DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第三話 邪竜襲来

 ジパングにおいて、女王の命令は絶対である。翌日からいろはは軍備の増強を図った。サスケに命じ弓矢、大工には丸太さえ撃てるような巨大な弓具を作らせて、実戦経験の無い兵士たちに狙った場所に撃てるよう訓練した。自分たちの脆弱な力では、たとえサスケがどのような名刀を作っても竜には通じない。竜が上陸する前の海上で飛び道具の嵐を叩きつけるしかない。いろははそう考えた。

 

 しかし平和なジパングの兵士には、やや緊張感が欠けて訓練ははかどらなかった。

 叱咤するいろはがいるために渋々やっている感じである。これも自分の人徳の無さゆえといろはは反省するばかりである。

「いろは様、そうご自分を責められますな」

 思うように軍備がはかどらなく、ふさぎこむ主君いろはをサスケは励ました。

「どうして…自分の国が危ないと云うのにみんな一生懸命にやらないのでしょう…」

 いろはは沈んでいた。現在、いろははアワで陣を張っていた。竜はこの町の漁船を破壊した。もしあの破壊がいろはの言った通り『そろそろ行くぞ』と云う予告なら、竜はここから上陸しようとすると考えるである。いわばこのアワがジパングの生命線であるが、兵士は竜の襲来を信じずに適当に訓練をこなしている。これではサスケや大工たちがどんなに良い弓矢や大弓を作っても意味が無い。

 

「鍛冶しか能の無い私がいろは様に言うには口幅ったいですが…」

「え?」

「古人いわく『下の上に事うるや、その令する所に従わずして、その行う所に従う』と言います。部下と云う者は上の命令に従うよりは、上の者のやっていることを見習うものです。まず上に立つ者が範を示さねばなりません。いろは様は他の事ではそれを立派に行っていますが、今回の軍備ではおやりになっていらっしゃらないでしょう?」

 サスケの言うとおりである。いろはは叱咤するだけで、自分では弓の訓練はしていないのであった。いろはは目から鱗が落ちた思いであった。

「あ、ありがとうサスケ! そうです。私は竜のことばかりに頭が行ってしまい、そんな基本的なことを忘れておりました!」

 

 そう言うといろはは弓具を持ち陣屋から飛び出した。アワの海岸沿いに作った練習場に急ぎ、的に向けて矢を放った。一生懸命に。的を竜の額と思い一心不乱に撃ち続けた。

 白魚のような指は擦りむけ血がにじむ。それに触発された兵士がやがて一人、二人といろはと共に撃ち続けるようになった。それを見ても、まだ腰を上げない兵士たちにはサスケが叱り飛ばした。

「おらおら、お前たち! 年若く、しかも女子のいろは様がこんなに頑張ってるのだぞ! このジパングにいる男衆には『ヤマト魂』てものがあるんだ。可憐ないろは様に嫌われたくなきゃ、いっちょ魂見せてみろい!!」

「よし!」「やろう!」「いろは様にだけ苦労はさせられないからな!」

 兵士たちは立ち上がった。いろはの範が功を奏した。

「みんな…」

 

 兵士たちは目の色を変えて訓練に励みだした。人智を越えた化け物に人同士の絆がどれだけ有効かは分からない。だがいろはは思った。この者たちと必ずやジパングを守って見せようと。

 そしてサスケのアドバイスに感謝した。いろはには部下が彼しかいない。無論、いろはがムサシノにて常駐している宰相府には多くの臣下がいるが、いろはの家来ではない。ジパングと云う国に仕えている役人たちであり、いろは個人の家来ではないのである。

 

 サスケはひみこが女王、いろはが宰相となった年、王室に仕官してきた。すでに刀鍛冶職人としてその名をムサシノに轟かせていた彼をひみこは喜んで召抱えた。

 しかし、彼が望んだのは王室付きの刀鍛冶職人ではなく、いろはの家来としてであった。いろはに直属の家来がいないことを知っていたひみこはそれを快諾した。

 彼はムサシノの小さな集落で鍛冶の仕事のかたわら、貧しい子供たちに学問を教えていたことがある。教え方も上手で子供たちにも慕われていた彼を、ひみこは領土視察中に見たことがあったのだ。

 そういった彼の人となり。 そして武人としても一流と云って良い彼を、大事な知恵袋の妹いろはの護衛も兼ねて、家来としてに仕えさせた。

 そのひみこの期待にも応え、サスケはいろはに献身的に仕えた。彼はいろはの護衛、そして相談役として活躍していくこととなるのである。

 

 いろはは思った。自分より年少で、かつ女子の自分に心から忠誠を持って仕えてくれている彼にも応えなければならない。八つの首の竜など何するものぞ、と弓を引く手に気合が入った。

 

 ムサシノの国府において、ひみこはいろはに物資と資金を惜しみなく送り続け、国中から義勇兵を募った。アワの漁民たちを中心に二百以上の者が名乗りを上げてアワの前線基地へと出向させた。

 いろはは彼らと兵士たちと共に軍備と防備に当たった。アワの海岸沿いには強固な防柵を構え要塞を築いた。

 やる気の無かった兵士や、寄せ集めの義勇兵たちも訓練に取り組み、徐々に軍隊として形を成し出来る限りだが、竜を迎え撃つ準備は整えた。兵士の士気の向上を図るためにひみこもアワへと行き、いろはと兵士たちに檄を飛ばした。

 

 そしてそれを待っていたかのように…竜は動き始めた。

 

 本陣で築いた要塞の図面を見ているひみこといろはに伝令が入った。

「女王―! いろは様―!!」

「来たのですね。サスケ!」

「ハッ、紛れもなく八つの首の竜がアワ沖にて姿を現しました!」

「とうとう現れたか! いろは! 蹴散らしてくれましょう!!」

 いろはは本陣を出ようとするひみこの腕を掴んだ。

「女王! 貴方はムサシノにお引き下さい。物の怪を相手にして万一のことでもあったら、どうなさいますか!」

「ならぬ。女王が安全な場所に逃げ出しておいて、どうして兵士に戦えなどと言えますか! わらわのことより、そなたは前線に行き戦の指揮を執りなさい。わらわは後陣の指揮を執ります!」

 いろはの手を振り払い、ひみこは本陣を飛び出した。すでに戦支度を終えた兵たちにひみこは一喝する。

「皆のもの! ついに悪しき竜が我が国に攻め込まんと姿を現した! かねてよりの手はずどおりに戦えば勝機は十分にある! ジパングの存亡はそなたたちの働きに掛かっている。わらわと共に戦うのじゃ!!」

「「おおッ!」」

 兵士たちは各々の武器を天に掲げた。士気も高まる。

「前線はいろは、後陣はわらわが指揮を執る。全軍、配置につけ!!」

 自らも戦闘態勢に入る女王ひみこを苦い思いでいろはは見つめていた。かつて自分がサスケに諭されたように、姉ひみこも部下に範を示しているのであろう。その上で兵の士気向上を図るつもりなのだ。

「姉上、ご武運を…」

 

 いろははサスケと共に前線に走り出した。沖から徐々に迫る竜。巨大さゆえ、起こる波も尋常ではなく要塞に築いた土のうの壁がなければ、この大波だけで兵の過半数は戦闘不能になったかもしれない。

「何てでかさだ…。まるで山…」

 サスケは思わずそうつぶやいた。

「なんて巨大な竜…」

 ひみこは、そのあまりの巨大な姿に愕然とした。兵士も同様である。全員がその場から逃げ出したいのを必死にこらえているのだろう。弓を構えたまま震えており中には失禁しているものもいた。

 

「ワレハ…オロチ…」

 アワの海岸にいたジパングの全軍がその言葉に戦慄した。

「いろは様! あやつ人の言葉を!?」

 サスケの驚くのも無理らしからない。いろはとて信じられない思いである。そしてその言葉はかぎりなく大きく深く、神々しささえ感じる声であった。オロチは続ける。

「ワガナハ…ヤマタノオロチ…」

「ヤマタのオロチ…」

 静かにいろはは繰り返すように言った。そしてオロチは瞳をギロリと下方に向けて、いろはが作った要塞を見た。

「ムダナコトヲ…」

「ムダかどうか! やってみなければ分かりません! さあ撃ち方用意!」

「……」

 いろはの攻撃命令に従う者はいない。正確には従える者がいない。すでにオロチの姿に圧倒されて兵士や義勇兵たちも腰が抜けている。

「く…サスケ!」

 いろはは自分の持っていた弓をオロチに向けた。サスケも横に並び、それに続いた。たった二人だけの攻撃だった。だが二人の弓はオロチの腹部までしか届かず、また届くころには薄布を通す威力も無かった。急所といわれている眉間にはとても届かない。

 

 ならば大弓でと思ったいろはだが、大弓を預かる後陣の兵たちも同様に腰が抜けていた。すでに兵士たちには戦意は欠片も無い。ひみこが叱咤するが何の効果も無かった。

「ゴミノブンザイデ カミニヒトシキワレニ サカラウオロカモノ…シネ…」

 

 ゴオオオオオオオッッ!!

 

 オロチの八つの巨大な口が開き、業火の炎がアワの陣に炸裂した。

「いろは様、危ない!!」

 サスケは弓を放り投げ、いろはを抱きかかえて土のうの壁陰に飛び込んだ。壁の上に炎の激流が。輻射熱で火傷しそうであるがサスケが庇うように抱いているため、いろはにダメージは無い。

「サスケ!」

「しばらくのご辛抱を!!」

 二度、三度とオロチは炎を吐き出した。やがて上陸し都のムサシノに向けてゆっくりと歩を進めた。アワの海岸は静かであった。いろはとサスケを防御していた土のうは崩れ、二人に落ちた。

 だがそれが幸いしたのか、サスケは輻射熱により背中に若干の火傷を負ったものの、いろははほとんど無傷であった。サスケは覆い被さる土のうを退かせ、いろはの手を取った。

「いろは様…お怪我はございませんか…」

「わ、私よりサスケ! 背中を見せて下さい!」

 サスケの背中は火傷で真っ赤であった。いろはは絶句し治療を行うべく立ち上がった。そしてその時、いろはは見た。変わり果てた同胞たちを。

「……」

 サスケは呆然とその光景を見つめるいろはを正視できないのか、背を向けたままである。

 

「い、い、いやあああああああッッ!!!」

 無惨だった。ところどころに黒焦げの死体が転がり、そしてオロチが通りがかりに潰された圧死体、生きたまま食べられたのか下半身、上半身しか無い死体。まるで地獄絵図である。

 いろははペタンと座り込み、失禁してしまった。涙も出ない。視線はうつろである。そして帯びていた短刀を抜き自分の喉に突きつけた。

「いろは様!」

 サスケが手を叩いて短刀を取り上げた。

「死なせて下さい! どの面下げて生きていられますか! 死なせてえッ!」

「愚かな! 死ねば済むとお思いなのですか! このジパングにはまだ民がおるのですぞ。見捨てられるのですか!」

「もう…ジパングはお終いです…。オロチに支配され…私たちは物の怪の慰み者として生きるしか…」

「いろは様…ん?」

 

 その時、サスケは後陣が配備していた場所に黒い固まりとなった山を見つけた。

「いろは様…あれは…」

「あそこは姉上がいた場所…」

 黒い固まりは、やがて崩れ落ちた。黒きもの、それは無数の人間であった。

 ジパングの兵士たちが一箇所に集まり、そこで息絶えていたのだ。

「あ、姉上!!」

 その中にひみこがいた。そう一度は腰を抜かした兵士たちだが、女王ひみこを助けるために炎の前に立ち塞がったのだ。一人や二人ではなく、何人もが。

 だが、その忠誠も実を結ぶ事はなかった。オロチはひみこが王であることを見抜いたのであろう。炎ではなく自らの爪でひみこを襲い、引き裂いた。倒れたひみこに炎を浴びせようとした時、兵士たちは炎の前に立ったのである。

 

「姉上!」

 いろはは姉の元に駆け寄った。オロチの一撃は袈裟懸けでひみこを斬り裂いたが急所は外れ即死は免れ、この時はまだ息があった。

「い、いろは…」

「しゃべっては駄目!」

 携行していた袋から薬品を出し治療に当たろうとしたいろはにひみこは優しく微笑んだ。

「も、もういい…。い、いかに貴女でもこんな深手…」

「それは医者が決めるのです! そんな弱気じゃ治るものも治りません!」

 薬草を調合した消毒液の入った瓶を手に取るいろはの手をひみこは握った。

「ご、ごめんね…。貴女の言うとおり…都を捨てて逃げるべきだった…。私には女王の器なんてなかった…。あ、貴女が…なるべきだったわね…」

「姉上!」

「で、でも私じゃ貴方の家臣は…務まらないか…ふふ…」

「姉上! しっかり!!」

 ひみこの目に涙があふれる。

「愚かな姉を…許して…。ごめん…ごめん…ね…」

 ひみこは静かに目を閉じた。

 

「…姉上?」

 ひみこはもう答えなかった。

「姉上! 姉上!! お姉ちゃああんッッ! いやあああああああああッッ!!」

 ジパングの女王、ひみこは戦死した。享年、わずか十六歳であった。

 サスケはいろはにかける言葉も無く、泣いているいろはの背中を黙って見つめていた。あまりにも無惨な結末であった。いろはもこの時十六歳。年若き乙女には筆舌しがたいほどの過酷な運命であった。

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