DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第二十二話 ステラの決意

「ステラは来ない? どういうことだアレル!?」

 カンダタは激しくアレルに詰め寄る。ここは朝のアリアハン城下。ルイーダの酒場の前である。

 

「…と云うわけなんだ。俺は父のロイス団長から、いろはは母のエレナさんから強く要望された。断ることは出来なかった…」

 掴んでいたアレルの襟首をカンダタは静かに離した。

「そうか…。ステラ、来ないのか。そういう事情じゃ仕方ないな…」

 ションボリとカンダタはつぶやく。

「…ねえ、兄貴、もしかしてステラにホの字だったの?」

「ん? いや、俺はこの通り体は大きいし、筋トレ大好き盗賊だ。お上品で華奢な女じゃ抱いていても物足りなくてな。その点、ステラは大女だし、体も引き締まっているし、胸もデカい。前々から抱きごこち良さそうだな~と少し思っていた」

「ふ~ん、エッチィコメントだけど惚れていると云う事は分かったよ。で、どうするの?」

「なーに、帰れる保証が無いという見方もあれば、帰れることもあると云う見方もあるわけだ。その時にじっくり口説くさ。ゾーマ打倒とステラを俺に惚れさせること。今、両方は選べんよ」

 カンダタの気持ちは、すでにゾーマに向けられている。妹マリスは少し違う。とっととゾーマを倒してアレルと甘い生活をゲットしようと決めていた。

 

 ルイーダの酒場から、かなり離れてはいるが、アリアハン城は酒場からも目に入るほど大きい。ホンフゥはその城を見つめ、少し苦笑した。

「しかし、凱旋からわずか数日でアリアハンを離れることになるとはなあ…」

「むしろ、これで良いのかもしれません」

 仲間たちの会話を静かに聞いていたいろはがつぶやいた。

「いろは、これが良いとは?」

 と、アレル。

「古人いわく『功成り名遂げて身退くは天の道なり』『四時の序、功を成す者は去る』と言います。私たちはバラモスを倒して英雄となりましたが、平和な世にバラモスを打倒しえた者がいると云うのは、後々、脅威となります。この言葉は功が成って、名を遂げたのであれば、さっさと身を引け。頂上に上がれば、あとは下がるだけなのだから、退け時をわきまえなさい。でないと身を滅ぼしますと戒めたもの。このままアリアハンに身を置いていたら、私たちは、ドーソン陛下、テレサ王妃殿下に誅されることもありえます。国家元首にとって、それほど私たちは危険な存在です。世界を救う力を持っていると云うことは転じて世界を滅ぼす力にもなりうるのですから」

 

 乱世には必要とされても、太平の世には無用の長物。それが英雄というもの。旅立つ前に色々と歴史を勉強したアレルも、それを分かっていた。

「まあ、元々、富貴や立身出世を求めてバラモスと闘ったわけじゃないからな。王は俺を召抱えたかったらしいけど、窮屈な役人や王国騎士になるのは性に合わない。見方を変えれば、これも良い機会か。向こうの世界でも、ゾーマ倒したらとっとと消えちまうのが良いのかもしれないな」

「じゃあアレルはゾーマを倒した後にどーしたいの? 消えちゃおうってことは、その若さで隠居生活するつもりなの?」

 マリスが訊ねた。彼女にとっても重大なことである。

「そんなことはないさ。ゾーマ討伐後は美人なお嫁さんをもらい、そして剣を捨てて絵筆と彫刻刀を握り芸術家となるのさ。俺の芸術はレベルが高すぎて、こっちでは評価は得られなかったが、異世界ではすごーい評価を受けるかもしれないからな。うん」

 その自信がどこから出てくるのか、さっぱり分からないマリスは心の中で大きく『ハア』とため息を出す。アレルと一緒になったら苦労するだろうと腹を括った。だが異世界に旅立つ不安をパーティー一人一人が思う中、アレルの根拠の無い自信は仲間たちを元気付けた。思わずいろはもクスリと笑った。

「ではそろそろ行きましょう。みんな、準備は良いですね?」

 パーティーは各々自分の荷物袋を背負い、ラーミアが待機している場所へと歩いていった。ルイーダの酒場からほど近いアレルの家。アレルは自宅を眺め、一言つぶやいた。

「母さん、ごめんよ。今まで育ててくれてありがとう」

 彼は自分の部屋の机に置手紙を残しただけで、母のルシア、祖父のイリアに別れを言っていない。母の悲しむ顔を見たくはなかった。置手紙の文面はこうであった。

(まだやるべきことがある。さようなら。母さん。じいちゃん)

 

 アレルだけではない。いろは、カンダタ、マリス、ホンフゥも、もうこの世界に戻らない覚悟であった。

 ステラに好意を寄せているカンダタには、もちろん未練もある。しかし、かつて自分はいろはに命を助けられ、何よりアレル、ホンフゥと云う男同士の仲間たちは血よりも濃き絆で結ばれている友である。

 妹のマリスもアレルと共に行く。今更、この冒険を止めることはできない。自らに(女で決心が鈍るなんて情けないぞ)と言い聞かせ歩いた。

 ホンフゥはガザーブで熱烈な歓迎を受けた。郷土の誇りとまで讃えられた。ふだんホンフゥに憎まれ口を叩いてばかりの妹弟子のミファンでさえ、兄弟子ホンフゥを見つめて頬を赤らめたほどだ。ホンフゥもまた、村の仲間や武道仲間に別れは言えなかった。ただ彼の流派、龍拳の師父サンテイ老師にだけは、アレルと同じように(まだやるべきことがあります)とだけ残し、ガザーブを後にした。

 

 町の入り口にさしかかった時、いろはは振り返りアリアハンの町と城の全景を見た。

「ありがとう、アリアハン…そしてさようなら…」

 ラーミアはすでに大きな翼を羽ばたかせ、離陸体制に入っていた。

「いろは―! 何している、早く来いよ――!!」

「ええ、今行きます」

 アレルの呼ぶ声にいろはは笑顔で答え、そしてもうアリアハンに振り返らなかった。最後に一言だけ。心の中でつぶやいて。

「ごめんなさい、ステラ…」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 置いてけぼりを食ったステラは、自宅二階の自室のベッドで泣いていた。声を殺して泣くことも出来ないほど、彼女は悲しい気持ちで一杯だった。一階にいる父のロイス、母のエレナの耳にも娘の泣き声は聞こえた。もう何時間泣いているだろう。

 

 ステラは聞いた。父のロイスはアレルに、母のエレナはいろはに連れて行かないでほしいと頼んだことを。父と母を許せない気持ちもあったが、それを受け入れたいろは、アレルにも怒りを覚えた。

(今度あったらいろはもアレルも張り倒して…今度? もう会えないんじゃない! もう文句を言うことも出来ないんじゃない! ずるいよ…)

 ロイスは泣き続けるステラを心配して、今日は休みを取り、城へ出仕しなかった。娘の泣き声を心痛に聞く妻エレナの側にもいてやりたかった。ロイスは不器用にも料理を作り、朝から泣き続けているステラの部屋へと持っていった。

「ステラ、食事だぞ。持ってきたからドアを開けなさい」

 ドアの向こうから涙声で怒鳴るステラの声が響いた。

「うるさい! もう父さんの顔なんて見たくもない! 父さんも母さんも大嫌い!」

「ステラ…」

「いろは…アレルも、みんなも絶対に許すもんか! 死ぬ時は一緒だと誓ったのに、あっさりとその約束を破りやがった! あいつら嘘つきだ!」

 ドアの向こうで泣くステラにロイスは言った。

「ステラ、俺を恨むのはかまわん。しかしアレルやいろは様を恨むのは間違っているぞ! 彼らとて、よくよく考えて…」

 ロイスが言い終わる前に、ドスンと云う鈍い音がドアに響いた。ステラが涙に濡れたマクラをドアに投げたのだ。

「聞きたくない! 父さんに何が分かるの? 娘から仲間を取り上げておいて偉そうに言わないでよ!」

 歳は二十一を越え、ロイス自身も娘を大人になったなと娘を見ていたが、今のステラは幼子のように父親を罵った。それほどにアリアハンに残されたと云うことはステラにとってショックだった。ステラは再び泣き出した。ロイスは食べ物を部屋の前に置き一階へと戻った。ステラの泣き声交じりの怒鳴り声はエレナにも聞こえていた。

 

「エレナ、お前も疲れているだろう。横になったらどうだ?」

「大丈夫です…でも…」

「ん?」

「私たち…間違っていたのでしょうか…。あの子の言う様に、私たちはあの子から仲間を取り上げてしまった…。これで良かったのでしょうか…」

 夫婦の間に沈黙が走る。ロイスは静かに答えた。

「ステラから見れば、私たちは間違っているだろう。だが私は少なからずゾーマの邪念に触れた。アレルたちがどれだけの力量を持っていても、正直勝てる相手とは思えんのだ。ましてやゾーマのいる場所は異世界。たとえゾーマに勝利したとしても再びこの世界に戻ってこられる保証もない。そんな場所に、そんな死の待つ戦いに、どうして大事な一人娘をやれようか。たとえ私たちがステラに一生許されなくてもかまわない。蛇蝎のごとく嫌われようが、憎まれようが、これしかなかった。親としては間違ってはいない。決して…」

「あなた…」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 時を少しさかのぼり、アリアハンからラーミアに乗り、一路ギアガの大穴を目指したいろは、アレル一行は、バラモス城の東側に位置する毒の沼地に覆われている孤島に到着した。

 自分の背中から、いろはたちを下ろすとラーミアは上空へと飛び立った。まるで役目全てを終えたかのように。

「おそらくこれが、ラーミアとの今生の別れでしょう」

 ラーミアとの別れを惜しむように、いろははつぶやいた。

「ねー、ラーミアどこに行くんだろ?」

 ラーミアの飛び立った空を見上げるマリス。

「さあな。さしずめ神々の世界ってトコじゃないのか。俺たちが苦労してこの世に誕生させたラーミア。どこの世界に行こうが元気で暮らしていってほしいもんだよ」

 ラーミアの飛び立った軌跡を、アレルもまた、名残が尽きないように見つめていた。

 

 やがて彼らは、孤島の中心に広がる大きな洞窟に入り、見つけた。まるで無限の深さを思わせる大穴を。

「ただの穴ではありませんね。魔力を帯びており、オーブが集まった時と同じで、これも『旅の扉』の一種でしょう」

「マリス、この洞窟にリレミトの作用は?」

「大丈夫。確認したけれど、リレミトがかき消されることはないよ。この穴が単なる落とし穴だったとしても脱出はできる」

 アレルは洞窟や塔に入る際、マリスにリレミトの確認を必ずさせていた。あのサイモンの最期を教訓としていたのである。

「よし、ならば突入する。かなりの深さが想定されるから、俺がルーラを応用して全員をゆっくりと降ろす。俺を中心に円陣を組んでくれ」

 四人はアレルを中心に円陣を組み、腕を差し伸べた。アレルは全員の手を握り、静かに瞬間移動呪文ルーラの詠唱を始めた。

「じゃあ行くぞ! ゾーマの元に!」

 仲間たちは頷く。やがて魔法力の光が全員を包み、大穴へと入っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 話は戻り、ここはアリアハン。

 ステラの悲しみの日々は続いた。王宮戦士として復職するようにと云う王命にも彼女は従わなかった。もっぱら部屋に閉じこもり、両親とも話さなかった。窓からの風景をボーと眺めている毎日である。空を見ていると、一羽の鳥がステラの前を通り過ぎた。

「鳥はいいなあ…。ここからネクロゴンドの異世界の入り口にすぐに行ける…」

 鳥を見るたびに、ステラはそう思っていた。そんな虚しい思いを巡らせている中、ドアの向こうから母エレナの声が聞こえた。

「ステラ」

「……」

 ステラは答えなかった。

「…レンドルと云うご老人が貴方を訪ねてこられているのだけど…」

「レンドル様が?」

 久しぶりに聞く娘の声だった。ステラはふと今の自分の姿を見ると髪はクシャクシャ。服は何日も代えていない。目の下はクマ。顔は憔悴しきっている。そんな姿で会うわけにもいかなかったので、後ほど自分からレンドルのいる墓地に伺うと返事を出した。

 

 久しぶりに風呂に入り、髪と衣服を整え、腰には、あのバラモスを打倒した愛刀イナホの剣を差した。

「じゃ行ってくる」

 久しぶりの外である。風呂に入っている時、ステラは考えた。

(レンドル様なら、何とか自分が異世界に行く方法を教えてくれるかもしれない)

 そう思うと希望が湧いた。墓地へ向かう足取りも軽やかだった。自分一人ではネクロゴンドの山脈は越えることはできない。たどり着いたとしても、四面を荒波で囲まれている孤島へ行く術もない。以前レンドルが言ったように飛んでいくしかないのだ。ステラには方法は思いつかない。しかしレンドルならば…ステラは足早に墓地へと向かった。

 

 レンドルは墓地の外れにある大きな樹の下に茶席を用意してステラを待っていた。

「レンドル様」

「おお、よくぞ来られた。まあ座りなされ」

 小さな火鉢で沸かされた湯をティーポッドに入れているレンドルの前にステラは腰掛けた。紅茶の香りがただよう。ステラは申し訳なさそうに言った。

「レンドル様、私、紅茶は今…」

「心配せんでも眠り薬などは入っておらんよ」

 レンドル手製の木のカップ。それにレンドルは紅茶を注ぐ。木の香りに紅茶の香りが合わさり、紅茶好きのステラにはたまらない香りだった。

「いい香りです。いただきます」

 茶席の上の大樹が風にあおられ、枝と葉を鳴らす。傷心のステラには心地よい音だった。

 

「ご存知だったのですね。私が置いていかれたこと…」

「うむ。で、ご両親といろは殿たちを恨んでおるかね?」

「…はい」

「うむ…」

「レンドル様、何とか、いろはたちに追いつく術はないでしょうか」

 ステラはティーカップを膝元に置きつつ、レンドルに訊ねた。

「追いついて何をしたい? いろは殿やアレル殿を張り倒したいのかな?」

「…無論、それもあります。しかし、それは大した理由ではないのです。アリアハンに残され、毎日窓からの風景を眺めていて、少し思ったのです。バラモスを凌ぐ怪物ゾーマ。その戦いに私が参加せず、もし仲間たちが遠い異世界で死ぬようなことがあったらと。私だけアリアハンで平穏に暮らしていて良いのだろうかと。そう思うと、もう夜も眠れなくて…助けに行きたい…。今、これが一番の気持ちです」

「うむ。その気持ちに達したか。ならば少しお節介をさせてもらおう」

「え?」

 

 レンドルは自分の鞄から一つの風船を取り出した。そしておもむろに膨らませた。

「レンドル様?」

「良いかなステラ殿。この風船に入っている空気は人間の吐き出した空気ゆえ、膨張力はあっても大気より重く浮かばない」

「はあ…」

 ステラには少し難しい話である。

「だが、ある町で大気より軽い空気を作り出すことに成功した者がいる。その発明を機に町の長は大きな風船の乗り物を開発し、近隣へ移動も兼ね、町の名物としても大変な評判らしい。その風船の乗り物を使えばあるいはネクロゴンドへ行けるのではないか、と儂は考えたのじゃが…いかがであろうかな?」

 ステラの顔が一気に明るくなった。

「レ、レ、レンドル様! その町どこですか!?」

「ダーマ神殿北側のガルナの塔さらに北東『アレルブルク』。あの勇者サイモンの一人娘カトレア殿が作った町じゃ。そなたも知己であろう?」

「カトレアが!!」

 

 レンドルは一つの書簡を懐から出した。

「これはカトレア殿が儂に宛てた手紙じゃ。政治顧問として儂を召抱えたいと書かれておる。知ってのとおり彼女はバラモスにより親兄弟を亡くした人々を助けるために町を作っておる。その長に協力を求められた以上、老骨とはいえ、男子応えないわけにもいくまい。そなたたちと会って、この辺で世捨て人を返上したいと云う気持ちになっていたしのう。だがキメラの翼ではダーマまでしか行けん。道中をボディーガードとして一緒に来てはくれぬか?」

「は、はい! 喜んでお供します! すぐに行きましょう!」

「まあ待ってくれ。イナホの骨壷も取りださにゃならんし、明日の朝にしよう。その間、ご両親とちゃんと仲直りされよ。喧嘩したまま娘に去られてはロイス殿もエレナ殿も一生苦しむであろう。ご両親の納得の上、アレルブルクに参ろう。良いかな?」

「分かりました」

 

 

 その夜、ステラは久しぶりに両親と食事を取っていた。しかし会話は無い。重苦しい雰囲気だった。ロイスもエレナも何を話してよいか分からず、一方ステラはどう切り出したら良いか、悩んでいた。そんな沈黙がしばらく続いた後、ようやくステラが口を開いた。

「父さん…母さん…ごめんなさい。いい歳して、ずっと不貞腐れていて…。父さん、母さんだって辛い選択だったろうに、それを理解しようともせず…本当にごめんなさい…」

「ステラ…」

 今までのわだかまりが一瞬にして解けたようだった。ロイスとエレナの顔に安堵の表情が浮かんだ。

 

「…でも私、やっぱりいろはとアレルを追いかけたい。私が抜けたことでパーティーの戦力はきっとダウンしている…。今まで使っていた有効な作戦も陣形も役に立たなくなっているだろうし、絶対に苦戦している。助けてあげたいの」

「ステラ! あなた、まだそんなことを! どうして? アリアハンも、いえこの世界はバラモスが倒れ、こんなに平和じゃない! なぜまた痛い思いをしに行きたいの? あなたは女の子なのよ。お願いだから…もう魔王のことは忘れて…」

 母エレナの言葉は涙声で最後まで聞き取れなかった。

「ステラ…バラモスは倒れたが、今だ世界にはモンスターの残党がおり、少なからず人々を怯えさせている。そういう人々を守り、助けるのも立派な戦士の仕事なのだぞ。アリアハンにいても、お前なら十分に、その任をまっとう出来るではないか。陛下もお前を私の次の代の騎士団長にすることを考えている。私も安心して退役できる」

「そしていつか、私たちに孫の顔を見せて…お願いよ…」

 

 ロイスの言葉は正論であり、エレナの望む事は母親として当然の事である。ステラは口があまり達者ではない。というより口下手である。特に、このような正論で諭されると、もうどうしようもなかった。いつもならこういう場合、捨てゼリフを残して席を立つ彼女だか、今回はそうもいかない。両親を納得させないまま、明朝に旅立ってはレンドルに対して嘘をつくわけになるし、また自分も喧嘩したままで旅立つのは嫌だった。

「父さん…。私、後悔したくないんだ。かつてオルテガ様も何の見返りも無い冒険へと身を投じた。それはきっと後悔したくないからだと思うの」

「後悔…」

 ステラの言葉をロイスはつぶやくように返す。

「うん…。座してバラモスの専横を許して、それを後悔するよりも、立ち向かう道をオルテガ様は選んだ。そしていろは、アレルたちも同じ道を選んだ。そして私も同じ道に行きたいの」

 ロイスは手の平で思い切りテーブルを叩いた。

「生意気言うな! お前が師父様を語るなんて十年早い!」

「…そうだね。私やいろはたちはオルテガ様が味わったご苦難の半分も知らないかもしれない。でも、だからと言って止められる理由にはならない。私は行く。分かって。父さん、母さん…」

 

 議論、討論大嫌いのステラが最後まで自説を通した。とうとうと自分の思いを述べるステラの顔に気負いは無い。落ち着き、静かな顔だった。もう…止めようがない…。

 母エレナは感じた。娘は今、腹を括った。私たち夫婦から離れていっているのだ。

「勝手にしろ!!」

 ロイスはステラを怒鳴りつけ、寝室へと入っていった。

「母さん…ごめんね…」

「ううん…。今、母さんね。分かった気がするの…。かつていろは様が私を死の病から助けてくれたのは、あなたといろは様を生涯の友とするための運命の糸だったのだなって」

「母さん…」

「もう何も言いません。お行きなさい。笑って見送ってあげるわ」

「ありがとう…。母さん…」

 ステラの目に涙がにじむ。となりの寝室、明かりは着いていない暗い部屋で父のロイスは泣いていた。これが娘と最後の夜となるかもしれないと噛み締めながら。

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