DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第十二話 僧侶いろは(後編)

「カンダタ! 肩をこちらに!」

 ホンフゥはカンダタの肩を踏み台にオロチの顔の高さまで飛びトンボを切った。

「龍拳、斧カカト!!」

 

 ドカァ!!

 

 ホンフゥの踵落としが弧を描いてオロチの眉間を捕らえた。そして着地するやいなや、目にも止まらぬ速さで正拳突きをオロチの腹部に叩き込んだ。

 カンダタははがねのムチをオロチの首に巻きつけ、自分を振り子とし、その反動でオロチの顔に飛び乗った。素早くアサシンダガーを持ち替え、眉間に突き刺した。振り落とされる時にもナイフをオロチの目に向かい投げた。

 

 バギマをもっての奇襲は功を奏した。しかしオロチの地力は首が五本になっても驚異的であった。

 さきほどのホンフゥとカンダタの攻撃は強烈であり、十分なダメージは与えたが、倒すまでには至っていない。

 

 

「オノレ!」

 オロチの二つの口から業火が飛ぶ。オロチはいろはを狙った。一つの口から吐かれた炎を避けても、その避けた先にオロチのもうひとつの口が炎で狙う。八本の首がそろっていたら、この炎だけで全滅しただろう。

 バギマを使ったいろはに激怒したのか、アレルたちの攻撃を受けてもオロチは執拗にいろはを狙った。虚をつかれ、首を三本も切り落とされ、完全に頭に血が上ってしまっていた。アレルが前もって装備させていた『みかわしの服』が幸いしたのか、何とかいろははしのいでいる。

 かつてアワでは抵抗らしい抵抗も出来ずに同胞を死なせてしまったいろはであるが、今のいろははあの戦い当時とは比べ物にならないほどの力を身に着けている。しかし、その回避能力が災いしたか、いろははパーティーから離れてしまった。

「……! しまった!」

 俊敏な動きで何とかオロチの執拗な攻撃を避け続けてきたいろはだが、もはや後ろは壁である。横にそれようとしてもオロチは巨体で塞ぐ。最初からオロチは、これが狙いだったのかもしれない。

 

「ヒサシブリジャノウ…イロハ…」

「オロチ…!」

「ワザワザ コロサレニ モドルトワナ……」

「黙りなさい! あなたを討たねば死んだ姉上、サスケ、ジパングの民たちは永遠に浮かばれません!」

 だが、いろはは後ろには壁、前にはオロチと逃げられない。オロチに言葉を返しながらも脱出の場所と機会と探っていた。股間を突破するにも、その間オロチが腰を下ろしたら終わりである。

 左右の脱出もオロチはその巨体で塞いでいる。もはや術がない。それはオロチの背後にいるアレルたちにも分かっていた。しかし、オロチの背の鱗は一つ一つがまるで鋼の板である。刃を通さない。

 やがて、彼らはオロチの強烈な尾の一撃で吹っ飛ばされた。巨大な尾を一振り、遠心力に乗せて唸りをあげてアレルたちを襲った。

 

 ブォンッ!

 

「ぐああ!!!」

 アレルたちは横なぎに弾き飛ばされ、洞窟の壁に激突した。その光景を見て、いろはが息を呑んだ瞬間、オロチの目が光った。

「マルヤキニシテ クッテクレル!!」

 オロチの二つの口から業火が吐かれた。

 

 ゴオオオオオ!!

 

「…………!!」

 もはや絶体絶命。いろははたまらず目をつぶった。しかしその時だった。

「いろは―ッッ!!」

 さきほどオロチの尾に叩き飛ばされたホンフゥが自分の負傷も忘れて駆けてきた。できれば颯爽と抱きしめて炎を避けたかったのだろうが、さすがにそのゆとりも無かった。炎を吐いたオロチはわずかだが動きが止まる。それをホンフゥは見逃さなかった。

「龍拳、神速歩!!」

 まさに炎がいろはに直撃する瞬間。ホンフゥは龍拳の奥義を使い、離れた位置から瞬時にいろはの眼前に駆けつけ、いろはを弾き飛ばし炎の射程範囲からいろはを逃がした。

 

 ドオオオンッ!!

 

 炎はホンフゥを直撃した!

「グアアアアアッッ!!」

 ホンフゥに弾き飛ばされ倒れたいろはは、自分の代わりに炎の直撃を受け、火だるまになっているホンフゥを見て声が出なかった。

(ホ、ホンフゥ!)

 ペタンと座り込み、顔面を蒼白。その凄惨な光景に打ち震え、いろはは動けない。

 

「いろは! バギで吹っ飛ばせ!」

 アレルの一喝でいろはは我に返った。すかさずいろははバギをホンフゥに唱えた。バギの風力でホンフゥを燃やそうとしていた炎は消えた。

 幸いにしてホンフゥが着用している『武闘着』は難燃性であり、かつアリアハンの教会で祝福も受けているため炎には強く、また『黄金の爪』は主人ホンフゥを守るように若干のバリアも張っていた。よって体には軽度な火傷しか負ってはいないが、肌が露出している顔部はひどい火傷を負った。いろはがすぐにベホイミを唱えた。

 

 またアレルたちも必死であった。オロチを倒すには鱗よりまだ柔らかい皮膚である腹部と急所の眉間を狙うしかない。とにかくホンフゥといろはの間合いからオロチを遠ざけて自分たちと正面から相対させなくてはならない。

 アレルがバギマで斬られた三つ首の断面にベギラマを連続してぶつけた。炎系の竜であるオロチも体の内部が露出した部分に攻撃呪文を叩きつけられてはダメージもある。さすがにアレルを侮れないと感じたオロチはアレル、ステラ、カンダタに相対した。

「ウットウシイ ヤツラメ……ソンナニシニタイノナラ コロシテヤル……」

 

「ふう、ようやく俺たちと向かい合ってくれたか。ステラ、いろはとホンフゥの様子はどうだ?」

「大丈夫、いろはがホンフゥにベホイミを使ったみたいよ」

「すぐにホンフゥたちもこちらに来るだろう。作戦は出来ているのかアレル」

「何とかな」

 短くカンダタに答えた。

 

 真っ赤に腫れ上がっていた顔が、みるみる普通の肌色を表した。すぐにホンフゥは目を開けた。

「ああ! ホンフゥ、だい…」

「いろは! 大丈夫か!? 怪我ないか!?」

 大丈夫ですか、と言おうとしたのを、先にホンフゥに言われてしまった。

「え、ええ、大丈夫です…」

「そうか、それじゃ早速、反撃開始だ!」

 そういうとホンフゥは、座っていた姿勢からクルリとトンボを切って立ち上がり、ホンフゥを治療するために座っていたいろはの手を取った。

「さあ行くぞ、いろは!」

 いつもはアレルの台詞であるこの言葉をホンフゥは前から一度言ってみたかった。ここぞとばかり、それを堂々と言った。いろははニコリと笑い、首を縦に下ろした。

 

 オロチと対する三人は何とか、猛攻をしのぎ、二人の合流を待っている。戦況は全く予断を許さない。

「ホンフゥ、ありがとう……」

 戦況を見るホンフゥにいろはは礼を言った。うまく言葉で返せないホンフゥはただ、笑った。そして改めていろはの手を強く握る。

「龍拳、神速歩!」

 瞬時にアレル、ステラ、カンダタのもとに駆けつけたホンフゥといろは。それを見てアレルはオロチにベギラマを唱え、一瞬の時間を作った。アレルは作戦を仲間たちに説明した。

 

 いろは、アレルのパーティーは戦闘前には大まかな作戦しか立てないのがほとんどであり、敵の動きや力量を見て、戦闘中にリーダーであるアレルが指示を出す方針を執っていた。

 パーティーの冒険指針の決定、資金の管理、各国王や自治領主に対し、代表として話をするのは、いろはの仕事であるが戦闘においてはすべてアレルが指示を出した。それは智者のいろはさえ、アレルの兵法者としての才能は自分をはるかに超えていることを認めていたからであろう。

「いろは一人を後陣に残し、残りは横隊で前衛に配置。カンダタは左翼、ホンフゥは右翼に周り、素早い動きと攻撃で翻弄してくれ」

「わかった」

「よっしゃあ!」

「その隙に乗じ、俺とステラがヤツの懐に入り、腹部に剣撃の雨を叩き込む。いろはは俺たちの回復と援護。そして隙を見出せたなら遠慮なく再びバギマをぶち込め!」

「OK!」

「はい!」

「あとステラ、予備の『てつのつるぎ』を持っていただろう。考えがあるので俺に貸してくれ」

 ステラは一振りの『てつのつるぎ』をアレルに渡した。作戦の説明の所要時間はおよそ六秒。ベギラマの熱さもようやく緩んだオロチはいろはたちに相対した。

 

「イロハ! ワラワノビボウノ カテトナレ!」

「お断りです! 物の怪め!」

 アレルの作戦どおり、仲間たちは瞬時に陣形を作り、そして散った。ここは地形的にもいろはたちに分があった。フジの洞穴の最も奥にある生贄を置く空洞。しかしそれは単に横と奥行きが広いだけで、高さがさほどではなかった。だからオロチはアワの海岸での戦いのように山のような体長でいることは出来ない。

 今、オロチの体長はアレルやホンフゥのおよそ六、七倍の大きさの体躯である。それでもオロチの頭は天井に届き、その巨体が災いしてか、本来持っている力の半分も出せない。

 逆にいろはたちは空洞を縦横無尽に動くことが出来る。先立ってバギマを直撃させ、三本もの首を斬り落したのも幸運だった。

 いろははすかさずパーティー全員にフバーハを唱えた。これでオロチがもっとも得意とする炎によるダメージが軽減できる。天の時、地の利、人の和と、事を成すに重要な三つが全て揃ったのである。

 

 オロチの左翼にカンダタ、右翼にホンフゥが回りこんだ。常にオロチの死角に入り、炎に警戒し、大技でダメージを狙わずに小技で小刻みにオロチの足に攻撃を加えた。

 アレルとステラはオロチの懐に入り込み、腹部と内股部分に剣の嵐を叩き込んだ。それを後方から冷静に見つめ、ホイミ、ピオリム、フバーハを仲間たちに唱え、牽制に二つの頭にバギとマヌーサを唱えた。

 

 後陣のいろはに炎を撃とうとすれば、それだけ射程の長いものを撃たなければならず、どうしても溜めが生じる。その瞬間に四人が一斉攻撃を仕掛けてくるのは明白であり、うかつに後陣のいろはに炎が撃てない。

 だが、オロチはどうしてもいろはだけは仕留めたい。四人の一斉攻撃を覚悟して炎を撃つべく咆哮をあげた。しかし、いろはもそれを読んでいた。

「みんな、来ます!」

 オロチの表情からそれを読み取ったいろはは、仲間たちに告げると同時に射程外へと引いた。炎を吐くオロチは一瞬だが動きが止まった。そこに四人一斉の攻撃が繰り出され、炎もすぐに消えた。

 そしていろはは再びバギマを唱えた。オロチの翼が切り裂かれ、激痛にもだえ苦しむオロチの叫びがフジの洞穴に響いた。

 

 アレルはステラより渡された『てつのつるぎ』をオロチの眉間に刺した。

「よし! みんな離れろ!」

 アレルの指示でカンダタ、ステラ、ホンフゥが一斉にオロチの間合いから離れた。アレルは右手の人差し指を天に向け、そしてそれをオロチに突きつけた。

「吼えろ雷! ラ・イ・デ・イーン!!」

 勇者の雷がフジの洞穴の岩盤をブチ抜いて、オロチの眉間に直撃した。刺さっている『てつのつるぎ』を伝わり、すさまじい電撃がオロチを襲った。

 

 ドオオオオン!!

 

「グアアアア!!」

 

 オロチは反撃を止めて撤退した。いろはたちは追いかけたが、オロチは不思議な空間に入って消えてしまった。オロチの血を追った彼らも、その不思議な空間の渦を見つけた。渦を見つめ、いろはは言った。

「私の予想が正しければ、この渦の向こうはムサシノの神殿、女王の間のはず! 急ぎましょう!!」

 いろはの号令で一行は渦に飛び込んだ。そして、いろはの予想は当たっていた。彼らがムサシノの神殿、女王の間に到着したとき、女王ヒミコが変わり果てた姿で横たわり、すでに虫の息であった。

 偽者とはいえ、姉ひみこの姿をしているヒミコ。血だらけのその姿を見るのがいろはには辛かった。もはや戦う力を無くしていると見たアレルは剣を収めた。いろはが死を待つのみのヒミコに歩み寄る。

 

「最期に訊かせてください。どうして生贄なんてものを必要としたのですか」

「…わらわの…この若く美しい姿を保つには若い女の血肉が必要だった。それだけじゃ…。わらわはアワにて、お前やひみこの美しさに心を惹かれた。今までわらわの化身として納得できる容姿を持つ女子はいなかった。だからひみこを殺し、その姿、ヒミコとなった。ゆえに同じ容貌のそなたの存在は許せず、生贄として食らうため…命を狙った……」

 

 何とも勝手な理由。アレルやステラにはそう受け取れる。ヒミコは続ける。

「…わらわに勝ったとて……結局はバラモス様に殺されよう。せ、せいぜいつかの間の勝利の美酒に酔いしれるが良いわ…。ク、クククク……」

「……他に言い残したいことはありますか?」

 ヒミコは嘲笑をいろはに向け、もう何も言わなかった。話すことはもう何も無いと云うこと。そしてバラモスに倒されることを確信している余裕なのか。

 

「さらばです。ヤマタのオロチ、いえ、ヒミコ。貴方との戦いは忘れません」

 そう言うと、いろはは気合の一閃をヒミコの首に浴びせた。ヒミコの首が宙に舞う。憎い敵とは云え、愛してやまない姉ひみこと寸分の違いも無い容貌のヒミコの首を斬ったいろはの胸中に去来する物はなんだったのか。彼女は静かに成仏を祈るかのように手を合わせた。

 

 女王の間に駆けつけてきた、モンスターの化けている兵士たちもアレルのひと睨みで武器を捨てて去っていった。人々から悪の心が消え去るように、空もまた晴れ渡る。いろははその空を見上げて言った。

「姉上! サスケ! 見てくれましたか! ついに、ついにヤマタのオロチを倒しました!」

 感涙むせび、涙をポロポロといろはは流した。ホンフゥももらい泣きをしている。

「いいねえ…。いろはは泣き顔もかわいいや…」

「「はいはい…」」

 アレル、ステラ、カンダタは声を揃えた。

 

「さて、宝物庫にオーブがないか探そうぜ。そのあと宿で休もう」

 アレルの意見に一同は賛成し、いろはも涙を拭いて頷いた、その時だった。

 

「いろは様―! いろは様―!!」

 領民たちがいろはの元に駆けてきた。あっという間に彼らに囲まれ、感謝の言葉を受けるいろは。

 領民たちはオロチの襲来ですべて死んだわけではなかった。アワの領民も、ムサシノの領民も都を離れた隠れ里に移り住み、密やかに暮らしていたのだ。

 いろはも後ほど知ることになるが、これは女王ひみこの指示だった。開戦前、非戦闘員の女、子供、年寄りを中心に彼らは、ひみこの指定した緑豊かな山のふもとへ避難していたのだ。

 

 国府ムサシノから離れていようと、オロチの邪念は隠れ里にも少なからず届いていたが、彼らは全員でその邪念に立ち向かい、決して我を失うことはなかった。だが、その邪念が一切届かなくなったことから、彼らはオロチが倒れたと確信し、ムサシノに戻ってきたのだ。

「おなつかしゅうございます。いろは様。我らムサシノの民、心よりこの日が来るのをお待ちしておりました」

 

「いろははしばらく解放してもらえないな。仕方ない、俺たちだけで探そう」

 アレルたちは宝物庫に入った。それはきらびやかな宝ばかりであった。

「ずいぶん、せっせと集めたもんだな…」

 アレルが苦笑していると、カンダタが目的の宝玉を見つけた。

「アレル! あったぞ、パープルオーブ!」

「ああ、これだ。間違いないよ!!」

 紫色に神々しい光を放つ宝玉がそこにあった。ステラが安堵したように言った。

「これで二つか。あと四つもあると思うとしんどいねえ……」

 

 アレルの元にホンフゥが二振りの剣を持ってやってきたので、アレルは困った顔をした。

「ホンフゥ、ダメだよ。他のものを盗っちゃ」

「なあに、オロチを倒すためにステラは剣を一本台無しにしちまったんだ。神様だって許してくれるよ」

 そういえばカンダタも使えそうな武器をちゃっかり接収していた。ホンフゥはステラとアレルに剣を一振りずつ渡した。

「どうだよ。これなんか使えそうだぞ」

「これは誘惑の剣だわ…。こんなトコにあったなんて」

 使い手の能力によっては、メダパニの効果を生み出す魔法の剣である。アレルも渡された剣を鞘から抜いた。

「何だこれ? 片刃しかないじゃないか」

「へえ、めずらしい剣ね。柄に何か記されているけど…私たちじゃ読めないわね。あとでいろはに読んでもらおうよ」

「…でも何となく分かる。これすごい剣だ」

 

 宝物庫を後にして神殿の外に出ると、いろはの周りの領民たちは何かを懇願しているようだった。

「お願いします。いろは様、女王となってこの国を治めて下さい。いろは様は民にお優しい宰相どのであらせられた。我らはいろは様の元で働きたいのです」

 隠れ里の長老らしき人物が懸命に頼んでいた。

「…残念ですが、それは出来ません。私は魔王バラモスを倒さなくてはなりません。そのためには彼らと共に行かなければなりません。長老殿、隠れ里からここに移り住み、そして然るべき人物を王としてジパングを治めて下さい。私はもう宰相ではなく、一介の僧侶です。彼らと共に行かせて下さい」

「いろは様…」

「ジパングの男には『ヤマト魂』女には『ヤマトナデシコ』と云う他国には無い、魂と誇りがございます。私などいなくても、立派に国を立て直せるはずです。これが宰相として最後のお願いです。長老殿、あとはお任せします」

「…分かりました。いろは様、旅のご武運をお祈りしております」

 

 女王になるのを断り、翌日五人は盛大な見送りでジパングを後にし、出航した。長老の計らいで宝物庫にあったアレルたちの冒険に役立ちそうなものは全ていろはに献上され、装備も充実した。

 いろははこの時『クシナダの薙刀』と云うジパング創始の王スサノオの妻クシナダが使っていたと伝えられる武器を献上された。彼女の背丈より長くて重くもあるが、まるでその薙刀はいろはを主と認めたかのように、彼女にとっては軽く感じた。このクシナダの薙刀は重量約三十キロ近くあったと言われているが、いろはは片手で小枝のように振っていたと云う。膂力のない彼女では考えられないことで、この薙刀に何らかの神がかり的な作用があったのだろう。

 

 また装束も変わった。いろはは今まで帽子も衣服も青色に統一され、中心に金色の十字が象られているアリアハンの僧侶の法衣を着ていた。それを巫女装束へと変えたのだ。

 千早、白衣、半襦袢 帯、緋袴、草履、神楽鈴、鉾先舞鈴、花簪(はなかんざし)と、姉ひみこが着用していた同じ装束と装飾品である。青い長い髪も、白い短帯で結んだ。

 仲間たちにも好評で、ホンフゥに至っては見た瞬間に拍手したほどである。後の世に残るいろはの肖像画は、この装束を着ている方が多い。

 

 水平線の向こうで、フジヤマがどんどん小さくなっていく。それを甲板から見ているいろはにアレルが声をかけた。

「いいのか? ジパングに留まらなくて。これからの旅はどんどん厳しくなるぞ」

「…覚悟の上です。それにバラモスを倒さない限り、ジパングにも平和は来ませんから」

 いろはの髪が潮風に揺れる。ホンフゥはうっとりとしてそれを見つめていた。

「あ、ところでいろは。昨日は村人たちの歓迎で聞くゆとりが無かったが、見て欲しいものがあるんだ」

「なに?」

 アレルは昨日、宝物庫でホンフゥに渡された剣をいろはに見せた。

「ほら、この剣、片刃しかない珍しいものだけど…すごい業物というのは何となく分かるんだ。知っているか?」

 いろははその剣を見せられた瞬間に体を震わせた。

「いろは…?」

「こ、これは『草薙の剣』ジパングの宝剣です」

「ええ? それじゃ取ってきちゃまずかったかな」

 アレルとホンフゥは気まずそうに互いを見た。

「そしてこの剣を作ったのは…」

 いろは器用に柄から刀身を取り出し茎(なかご)を改めた。

「サスケ…」

 紛れもなく忠臣サスケの作だった。いろはの家臣にと仕官を希望してきた時、ひみこに献上した太刀。ひみこは太刀を一目見るやサスケの刀鍛冶の腕前を称賛し、ジパングの宝剣とした。草薙の剣と命名したのはひみこである。

 

「サスケ殿って…いろはを救うために討ち死にをした方では」

 カンダタが言うと、いろはは懐かしそうに頷く。

「サスケ…」

「では…その剣はいろはが使うべきだ。俺の剣は次の町に行った時にでも買えばいいし」

 と、アレル。しかしいろはは首を振った。

「いいえ、私にはもう『クシナダの薙刀』もございますし、何よりこの剣を私は使いこなせません。アレル、これは貴方の剣です。この剣で魔を斬り払う事を、泉下のサスケも望んでいるはずです。切れ味は私が保証します。何と言っても…」

「サスケ殿が作ったものだものな!!」

 アレルは最後の語句をいろはより先に言った。いろははニコリと笑った。

 

 アレルは草薙の剣を抜き、天に掲げた。

「サスケ殿、貴方の『ヤマト魂』このアレルが受け継いだ! そしてバラモスよ! 必ずやこの宝剣で貴様を討つ! 首を洗って待っていろ!!」

 アレルに呼応されるがごとく、他の仲間も自分の武器を天に掲げた。

「我らの魂は勇者と共に有れり!!」

 水平線の向こうに消えかけた霊峰フジヤマが彼らの新たな船出を祝福するように、海は静かで、空は晴れ渡っていた。

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