DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第十五話 老賢者との邂逅

「ここがネクロゴンドの火口…」

 下方から吹き出る熱風にむせつつ、いろはは言った。すでに彼らはレッドオーブとグリーンオーブを入手し、この火口にやってきた。荒波を越え、道なき山々を踏破し、ようやくこの火口へと辿り着いた。

 

 

「ここから親父は落ちたのか…」

 火口の上からは目視で溶岩の海面が確認できる。ここから落ちたなら骨さえも残らないだろう。改めてアレルは父がこの世にはいないことを思い知らされる。

 視力の良いホンフゥは火口の全体を見渡す。カンダタとマリスも『盗賊の鼻』で火口全体を探るが周囲に特に異状はない。

 

「アレル、勇者サイモン様の言葉…」

 父オルテガの事を考えていたのか、アレルはいろはの言葉に反応を示さない。

「アレル!」

「あ、ああ、すまん、ちょっと考え事をしていて…」

「…気持ちはわかりますけど…今は」

「わかっている。バラモスの首を取ることが今は何よりも優先、親父のことはあとだ」

 アレルはガイアの剣を抜いた。

「サイモン様の言葉が正しければ、火口にその剣を放れば、ネクロゴンドへの道が開けるはずね。もしかしたら今日にでもバラモスと対峙するのかもしれない。アレル、覚悟はいい?」

 剣を投げる動作に入っているアレルにステラは釘を刺した。いろはも、そしてホンフゥ、カンダタ、マリスもアレルを見つめる。

「無論だ。この旅に出たその時から、その覚悟はできている。みんなも腹を括れよ!」

 アレルはガイアの剣を天にかざした。

「我が父オルテガが朋友、勇者サイモンよ。我とそして仲間たちに道を示したまえ!!」

 ガイアの剣を溶岩へと投げた。いろはは祈る。

(勇者サイモン様…私たちに道を!)

 

「お、おい見ろ! 溶岩の表面!」

 カンダタの言葉にステラが続く。

「黒く固まっていっている…溶岩そのものが冷え始めているんだわ」

 するとアレルといろはの荷物袋に入れていた他のオーブが急に光りだした。

「な、なんだこれ!?」

「オーブが共鳴しているですね。カトレアの言うとおり、シルバーオーブはここに…」

 いろはが最後まで言い終わる前、マリスが歓喜の声をあげた。

「あった!!」

 全員がマリスの指す方向を見つめた。固まった溶岩の上、ガイアの剣と共にシルバーオーブがあった。まるで勇者サイモンが溶岩の海の中から取ってきてくれたようであった。

 一同ははやる気持ちを押さえ、固まった溶岩の安全性を確かめシルバーオーブがある場所へと歩いていった。ガイアの剣にピタリとくっついていたシルバーオーブはアレルが触れると容易に取り外すことができた。するとガイアの剣は役目を終えたかのように錆びはじめ、やがて砕け散り粉となって風に舞った。

「これで六個全部そろったぞ…」

 アレルは感慨深くシルバーオーブを握った。

「勇者サイモン様…感謝いたします」

 いろはは勇者サイモンが眠るサマンオサの方角に祈りを捧げた。

 

「六つのオーブが揃いました。ロマリア国王から聞いた話によると揃うと同時にオーブは私たちをネクロゴンドに導いてくれると聞いています。何が起こるか…ここから私たちで見るしかございません」

 オーブを管理していたのはアレルといろはである。彼女は荷物袋から三つのオーブを取り出し、仲間の前に並べ、アレルもまた荷物袋から取り出し、いろはの持っていたオーブとともに円状に並べた。

 六人はそのオーブを囲み、固唾を呑んで六つに揃ったオーブを見つめた。するとオーブ一つ一つがそれぞれの色の光を放ちはじめ、やがて一つの金色の光となった。いろはが

「この光は…旅の扉です!」

「「これが!?」」

「どうやらオーブは俺たちをどこかに連れて行くつもりらしい。バラモスの城か、それともまだ一つ二つ関門があるのか。とにかくもう後戻りはできない。行くぞ!」

 仲間たちはアレルの言葉にうなずくと同時にオーブの放つ光にその身を預けた。光は見る見るうちに彼らを包み込んだ。そして光が消えるとアレルたちの姿はいずこかへと消えていた。

 

 

 ビュウウウウウ

 

「ヘッ、ヘックション!! な、なにここは! 一面雪景色じゃないの!」

 鎧とインナーだけのステラにはひとたまりもない吹雪であった。アレルが自分のマントをステラにかぶせた。

「少し汗くさいかもしれないがガマンしろ」

「サ、サンキュー、ヘックション!」

 ステラはアレルのマントを羽織って、寒風に背を向けた。

「みんなも無事か」

「ええ、何とかね」

 マリスはメラを唱えて暖をとっていた。その周りにカンダタ、ホンフゥもいる。

 一通り仲間の無事を確認したアレルはいろはに聞いた。

「この場所、どこだと思う、いろは? さすがにバラモスの城でも無さそうだが…」

 いろはは世界地図を広げていた。この地図と、ある方位磁石を合わせれば自分たちが世界のどの場所にいるかを表示してくれる。このアイテムについては後述する。

 

 いろはは白い息を吐きながら

「アレル、ここは世界の南の果てにある雪原の島です」

「て、ことはレイアムランドか…。とんでもない距離を飛んだものだが、オーブがただ闇雲に俺たちをここに誘ったとは思えない。カンダタ、この吹雪じゃ難しいかもしれないが、タカの目を頼む」

「ああ、今やっている…」

 カンダタが精神を統一して付近に町や村、道しるべが無いかを探っている。

「ここから西へおよそ三百メートル、何やら神殿らしいものがあるな…」

「神殿? ありがたい。そこにオーブが俺たちを誘ったのだろう。神殿ならこの吹雪もしのげる。行こうみんな」

 

 アレル一行は、カンダタの示す方向へと歩いていった。そして見つけた。こんな辺境にあるとは思えないほどに立派に造られた神殿を。神殿の入り口には不思議な紋章が刻まれていた。

「なんだ、こりゃ鳥か?」

 まだ、このあとに起こることなど想像もしていない彼らは、そのまま神殿へと入っていった。カツーンカツーン、六人の靴音が神殿に響く。

「静かね…」

 ステラは先ほどアレルから貸してもらったマントはすでに脱いでいた。

「この神殿、無人ではありませんね。暖かい…」

 いろはの言葉に五人はうなずいた。

「見ろ、火が見える」

 先頭のアレルが指す方向にはかがり火がゆれている。そして見た。その炎の下で瓜二つの顔をした美少女二人がアレルたちを見つめていた。

 

 彼女たちは妖精の双子だった。いろはとは異なる法衣を身にまとい、そして長い黒髪を赤い紐で束ねていた。双子の姉妹は一糸乱れずに同じ言葉をアレルに言った。

「「ようこそ、レイアムランドへ」」

 美しい双子の姉妹だった。いろははふと、姉ひみこと自分を重ねて彼女たちを見つめた。

「オーブは私たちをこの神殿に連れてきたかったのですね」

「「その通りです。僧侶いろは、そして勇者アレルと頼もしきお仲間たち。私たちは待っておりました」」

「待っていた? 失礼ですがあなたたちは?」

 いろはの問いに姉妹は答える。

「「私たちは精霊神ルビス様に仕えし妖精。ルビス様のお言葉に従い、長きに渡り待っておりました。ラーミアの卵を守りながら」」

 

 姉妹は正面の祭壇を指した。あまりの大きさに気づかなかったが、そこには巨大な卵があった。

「「ラーミアは美しく、そして雄大で力強い翼を持つ、伝説の大鳥。ルビス様をその背に乗せ、天界よりやってきたのも、このラーミアにございます」」

 六人はあっけにとられ、卵を見つめる。ハッといろはは閃いた。

「その背に乗せ…分かりました! 私たちはラーミアの背に乗ってバラモスの城へと行くのですね!」

 妖精の双子は微笑んでうなずいた。

「なるほど、空からバラモスの城へと突入するのね…。あの時の老賢者が言ったのはこういうことだったんだわ」

 

 ステラは自分たちに冒険の指針を照らした老賢者のことを思い出した。ロマリア国王より先にいろはたちにオーブの存在を教えたのは在野の老賢者で、その後にロマリア国王より『この世で最も尊き宝珠』であるオーブのことを教えられ、自分たちがバラモスの前に辿り着くには絶対に必要なものだと確信し、彼らがオーブ集めに本腰を入れることになったのだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 話はまだパーティーがいろは、アレル、ステラだけだったころに戻る。彼らはこの日、勇者であるアレルの十六歳の誕生日を迎え、国王のドーソンに旅立ちを宣言。その後に四人目の仲間を得るべくルイーダの酒場に歩いている時、ある人物と出会ったのである。

 

「きゃあ!」

 その人物は一行に背後より近づいて、いろは、ステラのお尻を撫でた。突然の出来事にいろはは思わず声を上げてしまった。

「このエロジジイ!!」

 激怒したステラが振り向きざまに拳を入れようとしたが、その男は簡単にかわした。

「ホッホッホ…簡単に背後を取られ、体に触れられる油断を見せた挙句に、その攻撃動作の鈍さ。よくまあバラモスを倒そうなどと言えたものよの」

 ステラの拳をかわした者。六十を過ぎたころの老人であった。アレルの祖父イリアより少し若いほどに見える。痛いところを突かれたステラは思わず言い返した。

「う、うるさい! 女の尻を触っといて偉そうに言うな、このジジイ!」

「よせよステラ。そのじいさんの言う通りだ。いろはもステラも背後に立たれたのは油断だよ。尻のひと撫でくらい授業料と思えよ」

 いろはは苦笑した。

「そうですね。以後は町中でも気を張り巡らせましょう。ところでご老体、どうして私たちがバラモスを倒すべく旅に出ると知っているのです?」

 

 老人は真っ白なあご髭を撫でつつ、胸を張って言った。

「儂は賢者じゃ。知らぬことは何もない」

「賢者? どーせまた偽賢者だろ」

 ステラがそう言うのも無理はなかった。賢者は魔法使いと僧侶の呪文を使いこなせる上級職。選ばれた人間しかなれない特別な職であり称号でもある。誰でもなれると云うわけではない。だから巷には自称賢者が多く、アレルもステラも本当の賢者には会ったことがなかった。

「まあ信じぬも信じないも勝手じゃ。現に魔法は歳のためか体力がついていかず、もうほとんど使えん。文字通り、ただの賢き者にすぎぬよ」

 

 そう言いながら老人は三人をじっと見つめた。

「なるほど、そなたが僧侶いろはかね。そしてそのツンツン頭が勇者の卵のアレルで赤い鎧の女子が戦士というわけか。ほうほう、中々良いバランスのパーティーじゃな」

 老人はそう言いながら、自分の懐からたたんである紙を取り出し、いろはに放った。広げてみると、それは世界地図だった。

「…こ、これは?」

「この世界じゃよ。世界の大陸や島々の地形。そして国や町や村の場所が記してある」

「え!」

 その地図には老人の言う通り、世界の大陸と島々の地形。国や町の場所とその名称。川や湖。塔やほこら、洞窟などが細かく記してあった。冒険者としては喉から手が出るほど欲しい地図である。

「すげえ! こんなに細かく記されている地図なんて見たことがないぞ!」

 アレル、ステラ、いろはは興奮して地図に見入った。

「おじい様、この地図、いただけるのですか!?」

 ステラは『エロジジイ』から『おじい様』へと呼び方を大昇格させていた。

「ああ、儂が持っていても仕方がないからのう。使ってくれ。あとこれもつけよう」

 老人はアレルに古ぼけた方位磁石を渡した。すると地図上のアリアハンに赤い印がボウと浮かんだ。アレルたちは驚きの声を上げた。

「どーじゃ、スグレものじゃろう。その地図と磁石を同時に使えば自分の居場所が地図上に表示されるのじゃ。これが儂の発明した『賢者の地図』じゃて」

「こんな地図がこの世にあるなんて…これなら道も迷わずに旅を続けられます。本当にいただいて宜しいのですか?」

「うむ。それらがそなたたちの冒険の役に立ってくれれば、儂も嬉しい」

「ありがとうございます。何てお礼を申し上げたら良いか」

 いろはは深々と頭を下げた。彼らにとってはどんな財宝よりも勝る地図である。

 

 

「本当にすごい地図です。でもジパングはどこにあるのでしょう…」

 さっきからずっといろははジパングを探していたが見つからなかった。老人は笑って地図上を指した。

「…え?」

「ここがジパングじゃよ」

「え? ええ!? こ、この芋のヘタみたいのがジパングなのですか?」

「そうじゃよ。で、これがフジヤマで、ここが国府のムサシノ」

 老人が指した地。それは大陸の横にチョコンとある小さな島であった。

 いろはは信じられなかった。今まで自分が生まれ育ったジパングが世界の大陸から見て、こんな小さな島国にすぎなかったことなど、そう納得できるものではなかった。

「でもジパングは大きいのですよ。国府のムサシノもそれは広くて…」

「では自分の目で確かめることじゃな。世界は広いぞ」

 

 いろはと老人の会話が途切れたころ、アレルが声をかけた。

「じいさん。あなた何者なんだ? 老齢のため呪文が使えなかろうと、この地図や言動、そしてステラの一撃をかわした身のこなしを見れば、あなたが本当の賢者であることは俺たちでも分かるけど…どうしてこんなすごい地図を持っているんだ?」

「…若い頃、儂もバラモス打倒へ立ち上がったことがあるのじゃよ…。地図はその時に作った」

 

 思いもかけず、バラモス打倒に立った先達に出会えたいろはたちは、ルイーダの酒場に行くのを遅らせ、城下町の公園で老人と語り合った。なるほど老人は本物の賢者であった。

 アレルには賢者と勇者しか会得できないと言われている、究極の記憶術『おぼえる』『思い出す』をその場で授け、いろはにもピオリム、マヌーサと言った呪文の体得方法を伝授したのである。

 そして言った。魔王バラモスの元に辿り着くには六つのオーブが必要であることを。

 

「オーブですか?」

「そなたの国の言葉では宝玉とでも言うかもしれんな。オーブは精霊の神ルビスが自分の力を与えた玉、魔の者は触ることさえ出来ないと伝えられている。世界連合軍とバラモスの大戦の後、彼奴は世界中に配下のモンスターを散らせて六つのオーブを探させた。精霊の力が宿しオーブ。彼奴にとっては災いにしかならぬでな。テドンの滅亡もおそらくはオーブ探索に巻き込まれたがゆえと、儂は見ておる」

 老人は語った。かつてアレルが国王ドーソンから聞いた世界連合軍とバラモス軍との戦い。老人はさらに、それ以前よりバラモスに備えていた冒険者だったのである。

「六つのオーブを揃え円状に並べるとネクロゴンド、すなわちバラモスの城へ導かれると聞く。バラモスの城はネクロゴンドの高い山々に囲まれ、人間はおろか、動物さえ踏破するのは不可能じゃ。となると鳥のように飛んでいくしかないが、その謎を解くにはオーブをすべて揃えるしかない」

「失礼ですが、どのようにその情報を得られたのです?」

「若い頃に会った他の冒険者や先達の言葉。高名な占い師からも聞き、バラモス軍の知能あるモンスターを捕らえ呪文で自白させたりもした。何より儂の修行の場であったダーマにもオーブに関する文献はあった。これらを総合すると、世界には六つのオーブが存在し、六つ揃えし時、ネクロゴンドに導くということが分かったのじゃよ。揃えたあとに何が起こるかは知らんがな」

 

 六つのオーブを探せと云う老人の言葉はれっきとして根拠があった。まずはオーブをすべて揃えること。これがアレルたちに課せられた第一の関門である。

「まあ、安易に揃うことはあるまい。オーブを探すこと、そのものがそなた達にとって良い目標となり経験を積むことにもなる。現時点で『バラモスを倒す』という目標はあまりにも遠い。だからオーブ探しは旅の指針にうってつけであり、たとえ揃えたところでバラモスへの道が切り開かれなくとも、貴重な経験となっているはず。自然とバラモスと戦えるまでの力を身につけていよう」

 

 三人は老人と公園の芝の上に輪になり語り合った。そしていろははアレルとステラが遠慮して訊ねないことを、あえて訊ねた。

「ご老体、立ち入ったことをお聞きしますが、どうしてそこまで情報収集をしながらも、バラモス打倒を断念なさったのですか?」

「お、おい、いろは失礼だぞ」

 アレルがいろはを諌める。しかし、いろはは老人に頭を下げつつ言った。

「…失礼は承知です。でも私たちはこれからご老体と同じくバラモス打倒に旅立つのです。断念せざるを得なかった理由を聞いて、それを教訓としなければなりません。『前車の覆轍は後車の戒め』と申します。前例に鑑みて気をつけなさい、と戒めたものです。私たちがご老体と同じ轍を踏まないためにも、是非お教えいただきたいのです」

 

「ほう、オルテガの倅は良い軍師を得たようじゃな。では喜んでお教えしよう。儂は賢者だったが前身は盗賊じゃった。そして盗みの罪で投獄されたが脱獄して、方々を旅するが、路銀も尽きてダーマへと行った。修行と云う名目ならばダーマは食い物をくれるからのう。まさに食うためにダーマで修行をした。だが、ある程度の職業レベルになるとダーマから出ていかなければならない。で、儂は盗賊から遊び人に転職をして修行をし直し、その後に一番技量の向上が難しい賢者となった。とにかくダーマから出ても行く宛てが無い。ダーマに残るために必死じゃったよ。だがそれもいずれ終わりが来た。儂は賢者として中堅のレベルとなりダーマを出された。確か歳は三十くらいだったと思うのう。その後に冒険者のギルドがあるアリアハンにやってきたのじゃ」

 

 食い入るように老人の言葉に耳を傾けるアレルたち。時刻はそろそろ正午を過ぎた頃だろうか。当初の予定では今ごろ隣町のレーベにと向っている道中である。だが予定は変わり彼らはまだアリアハンにいる。しかし、この老人との出会いがあればこそ武闘家ホンフゥと出会えたのであろう。

 

「儂は先々代のルイーダが営む酒場へと行き、冒険者として登録を済ませた。登録すればアリアハンで仕事も見つかると思ってな。しかし登録を済ませて間もなくルイーダに呼ばれた。儂を指名した冒険者がいた。歳若い戦士の少年だった。両親の仇を討つため、ルイーダの酒場で仲間を見つけていたらしい。その仇の名前がバラモス」

「それでは彼と?」

 いろはが言うと、老人は頷いた。

「そうじゃ。断っても良かったが、今までずっと一人だった儂に取って、必要とされるのが嬉しかった。またバラモスを倒したいと言う心意気も気に入ったからのう。その後に酒場で二人ほど仲間に入れて一緒に旅立った。…しかし甘かった…」

「敵が、モンスターが強かった?」

 アレルの言葉に老人は首を振る。

 

「違う。モンスターではなく、それは内にあった。まず起こりえたのが冒険の指針の無さ。そして資金不足。情報の不足。そして即席パーティーで仲間同士の和が無く、すぐにパーティーは瓦解した。最初の二人に戻ってしまったので儂は相棒である若者に言った。まず情報と資金を集め、そして地図を作ろうと」

「…遠回りのようですが、それが一番正しい道なのかもしれません。私たちも肝に銘じないと」

 アレル、ステラはいろはの言葉に頷いた。『それは内にあった』の老人の言葉はアレルに響いた。これからの旅は戦いにあけくれる。時にはイラつき、いろは、ステラに紳士的に接することが出来なくなる時もあるだろう。また、いろは、ステラを仲間ではなく、女として見てしまうこともあるかもしれない。

 バラモスの強大に立ち向かうにはパーティーの一枚岩が不可欠。バラモスを倒すまで、その一枚岩のパーティーを持続させる。至難の業ではあるがリーダーとしてやらなければならない。

 

 そして老人は続ける。

「儂は若者を連れて、ルーラで世界中を飛び回り、降りた場所で『鷹の目』を使い地形を調べ、魔法力を帯びた羊皮紙に描き、それに伴い魔法の方位磁石も作った。それが先ほど渡した地図と磁石じゃ。情報を集めているうちにオーブの存在を知り、まずはオーブを探すことと云う冒険の指針はできた。あとは資金だが、これだけは一向に貯まらなかった。だが、ある日相棒が装備を整えるくらいは工面してきた」

「失礼ですが彼はどこからそのゴールドを?」

 この時、老人はステラを少し辛そうに見つめた。ステラは聞いてはいけないことを聞いてしまったかと息を飲んだ。

 

「…相棒は体を売ってゴールドを工面してきたのじゃ」

「か、体?」

 ステラは思わず自分の体を抱いた。

「じいさん、確か相棒は少年と!?」

「違ったのじゃ。儂も知らなかった。あれは男装していた女戦士だった。地図も出来て、情報も集まり、あとは装備を揃えるゴールドと当面の資金が必要であったが、どうしても工面できない。どう節約しても日々の宿代と食費で赤字となり貯まらない。だからあれは宿で私が眠った後に抜け出し、町に立ち、男に身を売ってゴールドを得たのじゃ…」

 そこまで、そこまでバラモスを倒そうとする冒険は腹を括らなければならないのかと、いろはとステラは声が出なかった。その女戦士に比べて自分たちは何だろう。アリアハン王ドーソンが用意してくれた資金で、たった今、武器屋で装備を充実させたばかりの自分たちがとてつもなく恥ずかしくなった。

 

「無論のこと、儂は金の出所を問い詰めたが、『汚い金ではない。それだけは信じてくれ』と言われ、何も言えなかった。そして儂は相棒が身を売って稼いだ金とも知らずに自分の装備品を買った。新品の法衣を纏った儂を見て『似合うよ』と笑ってくれた相棒の顔は今でも忘れない」

 老人は少し涙ぐんでいた。ステラは今まで年寄りの長い話が嫌いであったが、この老人の話は違った。心の底から聞き入り、そして自分と同じ女戦士の辛い選択に彼女も涙を浮かべた。

 

「グスッ、それでその人と共に旅立ったのですね」

「いや…アリアハンを旅立ち、ボルトガ行きの船に乗るべく港に向かっている時…ほんの一瞬、儂が用を足している時であった。相棒は凶刃に倒れた。最初に仲間にした二人の男が犯人であった。連中は私と相棒が武器屋で装備を整えているのを見て、羽振りが良くなったと勘違いしたらしく、相棒を襲った。金などほとんど残っていなかったのにのう…」

「そ…そんな…それじゃあその人は?」

「…儂は辛うじて、あれの死に目に間に合った。そしてその時に自分が女であることを儂に言い、体を売ってゴールドを稼いだことを告げ『汚い金なんだ。嘘ついてごめん』と詫びながら死んでいった」

 ステラといろはは泣いていた。そういえば老人の法衣はところどころ傷んではいるが、大事に着ている事が伺える。きっとその時の法衣なのだろう。老人は相棒の女戦士が身を売って得たゴールドを汚いなどとは考えてはいない。そう思うと傷んだ法衣もアレルには輝いて見えた。

 

「激怒した儂はその二人を呪文で殺した。いかなる理由があろうと賢者が呪文で人間を殺すことは許されない。儂はダーマから永久に賢者職を剥奪されてしまい、ルイーダの酒場の登録も抹消された。相棒を失った儂には、もうバラモスを打倒する気力など湧かなかった。後に、ネクロゴンド海域にて世界連合軍とバラモス軍との戦いが起こり、儂にも出陣命令が来たが、世捨て人のように生きている儂は戦う気にはなれんかった。国王直々の出陣命令を無視したため投獄され、釈放後も相棒の墓守を続け、気がつけば、もうこの歳じゃ…」

 

 老人は自分の話を聞いて泣いてくれているいろはを見つめた。

「相棒の名前はイナホ。僧侶いろは殿。あれはそなたと同じジパングの女じゃ」

「え!」

 老人の話に出て来た女戦士。それがまさかジパングの人間だとはいろはも思わなかった。

「イナホの生まれたところはジパングのエッゾと言う集落らしい。だが作物が育たない不毛の地だったらしく、あれの両親は世界最大国家アリアハンへの移住を決めた。そしてアリアハンに向けての航海中、バラモス配下の海棲モンスターに船は破壊され両親は死に、辛うじて彼女だけが生き残った。だからイナホは仇を取る。バラモスを討とうとに決めたのじゃ」

 ジパングからアリアハンを目指したのはいろはも同じであった。存命であれば、きっと素敵なおばあちゃんとなっていたであろう故人に彼女は祈りを捧げた。

 

 

 また老人はステラに一振りの剣を渡した。

「これ…はがねのつるぎ…」

 サヤから抜いてみると、日ごろの手入れの良さが伺えた。年代を思わせる剣だが、その年代こそが剣の風格をかもし出していた。

「イナホの愛刀じゃ。そなたもあれと同じ女戦士。受けとってくれぬか」

「そ、そんな! おじい様にとってはイナホさんの大事な形見でしょ? 受け取れません」

「受け取っておけステラ。じいさんは仲間と果たせなかった夢を剣と共にお前に託したんだ…」

「アレル…」

 いろはもアレルと同意見のようだった。微笑んで頷いていた。ステラは立ちあがり剣を改めて抜いた。

「偉大な先輩…見ていて下さい! この剣でバラモスを倒します!!」

 

「いろは殿…果たして儂が前車の覆轍となり、そなたたちの教訓になったかは知らん。だが敵はバラモスだけではない。自分たちの心にある魔物。これが一番厄介なものなのじゃ。良いかな」

「お言葉、肝に銘じておきます」

「ん、全員、生きて戻られよ。イナホの御霊にも毎日祈っておる…」

 老人は、その場を去っていく。

 

「じいさん、良ければ一緒に行かないか。そして色々俺たちに教えてくれないか…」

 いろはもアレルの申し出に添える。

「アレルの言うとおりです。その叡智で私たちを…」

 老人は首を振った。

「叡智なら、いろは殿の方が上じゃよ。それに老い先短い儂では役に立ちますまい…」

「ご老体、せめてご尊名をお教え下さいませんか」

 立ち止まって老人は初めて名乗った。

「我が名はレンドル…ならばこれにて…」

 いろははその名前を聞いて驚愕した。

 

「レンドル…! 伝説の聖賢者様の名…!」

「いろは、知っているの?」

「ええ…エッゾにて悪性の疫病が大流行したときがあったんです。一度感染したら死は免れない死の病『虎狼痢(コロリ)』…ある村では村人全員が感染したそうです。だけど、その時に現れた異国の賢者が仙術でたちまち村人全員を救ったのです。その名がレンドル。治療を受けた者たちは彼を神の化身と疑わず、現在、エッゾでは神様として祀られています」

「そ、そんなに有名な方だったの?」

「…なるほど、彼はイナホさんの亡骸を彼女の故郷、エッゾへと連れ帰ったんだ。しかし到着してみれば疫病の大流行。それを治療して、その後にイナホさんの分骨を持ちアリアハンに戻ったのだろう…。ジパングで神様になっている方がアリアハンでは墓守。しかし、これも人それぞれの生き様だな」

「そうですね…。でもお会いできて良かった…。ジパングの人間として、これほどの光栄はありません」

「ああ、良い人物に巡り会えた…」

 

 

 

 話はラーミアの神殿に戻る。アレルは手をパンと叩いた。

「そうか! じいさんが言った『鳥のように飛んでいかなければ』と云うのはこういうことか! 俺たちはそのデカい鳥に乗って、初めてバラモスの城に行けるんだ!!」

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