DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第十四話 サマンオサ奪還

 翌日の夜、アレル一行は夜陰に乗じてサマンオサ城に侵入した。カトレアが提供してくれた図面には寸分の狂いも無く、抜け道もこと細かく記されていた。

 盗賊のカンダタはこういう仕事には慣れているのだろう。ほとんど見張りの兵に見つかることも無くアレルたちを国王の寝室へと先導していった。

「備えがなっていねえな。前に潜った時はこんなに手薄じゃなかったのだがな…」

 あまりにスムーズに侵入できたことが、むしろ不気味だったのか、カンダタはため息混じりに昔のサマンオサ城を振り返った。

「それもこの図面のおかげ。でもこの図面を見ただけで警備体制が読めるなんてさすがです」

「それぐらいでなきゃ盗賊の頭は務まらねえよ」

 カンダタはいろはの褒め言葉に照れ笑いを浮かべていた。

「さて、着いたぜ…」

 

 アレル一行は国王ルカス二十四世が眠る寝室へと辿り着いた。寝室の側にある詰め所にいた兵士たちはいろはのラリホーで熟睡している。さあ乗り込もうという時、ステラがアレルを呼び止めた。

「アレル、国王がもし本物であったらどうするの? 理由はどうあれ国王を殺したら私たちは罪人よ」

 昨晩は怒りのあまり、たとえ本物でも倒すと息巻いていたものの、一晩たって頭を冷やすと少し冷静な考えも出来る。どんな悪政王でも人間である。怒りに任せて殺して良いものではない。仲間たちはアレルを見つめる。しかし、ここまできたら後戻りも出来ない。

 

「大丈夫です。国王が本物か偽者か見破れる方法はあります」

 いろははアレルが腰に帯びているガイアの剣を指した。

「奥さんはこう言っていました。『まだ優しかった王様からいただいた』と。国王がこの剣をまったく記憶していなければ…」

「そうか! 王は偽者と云うことになるな!」

 ホンフゥは思わず手を叩いた。

「助かった。実は本物であった場合なんて考えてなかった。でも、それなら真偽を見極められるな。偽者だったらそのまま倒す。もし本物だったら、二、三発張り倒して脅しタップリの説教をくれてやる」

 アレルはガイアの剣をギュッと握った。

「ま、そんくらいなら良いか。私にも一発殴らせてよね」

 ステラは拳に「ハァ」息を吐きかけた。これから敵将に戦いを挑むと云うのに仲間たちは冷静であった。そしていろはは聞いた。寝室のドアの向こうから聞こえてくる『いびき』を。

「行きましょう。この国に宝玉があるとしたら国王が所持しているかと。みんな油断は禁物です」

「よし、行くぞ!」

 

 ガチャリ

 

 アレルたちはルカス二十四世の寝室へと入っていった。愛妾でも幾人かはべらせているかとも思ったが、独り寝が好きなのか幸いにしてルカスは独りである。だらしない寝顔である。良い夢でも見ているのであろう。アレルはでかい声を出した。

「国王陛下! お目覚め下さい!!」

「…ん…」

「ルカス二十四世陛下! お聞きしたき儀がございます。お目覚め下さい!!」

「んん…な、なんじゃそなたらは!」

 ルカス二十四世は飛び起きた。目を開けてみれば武装した五人の若者が自分を囲んでいた。

「ぶ、無礼者め! 余にこんな真似をしてただで済むと思うか!!」

「ルカス二十四世陛下、この剣に見覚えはございますか?」

 アレルはガイアの剣をルカスの目の前に差し出した。

「ああ? なんじゃと? 知らぬな。そんな剣など」

 アレルの口元が吊り上った。

「やはりな…」

「王は偽者!!」

 ステラは剣を抜いた。

「な、何を証拠に!?」

 慌てふためくルカスにアレルはガイアの剣をまざまざと見せつけ言った。

「これは勇者サイモンのガイアの剣! かつてサマンオサの宝剣であり、アンタ自身が彼に与えた剣なのだ! 本物の国王なら知っているはず。正体を現せ! モンスターめ!!」

「く! くそ! 出会え! 出会え! 狼藉者じゃ――!!」

 

 ドアの向こうから若い女の声が聞こえてきた。

「いかがなさいました陛下」

「…! 詰め所にいた兵士はすべて眠らせたはずなのに!?」

 違う持ち場から来たのかと思ったいろは、それにしても女一人とは。

「おう、余を害さんと狼藉者が侵入してきたのじゃ! すぐに殺してしまえ!」

 助かったと言わんばかりにドアの向こうにいる者に叫ぶルカスだが返答は意外なものであった。

「ほうほう、それはようございました。お前みたいな暴君は死んだ方がこの国のためですからなあ」

「…! この声」

 カンダタとホンフゥは顔を見合わせた。ルカスは顔を真っ赤にして激怒した。

「な、なんじゃと! お、おまえも死刑じゃ!!」

「死刑になるなあ…テメエだよ!!」

 バン! ドアが勢い良く蹴り開けられた!

「魔法使いマリス参上!」

 おそらくはずっと出るタイミングを伺っていたのだろう。アレルたちは見せ場を全部マリスに持っていかれてしまった。マリスは髪型も変え、盗賊だった当時の黒装束はすでに身につけてはいない。黒い三角帽子、オレンジ色のマント、緑色の服といった魔法使い特有のスタイルをしていた。

 

「マリス!」

「兄貴! 待たせたな、かわいい妹の帰還だよ。と、話は後だね。とっととこの不細工なモンスター片付けてしまおうぜ」

 マリスは鞄から鏡を取り出してルカスに照らした。

「そ、それは! ラーの鏡!?」

 ルカスは青ざめた。そしてどんどん体が崩れ始めた。

「さあ、これでもシラを切る気かい! 不細工魔人ボストロール!!」

「ちっ、バレたか」

 みるみるうちにルカスの寝室に巨大な魔人が姿を現した。

「なるほど不細工だ…。一生、女に縁がなさそうね」

 と、ステラ。アレルがボストロールに剣を突きつけて問い詰める。

「本物のルカス二十四世はどうした!」

 アレルの問いにボストロールは嘲笑を浮かべて答えた。

「ふ、ふん、ヤツは地下牢に幽閉している。もうとっくにくたばっているだろうさ!」

「そうかい。国王に化けて好き放題やって楽しかったろう。そろそろ年貢の納め時だよ。燃えよ火球! メラミ!!」

 マリスの放った紅蓮の火球がボストロールの顔面を直撃した。

「ぐあああっっ!!」

 

 カンダタはボストロールに構えながら、とんでもない呪文を操る妹を見てあぜんとした。

「へっ、こりゃうっかり尻でも撫でようものなら大火傷だな…」

「す、すごい、今の魔法使いの上級呪文ですよ」

「まだ褒めるのは早いっていろは! さあ次はこれよ!」

 再びマリスは印を結んだ。冷気がマリスの手に集まる。

「氷刃よ。嵐となって邪悪を切り裂け! ヒャダイン!!」

 氷の刃が渦となってボストロールに襲い掛かる!

「ぎゃああああッッ!!」

 ステラ、ホンフゥはマリスの操る攻撃呪文に呆然としていた。アレルもしばし、あっけに取られたがマリスと視線が合い、彼女がウインクすると我に返った。アレルは盾を床に置き、草薙の剣とガイアの剣、二刀を構え、仲間に指示を出した。

「ボストロールは浮き足立っている! 一気に行くぞ! カンダタ、ホンフゥ、ヤツは巨体で動きが鈍い。間合いギリギリの線で翻弄し、ヤツの棍棒を封じてくれ!」

「わかった!」

「がってんだ!」

「ステラとオレはヤツの懐に入り、棍棒を持つ腕を斬りおとした後、剣撃の嵐を叩き込む!」

「OK!」

「マリス、いろはは後陣に位置し、魔法で我らの援護。そしていつでも攻撃呪文を撃てるよう待機し、俺の合図で同時にぶっ放せ!」

「ハイ!」

「ラジャー!」

 

 ボストロールは決して弱いモンスターではないものの、寝込みを奇襲され、かつ二発も強力な呪文を受けてしまったことが不利となったのか、アレルたちを危くするような攻撃は出来なかった。

 やがて、ガイアの剣にボストロールの右腕は斬りおとされ、立っていることも容易でなくなった。アレルとマリスの視線は再び合った。

「マリス! いろは! 撃て!」

 ボストロールの間合いにいた四人は一斉に散った。

「ヒャダイン!」

「バギマ!」

 氷の刃が真空の渦と相乗効果を成して、すさまじい威力の呪文がボストロールを襲う。

「グギャアアアッッ!!」

 床に崩れ落ちたボストロールにアレルが聞く。

「最後にいま一つ聞きたい。勇者サイモンを殺したのは貴様か? 正直に言えば命だけは助けてやろう」

「アレル!?」

 ステラが(そんな甘いことを!)と云う表情でアレルに詰め寄ろうとするが、いろはに止められた。彼女は静かに首を横に振る。いろはには分かったのだろう。アレルの意図することが。

「…ヤツはこともあろうに…オルテガと組んでバラモス様を倒す旅に出たいと抜かしよった…。儂の元からそんな男を出してはバラモス様に咎められる…。だから遠い孤島の牢獄に幽閉してやった…。水も食料もない牢獄にな…もう生きてはいまい…」

「…そうか」

「こ、これで儂を助けてくれるのだな? 見逃してくれるのだな?」

 アレルは目をカッと開き、ボストロールを睨んだ。

「…貴様は罪もない領民がそう命乞いするのを聞いてやったことがあるのか? 許してやったことがあるのか? 自分がやらなかったことを他に望むな!!」

 アレルの横なぎの一閃がボストロールの首を飛ばした。ボストロールは断末魔の叫びを上げることもなく絶命した。

 

「さすがは兄貴と私が大将と認めた男だね。やるもんだ」

 マリスは帽子をとり、額の汗を拭いた。いろはがそのマリスの手を握った。

「すごいじゃないですか。マリス! 本当に魔法使いになったのですね! しかもあれほどの呪文を身につけて!」

「まあね、ダーマ神殿で荒行の毎日を送ってきたからね。で、合流の手土産に敵の正体をあばくラーの鏡も見つけてやってきたわけよ。すごいでしょ私」

 マリスは胸を張って得意げに話し出した。

「それにしてもマリス、ずいぶんイメチェンしたわね。髪型といい、装束といいさ」

 ステラの問いにマリスは少し顔を赤らめて答えた。

「うん…この服、帽子、マントはさ。バハラタからダーマに旅立つ朝、アレルが買ってくれたんだ。まずは格好から成りきることだ、て」

「ほう~」

 意味深な笑みを浮かべたカンダタがアレルを見つめた。ホンフゥも似た顔をしている。

「ば、馬鹿、みんなには言うなって言ったじゃないか」

 真っ赤な顔をしているアレルを見てステラやいろはも思わず吹き出してしまった。カンダタがアレルの背中をドンと叩いた。

「まあアレルだったら文句はねえや。このじゃじゃ馬をせいぜいうまく乗りこなすんだな!」

 室内に笑いが広がる。マリスも先ほどの猛々しさはどこに行ったのか、顔を真っ赤にして下を向いていた。やはり、どれだけの強さを持とうとも、まだ彼女は十七歳の乙女なのである。

 

 

 しばらくして、国王の間の騒動にようやく兵士が駆けつけてきた。

「マリス! もう一度ラーの鏡を!」

 アレルが叫ぶと同時にマリスはラーの鏡を兵士に向けた。すると兵士全員でなかったものの、モンスターが化けていた兵士は正体が露見し、サマンオサの正規兵たちは驚愕した。アレルがすかさず正規兵たちに指示を出した。

「サマンオサの騎士兵士の諸君! 国王陛下に化け悪政をしいていたモンスターの親玉は我らが討ち取った! 諸君らは兵士に化けたモンスターを討ち取れ! 我らは本物のルカス二十四世を救出する!」

 あまりの急展開に戸惑っていた騎士や兵士たちもアレルの一喝で我を取り戻し、モンスターの呪縛が解けた兵士長はアレルにひざまずき、すべて理解した事を示した。

「さあ、もうひと仕事だ! カンダタ! 地下牢への先導を頼むぜ!!」

「よし、急ぐぞ!」

 カンダタの頭にはすでに地下牢までの道のりは入っていた。カンダタを先頭にアレルといろはたちは国王の間を出て行った。

 

 

 そして、次の日。サマンオサ城上空に花火が鳴り響いた。城のテラスには本物のルカス二十四世が姿を見せた。慈愛と人徳に溢れる王であり、同じ顔でもボストロールが化けていたものとは比較にならない。

 すでにアリアハンの勇者一行が偽の国王を倒したことは国中全てに伝わっており、領民たちは救国の英雄たちと救い出された自国の王を見るために城へとやってきた。

 悪政王は倒れ、これからは昔のように平和な生活が領民たちに帰って来たのである。領民たちの歓呼の叫びは城下から途絶える事は無かった。

 サマンオサの記録では、この時のいろはたちの様子をこう記している。

(若者たち、威風堂々に立ち、領民の歓声に応える。ルカス二十四世ひざまずき、彼らを敬う)

 

 ルカス二十四世はアレル一行に残念ながらオーブはサマンオサに無い事を告げるが、代わりに謝礼として城の宝物庫より彼らの冒険に役立つアイテムや武具を差し出した。

 そしてアレル自身、今まで未熟と云う理由で名乗りはしなかったものの、この日ルカスは改めてアレルに称号を与えた。彼の父ルカス二十三世がアレルの父オルテガに与えた称号『勇者』。そう、アレルはこの日より『勇者アレル』と名乗るようになるのである。

 

 

 王宮で盛大なパーティーが催された。悪政から解放された直後なので酒や料理は絢爛豪華といかなかったもののアレルやいろはは十分に満足だった。また、料理の中にはサイモンの娘、カトレアが献上してきた料理もあった。勝気な彼女は意外に料理自慢のようで、とても美味であったそうだ。

 だが残念なことに彼女が一番食べさせたかったアレルにはほんの二口程度しか周らなかった。ホンフゥとカンダタがペロリと食べてしまったのだ。

 サマンオサの踊り子たちが、久しぶりに舞を披露している。宴席中央の舞台を一番の上座から、いろはたちは鑑賞していた。アレルやホンフゥなどは鼻の下を伸ばしている。

 

 サマンオサ城下町の王立劇場の支配人に至っては、早くもこのいろはとアレルたちの活躍を芝居にすることを決めており、彼らにサマンオサに着いてからの状況や、ボストロールとの戦いの模様などをメモ片手に詳しく聞いていた。

 いろははあまり語りたがらなかったが、支配人はアレルを持ち上げて、語らせてしまった。隣にいたいろはも仕方なく支配人の質問に答えた。

 

 いろはたちがサマンオサから旅立ち、その一年後に初上演となった芝居『ブレイブ・サーガ』は勇ましい音楽と歌、派手なアクションに彩られ大盛況となり、千秋楽にはルカス二十四世も観に訪れた。

 いろは役の少女はわざわざ髪を青く染め、支配人はいろはの衣装をジパングに行って買い求めたと伝えられている。ホンフゥ役も本物の武闘家が演じたと云うから徹底していた。

 後に、アレル役、いろは役、カトレア役を演じるのはサマンオサの若い役者たちの目標となった。

 

 

「それにしても、これだけのもてなしを受けると返って恐縮してしまいます。私たちがこの場で出来る返礼は無いでしょうか」

 ようやく、王立劇場の支配人の質問から解放されたいろはは、隣に座っているアレルに聞いた。するとアレルはその言葉を待っていたかのように意味ありげな笑みを浮かべた。

「…何です?」

 そしてアレルは細長い布袋をいろはに見せた。いろはも知っている布袋である。

「それ…」

「ちょうど舞台もあるし、どうだ?」

 

 宴もそろそろ終わりに差し掛かった時である。いろはとアレルが宴席の中央に立った。

「今日は私たちに過分なもてなし、ありがとうございます。国王陛下、そして皆様に感謝の気持ちを込めて、私、僧侶いろはがひとさし舞いをご披露いたします」

 思わぬ飛び入りに宴席に盛大な拍手が起こる。また彼らの仲間であるステラやホンフゥ、カンダタ、マリスもいろはが舞いを踊れるなんて聞いたこともなかったので、酒の入ったジョッキを置いて、舞台に見入った。

 

 そして、アレルが笛を吹いた。この笛はアレル十六歳の誕生日のおり、いろはが贈った手作りの笛で、後の世に『ロトの笛』として伝えられるものである。笛をもらったとき、アレルはよろこび、いろはからジパングの曲を教わって冒険の合間によく練習をしていた。今ではジパングの楽師も叶わないほどの腕前なのである。

 アレルの笛の旋律に乗っていろはが舞いだすと、その場にいたもの全員が陶酔するようにいろはの舞いを見つめ、アレルの笛に聴きほれた。いろはの舞いはジパングに古くから伝わるもので、静かで優美な舞いであった。扇を広げて持ち、天女のように舞ういろはにご当地サマンオサの踊り子たちも見とれていた。

 

 やがて舞いが終わると盛大な拍手がいろはとアレルに贈られた。中には感動のあまりに涙を流している者もいた。彼らの仲間たちもアレルといろはの意外な特技に見惚れてしまった。マリスは笛を吹くアレルの姿に惚れ直したか、フライドチキンを握ったままポーとしてアレルを見ていた。

「すごい! ねえねえいろは! 私にも今の踊り教えてよ!」

 ステラはよほど感動したのか。その舞いの難しさも分からないままいろはに頼み込んだ。

「おいおい、今の舞いはいろはが踊るからこそ…!!」

 余計なことを言ったホンフゥの顔面にステラの鉄拳が入った。

「いいですよステラ。喜んで教えさせてもらいます。今度二人で一緒に舞いましょう」

「あーん、ズルいズルい、私にも教えてー!」

 マリスもいろはの舞った踊りの難しさも分からないままに頼み込んできた。

「そうだな、俺もマリスが今みたいな上品な踊りを舞うのを見てみたいな」

 カンダタが茶化した。

「そうでしょ。そうでしょ? アレルも兄貴も見たいでしょ? ねえ私にも教えて~」

「ええ、三人そろって踊ると美しいのですよ。喜んでご指導いたします」

「やったー!!」

「へっ すっかり俺はアレルの次になっちまったな」

 カンダタはアレルの肩をポンと叩いた。アレルは少し赤面しつつ、細長い袋に笛をしまい女三人の仲の良さを微笑んで見つめていた。

 

『ブレイブ・サーガ』において、いろは役を演じる女優は、この踊りをマスターすることが不可欠となり、アレル役もまた、笛の習得が不可欠となった。支配人はその役者にジパングに修行に行かせたほどであるから、サマンオサの人間に取り、ボストロールを倒し、悪政から解放してくれたいろは、アレルへの畏敬の念は相当のものであったと思われる。

 

 

 やがて、アレルを歓迎する宴も終わり、翌朝に彼らは城を後にした。そのままの装束で城下を歩けば、またぞろ領民たちに捕まり感謝の宴に付き合わされることになるため、彼らは変装して城下を歩き、やがてスティーヌ、カトレアのいるサイモン宅へと辿り着き、ドアを開けると『カランカラン』と鈴が鳴った。

 

「戸口に鈴をつけたのですね…。これだけでもずいぶん雰囲気が変わった気がします」

「見て見て、カウンターに花が活けられているよ。先日とはえらい違いだよ」

 ステラが言うと同時にカウンターの奥からスティーヌが出てきた。

「いらっしゃい! あらアレルさん、皆さん!」

 髪はきれいに結われ、化粧もしていたスティーヌの顔は生き生きとしていた。スティーヌはカウンターから出てきてアレルにひざまずいた。

「ありがとうございます。これで死んでいった者たちも浮かばれます。泉下のサイモンも喜んでおられるでしょう…」

 いろはは涙ぐむ彼女にハンカチを渡した。

「奥方、お名残り惜しいですが、私たちはそろそろ旅立ちます。それだけ告げたくて」

「そうですか…」

 スティーヌがいろはに改めて礼を言うころ、奥からカトレアがやってきた。

「よう、救国の英雄のお出ましか! ところで頼みがあるんだけどさ…」

 カトレアも今日この日に四つ岩の大陸に旅立とうとしていた。しかし船がないためアレル一行にそこまで送ってほしいと頼み込んだのである。

「それは構わないが大丈夫なのか? 先のカトレアバーグのように手伝ってくれるじいさんもいないのだろう? いきなり独りでそんな未開の地に行って…」

 アレルが若い娘には過酷な仕事と思うのも無理はない。しかしカトレアは笑った。

「大丈夫、カトレアバーグからの移民がすでに向こうに旅立っているし、ルイーダの酒場でも頼りになりそうな連中を前もって雇ってあるからね。それから船賃もタダでとは云わないよ」

 カトレアはパーティー全員に小さな袋を渡した。中身は「すばやさの種」「不思議な木の実」「ラックの種」「チカラの種」と云った魔法の種が袋一杯に詰まっていた。

「それでどうかな。足りるかい?」

「足りるも何も…十分すぎるくらいさ。喜んでお送りするよ」

「ところで…カトレアさん」

 いろはがカトレアに話し掛けた。

「カトレアでいいよ。なんだい?」

「イエローオーブを手に入れて、また私たちさえ入手が困難な魔法の種をもこれだけ所持している貴女です。他のオーブの行方も聞いてはいませんか?」

 カトレアは少し困った顔をした。

「…レッドオーブは女海賊が頭目で有名なジュリア一家が持っているって話だ。グリーンオーブはテドンにあるらしいが、所有者がすでにくたばっているので確信が無い」

 アレルたちは驚いた。カトレアの情報収集能力は自分たちをはるかに凌駕していた。

「そ、それだけ聞ければ十分です。四つ岩大陸とテドンは地続きですから何とか探してみましょう」

「ちょ、ちょっと待て。残る一つのシルバーオーブが問題なんだ」

 喜ぶいろはと仲間たちにカトレアは手を広げて制した。

「と言うと?」

 マリスが訊ねるとカトレアは頭をポリポリ掻きつつ言った。

「シルバーオーブはネクロゴンドにあるらしいんだ…。滅亡したネクロゴンド王国の史書に書かれていたことだから、たぶん間違いない」

「「ええ!?」」

 六人は声を揃えた。

「ネクロゴンドに行くためにオーブが必要なのに、当のオーブがネクロゴンドにあるんじゃ完全に手詰まりだ。だからアンタたちに言い出せなくてね」

 困惑するアレルたちの中で、やっぱりいろはは冷静だった。

 そもそも、バラモスがいるネクロゴンドに行くには六つのオーブが必要と言うことはロマリア王が教えてくれたことだった。オルテガが同国に立ち寄ったさいには語り合い、オルテガが去ったあと魔王バラモスに対して彼は調べた。

 残念ながら、ロマリア王もオーブを揃えたあとに何が待ち構えているかは分からない。過去に揃えた者がいないからである。だが、ひょうきんな一面があるとはいえ一国の王がオルテガの息子を騙すはずがない。自分たちで揃えたらどうなるかを確かめるしかない。また無駄足に終わったとしてもオーブを揃える旅はアレルたちに珠玉の経験をもたらすことは明らかなのだ。

「予想外のことが起きるのは仕方のないことです。とにかくネクロゴンドには、残り二つのオーブを入手して計五つを持って行くしかないようですね。とにかくここで話していても時が経つだけ。カトレアの準備が整っているのなら、すぐにでも四つ岩大陸に出航しましょう」

 カトレアは母スティーヌも連れて行きたかったようだが、いろは、アレルにより救われたサマンオサにそのまま住み、サイモンの御霊を弔いながら宿を経営していく事を決めた。一行はサマンオサ城下町の門にてスティーヌと別れ、そして新たな仲間、商人カトレアを乗せ船は出た。一路、四つ岩の大陸に。

 

 

 その旅の途中、船に奇妙な現象が起きた。突如潮流に引きずりこまれ、やがて小さな孤島に辿り着いた。そして一行はここで勇者サイモンと出会った。だがすでに事切れ白骨体となっていたのだ。彼の防具や服装、剣からカトレアがサイモンであることを確認した。

「親父…。こんなところで一人寂しく死んでいったのかよう…」

 気丈なカトレアが泣き崩れる。いろはが祈りを捧げ、アレルたちはサイモンの亡骸にひざまずき礼を執った。その時である。アレル、いろは、カトレアだけに幻が見えた。勇者サイモン、その人の姿を見た。

 

(オルテガ…我が朋友オルテガよ…。一緒に旅立つことが出来なかった不甲斐ない私を許してくれ…。だからせめてそなたを魔王のところまでいざなおう。我が愛剣ガイアの剣をネクロゴンドの火口に投げ入れよ。さすれば道は開かれん。我が妻と娘に伝えてくれ。弱き夫、父を許せと…)

 

 三人は顔を見合わせた。カトレアはさらに泣き崩れた。いろはも涙ぐみ祈りを捧げ、アレルはサイモンの言葉をステラ、カンダタ、マリスに伝えた。オルテガとの約束を守れなかったサイモンの無念の強さが、いろはとアレルをこの孤島に導いたのかもしれない。

 

 七人はサマンオサに戻り、スティーヌにサイモンの亡骸を渡し最期の言葉を彼女に伝えた。勇者サイモンは国葬で弔われ、それを見届けたアレル一行はカトレアを連れ、再びサマンオサを旅立った。

 

 アレル、いろはと仲間たちがバラモスと対峙するまで、あと数ヶ月である。勇者の旅は、まだまだ続く。

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