DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第三十六話 賢者レンドル

「なるほど、本当に真っ暗じゃな…」

 レンドルはアレフガルドに立った。今回はマリスが『スターキメラの翼』を使って『アレルブルク』から一気に飛んできた。着いた場所もリムルダールである。やはりアレルと共にパーティーの瞬間移動を常に担っていただけはある。一直線で目的地にたどり着いた。

 レンドルを伴い、一行はリムルダールの町に入った。先ほどのアレルブルクとは活気が天と地であった。

「なんちゅう陰気な町じゃ…」

「レンドル殿、俺たちがラダトームに着いた時と同じ事を言っておりますな」

 思わずカンダタは苦笑した。

 

 やがて一行はいろはとホンフゥがいる宿に到着した。

「ここでいろは殿が…」

「はい、レンドル様、お急ぎを!」

「うむ」

 ステラに急かされ、レンドルは宿に入っていった。仲間たちも続く。エバンスは教会、マルセラは自分の診療所に帰っていたので、今はホンフゥしかいない。ステラはいろはの居室のドアをノックした。

「いろは…起きている?」

「…だめ…入ってこないで…」

 暗い部屋の中にいるいろはがかぼそい声で答えた。そしてホンフゥが部屋を出てきた。

「みんな…」

 仲間たちの中に知らない気配が一つある。

「…そこ…そこにいるのが…」

 力強さは無いものの賢人のみが醸し出す雰囲気。ホンフゥはそれを読み取った。

「そうですか。あなたが!」

「左様、入れてくれぬか。出来れば二人だけのほうが良いが…」

「分かりました」

 レンドルはいろはの居室に入っていったホンフゥもステラも居室の外で待った。

 

 バタンとドアは閉められた。部屋は真っ暗である。外の暗さも重なって、まったく見えない。またいろはのかぶるフードは厚い布。いろはの視界もゼロと言っていい。

「いろは殿…」

「………!?」

「儂じゃ」

「レ、レンドル様?」

「そうじゃ。久しぶりじゃのう…」

「で、出て行って下さい! 今すぐに!」

 どうやってアレフガルドに来た、と云う疑問よりいろはの口から出たのはこれだった。しかし無理もないことである。

「落ち着きなされ、いろは殿。儂はそなたの顔を治しに来たのじゃぞ…」

「む、無理です! 私の医術も、ベホマも、この地の高位神官の法術も、シャナクも駄目なのです! ぬか喜びさせるようなことを言わないで下さい!」

「これから行うのは賢者のみが扱う特殊な呪文じゃよ。そう『時魔法』」

「『時魔法』?」

「まあ白魔法、黒魔法と特に種類別にするほどのものじゃない。時魔法は二つしかない。『凍れる時の秘法』そして『時の砂の呪法』。これだけじゃ。儂がやるのは後者の方じゃな」

 いろはにも初めて聞く呪文である。

「それが私の顔の治療と?」

「うむ、正確には治療じゃない。そなたの顔と体の時間を戻す。ヌエとやらがいろは殿に憑き生命力を蝕み始めたと云うのがヤマタのオロチ討伐直後と聞いた。だからその時点まで顔と体を戻す。無論、頭の中身と経験はそのままじゃ。戦闘レベルが下がることもないぞ」

「そ、それでは…」

「儂に任せておきなさい。いろは殿」

「レンドル様…」

 

 しかし朝の来ないアレフガルドの空は暗く、いろはの部屋は何の照明も着けていないので極めて暗い。レンドルはいろはの場所がつかめず自分の周りを見渡しているばかり。

「申し訳ございません…。ですが、私はほんの一瞬でも今の顔をレンドル様にお見せしたくないのです…」

「心配はいらんよ。儂は盗賊を経験している。カンダタ殿ほどレベルは高くなかったが当時に培った夜目は今も健在じゃ。しばらくすれば慣れるわい」

「ありがとうございます」

 

 ややあって、レンドルはいろはの元に歩き出した。なるほど彼は夜目を自負するだけあって、一度見つけたら戸惑うことなく、いろはの前に立った。いろはは椅子に座ったまま動かない。

「よろしい。そこを動くでないぞ」

「はい」

 レンドルは懐から、カンダタから預かった『時の砂』が入った小瓶を取り出し、蓋をはずして砂を手のひらに乗せた。

「ブツブツブツブツ…」

 いろはも聞いたこともない呪文である。そしてその呪文に命を吹き込まれるように、砂はレンドルの手のひらで発した小さな乱気流の中で踊った。不思議と砂ホコリは発生しなかった。やがてレンドルは両の手のひらに頭上にかかげ、詠唱の声を大きくしだした。砂は大きくレンドルの頭上を旋回する。

「時よ! 時を司る精霊たちよ! このものの時を逆行させたまえ! 賢者レンドルの名において命ずる!」

 頭上に掲げていた時の砂がレンドルの呪文に乗り、砂の雨となっていろはに降った。そして降った砂は床に落ちる前に消滅した。

 

「………」

「レミーラ!」

 暗かった部屋が急に明るくなった。レンドルが暗い迷宮の中を魔法力で照らす『レミーラ』を唱えたのだ。

「きゃあ! な、何をなさるのですか! レンドル様!」

 その言葉に部屋の外で待っていたいろはの仲間たちが入ってきた。

「どうしたいろは!」

 しびれを切らしていたアレルは叫ぶ。まだいろはは顔を両手で隠したままだ。

「いろは殿、見るがよい」

 レンドルが部屋の中のあった鏡台を指した。

「…え?」

 いろはは鏡に歩み寄り、恐る恐る手を退けた。

「あ、ああああ!!」

 いろはは帽子とフードを取った。顔が元に戻っていたのだ。

「いろは!」

「アンタの顔だよ! 私ほどじゃないけどかわいい顔に戻っているよ!」

 元の顔となっているいろはの顔を見て、ステラとマリスは嬉し涙を流しだした。アレルも鼻をすすり、カンダタは背を向けて肩を震わせていた。そしてレンドルは額の汗を袖で拭いた。

「ふう、ちょっと年寄りにはしんどかったわい…」

「レンドル様ァ!!」

 いろははレンドルに抱きついた。

「お、おいおい…うひひ」

「ありがとうございます! ありがとうございます! ご恩は一生忘れません!」

 少し遅れてホンフゥが入ってきた。まだ彼の目はつぶれたままだ。

「そうか…元に戻ったのか。良かったな、いろは…」

「ホンフゥ!」

 ホンフゥの包帯の下からうすい赤色をした涙が出ているのが分かる。彼も感無量であった。

「さて、ホンフゥ、もういいだろう。俺が治してやろう」

「ああ、悪いなアレル…」

「待ってアレル!」

「なんだよ、いろは」

 いろはは顔を赤くして言った。

「わ、私に治させてください…」

 

「ホッホホホホ…若い者はええのう!」

「レ、レンドル様、そんなんじゃ…」

「これから、アレル殿、カンダタ殿はうかつに戦闘で怪我できませんぞ。おそらくいろは殿はアレル殿、カンダタ殿の重傷より先にホンフゥ殿の軽傷を優先して治すかもしれませんからな! アッハハハハ!!」

 レンドルが大きい口を開けて豪快に笑うと、仲間たちも笑い出した。

「そうですね。こりゃ注意しないと!」

 カンダタも珍しく冗談に乗る。本当にそうするかもしれないといろはも思うので、ますます顔が赤くなる。

「もう、レンドル様の意地悪」

「い、いろは。まだか!?」

「はい。今すぐ。…ベホマ…」

 ホンフゥの網膜に、レンドルのレミーラによるまぶしさが伝わった。ホンフゥは包帯を取った。

「み、見えるぜ! いろは! お前のかわいい顔が見えるぞ!」

「ホンフゥ!」

 ホンフゥの胸に飛び込み、いろはは歓喜の涙を流す。

(あの顔だ…。サスケ殿にしか向けていなかったいろはの笑顔だ…。それが今、俺に向けられたんだ…)

 

 いろはをギュウと抱きしめるホンフゥ。女が好きな男にだけ向ける笑顔というものは特別なものである。その顔をいろははホンフゥに向けたのだった。嬉しくてたまらないホンフゥはさらにギュウといろはを抱いた。

「い、痛いです…ホンフゥ…」

「え!? ああ! ごめんな! アハハハハ!」

 治ったばかりのホンフゥの目が少し潤んでいた。レンドルももらい泣きしている。

「良かった…本当に良かった…。やはり顔は女の命じゃからのう。そーれにしてもおぬしら何で、儂の許しなく部屋に入った!」

 アレルたちを叱るレンドル。

「あ、すいません。『何をするのですか、レンドル様』なんて言葉が聞こえたので、もしやレンドル殿がいろはにエッチなことを…」

 アレルが謝った。

「なぬ?」

「いや、最初に飛び込んだのステラですよ! 俺じゃないですよ! レンドル殿がそんなことするわけないと思っていましたから!」

「アレル! アンタ何ヒトのせいにしてんのよ! 最初ドア開けたのアンタでしょ!」

 そのやりとりを見て、プッといろはが吹き出した。責任のなすりあいをしていたアレルとステラもそれに気づいた。いろはが笑った。自分たちにもその嬉しさと喜びは伝わってきた。いつものアレルとステラの軽い口ゲンカもいろはの微笑で飛んでしまった。

 

「いやいや、それで良い。仲間を心配する心、それが大事じゃな。ホッホホホ」

 パンパンとホンフゥが手を叩いた。

「まあ何はともあれ、今日はめでたい! 祝杯としようぜ! レンドル殿も飲みましょう。アレフガルドの酒は中々いけます。俺たち感謝をこめて奢らせてもらいますよ! いろは、今日くらいはゴールドをケチるなよ!」

「もちろんです。さあ、みんな飲みましょう!」

 酒好きのレンドルは思わずノドを鳴らした。

「おお、それはありがたい。馳走になろう!」

 

 エバンスやマルセラも呼ばれ、その日は宴会となった。沈みがちのリムルダールの町も、いろはたちが宿泊している宿だけはお祭りのように賑やかだった。他の宿泊客にも酒と肉が振る舞われ、宿の主人も従業員たちもいろはの災難を口に出さずとも知っていたので、治ったと知るやいなや、自分のことのように喜び、酒を飲んだ。

 エバンスやマルセラもあんなに苦しんでいたいろはが笑顔でいるのを見て、感無量だった。思わず彼らも嬉しさのあまりに酒がすすむ。

 本来、いろはもアレルも仲間たちも、酒は多量には飲まない。いつ敵襲があるか分からないからだ。しかし今日だけは違った。今日飲まずして、いつ飲むのだと言わんばかりに嬉しい酒を飲んだ。

 

 そして久しぶりにいろはは舞を披露する。アレルの笛に乗り、静かで美しい舞を見せるいろは。

 エバンスもマルセラはウットリとしてそれを見つめ、レンドルは涙ぐんでそれを見ていた。舞が終わると宿の主人、従業員、他の宿泊者、そして仲間たちは盛大な拍手をいろはに送った。今日はアレフガルドに来て最高の夜ともなった。

 

 祭りは終わり、それぞれの部屋に戻り、泥のように眠った。ホンフゥはせっかくいろはの心を射止めた日であったのに、あまりの嬉しさからか飲みすぎてしまい、今は自分の部屋で大きいいびきをかいていた。

 いろはは隣の部屋に眠るレンドルに、ジパング式に鎮座し深々と頭を下げ、眠りについた。

「ありがとうございます…。ホンフゥ、レンドル様…」

 

 

 そして翌朝、朝といってもまだ世界は暗い。レンドルは二日酔いを覚ますため、宿の庭に出て体操をしていた。彼がアレルブルクに移り住んでからの日課であった。

「うーん、朝になっても夜というのは気が沈むものよのう…」

「レンドル様」

 庭にいろはもやってきた。

「なんじゃ、まだ寝ていれば良いのに」

「いえ、もう目も覚めてしまいましたから…」

 レンドルは体操をやめて庭のベンチに腰かけた。

「いろは殿…昨日は良いものを見せて下された…」

「え?」

「あの踊り…イナホも一度だけ見せてくれたことがある。男装して鎧姿のままであったが、旅の野宿の時、あれを踊ってくれたよ…」

「レンドル様…」

「アレル殿の笛はないが…もう一度見せてはくれぬか?」

「はい、喜んで」

 いろはは静かに踊りだした。レンドルはそれを見つめる。そしてまた涙ぐんだ。いろはは思う。彼は今、自分を通してかつての相棒と無言で語り合っている。地上では旅の指針を照らし、そして異世界に来てまで自分の顔を治してくれた大恩あるレンドル。いろはは感謝を込めて舞った。

 

 やがて、いろはの舞も終わった。レンドルは嬉しそうに拍手をしている。

「いやいや、よい土産ができたわい。ありがとういろは殿」

「いいえ、このくらい、私の顔を治して下されたご恩に比べれば」

 いろはもベランダのベンチに座り、仲間たちの起きる前までの時間をレンドルと語り続けた。

 

「それにしても驚きました…。まさかカトレアとレンドル様が結婚していたなんて」

「ん? まあ共に仕事をしていくうちに情が湧いてきたというところじゃろうかの。今にして思うと、いろは殿が書かれた日記が縁じゃった。感謝しとるよ。この歳であんなに美しく気のつく伴侶と会わせてくれての…」

 

 レンドルはカトレアの右腕として、『アレルブルク』の発展のために尽力をした。外交も内政でも、その知恵者振りを発揮し、今では『森の楽園』とまでアレルブルクは称されている。そしてレンドルはイナホへの墓参も毎日欠かさなかった。

 いつしか仕事に取り組む姿勢と、かつての相棒を思う心は、父である勇者サイモンを亡くしたカトレアにとって父性を見るようであった。

 カトレアが誤っていれば、毅然と諫言もするレンドル。ご意見番として常にカトレアの引き立て役に徹し、レンドルは自分の功はカトレアの功とし、カトレアの失敗は自分の失敗とした。

 気がついたらカトレアはレンドルに『結婚してほしい』と告白していた。最初はレンドルも歳の差を考え拒んだが、カトレアは一途だった。商人として、いかに頭角を現わそうと彼女は恋愛ごとには奥手である。一度好きになると歳の差ごときでは諦めなかった。とうとうレンドルも激しい求愛に折れ、ついに結婚となった。レンドル六十八歳、カトレア二十二歳であったと云われている。

 

 結婚式はアレルブルクの教会で盛大に行なわれた。知恵者であり、女性にも礼儀正しかったレンドルは町の年かさのいった女たちに人気があったので、悔しい思いをした女が何人もいたらしい。

 また、カトレアも男たちには人気があったので、結婚式当日は町の酒場でヤケ酒をあおる者が何人もいた。その中には気球の開発者ハイゼンの姿もあったとか。

 しかし、結婚しても町の政務や商売についての立場は変わらない。カトレアは町長で、レンドルも以前と同じ引き立て役に徹した。町民は、この仲むつまじい領主夫婦を心より敬愛したと言われている。

 

「そうですか、カトレアから求婚を…」

「女に惚れられるなんて、この歳になるまでなかったからのう。ビックリしたわい。しかし結婚は良いぞ、いろは殿。自分が結婚して初めてわかる」

「結婚…」

「いろは殿はホンフゥ殿と?」

「え!? そ、それはまだ分かりません…」

 顔を真っ赤にしてレンドルから視線をそらす。そんな仕草がかわいらしく見えるのか、赤面しているいろはの横顔をレンドルは微笑みながら見つめていた。

 いろはは完全に否定しなかった。むしろ『はい』と言いたかったのではないだろうか。あの時、ホンフゥはいろはが醜くなっても心を変えなかった。それどころかいろはの姿を見ないために、自分の目をも何のためらいもなくつぶした。結果、全て元通りになったもののいろはの気持ちもまた変わらない。ホンフゥの目になると誓った気持ちは変わらなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「レンドル様…。ひとつお聞きしてよろしいですか?」

「何かな?」

「ダーマ神殿には世界の国々の歴史を第三者的に書く専門の史官(歴史記録官)がいると聞いています。ジパングもその枠に入っておられるのでしょうか?」

「まあ一応な」

 白いヒゲを撫でながらレンドルは答える。

「物の怪のヌエが気になることを言っていました。実は…」

 いろははヌエが死に際に言ったことを話した。ジパングが昔、物の怪の国であり、ヌエも含めて、そこは彼らの楽園であったと。それを自分の祖先であるスサノオとクシナダが攻め滅ぼし、人間の国ジパングを興したと云う話を。

 

「残念じゃが、それは事実じゃ」

 一通り聞き終えるとレンドルは即答した。

「そんな…それじゃ私の祖先は侵略者で、かつ史書も改ざんしていたと?」

 ジパングの歴史では、先住者は人間であったが、物の怪が侵攻してきた。それをスサノオとクシナダが退治したと記されているのだ。

「ダーマにはスサノオの記録もある。彼は賢者を経て武闘家になった男。当時は最強の存在であった男だったろう。また妻のクシナダは僧侶を経た賢者。相当な知恵者だったと伝えられている。二人は旅の末、東の果ての島国『ワ』に落ち着いた。しかしそこは妖の国。人間のスサノオとクシナダは侵入者。交戦状態になるに時間は要さなかった。だがモンスターの予想を越してスサノオは強く、クシナダの智謀知略の前に知能の低いモンスターなどは赤子も同然じゃった。やがてスサノオとクシナダは『ワ』をモンスターから勝ち取った」

「…それじゃヌエがスサノオとクシナダの子孫である私を恨むのは当たり前…」

 

 レンドルは続けた。

「その後、クシナダは当時の世界の盟主国家アリアハンを訪れ、当時のアリアハン王に『ワ』の地を『ジパング』と名を改め、国を興すことを宣言した。だがアリアハンを盟主とした国際同盟には加わらなかった。いや、加わることが出来なんだ。アリアハンも他国もスサノオの戦闘力とクシナダの智謀を恐れ、一切の国交しようとはしなかった。いろは殿の時代までろくに他国と親交がなかったのも、それが理由じゃよ」

「そうだったのですか…。私は侵略者の子孫だったのですね…」

「そうなるのう」

 

 レンドルは静かに立ちあがり庭を歩く。

「しかし、それはジパングに限ったことではない。イシスも、エジンベアも、その地は当初モンスターのものであった。それを人間が勝ち取ったのじゃ。言うまでも無いが戦えば人間よりモンスターの方が強い。人間は毎日がモンスターに怯える日々だったであろう。だから人間は知恵と武器を使い、モンスターを追い落とし安楽な日々を手に入れた。先達のこの行為。卑下する資格は儂らにはない」

「レンドル様…」

「スサノオとクシナダのやったことは確かに侵略かもしれん。夫婦で新天地を求めて『ワ』に来てみれば、そこはモンスターの地。自分たちに襲い掛かってくるモンスターを倒しているうち、知らないうちに侵略者となってしまったのかもしれぬ。人間とモンスターが相容れることができない以上、やむをえなかったのかもしれん。また史書の改ざんも仕方あるまい。人間、子孫に自分が侵略者だったなんて言いたくないじゃろうし、また子孫の方も先祖が侵略者とは思いたくないだろうからの。先祖の所業を侵略と取るか、モンスターからの解放と取るか、創造の前の破壊と取るか…それはいろは殿の考え方一つじゃな」

「はい…お教え、ありがとうございます」

 

 宿屋の庭にある井戸でアレルとカンダタが顔を洗い出した。二日酔いなのか二人は繰り返して顔を洗っている。

「お、他の者も起き始めたようじゃな」

「はい、私たちもそろそろ食堂に行きましょう」

 いろははベンチから立ちあがった。

「あ、レンドル様。この道具をご存知でしょうか」

 いろははカンダタが『聖なるほこら』で見つけた青水晶の付いた小さな杖を見せた。カンダタに『これなんだか知っているか?』といろはは訊ねられたが、さすがの彼女も知らない道具だった。

「ほう…これは『賢者の石』じゃな」

「賢者の石?」

 レンドルは『賢者の石』を手に取った。

「私も伝承上でしか知らぬアイテムじゃよ。まさかこの眼で見られるとは思わなんだ」

「どういう道具なのでしょう?」

「こういう道具じゃ」

 レンドルは少しの念を『賢者の石』に注入し、いろはにかざした。いろはに回復の力が注がれる。

「…? これベホイミですか?」

「そうじゃ。正確にはベホマラーと言っていい。じゃがいつでも使えるわけではないぞ。主に戦闘中でしか使うことはできぬ。まあ、儂のように熟練した賢者ならいつでも使えるがの。ホッホホホ」

 いろはに『賢者の石』を返した。

「すごい…。たとえ戦闘中だけであろうと魔法力を失わずにベホマラーが使えるのなら、これほどに頼りになる道具はありません…」

「その『賢者の石』は、いろは殿のパーティーならマリス殿に持たせるのが最善であろう。攻撃呪文を主とする彼女がベホマラーを使えるようになれば心強いじゃろ」

「はい、お教え感謝いたします」

「では朝食としようかの。ホッホホホ」

 

 

「そうですか。もうお帰りになりますか」

 いろは一行六人と、レンドルは朝食のテーブルを囲んでいた。そしてレンドルはこの朝食を食べた後にはアレルブルクに帰る事を六人に伝えたのだ。ホンフゥは名残が尽きないのか少し残念そうである。

「うむ。家内を家に置きっぱなしじゃからな。これ以上留守にしとくと拗ねられてしまう」

「ごちそうさまです。レンドル様」

 カトレアとの仲むつまじさを自慢されてしまい、ステラは苦笑していた。

「とにかく、『スターキメラの翼』さえ使えば地上に戻れるのだし、ゾーマを倒したらみんなでアレルブルクに遊びに行きますよ」

 アレルはパンをかじりながら陽気に話すが、この言葉を聞いてレンドルの表情が一瞬曇った。それをいろはは見逃さなかった。そしてその表情の意味は分かっている。

 

 ギアガの大穴は単純に地面を掘られて作られた穴じゃない。それならルーラで通過が可能なはず。

 しかし現実ルーラでの通過はできなかった。おそらくはゾーマが作り出したネクロゴンドとアレフガルドを結ぶ異空間のゲートのようなものだろう。

 彼はその穴からバラモスや他のモンスターを送り出し、地上支配をもくろんだ。移動系魔法力が絶大なまでに秘められている『スターキメラの翼』だからこそ、そのゲートを彼らも利用はできたが、そのゲートがゾーマの魔力によって繋がっているのであれば、彼を倒した時点でゲートが閉鎖してしまうのは明白である。

 皮肉なことにゾーマを倒したら帰ることができない。いろはとレンドル以外の者はそれに気づいていないようだ。なまじ一度帰れてしまったゆえ、『スターキメラの翼』を使えば地上に帰ることを確信している。

 二度と戻らない覚悟でこのアレフガルドに来たものの、人間生まれた場所が一番恋しいのは当たり前である。いろはは仲間たちにゾーマを倒したら帰れないと言えなかった。レンドルも言えなかった。

 

 ゾーマを倒して地上に帰る。これが仲間たちの士気を上げているのも事実である。

 いろはは自分を責めた。自分を救おうとして仲間たちは地上に戻り、そして帰ってきた。帰れないのだと一度は覚悟した仲間たちに望郷の念を植え付けてしまった。これでまた帰れないと知ったら仲間たちの失望は目を覆うばかりだろう。自分がヌエにさえ不覚を取らなければ…。いろはの箸が止まってしまった。

 

「いろは、どうした? スープ冷めちゃうぞ」

 隣に座るアレルが急に黙ってしまったいろはを見た。

「え、いや、何でも…レンドル様とお別れすると思うと少し寂しくて…」

 笑顔を取り繕ういろは。

「何のいろは殿、ゾーマを倒した後、いくらでも遊びに来てくだされ。皆さんもの、家内ともども歓迎いたしますぞ」

 この朝食が今生の別れと知りながら、レンドルはいろはを励ます。

「は、はい。カトレアの、いえ、奥さんの手料理。久しぶりに私も食べてみたいですから」

 ゾーマを倒せば地上には帰れない。いろははその言葉を呑みこみ、レンドルとの最後の食事を楽しんだ。

 

(ゾーマを倒せば太陽が昇り、朝が来る。きっとこのアレフガルドもジパングやアリアハンと同じくらい素晴らしい国になる…。そして私とホンフゥの…。ううん…みんなの第二の故郷として平和な未来を歩んでいく…。それを信じよう。いやそれを目指そう)

 

 リムルダールの町入口。レンドルは『スターキメラの翼』を持っている。いろはと仲間たち、エバンスとマルセラも見送りに来ていた。

「レンドル様。本当にありがとうございました。お体には気をつけて下さい」

 いろはは昨日にレンドルが美味いと言ったアレフガルドの地酒が入った箱をレンドルに渡した。

「もう少しいらしてくれたら、リムルダール湖のお魚を山とご馳走できましたのに、残念です」

「いやいや、マルセラ殿。これ以上居座ると家内に叱られますでな。ホホホ」

 そして最後にアレルが前に出て右手を胸に添えて恭しく頭を下げた。アリアハン騎士の最敬礼である。

 

「今回、レンドル殿の尽力なくば、私達の大望は潰えていたでしょう。本当に感謝いたします。このご恩、我ら六人生涯忘れません。きっとゾーマを打ち倒し、レンドル殿の期待に応える所存」

「ありがとう。その言いよう、最敬礼の時の癖といい親父のオルテガにそっくりじゃ。泉下で彼も喜んでいよう」

「はい」

 父のオルテガはこのアレフガルドで生きており、自分たちと同じくゾーマ打倒に動いているとアレルは言わなかった。

「では名残は尽きぬがこの辺で行きますじゃ。家内と一緒にみなさんのゾーマ打倒の成就を祈っておるよ」

 いろはのくれた地酒の箱を大事に持ち、レンドルはみなに背を向けた。いろはがその背中を呼ぶ。

 

「レンドル様!」

「ん?」

「今まで、今まで私たちをお導きくださり本当にありがとうございます! 奥さんと末長くお幸せにお過ごし下さい!」

「うむ。ありがとう。いろは殿もホンフゥ殿との! ホッホホホホ!」

 いろはも、そしてホンフゥも顔を赤くしたが、ホンフゥはよく言ってくれたと右の拳を左手で包み、瞑目して頭を垂れた。カザーブ式の最敬礼である。

 レンドルが『スターキメラの翼』に念を込め出した。彼の体が陽炎のようなものに包まれたと思えば、次の瞬間にレンドルは消えていた。リムルダールからアレルブルクに、レンドルは帰って行ったのだ。

 

 

「行ってしまったか…」

 アレルがつい数秒前までレンドルがいた場所を見つめて言った。

「アレルさん。どうしてレンドル様にオルテガ様のご存命をお教えしなかったのですか?」

 マルセラがアレルに訊ねた。他の仲間たちもそれが気になっていた。

「うん、実は親父の手記にあったのだけど、親父はレンドル殿を仲間にしたかったらしいんだ。俺が生まれる前の話だけどな。しかし当時世捨て人同然のレンドル殿は再三に及ぶ親父の誘いを断った。親父も諦めざるを得なかった。その後は知っての通りさ。合流するはずのサイモン殿はボストロールの姦計で死に、親父は単身で戦いつづけ、そして死んだと伝えられた。俺の祖父ディムの話ではレンドル殿はその訃報を聞いたとき七日も食を断ち親父の御霊に詫びたそうだ」

「そ、それではなおさらお教えするべきではなかったのではないでしょうか」

 アレルは静かに首を振った。

 

「それを知ったらレンドル殿は地上に戻らない。親父に加勢しようとするだろう。高齢の体をかえりみず、生命の危険を冒してまで強大な呪文を駆使する賢者に戻るかもしれない。だから言えなかった。カトレアがレンドル殿を待っているんだ。あの人の知恵はアレルブルクの宝だ。俺の親父が独り占めいいわけない」

 マルセラは黙った。自分より年少の若者に諭されてしまったが、何ともそれは心地よかった。

「アレル…」

 誰よりもレンドルにオルテガは生きていると言いたかったのはアレルだろう。いろははそれを察した。

 

 そして一番前に立っていたアレルは仲間たちに振り向いた。

「さあ、魔の島に乗りこむ仕度と、算段を話し合うぞ。まずは全員で装備と馬車の確認! その後に道具と食料の買出し。その後はミーティングだ。出発は明日。ゾーマとの最終決戦は近いぞ!」

「おお!」

 アレルが喝を入れると、仲間たちもそれに応えた。いろはも気持ちを切り替え、戦う女の顔になった。最終決戦は近い。いろはも、アレルも、魔の島の方角を見据えた。

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