DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第二話 オロチ襲来の予兆

 翌日、いろははサスケを伴い、八つの首の竜とやらに漁船を襲われた地へと行った。救護所を訪ねたが生き残った者はまだ目が覚めておらず、話せる状況ではない。

 

「この地の名称はアワと言いまして、古くから漁を中心に栄えてきた村です。人口はおよそ百二十。すべてが漁民です。港には十の漁船がありますが、漁の際はほぼ全隻で出航します。他の船の航行記録を見るに、沈められた漁船が他国の海域に踏み込んだとも考えられません」

 水平線を眺めながらサスケの報告を聞くいろははずっと胸騒ぎを覚えていた。サスケはいろはの不安を見抜いたかのように言った。

「物の怪の仕業でしょうか…」

「ええ、海棲の物の怪に襲われたのかも…」

 

 波打ち際には何者かに破壊された船の残骸も流れ着いていた。それには力任せに叩きつけられた巨大な爪跡もあり、灼熱の炎にでもさらされたのか、ところどころ炭化もしている。絶対に自然現象ではないことは明白である。サスケは項垂れた。

「とうとうジパングにも…」

「考えてみると…今までジパングだけは平和と思ってきた私たちの方が誤っていたのかもしれません。南西のテドンは魔王により壊滅し、南国アリアハンの勇者オルテガ様、東国サマンオサの勇者サイモン様が魔王の手によって討たれたと云う話を聞きながらも何の対策も講じなかった。いつしか魔王もこんな辺境の国まで手を伸ばさないと勝手に決めつけていたのですから…」

「いろは様…」

「我々、ジパングの民は平和に慣れすぎ、剣術も形骸化して、とても物の怪に通じる技ではありませんし、仙術も基本的なものばかり。今、魔王が攻めてきたらひとたまりも…」

「いろは様は…もしや降伏をお考えではないのですか? サスケは断じてそれには賛同できません」

 いろはは首を横に振った。

「降伏は相手が人間の場合に限ったことです。しかし戦う事そのものが本能となっている物の怪に降伏したところで聴く耳があろうはずもなく殺されます。戦うしかございません」

「確かに…。しかしどのように戦いましょう」

 いろははすぐにそれには答えられなかった。砂浜の上に立ち尽くし、しばらくすると何かを模索するように波打ち際を歩き出した。サスケは考え事をしているいろはを気遣い、無言で後ろについていった。

 そうしているうちに、いろはは漁船の横に転がっているタコつぼを見つけて拾った。

「……」

「いろは様?」

「…このツボに油を詰めて、敵に放り火矢を撃つ…」

 独り言のように、いろはは語る。

「しかし相手が多勢ならいかがいたします?」

「いえ」

 タコつぼを持ち、強度を確認するかのように触れているいろはは確信を持って言った。

「敵は一体です。しかもかなり強力な」

「な、何故そう言いきれます」

 サスケの疑問は無理らしからない。

「八つの首の竜。巨竜族にそういう物の怪がいると聞いたことがあるのです。かの種族は誇り高く、よほどの相手でない限り複数で攻撃してくる事はないと聞いています」

「ならば我らにも十分に勝機はございますか」

「分かりません…。油を浴びせ火をかけると云っても相手が火竜系の物の怪なら倒すどころか文字通り火に油を注ぐも同じ。とどのつまり剣と弓でしか戦う術は無いのかもしれません」

 タコつぼを砂浜に放るいろは。サスケとの間に沈黙が走る。

 

「ならば私めが鍛冶職人仲間を総動員して、強力な剣と矢じりを作りましょう。竜の鱗さえ切り裂き、貫くものを」

 不安に思ういろはを元気付けるようにサスケは言った。

「ええ、お願いいたします」

 いろはは漁村をもう一度ゆっくりと見回した。海にいる何かに怯えるあまり家に閉じこもる人々。明日からの糧をどうするかと不安がる人々と、漁村は沈んでいた。

「サスケ、アワにはしばらく漁は禁じさせます。その間の食料は神殿に備蓄している米を出し、働ける者には納得する給金で仕事を与えますので、宰相府にその儀を申告するようにお伝え下さい」

「かしこまいりました」

 サスケは村の中に消えていった。いろはは再び水平線を見つめる。

「静かな海…。しかし未曾有の国難がジパングを襲います…姉上…」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 いろはは船の残骸を持ち帰り、ひみこに見せた。

「これはひどい…」

 ひみこは残骸を手に取り、眉をひそめた。

「生還した漁師たちの証言から、間違いなく八つの首の竜の仕業かと思われます」

 簡単な海図をひみこの前でいろはは広げ、ものさしで指す。

「証言から、襲われた海域はこの辺りです」

 その地点を見たとき、女王の間にいた者たちは息を飲んだ。よほどの沖まで行ったのだろう思えばそうではない。アワの港から出航して二十分ほどで到達できる海域であったのだ。

 

「これほどに近いのですか?」

 さすがのひみこも驚きの声は隠せない。

「…正直、漁民たちがあまりに沖に出て、その竜がいる場所に入り込んでしまったのではと考えていたのですが甘かったようですね…。で、宰相…」

「はっ」

「そなたの見るところ、その竜は我が国に攻めてくると思いますか?」

「はい…。ひとたび人間の味を知った物の怪です。おそらくは…。それにこれは竜がただ食欲のために船を襲ったのではないと考えます。この辺の海の物の怪はこちらから攻撃しなければ人を襲わない大人しい海棲の物の怪しかいなかったのに突然と竜が現れました。魔王の命令により襲来した大物の物の怪…。複数の漁船を破壊したのは『これから行くぞ』と云う予告の意味もあるかもしれません」

 

 他の家来たちは浮き足立つ。そんな人智を越えた化け物にどう対抗すれば良いのか、まったく分からないからだ。

「い、いろは様! 女王の知恵袋と呼ばれる貴方だ! 何か良案があるのでござろう?」

 一人の家来がいろはに振った。しかし、いかに知恵者の彼女でも一発逆転の答えなど有りようはずも無い。それに苛立ったサスケが立ち上がって怒鳴る。

「ええい! それをこれからみんなで考えるのだろうが! いろは様ばかりに頼るな!」

「サスケ、女王の御前なるぞ。控えなさい!!」

「あ、はい…申し訳ございません…」

(ごめんなさい…サスケ…)

 心の中でサスケに詫びながら、いろはは現時点で考え付く限りの策をひみこに提言した。

 

「他国に救援を求めることも考えましたが、ジパングは他国と交易をしておりませんので、いきなり訪ねても出兵は断られるでしょう。ならば財貨でとも思いましたが、ここから我が国から地理的に一番近い王国、アリアハンにさえ船で往復十二日はかかります。さきほど地図で指した場所に竜がいるのであれば手遅れとなる可能性は高く、極端に言えば出航と同時に使者は竜に殺されかねません。またアリアハンは豊かな国と聞いています。我が国の財貨など歯牙にもかけないでしょう」

「宰相、結論を急ぎなさい」

 めずらしくひみこは強い口調でいろはに続きをうながした。

 

「…では申し上げます。我々に勝ち目はございません。たとえ竜を運良く倒せたとしても、魔王は新たな物の怪を向かわせるでしょう。やがて我々は矢尽き、刀折れ、いずれジパングは魔王に併呑されます。ならば…」

「ならば…?」

 ひみこも、その他の女王の間にいる者たちも固唾を飲んで聴く。

 

「都を捨てましょう…。出来うる限りの食料と領民を引き連れ、エッゾの奥地に行きましょう! 竜には空となった都を好き放題に襲わせればいいのです」

 その言葉を聞き、ひみこは激怒、立ち上がった。

「わらわにこの都を捨てよと言うのですか! 先祖伝来のこの都を! しかもエッゾとは何事ですか。あのような雪深い未開の原野に行ってどうするのです!」

 いろはは引き下がらない。これしかない。この方法でしか民は救えない。彼女はそう考えていた。だから一旦は主君の逆鱗に触れても引き下がる事は出来なかった。

 

「女王! いえ姉上! 民がついてきてくれれば、それは立派な国です! 女王がいればそこは都です! このムサシノとて百数十年前まで荒野でした。またやり直せば良いではありませんか! 寒いエッゾがお嫌なら西方のシコクでもキュウスウでもかまいません。まずはこのホンシュウから出て魔王の手から逃れることが先決なのです!!」

「だまりなさい! わらわは捨てません! 都も領民も守ってみせます! 宰相は軍備の指揮を執りなさい。良いですね!!」

 ひみこは女王の間を出て行こうとする。

「姉上!!」

 立ち上がり追いかけようとするいろはに、ひみこは振り向きざまに一喝した。

「わらわの命が聴けぬか! いろは!!」

 いろはは全身から力が抜けたように、その場に座り込んだ。

「…ご命令のままにいたします。女王…」

「…分かれば良いのです…」

 ひみこは去っていった。

 

 他の家来たちはどちらの味方をして良いものかオロオロするばかりである。頼りにならない連中だとサスケは舌打ちをしていろはの側に行った。

「戦うしかないと言われていたのに…あれからずいぶんと思案されたようですね…」

「サスケ…」

「サスケはいろは様の立てられた案が最良と考えます。しかし女王は異なる価値観をお持ちのようです。戦って敵を退けることに意義を見出したのでしょう…」

 項垂れて座り込んだまま、いろはは涙を流した。

「それでは駄目なのです…。心意気で勝てるほど甘い相手ではないのです…。どうして分かってくれないのですか…姉上…」

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