ゾーマの城に入ってどのくらいの時間が経っただろう。最終決戦が待ち構える敵城突入なのだから困難は覚悟の上であったものの、大魔道シャドガの姦計、そしてオルテガの死と、生涯忘れないであろう出来事が立続けに起きてしまった。それに最終決戦への緊張も手伝ってか、パーティーは静かだった。
またキングヒドラを倒してから一切の敵は出てきてはいない。いろはたちの足音が城内に響いた。
そして、もういくつ目かも忘れた下りの階段を下りた。そのフロアに立ち、しばらく進むと、先頭のアレルは歩みを止めた。
「いる…」
邪悪の波動と共に、激烈な臭気が漂ってきた。
「うっぷ、たまらない臭いね」
マリスは吐き気を覚えた。
「クッククク…」
聞き覚えのある声にいろはは戦慄した。
「……!? その声!」
「左様…久しぶりだな。勇者一行…」
「バ、バラモス!?」
「ネクロゴンドではよくもやってくれたな…」
一歩一歩バラモスはいろはとアレルに近づく。腐った肉がボトリボトリと落ちていく。
その光景と死臭に、たまらずマリスは嘔吐した。吐しゃ物のついた口を拭い、侮蔑のまなざしを向け言った。
「バラモスゾンビ!」
「そうだな。今の余を呼ぶのなら、そんな名前だろう。お前たちを倒せばゾーマ様は完全な肉体で余を蘇らせてくれ、再び地上の支配を任せて下される。ゆえに余も必死じゃ。死んでもらうぞ」
神経むき出しの腐敗した体。たとえ風が身に触れただけで言語に絶する痛みがバラモスを貫く。この苦痛を逃れ、再び地上の魔王として君臨するためには、いろは、アレルとその仲間たちを倒さなければならない。バラモス城での戦いと違い、バラモスも必死である。
「いろはよ、貴様は余の大事なコレクションを灰にした…。その罪も償ってもらうぞ。その女戦士や魔法使いの娘と共に、余の美姫となるのだ…」
マリス、ステラの全身に悪寒と鳥肌が立つ。だがいろはは冷静だった。
「哀れな…そんな体になっても、まだそのような世迷い言を…」
「なんだと?」
「…かつて貴方が刺客として向けた竜の女王、つまりドラゴンゾンビとの戦い以降、私たちが何のゾンビ対策もしていないと思っているのですか?」
「ほう…では見せてもらおう。その対策とやらを」
いろはがパーティーの先頭に立った。
「アレル、私が呪文を炸裂させます。その後すぐに全員突撃。お願いします」
「いろは…」
いろはは忘れていない。かつて姉のひみこの体を裸体のまま剥製とし、それを観賞用としていたバラモスを。絶対に許さない。その思いが静かに瞳に浮かんでいる。
いろはの言うゾンビ対策、これはパーティーみなも周知のことだ。
「みんな、いろはの呪文発動と同時にやるぞ。俺とステラは正面、カンダタは左翼、ホンフゥは右翼。マリスはメラゾーマをヤツにぶちこめ。ゾンビ化したヤツならば効くはずだからな」
「ラジャー!」「よっしゃ!」「わかった」「OK!」
「グアオオオ!」
バラモスはゾーマの城中に響くほどの咆哮を上げ、一番の目当てであるいろはに突進した。
「ゾンビのあなたに致命傷を与える呪文…それは…」
いろはの両の手のひらから白色の光が浮かんだ。
バラモスの突進が止まった。
「その呪文!? 何を考えているか小娘!」
その戦いの光景を水晶玉で眺めているゾーマは笑った。
「ご名答…」
「受けてみよ! 最大回復呪文! 『ベホマ!!』」
ブォン!
バラモスの体が白色に包まれる。
「?」
次の瞬間、バラモスの全身から青い血液が噴出した。
「ウギャアアアアッッ!!」
気が狂うばかりの激痛が全身を襲っていた。バラモスは七転八倒している。
「ゾンビにとっては回復呪文における治癒効果をその身に受けると、逆にそれが致命傷になるのです。勇者のベホマは魔法力で生み出しますが、僧侶のベホマは魔法力だけでなく、神や精霊の聖なる力も合わせて放ちますから、その力がゾンビには最大の脅威となるのです。そしてそれは体躯の大きさに比例します。私たちと、そう体躯が変わらない『リビングデッド』や『くさった死体』にはさほどの効果はないのですが、彼ほどの巨躯となるとホイミ一つがイオナズンにも匹敵するのです。知らなかったのですか?ゾンビにまでなったというのに」
「ギャアアアア!かっ、体が焼けるうぅぅ!」
「さあアレル! 突撃です!」
「行くぞみんな!」
アレルの号令と共にマリスのメラゾーマが炸裂し、さらにバラモスを狂わんばかりの激痛にいざない、アレル、ステラ、ホンフゥ、カンダタの攻撃がバラモスを切り裂いた。なすすべもなく、バラモスは倒れた。
倒せる自信はあった。今度は魔王としての驕りを捨て、立ち向かった。だが開戦と同時に自分に撃たれたいろはのベホマですでに勝敗は決してしまった。
「ぐおお…そ、そんな…余がこれほどあっけなく…」
「悪党の最後はそんなものです。ですがバラモス。我々は決して貴方との戦いは忘れないでしょう。さあ、楽にしてあげます」
いろははバギマをバラモスの口に放った。内部からバラモスの首の頚動脈が切れ、バラモスは二度三度けいれんした。
「ようやく…痛みから…解放される…」
バラモスは少しの微笑を浮かべ、眠りについた。いろはは十字を切り、祈りを捧げた。
「バラモスほどの大物がここにいたということは、おそらく次のフロアにゾーマがいる。親父もおかげで体力と魔力が最大限ある状態でゾーマに挑める。感謝しかないよ」
「そうですね。ですが、念のためみなの装備とアイテムの最終確認をしましょう」
泣いても笑っても、次の戦いは対ゾーマ。最終決戦だ。
各自武器と防具の状態をチェックする。
「賢者の石が手に入ったのは本当に運がいいよね。私も回復役に回れるし」
マリスの言う通りだ。六人パーティーで半数の三名がベホマラーを使える。
ステラはイナホの剣の刀身に瞑目し、その後鞘に納めた。ホンフゥは黄金の爪と自分の腕を結ぶベルトを入念にチェック。アレルは自分の剣と防具を見つめ
「思えば、俺の装備、全部サスケさんの仕事なんだよな」
いろはは誇らしげに微笑んだ。
「ええ、ジパングの職人のすごさ、宰相をしていた私でさえ頭が下がります。ではみんな主要武器を円陣で確認します」
アレルは王者の剣、ホンフゥは黄金の爪、カンダタは魔神の斧、マリスはマイラで手に入れた賢者の杖、これもサスケの仕事だ。いろははクシナダの長刀、ステラはイナホの剣、互いにわずかな傷もないか確認。もちろん防具もだ。
アレルが剣を掲げると仲間たちも掲げた。
「狙うは大魔王ゾーマの首!」
「「おおおおおおおッ!」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アレルが階段に走り出す。ステラ、カンダタ、ホンフゥ、マリス、そしていろはも走り出す。バラモス打倒のためにアリアハンを旅立ち、もう何年経ったであろうか。今、彼らはすべての諸悪の根源たるゾーマの元へと走った。階段を下ると、そこは漆黒の空間だった。
「真っ暗だな…」
アレルは自分の足場を確かめるように徐々に歩き出した。すると先頭のアレルの歩く速度にあわせて側面の燭台が点灯し、彼らの歩く方向を指し示す。
「一本道のようだな…」
しんがりのカンダタがポツリともらすと同時に先頭のアレルが歩を止めた。燭台はそれでも奥へと順に点灯を続けた。このフロアの最奥に位置する巨大な玉座。そこに座っている一人の魔の者。
「ゾーマか…」
「いかにも。余が大魔王ゾーマだ」
(意外に小さいな…)
これがアレルのゾーマに対して感じた第一印象だった。
ゾーマは暗黒のローブを纏い、頭には大きい目玉を眉間に抱く漆黒の兜を頂いていた。
顔は人間と同じく目と鼻と口があった。しかし異形である。体躯の大きさはホンフゥやカンダタの四倍か五倍と云うところだろうか。バラモスやオロチ、ボストロールとも比べても小さい。しかし威圧感はケタ違いである。
「大魔王ゾーマ、もはや貴様の配下のモンスターはすべて我々が倒した。あとは貴様だけだ」
「クッククク…配下か…」
ゾーマはアレルの言葉を笑った。
「何がおかしい」
「余には元々配下などおらぬ…。魔界を制覇した時も余は一人であった」
玉座の肘掛けにもたれ、ゾーマは不敵に笑っている。
「バラモスやキングヒドラにしても手駒として使えるからたまたま魔界から連れてきただけだ。余は元々一人で戦ってきたのだ…。余は大魔王であると同時に、前線の戦士でもあるのだよ」
「戦闘狂の大魔王ということか。だからわざわざ俺たちに自分の存在を知らしめたのだな」
「光栄に思うがいい。お前たちは余に『戦ってみたい』と思わせたのだからな」
そういうとゾーマはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「幸いにしてそなたたちは無傷に近い状態で余の元にたどり着いた。ジャドガやキングヒドラのような小物に倒されなくてホッとしている。もっともあの連中に倒されるくらいなら、余と戦う資格はなかったと云うこと。失望せずに済んだわ」
歓喜を含む邪悪な笑みをゾーマは浮かべる。
「絶対に倒されることはない…。そんな余裕のツラだな」
苦々しくホンフゥは言い放つ。
「ところでそなたたちは知っておるのか? 余を倒せば、かの地には戻れぬ事を」
攻撃呪文の間合いギリギリの場所に立ち、ゾーマは言った。ステラはゾーマの言った意味が分からなかった。
「かの地?」
「クッククク…そなたたちの生まれ育った地上にだ。たとえ『スターキメラの翼』を用いてもだ」
いろは以外の者はこの言葉を聞いて戦慄した。彼らはゾーマを倒した後、レンドルを連れてきた手段と同じ方法を取り、地上に戻るつもりであった。一度は帰らないつもりで来たアレフガルドだが、帰る方法を見つけた以上、望郷の念が出るのは当然である。
「そ、そんなゾーマを討ったら帰れない?」
「考えてもみよ。地上とアレフガルドを繋げているのは、お前たちの世界で云う旅の扉と同種のもの。ただ地面を掘って作られた穴とでも思うたか。そしてあの大穴は余の魔力によって存在するもの。余が生きていれば『スターキメラの翼』で行き来も可能だが、余が死ねば大穴は閉じる。さあ…どうする? 地上の勇者たちよ…」
両親にカンダタを紹介するのを楽しみにしていたステラは思わず呆然と立ち尽くす。他の者も同様だった。しかし、いろはがそれを吹き飛ばすようにゾーマに一喝した。
「かまいません!」
先頭のアレルより一歩前に出て、いろははゾーマを見据えて言った。
「貴方さえ倒せば、私たちのいた地上に魔の手は伸びず、そしてこのアレフガルドに太陽が再び昇る! 暗闇だった人の心に光がさし笑顔が戻る。枯れかけた草花や木、死にかけていた動物たち、それが一斉に命が注ぎ込まれ、このアレフガルドは楽園となる。私たちが第二の故郷と思うに相応しいほどに!!」
毅然とした顔でゾーマに一喝するいろは。
「そうだな。俺は太陽といろはがいれば文句はねえや…」
黄金の爪を握り締め、ホンフゥは笑った。カンダタはステラの肩を抱き、アレルもマリスと自然と見つめあった。たとえ生まれ故郷に帰れずとも、生涯添い遂げることを誓った伴侶がいる。これだけで十分じゃないか。六人の腹は決まった。そしてアレルは思った。
(すげえな、いろは。ゾーマの言葉に戸惑い、士気が落ち始めた俺たちをアッと云う間に奮い立たせた。やはり、君こそが俺たちの大将だな)
「楽園か…。人間の虚妄は度し難いな。そんなものは存在しない。特にお前たちにとってはな。分かるか? 仮に大魔王の余を倒せたとする。しかし世界を救うほどの力があると云うのは、転じて世界を破滅させる力となる。勇者の使うギガデイン、僧侶のバギクロス、魔法使いのベギラゴン、イオナズン、マヒャド…。これらは一発で村一つくらい吹っ飛ばせる力なのだ。そんな力を持ったものを狭量で臆病な人間が許すと思うか? お前たちが英雄と崇められるのは、余を倒した当日と、その翌日くらいだ。すぐに英雄から邪魔者になり、そなたたちは不当な差別と迫害に苦しむ…。無知な大衆ほど救えぬ者はない」
静かにいろはは首を横に振った。
「貴方は勘違いなさっています。私たちは英雄と云う名声ほしさにオロチやバラモスと戦ったわけではありません。無論、貴方と戦う理由も英雄願望などではありません。私たちは誰に命令されたわけでもない。心の底から湧き起こる何かに突き動かされ、貴方の前に立っているのです。それに私も世界の歴史を学んだ者。貴方の言う英雄が為政者にとって邪魔者になる道理も理解しています。だから私たちは消えます。大魔王ゾーマを倒したと云う事実を報告した後に」
上目遣いにゾーマを睨むいろは。もはや戦いは始まっている。戦闘前の舌戦と云うところだろう。
「ふふふ…何と、余を倒した後の岐路も考えていたとはな…。だが安心しろ。そなたたちが英雄排斥に苦悩する事はない。何故ならそなたたちはここで死ぬのだからなッッ!!」
ゾーマの全身から邪の波動が放たれ、それが爆風となっていろはたちに襲う。並みの人間になら、この波動一つで吹っ飛ばされるだろう。だがいろは、アレル、そして仲間たちは大木のように動かない。
暴風にマント、髪をなびかせながら、彼らは冷静に陣列を整えた。前衛にアレル、ステラ、カンダタ、ホンフゥ。後衛にマリス、いろはと並んだ。彼らの基本陣形である。
「アレル、竜の女王からいただいた、あの玉を」
いろはに言われるまでもなく、アレルは手のひらの上に竜の女王から授かった『光の玉』を握っていた。
いろはも、アレルもゾーマの話を聞いて確信した事がある。ゾーマ一人で魔界を制圧したと云う話。なぜそれほどの強さを持ちうることが出来たのか。それはあの衣をまとっているからに違いないと考えたのだ。
「みんな、まだ動くなよ。ゾーマの闇の衣はアストロンと同じだ。それを剥ぎ取るからな」
アレルの指示に仲間たちは頷く。全員武器を持ち、いつでも攻撃準備は出来ている。そして彼らは自分たちの認めた若き大将、アレルの行動を見つめていた。
ゾーマはズシンとパーティーの間合いに入る。そして気づいた。勇者アレルの手に輝く玉を。
「……! 小僧! どこでそれを!」
「竜神さ!」
右手をあげ、光の玉をかざすアレル。そして光の玉はアレルの闘志に呼応するかのように神々しい光を放った。あまりのまぶしさに、いろはたちも思わず目がくらむ。ゾーマの反応はそれ以上だった。まるで陸地にあげられた魚のように全身を震わせている。さっきまで放っていた邪の波動は消えうせ、そのかわりに彼の全身から黒い炎のようなものが吹き出しはじめた。
「ぐうっ! 闇の衣が燃える!!」
ゾーマは光の玉から放たれた竜の聖なる気、そして闇の衣を燃やす業火により、悶絶した。
「よし! いろはは俺たちにスクルトとピオリム、マリスはステラとホンフゥにバイキルト、後は突っ込むぞ!!」
光の玉の効果はいろはとアレルの想像を超えていた。先ほどにバラモスゾンビと戦ったように強力な先制攻撃を加えられたと判断した。士気も上がる。アレルとステラが中央、カンダタが左翼、ホンフゥは右翼に走った。
いろはとマリスの唱える攻撃補助、防御補助呪文は疾風の如くゾーマに駆ける仲間たちに正確に放たれた。
「いけるよ、いろは! こりゃあさっきのバラモスみたいにすぐに片付けられるかも!」
すぐにアレル、カンダタにバイキルトを放つべく呪文を練り上げているマリスはゾーマの苦悶を見て、思わず歓喜の声をあげた。
だが、いろはは感じたこともないすさまじい殺気を感じた。ゾーマの額にある巨大な眼がキラリと光った。
「いけない! みんなそれ以上行ったらあぶない!」
だがすでにゾーマの間合いに入り、四人は武器を振り下ろしている。
「こしゃくな…」
四人の武器がゾーマに振り下ろされようとする、その瞬間だった。
「こごえる吹雪…」
ゴオオオオッ!
およそマリスの放つマヒャドの数十倍の冷気はあろうと云う氷の息吹がアレル、ステラ、カンダタ、ホンフゥに直撃した。
「ぐああああ!」
また息吹の勢いは言語を絶する突風でもあり、全身が凍傷を負ったまま吹き飛ばされた。
「あのまま床に落ちたらバラバラに! マリス、みんなにベギラマを!」
「分かった! ベギラマーッ!」
マリスは四人にベギラマを放った。彼らを凍りつかせていた氷が溶ける。そしてすかさずいろはがベホマラーを唱えた。とっさのいろはの処置が良かったのだろう。四人は無事に着地した。アレルは額ににじむ冷や汗をマントで拭った。
「ハアハア…危なかったな…。サンキューいろは」
一瞬意識が遠のくほどのすさまじい冷気だった。続けて喰らったら氷の彫像になるのは明白である。
ゾーマも思わぬ先制攻撃を受けたが、今は冷静を取り戻し、パーティーの前に立っていた。次の攻撃を待っているのか、ゾーマにはまだ余裕が伺えた。
「どうした? まさか今の攻撃で終わりではあるまい。かかってこい若僧ども」
「いろは、スクルトとピオリムに合わせ、フバーハも切らさないでくれ。マリスはさっき言ったようにバイキルトを頼む。それにヤツは冷気を吐いた。メラ系の呪文が有効かもしれない。試してみてくれ」
「分かりました」
「ラジャー」
「カンダタ、ホンフゥはフバーハを身にまとい、左右に散ってヤツをけん制してくれ。ステラと俺は『クロス斬り』を試してみる。助走もカンダタの後押しも無いが、いけるなステラ」
「もちろんよ」
「よし、みんな頼むぞ!」
再び、パーティーはゾーマと対峙する。先ほどと同じように、前衛にアレル、ステラ、カンダタ、ホンフゥ。後衛にマリス、いろはの陣形である。肉弾戦担当が前衛、呪文担当が後衛と云うスタンダードな陣形ではあるが、もっとも基本であり、パーティー最強の陣形であることも確かである。
「一定の距離を保つんだ。ゾーマの強さに関して、俺たちは何の情報も無いんだ。一斉突撃は危険だ。攻守一体の攻撃を心がけてくれ」
自分の左右に並ぶ仲間に小声で注意をうながすアレル。仲間たちは無言でうなずいた。
ジリジリとゾーマとの間合いを詰める四人。その後方からいろは、マリスの攻撃補助、防御呪文が放たれる。これなら先ほどの『こごえる吹雪』を食らってもダメージは三分の一ほどになる。
素早さも防御力も、そして攻撃力も飛躍的に上がったパーティー。ゾーマは黙ってそれを見ていた。それがいろはは不思議でならない。
(どうして…我々の力が上昇するのを黙って見ている…?)
そんないろはの胸中を読んだかのようにゾーマは言った。
「それは、こういうことだ」
「え?」
「凍てつく波動…」
ゾーマの全身から青白い光が放たれた。そして六人の体から、補助呪文の作用が瞬時に消えた。
「なんだと!?」
今まで補助呪文により全身に湧き立っていた力がアッと云う間にかき消された。せめてゾーマの放った『凍てつく波動』に殺傷力が無かったのが幸いである。
「大丈夫ですアレル! 呪文まで封印する力は無いようです。私はフバーハ、スクルトに徹底し、マリスはバイキルトに徹底。これを続けましょう。かき消されても何度でも唱えます」
アレルはいろはの意図するところを読んだ。たとえ補助呪文がかき消されても、仲間たちの元から備えている武力に軽減は無い。ならばスクルト、フバーハ、バイキルトをそのまま『凍てつく波動』を使わせる理由にすればいい。ゾーマが『凍てつく波動』を放った瞬間こそ、絶好の好機であるのだ。
「よし、補助呪文を間断なく継続してくれ。前衛の俺たちは先ほどと同じように距離を取りながらゾーマと対する」
前衛の四人はうなずいた。
「ステラ、ヤツが次に補助呪文かき消しに入ったら『クロス斬り』行くぞ!」
「OK」
「よし、ホンフゥ。俺たちはその隙を作るぞ」
「任せろカンダタ」
「のんびりと作戦を考えている時間などないぞ!」
ブォォォ!
ゾーマの『こごえる吹雪』が炸裂した。この言語に絶した悪魔の息にはどんな作戦も通じないと思える。しかしアレルといろはと仲間たちはあきらめなかった。
「みんな俺の後ろに!」
勇者の盾を前面に出し、防備に備えた。縦一列にアレルの後ろに避難する仲間たち。すかさずいろはのフバーハが全員に唱えられた。ゾーマの口元が邪悪の笑みを浮かべた。
「魔界にしても、人間の世界にしても、戦いには不変の法則がある…。お前たちが冥府に旅立つ前にそれを教えてやろう…」
勇者の盾の防御力で辛うじてゾーマの『凍える吹雪』をしのぐパーティー。あまりの冷気に耳も一時感覚を失ったのか、ゾーマの声もあまり届かなかった。だがいろはは見た。ゾーマの口元が残酷に笑むのを。
「ゾーマ!」
「それは守りに入ったほうが負けと云う事だ。喰らうがいい! 我が巨腕を!!」
巨大な岩石をも思わせるゾーマの拳。それが『こごえる吹雪』を辛うじて凌いでいるパーティーに叩きつけられた!
ドゴオオ!!
「ぐああああ!!」
まさに魔神の大槌といっていい、ゾーマの鉄拳。パーティーは大風に舞う木の葉のように吹き飛ばされた。
先頭にいたアレルの一番ダメージが大きい。盾を持っていた左腕は砕け、そして吹き飛ばされながらゾーマの『こごえる吹雪』も直撃する。ゾーマは『こごえる吹雪』と直接攻撃を続けてパーティーに炸裂させたのである。
「う、ううう…」
アレルは薄れる意識の中、自分にベホマを唱える。先頭にいて、一番のダメージを食らっても防御力最高の鎧、盾を身に着けているアレルは辛うじて気絶はしなかった。だが残りの五人は全員戦闘不能状態であった。マリスは頭でも強打したか、少しけいれんもしている。
「みんな…」
カンダタはステラを、ホンフゥはいろはをかばうように倒れている。それでもゾーマの剛拳の前にステラといろはは意識を失っていた。
「マリス…かばってやれなくてごめん…」
アレルは呪文の詠唱を始めた。
「ベホマズンか、そうはいかんぞ!」
ゾーマは息を吸い込む。再び『こごえる吹雪』を炸裂させるつもりだ。
「違うさ! さっき貴様が教えてくれただろう! 守りに入った方が負けだとな!」
「なに?」
「ギガデイン!!」
ゾーマの城の天井、そして地下迷宮の岩盤、すべてが勇者の雷によりブチ抜かれた。
ドドドオオオ!
「うぐあああ!!」
ゾーマに雷神の咆哮が降りた! 闇の衣のないゾーマには、その破壊力すべてが叩きつけられる。今まで『闇の衣』の力により、相手の攻撃を受けたことが皆無であるゾーマ。たまらず片ひざをついた。
「今だ! ベホマズン!!」
アレルの両手から金色の光が放たれ、仲間たちに降り注ぐ。仲間たちの体力が全快した。
息を吹き返した仲間たちが立ち上がる。
「みんな、大丈夫か」
「ああ、すまんアレル」
かたわらにいたステラをカンダタは立たせた。ホンフゥもいろはに同じことをしている。
「アレル、ベホマズンを…」
「その前にギガデインを使っちまった。もうベホマズンはあと一回しか使えない…。そしてゾーマの攻撃の前に『賢者の石』と『ベホマラー』は効果が薄い。俺の魔法力も半分くらいになってしまった。このまま消耗戦を続けるのはマズイ。いろは、そしてみんな、やるぞ」
「ミナデインを…」
「そうだ、見ろよ。アイツに電撃呪文は効く。フルパワーでぶっ放す!」
仲間たちは異論を言わず、いろはもうなずいた。もはや最初に決めた『凍てつく波動』が放たれたら討って出ると云う悠長な作戦は行えない。電撃が効くのならば、自分たちの最高電撃呪文を叩きつける。これしかないのだ。
「ホンフゥ、ステラ、マリス、カンダタ、アレルを半円で囲んで! ゾーマにミナデインを叩きつけます!」
五人はアレルを半円で囲んだ。その時だ。
「はじめてだ…」
「…!?」
ゾーマが片ひざついたままで低い声で話す。
「魔界でも…余にひざをつかせたものはいない…」
額の瞳がギロリとアレルを睨む。
「こんな屈辱ははじめてだあああッッ!!」
ブォォォ!
『こごれる吹雪』が炸裂する。
「やばい、みんな散れえ!」
アレルの号令でミナデインを唱える隊形を崩し、『凍れる吹雪』から逃れるべく散った。ミナデインの最大の弱点は発動まで少しの時間を要することである。
「みんな、この上は剣と魔法でヤツをひるませ、呪文発動の時間を作るしかない。これまでの戦いを考えると、ゾーマの攻撃パターンは呪文のかき消しとあの吹雪、そして馬鹿力に物言わせての直接攻撃だ。最初に決めたとおり、アイツが呪文かき消しに来たら、全員突撃。それとマリス…」
「え?」
「イチかバチかだ。ルカニやってみてくれ」
「ラジャー」
「幸いにしてヤツは今冷静さを失いつつある。あの息と鉄拳は脅威でもあるが、チャンスでもある。俺たちはバラモスを倒した時によりパワーアップもしているんだ。勝機はある!」
アレルの言葉でパーティーの士気が上がる。おおむねのゾーマの攻撃パターンは掴んだ。あのケタ違いの冷気と拳、これを凌げばなんとかなる。
だがゾーマはそんなアレルたちの士気の向上をあざ笑うように、呪文を唱えた。
「マヒャド…」
凍れる吹雪の倍以上と思える氷の呪文がゾーマから放たれた!
「フバーハ!」
いろはがすかさず冷気からパーティーを守るべく呪文を唱えた。しかし、ゾーマのマヒャドは威力がケタ違いであった。マリスのマヒャドの威力を十とするなら。ゾーマのマヒャドは百の威力を持っているだろう。フバーハが身にかけられていようが、仲間たちの汗は瞬時に凍り、息さえも凍てつく。同時にゾーマは追い討ちをかける。『こごえる吹雪』を思い切り吐き出した。
パーティーは叫び声もあけず、その冷気から体を懸命に守る。無言であった。叫び声もあげられなかったのだろうか。それほどマヒャドと凍える吹雪の連続攻撃は過酷であった。
パーティー全員に極度の睡魔が襲う。冷気により機能が低下した脳は体に『眠れ』と云うシグナルを送る。
体の内側からラリホーマをかけられているのも同然である。しかし眠ってしまったら終わりである。いろはは血が滴り落ちるほど強く下唇を噛んだ。そして凍えそうな体に鞭打ち、魂から呪文を叫んだ。
「ザメハ!」
「ハッ」
すでにまぶたが閉じだしていたアレルの瞳がカッと開いた。ステラの、カンダタの、マリスの、そしてホンフゥの瞳も完全に開いた。
だがゾーマは間断なく、今と同じ冷気二段攻撃に入る構えに入った。マヒャドの呪文を詠唱し始めている。
「ステラ! 行くぞ!!」
「OK!」
アレルとステラは冷気で思うように動かない体を闘志で奮い立たせた。同時にいろはがピオリムを唱える。
(さすがだぜ、いろは。俺とステラが今一番欲しかった呪文をかけてくれたぜ!)
マリスは『賢者の石』を使い、仲間たちの体力の回復を施していた。完全とはいえないが、冷気のダメージが無くなった。アレル、ステラの疾走も速くなる。
タタタタタタタタッ
呪文を詠唱中のゾーマの間合いに二人は瞬時に入り込んだ。
「いっけえー!!」
『賢者の石』を使った直後、マリスはアレル、ステラにバイキルトを唱えた。
「マヒャ…」
「撃たせるかああッッ!」
二人は完全にこの技を自分たちのものにしている。バラモスに仕掛けた当時でさえ威力は絶大であった。
だが、今はピオリムとバイキルトがかけられ、そして技を使う上の経験が積まれている。またアレルはオルテガ流の奥義『魔神斬り』を体得している。ステラも理論上でしか知らなかった『魔神斬り』をその目で見た。彼女ほどの剣士であれば一度見た技は自分のものにできる。またマリス、ホンフゥ、カンダタ、いろはも二人の後を追って走っている。
「ルカニ―――ッ!!」
ドォン!
ゾーマの防御力が下がる! 急激に自分の体から力が抜けるのを気づいたゾーマは一瞬、呪文の詠唱が止まった。その隙をアレル、ステラは逃さなかった。
「「うおおおお!!」」
アレル、ステラの咆哮がゾーマの間に轟く。
「「魔神斬りクロス!!」」
ズバアアアアッッ!!
「ぐああああッッ!!」
ゾーマの体に深いXの軌跡が切り刻まれた。青い鮮血が吹き出る。そして間を置かず、ホンフゥのかかと落としがゾーマの眉間を打ち、カンダタの魔神の斧でゾーマの首に渾身の力を込めて斬りつけ、マリスのメラゾーマ、いろはのバギマがゾーマを襲う。再びゾーマは片ひざを地につけた。
「ぐうううう…」
この時六人に無言の会話が走った。
(行くぞ! ミナデインだ!)