DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第三十五話 アレルブルク

 アレルたちはリムルダールの宿を出ると、すぐにルーラを唱え、メルキドの南の森林へと行った。並の人間ならモンスターを恐れ、踏み込まないジャングル。そこにアレルたちは踏み込んだ。スターキメラを探して。

 

 

「モンスターが出てくるのを望むなんて初めてだな…」

 先頭を歩くアレルは苦笑しながら木の枝を払う。

「仕方が無いでしょ。事情が事情なんだから」

 キメラは空を飛ぶモンスター。ステラは木の上にもキメラがいないか確かめながら歩いた。森に入って十分くらい経っただろうか。樹木の生えていない猫の額ほどの空白地があった。

「やみくもに進んでも体力の無駄だ。ここで待とう」

 カンダタがこれ以上の行軍を止めた。と同時にマリスがあたりを警戒しだした。

「兄貴…」

「分かっている。ステラ、アレル」

 アレルとステラもうなずいた。四人とも分かっていた。囲まれている事を。

「みんな、円陣だ。ステラ、『闘気の腕輪』に力を…」

「分かっている。フルパワーでぶっ飛ばすんだったね」

 カンダタ、マリスも魔法力を練りだした。

「兄貴…何体いる?」

「ざっと四体…知能も高いようだ。こちらが自分たちの気配に気づいて備えている事を分かっていやがる。デカい羽音も聞こえる。スターキメラと思っていいだろう」

 アレルは眼球を左右に動かし、敵の場所をつかんだ。

「左右に位置する二体は囮だな。上の木の枝にいる、もう二体が本格的に攻撃を仕掛けてくるつもりだ。上から炎を吐かれたら分散するしかない。少し広範囲だがやるぞ!」

 仲間たちはうなずいた。

 

 木々の陰から赤い目がアレルたちを睨む。ここは自分たちの森。侵入者は許さない。目がそう言っている。アレルたちがこの空白地に来るまで人間の白骨体がいくつもあった。人間を食うモンスターが相手。たとえ彼らのテリトリーに侵入したのが自分たちであろうと、容赦する気はない。

 そしてアレルたちを囲む四体は徐々に詰め寄り、ミナデインの射程圏内に入ってしまった。

「聖なる雷よ…我の元に集え…」

 アレルは小声でミナデインの詠唱をはじめ、右手を天に掲げる。カンダタ、マリス、ステラもそれに呼応するように両手を天に掲げた。

 と、同時にモンスター四体がアレルたちに向けて突進してきた!

「うなれ! 集合電撃呪文! ミナデイン!!」

 

 ドドドドドドオオオオオオ!!

 

 天を裂く、すさまじい稲妻がモンスター四体に直撃した。

「「グギャアアアア!!」」

 

「ハアハア…やったか。気配が消えている…」

 アレルは額に滲んだ汗を袖で拭いた。

「すごい威力だね…。私もずいぶん闘気を取られたよ…」

 ステラはその場に座り込んだ。

「兄貴、大丈夫?」

 魔法力の少ないカンダタには負担が大きかったようだ。立ちくらみをおこしていた。その兄を気遣うマリスも肩で息をしていた。

「ああ、大丈夫だ。それより急ごう。四体のスターキメラから『スターキメラの翼』を接収するぞ!」

「分かった」

 ステラは疲労した体をヨイショと立たせた。

 

 四体のモンスターは幸運にもスターキメラだった。全部が黒コゲとなっている。改めてミナデインの威力に息を呑んでしまう。だが移動系魔法力が収縮されている一羽『スターキメラの翼』はどんな熱にも燃えることは無い。四人は一つ一つのスターキメラから、その羽を接収した。『スターキメラの翼』を四枚、入手した。

 

「よし、ではアレフガルドではじめて降り立ったガライの家の近くに飛ぶぞ。みんな俺の元に」

 翼を握り、アレルは仲間たちを集める。

「アレル、あんたも大丈夫なの? だいぶ辛そうだよ…」

 ミナデインの媒体となったアレルもやはり体力の消耗は激しく汗をとめどなく出していた。マリスは心配してアレルの額からハンカチで汗を拭った。

「大丈夫…。あとでゆっくり休むさ…。今は急がないと…少しの時間の遅れがそのぶんいろはの心を切り刻む…」

「そうね」

 ステラとカンダタもアレルの元に寄った。アレルはそれを確認するとガライの家近くにルーラを唱えた。彼らが最初に降り立ったアレフガルドの地だからだ。

 

 

「ホンフゥ、はい、アーン」

「自分で食べられるよ」

「いいから」

 目の見えなくなったホンフゥにいろはは献身的だった。昼食、マルセラの用意してくれた食事をホンフゥに食べさせてあげていたのだ。部屋の中はいろはとホンフゥだけ。ホンフゥ以外の人間が入ってくることをいろはは拒絶した。

「おいしいですか?」

「うん。うまい」

 いろはは黒い大きい帽子をかぶり、厚い黒布のフードで顔を隠していた。外からいろはの顔を見ることは出来ない。

「…ところで…みんなは?」

『時の砂』を使うため、レンドルを迎えに行っていることは口止めされている。

「ん? いや『虹のしずく』を手に入れる行軍が疲れたのだろう。みんな寝ているよ」

「そうですか…」

「どうした?」

「みんなには悪い事をしてしまって…最終決戦も近いのに仲間から外れるなんて…」

 目の見えないホンフゥにいろはの表情は分からない。

「まだ…戦いたいか?」

 フードのこすれる音がする。いろはは今、首を横に振ったのだろう。

「あ、料理が冷めちゃう。はい、ホンフゥ、アーン」

 姿は変わっても、いろはの声は変わらない。ホンフゥにとっては大好きな声が、自分ひとりに向けられている。無上の喜びだった。

 

 

 ステラはアレルたちが最初にアレフガルドに来た場所で『スターキメラの翼』を持ち、立っていた。自分が主となって瞬間移動を行うのは初めてで、少し緊張している。

「頼むぞステラ。お前しか『アレルブルク』に行っていないのだからよ」

 いろはのことがよほど気にかかるのだろう。アレルはすがるような目でステラを見る。

「そんなにプレッシャーかけないでよ!」

「ステラ、アレルブルクの町のイメージが弱ければ、さしあたり上の世界ならどこでもいい。ダーマを経て歩いていけばいいのだから」

「ありがとう、カンダタ。でも大丈夫。印象深い町だったもの」

『スターキメラの翼』を握り、ステラはアレルブルクの町並みを脳裏にイメージした。気球、町議会、カトレアの家、思い出せるものすべてを頭に浮かべた。

「スターキメラの翼…私たちを地上の世界…『アレルブルク』に導きたまえ!!」

 

 シュンッ!

 

 ステラを中心とした仲間たちは瞬時にその場から消えた。

「ん…」

 ステラは上手くいったか分からないので、ずっと目をつぶっていた。他の仲間たちも同様である。やがてステラは恐る恐る目を開けた。

「ま、まぶしい!」

「へ?」

 ステラの声を聞くと同時にアレルも目を開けた。

「な、なんだこりゃ! まぶしい!!」

「太陽だ! アレル! 兄貴! ステラ! 地上だよ!!」

「…本当だ…。太陽…知らなかった。こんなにまぶしく、美しいものだったなんて…」

 思わず柄にもない詩的なことをカンダタは言う。そのカンダタにステラとマリスは抱きついた。

「やったあ! 兄貴の計算どおりじゃーん!!」

「ホントホント! 盗賊にしとくにゃ勿体ないよ! 賢者に転職したら?」

「そ、そうか? あははは」

 女二人がカンダタに抱きつく光景を見て、アレルはすこぶる面白くない。

「コホン、で、目が慣れてきたところで状況を確認しよう。見たところ川向こうに見えるのはガルナの塔と思うが…」

 カンダタの体を離れたステラが周りを見渡した。

「そうね…。一直線でアレルブルグに到着することはできなかったみたい。でもここまでくれば大丈夫。案内するよ」

 

 

 アレル一行はアレルブルクを目指した。で、よくよく考えると町の名前が気になる。

「ねえねえ、ステラ。どうしてカトレアは町の名前にアレルの名前をつけたの?」

 それはカトレアがアレルに惚れていたから…とはマリスには言えない。

「そ、それは…」

「ああ、マリスはあの時の会話にはいなかったんだっけ…」

 アレルが助け舟を出した。

「会話?」

「カトレアは俺たちにイエローオーブを渡すのを商人としての名声を上げるための投資と位置づけると言っていた。町の名前にもそのイエローオーブをもって、バラモスを倒した者の名を冠すれば、人々はカトレアの名声を慕い、自然に町の人口が増えるってワケだ」

「へえ~、タダでオーブをやるかわりに、名声を上げさせてもらうってわけか。うまい方法を考えたものねえ」

 マリスはそう自分と歳の変わらないカトレアの知恵に感心してしまった。

「そ、そうね。あはは」

 引きつった顔でマリスに答えるステラ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 地上に到着して四十分ほど歩いたアレル一行。この四つ岩大陸は一面の森林とジャングルであったが、完全に道も出来ており、町に近づくにつれ水田も見えてきた。おそらくジパングから米の栽培の技術を得たのだろう。

「すげえな…。以前に世界樹を求めて、この大陸を歩いた時と、まったく様変わりしているぜ」

 アレルはカトレアとレンドルの手腕に感心しながら歩いた。不毛の森林地帯が生まれ変わっている。時刻はそろそろ三時。町の方角から鐘が聞こえた。おそらくティータイムを告知する鐘だろう。水田にいた農夫や女たちも休憩に入り始めている。

「民の顔にゆとりがある…。かなりの名領主だな、カトレアは…」

 カンダタの声もステラに届かない。だんだん気が重くなってきた。もしカトレアとアレルが会ったらどうなるだろう。マリスと修羅場にならないだろうか。カトレアが町を留守にしていることをステラは願った。

 やっとアレル一行は『アレルブルク』に到着した。町に入ると同時に茶のよい香りが町中から漂ってきた。どうやら三時になるとお茶を取るのはアレルブルクの習慣らしい。

 

「さ、ここから西に五分くらいで町議会よ。おそらくカトレアもレンドル様もそこにいるわ。みんな行こう」

 ステラを先頭に一行は歩き続けた。すると後ろから『アレル!』と呼ぶ声がした。アレルが後ろを振り返ると、若い母親が自分の幼い子供を呼んでいた声だった。

「さあ、アレル。お茶の時間よ」

「はーい、ママ!」

 

 四人はしばらくその光景に見とれていた。

「あの子も…アレルってのか…」

「ハハハ、有名人だなアレル、おそらく勇者のお前にあやかって名づけられたのだろう」

 カンダタがアレルを冷やかした。

「そ、そうかな? 偶然じゃないのか? あははは」

「柄にもなく照れている、アレルったら」

「そ、そりゃ照れるよマリス。しかし光栄だ…」

 

 またしばらく歩くと、今度はイロハと言う名前の少女はいるわ、ホンフゥと云う名前の少年もいた。どうやらこの町は他の村や町、国よりもバラモスを倒した勇者一行を心から尊敬しているらしい。

「なんか、恥ずかしくなってくるな…」

 アレルは顔を赤くしていた。写真の文化が無いのは幸いだ。もし顔が知られていたら彼らは町の人々に囲まれて解放されなかっただろう。

その一方でマリスは面白くない。マリスと呼ばれていた少女が悪戯でもしたのか、母親にお尻を叩かれていたからだ。そして一行は町議会に到着した。相変わらず質素な建物だった。

「さ、着いたわよ。しかし何のアポも取っていないからね。会ってくれるかな」

 ステラは心配そうに町議会堂のドアを開けた。

 

 

「ポルトガに卸す『黒胡椒』は確保できたの! エジンベアへの材木は! ロマリアには気球をいくつ卸すの! チェックして!!」

 いきなりカトレアが部下の商人たちを叱咤する声が聞こえた。ここだけはティータイムが無かったようだ。

「えーと、あとは…ん?」

 いた。ステラは思った。ああ、どうしよう。カトレアがアレルに惚れているなんてマリスが知ったら、面倒なことになるだろう。そんなステラの気持ちも知らずか、カトレアが自分たちに気づいて走りよってきた。

「ステラ! また来てくれたの!? それにアレルも!」

「ええ、久しぶりね。カトレア」

 カトレアはステラとギュウと抱き合った後、アレルとも嬉しそうに握手をした。すると二階からドタドタと大きな足音が響いた。

「おお!」

 レンドルだった。カトレアがステラと叫んだ声が聞こえたのだろう。レンドルは高齢だが耳はいい。

「お久しぶりです。レンドル様」

「よう来られたのう! 異世界から帰る方法、見つけられたのか!」

「はい」

「まあ立ち話もなんじゃ。こちらに。カトレア、おぬしもどうじゃ」

「ええ、今、行くわ」

 いつのまにか、レンドルはカトレアを呼び捨てにしていた。カトレアは部下に休憩を与え、二階に上がってきた。

 

 町議会の二階の応接間。ここにアレル、ステラ、カンダタ、マリスを通された。カトレアがお茶を四人に配る。アレルブルク産のハーブティーで良い香りがしている。

「この二人は初めてですね。レンドル様ご紹介します。彼がカンダタ、彼女がマリスです」

 ステラがカンダタとマリスを紹介した。

「カンダタです。ご老体のご高名はかねがね伺っております。お見知りおきを」

「マリスです。お会いできて光栄です」

「こちらこそ、名だたるカンダタ殿とマリス殿にお会いできて嬉しく思いますぞ」

 レンドルは四人の顔から、ただ懐かしさで自分やカトレアを訊ねて来たのではないことを悟った。それはカトレアも同じであった。茶を配った後、レンドルの横に座った。

「知らぬ間でもない。皆様方、前口上は良い。遠慮なく本題に入ってくだされ」

 四人は顔を見合わせ、そしてアレルが切り出した。

「実は…」

 

 アレルは語った。いろはがヌエと云うモンスターの手により、顔に呪いをかけられ、見るも無残なほど醜い顔になってしまったこと。そしていかなる呪文も治療もそれを解けず、唯一の打開策はカンダタがピラミッドにて入手した『時の砂』だけであること。そしてそれは賢者しか使えない。だがアレフガルドに賢者は存在せず、頼みはレンドルしかいないこと。すべて話した。話が終わったころ、カンダタはレンドルに『時の砂』の入った小瓶を渡した。アレルの話を聞きカトレアは涙ぐんでいた。

 レンドルは渡された小瓶を大事そうに握る。

 

「なるほど…そう言うことでしたか…」

「レンドル殿、お聞きしたい。貴方はそれを使うことができましょうか」

 カンダタが切り出す。無理と言われれば絶望的である。アレフガルドに賢者がいないと同様に、上の世界にも賢者はほとんどいない。元々数が少ないうえ、ネクロゴンド海戦で大半が討ち死にしてしまったのだ。

 ゆえに、賢者の技と術を後世に伝えるものが激減したのである。参戦を拒否したレンドルだからこそ、こうして生きており古くから伝わる賢者の技術を今も持っているのである。

 

「では、お見せしよう」

 レンドルは小瓶の蓋を開け、一粒の砂を指でつまみ、念を込めながら呪文を詠唱して、その砂を自分に振りかけた。レンドルの姿が一瞬、煙に包まれる。たまらずその場にいたものは咽たが、その後驚くべき光景が見えた。

「どうかな?」

「……ど、どなたですか?」

 あっけにとられ、ステラは声の主に訊ねた。

「儂じゃよ、レンドルじゃ」

「「えええッッ!?」」

 その場にいた全員が驚きの声をあげた。何とレンドルは若返っていた。年齢的にはカンダタと同年ほどである。水色の長髪をなびかせ、水色の法衣をまとい、宝玉の輝くサークレットを頭にいただいていた。

 

「カッコイイ…」

 思わずマリスは見とれてしまった。若き日のレンドルは美男子だったらしい。

「ホッホホホ、ありがとうマリス殿。しかし…」

 再び煙に包まれ、レンドルは元に戻った。

「ま、一つまみの砂ではこんなトコじゃろう。しかし、この小瓶にある砂を全部使えば、いろは殿を元に戻せ、かつ普通に歳を取る状態にできる。ヌエとやらが吸い取った生命力も戻るじゃろう。無論、今まで培ってきた呪文と武技もそのままじゃ。ダーマで時の砂の呪法を習得していて良かったわい」

 アレルたちはレンドルの言葉を聞くやいなや、飛び上がって喜んだ。

「時を置けぬのでありましたな。では早速行きましょう。いろは殿を助けなくては」

「は、はいっ! ありがとうございます! レンドル様!」

 涙を流しながら、ステラは深々とレンドルに頭を下げた。

「と、いうことじゃ。しばらく留守にするぞ。カトレア」

「はい、行ってらっしゃい、あなた」

 

 ステラは固まった。

「あ、あなた?」

「あら、話してなかったっけ? 実は私とレンドル様、結婚したの」

「…え?」

 アレル、カンダタ、マリスはあぜんとして顔を見合わせた。祖父と孫の年齢差である。ステラも声が出なかった。久しぶりに会ったアレルにカトレアがアプローチしなかったのも、それが理由だったのだ。

「…う、嘘? いくつ離れているのよ?」

「あーら、愛があれば歳の差なんてねえ。ねーアナタ」

 カトレアはレンドルに抱きついた。

「ははは、そうじゃな。愛しとるよカトレア」

 プッとアレルは吹き出した。

「こりゃあいいや! アハハハハ!!」

 つられてカンダタ、マリス、ステラも笑い出した。町議会の二階からにぎやかな笑い声が響いた。

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