待ってくれって!逃がしたらマトイマルに泣かれちまうだろ!」
なんとか遠吠えの方角を把握ししばらく駆けると影丸の姿が見えた。そこは森が少し開けた空間でポツンと古びた社があった。
そしてその前にはまるで今供えられたかのような新しく豪華な神撰が備えられていた
「何だ?こんなんあったか…?」
覚えのない祠があることも不可解だが何より不可解なのが神撰が真新しいものなのに対して祠が全く手入れされておらずボロボロだということだ。
不審に思っているうちに影丸が神撰に近付き…食べた
「あ」
あっという間に食い散らかしていく
…よし
「バレても野生動物のせいにしよう」
俺らが来た頃にはもう食べ荒らされていた、そうだったよな?
「ナンテコッタ、オサケマデノマレテルシャナイカ~」
俺も高そうな器に注がれた酒を飲む、うめえ!!
そうして食事を続ける影丸を肴に飲んでいるうちに段々と眠くなってきた。そんな強い酒な感じはしないんだが酔ったか…?
そうして抗う間も無く睡魔に呑まれていった
気付いたときにはもう空は紅にそまっていて俺は森の入り口で影丸を抱いて寝ていた
夢、だったのか…?
『よもや我の神饌を食い散らかす畜生と童が出るとはな』
『だが、良い』
『新たな供物を見つけたのだからな』
『期待しておるぞ、童よ』
『うぬの生き足掻き、それこそを我への供物とするがよい』
『だからよ』
『荒ぶる神に見合う神饌となれよ?シュテン』