DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第十三話 商人カトレア

「うう…どうして…」

「おとうちゃん! おとうちゃん!!」

「…酷すぎる…。王様の悪口を言っただけで死刑だなんて…」

「おい、滅多なことを言うな! また兵士に聞かれて捕まっちまうぞ!」

 

 アレル一行はアリアハンのはるか北東、サマンオサ国にやってきていた。昔は王の善政で城下も活気に溢れていたが、今は町のあちこちで線香の煙が見えていた。

 そしてアレルたちはたまたま通りかかった墓場で悲痛に泣いている一家を見た。

 葬式の最中のようで、故人の妻らしき女と息子が棺にすがり泣いており、埋葬を手伝った故人の知己らしき者たちも項垂れていた。

 

「ひでえ話だな…」

 ホンフゥは名も知らない故人に手を合わせた。

「しかし、以前俺がこの国で仕事していた時、国王は善政をしいていたはずだ…。だから国も潤い、俺も儲けさせてもらった…。なんでこうなったんだ…」

 カンダタもホンフゥにならって故人に手を合わせた。

 

「ある日突然、名君が暴君に豹変するのは不思議じゃないと思うが、これは異常だな。いろは、どう思う?」

 アレルの問いにいろはは答える。

「確かに、アレルの言うとおり名君が暴君に豹変してしまうのは、歴史上いくらでも事例はあります。ですが、この国は人口も多く、産業も商業も栄えておりました。国王の家族も健康で、臣下の忠誠も乱れず、国王は騎士出身で心技体とても強く優しい方だったとか。他国や魔王と交戦状態であったとして、国王を中心に団結する事はあっても暴君になる理由がありません。おそらくは…」

「モンスターか…」

 ステラがつぶやいた。

「俺もいろはと同意見だが証拠もないしな…。とにかく今日は宿で休もう」

 アレルも故人に手を合わせ、いろは、ステラも故人の冥福を祈った。一行は重い足取りで墓場を後にした。

 

「すみませーん、泊まりたいのですけど、誰かいませんか」

 宿屋のカウンターに誰もいないので、アレルはカウンター奥の戸口に向かって声をあげた。やがてエプロン姿の女が出てきた。年の頃はアレルやステラの母と同年の女性であろう。しかし顔はやつれ、表情に生気は伺えない。

「お客様だなんて…お久しぶりなので申し訳ございません…あら?」

 宿屋の女主人はアレルの顔を見て不思議そうな顔をした。

「…? 俺の顔に何か?」

「す、すみません。お客様と似ている方を知っているもので…」

 ステラはその『似ている方』が誰なのかを察した。彼女の父ロイスが言うには、アレルはオルテガの若いころと容貌が似ているとのこと。

「もしかして…それは勇者オルテガ様のことでは?」

「え? お客様…オルテガ様をご存知なのですか?」

「俺はオルテガの息子、アレルです」

 女は息を呑みアレルの顔を見つめ、やがて泣き出し奥の戸口へと去ってしまった。

「何か悪いこと言ったかな…」

「きっと…オルテガ様に縁の人なのでしょう…。でも妙です。あのご婦人の顔は懐かしさなどではなく負い目のような…」

 いろはは女が入っていった戸口を見つめている。

「他の宿を探そう」

 仲間が同意するのを待たず、カンダタは出口へと歩いていった。ステラやホンフゥも重苦しい雰囲気が嫌になったか、そのまま続いた。

 

「お待ちください!」

 女がカウンターに戻ってきた。アレルたちは立ち止まった。

「すみません、変なところをお見せして…。私はサマンオサの勇者サイモンの妻スティーヌ、アレルさんのお父さん、オルテガ様と主人は盟友でございましたので私も何度かお目にかかったことがあるのです」

「勇者サイモンの奥方!?」

 ステラとホンフゥは思わずスティーヌに礼を執った。二人とも王国に仕える騎士と武闘士である。勇者サイモンの勇名には畏敬の念を抱いていた。

 

 しかしアレルたちは口には出さなかったが、とてもこの宿屋が勇者サイモンの家とは思えなかった。さしあたって適当な宿が無く入ってはみたものの、外壁は所々剥げ落ちて、汚れも目立つ。カンダタの記憶では白い壁の綺麗な宿屋であったそうなのだが、その面影は無い。まるで今の城下町をそのまま象徴しているようだった。

 

 スティーヌは一行を客間に通した。壁にはサイモンとオルテガが並んで立ち描かれている大きな絵があった。スティーヌは一人一人丁寧に茶を出していった。ステラやホンフゥは手伝おうとしたが、彼女に丁重に辞退されてしまった。

 一通り、茶が行き渡るとスティーヌは絵を見つめ懐かしそうにつぶやいた。

「主人はオルテガ様の事を話すのが大好きでした…。『あんなにいい男はいない』といつも自分の自慢のように話していました…」

「…俺も母から勇者サイモンのことは聞いています…。父も自分の自慢のようにサイモン殿を語られたとか。妻である母が妬けるほどだったそうです」

 スティーヌはアレルの言葉に微笑を浮かべた。自分もきっとオルテガを語るサイモンに対して同じ感情を持ったことがあるからだろう。スティーヌの笑顔は、アレルたちがこの国に来て初めて見ることが出来た『人間の笑顔』である。

 

 しばらくすると、スティーヌは一振りの剣をアレルに渡した。アレルは柄を握り、剣を抜いた。

「そ、そりゃあガイアの剣じゃないですか?」

 カンダタが言うとスティーヌは首を縦に下ろした。

「はい、主人が昔…お優しいころの国王陛下に賜った剣です…」

「そんな大事な剣を俺に?」

「…主人が…オルテガ様と約束した日時に行かなかったばかりに…オルテガ様は火口に落ちて…せめてものお詫びでございます。受け取って下さいませ。お願いします」

「な、何を言っているのですか。勇者サイモンが立派な武人であることは誰もが知っているはずです。父との約束を違えたのも、よほどの事情があったに違いないのです。約束を守れなかったサイモン殿こそが、むしろ父よりも無念であったのかもしれません…。だから父が亡くなったのはご主人の責任ではありません」

「…ありがとうございます…。主人も私もその言葉でどんなに救われるか…」

 アレルはガイアの剣をスティーヌに返そうとしたが彼女は受け取らなかった。

 

「奥様、少しよろしいですか」

 いろはがスティーヌに声をかけた。

「何でしょう」

「国王が突如仁政の名君から苛政の暴君に変わった経緯をご存知でしょうか」

「…変わった、と云うより私には何者かが国王陛下の姿に化けているとしか思えないのです」

「…失礼ですが、何か根拠でも?」

「国王陛下…。ルカス二十四世は今この城下で行われているような冷酷で残忍なことをなされる方ではないのです。私はサイモンと結婚する前はお城でメイドとして働いていましたから陛下のことはよく知っています。サイモンのことを重用され、娘の名付け親ともなって下された陛下が国民をあれほどに虐げるなんて私には考えられません…」

 そういえば、アレルたちが通された客間には、様々な勲章やサイモンの武勲を称える王の感謝状が飾られていた。自筆と言われる感謝状の文字と文章は、人柄を思わせるように慈愛にあふれ、達筆であったのだ。

「…そしてある日、城下の中央広場で公開処刑をする時でした…。陛下自らが処刑の指揮を執られるとかで私は広場に行きました。陛下がどうして変わられてしまったのかお顔を見れば分かるかもと思ったからです。私は処刑を見つめる人々の中におりまして、やがて私の視線に気づいたのか陛下と目が合ったのです」

 燭台の炎がゆらゆらと揺れた。照らされたスティーヌの顔は怒りに満ちていた。

 

「しかし何の反応もありませんでした。知っている人間と眼が合えば少なからず反応があるものです。その時、私は確信しました。『王は私のことを知らないのだ』と」

 アレルはいろはを見た。いろはも眼でアレルに語る。(間違いない。国王はモンスターが化けている)アレルたちも確信した。

 

「城の者は、主人がオルテガ様との約束の場所に行く途中にモンスターに殺された、と言っていましたが、主人はそんな不覚を取る人じゃありません。おそらくは国王の悪辣な手段により殺されたのでしょう…。私が男なら『ラーの鏡』で陛下の正体を暴き、主人の剣で斬りつけてやりたい…!」

 スティーヌは今まで耐えてきた感情が一気に出たのだろう。アレルたちに思いのたけを訴えた。ラーの鏡のことはアレルたちも噂では聞いている。人の真実の姿を映し出すと云う魔法の鏡だ。

 しかし、どこにあるのか情報すらない。やがて城の方角から鐘が鳴り響いてきた。

 

「なんだ、あの鐘の音は?」

 ホンフゥの疑問にスティーヌが答える。

「あの鐘の音は、外出禁止の合図でございます。この鐘の後に外出して兵士に見つかれば即、死刑なのです」

 アレルたちは言葉を失った。

「とにかく、今日は我が家でおくつろぎ下さい。粗末ですが夕食も用意いたします」

 

 アレル一行は客室に案内され、例により男部屋と女部屋と別れた。アレルは無造作に自分の荷物をベッドに放り、カンダタとホンフゥに言った。

「本物であろうが偽者であろうがかまわない。斬らねばならないヤツがあの城にいる。乗り込んで倒す。明日にも決行しよう」

 カンダタ、ホンフゥも同じ気持ちなのだろう。アレルの眼を見つめ強くうなずいた。

 

 その夜、アレルたちに来客が訪れた。いろはとステラも交えてルカス二十四世を討ち取るべく卓を囲み、その段取りの打ち合わせをしている時だった。

「私はサイモンの娘カトレア。商人です」

「カトレア…? どこかでその名を…」

 カンダタがカトレアの顔を見つめて言った。カトレアは苦笑して答えた。

「私はスー大陸の東に町を作りました。名は『カトレアバーグ』と言いますので、それでご存知なのでは?」

「そうだ。女手一つで町を作ったと、大変な評判だったと子分からの報告で聞いたことがある。しかし…」

「そう、革命が起きて私は捕らわれました。しかし、その後に町民と和解し後事を託して私は故郷に戻ってきていたのです。座って宜しいですか?」

 女手一つで町を作っただけあって、年の頃はステラと同年くらいだろうがカトレアには歳につり合わない風格があった。

 

 彼女はサイモンの娘であるから、女として生まれたにも関わらず勇者、つまり男としてスティーヌとサイモンに育てられた。だが、彼女はそれが嫌で仕方が無かった。だから剣も呪文も一向に上達しなかった。

 それから十数年後、サイモンの訃報をスティーヌは聞くと、転じて勇者の卵と云う娘の立場を取り消してしまったのだ。娘まで犠牲にしたくないと云う当然の親心ではあるが『今まで男として育ててきたくせに!』と当時は母親とどうしても和解できず、カトレアは家を飛び出した。

 彼女は生活のために知り合いの商人から不要となった道具と武具をもらいうけ、それを機に商人の道へと。やがて本人も気づかないうちに、彼女は商人として頭角を現すようになった。

 

 勇者の血筋でも呪文が一切使えなかったカトレアは、アレルたちがアリアハンを旅立った一週間後に商人としてルイーダの酒場に登録し、酒場に来ていたスー大陸の老人の悲願である『町の設立』に協力することになった。

 アレルを追いかけ仲間になりたいとは思ったものの、剣士としては三流、かつ魔法も使えない自分では、その資格なしと考え、せめて勇者たちが旅の途中でくつろげるような町を、魔王軍に住処を奪われた人たちが安心して身を寄せることができる町を作ろうと決心したのであった。

 

 だが彼女は急ぎすぎた。性急な町づくりは町民の反発を買い、やがて革命が起きて彼女は捕らわれ人となってしまった。

 しかし、それからのカトレアバーグは目も当てられない有様となっていった。指導者がいなくなり、町議を開いても何一つ決められない体たらく。町はいつでも難民を受け入れられる体制を整えていたのに、それもいつしか困難となっていった。

 やがて革命の首謀者たちはカトレアに謝罪し、町の建て直しを懇願した。カトレアはわずかな期間で町を建て直した。しかし今度は町民の意見をよく聞き、参考にしていった。彼女の手腕を町の旗上げ当時から学んでいた教会の神父に後事を委ね、彼女は新たに町を作るべくカトレアバーグを後にした。

 彼女は新たな候補地をガルナの塔北側に位置する、世界樹が存在し、四つ岩で有名な大陸と決めていた。その道中で懐かしい故郷に戻り、母親と和解出来たまでは良いものの、故郷サマンオサのあまりの変わりように言葉を失った。

 母を一人で残して行けない、四つ岩の大陸まで一緒に連れて行こうと決心したその日、昔見た大好きな父の友達のおじさんに面影が似ている若者が宿に来た。それがアレルだったのだ。

 

「あなたたちに買っていただきたい物がございます」

 カトレアは黄色に輝く宝玉、そして一枚の図面を出した。

「こ、これはイエローオーブ!?」

 いろははオーブを見て驚いた。触って確かめようとするいろはから素早くカトレアは自分に寄せた。

「カトレア、この図面は?」

 アレルは五枚のレジュメとなっている図を一枚一枚めくって見ていた。

「それはサマンオサ城の平面図、抜け道もちゃんと記してあります」

 この二品はアレルたちが喉から手が出るほど欲しい物であった。カトレアはアレルの手からも図面を素早く奪い取った。図面は城の中を見たわけではないから確認は無理なものの、オーブは確実に本物である。

 どうにか手に入れなくてはならない。アレルたちはカトレアの提示する金額に不安をよぎらせた。そしてそれは的中した。

「この二品、五万ゴールドでお売りいたします」

「ごっ…」

 アレルはそれ以上云うことが出来なかった。つい先刻、ドラゴンシールド、魔法の鎧などの装備品を買い、パーティーにはとてもじゃないが資金の余裕は無い。

 まして五万ゴールドなんてお城みたいな家が買える大金である。

「じょ、冗談じゃない! アンタ私たちの旅を何だと思っているのよ!? 世界の平和のためバラモスを倒す旅なのよ! その私たちからそんな大金せしめようなんて、どういう神経しているのよ!!」

 激怒したステラはテーブルを叩き、椅子が壁まで吹っ飛ぶほど勢いよく立ち上がった。並みの人間ならこの一喝で気圧されるものだが、カトレアは顔色一つ変えない。そして言葉づかいも変わった。

「それはアンタたちの理由。そういう大層ご立派な名目があるのだから無償で譲れと? 冗談じゃない。私も町を作るためにはお金が必要なのよ。で、どうするの? このオーブ、バラモスにでも売ってしまおうか? それとも私を斬って奪い取る? 勇者様ご一行?」

「出しましょう」

 全員、唖然としていろはを見つめた。

「ただし!」

 いろはは携帯している『聖なるナイフ』を瞬時にカトレアの喉元に突きつけた。

「う…」

「…その図面に一箇所でも偽りがあれば、返金は無論のこと、貴女を私が斬ります。貴女がどこに逃げようと草の根別けても探し出し、必ず斬ります。冗談でも私たちにバラモスにオーブを売るなんて言った以上、それくらいの覚悟はおありですね?」

 カトレアはいろはに完全に気圧された。かつてステラさえ気圧らせたいろはの裂帛にカトレアは黙ってしまった。そしてようやく声を出した。

「ず、図面に嘘は無い。建設した名工の子孫から買った図面なんだ。建ててから増改築したと云う記録も無い。大丈夫だ」

 いろははナイフを収めた。ホンフゥはいろはに小声で訊ねた。

「どうすんだよ。そんな金ないぞ」

 いろはは自分の道具袋から小さな玉を出した。カトレアはそれを見て驚愕した。

「そ、それ『ヤサカニのマガタマ』じゃないの!?」

「そうです。ジパング三種の神器の一つで、王室の、そして宰相の証です」

 ジパングにて、いろはは長老にこの勾玉を返納しようと考えたが、長老は固辞して、そのままいろはにその宰相の証である『八尺瓊の勾玉』を預けた。

「ジパングの三種の神器は現在ジパングに奉納されている『八咫鏡』アレルの持つ『草薙の剣』、そしてこの『八尺瓊の勾玉』これを売れば五万ゴールドにはなるはずです。これとオーブを交換してください」

 八尺瓊の勾玉はオーブよりもはるかに小さい宝玉であるが、その神々しさたるやオーブにも劣らない。カトレアの眼からもいろはの言うとおり、五万ゴールドは下らないものである。

「ダメだいろは。それをしまうんだ」

「アレル?」

「それは君の意思でどうこうしていい宝じゃない。元に戻せ」

 ステラやカンダタ、ホンフゥも同意見のようだった。

「アレルの言う通りよ。それを売ってしまったらアナタ、ジパングの国民に何ていって詫びるつもり? しまってちょうだい」

「でもステラ、彼女の持つイエローオーブが無ければ私たちは立ち往生してしまいます。背に腹は代えられません」

 せっかくのいろはの決断を邪魔する彼女の仲間たちの言葉にカトレアは苛立ちを見せる。

「どーでもいいけどさ。オーブと図面どうするの? いるのいらないの?」

「オーブは必要だ。だが図面はいらない」

「え?」

 その言葉を聞いたカンダタがあわててアレルに詰め寄った。

「何いっているんだアレル! どんなモンスターが王に化けているのか分からんのだぞ! 図面があれば敵兵の手薄な箇所やトラップも予見できる。いらぬダメージを避け、敵将に臨むのは…」

「敵城突破の基本だろ。分かっているよ」

 余裕の表情を見せるアレルが少し憎らしくなったカトレアは意地悪く訊ねる。

「ふーん、図面いらないんだ。知らないよ。全滅したって」

 ステラは歯軋りしてカトレアを見つめる。

「そんな怖い顔したってダメなものはダメ。私も商売なんだから」

「ホンフゥ、紙と筆を貸してくれ」

 アレルはホンフゥから渡された紙をテーブルに広げた。

「何するつもり?」

 あざ笑うように言うカトレアにアレルはニコリと笑った。

「カトレア、金を受け取る前に俺に図面を見せたのは失敗だったな」

「なに?」

 するとどうだろうか。アレルはサマンオサ城の図面をサラサラと描きはじめた。アレルの筆を追いながら、カトレアは自分の持つ図面と照らし合わせた。しばらくしてアレルはすべて描き終えた。

「うそ…。寸分の違いもない…」

 カトレアも驚いたが、彼の仲間であるいろはも、そしてステラたちもアレルの意外な特技に声が出なかった。

「勇者のみが使えるのは電撃呪文だけじゃないってことだよ。『覚える』『思い出す』と云う特技もあるんだぜ」

 してやったり!と言う顔をアレルはカトレアに見せた。地味な特技のため、あまり目立たないが、振り返ってみると、ピラミッドの攻略はアレルがイシス城の子供たちの歌を全部記憶していたからこそ出来たことであることを、いろはは思い出した。これほどの記憶は頭脳明晰であるいろはもできないことである。

「すごいですアレル…」

「へえ~大したものだなあ…」

 めったにアレルを褒めないホンフゥもこの時は脱帽したようである。しかしアレルの絵心は皆無に等しい。敵城突破の資料としては何とか使えるものだが、図面の線は激痛に悶えるミミズのようで、また字は汚くて読むに耐えなかった。ステラが呆れたように言った。

「アレル。アンタこの下手っぴな字どうにかなんないの?」

「字の上手な男は信用できないと師匠から教わったぞ」

「嘘つけ!」

 

「じゃあ仕方ない。図面の分を引いて四万五千ゴールドでいいよ」

 五人は顔を見合わせた。無い袖は振れない。ステラが仲間に言う。

「みんな、今ゴールドいくら持っている?」

 ゴールドを管理しているいろはがパーティー用の財布をテーブルに出し、他の者も自分のサイフを出した。

「全部で四千ゴールドですね…」

 肩を落としていろはは言った。その言葉にカトレアは笑った。

「話にならないね。私だってこのオーブを手に入れるまでは、それ相応のゴールドと労力を使ったんだ。そんなはした金では売れないよ」

「では、やはりこれしかありません…」

 いろはは『八尺瓊の勾玉』を出した。

「いろは! だめだ!」

 アレルが止めるが、今度はいろはも首を振った。

「もうこれしかありません。バラモスを倒さない限り、ジパング王室の証であろうと、これはただの石ころ。国民もきっと分かってくれるはずです」

『八尺瓊の勾玉』をカトレアに差し出すいろは。カトレアはうなずき、それを受け取り、イエローオーブをいろはに渡した。

「はい、商談成立」

「これで…三つ目!」

 いろはは大切そうにイエローオーブを握った。しかしアレルたちの表情は晴れない。

 

「…カトレア、頼みがある」

「なーに?」

「一年でいい。それを売らないと約束してくれ。買い戻す」

「アレル、もういいのです!」

「良くない! 仲間にそんな大事な物を手放させるなんて俺は嫌だ!」

「よく言ったぞアレル! 買い戻そう!」

 ホンフゥが言うと、カンダタもステラもうなずいた。

「みんな…」

 

「…やれやれ、なんだい私だけ悪者? 嫌んなるなあ…分かったよ。一年、私の手元に置いておく。それを一日でも過ぎたら売っちゃうからね」

「ありがとう。大切にしておいてくれよ。俺の仲間の宝物なんだから」

「分かっているよ」

 カトレアは厚い布を取り出し、勾玉を大事そうに包んだ。

 

「ところで…ひとつだけ良いかな」

「何だよ?」

 カトレアがアレルに訊ねた。

「…本当にルカス二十四世を倒すつもりなのかい?」

 アレルはカトレアの意外な質問に戸惑いつつも、毅然と答えた。

「倒す」

「どうしてなんだ? 他国人のアンタたちがどうして命を賭けてサマンオサを救おうとする?」

「『義を見て、せざるは勇なきなり』これが返事です。貴女のお父上も同じことをすると思います」

 いろはが答える。

「その通りだ。またカトレアも俺たちを見てそう感じたから図面やオーブを売ろうとしたはずだ。違うか?」

 カトレアは初めてアレルたちに笑顔を見せた。商人の計算高い笑顔ではない。年相応の女性の笑顔だった。そして先ほど包んだ『八尺瓊の勾玉』を彼女はいろはに返した。

 

「カトレアさん…」

「悪かったね。試すような真似をして…」

「…やっぱり貴方は最初から私たちからお金を取る気は無かったのですね」

 いろはが言うと、カンダタ、ホンフゥ、ステラは顔を見合わせた。

「まあ、そうだな。私もこのオーブ手に入れるには骨が折れた。それを託すからには、それなりに器量を見たかったんだ。謝るよ」

「では、俺たちを託すに足る人物と見てくれたんだな」

「まあね。でも私は商人、ちゃんと利益も考えているさ。アンタらにオーブを託すのは投資なんだよ。投資と云っても金は戻ってはこないだろうけど、バラモスを倒そうとしている勇者の手助けをしたと云う事実は何よりも得がたい名声なのさ。それを元に私は人を集め、町を作る。これぐらいの下心持っていたってバチは当たらないだろ?」

「そういう投資ならいつでも大歓迎さ」

 ニコリと笑うアレルにカトレアは微笑む。勇者オルテガの息子に勇者サイモンの娘。共に戦う仲間にはなれなかったが、彼らの役に立てたことがカトレアは嬉しかった。あの世に行った時、きっと父サイモンに褒めてもらえる。そう思った。

「それじゃあルカスの馬鹿をとっちめる段取りを進めてちょうだい。私はここで失礼するよ。明後日の凱旋に備えて、いい酒といい肉を仕入れとくから気張っておくれよ」

 カトレアはアレルの居室を後にした。

 

「ああ~アレル、いい男だね~。さすがオルテガおじ様の息子だよ。私が食べさせてやってもいいな」

 顔を赤め、カトレアは少し小躍りして母スティーヌのいる部屋へと帰っていった。

「ふう、一時はどうなるかと思ったよ」

 ステラは安堵してイエローオーブを見つめていた。

「よし、それじゃあ城への侵入方法を検討しよう。まず夜陰に乗じて…」

 卓上にはイエローオーブのついでにカトレアが渡したサマンオサの図面がある。アレルの描いたのは完全に模写はされているが、著しく見づらいため、仲間たちはその図面に見入る。アレルは面白くないので彼だけは自分の描いた図面を見た。そして、彼らは作戦を練っていった。それは深夜まで及び、やがて各々は高ぶる闘志を押さえ眠りに入った。

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