疲労困憊した一行は、再びバラモス城の庭の水郷にて小休止と交代で軽い仮眠を執った。防御結界も張ってはいたが、バラモスが死んだ今、モンスターは一体も現れなかった。
やがて彼らはバラモスがコレクションルームと定めていた部屋を探し当てた。ドアを開ければ、おびただしい少女のはく製の数がそこにあった。
「よくもまあ、これだけの数を…」
あきれたようにステラはつぶやく。いろはは姉のはく製の元に行った。はく製はバラモスの好みなのか、男を篭絡するような卑猥な格好をしている。
貞淑で誇り高かった姉のひみこが、死してバラモスの慰み者となっていたと云う現実。いろはは頬を涙で濡らした。
アレル、カンダタ、ホンフゥはバラモスのコレクションルームに入ろうとはしなかった。ぬけがらの女の裸体を見て喜ぶ趣味は持っていない。各自、自分の負傷の応急処置をしながら部屋の外で待機していた。
いろはは姉の体を神殿にあったカーテンで包み、それをステラとマリスと共に部屋の外に運び出した。それを終えるとマリスは部屋の中の少女達に十字を切り、少し回復した魔法力を使いコレクションルームに火を放ったのである。燃え盛る少女達の亡骸にいろはは祈る。
「安らかなる眠りを…」
ひみこの亡骸は彼らが小休止していた水郷のほとりで荼毘にふされた。遺骨を持ち、いろはとひみこの故郷であるジパングに訪れた。歓迎をいろはは断り、ひみこを国府ムサシノにて大葬の礼を以って丁重に弔らった。そして彼らはアリアハンに凱旋した。バラモスを倒した三日後のことである。
バラモスを倒したことは、アレルがアリアハン王、イシス女王、サマンオサ王宛てに送った伝書鳩によって世界中がすでに周知していた。アリアハン城門見張り台にいた兵士が遠眼鏡でアレル一行の姿を確認すると、待機していた兵士たちが一斉にラッパを吹いた。城下町の領民も家から飛び出した。
「勇者アレルの凱旋だあ――!!」
町中が歓喜の声で湧き上がる。城下の通りを歩くアレルたちに感謝の言葉が飛び交う。まるで王族の行列のように人々は集まった。そして人々の間を縫うように、アレルの前にようやく辿り着いた女性がいた。
「アレル!」
「かあさん!」
アレルの母、ルシアが満面の笑顔で息子を迎えた。
「よくやったわ! 本当に本当に…」
ルシアはたくさん息子を誉める言葉を考えていたが、いざ息子を前にすると何も言えなかった。夫オルテガのように、バラモスに殺されるのではないかと不安を抱かない日はなかった。しかし息子は生きて戻ってきた。夫のオルテガが成し得なかった事を息子が果たした。妻として母としてルシアは感無量だった。祖父のディムもアレルを迎える群衆の中で男泣きをしていた。
また、ステラの母エレナもやっとの思いでアレルたちの前に辿り着いた。
「ステラ! よく頑張ったわ! 世界を救った者の一人に自分の娘がいるなんて母として、こんなに嬉しいことはないわ!」
「かあさん…」
ステラよりはるかに小さいエレナが娘を抱きしめた。その様子を嬉しそうに見つめるいろはにエレナは気づいた。涙を拭って改めて姿勢を正し、いろはに礼を執った。
「いろは様、よくぞご無事で戻られました。そしてよくぞ魔王を倒して下さいました。バラモスやモンスターに脅える暮らしをしていた者として、感謝の言葉もございません…。本当にお疲れさまでした」
エレナにとり、いろはは命の恩人である。彼女は深々と頭を下げ、感謝の意を表した。
「いえ、これもステラやみんなのおかげです。私一人の功ではありません」
しばらくすると王宮から騎士団がやってきた。先頭にいるのはアレルの師にて、ステラの父、騎士団長ロイスである。馬より降りて、アレル一行の前に歩み寄った。
「よくぞ戻った! いや戻られた!」
ロイスは弟子のアレルに礼を執るようにひざまずいた。
「師匠こそ、いえ団長こそ多くの支援、助かりました」
ロイスはロマリア、ポルトガ、イシスにアリアハン国内で調達したゴールドや食料を定期的にアレル宛に届けていた。彼にとり、アレルは師オルテガの遺児であり、ただ一人の弟子、ステラは一人娘。いろはは愛妻の命の恩人である。力を貸したいと思うのは自然であった。彼は王室や領民に呼びかけてゴールドや食料を公募しアレルに送っていたのである。いろはの好きな米までジパングより取り寄せ届けたくらいであるから、彼の人柄が伺える。
「さあ、陛下がお待ちでございます。こちらに」
ロイスは王宮が用意した馬車を指す。王族の使用する馬車二台に三人ずつ乗り、アレル一行は城に向かった。その後姿をまぶしそうに、ルシアとエレナは手を振って見送った。
アレルとステラに労いの言葉をかけた後、ロイスは馬上からいろはに礼を述べた。
「いろは様、よくぞご無事で戻られました。嬉しく思います。娘やアレルと違い、いろは様は武人の体躯ではございませんから、正直、御身を案じておりました」
「確かに何度も危険な目に遭いましたけど、その都度ステラやみんなに助けてもらいましたので非力な私でもこうして生きて戻れました。アレルとステラは団長の剣技を使う者。そして物心両面の支援…言うなれば団長の薫陶と尽力がバラモスを倒す原動力の一つともなりました。お礼申し上げます」
「そう言って頂けると、私も嬉しく思います。その謙虚な気持ちが娘にもあれば、少しはもらい手もあるのでしょうが…まったくいつになったら孫の顔が…」
「父さん、聞こえているよ!」
ステラに聞こえないよう、小声で言ったつもりだが、しっかり娘の耳にも聞こえていた。
「そりゃそうだ。聞こえるように言っている」
聞こえたのなら仕方ないとばかりに、ロイスは開き直った。一緒に乗っていたアレルといろはは思わず吹き出した。ロイスはさらにいろはに小声で聞いた。
「…ステラは役に立ちましたか?」
「もちろんです。頼りにさせてもらいました」
「そうですか!」
ニコリとロイスは笑った。旅を通して娘ステラの成長は一目見て分かった。戦いと仲間たちの絆で剣のみならず、人間としても大きくなったように見えた。
やがて一行はアリアハン城正門に着いた。門より城の入口までの道は掃き清められ、両脇には兵士、騎士達が整列して敬礼を執っていた。楽隊がこの日のために作曲していた凱旋の曲を演奏する。それと同時に花火が上がった。六人は嬉しい歓迎と云うより、ここまでしなくても、と少し思った。
「おいおい、ところで俺とマリス入城して大丈夫かな。確かアリアハンにも手配書が」
入城と同時に逮捕されないか、カンダタは心配しはじめた。ロイスがその質問に答えた。
「大丈夫です。我が君とロマリア王の計らいで、カンダタ殿の昔の罪は水に流れております。それより、あそこを」
ロイスの指す方向に目をやると、アリアハン城の二階の窓から身を乗り出してカンダタとマリスに手を振っている男たちがいた。
「アニキ! ゴメスたちだよ! 子分たちだよ!!」
マリスも懐かしい再会に喜び、馬車から手を振った。
「親分―!!」「お嬢――!!」
「あいつら…親分と呼ぶのはもうやめろと言ったのに…」
そう言いながらも、カンダタは目に涙を浮かべていた。
「ロイス殿、あいつらもロマリア王が?」
「ハイ。ひょうきんなお方とばかり思っていましたが、義侠に富んだ御仁ですな」
「そうですか…おいホンフゥ。お前いい主君に恵まれたな」
ホンフゥはふと、自分が任務失敗したにもかかわらず、ゴールドを送ってくれた王を思い出した。
「ま、まあな…これからはもうちょっと真面目に仕えるよ…」
国王ドーソンは玉座の間までアレルたちが来るのを待ちきれなかったのか、城の入口にまで出迎えに来ていた。
「おお! アレルよ! よくやったぞ!」
「陛下、ただいま戻りました!」
「うんうん、あの鼻タレがここまでになったか!」
ドーソンとアレル、いろは一行はそのまま並んで玉座の間まで歩いていった。本当に嬉しそうにアレルを見つめるドーソン。アレルは彼にとっては親友の息子である。無事に帰ってきてくれることを毎日願っていた。そして今日、彼は無事に帰ってきた。ドーソンは感無量であった。
改めて玉座に座るドーソン。横にはわざわざアレルを城の入口にまで行って出迎えた夫に微笑む王妃のテレサがいた。アレルといろはたち六名は王と王妃にひざまずき、頭を垂れた。代表してアレルが改めて報告した。
「ネクロゴンドに城を構え、世界を席巻していました魔王バラモス、本日より三日前、ここにおります僧侶いろは、戦士ステラ、武闘家ホンフゥ、盗賊カンダタ、魔法使いマリス、そして俺、じゃない私、勇者アレル以上六名にて、討伐いたしましたことを、ここに報告いたします」
「うんうん、一箇所トチッたが、ちゃんと挨拶も報告もできるようになったか」
満足気にアレルの報告を聞くドーソン。横からテレサが突っ込む。
「陛下、誉めるところはそこではありません」
「おお、そうであったな。コホン…」
ひとつ咳払いをしてドーソンは胸を張り、六人の先頭でひざまずくアレルに言った。
「アレルよ!」
「ハッ!」
「よくぞやったぞ。泉下の父オルテガもきっと喜んでいる。余も約束を守らねばならんな!」
「本当ですか!?」
アレルの顔はパアと明るくなった。
「そうとも、そなたが芸術家として生きることを王室は全面的にバックアップするぞ!!」
アレルと共に国王と王妃にひざまずいていた仲間たちは青くなった。
「あの王様…アレルの絵のまずさ知らないの?」
ステラが小声でマリスの疑問に答える。
「知っているわよ。でも一国の王が約束を反故にできないじゃない! 陛下もほとんどヤケクソで言っていると思う…」
「今後、アリアハンが美術品目的の盗賊に狙われないのは確かだな。悪いことばかりじゃないぞステラ」
「フォローになってないよ。カンダダ…」
仲間の夢が叶って嬉しいと思う反面、ステラとその父ロイスは今後アリアハンが世界の文化史に汚点を残すことになると溜め息を出した。
「でもアレル、嬉しい顔をしています。いいじゃないですか。彼の絵は確かにお世辞にも上手と言えませんが生き生きとしていますもの」
「へえ~、なら、どーしてアレルがいろはの肖像画を描こうとした時に逃げたのよう。あの時のいろはは、はぐれメタル真っ青の素早さだったじゃん」
マリスのツッコミにいろはは反論できなかった。
「そ、そ、それは…」
「いろはさん」
いろはに、王妃テレサが声をかけた。
「ハッ」
絶好の助け舟であった。マリスは残念そうである。
「よくぞアレルと共に魔王を倒してくださいました。アリアハン国民すべてを代表してお礼を申し上げます。また、あなたとアリアハンとの縁で、ジパングとは交易を結ぶことと相成りました。よき友と会わせてくだされたことも感謝いたします」
「もったいない仰せ、恐悦至極に存じます」
「ところでお聞きしたいのですが、これからいかがなさりますか? ジパングに戻られるのですか?」
「いえ、まだ決めては…」
「アリアハンとしては、このまま国に留まってほしいと考えます。あなたの卓越した医療技術と薬学知識は聞きました。アリアハンは人口も多い分、病人も多い国。助けてはいただけませんか?あなたを長とする診療所を作らせていただくことも王室は考えておりますが…」
「それは…」
ドーソンかいろはに助け舟を出した。
「これ妻よ。気持ちは分かるが、今日はめでたい凱旋の日じゃ。そのような話は後々」
「ああ、そうでした…すみません。いろはさん、今のお話は後日にでも」
テレサは素直に頭を下げた。まだ気持ちの整理がついていないいろはは少しホッとした。そして玉座からドーソンが立ち上がる。
「さあさあ! 宴の用意じゃ! アレルもいろは殿も、そしてお仲間のみなさんも、本日は食べて飲んで下され!」
だが、その時であった。六人がひざまずいていた姿勢から、立ち上がろうとした、その瞬間、彼らに戦慄が走った。笑顔が一気に険しい顔になった。いろはの額から冷や汗が落ちた。
「アレル…」
「…どういうことだ…。この邪気は…」
六人以外は彼らが気づいた異変に気づかないようだった。宴会の準備を進めている。ホンフゥは全身の神経を尖らせて周りを見渡した。今、この自分達がいる玉座の間に強大なほどの邪悪な気を彼らは感じた。
「この部屋にはいない。どこだ…」
脂汗が出てくる。ホンフゥの肩の筋肉が少しけいれんを起こしていた。
「誰だかは知らないが、とんでもない邪悪な気配だ…。バラモス…以上の…」
アレルが思わず口走った『バラモス以上の…』彼らが考えたくも無かった現実だが、バラモスと対峙した彼らには痛いほどにわかる現実であった。玉座の間の天井をにらみ、いろはが言った。
「誰ですか! 名乗りなさい!!」
宴会の準備をしていた者は、いろはのこの突然の言葉が理解できず驚いていた。だが六人の顔は真剣そのもの。王妃テレサが歩み寄った。
「どうなさったのです? いろはさん」
だが次の瞬間、六人以外にもその邪悪な気配が伝わった。ありえない悪寒が玉座の間にいる者全員に襲い掛かった。騎士団長ロイスも思わず唇が青くなった。
「なんだ…この寒さは…!」
国王ドーソン、王妃のテレサ、騎士団長ロイス、そして他の者達は突然の悪寒に倒れこんだ。悪寒だけではなく、胸部に異様な圧迫感も生じ、呼吸もままならない。
「いけない! 並の人間がこんな邪悪な気を叩き込まれたら!!」
そんないろはの必死な叫びをあざ笑うかのように、その声は玉座の間に響いた。
「…ふふふ…さすがはバラモスを倒した者たちよ…」
「……!!」
玉座の間にいる者、全員がこの言葉を聞いた。低く、重く、そして恐ろしく、凄まじいまでの威圧に溢れた声であった。
「誰だ!」
アレルが叫ぶ。
「我が名は…ゾーマ…」
「ゾーマ…」
ドーソンとロイスは薄れ行く意識の中で確かに聞いた。
「バラモスは余の配下にすぎん…。我こそが真の大魔王ゾーマなり…」
この威圧感と強大な邪悪の気。ゾーマが言っていることが嘘ではないと悟らせるのは十分である。アレルは剣を抜いた。
「どこにいる! 姿を現せ!」
「フッフフフフ…余はそなたたちと異なる世界におる。だがそなたたちの世界も余の手により飲み込んでくれよう…。余はバラモスのような遅々とした侵略はせぬ。数日で余の業火で世界を焼き尽くす…フフフフ…」
「ハッタリを言うな! 貴様、その異なる世界とやらから声しか送れないのじゃないか!? もしいつでも行き来できるなら、とうにこちらに来て大魔王となっているはず。お前はこっちには来られない。エセ魔王だろう!」
アレルの言葉はあながち誤った見解と、いろはも思わなかった。
「クッククククク…威勢がいいな。そう思うなら、ひとつ証拠を見せてやろう」
わずか数秒も経たないうちに、アリアハンの外から爆音が響いた。
ドオオオン!!
アリアハン城下町、そして城にも震動が伝わる。
「な、なんだ! 何しやがった!!」
アレルもいろはも冷や汗が止まらなかった。一人の兵士が玉座の間に急いで駆けてくる。
「も、申し上げます! ナジミの塔が崩壊しました!!」
いろはたちは愕然として、その報告を聞いた。国王ドーソンはその報告に返事もする余力も無く、テレサは失神していた。報告にきた兵士も玉座の間に入ってゾーマの邪気に触れほどなく気絶した。
「…クックククク、これで分かったであろう。そなたの言う通り、もし余がそちらの世界に行けなかったとしても、破壊そのものには支障は無いのだ…」
「ゾーマ…!」
六人は確信した。バラモスより強大な魔王であることを。
「余は…アレフガルドにおる。ネクロゴンドのバラモス城、東に位置する孤島にある『ギアガの大穴』より、こちらに来ることができる。死にたくば来るがいい…クックククク…」
ゾーマの邪悪の気が玉座の間から消えた。失神や気絶していたものにいろはとアレルが回復魔法を施す。何とか全員息を吹き返した。ドーソンは失望し玉座に座った。
「何ということじゃ…バラモスの後にさらに強大な魔王がおるとは…」
「王様…」
「アレルよ…すまんが凱旋祝賀会は中止じゃ…。あと領民たちにゾーマのことは言ってはならん…。いらぬ混乱は避けたいからのう」
「ハッ…」
神妙な顔つきで王の言葉を聞くアレル。
「バラモス討伐の褒美は、後ほど届けさせよう…。すまんの…余は疲れた…」
玉座から弱々しく立ち上がり、玉座の間から立ち去るドーソンを六人は静かに見ていた。やっと手に入れていた磐石の平和を、わずか数秒で奪われた彼の心痛は容易に推察できる。
「ゾーマか…無人のナジミの塔を破壊するとはな…。犠牲者が出ねえようにわざとやったのだろう。いつでも人間を全滅させることができるとでも言いたいのか、殺戮を繰り返していたバラモスより、むしろ不気味に感じるぜ…」
カンダタが独り言のようにつぶやく。誰もそれに対して答える気力が無かった。やっとの思いで勝ち取った平和が、あっさり掌から逃げてしまった。失望したのは彼らも同じであった。王妃テレサがパーティーに歩み寄る。
「ごめんなさい。アレル、いろはさん、そして皆さん…。ですがドーソンの気持ちも汲んでくださいませ…」
「分かっております王妃殿下…。祝賀会どころではございませんのは我らも同じです」
「いろはさん…」
「恐れながら、幸いナジミの塔は孤島にございますから、領民には島の地震と、塔の老朽化が重なり崩壊したと伝えるのが良いでしょう。祝賀会の中止はアレルと私が旅の疲れで倒れたため、後日に行うと公表してください。領民の混乱はこれで防げましょう」
「分かりました。領民たちにはそのように伝えましょう…」
テレサも気丈にふるまうが、失望の程は隠せなかった。
やがて一行は玉座の間を後にした。足取りは重かった。そして先頭を歩いていたアレルが立ち止まった。
「ホンフゥ、カンダタ、マリス、聞けばロマリアも国を上げての歓迎式典を用意しているらしい。ルーラで俺が送るから行くがいいよ」
「な、何言っているんだ。歓迎なんか受けられる心境じゃねえよ。すぐにゾーマとやらを」
カンダタ、マリスもホンフゥと同じ気持ちであった。だがホンフゥがすべて言い終える前にいろはが言葉を制した。
「ホンフゥ、ゾーマが私達と同じ世界にいるのであれば、貴方の言う通り、即、討伐に行くべきでしょう。しかし彼は異なる世界にいる。その世界に行って、帰ってこられる保証はどこにもないのですよ」
帰ってこられないかもしれない。このいろはの言葉は全員に突き刺さった。パーティーに沈黙が走る。彼らは明日、自分達のこれからの指針について相談しようと取り決め、その場は解散した。
やがて王室からナジミの塔崩壊の理由と、歓迎式典延期が領民に告知された。領民達に戸惑いも見えたが、主役達が過労では仕方ないと納得し、城の広場から自宅に戻っていった。
カンダタやホンフゥ、マリスはロマリアで歓迎を受ける気持ちにはなれず、やむなく伝書鳩で帰城できないことを報告した。
アレルは久しぶりに自宅に戻るが、平和の到来を信じる母と祖父の笑顔を直視できず、宿に部屋をとり読書にふけった。とにかく一人の静かな時間を過ごしたかったのかもしれない。カンダタとホンフゥ、マリスはキメラの翼でアッサラームに飛び、ゴメスや子分たちと酒場で飲んだ。祝賀会が中止になった反動からか、異様なほどに盛り上がった。その後、カンダタとホンフゥは妓館に流れた。
こんな時は彼らでなくても女の肌が恋しくなるのも自然であろう。マリスは酒ビンをいくつか抱えて、ルーラでアリアハンへと戻っていった。
いろはは教会の寄宿舎に戻り、日記を書いていた。彼女はアリアハンに来て以来、ずっと日記を書いていた。無論、冒険時にも欠かせたことはない。しかし今日の出来事はあまりに強烈であり、文章の量も多くなる。そろそろ夕食時になるころ、いろはの部屋に客が来た。
「ステラ?」
「いろは、夕食は?」
「いえ、これからですが」
「よかったら私の家に来ない? 母がいろはにご馳走したいって」
ステラ宅のドアを開けると、エレナが満面の笑みで出迎えた。
「いろは様、いらっしゃいませ。もうお体は良いのですか?」
そういえば、過労と云う名目で祝賀会を中止にしたことを、いろはは思い出した。
「は、はい。一眠りしたら嘘のように疲れも取れて」
「それはようございました。腕によりをかけて精をつくものを作りましたので、どうぞ召し上がって下さいませ」
目の前のテーブルにはエレナの美味しそうな手料理がズラリと並んでいた。彼女に取りいろはは命の恩人であり、娘の親友。本当に心をこめて作ったことが伺えた。ステラもロイスもゾーマのことはエレナには言ってはいないようだった。だから二人も笑顔でいろはに迎え、共にテーブルを囲んだ。今、この時はゾーマのことは忘れよう。ロイス、ステラ、いろはに暗黙の会話が走る。それにエレナの手料理は本当に笑みが出るほどに美味であった。
食事も進み、会話も弾む。ロイスとエレナは心よりいろはを歓待した。そして優しい父母がいるステラをいろはは少しうらやましくも思った。いろは、そしてひみこの母親は彼女たちがまだ幼い頃に亡くなり、父親も十四のころに亡くなっている。国の宰相となる立場から周りの大人に甘えることも、泣くことも許されなかった寂しくも辛くもあった少女期。
ステラも厳しい剣術の修行を父のロイスに課せられ、辛くて泣きたい時もあっただろう。しかし父親が自分一人に愛情を注ぎ修行をしてくれることは、まぎれもなく幸せなことなのだ。
優しい父母と共にいるステラを見ていろはは思う。ステラは帰る場所がある。彼女を待つ父と母がいる。ロイスとエレナにとって、ステラがいなくなった世界なんて考えられないだろう。ゾーマと戦うからには、異なる世界に行かなくてはならない。帰ってこられる保証は何一つない。
(ステラとは…一緒に行けない…)