太陽はとうに西に傾きこのまま夜を迎えるかとまで思われたころ
戦は緩慢に始まった
どちらともなく閧の声を上げ始め鏑矢を射った後に本格的に矢を射かける。もちろんお互い矢を射かけるだけなのは分かっているため弓兵以外はあらかじめ遮蔽物に隠れており談笑すらする余裕があった。かくして戦場は既定路線の膠着状態となっていた。
俺はこんなもんの為に今まで武術の鍛練やらをしてきたのか?
「これが、戦か…?」
武士が平民と地位が違う理由は戦場で率先して血を流すからでは
なかったのか?
「これが、武士か…?」
ドン……ドン……ドン……ドン……
どこからか陣太鼓の音が聞こえてくる
「若様、辛抱してください。これが今の戦です。確かにかつての名誉や誇りは失われたかもしれません。しかし、人が死なずにお互い利益を得られるのです。なら、この茶番も素晴らしいこととは思いませんか?」
「『気にくわねぇなぁ』」
「若様?しかし」
ドン…ドン…ドン…ドン…
太鼓の音が嫌に響く
「『俺たちは戦を嫌々やっているのか?かつて先祖達が戦で得た名誉によって座った地位に、その手を血で染め得た誇りを胸に座った武士という椅子、その椅子に生まれながらに座った俺たちがか?』」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン
太鼓の音が体に響いている。段々と明確に、大きく、早く打たれ続けるその音が胸にこだましまるで体から太鼓の音がしているかのようだった
「『俺たちは戦を知らないのか?否。我が体に流れる血は戦場にあるべきもの、あったものを確かに覚えているはずだ。血まみれの栄誉と傷だらけの名声、そして色褪せない勝利と消えない敗北。我々の父祖は一体何を求めて戦に身を投じたというのか』」
否、それは例え話でも誇張でもなく…俺の体からその陣太鼓は響いていた
その響きは正しく俺の鼓動を刻んでいた
「『どんな罪人でも戦で躍動すれば英傑として厚遇された。どれだけ臆病でも戦死すれば英霊と祀られた。どれだけ危機的であっても戦に勝てば全てが変わった。どれだけ素晴らしくとも戦で負ければ全てが失われた。』」
兵士は知らず胸を抑えていた。鼓動がうるさく胸から響き体を奮い立たせていった。全ての鼓動が俺の鼓動に合わせて響き一層大きく、自陣全体にとどろきはじめた。
「『戦は全てを変える、自分すらも。』」
「『英雄になりたいだろう!王になりたいだろう!人より優れた何かになりたいだろう!』」
「『自分ではない何かになりたいだろう?』」
唾を飲みこむ音が聞こえた
「『おめでとう諸君。戦場では、それが叶う』」
そして鼓動の主は告げた
「『神降りば、せい』」
諸将らは困惑の最中にあった
突如として初陣の若武者らの陣地から知らない拍子の陣太鼓が聞こえてきていたからだ
どうでも良いことかもしれない、若武者らが戦場に戸惑って混乱しているだけかもしれない
だが歴戦の老将たち、対外戦のみならず内部対立による内戦を生き抜いてきた彼らの直感が叫んでいた
時化が来たと
戦の空気が変わったと
ある将は配下の足軽が数名心ここに在らずといった様子で胸を抑え、フラフラとシュテンの陣地へ向かうのに気付いた。
そんな無防備な状態では当然矢に注意をはらえるはずもなく体に矢が突き立っている。しかし彼らは脇目もふらず一点に向かい続け、その数は段々と増えていた
「ぜ、全員持ち場から離れるな!!持ち場より逃げ去る者は即刻首をはねる!!」
慌てて檄を飛ばすといくらかの者達はハッと正気を取り戻し慌てて持ち場へと戻った
しかしそんな檄も耳に届かない者がほとんどで正気を取り戻した者と未だ正気を保ったままの者も、絶えずチラチラとシュテンの陣地を気にしており、諸将は全員自軍が瓦解しないようにするので精一杯だった。
その時突如として大地震わすほどの大音声が戦場に響いた。それは紛れもなくシュテンの率いる軍団の閧の声であったがあまりに統率が取れていた為まるで巨大な生物の咆哮のようであった。それに呼応し感化された兵士がシュテンの陣へ駆けこんでいった
そしてシュテンを先頭に若武者軍団は敵軍へと一気呵成に突っ込んでいった
「『命ある限り殺せ!!命ある限り駆けよ!!命ある限り叫べ!!!!!!』」
「掛かれえええええええ!!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」