DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第四話 いろは、海へ

 傷心のいろはを伴い、サスケは都であるムサシノに戻ってきた。さぞや破壊つくされているのだろうと覚悟していたが、予想に反し、ムサシノは全く無傷であった。

 あの戦い以後、初めていろはは微笑んだが、この都ムサシノでさらに過酷な運命が待ち受けているとは二人は予想もしていなかっただろう。

 

 都を歩く二人に兵士が近づいていった。いろはもサスケも見たことの無い兵士であったがジパング兵の鎧を身に付けている以上、彼もこの国の兵士なのだろう。生存者がいたのかと、いろはは喜ぶが、すぐにそれは裏切られた。

 

「いろはとサスケだな! 敗戦の責により、そなたたちを召し取れと女王ヒミコ様から命令を受けている。一緒に来ていただこう!」

 いろはとサスケは信じられない言葉を聞いた。

「な、何を言っている? ひみこ様はお亡くなりに」

「馬鹿なことを申すな! ヒミコ様は健在である! 世迷言を言って逃げようとしても、そうはいかぬぞ!」

 兵士は二人に槍を突き立てる。

「無礼な! このお方は宰相閣下なるぞ!」

 槍の穂先を握り、サスケは兵士を一喝する。兵士は引かない。

「元、宰相閣下であろうが。今はただの罪人に過ぎぬ」

「ざ、罪人?」

 いろはは絶句した。

「とにかく参れ!」

 

 やがて二人の周りには兵士が駆けつけ、もはや逃げられない状況となった。奇妙なことに周りを囲んだ十数人の兵も、いろはは誰一人として見た事がなかった。それはサスケも同様であり、さすがにおかしいと感じ始めた。

「いろは様、サスケめが活路を開きます。お逃げください!」

「その体では無理です…。従いましょう…」

 腕は縄で縛られ、首輪もつけられた。二人はまるで犬のように国府の神殿へと連行されていった。その道中、彼らは地獄を味わった。

 

「人殺し―! 息子を返せえ―!」

「どうしてお前は無傷なんだ―! 逃げやがったのか―!」

「何が知恵袋だ! 能無しがあ!」

 

 いろはとサスケに領民からの罵声と投石が放たれる。しばらく我慢していたサスケだが、いろはの頭に石がぶつけられ、血が流れてきたのを見ると逆上した。

「きさまら―!!」

 兵の連行からはずれ、領民に投石をやめさせようとしたサスケは、容赦なく兵士たちに棒で打たれた。

「この罵声も投石も、身から出たサビであろう。だまって受けよ」

 袋叩きにあったサスケに兵士は冷淡に言い放つ。

「サスケ…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 激痛が走る体を無理やりに起こしたサスケはいろはに言った。

「いろは様…泣かれますな。まっすぐ前を向きなされ。私たちは確かに敗戦の責は取らねばならないでしょう。しかし、ここまでの恥辱を受ける云われは無いはずです。泣いて下を向いていては相手の思うツボです。お顔を上げなされ」

「サスケ…」

 

 やがて国府ムサシノの神殿、女王の間に到着した二人は信じられないものを見た。埋葬したひみこが自分たちの前にいるのである。

「あ…姉上…?」

「そ、そんな馬鹿な…」

 驚く二人にヒミコは冷徹に言った。

「幽霊でも見ているようじゃが、わらわの足はちゃんとついておる。で、早速だがお前たちをわらわ自ら裁くでのう。よく聴きゃれ」

 

(違う…)

 いろはは直感でそれを読み取った。物の怪がひみこに化けている。そう確信した。だが証拠は何一つ無い。裁きを黙って聞くほか無い。

「まずサスケよ。そなたは死刑じゃ。そしていろは、そなたにはやってもらうことがある」

(やってもらうこと)を聞く前に いろははヒミコに詰め寄った。

「女王! サスケには何の落ち度もございません! 彼を死刑にするのなら私も死刑にして下さい!」

「いろは様、なりません!」

 サスケの言葉に、いろはは激しく首を振る。いろはは引かなかった。そして女王の間の壇上に座るヒミコを睨みすえた。

「おお、怖い怖い。そんなにその家来が大事かえ? そなたたち、結構ただれた関係でもあるのではないか? かわいい小娘のくせして、やることはやっておるのだのう。ホホホ」

 女王の間にいた者すべてがいろはとサスケを嘲笑していた。中にはヒミコの言う事を真に受け卑猥な想像をいろはに対してしている者もいた。

 

(なんてことを…!!)

 いろはは確信した。絶対にこの女王は自分の姉ひみこではないことを。そして悟った。兵士や家来一同も外観は人であるが、その正体は物の怪であることを。都を守っていた家来や兵たちもやはり殺されたのだ。

 そして民たちも魔の力によって心を変えられてしまったことを。自分に対し罵声や投石を叩き込むその眼がすでに尋常ではなかったからだ。

 何より、いろはが許せないのは、物の怪が姉ひみこの姿でいることだった。

 

「おのれ、物の怪め! それ以上わが姉を卑しめる事は許さぬぞ!!」

「ふん、鍋の中の魚も同然のそなたに何が出来るか。話を続けるぞよ。そなたにやってもらいたいことは生贄じゃ」

「生贄だと!?」

 サスケは憤慨した。

「さよう、オロチへの忠誠の証じゃ。年に一度、若い娘を差し出せと言われてのう。栄えある初回の生贄は、いろは。そなたじゃ」

「馬鹿な! オロチに忠誠を誓い、いろは様を生贄に出すだと! 絶対に許さんぞ!!」

 ヒミコはサスケを見て冷笑する。

「サスケとやら。そんなに若い恋人を失いたくないか。ならば死ぬ前に存分にいろはを楽しむが良い。処女とは指定されておらぬでな。ホホホ」

「偽物が!!」

 怒り狂ったサスケは両腕を縛られたまま、ヒミコに突進した。兵士が遮ろうとするがヒミコは『良い』と止めた。蹴りかかった瞬間。ヒミコの手がサスケの胸を突いた。

 

 ドン!!

 

「ぐわあああッッ!!」

 ヒミコの座る台座から女王の間の端にまでサスケは吹っ飛んだ。あまりの衝撃にサスケは気を失った。

「サスケ!」

「この無礼者を木牢に閉じ込めて外に置いておけ。水も食料も与えるな。すぐに殺さず牢の中で干し殺せ」

 命令を受けた兵士たちがサスケを連れて行った。無念に思いながら連れて行かれるサスケを見るいろははキッとヒミコに振り返った。

「…サスケを解放して下さい…」

「いやじゃ」

 ヒミコはいろはの怒りをあざ笑うかのように答えた。カッと目を開いていろはは立ち上がり、サスケと同じく手を縛られながら突進していった。

「オロチ!!」

 

「ホウ…ミヌイテオッタカ…」

 そして、いろはもまた、吹き飛ばされた。

(サ…スケ…)

 いろはの叫びは届かなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 数刻後、いろはは大きな酒つぼの中にいた。男二人にある洞窟の奥まで運ばれている。

「ここは…どこ…?」

 いろはは場所が分からない。ここは休火山のフジの麓にある広大な洞窟。その奥深くまでいろはは運ばれているのだ。運んでいるのは皮肉にも先日、水田でいろはとサスケに握り飯をご馳走してくれた農民たちである。彼らもまた魔の力に支配されていた。

「よう、どうせこの女はオロチに食われてしまうんだ。その前に楽しまねえか」

「そうだな。百姓の俺らには高嶺の花だったいろは様。いただいてしまうか」

 魔の力に支配されていようが、その力が増幅する源は当人の持つ悪しき心である。あれほど親切にしてくれた民が、心の底では自分を凌辱したいと思っていたと知った時、いろはは絶望した。全身の力が抜けた。他の家来も、サスケも、おそらくは自分と姉に対してそう思っていたのだろう。

 こんな国なんて滅んでしまえばいい。みんな死ねばいい。私も…もうどうなってもいい…。

 

 いろはは酒つぼから放り出された。男たちが襲い掛かってもいろははもう抵抗しなかった。服は破り取られ、胸があらわになろうとも抵抗しなかった。人形のように。

 だが男たちにはむしろ好都合であった。欲望のまま、いろはを蹂躙しようとした、その時。

 

ゴンッ!

 

 酒つぼを運ぶときに使っていた丸太が二人の男の後頭部を直撃した。そのまま男たちは倒れた。

「馬鹿どもが…」

「サスケ…」

 丸太を無造作に溶岩の沼に放り投げた男、サスケであった。

「大丈夫ですか、いろは様…と」

「あっ」

 胸がはだけているのを忘れていたいろはは、腕で隠した。かといってサスケに予備の衣服など無かった。

「仕方ない…不本意でしょうがこいつらので我慢して下さい」

 暴漢と化した農民の衣服を剥ぎ取り、サスケは後ろを向きながらにいろはに渡した。

「ありがとう…」

 

 いろはは恥ずかしかった。胸を見られたことではなく、サスケを今の暴漢と同じだと思ってしまったことを。

「でもどうやって牢から?」

「ああ、木の牢であるのが幸いしました。少し暑い場所に置かれたものだから、牢番もすぐにダレまして、そいつの腰から剣を抜き取り木の格子を切ったのですよ。無論、牢番も叩いておきましたけどね。と、もういいですか」

「ええ、もう着替え終わりました。こちらを向いて大丈夫です」

「では、このフジの洞穴から出ましょう」

 サスケは出口に向かい歩き始めたが、いろはは立ち止まっていた。

「いろは様?」

「サスケ…どうして私にここまでして下さるのです? 私はもう罪人。宰相として貴方に給金を支払ってあげることもできないのですよ。なのに何故…」

 少し考え、サスケはいろはの問いに答えた。

 

「…妹がね…いろは様とひみこ様と同じ年に生まれたのです。だが四つのころ、大きな病気を患いましてね。そのころの私は鍛冶職人として駆け出しで家には金が無かったのです。でも治療には金がかかるので、ダメで元々と領内を視察中の先王、つまりいろは様のお父上に金を貸してくれるよう直訴したのですが、一領民だけ特別扱いは出来ないと断られてしまったのです」

「…ごめんなさい…。父はそういうところ融通が利かない人で…」

「いえ、いいのです。考えてみりゃ先王の言われる通りなのですから。しかしその直訴に失敗して帰ろうとするとき、いろは様、貴女が私を呼び止めたのですよ」

「え、私が?」

「そして、おそらくは全財産の小遣いが入った小さな財布をサスケに下さいました」

 サスケは懐からその時の財布を取り出した。彼がその小さな袋をずっとそれをお守り代わりにしていたことは、いろはも知っている。しかし、元は自分のものであることまでは知らなかった。サスケの話はいろはにとり、幼い時の事で記憶の彼方だが、財布には確かに稚拙な字で『いろは』と記されていた。

 

「嬉しかったです…。入っていたのはわずかでしたが、そのお金で医者に頼み込んで出世払いと云うことで何とか治療は受けられ、そして一昨年、亡くなりました…。元々、病弱でしたから。しかし妹は四歳で死ぬところを十四まで生きることが出来たのです。感謝しております。ですから私はいろは様が宰相になった時、どうしてもお仕えしたく、ひみこ様に要望したのですよ」

 サスケはいろはの目を見つめて言った。

「給金は、もう十分にいただいております。サスケがいろは様に忠誠を誓うのは、それが理由です」

 いろはは涙ぐんでいた。

「ありがとう…サスケ…」

「ほらほら、私のご主君はそんなに泣き虫ではないはずです。さあ行きましょう」

 

 出口に向かい、二人が歩き始めたときであった。

「ソウハイカヌ…」

 

「……!!」

 

 ズシン、ズシン…

 

 洞窟の奥から足音が響く。やがてそれは震動となり二人を揺らした。

「オロチ…!」

 後ろを振り返ると、岩盤が意図的に崩れたかのように退路を塞いだ。

「く…」

 サスケは歯軋りをした。すでに退路は無い。戦うしかない。サスケは覚悟を決めた。

「いろは様、私が囮になります。どうにか出口を見つけお逃げください」

「私も戦います!」

「なりません。二人死ぬ事はありません。いろは様だけでも生き延びて下さい」

「お願い! もう守られてばかりは嫌なのです! 一緒に死にます!!」

 いろはの決意を見たサスケは持っていた剣のうち一本をいろはに渡した。

「サスケ…」

「あの世でも、お仕えいたします」

 

 二人は決死の覚悟を決めた。しかしその時である。奇跡が起きた。二人の体は光に包まれ、一瞬で洞穴の外へと出ていたのである。その奇跡を信じられないのは彼ら自身だろう。

「こ、これは…どういうことでしょう…」

「洞窟脱出呪文…リレミト…。こ、これを使えるのはジパングでただ一人…」

「どなたです?」

「姉上…」

 ジパング一の霊峰フジは目の前、いろははその頂に向けて祈りを捧げた。

「ああ、姉上。貴方なのですね。死してもなお、妹の私をお救い下さったのですね! ありがとうございます!!」

 サスケもいろはにならい、フジの頂に礼を執った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 

 

「それにしても…これからどういたしましょう」

 もはや、いろはには帰る家は無い。

「アリアハンに行きましょう」

「アリアハン? 南の大国の?」

 サスケといろははフジを出て、海沿いに向かった。その道中にていろはは自分の行く末に不安を抱き、サスケに訊ねるように語り掛けた。するとサスケはもう決めているかのように答えたのである。

 

「アリアハンには冒険者の集い場があると聞いています。そこに登録し仲間を探しましょう。戦える仲間を」

「オロチを討つために…ですか?」

「いえ、オロチのさらに後ろにいる魔王バラモスを倒すために」

 いろはは歩みを止めた。

 

「魔王を討つ…」

「無論、これはサスケの考えでございます。オロチの事など忘れて、いろは様は医師として暮らすとしても良いですし、算術技能を生かして商人になっても良いですし…私は鍛冶職人として生きる道もございます。しかしどの道、もうジパングに我らの居場所はございません。ならば世界の大国アリアハンに落ち着くのが宜しかろうと考えまして…」

「魔王を討つ旅に出ようが、身につけた技能を生かすのも、その国が一番良いとサスケは判断したのですね」

「その通りです、いろは様。まあ最大の理由はポルトガやロマリア、イシス、サマンオサ、エジンベア等へ行くための海図はジパングにありませんし、また二週間ほどの航海の水と食料しか調達できなかったのです。簡単に言えば選択の余地も無かったわけでして…サガミの港にその船を用意してございます。少し遠いですが、二日も歩けは到着します。参りましょう」

 と、サスケがいろはを伴い、歩き出した頃、いろははサスケに言った。

 

「サスケ、私は最初の方を、選びます」

「え?」

「魔王を討つ。無論オロチも。あの物の怪を討たねば姉上や死んだジパングの民は永遠に浮かばれません。サスケとなら出来る。私も連れて行って下さい。サスケと一緒に戦かわせて下さい」

「いろは様」

「言うまでもありませんけど、これは私の意思です。決してサスケに言われたからではありません。でも私の道を照らして下されたのはサスケです。…ありがとう」

 

 今まで先行きに不安を覚えていた自分が嘘のように、気持ちが高揚していることにいろはは気づいた。魔王を討つ。途方も無い目標だが何としてでもいろははそれを成し遂げたくなったのだ。

「では参りましょう。アワに陣を張っているとき、私なりに魔王の事は調べました。船に向かう道中にて、それを報告いたします」

「ええ、行きましょう」

 

 フジの洞穴からサガミに向かう道は大人の足で二日。ムサシノから急いでフジまで来たサスケにとっては休息なしの過酷な旅であったかもしれないが、これから主君いろはと魔王打倒の大冒険を始めるのだと思うと、疲れなど感じなかった。しかし、一日が過ぎてハコネに掛かったとき、異変が起きた。

 

「こんなところに関所が?」

「ハコネに関はなかったはずです…どうして…」

「まさか…ムサシノが我らを捕らえるために改めて設けた関所では…」

 関所の役人たちは、すでにいろはとサスケを関所側から見つけている。ここで進路を変えてしまえば追われることになる。目の良いサスケは関所内にいる役人たちを見たが、知る者は誰一人としていない。

 しかし、いろははヒミコと容貌がほとんど変わらない。すぐに正体が見破られるのは明らかである。

 いろはもそれを察したか、服の一部を破り取り、それを丸めて口に含んだ。これで太り気味の女に見える。付け焼刃の変装だがやらないよりは良い。

「いろは様、ここはあそこを通るほかございません。金も食料もない私たちがハコネの険を迂回するわけにもいきません」

「はい、関所で我らの身分を明かす時は、私はサスケの妹として。アワでの戦いに巻き込まれた父の墓参のためハコネを通ると述べるのが良いでしょう」

「わかりました。まいりましょう」

 

 幸いにして、あの戦いの戦死者の縁者たちが近隣の村々から、アワへと向かっており、関所は人が多かった。関所を通るに税は取られないものの、いちいち身分を明かさなくてはならず、ハコネを通る者には、すこぶる評判が悪い。入り口への行列も長かった。

「どういうことよ! 今まで関所なんてなかったじゃないの!」

「いつまで待たせんだ! 早く通せ!!」

「手配中の賊がいるのだ! 文句を言わずに協力せんか!」

 

 そしてようやくサスケ、いろはの順番が回ってきた。

「どこへ行く」

 役人がふんぞり返ってサスケに問う。

「はい。アワでの戦で死んだ父の御霊を弔いに行きたくて」

「ほう、それでその娘は?」

「ああ、これは私の妹です。どうしても一緒に来たいというので村から連れてきたのですが」

 いろははあまり顔を見せず、小さく役人に頭を下げた。口に含んだ布のおかげで太目の女に見え、かつ念を押してドロを顔に塗っていた。サスケも同様の変装をしていた。幸い、いろはの青い髪はジパングではさほどに珍しい髪の色でもない。また人相書きもヒミコ配下のモンスターが描いたものゆえ、似ていない。

 似ても似つかない人相書きが関所の入り口に掲示してあった。そして列の後ろからも

「おい、そこのデカイの! さっさと行け! こっちは急いでいるんだ!」

 と突付かれる。あまりに長く関番をしていた役人もダレはじめていたことも手伝って、サスケ、いろはは通過が許された。

「よし通れ」

「はい。ほら行くぞ」

「うん」

 

 二人はホッと胸を撫で下ろした。そして関所をそのまま通ろうとしたときである。

「待て!」

 関所の本陣の中央に座る男が二人を呼び止めた。その男がハコネの関守であり、いろは、サスケも知っている人物だった。陣幕の中にいた事から、遠くからサスケが関所を見渡した時、彼の姿は見つけられなかったのだ。

(ヤスベエ殿…)

 いろはの父の代から、ムサシノの警備兵をしていたものであった。忠義一筋である武人であったが、ヒミコの邪気を受け、彼もまた敵としていろは、サスケの前に立った。

「そこの娘、いろはと容貌が似ておる!」

 いろはの背中に冷や汗が流れ落ちる。

「そして、そこの男! そやつもサスケに似ておるぞ! 主従仲良く、斬り捨てよ!」

 関所の兵たちがいろはたちを囲んだ。どんどん増える。自分一人なら突破はできるが、いろはは無理。

 そして彼女をかばいながら戦えば自分も犬死し、いろははどんな辱めをうけるか分からない。そう思ったサスケは何を思ったか、いろはを叩いた。

「このバカ妹が!」

 

 パアン!

 

「あう!」

 

「明日にはアワに到着したいと思えば、おのれの足が遅いばかりに、また足止めだ!」

 剣は抜かないものの、サスケはそれを棒代わりにして、いろはを打ち据えた。

 

 バシッ!

 

「うッ!」

「しっかり歩かんか! 歩かんか!!」

 

 バシッ! バシッ!

 

 いろはは苦悶の声を上げなかった。サスケの目には涙が浮かんでいる。関所の入り口に並んでいた者たちは、その光景に目をそむけ、兵士たちも戸惑いを見せていた。関守のヤスベエもあっけにとられた。

 

「今後もいろはのやつばらに間違われては迷惑だ。打ち殺してくれる!」

 歯を食いしばり、涙の流れるのをこらえながら、サスケはいろはを打ち続けた。

 

「待たれよ! もうその辺でよいだろう」

 関守のヤスベエはサスケの腕を押さえた。

「いかに世の中がどうなろうと、主人をそのように殴打する家来がいようはずもない」

「…ならば、疑いは晴れたと言われるか」

「いかにも。さあ通るがよい」

 

 幾度と殴打され、倒れているいろはをサスケは無理やりに起こした。

「命拾いしよって…今後は気をつけい」

 サスケはいろはを背負い、関所を後にした。

 

「なんて兄だろうね。妹をあんなに容赦なく叩くなんてさ! 親の顔が見たいよ」

「ああ、まったくだ。ロクな死にかたしないぜ。あの兄貴」

 サスケの本心を知らないものたちが、悪し様に彼を罵る。だがヤスベエはその二人の後姿を静かに見つめていた。サスケの行為を見て、自分の中にあるヒミコの邪気が取れ、彼の顔に険はなくなっていた。

「見事なり…サスケ殿…」

 

 いろはを背負いながら、サスケはハコネの山を歩いた。背負われているいろははサスケの背が震えているのが分かった。声を殺して泣いている事が痛いほどに伝わってきた。

 山を越えて、サスケの背から降り、主従は小さな廃寺に腰を降ろしていた。サスケは茶碗を見つけて清水を入れて、それをいろはに震える手で差し出した。それを大事そうにいろはは両手で受け取った。

「サスケ、もう泣かないで下さい…」

「…主人に対し…打ち据えるとは…!」

 いろはにサスケは平伏した。

「お許しください!」

 

 半分飲んだ清水を、いろははサスケに差し出し、平伏しているサスケの手を握った。

「何を言うのです。あなたのとっさの判断がなければ私は捕らえられ、どんな辱めを受けたことでしょう。お礼を申し上げます」

「いろは様…」

「あなたこそ…私の師にて…兄、父とも思う方…あなたに打たれながら、つくづく思いました。私は幸せ者です。ありがとう…サスケ」

 いろははサスケの胸に飛び込んでいった。

「あ、い…」

「お願い…しばらくこうさせてください…」

 

 いろはの体のダメージは浅くなく、サガミまでの道中、サスケはいろはを背負いながら歩いた。そしてサガミの港のはずれにある入り江。ここに木々で隠したサスケの船があった。

「よかった。オロチの手の者に気づかれることはなかったようですね。船の中には薬も着替えも積んでおります。さあ、まずは治療をいたしましょう。その後にアリアハンに向けて出航です」

「はい」

 いろはがサスケの背中を降りた時だった。

 

「そうはいきませんな…」

「……!!」

 入り江沿いにある森林からジパングの兵士たちがぞろぞろと出てきた。

「いろはとサスケよ。もはや死体での捕縛もやむなしと女王より命令されている。覚悟していただこう。手向かいいたさばこうなる」

 サスケの足元にある丸いものが転がってきた。いろはは思わず目をそむけた。

「ヤスベエ殿!!」

「そうだ。そいつはお前たちを故意に見逃した罪で斬首されたわ」

「なんということを!」

 兵士に怒りのまなざしを向けるいろはをサスケは抱きかかえ、船に放り投げた。

「サ、サスケ!?」

「いろは様、ここはサスケが食い止めます。行きなされ!」

 急ぎ、繋いであったロープを解き船尾を蹴り押した。

「サ、サスケ! あなたも早く!」

「船室に身を隠しなされ! 弓で狙われておりますぞ!!」

 

 サスケは兵士たちに突進していった。二本の剣を抜き、いろはを狙う弓の射手を斬り、海に入って斧で船を破壊しようとする者もサスケは斬った。

「ええい! 一人相手に何をしとるか! 弓で撃ち殺せ!!」

 一斉にサスケに弓の狙いが集まる。死を覚悟したサスケは叫んだ。

「いろは様! 必ずや魔王を! オロチめを!!」

 

 シュシュシュ!! ザザザザサッッ!!

 

 矢は放たれ、数え切れないほどの矢がサスケを貫いた。だが倒れない。サスケは倒れなかった。

 サスケの動きが止まったと判断した兵士たちは再び海に入っていろはの乗った船を追いかけた。その時、サスケは動いた。そしてすさまじいまでの眼光を兵士に叩きつけた。

 あまりの裂帛に兵士たちは恐れ出した。腰を抜かした者もいるほどだ。業を煮やした追撃隊の長は剣を抜き、サスケを斬った。しかし斬れない。鍛冶で鍛えた彼の体は筋骨隆々、刃を通さなかった。

 そしてサスケは長を両断切りにした。さらに裂帛の気合を残りの兵士に叩き込むと、雲の子を散らしたように兵士たちは逃げ出した。

 

「わ、我…死していろは様を守る不動明王とならん! 喝ーッ!!」

 サスケは天に剣を掲げた。そして動かなくなった。

 

「サ、サスケ…サスケ――――!!」

 一部始終を船から見ていたいろはは絶叫した。泣きながら拳を握り締める。

「死してなお…私を守って下さるのですか!!」

 どのくらい、いろはは泣いていただろう。だが、いろはは涙を拭いて立ち上がった。

 

「魔王! オロチ! 私から二人も大事な人間を奪ったこと…必ず後悔させてやる。私を本気で怒らせたことを! 骨の髄まで後悔させてやる! 首を洗って待っていなさい!!」

 船は潮流に乗り、一路アリアハンへと向かった。




ハコネの関でのやり取りは、言うまでもなく『勧進帳』です。
好きなんですよね、これ。
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