巨大な卵の周りに配置された六つの小さな台座。いろはたちは苦心して手に入れた六つのオーブをそれぞれの台座に置いた。やがてオーブは神々しい黄金の光を放つ。妖精の姉妹は祈りを捧げ、そして天に向かい、その両腕を広げた。
「「大いなる翼を広げ、今こそよみがえれ! 不死鳥ラーミアよ!!」」
ピシッ!
卵に亀裂が入る。いろはたち六人もまたも祈るように卵を見つめていた。
「兄貴、良かったね。アレルたちの仲間になって。こんな感動的な場面。そうは見られるものじゃないよ!」
目を輝かせてマリスは卵に見入る。カンダタも同じだった。
「ああ、盗賊稼業だった俺たちが見たらバチが当たりそうな気がするぜ」
無事に孵化することを、いろはは強く祈りつづけた。そんないろはの横顔をホンフゥはウットリとして見つめていた。彼の眼中にラーミアは無い。
(不死鳥ラーミア! 私たちを魔王バラモスまで導きたまえ!!)
いろはは心の中で祈り、ひたすら願う。そして卵が金色に光に包まれた。
「「目覚めよ! ラーミア!!」」
姉妹の祈りの声が一層高く、天に向けられた。すると神殿中に声高く鳴くラーミアの命の息吹が轟いた。
神殿の外に出ると、吹雪は止んでいた。まるでラーミアの飛翔を祝福するかのように晴れ渡っている。青空の下、白い雪の上で静かにそびえたつラーミアをいろはたちは見上げ、声にならない感動を味わっていた。
「何と美々しく、雄々しいことなのでしょう…。もしやジパングに伝わる神鳥『鳳凰』は…」
「「その通りです。僧侶いろは。『ホウオウ』すなわち、ラーミアのことです」」
妖精の姉妹は答える。そしていろはは恐る恐るラーミアの足に触れてみた。するとラーミアは顔をいろはに近づけてきた。いろはは反射的にラーミアの顔に触れ、自分の頬をラーミアの頬に着け、互いに愛撫した。
まるで絵物語のような光景であった。アレルたちは今までのオーブ探しの旅の苦労が一気にこの光景で癒されたかのように思えた。
「「ラーミアは僧侶いろはを主人と認め、そして、その仲間たちをその背に乗せることを今、認めました。さあお行きなさい! 若者たちよ! バラモスの元へ!!」」
アレルは真っ先にラーミアの背中に乗り、いろはの手をにぎり自分の後ろに座らせた。
「さあ行くぞ! バラモスの元へ!」
「「おお!!」」
仲間達もまたラーミアに乗り、アレルのゲキに答えた。それを発進の合図にしたかのようにラーミアは翼を広げた。
バサッ! バサッ!!
ラーミアは一気に空へと飛んでいった。アレルといろは、そして仲間たちの無事を祈るように、妖精の姉妹は飛び立つラーミアの後姿に祈る。
「「精霊神ルビス様のご加護があらんことを!!」」
「ひゃあ~早い早い! 私、空飛ぶのなんて初めてだよ~」
いつもは冷静なステラが子供のようにはしゃいでいた。
「おいおい、そんなにはしゃぐなよ。落ちたら死ぬぞ」
カンダタの注意にステラは笑う。
「だーいじょうぶだって!」
ラーミアの背中を最初は必死に掴んでいた一同だが、なぜかラーミアの背に乗っていると向かい風をさほどに感じず、安定して座っていることができた。これもラーミアの力か、それとも妖精の姉妹たちが言った『精霊神ルビスの加護』なのだろうか。
「ねえいろは、あれってダーマ神殿じゃない?」
いろはがレンドルからもらった地図を広げて、マリスの言葉を確認すると、やはり方向が違った。
「アレル、方向が違います。ネクロゴンドを北東に大きく逸れています。ラーミアに方向転換を指示して下さい」
すると先頭に陣取り、ラーミアの首元にいたアレルが引きつった顔で振り向いた。
「…? どうしたのです?」
キョトンとしてアレルを見るいろは。しかしこれからアレルより聞かされる言葉は驚愕的なことだった。
「実は…さっきから方向を変えるべく努力していたんだけど…」
「は?」
「いや、それ以前に俺たち、どうやってラーミアから降りるんだ?」
五人の顔から一斉に血の気が引いた。
「い、いろは! さっきスリスリやっていたんだからアンタの言うことは聞くんじゃないの?」
マリスが言うと、仲間たちはすがるようにしていろはを見つめていた。
「や、やってみます!」
今度はいろはが先頭に陣取り、ラーミアの耳元で大きく叫んだ。
「ラーミア! こっちじゃないの! 南西に向かって! いい子だから!!」
だが駄目だった。ラーミアはいろはと言葉など聞こえないかのように方向を変えず、直進している。
「ああ…どうしましょう…」
困惑しているいろはの顔もウットリとして見つめているホンフゥ。しかしその時、目の良い彼にはいろはの後ろの風景にあるものを発見した。
「おい! 何だ、あの城!」
一行はホンフゥの指す方向を見た。確かに城が見えた。いろはが急ぎレンドルの地図を確認した。
「無い! レンドル様の地図にも、あんな城は記されていません!」
「うーん…城の外周に高い山脈がそびえている。これじゃあ空からでもなきゃ見つけることはできないな。まあ、この城を探検するのは後だ後。今はバラモスの城まで真っ直ぐと…」
アレルが全部の言葉を言い終わらないうちに、ラーミアは着陸態勢に入った。
「おい、どうしたんだよ。寄り道している暇なんか…」
飛びつづけてくれるよう、アレルは訴えるが、ラーミアは地面に降り立ってしまった。空より見つけた謎の城の前に。再びラーミアの背中に乗るものの、ラーミアはウンともスンとも動かなかった。
「アレル…ラーミアがこの城に私たちを連れてきたかった。そう思うべきかもしれません。もしかするとラーミアは私たちを連れて行く場所を心得ているのではないのでしょうか…」
「ああ、俺もそう思う」
「調子のいいヤツだなあ」
ホンフゥがアレルにすかさずツッコミを入れた。マリスとステラは大爆笑していた。
「…コホン、とにかく、この城に入ってみよう。何がいるか分からない。みんな油断するなよ」
城の中に入ると、それはアリアハンやエジンベアにも劣らないほどの荘厳な造りであった。モンスターは一切出てこない。静かであった。いろはたちの足音が長い廊下に響いた。
「静かだね…。無人の城かな…」
マリスが独り言のようにつぶやいた声も廊下に響くほど静かであった。だが…
「待て! 何だこの音!?」
耳の良いカンダタがパーティーの歩みを止めた。そして耳をすます…。
「ゼェ…ゼェ…」
まるで地の底から聞こえてくるような重苦しい声だった。
「…これは呼吸だ! 何かいる、この先だ!」
確信を持って、カンダタは仲間たちに告げた。彼が指した方向には部屋が見える。大きい扉に美しい装飾。外観からも、この城で一番に権力のある者がいるであろうと思うことは察せられた。
「よし、みんな武器を構えろ。突入する。あの部屋の中にラーミアが俺たちをここに連れてきた理由があるはずだ。ただし呼吸の声の主と、もし戦闘状態に入り、あまりに強かった場合は、ただちに撤退する。ラーミアの意思が何であろうと、ここで深いダメージを負うわけにはいかない」
仲間たちはアレルの指示に頷いた。気配を消しつつ、六人は大きい扉に近づいた。
ギイ~
先頭のアレルが扉を開ける。広いフロアであった。そして彼らは見た。巨大なドラゴンを。
「ド、ドラゴン?」
フロアに入るや、いきなり自分の目に飛び込んできたドラゴンの姿。思わずいろはは叫んでしまった。あのヤマタのオロチより一周りほど小さいドラゴンである。首も一本しかない。やがてドラゴンは苦しそうに口をあけた。
「…人間か…どうやらラーミアの封印が解けたようじゃな…」
そのドラゴンが病んでいるのは、いろはたちにも一目見て分かった。本来、筋骨隆々の体躯であるはずなのに、骨が浮き出て、ウロコはボロボロと剥げ落ちている。大木のような手足のはずが、まるで枯れ木のようであった。
そして何より、敵意も無いことも今の振り絞ったような声で悟れた。か細い女性の声だったがまるで女神のような尊さを感じる声であった。アレルたちは武器を収めた。
「ラーミアはどうやら俺たちをこのドラゴンに合わせたかったらしいな」
そして、いろはが一歩、ドラゴンの前に出た。
「…その通りです。ラーミアの封印は解きました。私たちはアリアハンの勇者アレル一行。あなたは…」
「…わらわは…竜の女王…地上の守護者…」
「地上の守護者!?」
思わず六人は顔を見合わせた。しかし病に蝕まれているとはいえ、彼女から感じられる気品と威厳は『守護者』として信じるに値するものであった。
「…そなたたち…バラモスを倒さんとする者か…」
「…女王はバラモスをご存知なのですか?」
いろはが問う。しばらくの沈黙の後、女王はゆっくりと語りだした。
「あやつは恐ろしき…魔物。たとえ、わらわが完全な状態でも倒すは困難…」
アレルは一歩詰め寄る。
「神にも等しいと伺える女王でも倒すは困難ならば、我々人間が彼に仇なす方策は無いと?」
「…そなた…そうか…そなたはオルテガの息子か…」
「そうです。父をご存知なのですか?」
「…かつて、大陸に『九尾の妖狐』が現れ、人々の生活を脅かした。わらわは討伐せんと、その地に向かった。しかし、わらわの到着の前、すでにその『九尾の妖狐』は二人の若者に倒されていた。それが今のそなたと同年齢ほどの勇者オルテガと勇者サイモンであった。褒美にわらわはオルテガに『勇者のサークレット』、サイモンに『星降る腕輪』を授けたのじゃ…」
「サークレット?」
アレルは自分の頭に装着しているサークレットに触れた。自分の誕生のおり、父が与えてくれたと母から聞いていたサークレットだった。
ステラは自分の左腕に装備していた『星降る腕輪』に触れた。腕輪はサイモンの亡骸が身に付けていたもので、サマンオサの教会で改めて祝福を受けた後、サイモンの妻スティーヌ、娘のフレイア同意の上、サマンオサ王ルカス二十四世より、改めてステラが賜った腕輪であった。
「そう、今そなたたちが身に付けているものじゃ…。再びこういう形で目にするとは思わなかったのう…」
ドラゴンと云う種族を詳しく知るわけでもないが、いろは達から彼女を見ても、とても苦しそうだということが十分すぎるほどに分かった。どんどん女王の呼吸は早くなる。しゃべることさえ辛そうであった。だが女王は語りつづける。
「教えてしんぜよう…。バラモスには今のそなたたちの呪文は通じぬ…。その魔法使いの少女の最高攻撃呪文はマヒャドであろう…。そして僧侶の娘…バギマを使えるようだが、バラモスには効かぬ…」
確かにマリスの現時点での最強攻撃呪文はマヒャドであり、いろはの攻撃呪文はバギとバギマしかない。ザキも心得てはいるが、魔王バラモスに効くはずもないことは承知している。
「ならば、私たちはどうすれば?」
マリスといろはは不安気に女王を見つめる。それでは自分たちはバラモスとの戦いでは役に立たないではないかと焦った。
「バラモスに通じる呪文は、現時点では勇者の呪文、ライデインだけじゃ。そなたたちの役割は攻撃補助呪文と回復呪文を駆使して味方の援護をするのじゃ。バラモスの皮膚は鋼鉄を越えている。ヤツの肉や内臓が剣撃により露出でもしないかぎり、そなたたちの呪文は効果が無い…」
女王の体から大粒の汗が落ちる。人間より体温がはるかに高いのだろう。女王の間は熱気が立ち込めた。
「ゼエ…ゼエ…」
「女王…私のベホイミで良ければ…」
「僧侶の娘よ…わらわにはもう回復呪文は効かぬのじゃ…」
「ならば…もうお口を利かないほうが宜しかろうと…」
「いや…せめてそなたたちに私の知ることを…できることを残したい…。そなたたちの武具をわらわの前に置くが良い…」
一行は竜の女王の眼前に、自分達の武器を差し出し、横に並べた。女王は自らの掌を自らの爪で突き刺した。竜の血がポタポタとしたたり落ちる。
「女王! 病の身でそんな!」
「良い…しかと見ておれ…」
女王は自らの血をそれぞれの武具に垂らした。するとどうだろう。武具は神々しい光を放ち始めた。また女王は彼らの身につけている鎧にも血を飛ばした。
「さあ、手に取ってみよ。そして身をつつむ防具にも触れてみよ。これが竜の祝福じゃ」
六人は、その光に魅せられたように、自分の武具を手に取った。黄金の爪を握るホンフゥは唸った。
「すげえ…力がみなぎるようだ…」
「こんな軽い法衣が…すごい…少しくらいの攻撃や呪文も跳ね返しそう」
マリスは感動して自分の法衣に触れた。
『竜の祝福』をアレル達に施したせいか、女王の呼吸はますます激しくなっていった。
「ゼエ…ゼエ…勇者よ…これを…」
「これは?」
「…光の玉」
「光の玉? ならば、これでバラモスを?」
「分からぬ…ただ言える事はバラモスがもし『闇の衣』をまとっていたら、これをかざすのじゃ」
「闇の衣?」
アレルは『光の玉』を両手で受け取った。
「そう…まるでそなたの用いる『アストロン』のように、いかなる攻撃をも受け付けない…魔界の究極の衣じゃ…」
「そんな! バラモスがそのような衣を着けていたら手の打ちようがないじゃありませんか!」
「女戦士よ…案ずるな。その光の玉は、その闇の衣を剥ぎ取る力を持っている。我ら竜族の宝じゃ。もしも、バラモスがその衣を着ていたら、それをかざすのじゃ。わかったな」
アレルの持つ光の玉をステラは見た。光の玉は竜の女王の話を確信させるに足るほどの、神々しい光を放っている。
「アレル、大事に持っていなさいよ。分かったわね!」
「ああ、もちろんだとも」
竜の女王はいろはを見つめた。
「そなたはジパングの娘じゃな…」
「はい」
「…謝らなくてはならぬ…。そなたの国ジパングを蹂躙したヤマタのオロチは、わらわの唾棄すべき娘…」
「え?」
一行は顔を見合わせた。そして女王は語った。オロチは地上の守護を司る女王の長女としてこの世に生を受けたが、およそ母親とは正反対に野心を持つ者であった。人間を守護するのではなく支配したかったのである。それに気づいた女王は娘を誅した。しかし、数十年後にバラモスの手により蘇生し配下となり、ジパングを攻撃し、女王ヒミコに化けジパングを支配したのである。
竜の女王は、九尾の妖狐を倒したオルテガとサイモンに出会ってからほどなく病に倒れ、現在にいたる。それゆえにオルテガとサイモンを死から救えず、また娘のオロチを再び倒すことができなかったのである。
「そうか…ジパングを蹂躙しただけではなく、そなたの姉に化け、その名を辱めたか…なんと云う愚かな娘よ…」
いろはも語った。女王は聞くのを望んだ。ヤマタのオロチがジパングに及ぼした脅威と恐怖を、そして、ついに打倒した様子も語った。いろはにはオロチの母である女王を責める気にはなれなかった。もうすぐ死を迎えようとする、この女王に何の罪があろうか。
「僧侶いろはよ。そなた、ジパングの王族であり、宰相であるなら『八尺瓊の勾玉』を持っていよう。我に貸してみよ」
『八尺瓊の勾玉』の存在まで知る女王。まさに全てを知っている女王の叡智にいろはは感動すら覚える。
そしていろはは女王に『八尺瓊の勾玉』を渡した。女王は血の滴り落ちる掌に勾玉をギュウと握り、精神統一を始めた。すると掌から金色の光が放たれた。
「これでいい…。そなたたちが絶体絶命の危機の時、一度だけ、この勾玉が助けてくれよう」
女王はいろはに八尺瓊の勾玉を返した。
「さあ、行くが良い。若者たちよ!」
女王は目をつぶり、激しく呼吸を続ける。礼を言ういろはやアレルに答える気力も、消えてしまったようだ。六人は深々と頭を下げて女王の元より立ち去った。しかし女王の間、出入り口脇の祭壇に大きな卵が祭られていた。
「この卵…女王が産んだ卵かね…」
カンダタは卵に触れようとしたが、卵から伝わる気高さ、いや威厳と言った方が正しい雰囲気に気圧され、触れることができなかった。
「卵でこの圧迫かい…。すごいのが中にいるのかもな…」
苦笑してカンダタは触れようとした手を引っ込めた。
「生まれてくる新しい竜の子…。お母上の名に恥じぬ守護神となって下さいませ」
いろはが卵に祈りを捧げると、他の五人もそれに続いた。
女王の間の扉を閉めると同時にドシンと轟音が響いた。かろうじて立ち上がっていた竜の女王が力尽き、床に崩れたのだ。
「女王!」
いろはが振り返る。
「やめろ、いろは! 何のために女王は俺たちが去るまで立っていたのか分からないのか!」
最後尾を歩くマリスがいろはの肩を叩く。
「アレルの言う通りよ。さあ行こうよ」
ステラもカンダタもホンフゥも振り返ってはいなかった。ズシリと彼らの胸に響く。女王の言葉。
(さあ、行くが良い。若者たちよ)
最後の断末魔のように、激しい呼吸音が竜の女王の城に響き渡る。一行が城の出口に差し掛かったとき、(ゼエゼエ)と云う激しい呼吸が静かになった。耳が痛いほどにシーンとなった。だが誰も振り返らなかった。
六人が城に出ると、ラーミアが一行を静かに見つめる。アレルは五人に振り返った。
「行くぞ! バラモス城へ!」
アレルがクサナギの剣を天に掲げた。
「おお!」
五人もそれに続いた。この六人の気合に応えるがごとく、ラーミアは天にも届かんばかり、雄々しく鳴いた。ラーミアは進む。一路、バラモスの城へ!
竜の女王の城にあった卵、それが後のドラクエ1の竜王という説もありますね。