DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第二十六話 再会

『サスケ』

 

 いろはは目の前に現れた男をそう呼んだ。そして呼ばれた男も、いろはに答えた。

「い、いろは様…」

「サ、サス…」

 いろはの瞳から、滝のように涙が溢れた。

「サ、サスケなのですね…」

 サスケはカウンターを飛び出し、いろはの前にひざまずき、いろはを見つめた。

「いろは様…!」

 サスケもまた、滝のように涙を出していた。

 二人は、もう声が出なかった。そして、いろははサスケの胸に飛び込んでいった。いつも冷静ないろはが子供のように大声を出して泣いた。サスケもいろはを抱きしめて感涙むせんでいた。

「生きて、生きていて下されたのですね…」

「はっ」

 

 短くサスケは答える。長い言葉なんて、今は口から出なかった。この時になって、やっとアレルたちは事態を呑み込んだ。いつだったか、バハラタでいろはが初めて語った自分の生い立ち。そしてアリアハンに旅立つ直前、忠臣のサスケが無数の矢に貫かれても倒れず、仁王立ちとなって、自分を海へと逃がしてくれたこと。その忠義はアレルならずとも尊敬に値するものであった。

 

 そして今、いろはがその胸で泣くのは、彼女自身も亡くなっていたと思っていた忠臣サスケ本人なのである。彼は奇跡的にも死んでいなかった。生きながらえ、こうして今いろはと再会を果たしたのである。サスケも泣き、いろはも泣いた。ただの家来ではなく、いろはが師とも父とも兄とも慕う忠臣サスケ。かつてジパングのサガミにおいて、いろはを助けるために彼は全身を弓に貫かれた。

 その時の傷跡は今でも生々しい。だが彼は生きていた。全身をハリネズミのように弓で貫かれても倒れなかったサスケの姿をいろはは忘れていない。生きているとは想像もしていなかった。しかし目の前にいるのはまぎれもなくサスケである。めったに流さない涙をいろはは思う存分に出した。

 

 いろはの仲間たちも、感動の再会に涙を流した。ホンフゥに至っては声まで出して泣いていた。サスケの妻である女将アンナも、夫サスケからいろはの名を聞いたことがあったのだろう。彼女もまた、鼻を少しすすり、目には涙を浮かべていた。

「どうやら、今日は店じまいだね…」

 

 アレルはサスケやアンナに父のオルテガの事を詳しく聞きたかったが、どうやら今はそれどころではないらしい。今は父のことより、いろはとサスケ殿の再会を喜ぼうとアレルは思った。アレルがそうこう考えているうちに、アンナは宿の暖簾をしまった。

 幸か不幸か他に客もいなかったようで、いろは一行の貸し切りとなってしまった。しかし、この宿にはサスケとアンナしかおらず、さほど大きい温泉宿ではない。いろは一行は六人。それだけでも十分な客入りである。

 カウンターで六人分の宿賃を受け取ると、アンナは食堂に一行を通し、一人一人にお茶を出した。

 だがガライ、ホンフゥ、カンダタ、マリスはいろはに久しぶりの再会をゆっくりと味わってほしいと思い、茶を飲むと、すぐに食堂から去っていった。

 アレルはやはり父のオルテガが気になり、残っていた。だが後でマリスと一緒に温泉へ入ることを約束していた。

 

「そうですか。お客さんもウチの亭主と同じで、よその世界から来たんだねえ」

「ええまあ、あはは」

『ルビスに選ばれし者』などと言うと、話がややこしくなるので。アレルはアンナの言葉に細かくは答えなかった。

 いろはとサスケもようやく再会の興奮から落ち着いてきた。いろははアンナの入れてくれたお茶を少し飲んで、改めてサスケに訊ねた。

「サスケ…あ、いえ奥さんの前で呼び捨ては失礼ですね。私はもうジパングの宰相ではないのだから…サスケ殿」

 サスケは飲んでいた茶が鼻に入ってしまった。

「ゴホゴホ、逆にこそばゆくなります。サスケでいいです」

「かまいませんよ、いろはさん。亭主もそう呼ばれるほうが好きみたいですから」

「そ、そうですか? で、ではサスケ…」

「何でしょう」

「…よく、あの状況から…」

 

 そう、サスケはあの海岸で無数の矢を全身に受け、そして立ったまま動かなくなった。まさに仁王立ちである。それを船上で見ていたいろはは、今でもその光景を忘れてはいない。

 サスケは静かに語りだした。

 

「…確かに、あの時に私は死にました。その後に、あの騒動を見ていた海岸近くのサガミの村人により、手厚く弔われていたところ奇跡的に私は息を吹き返したのです」

 サスケは襟元や腕から、矢の傷跡をいろはに見せた。

「幸い、矢はすべて急所を外れていましたし、サガミには腕のいい薬師もいましたので、蘇生後にしばらく療養し、元通りの体になることが出来たのです」

「そうだったのですか…でも、どうしてマイラに?」

「ええ、その後、私はムサシノの兵士たちの目から逃れるため、名もゲンゾウと改め、わざわざ髭を生やして頭も丸めて人相を変え、サガミの村人に恩返しすべく、得意の鍛冶は無論のこと、子供たちに学問を教え、漁や畑仕事などをして働きました。十分に恩返ししたら、私もアリアハンに旅立つつもりだったのですが…」

「何かあったのですね?」

「はい」

 

 アンナもテーブルについて、夫サスケが語る言葉に耳をかたむけた。夫はあまり昔のことを語りたがらなかった。だから彼女も無理には聞かなかった。しかし、今こうして夫はかつての主にすべてを語ろうとしている。サスケも、この際だから妻にも聞いてもらいたいと思ったのだろう、人払いをしようとはしなかった。サスケは続けた。

 

「あれは、私がサガミの村人たちに恩義は十分に返せたか、と見越し、そろそろアリアハンへと向かうべく、その準備をしていた頃でした。ムサシノからサガミに代官がやってきたのです」

「代官?」

「女王ヒミコが新たに設けた役職です。ムサシノを囲む、シナノ、スルガ、ヒタチらの村に国府ムサシノから監督官が派遣されてきたのです。それが代官。サガミにもそれらがやってきました。元々、それらの村はムサシノの統治から離れている自治領。それをヒミコは支配しようと考えたのです」

「何のために?」

 アレルが訊ねた。いろはが答えた。

「おそらく税の取立て、労働力の接収、そしてオロチへの生贄を捕らえるためでしょう」

 サスケは首を縦に下ろした。

「無論、村人は反対しました。ですが、ムサシノの兵士が力でそれを無理やり受け入れさせたのです。それゆえ代官は任地では王様気取り。私も最初は我慢しました。私がサスケと知られれば、サガミの村人は罪人をかくまった罪で『村滅の刑』となってしまいますから…」

「村滅の刑?」

 いろははそんな刑罰は聞いたことが無かった。

「村人全員死罪と云う意味です」

「ひどい話ねえ…」

 アンナは呆れたように言う。恐る恐るいろはは訊ねた。

「…その刑に処せられた村はあるのですか?」

「はい、スワとヒダの村が…」

「なんてことを!」

 

 今さら、倒したオロチを再び憎んでも仕方の無いことだが、いろはは思い出した。

 バラモスを倒して、バラモス城にて裸で飾られていた姉ひみこの亡骸をムサシノにて弔う時、ムサシノのみならず、近隣の地から続々と弔問に来てくれた民たち。それらはヒミコの暴政で苦しんだに違いないのに、ヒミコと寸分も容貌の違わない姉ひみこの霊に手を合わせてくれた。そしてまた、ヒミコと同じ姿の自分に悔やみの言葉をくれた。

 改めて思った。ジパングの民は自分などにはもったいないほどの民であると云うことを。ゆえに、いろははスワとヒダの民を思い、涙を落とした。

「今日はこの辺にしておきましょう、いろは様。お休みになった方が…」

 アレルに渡されたハンカチでいろはは涙を拭いた。

 

「大丈夫です。サスケ。貴方さえ宜しければ、まだ聞かせてください」

「はい…どこまでお話したか…。ああサガミの代官の専横まででしたね。さっきも申し上げましたが、私も当初は我慢していましたが、満身創痍の私を治療してくれた薬師の娘さんが代官の手篭めにされ…その娘さんは自ら命を絶ちました。あと一月ほどで村の若者と祝言をあげる幸せの絶頂にある時でした」

「ひどい…」

 アンナも聞いていてだんだん辛くなったのか、涙を拭いていた。

 

「私は村人たちに呼びかけました。これで良いのかと。しかし村人はムサシノの報復を恐れ、下を向いているばかり。ですから私だけで代官所に殴りこもうとしたのです。娘さんの父である薬師や、婚約者であった若者は武の心得はございませんので、彼らには相談せずに代官所に行ったのですが、その時、乗り込んだ私が見た光景は地獄でした。そこには返り討ちにあった薬師と若者の惨殺死体があったのです。武の技を持たなくても、抱く怒りは同じ。彼らは二人で代官所に乗り込み、そして兵士に殺されたのです」

「ああ…」

 自分がアリアハンで酒場の給仕をしていたころ、これほどの悲劇がジパングにあったと知り、いろはは涙が止まらなかった。

 

「怒った私は代官所にいる兵士や代官を殺しました。しかし村人の視線は冷たかった。余計なことをしてくれた、彼らの目はそう言っていました。私は薬師と若者の亡骸を運び、サガミを出て、ハコネに埋めました。その後、私はあての無い旅をしました。疲れ果て、いつしかアリアハンに行き、いろは様と合流してオロチとバラモスを倒すという大望も忘れ、ただ流れ、気がつけばシモツケの華厳の滝にいました」

「サスケ…」

「水の音が心地よくて、しばらくはそこの川魚を食べて過ごしていましたが、そこで物の怪に襲われたのです。少数なら何とかなりましたが、どうやら華厳の滝は彼らの住処だったらしく、怪鳥(ガルーダ)の大群や空龍(スカイドラゴン)にも襲われ、もうどうしようもなくなり、一か八かと滝に身を投じました。そして気がついたら、このマイラの近くで倒れていたのです」

 

 アレルは驚いた。ギアガの大穴以外に、このアレフガルドに通じる道があるなんて初めて聞かされたからだ。

「どういうことだ? いろは」

「分かりません…。でも華厳の滝は昔から落ちたら二度と浮かんでこられないと言われてきました。川底にギアガの大穴と同じで、もしかしたらこの地と繋がる穴があるのかもしれません…」

「滝つぼに落下した時点で私は気を失っていましたから、それは何とも言えませんが…そしてその後、このアンナが私を助けてくれたのです」

 

「ああ、やっと私が出てきたね! そうです。亡くなった父とラダトームに買出しに行った帰りに、全身ずぶ濡れで倒れていたこの人を見つけて、馬に乗せて連れ帰り、冷え切った体を温泉に入れました。目を覚ますなり、『ここはどこだ!』とビックリしていましたね」

「で、まあ、ここは異世界だと知る事となり、髭も剃って髪も伸ばし、姿も元に戻してしばらくこの宿に厄介になっていました。その後、色々ありまして、アンナと所帯を持つこととなり、現在に至ります。ジパングに帰る気もなかったですし、ここで女房と宿の経営の傍ら、武器を作って売っています」

「そうだったのですか…」

 

 

「それでは、今度はいろは様の番です。お聞かせ下さいませんか? あの日からのことを」

「はい」

 いろはは語った。仲間のこと。ジパングにてオロチを打倒したこと。ネクロゴンドにてバラモスを倒したこと。姉ひみこを再びムサシノにて弔ったこと。そしてゾーマの事。長い話となったが、サスケとアンナは食い入るように聞いた。

 ホンフゥらは部屋に戻り、もう酒盛りでもやっているだろう。いつしか日付も変わろうと云う時刻になった。アレルも途中まで一緒にいたが、今日はオルテガについて聞く事は無理そうなので、マリスとの約束の時刻になると温泉へと行った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「へえ…ギアガの大穴以外に入り口があったんだ…」

 マリスは、アレルからサスケの話を湯船の中で簡潔に聞いた。

「ああ、俺も驚いたよ。だが残念ながら出口にはならないだろうけどな」

 そんな話をしつつもアレルはマリスの胸をジーと見つめていた。

「あー、助平な目。明日に女神様を救おうとする大事な戦いをする男とは思えないぞ!」

 そういうとマリスはアレルに抱きついた。

「人が来たらどうしようか」

「大丈夫。入り口に『貸し切り中』の札を着けといたから」

「用意がいいな。マリス」

 

 

「そうですか。オロチ、バラモスを倒したのですか」

 サスケは感無量に言った。

「ええ…バラモスを斬った時、アレルが持っていたのはサスケの造った『草薙の剣』。サスケの鍛冶の腕が無かったらバラモス打倒は叶わなかったかもしれません。お礼を言います」

「ありがとうございます。鍛冶屋冥利に尽きます」

「良かったねアンタ。こうなったらゾーマ討伐のために一肌脱ぐしかないよ!」

 夫の仕事を褒められたアンナも嬉しそうだった。サスケも出来る事ならゾーマ打倒のために尽力したいが、あれ以上の剣は造れない事を彼は知っていた。しかし使い手は勇者アレル。少し悪あがきをしてみようと思った。

「そうだな…。いろは様、翌日アレルさんに剣を渡してもらえるよう頼めませんか? もう一度鍛えなおそうと思いますが」

 それを聞くと同時にいろはにピンときたことがあった。

「そうです! あれがあったのです! サスケ、ちょっと来てください。私では持って歩けないので!」

「は?」

 

 いろはとサスケはマイラの村入り口に停めてある馬車へと行った。そしていろははサスケに見せた。ドムドーラで託された鉱石を。サスケはそれを見るなり驚愕した。

「こ、これはオリハルコン?」

 鍛冶屋の間では伝説となっている鉱石だった。

「これで剣を造れますか?」

 いろはの言葉にサスケは何度も首を縦に振った。

「もちろんですとも! 天下無双の剛剣が造れますぞ!」

「サスケ、お願いできますか?」

「当然です。鍛冶職人に取り、魔王を倒す勇者の剣を造るほどの誉れはありません! ぜひやらせて下さい!」

 

 ルビス神殿、サスケとの再会、今日は色々なことがあった。いろはも少し疲れたのであろう。サスケにオリハルコンを渡した後に温泉に入り、その後に横になった。明日はルビスを助けるための大きな戦いがある。パーティーはそれぞれ不安を抱きながらも眠りに入った。

 

 

 だがサスケは翌朝に出す、いろはたちの朝食の仕込みを終わらせると、自分の工房にこもった。いろはたちが眠っているので作業は何も出来ないが、彼はオリハルコンをじっくりと見たかった。

 鍛冶屋にとって伝説の鉱石が目の前にあり、しかも完成した剣の主は勇者である。胸から湧き起こる感動の前には少しの疲れや眠気などは全く感じなかった。

 ルーペを使い、鉱石の細かいヒビや窪みに入り込んだ泥や埃をブラシですべて除去した。わずかでも不純物が入るのを許したくない。そしてまた、太陽の昇らない朝を迎えた。

 

「アンタ」

「んん…」

「アンタってば!」

「あ、ああ、アンナ、おはよう」

「やっぱり工房で眠ってしまったのね。で、それがオリハルコン?」

「ああ、そうだよ。美しい石だろう」

 サスケにとっては宝石に等しいオリハルコンではあるが、アンナにとっては、ただの鉱石にしか見えない。

「ま、今は鍛冶屋ではなく、宿の料理人に戻っておくれよ。いろはさんたちの朝食の準備を始めるよ」

「おお、もうそんな時間か」

 サスケは宿の料理人も担当していた。腕前はアンナの父親仕込みで、マイラの村の中でも評判は良い。

 この異世界で行く宛ても無いサスケは、アンナに助けられた後、そのまま住み込みで働き出した。力仕事は無論のこと、手先が器用なのを見越してアンナの父親が料理を教えると、ほぼ数ヶ月ほどで客に出せる料理を作れるほどの腕前となり高齢で調理場に立つのが辛かったアンナの父に代わり料理人となった。

 いつしかアンナと恋仲となり結婚したが、その後しばらくしてアンナの父親は病で亡くなった。以後は二人で宿を経営した。

 

 マイラには武器屋はあったが、あまり強力な武具は無かった。どれもアレフガルドに巣食うモンスターには力不足のものばかりだった。そこでサスケはかつての特技を生かして納屋を自分の鍛冶工房に改修し、武器を作った。それがよく売れて、今は武器屋と宿屋を併営しているのである。

 

 食堂に美味しそうな香りが漂う。そしていろは、アレルが朝食を求めて入ってきた。

 サスケとアンナが用意した朝食はバイキング形式で、やわらかく煮たトマトソースの鶏肉、スクランブルエッグ、ポテトサラダ、川魚のフライ、野菜とキノコのパスタ。主食はパン、そして米の飯もある。これから戦いを控えるいろはたちを思ってか、朝食なのにボリュームもあった。

「わあ、美味しそう。サスケにこんなに料理の腕前があるなんて知りませんでした」

「私もマイラに来て覚えたのです。それと特別にいろは様には…」

 納豆がいろはの席には置いてあった。

「納豆! 嬉しいです。食べたいと思っていたのです。これもサスケが?」

「ええ、納豆だけは作り方ジパングにいた時から知っていましたから。美味しく出来ていると思いますよ」

「俺には特別メニューないのですか?」

「納豆でよければ」

 アレルが納豆を苦手としているのをサスケは知らなかった。

「いえ…結構です」

「慣れれば、こんな美味しいものないのですよアレル」

 いろはは箸でこれでもかと納豆をかき混ぜていた。その臭いがもうアレルにはイオナズン級の破壊力であった。

「ううッ! 今日は隣で食べられない!」

 アレルはいろはから離れた席に移った。サスケは苦笑していた。彼も梅干は匂いからしてダメなので、アレルの気持ちがよく分かった。

 

 やがてパーティーが全員そろった。大食漢のホンフゥやカンダタにも料理は好評であり、ガライに至ってはラダトーム城の料理より美味しいと絶賛していた。マリスは野菜とキノコのパスタが気に入り、バイキング形式なのに独り占めしてしまった。

「そうそう、アレルさん」

「アレルでいいですよ。何です、サスケさん?」

「朝食が終わったら、工房に来ていただけませんか。手を見せてほしいのです」

「手?」

「ええ、貴方のための剣です。柄も貴方と合うものに造りたいのです」

 アレルはオリハルコンがサスケに託された事はまだ知らなかった。

「は?」

 いろはが答えた。

「アレル、オリハルコンの使い道は分かりました。あれは剣を造る鉱石です。ですから昨日、サスケに預けました。無断で事を進めて申し訳なかったけど…」

「あの石が剣に?」

「はい、天下無双の剛剣を造る事を約束します」

 今までサスケの造った『草薙の剣』を使っていたアレルである。その鍛冶の腕前は信じるに足りるものであった。またアレル自身、サスケに話もあった。

「分かりました。食事の後にすぐに工房に行きます。いろはたちは先に馬車のところまで行って、塔までの出発に備えておいてくれ」

「分かりました」

 いろはの口から納豆臭がアレルに直撃する。席は離れているのに納豆が苦手なアレルには十分にそれは届いた。

「…いろは、歯を磨いてから行ってくれよ」

 

 しばらくして、アレルはサスケの工房に行った。すると工房の机に置いてあったオリハルコンは主人を歓迎するかのように、青い光を放ち、そして消えた。

「意思の宿る鉱石なのかもしれませんね。剣へと生まれたらアレルさんの頼もしい相棒となるでしょう」

 サスケは大事そうにオリハルコンを持った。彼はアレル立会いの元にオリハルコンを炉に入れたかったのだ。

「よろしいですか。アレルさん」

「ええ」

 オリハルコンは炉の炎の中に沈んでいった。

 

「それでは、手を見せて下さい。まずは利き腕からお願いします」

 アレルはサスケに右手を差し出した。サスケは手のひらをただ、ジッと見つめた。

 アンナも朝食の後片付けを終わらせると工房にやってきた。そして夫の仕事を見守った。夫サスケにしてみれば、親の死に目に会えなくてもやり遂げなくてはならない大仕事。妻として見ておきたかった。サスケは無言でアレルの手のあちこちを握っている。工房に沈黙が流れる。

「あの、サスケさん」

「ん、なんですか?」

「剣を造ってもらうお礼だけど、パーティーのゴールドはいろはが管理しているんだ。いろはにお金を請求しづらいだろうから、俺に代価を言ってくれませんか?」

 

「いりませんよ」

「へ?」

「勇者の剣を最高の材質で造れる事さえ、鍛冶屋にとっては幸せなのに、その上、金なんていただけません。アレルさんが私の造った剣で戦ってくれるだけで十分です」

「サスケさん…」

 さらにサスケはアレルの左手を見た。指の長さに至るまで細かく見定めて記録している。

「サスケさん。昨日、聞きそびれましたけど父の事を聞かせてくれませんか」

「オルテガさんは、王都ラダトームで私の事を伝え聞いて、武具の注文をしに、この店に訪れました。しかし、オルテガさんは無一文も同然でございましたから村の外で人を襲うモンスターを倒す事と、王都まで買出しに行く村人の護衛、そしてこの宿の力仕事と、以上の条件で私が造る事にいたしました。オルテガさんは何も言いませんでしたが、私は、あの死んだと伝えられているアリアハンの勇者オルテガだと分かりました。その勇者が強力な武器を欲する理由はゾーマ打倒のために他なりません。そんな方から金は受け取れない。だから今回のように、無償で結構ですと言ったのですが、オルテガさんがそれでは気が済まなかったようでして」

 

「では、父はサスケさんから武器を?」

「はい。さすがにオリハルコンとまではいきませんでしたが、剣には、玉鋼(たまはがね)といって、ジパングの鍛冶技術『たたら製鉄』によって作られる中でもほんの少量しか得られない、特に純度の高く硬い鉄を使いました。『バスタードソード』とオルテガさんは名づけて下さいました。切れ味は『草薙の剣』にやや落ちますが、重量もあり両刃。オルテガさんが使えば、おそらくはラダトーム一の剛剣となるでしょう。防具はオルテガさんの倒されたドラゴンのウロコを接収して『ドラゴンメイル』。盾も造りましたがオルテガさんはその完成を待たずに旅立ちました」

 アンナがその盾を工房の棚から持ってきた。金色に縁取られたブルーメタルの盾で中央には赤く輝く宝玉がある。アレルは空いている右手でそれをつかんだ。程よい重量感に力強さを感じる。そして盾はアレルが握ってしばらくすると突然に光を放った。

 

「な、なんだ?」

 向かいに座っていたサスケが思わずアレルの手を離してしまうほどの眩しさだった。だが光はすぐに消えた。

「大丈夫ですか、サスケさん」

「ええ、大丈夫…!?」

「どうしました?」

「ア、アレルさん。盾の表…」

「へ?」

 アレルは盾をクルリとひっくり返して見た。そこには先ほどまでには存在しなかった紋章が象られていた。

「こ、これ、ラーミアの紋章!?」

 アンナは信じられない光景とばかりに自分の頬をつねった。しかし現実である。

「ア、アンタ、これどんな材料で造ったのよ?」

「ど、どんなって、バスタードソードと同じ玉鋼と骨格にして、あとはこの地で取れるミスリル銀を使っただけだが…驚いたな…長年鍛冶屋をやっているけど、こんなの初めてだよ」

 アレルは腕にそれを装着してみた。すると、盾は着慣れたシャツのようにアレルの手に馴染んだ。

「これ、すごく腕に馴染みます」

「盾はアレルさんを主人と認めたようですね。どうぞお持ちください」

「いいのですか?」

「ええ、元々それはオルテガさんに頼まれて造ったものです。息子さんが持っていかれるのは当然ですよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

「さ、続きです。もう一度左手を」

 サスケは再び、アレルの左手を握った。そしてアレルに語った。

「いろは様が持っていた帳面に、私がアリアハンの勇者オルテガについて書いていた事は知っていますね?」

「はい、そして最期はネクロゴンドの火口に落ちて死んだと」

「ジパングのみならず、オルテガさんの最期はどの国でも同様に記録されています。おそらくは息子であるアレルさんもそう思っていたでしょう」

「はい」

「しかし、事実は違っていました。ネクロゴンドの火口にも、華厳の滝と同じ、この世界への入り口があったのです」

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