DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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この物語の商人は女性で、カトレアという名前です。ゲームと同様に一度町を興して成功、そして革命が起きて投獄されてしまいますが、後に町民と和解、後事を託して実家があるサマンオサに帰り、アレル一行と出会います。彼女は勇者サイモンの娘なのです。
その後、世界樹のある四つ岩の大陸に新たな町を築きます。それがアレルブルクです。


第二十三話 アレルブルク

 翌朝、ステラは二階から荷物袋を背負い、鎧の金属音をガシャンガシャンと鳴らしながら階段を降りてきた。

「おはよう」

「おはようステラ」

 母のエレナは笑って返事をしてくれたが、父のロイスはブスッとして腕を組んでいた。ロイスの向かいに座り、ステラは兜を脱いだ。ステラの好きな紅茶を母のエレナが入れてくれた。前に睡眠薬が入っていたのでエレナは安心させようと、わざと自分で飲んでみせようとしたが、ステラはその前にカップを取り、飲んだ。

「ああ、美味しい…。やはり母さんの紅茶は美味しいよ」

 娘の気配りがエレナは嬉しかった。

「ステラ…」

 

 ロイスが組んでいた腕をほどいた。

「考えてみれば、お前とは酒を飲んだことが無かったな」

 そう言うと彼はとっておきのブランデーの栓を開けた。

「父さん…」

 半分以上飲み干されている紅茶のカップにロイスはブランデーを注いだ。

「ステラ、俺は不器用だから、こんな時に何て言って良いのかは分からん…。だが言いたいのは…俺はお前を誇りに思う。これだけだ」

 滅多に誉めてくれなかった父が、自分を『誇り』と言ってくれた。ステラの瞳に少しの涙が浮かぶ。

「エレナ、お前も飲め」

 妻のエレナもまた、瞳に涙を浮かべ、夫の注ぐブランデーを大事そうに見つめた。

「ステラの門出を祝って! 乾杯!」

 

 カチャン!

 

 三つのカップが一つの音で重なった。家族と飲む最初で最後の酒をステラは大事に飲んだ。父のロイス、母のエレナも同様であった。

 

 城下町の出口にほど近い、ルイーダの酒場。ここでレンドルは待っていた。もう一度、彼は荷物の確認をした。少ないが衣類と茶道具、その他日用品。そして真っ白い布で幾重にも覆った彼の相棒の眠る小さな箱。これを首からぶら下げていた。

「イナホや。次の町でも日当たりの良いトコで眠らせてやるからのう」

 箱を愛しそうに撫でる姿をルイーダは見ていた。

「じいさん、旅に出るのかい? ならここで仲間を見つけていった方がいいよ。バラモスは倒れても、城下町を一歩出たら、一応まだ魔物はいるんだからさ」

「ホッホッホッ、心配りありがとう。じゃが儂にはもう心強いボディガードがおるでな」

 

 ギィ

 

 レンドルがルイーダに言い終えた頃、酒場のドアが開いた。

「お待たせいたしました。レンドル様」

 ステラが酒場に入ってきた。笑顔でいてもステラの持つ雰囲気は威圧感十分である。レンドルのいる奥のカウンターまで歩くステラに酒場の客は道を開けた。

「なんの、そんなに待ってはおらんよ。ではマダム、勘定はここ置くぞ」

 レンドルとステラは酒場を後にした。

「なんでステラがあのじいさんと? ミョーなカップルだわねえ…」

 酒場を出ると、ロイスとエレナがいた。別れが惜しく、ついついここまで着いて来てしまったのだ。

「あなたがレンドル殿か?」

 ロイスの言葉にレンドルは静かに頷いた。そして彼は頭を下げた。

「団長のご息女に再び旅立ちへの火を着けたのは、紛れも無く儂ですじゃ。お詫びの言葉もございませぬ」

「いいえ…これで良かったのかもしれません。顔をお上げ下さい」

 ステラは両親の前に出た。

「父さん、母さん、見送りはここまででいいよ。私も辛いし…」

「そうか…」

「ステラ、体には気をつけるんだよ」

「うん。ありがとう」

 別れを惜しむ両親に背中を向けて、ステラはアリアハン城下町の大きな門に歩き出した。ステラはもう振り向かなかった。瞳に涙は無かった。こらえているのだ。レンドルもそれが分かるのだろう、何も言わずにステラと共に歩いていた。ロイスとエレナはステラの姿が見えなくなるまで見送っていた。

 

 やがて城下町を出た。そこはもう草原である。風に草がゆれてサラサラと音を出していた。レンドルは懐からキメラの翼を取り出す。

「ならば、参りますぞ。ダーマを経て『アレルブルク』へ」

「はい!」

 キメラの翼が上空に舞い、それと同じにレンドルとステラの体は宙を舞った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「暗い…真っ暗だ…」

 暗闇の中で、火の玉がボウと光る。

「アレル、こっちこっち。眼が慣れるまでは迂闊に動かない方がいいよ」

 マリスは手の平の上にメラを唱え、灯りとした。しばらくマリスの手の平で踊る炎を中心に五人は輪になっていた。やがて眼も慣れてくると五人は驚いた。

「ここ、屋内か洞窟内かと思えば…外です!」

 空を見上げて、いろはが驚きの声を出す。いや巨大な大穴に入ったのだから、むしろ天井と言って良いのかもしれない。だが確かに空には白い雲が存在していた。

「星も月も見当たらない。だから地上の夜より暗いのか。なんだここは?」

 

「ここはラダトームだよ」

 

「…!?」

 五人は一斉に声の主に振り向いた。そこには銀色の竪琴を持った、やや小太りの若者が立っていた。短い黒髪に三角帽子と赤と白のストライプの派手な服。道化師のよう。長い時間かけて、ようやく色の判別もつくほどに目も慣れてきた。

「あなたは?」

 いろはが若者に問い掛けた。

「人に物を訊ねるなら、まず自分が名乗るのが道理でしょう」

「何だと、コイツ」

 ホンフゥが凄んでも若者は飄々とした顔を見せているだけだった。

「いえ、これは失礼いたしました。私の名前はいろは。ジパングのいろはです」

 他の四人も若者に名乗った。

「アリアハン、ジパング、ロマリア、ガザーブ? そんな町の名前聞いた事が無いよ」

 アレルは困った表情で若者に言った。

「まあ…話せば長くなるのだが…」

「僕の名前はガライ。吟遊詩人だよ」

 アレルが説明を始める前に若者は名乗った。長い話は嫌だったらしい。

(…聞けよ、人の話…)

「ところでアレル、気づいたか?」

「なにをだよ、カンダタ」

「この男、上の世界でも共通語となっているアリアハンの言葉で話している」

「あっ…」

 そういえばそうであった。しかもガライは母国語のように話していた。だが今はそのことを細かく考えるゆとりは無い。知らない土地で言葉が通じる者と出会えたことは幸運以外の何ものでもない。

「ではガライさん…お聞きしたいのですが」

「ガライでいいよ。イクラさん」

「……いろはです」

「ああ、いろはさんね。何?」

「この世界で旅をされているのなら、この辺の地理もご存知と見受けますが、この辺に町や村はありませんか? 仲間の特技でここから東方に何かがあるのは分かったのですが、何ぶん暗いですし、地形も分からないので…」

「東方…ああラダトーム城のことだね」

 城、ということは国が存在する。そしてこの若者を見る限り、自分たちと同じ人間の国がこの異世界にもある。五人は胸をなでおろした。

「まあ、明日に僕は登城する予定だから一緒に来なよ。それまで、そこで休むといいよ」

 ガライの指す方向には、小屋があった。そこは彼の家である。家の造りなどは、アリアハン、ロマリアと類似している。いろはたちは異世界が魔物の巣窟とも覚悟していたので、自分たちの世界とそう変わらない様式の家を見たときは、何かホッとした。彼らはガライの言葉に甘え、時を過ごした。ガライは暖炉を焚き、一人一人に暖かいお茶を出した。いろはたちの世界にも存在した紅茶である。

(こっちの世界にも紅茶があるのか…)と思いつつ、いろはたちは紅茶を飲んだ。

 

 

「…へええ…異なる世界から来た勇者一行…」

 自分たちが聞いたら、にわかには信じられない『異世界から来た』と云う話をガライは真剣に聞いていた。信じてもらえるだろうかと不安に思いながらも語ったいろはが返って戸惑うくらいだった。

「あの…信じてもらえるのでしょうか…」

「ああ、信じるよ。アンタたちの目は嘘ついている目じゃないし、何よりいろはさんは僕の目を見て話していた。嘘ついている人にそれは出来ないでしょ。アレフガルドの伝承によると、大昔に精霊の神、女神ルビス様がアレフガルドを創造したと言われているんだ。でもそれ以前にルビス様がどこから来たのかは誰一人として知らない。君たちの世界にルビス様に関する伝承はないかい?」

「ええ、ルビスが自分の力を込めて作ったと云われる六つのオーブ。そして天界より降り立ったときにルビスが乗っていたと伝えられるラーミアが…」

 その言葉を聞くと、ガライは自分の膝を叩いた。

「やはりそうか。君たちはルビス様がこのアレフガルドを作る前にいた世界の住民なんだ。だから僕と言葉が通じるんだよ。ルビス様ご本人も使う言葉であろう、君たちの世界の言葉。それを話すように、ルビス様は僕らのご先祖様を作られたんだ!」

 

 その後、ガライは語った。何せ彼らはアレフガルドと云う、この世界の大地の名称さえ知らないのだ。この世界の起こり。国府のラダトームのこと。アレフガルドの民のすべてが神とあがめる精霊神ルビスのこと。リムルダール、メルキドと云った町のこと。全て事細かくいろはたちに語った。いろははガライの言葉すべてを記録しながら聞いている。情報の重要さはレンドルに諭され心得ている。アレルもまた、『覚える』をフル活動させ、ガライの言葉に聞き入った。

 

 派手な服装の遊び人風体で、背も低く、小太りでおせじにもハンサムとは言えないガライであるが、いろはたちにアレフガルドを語る言葉は、この世界を全く知らない、いろはたちにも非常に分かりやすかった。相当な智者であることが読み取れる。人は見かけによらないなとマリスは心の中で思っていた。そういえばダーマにおいて『悟りの書』無しで『賢者』に転職できるのは、ある程度レベルの高い『遊び人』だけだったことを思い出した。

(遊び人やると頭良くなるのかな?)

 そんなことを思いつつ、マリスもまた、ガライの言葉に聞き入っていた。ずいぶん長いこと聞いていたが、ホンフゥが窓の外を見て、ある事に気づいた。

「ガライ、もうずいぶん時間が経ったけど、夜明けが来ないな」

「…夜明け、アレフガルドには朝は来ないんだよ」

 流暢に話していたガライが項垂れつつ、ホンフゥの問いに答えた。

「おいおい『朝は来ない』なんて寂しいこと言うなあ。いくらゾーマの恐怖があるからって希望くらい持てよ」

 カンダタがシュンとしたガライを励ますように言うと、彼は静かに首を振った。

「違うんだ。そういう意味じゃない。実際にこの世界には朝が来ないんだ。ずっと夜なんだよ」

「「え?」」

 五人は驚いた顔を見合わせた。そしてガライは悔しそうにつぶやく。

「ゾーマはアレフガルドから太陽を奪ったんだ」

 窓の前に立ち、マリスは外をしばらく見つめ、言った。

「そんな…朝が来ないなんて…」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ヘェ、ハァ、ま、待ってくれステラ殿」

「…だからレンドル様、私が背負いますと、さっきから言っているではないですか」

 ステラとレンドルはキメラの翼でダーマに到着した後、すぐにアレルブルクのある四つ岩大陸へと向かった。この周辺のモンスターはどんな多勢で来ようともステラの敵ではなかったが、悩みの種はレンドルの足の遅さだった。ステラはいろはたちと歩いていた時と同じような速度で歩いていたが、高齢のレンドルには無理な注文であった。だが早くアレルブルクに行きたいステラは焦れていた。

「いやいや、儂を背負ったら戦闘に影響するじゃろう? それは無理じゃ」

「確かにそうですが…それでは今日のところはこの辺で休みましょう。そのお疲れでは四つ岩大陸の森林を歩くのは…」

 

「お、ステラ殿。あれを見なされ」

 ステラが言い終わる前に、レンドルは空に何かを見つれた。彼の指す上空に、小さな風船が飛んでいる。いや、間近で見れば大きいのは確かである。風船の下には数人が乗ることが可能な四角いカゴがぶら下がっている。

「あれが風船の乗り物…」

 ステラとレンドルが風船を現認すると、乗っていた者も遠眼鏡で二人を現認した。

「あれだ。ネルソン降ろして」

「合点でさ」

 風船はレンドルとステラの前に降りてきた。乗っていたのはカトレアと従者と思える商人風の男であった。

「カトレア!」

「久しぶりだね、ステラ」

 ステラに軽く挨拶をしたカトレアはレンドルに駆け寄った。

 

「あなたが賢者レンドル殿ですね」

「いかにも」

「お待ちしておりました。私は『アレルブルク』の町長カトレアです。あなたの卓越した知識をお借りしたく思い、手紙を出させていただいた次第です。数刻前にダーマの神官から、私の町に向かったと云う伝書鳩が届いたので、お迎えに上がりました」

「おお、これは行き届いた心配り、何より町長自らの出迎えとは、ありがとうございます」

「それではこちらにどうぞ。しばし空の旅を」

 カトレアはレンドルの手を引き、籠へと導いた。一方、ステラはこの風船の乗り物にしばらく見とれていた。これが空に浮く夢の船としみじみ眺めていた。カトレアとレンドルの会話も全然聞こえていなかった。

「ステラ、アンタも早く乗りなよ」

「え、ええ。ところでこの風船の乗り物、何て名前なの?」

「『気球』さ。中々いいネーミングだろ? この乗り物の総称をそう呼ぶんだ。で、これは私専用の気球『カトレア第一号』だ。これもナイスネーミングだろ?」

 ステラは籠にヒョイと飛び乗った。

「名前、そのまんまじゃないの」

「そういうシンプルなものでいいんだよ。じゃネルソン。町までお願いね」

「わかりました」

 

 

 ステラは気球の操縦を好奇心満載で見つめていた。気球が空に浮かんだ瞬間、ラーミアとは違う感動がステラに走り、それどころではなかった。

「す、すごい! 本当に浮かんだよ!」

「当たり前だろ。そういう風に作ってあるのだからさ」

 苦笑するカトレア。ステラは籠の中をウロウロと歩き回り、眼下の背景に夢中だった。どうやらステラは高いところが好きらしい。ラーミアに初めて乗った時も子供のように、はしゃいでいた。

「ねえねえ! これどうやって動かしているの!?」

 気球の動力であるガス炉の調節をしているネルソンにステラが詰め寄る。

「ははは、町長のご友人は好奇心旺盛でございますね」

 カトレアの従者ネルソンはステラのはしゃぎようが少し嬉しかったのか、快く気球の作りや操縦の仕方を講釈した。

 

 

 半年ほど前、エジンベア出身の科学者が苦心の末に『ガスのつぼ』を完成させた。その科学者ハイゼンは以前に『この世界は丸い』と云う説を出して国を混乱させた罪で母国を追われた。

 自分の説が受け入れられない世間を呪い、流れ着いたカトレアバーグにて酒浸りの生活だった。そんな時に彼はカトレアと会った。『この世界は丸いんだ』と酒場で狂ったように叫んでいる者がいると云う事をカトレアが報告で受けたからだった。

 その男に興味を持ったカトレアは、じっくりとハイゼンから『丸いとする根拠』を聞いた。自分の話を聞いてくれるのが嬉しかったのか、ハイゼンは水を得た魚のように理路整然とカトレアに『丸い』理由を話すと、カトレアはそれを納得した。彼が『世界は丸い』とする根拠はカトレアを納得させるものであった。そのとき、カトレアがポツリと言った一言。

「それなら、空でも飛んでみたら、一層にそれが分かるかも」

 ハイゼンはこれを聞き、空を飛べる乗り物を作ろうと決心した。この日から一滴の酒も飲もうとしなかった。カトレアバーグからアレルブルクにカトレアが移った時は彼も随伴を申し出、アレルブルクにて、その研究に没頭した。カトレアも資金を惜しまずに提供し、ハイゼンは若き女町長の期待に答え、ついに完成させた。第一号の気球はカトレアに贈呈され、以後、気球はアレルブルクの名物となり、町を潤すに欠かせないものとなっていったのだ。

 その後、まだ試行錯誤を続け、今では、たいていの山は越せるほどの性能を持った気球も作れるという。ハイゼンは気球の製作は他の者に任せ、『世界は丸い』の説を発表する資料作成のため、現在は毎日気球で空を飛んでいるらしい。

 

 ステラはネルソンから気球の完成に至るまでの話を聞いていた。一方カトレアは早速レンドルに町の財政や産業について相談していた。そしてネルソンの話が一通り終えると、ステラは訊ねた。

「これでネクロゴンドの山を越えることは可能?」

 カトレアがステラを見た。

「そりゃどういう意味だいステラ? バラモスはアンタたちが倒したはずだろう?」

「…ああ、バラモスはね」

「何か気になる言い方だね。まあ、後で話しておくれよ。で、とりあえず今の質問には答える。行けるよ。ネクロゴンドまで」

「ほんと!」

「でもこの気球では無理だ。これは気球第一号でもっとも旧式なんだよ。ハイゼンの『テラマル号』を借りよう。あれなら十分にネクロゴンドまで行けるよ」

「やったあ!」

 大喜びのステラ。レンドルも安堵した。ここまで連れて来て、もし『行けない』と云う事になったら、ステラの落胆ぶりは直視できないものであったろう。

 

 一行はアレルブルクに到着した。四つ岩大陸の森林を伐採し、その木々で自分たちの家を作り、畑をたがやす。そして町は活気にあふれていた。路上で商売をする者、芸を見せる者、歌を唄うもの。保安官と呼ばれるカトレアに任命された町の治安を守る者も随所に配備されており、治安も良かった。

 町に着いたステラ、レンドルは気球の撤収を行うネルソンと分かれ、カトレアと共に、その町のメインストリートを通り、町議会へと行った。道行くカトレアに町民は微笑んで挨拶や言葉をかけている。

 

 町民ともども、若き女町長を盛り立てているようだ。アレルブルクの前に作ったカトレアバーグでは町民を無視しての町づくりに反発を買った彼女は、これを教訓としており町民第一の町づくりを行っていた。善政をしいて町を治めていることは、カトレアが今、町民に親しまれているのを見ても分かる。レンドルは自分も町民第一の町づくりを心掛けてこの若き長の補佐をしなくてはと決意を固めた。

 

「さ、ここが町議会だよ」

 町議会と云っても、それほど大きい建物ではない。だいたいルイーダの酒場と同じくらいの大きさの建物である。入ってみると、一階の窓口には移民を求める者たちが殺到していた。地上ではバラモスが倒れ平和にはなったものの、世界中では住処を無くし、仕事を無くした者は、まだたくさんいる。

 カトレアはこの移民希望の者たちに与える仕事の確保と住居を建てるための町の拡大資金の捻出に頭を悩ませていた。それをレンドルに相談したく招いたのだろう。

 やがてステラとレンドルは二階の町長室に通された。フロアの中心にあるソファーに二人は腰掛け、カトレアの用意しているお茶を待った。来客用のカップにコーヒーを入れながらカトレアはステラに訊ねた。

 

「で、ステラ。さっきの話はどういうこと? バラモスを倒した今、どうしてネクロゴンドに行く必要がある?」

「…話す前に言う事がある。これはカトレア、あなただけの胸にしまっておいて。この話が広まれば世界は混乱するから」

 二人にコーヒーを差し出し、カトレアは首を縦に下ろした。

「実は…魔王バラモスの後ろには、さらにとんでもないのがいた。その名は大魔王ゾーマ」

 カトレアは息を呑んだ。

「バラモスより…上の魔王?」

「ええ、しかし彼はこの世界には存在しない。異世界にいる。そして…」

 ステラはカトレアに語った。このままゾーマを放置しておけば、いずれ彼は万全の準備を整えた後に、こちらの世界に侵攻を開始するだろう。そうなってしまったら、時すでに遅い。戦うしかない。こちらから出向き、彼の元に行き倒すしかない。そう結論を出したこと。そして自分が仲間たちに置いてけぼりを食わされたことも全て語った。

「そうか…だから凱旋祝賀会は中止になったんだね…」

 

 あの日、いろはとアレルたちがアリアハンに凱旋した日。カトレアも祝いの品を持って、アリアハンへ駆けつけるつもりであった。その品々を見繕っているうちに翌日になってしまい、祝賀会より一日遅れて気球で出発しようとしたが、その直前に祝賀会中止の知らせを受けたのだった。

 聞けばアレルといろはが過労で倒れたとのことであったが、それは嘘であろうことはカトレアにも分かり、何か異変でもあったのかと気にはなっていた。そしてその疑問が今、解けたのである。

「それで気球に乗って、アレルたちの後を追いたいと、そう思ったわけか」

「そうなんだ。頼む、カトレア。私をネクロゴンドまで飛ばしていってくれ」

「…ああ、べつにかまわないよ。明日で良いかい?」

「ほんとに? やった!」

 だがカトレアは何か元気が無い。

「いかがされたカトレア殿」

「…レンドル殿…本当に戻ってこられないのですか? その異世界とやらから」

「残念だか、それは何とも云えませぬ。この地上でどれだけ遠く離れようが、時さえあれば会うこともできるだろう。しかし、アレル殿たちが行った世界には…」

「そうですか…」

 カトレアは無理に吹っ切ったように笑った。

「あーあ、せっかく私が食べさせてあげてもいいなと思える男だったのにぃ。アイツの夢は確か芸術家よね。いーくらでも私がバックアップしてあげたのにぃ。…ばか」

 

 ステラはこの時、どうしてカトレアが二度目に作った町の名に『アレル』の名を使ったのか初めて分かった。カトレアはかつて、『バラモスを倒した勇者を助けたと云う事実は何より得がたい名声なんだ』と言った。ステラはそれに伴い、町の名前をそう命名したのだと考えていた。

 しかし、それは違った。おそらくは町の名に自分の名前がついていれば、アレルが来ると期待していたのであろう。

 ステラはカトレアがアレルに好意を寄せていたなんて知らなかったので、カトレアの言葉に驚いた。

 マリスがアレルを好きになったのを知った時も、世の中には物好きな女もいるものだと心の中で思っていたが、ふと考えた。自分がこうまでして仲間たちの後を追いかけたいのはなんだろう。

 置いていった事をいろはやアレルに怒鳴り散らすことか、それともレンドルに言った『助けてあげたい』か。だが、どうやら少し違うらしい。離れ離れになってから、置いていかれた怒りより、どんどん会いたい気持ちが募っていった男がいた。優しい言葉なんてかけてくれたことも無い。私にかけてくれたのは厳しい言葉ばかりだったのに、バラモスとの戦いでは命をかけて私をかばってくれた。

 この世でただ一人、戦士の自分より強い男カンダタ。彼と会いたい気持ちで一杯だった。

(なんだ…そうか…アイツか。私、アイツに会いたかったんだ。物好きな女と私はマリスとカトレアの事を言えないじゃないか)

 そう思うとステラは心なしか、気持ちが軽くなった。

 

 その夜、カトレアは自宅にステラとレンドルを呼び、夕食を馳走した。カトレアは料理自慢でもある。レンドルのためにステラとは別に少量、かつ柔らかく刺激の少ない料理を用意した、その心配りにレンドルは感心していた。自分が全力で補佐するに足る人物と、この料理だけでも十分に伺えた。

 食事も終え、ステラとカトレアが協力してテーブルを片付けていた。

「ステラ、アンタ一応は客なんだから、そんなに気を使わなくていいよ」

「いや、このぐらいさせてもらわないとね。ハハハ」

 

 片付けも終るころ、レンドルは旅の疲れか風呂に入ったあと寝てしまった。ステラとカトレアはお茶を飲みながら語りあっていた。そこでステラは少し不思議に思っていたことをカトレアに訊ねた。

 

「ところでカトレア、あなたどこでレンドル様のことを知ったの?」

「ああ、それはね」

 カトレアは一冊の分厚いノートをテーブルの上に出した。ステラには見覚えのあるノートだった。

「これは…」

「そう『いろはの日記』よ。凱旋祝賀会の四.五日くらいあとかな。これが私の元にアリアハンから届けられたの。無論いろは本人からね」

 いろはがアリアハンに来た時から日記をつけていたのはステラも知っている。彼女はジパングの言葉で記した日記と同時に、世界共通語アリアハンの言葉で記した日記もつけていた。カトレアに送ったのは後者の方である。ただアリアハンの言葉で書かれていた日記にはゾーマの事は記されてはいない。バラモスを倒した時点で終わっていた。

 

「どうしていろははカトレアに日記を?」

「それはね。あなた達がニセのルカス二十四世、すなわちボストロールを倒した翌日、私がいろはに頼んだんだ。『次の町では文化面を充実させたい。だからサマンオサの王立劇団が今回のボストロール討伐を演劇化するのと同様に、私も劇団を作り、あなた達の冒険物語を芝居とし、後世に残す大作としたい。だからあなた達の冒険の記録があったら、ぜひ私に譲ってほしい』とね。最初は彼女も『後世に語れるほど偉いことをやっているわけではない』と渋っていたけれど、どうにかゴリ押ししてウンと言わせてね。いろははその約束を忘れずに、私に送ってくれたのさ」

「そうだったんだ…」

 いろはの日記をパラパラとめくるステラ。それにしても稀に見る達筆で、異国人にこれだけ上手な字を書かれるとアリアハンで生まれ育ったステラは立場が無い思いだった。

「記録は高値で買う、と言ったのにね。イエローオーブと魔法の種のお礼だと手紙に記されてあったよ。こんな貴重な書をタダでもらっちゃ商人の名折れだってのにさ」

 

 カトレアは日記が送られてきた日、それを食い入るように読んだ。そして、その中にレンドルと云う賢人がアリアハンにて墓守をしていることを知った。いろはの人物の目利きは彼女の仲間たちを見れば容易に優れていることが分かる。日記の中で、いろはは『まことの賢者を見た』とレンドルを書いている。前々から自分の側近に知恵者が欲しいと思っていたカトレアはレンドルに手紙を書いたのである。

 

「いろはの目は確かだった。あのじいさん。すごい賢者だったよ」

「え? でも今日はそんなに多くはレンドル様と話していないでしょ?」

 カトレアはニコリと笑った。

「いーや、アンタが気球の上で、ウチのネルソンに気球の事をアレコレ聞いていたでしょ。その間、私は簡潔に町の抱える問題をいくつか話したら、すぐに私なんか思いもつかない良案を即答してくれた。驚いたよ。あれが経験値と云うヤツかな。実行がそんなに難しくない財政案も出してくれたし。レンドル殿は盗賊、遊び人、賢者を経た冒険者と聞いてはいたけど、商人としても超一流になれた人だよ」

 ステラはまるで、自分が褒められたように嬉しかった。

「それじゃあ、レンドル様が大事にしているイナホさんのために、良いお墓を作ってあげないとね」

「ああ、一等地に作らせていただくさ。そのイナホって女性、素敵な人だったんだろうね…」

 その晩、二人は遅くまで語り合った。隣の部屋からはレンドルのイビキが聞こえてきた。

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