DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第三十二話 湖の町リムルダール

 急に倒れたいろはを伴い、アレルたちパーティーはリムルダールに到着した。なるほど湖に囲まれている町だけあって、水郷や噴水台が町のあちらこちらに見える。初めて町を訪れたアレルたちにとっては『水の町』の印象を受ける。

 町は大きく、メインストリートと思える道路も広い。パーティーは馬車を宿に止めた。ホンフゥがいろはを背負って宿屋の主人が案内する部屋へ運んだ。またカンダタは医者に往診に来てもらうべく町へ走った。

 

 いろはが部屋のベッドに横になったころ、カンダタが医者を連れてきた。いろはに見知らぬ男性に肌をさらさせ、恥ずかしい思いをさせないようにカンダタはわざわざ女医を連れてきた。その心配りに彼の妹マリスは少し舌を巻いた。

 

 いろはの部屋にステラとマリスが残り、診療に立ち会った。アレル、カンダタ、ホンフゥはようやく落ち着き、宿のロビーで茶を飲みだした。カンダタは一気に飲み干した。

「ふう、やっとひと心地ついたなアレル。しかし急に倒れて驚いた。やはりミナデインの負担はいろはにも大きかったようだな」

「ああ、そう都合よく強力な力は身につかないな。何がしか反動が来る。だけど、いろは以外が倒れたのなら、こんなに慌てることはないのだがな。いかに病気や負傷において俺たちがいろはに頼りきりだったのか、よく分かったよ」

 苦笑しながらアレルは茶を口に運んだ。しかしホンフゥは落ち着かない。アレルとカンダタの会話も聞こえていないようだった。心配そうにいろはの眠る部屋のドアを見ていた。

「おいホンフゥ。茶冷めるぞ」

 カンダタの声は聞こえない。アレルとカンダタは顔を見合わせ苦笑した。

「大丈夫だよホンフゥ。ただの風邪だよ。安静にしていれば治るって」

「アレルお前! どうしてそんな気楽なこと言えるんだよ! 風邪は万病の元って云うだろ! ああ、いろは、かわいそうに…」

「気楽じゃねえよ! こういう時は無理してでも明るくだな!」

「よせよ二人とも。せっかくの茶がまずくなるだろ」

 バツが悪そうに、ホンフゥも茶をすすった。

 

 一方、いろはの容態だが呼吸は荒くなり、顔も赤い。汗もだいぶかいていたので、つい先刻にステラとマリスがあの巫女装束を脱がせ体を拭いて、宿の寝間着に着替えさせたが、その服も汗で湿ってきていた。

「先生、また寝間着を代えたほうが良いでしょうか」

 いろはの脈拍を測っている女医にステラが訊ねた。

「そうですね。お願いします」

 今度は三人がかりでいろはの服を脱がせて、新しい寝間着を着せた。

「そこの人」

「え、私ですか?」

 女医はマリスに言った。

「宿の主人に言って、氷のうと水枕を借りてきて下さい」

「分かりました」

 マリスは部屋を出て行った。女医は一通りの診療を終えたようで、いろはのかけ布団を整えた。ステラが心配そうに女医に訊ねた。

「あのう、どうなのでしょう。彼女は…」

 女医はニコリと笑った。

「大丈夫です。過労による発熱でしょう。しばらく安静にしていれば大丈夫です」

「そ、そうですか…」

 ステラは胸を撫で下ろした。女医は自分の鞄から小さい袋を出し、ステラに渡した。

「これは解熱剤です。食後に飲ませて下さい。水分を十分に与えて、あとは寝汗に注意してひんぱんに寝間着を代えて下さい。気が付いたら消化の良い食事、そうすれば数日で元気になりましょう」

 女医の渡す袋をステラは大事そうに受け取った。

「ありがとうございます」

 ちょうどそのころ、マリスが氷のうと水枕と氷を持って帰ってきた。女医はそれを受け取るとテキパキといろはの枕と額に当てた。

「これでいいでしょう」

 ステラとマリスは深々と頭を下げて女医に礼を言い、治療代のゴールドを女医に渡した。

「本当に何から何まで、ありがとうございます。後は私達で何とかしてみます」

「いえ、何かありましたら、いつでも呼んでください。実を言いますと、私もあなた達の旅の目的を知る者。お役に立てれば幸いですので」

「え、それじゃあ、お医者さん私たちの事を知っていたの?」

 マリスが訊ねると女医はうなずいた。

「申し遅れました、私の名前はマルセラ。ガライと同じくラダトームの情報官です。あなた達の事はガライからの伝書鳩で聞いております。またアレルさんたちがリムルダールに到着したときは支援するよう、主君ラルス一世より君命を受けております」

 

 そういうとマルセラはステラから渡されたゴールドを返した。彼女にとってはいろはの治療も君命の一つと考えたからだろう。

「ガライと同じ仕事の人だったんだ!」

「はい、彼の表向きの顔が吟遊詩人と宮廷道化師であるのと同じように、私は医者として普段は生活しています。まあカンダタさんにここに引っ張ってこられたのは偶然ですが」

「う…ん…」

 いろはの寝息が聞こえる。どうやらだいぶ落ち着いてきたようだ。

「ここで色々お話するといろはさんの眠りを邪魔してしまいます。報告したいこともございますので、アレルさんが待っているロビーに行きませんか? いろはさんはしばらく大丈夫ですので」

「分かりました。ですが、このゴールドはお受け取り下さい。この治療も君命の一つと考えるのは私も騎士の身ですので分かりますが、それでは我々の気持ちも済みませんから…」

 ステラは再度、マルセラにゴールドの入った袋を差し出した。マルセラは快くステラの言葉に従った。

「では、ありがたくいただきます」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ステラとマリスはマルセラと共にロビーへと行った。改めてマルセラは自分がラダトームの情報官である事をアレルに告げ、自分の持っていた情報を提供した。

「まず、『聖なるほこら』ですが、お持ちの馬車の速度から、このリムルダールより四日ほどで到着します。正確な場所は岩山がそびえるリムルダール南部山脈に囲まれたこの湿地帯にございます。山脈といっても山を登る必要はありません。山脈を南に迂回すればその湿地帯には到着しますので」

 やはりマイラより、ご当地のリムルダールの方が正確な情報があった。マルセラは細かい道筋を記した地図をアレルに渡した。

 

「そして『聖なるほこら』にて行うことですが…」

 その話に入る前に、アレルはマルセラに訊ねた。

「マルセラさん。父オルテガがこのリムルダールを訪れたと思うのですが、ご存知ないですか?」

 それを聞くと、マルセラはあっけに取られてアレルの顔を見た。

「ア、アレルさんはオルテガさんの息子さんなのですか?」

「はい。父はまだリムルダールにいるのですか?」

「いえ、三日ほど前に発たれましたが…」

「そうですか…。しかし、父はどこに行くと?」

「すいません。そこまでは…。私はオルテガさんにはラダトームの情報官と云う立場を明かしてはいませんでしたから…」

「また行き違いか…。父はどの程度まで情報を掴んでいるか、分かりますか?」

「情報?」

「ええ、魔の島に渡るには二つの神器が必要とか…ラダトームに『ルビスに選ばれし者』が現れたとか…そういうのを父は知っていましたか?」

「…いいえ。オルテガさんは知りません。神器の事、ならびに『ルビスに選ばれし者』についてはラダトームも公にしてはおりません。ドムドーラのオレスト町長もラダトーム王ラルスよりオリハルコンの件については口外厳禁を命じられたと伺っています。オルテガさんが神器やそれらの情報を得るのは無理でしょう」

「それじゃあ、父は文字通り暗闇で物を探しているのと同じ…。どうして父に何も教えてあげなかったのですか?」

「分からんのかアレル。神器のことがゾーマ側になれば、ゾーマは手下を使って奪いに来るだろうし『聖なるほこら』だって破壊されるかもしれないだろう」

「その通りです」

 カンダタの言葉にマルセラは頷き、さらに続けた。

「オルテガさんは私の診療所に薬草を求めて訪れました。少し怪我もしていたので私が診させてもらいました。その時、やはり魔の島に渡る方法を知らないかと聞かれました。澄んだ瞳をされている方でしたので、モンスターが化けているのではないとは分かっていましたが、私も主君に仕えるもの。口外は出来ませんでした。オルテガさんは少しでもヒントを得ようと、このリムルダールにしばらく滞在なさっていましたが、やはり何の情報も得られなかったご様子でした」

「そうですか…」

 

 肩を落としているアレルにマルセラは言う。

「しかし、オルテガさん取れる行動は二つしかないはずです」

「二つ?」

「はい、マイラを経て王都ラダトームに行き、旅を仕切りなおすか…」

 次の二つ目をマルセラは言わない。まずい事を言い出してしまったと、もろに表情に出ている。

「二つ目は?」

 アレル自身、その答えは分かっていたかもしれない。だが聞かずにはいられなかった。

「泳いででも魔の島に渡り、ゾーマの城に乗り込むかだ」

 マルセラが言いづらそうなので、カンダタが言った。

「まさか」

 カンダタに引きつった顔を見せるアレル。あれほど幼年期、少年期に大嫌いだった父オルテガ。しかし、今は会いたくてたまらない。会って成長した自分を見てもらいたい。かなうなら、一緒にゾーマの前に立ちたい。しかし、運命はこの親子をもてあそぶように会わせようとしない。

「あの潮の流れでどうやって? いくら勇者オルテガでも無理でしょ」

 マリスも魔の島の周囲の潮流をラダトーム城から見ている。どんな頑丈に作られた船も流れに逆らえず大破するのは目に見えているし、イルカさえ泳ぐのは無理と思えた。

 

「確かにな。加えてこの暗闇の世界だ。視界も悪ければ水温も低い。たとえ浮き具を身につけ、保温のため体中に松ヤニ塗っても効果は薄い。人間業ではとうてい無理だ。おそらく一つ目だろう。島に渡るための謎が棚上げされたまま旅を続けるほどオルテガ殿は愚かであるまい。王都に戻り、旅を仕切りなおすのが今の彼には最上の手段と俺も思う。俺たちは『聖なるほこら』を目指す。それだけだ」

「『聖なるほこら』か…よしいろはの全快を待って出発しよう」

 

「いや、ちょっと待て。マルセラさん」

「マルセラで結構です。何でしょう?」

「『聖なるほこら』はマイラやリムルダールと同様に、精霊の力に守られているのですか?」

「ええ、そうです。魔の者はほこらに近づくことさえできないと」

 カンダタは膝をポンと叩いた。

「よし、アレル、パーティーを分けないか。いろはを残して明日にでも出かけよう」

「え!?」

 ホンフゥは憤慨して立ち上がった。

「ふざけんな! いろはを置いていくなんて許さないぞ。どうしても置いていくなら俺も残る!」

「ああ、ホンフゥ頼む。ボディガード兼、看病をな」

 まるでホンフゥがその言葉を言うのを分かっていたかのように、カンダタは答えた。

「へ?」

 ホンフゥと同じく反対と言おうとしていたステラとマリスはカンダタの意図を読み取り、そのまま何も言わなかった。そして当のホンフゥはしどろもどろしていた。

「そ、そんなこと言ったって…」

「なに、大物のモンスターを倒しに行くわけじゃない。道具を入手するための仕事だ。ましてや目的地は精霊の力で守られているほこらだ。馬車は無しで騎馬だけで一気に行く。往復二日か三日ほどで、またリムルダールに戻れるだろう。自分の全快を待って旅が止まれば、いろはも気が重いだろうから、アレル、ステラ、マリス、俺、この四人で行く」

 

 確かに父オルテガのことも考えるとアレルもこの町で長く留まっていることは受け入れ難い。マルセラやカンダタはオルテガが王都ラダトームに戻り、旅を仕切りなおすのではと言っていたが、どうにもアレルは父オルテガがあの海を泳いででも渡ろうとするのではないかと云う懸念があった。

 となると、すぐにでも『虹のしずく』を入手して魔の島に渡るしかない。その橋をオルテガが見つけ、自分たちの後に魔の島に渡ってくれれば、再会も叶い合流してゾーマと戦える。『虹のしずく』を入手。万事それからである。カンダタの意見は正論であるし、アレルにとっても渡りに船。それにホンフゥをいろはと二人だけにしてやるのも悪くない。

 

「ホンフゥ。頼むよ」

 カンダタの意見が正しいのはホンフゥにも分かった。しかしいろはの看病となると困る。ひんぱんに寝巻きを代えろとか言っていた。それをどうしようと思っていた。

 

「話が逸れた。マルセラさん、『聖なるほこら』でやることを教えてください」

 アレルはマルセラに話の続きを要望した。

「あ、はい。まずは『太陽の石』を…」

 

 マルセラは語った。『聖なるほこら』には祭壇があり、そしてそこには三つの台座がある。左の台座に『太陽の石』。右の台座に『雨雲の杖』を置き、『ルビスに選ばれし者』のアレルが真ん中の台座前にひざまずき、ルビスに祈る。すると『太陽の石』と『雨雲の杖』が合体して『虹のしずく』という神器が生まれる。そしてこのリムルダール大陸の北西最先端。その場で使うと魔の島に橋が架かる。

 ラダトームの情報官が足を棒にして確証を得た『虹のしずく』への道。そして魔の島への道。これが繋がった。ルビスもこれほど詳しくは話してくれなかったので、彼らにとってありがたかった。

 アレルが『覚える』の特技をフル活用させて、マルセラの話をすべて記憶した。そして最後にマルセラが重く話す。

 

「『虹のしずく』で橋が架かれば、魔の島にいるモンスターたちもそれに気付くでしょう。おそらく上陸と同時に、多勢のモンスターが大挙して皆さんを攻撃してくるかと」

「覚悟はしていますよ。大魔王の居城に乗り込むのですから」

 アレルが答えた。マルセラは申し訳無さそうにアレルを見る。

 

「ラダトームはその時の戦いに備え、火薬を詰めた炸裂弾などを開発して、アレルさんたちにお渡ししようかと云う話も出ていたのですが、かの島には火を吹くドラゴンもおります。逆にその炸裂弾が致命的となりかねないため中止としました。また、援軍を出すにもこの暗闇で士気の落ちた兵士たちでは、このリムルダールに到着するまでで、モンスターに半分は殺されましょう。ガライと私の『情報』くらいでしか皆さんに助力できず…申し訳なく思っております」

 帽子をクルクルと指で回しながら、マリスは微笑み、マルセラに言った。

「なーに言っているんですか。冒険に『情報』てのは、時に命さえ左右するんですよ。私たちがガライやマルセラさんのくれた情報にどれだけ助けられたか」

 ステラが添える。

「そうね。そしてそれらの情報を得るためにどれだけ苦労されたかも分かるつもりです。感謝しております」

 

 マルセラはマリスとステラの言葉が嬉しかった。地味な情報官と云う任務で、あまりその仕事を誉めてくれる者はいなかった。しかしアレルたちは『情報』の大切さを誰よりも知っている。

「ありがとうございます。皆さんがリムルダールを離れている間は、私がいろは様を診させていただきます。心置きなく使命をまっとうして下さいませ」

「よし、今日のところは準備を整え、明日の朝に発とう」

 

 カンダタがそう言うと、アレル、マリス、ステラは席を立った。彼らはホンフゥの戸惑いをよそに『聖なるほこら』行きの準備をすべく、宿から出て行った。あとにはホンフゥとマルセラが残った。マルセラは少し頬を染めていた。

「カンダタさん…男前ねえ…。恋人とかおられるのですか?」

 のんきな事をホンフゥに訊ねる。

「戦士のステラとデキているよ」

 端正な顔立ち、かつ抜群のスタイルのステラの姿がマルセラの脳裏をかすめた。そしてふと自分の貧相な胸を見つめてハァと残念そうにため息を出した。今日会ったばかりの女性にいきなり好意を持たれたカンダタ。ホンフゥはすこぶる面白くない。それでも何とか自分の機嫌を直してマルセラに訊ねた。

 

「ところでマルセラさん。見ての通り、俺がいろはの看病をすることとなったけど、具体的なやり方を教えてくれないか。アナタも自分の診療所を離れているわけにはいかないだろう?」

「そうですね。では、いろはさんの部屋にて説明します」

 

 いろはの眠る部屋に入り、高熱に苦しむいろはの顔を見て、ホンフゥは少しドキリとした。熱で顔を紅潮させて、苦しそうに呼吸をしているいろは。ホンフゥにはとてつもなく艶っぽく見えた。

 思わず立ち止まり、ポーとして見とれてしまった。だがすぐに自分の頭をゲンコツで叩いた。

(馬鹿か俺は! いろははあんなに苦しんでいるのに!!)

「どうなさいました?」

 マルセラはキョトンとしてホンフゥを見ている。

「い、いえ、何も。アハハ!」

 変な男、と思いつつもマルセラは丁寧にホンフゥにいろはへの看病の要領を教えた。

 

「…というわけです。水枕と氷のうを五時間に一度くらい替え、かつ寝汗に注意してひんぱんに寝巻きを替えてください。水分も十分にとらせ、気が付いた後は消火の良い食事。その後に私の渡した薬を飲ませてくだされれば大丈夫です。いろはさんの病は疲れからきた風邪でございます。それで十分回復するはずです」

「あのう…」

「なにか?」

「寝汗を拭き、寝巻きを替えろって事は、いろはをスッポンポンにすることですよね…」

「ええ…まあそうなりますね」

 

 最初、マルセラはホンフゥの言っている意味がわからなかった。彼らの仲間が彼を残して、いろはの看病に当てたのであれば、いろはとホンフゥはそういう関係とマルセラは受け取っていた。

 しかし違う。困り果てて頭を掻くホンフゥを見て、ようやくそれに気づいた。

 

「分かりました。それだけは私がやりましょう。私の診療所はこの宿から歩いて五分程度ですから、時間を見てここに来ます。明日か明後日には、いろはさんご自身で着替えもできるでしょう。とりあえずそれまでは私が着替えさせます」

 その言葉を聞いてホンフゥは胸を撫で下ろした。

「そうですか。よかった」

「失礼な言い方かもしれませんが、ホンフゥさんは誠実な方ですね。邪まな男性なら、ここぞとばかり彼女の裸を見ようとすると思いますが」

「こんな形で見ても仕方がありませんよ。いろはの意志で見せてもらうのが大事ですからね。それに、そんな風に女性に誉められる男じゃないですよ俺は。妓館もよく行く男だし。でもいろはは特別なんです」

 粗にして野だが卑にあらず、そんなホンフゥの印象をマルセラは受けた。

「それではホンフゥさん。さっそく着替えさせますので、お部屋から出ていただけますか」

「あ、はい」

 

 ホンフゥは部屋に出て、ドアの外にボディガードのように立った。マルセラは掛け布団を取り、いろはの寝巻きと下着を脱がして、真新しいものと着替えさせた。病で脱力している者への着替えは少し困難ではあるが、情報官を生業としているマルセラはそれなりに武道の心得があり、並の男以上の力の持ち主であった。そして医師と云う立場からも介護の腕前も堂に入ったもので、スムーズにいろはから衣類を剥ぎ取り、汗も拭いて着替えさせた。ホンフゥではこうはいかないだろう。マルセラに頼んで正解だったようだ。

 シーツも取り替え、再びいろはを横にする。寝心地が良くなったのか、いろはの顔に少しの安堵が伺えた。

 

「ふう、けっこうしんどいわね」

 マルセラは額ににじんだ汗を拭いた。

「ホンフゥさん、もういいですよ」

 ホンフゥは部屋に入り、またいろはの顔をしみじみと見た。着替えて体が少し楽になったのだろう。紅潮がやや引いている。いろはが大好きなホンフゥはそんな微妙な変化にも気づく。

「やっぱりいろはは可愛いなあ…」

 幸せそうにホンフゥは言った。

 

 一方、アレルたちは馬と馬車を町の厩舎に運び、各々の馬に食事を取らせていた。

「さあ、明日もまた走ってもらうぞ! たーんと食べろ!」

 自分の馬に嬉しそうにニンジンを食べさせるカンダタ。

「ところで兄貴。ずいぶん粋なことするじゃん。ホンフゥをいろはの看病に残すなんてさあ」

「ん? まあ思いつきにしては良案だろ?」

「やっぱり彼女ができると違うね」

「な、なんだ、知っていたのか」

「まあね」

 ニンジンを持つ手が止まったので、カンダタの馬はブルルルッと不満げな声を出した。

「ああ、ゴメンゴメン。ところでアレルはどうした」

「三日分の野営の用意をしてくるって。ステラと一緒に市場の方に食料買いに行ったよ」

「そうか」

 マリスはニヤニヤして兄カンダタを見ている。

「な、なんだよ」

「今まではさあ、野営は男同士、女同士でテント張ったじゃない。明日からの野営はそうじゃなくなるのかな~?」

「馬鹿を言えよ。こんな真っ暗な荒野の野営で、そんな隙をさらすわけにはいかんだろうが。テントの中はずっと男同士、女同士だ。まったく」

「妙なところで律儀だね~アニキは」

「つまんねえこと言ってねえで、桶に水汲んで来い。馬たちは喉カラカラだぞ」

「はいはい」

 

 

 翌日、アレル、ステラ、カンダタ、マリスは馬をひき、リムルダールの町の入口へと歩いていた。見送りにはホンフゥが来ている。

 

「…というわけで、マルセラさんが今日は診療所を開院せずいろはについていてくれるとさ」

「マルセラさん、診療所を休みにしていろはに…。感謝の言葉もないわね」

 ステラが言った。過労による発熱とはいえ、やはり医者がついていてくれた方が安心できる。何よりアレフガルド、ラダトームにおいてアレル、いろは、そしてその仲間たちは希望の光である。風邪一つでも軽視して良いものでもない。マルセラは滅多に休みにしなかった診療所を休診にしていろはの看病に当たった。

 

「じゃあホンフゥ、いろはのボディガードを頼むぜ」

「ああ、任せてくれアレル。みんなも『虹のしずく』頼んだぞ。みんなが帰ってくる頃にはいろはも元気になっているだろうからよ!」

 マリスがホンフゥの耳元でつぶやいた。

「うまくやんなよ、ホンフゥ」

「何を?」

「まーた、とぼけて!」

 ホンフゥに軽く肘をぶつけてウインクをするマリス。四人のしんがりを努めるカンダタが少し咳ばらいをすると、舌をペロリと出してマリスは馬に乗った。

 

「ホンフゥ、朝になってもいろはの容態が全く良くなっていないのが少し気になる」

「カンダタ…」

 実はホンフゥもそれを気にしており、マルセラも朝にいろはの容態を観察して顔を曇らせた。

「確かに病状を見るに、マルセラの診察は誤っていないように思えるが…呪われた武器防具を誤って装備してしまい、その呪いが強い場合、シャナクで装備を外しても、あんな症状が残ることがあると聞いている。夕刻まで熱が下がらなかった場合、念のため教会に連れていった方がいい」

「分かった。サンキュー、カンダタ」

「ああ、いろはを頼むぜ。何といってもいろはは俺たちの守り神だからな」

「いや」

 ホンフゥは首を振った。

「俺のみの守り神だ」

「言ってろ」

 ホンフゥの言葉に苦笑しながらカンダタは馬に乗った。そして四人は手綱を引き、馬の横腹を軽く蹴った。四頭の馬がいななきを上げる。ホンフゥの視界から四人の姿が消えていった。

「行っちまったか。しかし呪い…。まさかな」

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