白銀の城のラビュリンスは破壊神を召喚したようです 作:ナメクジ次郎
美しく輝く白銀の城。その一室で、二人の少女が床に書かれた魔法陣に向かい、何かを唱えていた。
「いおぬ わのな ぞむほ もかるな ぱもほへ がとめ いおぬ わのな」
魔法陣の前に立ち呪文を唱えるのは、城と同じ色の白銀の髪、そして白銀のドレスを纏った美女。
この城の主である、白銀の城のラビュリンスだ。
「姫様、また間違えておりますよ」
姫の傍に立ちそう告げるのは、姫と同じく白銀の髪をしており黒と緑のストライプの尻尾を持った従者の少女。アリアンナである。
「正しくはもからな、そして最後はぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺです」
「そ、そうだったかしら? 覚えづらいものね。この破壊神復活の呪文? というのは」
「ですが、姫様が言い出したのではありませんか。勇者を倒すための秘密兵器を召喚するのだと」
「それは……そうなのだけれども」
こんなに大変だなんて思わなかったのよー。とぼやきながら、姫はもう一度魔法陣に向き直る。
「いおぬ わのな ぞむほ もからな ぱもほへ かとめ ぱじき ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ」
破壊神——それは魔界に伝わる破壊と創造を司る神であり、幾度となく魔王を救ったという伝説を持つ存在である。
それすなわち……対勇者戦でのプロフェッショナルであると、姫は考えたのである。
「……どうかしら!!」
姫が呪文を唱え終わると同時に目を開けていられないほど眩く光り輝き始める魔法陣。そして嵐のような魔力に奔流。
目視はできないがそれによって二人は確信していた、破壊神を呼べたのだと。
「やった……のよね?」
「ええ、ですが」
そして目を開けた二人の目に入ったものは……。
「「ツルハシ……?」」
宙に浮き、自由自在に動き回るツルハシの姿であった。
▽
「待ってー! やめて欲しいのだわ! 城の入り口にコケを集めるのは止めてー!」
出現したツルハシに戸惑いながらも、なんとかコミュニケーションを取ることに成功した姫であったが、また一つ大きな問題に直面していた。
毎度のごとくこの城に攻めてくる勇者を倒したい。そう告げた姫に対して任せろと言わんばかりに縦に振られたツルハシが行ったのは、モンスターの召喚であった。
呼び出したるはニジリゴケ、繁殖力の強い破壊神の知る魔界では最もポピュラーな魔物だ。
「姫様。しかしこのコケはどんどん増えて勝手に移動して意外と便利かもしれません……後の掃除は大変ですが」
「それは確かにそう……かもしれないわね、このネバネバで勇者の動きを止められれば、入り口で勇者を倒せるわ! 掃除はその、迷惑をかけるけど」
「……? 何を言っているんですか、姫様も手伝うのですよ? 自分で呼んだツルハシなのですから後始末もやってもらわなければ」
「そ、そういえばあそこにあるアレはなんなのかしら? あんなもの私の城には無かったわよね?」
「露骨に話を逸らしましたね」
それは今は気にしないことにするの! などと言いながら姫は城内の一角に設置された門……のように見える魔法陣を指さす。
禍々しい気配を漂わせるそれは、何かを待つようにそこに鎮座していた。
「あぁ、あれは魔界からデーモンを呼ぶための魔法陣だそうですよ」
「デーモンを……? うちの城にはもうデーモンは居るじゃないの」
「そうですね、ですがあれはツルハシの秘策のようなので、恐らくただのデーモンではないのかと」
「ふぅん、それは楽しみね!」
破壊神という今までにないイレギュラーを迎えた白銀の城のトラップ設置は、ワクワク半分、不安半分で進んでいく……。
▽
「……今日も来た」
白銀の城の入り口、その大きな門の目の前に立っているのは、鎧を身に纏った表情の薄い少女。それがこの城の姫が言うところの勇者であった。
銀色の無骨なそれに赤い手甲。おおよそ少女らしくないその装備であるが、風に揺れるスカートが少女らしさとのギャップを作り出していた。
「……いつもと違う?」
門に手をかけた少女が感じたのは、違和感。
もはや毎日のように攻略している勝手知ったる白銀の城。しかし今日はいつもと違う気配と賑やかさを扉越しにも感じた。
「……どうでもいいか」
しかして少女がすることは変わらない。それ故にいつも通りに力を加え。門を開いた。
「っ……!」
門の中から飛び出し、少女の体に纏わりつくその存在はスライム──否、ニジリゴケだ!
それは少女の体に張り付き、また時には体当たりをして行く手を阻む。
「……邪魔」
しかし悲しいかな。最も繁殖力が高く最もポピュラーなその生物は、最も弱くもあった。
小さい力でも重なればどんな敵でも倒せる時があるだろう、しかし今ここに居るのは姫のトラップを連日踏破する規格外の勇者。
その一挙手一投足、歩き、払い、前進するだけで何匹ものニジリゴケが命を散らしていくのであった。
「……この辺りは同じ?」
そうして継続的にコケに纏われながらも、歩みを進めない少女はいつものエリアへと到達する。
炎と焼けた薪で攻撃してくる
「ここも……いつも通り?」
そうしてたどり着いたのは姫の間の目の前、強固な鎧に身を包んだ一つ目の
いつも最後に配置されるこの罠には、流石の勇者も手を焼かされていた……最終的にはいつも勝っているのだが。
「……さあ、やろうよ」
ニジリゴケまみれの体で、剣を構えなおす勇者。
それに呼応するように、沈黙していた
「相変わらずだね、その剣筋も」
しかし毎日受けていればその攻撃にも慣れ切ってしまう、いつも通りの受け方でその剣戟を受け止める。
……その時、口のない魔神が、ニヤリと笑ったような気がした。
「……後ろ?」
背後から気配を感じた勇者がちらりと後ろを確認すると、そこには赤く大きな体躯をした一つ目の悪魔が──デーモンならぬデーもんが、こちらにゆっくりと近づいている。
背後への警戒は怠っていないつもりだった勇者もこれには少しだけ困惑の色を見せる。しかし一瞬の思考の後、ニヤリと笑った。
「……うん、面白い」
少しマンネリを感じていた城の攻略だったが、こんなピンチが待っているなら面白いと、勇者は笑ったのだ。
まだ魔神像との鍔迫り合いは続いており、デーもんとの距離は近づき続けている。
──勝負は一瞬だと勇者は考えていた。
一秒、二秒、緩慢な動きのデーモンであっても攻撃が届く距離まではもう少し。そんな状況に入った瞬間に。
勇者は、動いた。
▽
「なんでこうなるのよー! 折角破壊神も呼んだのにー!」
伝統的な様式美に従い勇者に簀巻にされたラビュリンスの叫びが城内に木霊する。
端的に言えば、結果は勇者の勝利で終わった。体や鎧にはいくつかの傷やコケが付いているのが見受けられるが余裕を感じさせる勝利だった。
「……破壊神?」
「そうよ! あなたに勝つために姫が呼んだのよ! 幾多の勇者を葬って魔王を勝利に導いた伝説の破壊神よ! あそこに居るツルハシ!」
「……そっか」
縄でぐるぐる巻きにされながらも会話を続ける姫を担ぎ上げながら、勇者は破壊神の方へ向き直る。
「今日は……いつもとちょっと違って楽しかった……、また……遊ぼうね」
そして、攻略中はほとんど表情の変化が無かったその顔に薄い笑みを浮かべながら、そう言ったのであった。
「ちょっと! 私を忘れていい感じにならないでよ! というか遊びじゃない!」
「忘れて、ないよ。姫も、また明日遊ぼうね」
「だから遊びじゃないってばー!!!」
破壊神が加わりいつもより少しだけ賑やかになった白銀の城は、今日は姫と勇者のいつものやり取りで幕を閉じたのであった。