「おい、なんだよ。この食材の山」
ここはラダトーム城の厨房。厨房の真ん中に置いてある調理台の上に肉、魚、野菜が山のように積まれていた。シェフのグレンは頭をポリポリ掻きながら食材を指した。その質問にセカンドシェフが答える。
「ああ、それ妹さんが持ってきたのですが…」
「マルセラが? 何考えてんだぁ、あの馬鹿妹は。こんなにあったって余るだろうが…ったく…」
「何かワケの分からないこと言っていましたよ『太陽が昇ったら作りはじめてくれ』って」
「太陽? あの馬鹿、とうとう頭メダパニか?」
ずっと暗闇で生きてきた彼らである。太陽と云う言葉さえ忘れ出している。いや忘れようとしていた。
ゾーマの脅威がアレフガルドを襲って久しい。もうグレンは自分が生きている間に太陽を見ることはあきらめていた。
そんなあきらめの日々だから、仕事もいいかげんであった。ラダトーム王宮の者たちも元気が無く食も細く残されることも多い。いつしか自分の料理を食べてもらうコックの喜びさえ忘れてしまった。
「太陽……ケッ」
忌々しそうにグレンはタバコをくわえた。その時、厨房のドアが勢い良く開いた。
「何やってんのよ、兄さん! 太陽昇ったら料理作り始めろと言ったじゃない!」
「『何やってんの』はテメェだろ。太陽が昇ったらなんだっ…」
マルセラの開けたドア。そしてマルセラの後ろに見える風景。いつも見える暗闇ではなかった。朝焼けのオレンジ色だった。グレンの口からタバコがポトリと落ちた。
「こっちきて見てごらんよ」
グレンは厨房から走り出た。そして見た。東の空に朝日を。どれだけ見るのを望んだ太陽。あきらめてヤケになるしかなかった。だが今、彼の眼に日輪の輝きが入った。
「太陽だ…」
ラダトーム城の外壁が朝日に照らされ雄大、かつ美々しい姿を大地に見せる。
「子供の頃、兄さん話してくれたよね。『ルビスに選ばれし者』のお話…。アレフガルドが暗闇に覆われた時、天からルビスに選ばれし勇者が現れると…」
太陽に見入る兄のグレンにマルセラが語りかける。幼き日に妹に話した伝承の勇者の話。暗闇にこの世界が覆われた時、グレンはその勇者の到来を信じていた。しかし、いつまで待ってもこなかった。もう彼は勇者の到来など信じてはいなかった。太陽が再び昇る日が来る事も。
「その勇者が来て…ゾーマを倒してくれたんだよ…」
朝焼けを見るグレン。眼からはボロボロと大粒の涙がこぼれ出した。
「ごめんね。私も王宮に仕える情報官だからさ。勇者の到来を兄さんに教えてあげられなかったんだよ」
「そんなこたあどうでもいい…」
両手で自分の両ほほをパンパンと叩いた。
「その勇者がラダトームに凱旋するんだな?」
「そうだよ」
「よし!」
グレンは厨房に走った。グレンと同じく号泣して太陽を見つめていたコックたちにグレンは一喝した。
「いいか! これからゾーマのクソッタレを倒した勇者様たちがラダトームに凱旋される。激闘のあとだ。腹を空かせてらっしゃる。ここで美味いもんを食べさせてやらなきゃラダトームのコックは世界中の笑いもんだぜ! 気合入れて料理にかかれ! 非番の者も呼び出せ!!」
「「おお!!」」
「あと全員、無精髭を剃り、コックキャップとコックコート、エプロンを真っ白な糊の効いたものに着替えて来い! こんなむさいナリで英雄たちへ贈る料理が作れるか!」
コックたちはロッカーに駆け、髪をとかし無精ひげを剃り、ロッカーの奥にしまい込んでいた新品のコックコートに着替え、調理場に戻ってきた。自分たちが国を救った英雄たちへ贈る料理を作る。忘れかけていたコックの誇りが彼らに火をつけた。
シェフのグレンが最初にやったのは、切れ味の鈍くなった愛用の牛刀を研ぐことだった。そして研ぎ終えた牛刀を力強く握った。
「ヘッ、こんな嬉しい気持ちで包丁握るなあ生まれて初めてだぜ」
ラダトーム城下の領民たちも日の出に気づき、外に出始めた。
「太陽だ、太陽だ―――――ッ!!」
「なんて暖かい光…」
領民たちは太陽を見て感涙を流す。ある者は抱き合い、ある者は興奮のあまり、太陽に向かって走り出す。町中から歓声が湧いた。
ラダトーム城は勇者アレルと仲間たちの凱旋に備え、久しく活動していなかった楽隊に急ぎ、出迎えのファンファーレ演奏の練習をさせ、国王の間に真新しい赤いじゅうたんを敷いた。パレード用の馬車も急いで作り、国王のラルス一世も髪とヒゲを整え、風呂に入り身を清めた。
「どうじゃ、ケインズ。アレル殿、いろは殿に対して恥ずかしくない格好かの?」
「はい、それでは彼らを褒め称える言葉の練習をもう一度行いましょう! 歴史に残る拝謁ですぞ。ミスは許されませぬ」
「アンタ、外! 外見て!」
「ああ、見ているさ…」
マイラの村、サスケとアンナの経営する宿にも朝日が映えた。窓から身を乗り出してサスケは太陽を見た。大きい体を震わせ、涙を流した。
「やりましたな…いろは様…。アレフガルドの一人の民として感謝いたします…。こんな美しい太陽…見たことがございません…」
アンナは夫の側に歩み寄った。
「で、どう?」
「ん? 何が?」
「太陽の下で私の顔を見てみたいと言ったよね…。どう? 太陽に映える私の顔…」
「美人だよ」
「いろは様より?」
「もちろんだよ」
「ふふっ、さ、ラダトーム城に行く準備をしましょう! お城に凱旋する彼らの晴れ姿を見に行きましょう!」
「よし、行こう!」
ドムドーラのオレスト村長、リムルダールのエバンス神父、その二つの町民たち。そしてことの噂を聞いたメルキドの民も、大魔王を倒し、自分たちに太陽と平和を与えてくれた勇者とその仲間たちの顔を一目見るべくラダトーム城へと向かった。
ガライとマルセラはラダトーム城正門で正装をして、勇者一行の凱旋を待った。そして数刻後、城門の上で双眼鏡を手に勇者一行の姿を探していた兵士の持つラッパがラダトームの城下町に鳴り響いた。城下町の民たちも一斉に歓声を上げた。
「勇者様の凱旋だ――――ッ!!」
「我らが英雄の到着だ―――ッ!!」
いろは、アレルの一行はラダトーム城の正門に到着した。ガライとマルセラはひざを屈し最敬礼の姿勢を執った。
「みなさん…よくぞご無事で…!」
ガライは見た。誰も無傷ではない事を。鎧はところどころヒビが割れ、武器の損傷も激しい。彼らの体は傷だらけであった。しかし、彼らの顔は喜びに満ちていた。
「この日が来る事をアレフガルドの民はどれだけ待ったでしょう…!」
先頭にいたアレルがニコリと笑って言った。
「ガライ、マルセラ、ただいま」
「「おかえりなさいませ!!」」
二人は立ち上がり、馬車を示す。
「助かったあ~、ヘトヘトだったのよ」
我先にマリスは馬車に乗り込んだ。屋根の無いパレード用の馬車に乗った。
ラダトームの歴史に燦然と記される勇者の凱旋パレードが始まった。ラダトームの城下町のメインストリートを馬車は進む。御者はガライとマルセラが務めた。
ラダトーム城に向かい伸びているメインストリート。その両脇から領民たちの歓声が止まることなく続いた。
「みんな、嬉しそうですね…。この声援に戦いの苦労など飛んでしまいます」
いろはは小さく手を振り、笑顔で領民に答えた。
ラダトームの領民たちは勇者一行に喝采を上げた。長い暗闇の世だった。領民の中にはグレンと同じように自分が生きている間に再び太陽を見ることは無いとあきらめていた者もいた。いや、おそらくアレフガルドの民、全員があきらめていたのではないだろうか。
ゾーマの脅威で暗く沈んだ顔に一斉に太陽から命の息吹を与えられたようだった。城下の年寄りたちは馬車の先頭に座るアレルといろはをまるで神のように敬い、手を合わせた。
精悍な顔をしているホンフゥやカンダタなどはラダトームの若い娘たちから黄色い声援を受けていた。戦いによる負傷と汚れが一層彼らの男ぶりを上げているようであった。
「花道だな…。盗賊だった俺がこんな道を通れるなんてよ。いろはの言うとおり、戦いの苦労なんか吹っ飛ぶぜ」
少し涙ぐんでいるカンダタ。意外に涙もろいようだ。ホンフゥも両手で手を振りながら涙ぐんでいる。
「ガザーブで一番モテない男だった俺が女の子に黄色い声援受けるなんてよぉ…」
「アリアハンでバラモス倒した時も、凱旋パレードやったけど、こっちは太陽が昇ると云うデッカイおまけ付きだもの。みんな嬉しそう」
そう言って少し涙ぐんでいるステラは自分の名を呼ぶ子供たちに優しく手を振った。
ラダトームの記録では、このときのパレードにおいて彼らに歓声をあげて城までの道のりを見送ったのは、およそ六千名と言われている。ラダトーム城下町の領民より多い数字だった。マイラやリムルダールからやってきた民たちもいたのだろう。ゾーマの脅威が無くなり、アレフガルドの海は静けさを取り戻し、今は船で容易に渡海できる。
自分たちを見送る群衆の中、いろははサスケとアンナを見つけた。アンナは力任せに手を振り、いろはたちに歓声を送っていた。サスケは感動でむしろ体が動かなかったのか涙を流していろはを見つめるだけだった。
(サスケ…)
(よくぞ成し遂げました…。あなたの家臣であることを私は誇りに思います…)
二人は目と目で無言の会話をした。
(ありがとう…サスケ…)
一行はやがて城に到着した。鎧の音と勇ましい靴音と共にパーティーは玉座の間に歩んだ。
そして玉座には正装したラダトームの重臣たち。そして国王ラルスがいた。先頭にいたアレルが玉座の間に入ると同時に国王の左右にいた重臣たちは一斉にひざまずき、頭を垂れた。ラダトーム式の最敬礼である。アレルたちの後ろについてきていたガライとマルセラもひざまずいた。アレルたちもまた、ラルスの座る玉座の前でひざまずいた。
ラルスは心の底から万感の思いを込めて言った。
「アレル殿! いろは殿! よくぞ! よくぞゾーマを倒してくれた! アレフガルドの王として心から礼を申すぞ!」
「陛下、俺、いや私だけの功ではありません。ここにいる仲間たちがいたればこそやり遂げられたことでございます。また私たちをゾーマの元にたどり着かせるために、アレフガルドの人たちにどれだけ助けられたか。誰一人欠けてもゾーマは倒せませんでした」
アレルはガライやマルセラとエバンス神父、サスケやアンナ、そしてカンダタを助けて散った六人の山賊、レンドル、父のオルテガのことを指して言った。アレルの後ろでひざまずく五人は少し目に涙を浮かべた。
「うん、うん! そなたこそ真の勇者じゃ! そなたにアレフガルドに伝わる『ロト』の称号を与えよう!!」
「『ロト』?」
「『ロト』ってなあに?」
マリスの疑問にガライが答えた。
「『神に近き者』と云う意味です。真の勇者のみがそれを名乗ることができるのです」
ラルスは玉座から降り、ひざまずくアレルの手を取り立たせた。後ろでひざまずく五人もそれを見て立ち上がった。そしてラルスの玉言を受ける。歴史に名高く記される『ラルス一世、ロトを讃える』である。
「勇者アレル、いや勇者ロトとその仲間たちよ! そなたたちのことは、このアレフガルドにおいて永遠に伝説となるであろう!」
「俺たちが…伝説?」
アレルは少し困った顔でいろはに振り向いた。いろははニコリと笑う。
「そんな困った顔しちゃダメです。王様に堂々と応えるべきですよ。勇者ロト!」
ステラ、マリス、カンダタ、ホンフゥも微笑み、アレルを見つめる。アレルも微笑み、そしてラルスの手をギュッと握り返した。ラルスも感無量に涙し、アレルの手を握った。玉座の間に喝采が上がる。ラダトームの上空に花火が鳴る。待ちに待った平和と太陽の到来であった。
その日から、ラダトーム城下は祭りとなった。勇者ロトたちの勇猛さを讃える即興の歌が、あちこちから歌われている。後に残るロトに関する歌や音楽は、この祭りの時に作られたものが大半だという。
マルセラの兄、ラダトームコックのグレンの料理がロトと仲間たちのテーブルを埋めた。グレンは美味しそうに自分の料理を食べているロトの姿を生涯忘れなかったと言われている。
また、アレルは冒険時に何点か描いた絵を仲間たちが止めるのも聞かずに、ラダトーム王室に贈った。王室全員がアレルの絵に顔を引きつらせたと伝えられるが、救国の英雄の好意を無下にもできず、ラルスは引きつった笑みでそれを受け取った。
後世、アレルことロトの伝説はアレフガルドの民に愛されるが、このように、ロトとて何でも完璧ではなかったのだと云う点もまた、愛される由縁であろう。
支離滅裂な絵でも元気にあふれるのがアレルの絵。アレフガルドの人々は、その画風にロトの人柄が浮かぶようにも思い『ロトの絵』を愛したと言われている。
宴は続く。ロトの笛に乗り、いろはが舞う。そして前々から練習していたのかステラとマリスもいろはを中心に三身一体で踊り出した。最初で最後の三人での舞いであった。宴に来ていた人々はこの舞いを見たことを一生の自慢にした。歴史に名高い『三女舞進』である。
やがて太陽も落ちたが、人々はまた夜が来ないのではとは思わなかった。星と月が夜空を照らしていたからである。ゾーマの専横のときは、星の輝きさえも見ることは出来なかった。人々は久しぶりの『美しい夜』にも酔いしれ、そしていろはと、ロトの活躍を讃えた。
こうして、アレル、いろは、ステラ、マリス、ホンフゥ、カンダタは、このアレフガルドの英雄となった。
しかし、いろは、ロト、そして仲間たちは翌日の太陽が昇った頃には姿を消していた。ラルスやガライたちはアレフガルド中を探したがついに出会えることはなかったと伝えられている。
この後、彼ら六人の姿を見た者は誰もいない。
アレルがアレフガルドに残した『聖なる守り』は『ロトのしるし』として、『光の鎧』は『ロトの鎧』、『王者の剣』は『ロトの剣』として、後の世に伝えられたという。
……そして…伝説が始まった!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…チュン…チュン…
小鳥のさえずる、森の横にある農道。そこに一組の主従がいた。ゆっくりと歩む馬に乗っている。青い髪も鮮やかで質素な服に身を包む美女、馬の手綱を握り、鼻歌交じりに主君の馬を引く逞しき体躯の男。彼女たちの目の前には広大な田園が黄金色に輝いていた。
田園では老若男女が田植え仕事に精を出していた。そのうちの一人の青年が稲刈りで折れた腰をやれやれと直すと、その視線の先に馬でのんびりと農道を歩く二人を見つけた。
「いろは様―ッ!」
いろはと呼ばれた女は自分に手を振っている青年に微笑み、
「私にかまわず続けてください」
と、ほほ笑んだ。青年の言葉でいろはが来たことを知った者たちは彼女に深々と頭を下げていた。
「相変わらず、いろは様は人気者ですね。私の事なんか目に入っていないようですよ。ハハハ」
いろはの乗る馬の手綱を引く者、それはかつて勇者ロトに『王者の剣』『光の鎧』『勇者の盾』を造った稀代の名工サスケであった。
二人はこの田園地域を視察がてら散歩していた。そして農道の先に木陰で眠る年寄りを見つけた。
「いろは様、見てください。年寄りが木陰でのんびりと眠れるということは、それだけ今は平和と云うことですよ」
「そうです…」
いろはは言葉をすべて言い終わる前に何かに気づいたようだ。年寄りを見てクスリと笑った。
「サスケ、しずかにあのお年寄りに近づきましょう」
「え? は、はい」
年寄りに近づくにつれ、サスケもいろはの意図がわかった。彼も笑いをこらえながら歩いた。年寄りの眠る場所で静かに馬から下りて、いろはは年寄りの耳元で甘くささやいた。
「あ・な・た」
年寄りは頭にかぶせていた麦わら帽子を取り、白いつけひげを取った。
「な、なんで分かった?」
「村長、そんな太い腕をした年寄りがいるわけがないでしょう。変装下手すぎですよ」
サスケは村長の筋骨隆々の腕を指して笑った。いろはもクスクス笑っていた。
「そういえば、先日に私言いましたね。平和な世と云うのは、お年寄りが木陰でのんびり昼寝できるようなことだって。でも、もう少し変装に力を入れて欲しかったです」
「ちぇっ、今日ここを視察すると言うから、朝から変装に努力したのになあ~」
村長の名前はホンフゥと言った。
「黄金の野、綺麗なものだな」
稲穂がサラサラと風にそよぎ、心地よい音色だった。
アレフガルドに稲作の文化は無かったが、それを広めたのはいろはと言われている。
「重そうな稲穂でした。豊作ですね」
そう言って微笑む、いろはの横顔をホンフゥは愛しそうに見つめるのだった。
勇者ロトのパーティーは、ラダトームの宴のあと旅に出た。アレルとマリス、カンダタとステラ、そしていろはとホンフゥもそれぞれの道へと六人は別れたのであった。
いろはとホンフゥは元の世界には戻ることは考えず、アレフガルドに骨を埋めるつもりだ。
しばらくして船も手にいれ、アレフガルドの海を周っていると、アレフガルドよりはるか南洋に島を見つけた。二人はそこを自分たちの新天地として開墾を行った。子にも恵まれ、今は一男二女の父と母でもある。
やがて、サスケとアンナも、マイラの店を引き払い、この地にやってきた。いろはとホンフゥ、この二人を慕い徐々に移民も増え、やがて村となった。
いろはの医療技術、サスケの鍛冶技術は、この新たな村で広められ、またホンフゥの武道を学ぼうとする者も多く、多くの人間が海を越えてやってきた。
いろはとホンフゥ、この夫婦の仲むつまじさは村の自慢となり、伝説ともなった。
発展した村は町となり、やがて国となり、医療、鍛冶、農業の技術では世界一とも言われ、武道においては天下無双の強さを誇った。二人の作りだした町は彼らがたどり着いた、この島の元もとの名前がそのまま名づけられた。その名は『デルコンダル』。
いろはとホンフゥの長男ホウエンは父と母の才幹を受け継ぎ、初代国王となって名もホンフゥ二世と改めて、その善政によりデルコンダル王国は繁栄していく。
そして長い歳月が流れていった…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なに? 『月の紋章』をくれだと?」
このデルコンダルに若者三人組が現れ、国王秘蔵の宝物『月の紋章』をいただきたいと言ってきた。三人の若者たちは国王に『月の紋章』を欲する理由を話した。『ハーゴンを打倒するため、どうしても必要なのだ』と
「ふむ…確かに余はそなたらの言う物を所持している。だがタダで与えるわけにもいかんな」
国王はその三人の若者たちに何か懐かしい思いを感じた。そして国王の隣に鎮座する青い髪の王妃が言葉を発した。
「あなたたち三人…ロトの血を引く者たちですね?」
玉座の間にどよめきが起き、三人の若者たちは顔を見合わせた。
「隠す必要はありません。このデルコンダルは勇者ロトと共に大魔王ゾーマを倒した、僧侶いろはと武闘家ホンフゥの血を引く国なのですから」
「なるほど、そなたらに妙な懐かしさを感じたのはそれか! あははは!」
「名乗りなさい、ロトの血を引く若者たちよ」
ずっとロトの血を引く王家の者と云う立場を隠して旅をし続けていた若者たちは、透き通るような王妃の黒い瞳に観念して名乗りだした。
「ローレシア王子、アレンです」
「サマルトリア王子、コナンです」
「ムーンブルグ王女、ナナです」
王妃はニコリと笑った。
「おお、ロトといろは、ホンフゥの子孫が歳月を経て再会したと云うわけですね。今日は何と素晴らしい日でしょう。陛下、私たちも」
「うむ、余はホンフゥ十八世である」
「私は十八代目いろはです。以後、お見知りおきを」
ロトの子孫の三人も、かつて伝承で聞いたロトの仲間たちの子孫に会えて胸が高鳴る思いだった。
「だが、互いの先祖が仲間だったとは言え『月の紋章』をタダではやれんな。余の出す試練に打ち勝てたら『月の紋章』を与えよう」
アレンは訊ねた。
「僕たちに何をしろと?」
ホンフゥ十八世、十八代目いろはは顔を見合わせ、微笑を浮かべて立ち上がった。
「簡単なことだ。余と王妃と戦って勝ってみよ。三対二だ。不服はあるまい。見事、我ら夫婦から一本取れたなら月の紋章を与えよう!」
「え!」
そういうとホンフゥ十八世は国王のマントをバッと脱ぎ捨てた。胸に『龍』の文字が記された武闘着を着ている。そして十八代目いろはは衛士に持たせてある薙刀を。
「クシナダの薙刀をこれに」
「はっ」
十八代目いろははクシナダの薙刀の切っ先をアレンに差した。
「さあ、ロトの子孫よ。この先の道を行くには、まず我ら夫婦を倒してごらんなさい。我らに敗れるようではハーゴン打倒などおよびません」
今まで幾多の修羅場を潜り抜けてきた、アレン、コナン、ナナも思わずホンフゥ十八世と十八代目いろはの裂帛に気圧された。しかし引くわけにはいかない。
「お望みならば」
「うむ、サスケ将軍、そなた立ち合い人を務めよ」
「ははっ」
デルコンダルに古くから伝わる闘技場。ロトの子孫といろは、ホンフゥの子孫はここで対峙した。観客はいない。
「アレン殿」
戦いの前にサスケ将軍がアレンに声をかけた。
「え?」
「戦いが終わったら、私の工房にパーティーの装備を持ってきなさい。修復を含め、武器を鍛え直してあげよう。私は鍛冶職人でもあるのでね」
アレンの肩をポンと叩いて、サスケは闘技場中央に行き
「将軍サスケ、国王陛下と妃殿下お二人、そしてアレン殿、コナン殿、ナナ殿三人パーティー。この戦いの立ち合いをさせていただきます」
ホンフゥ十八世は『黄金の爪』を装備して構え、十八代目いろははクシナダの薙刀を持ち、堂々と立っていた。
ロトの血を引く若者たちも構えた。魔法担当のナナを後方に置き、アレンとコナンが前衛を守る。
「よい備え…そして眼です。ですが容赦いたしません」
サスケの仕合開始の声が上がった。
ホンフゥ十八世は一瞬でアレン、コナンのふところに入った。
「!」
そして二人は稲妻のような蹴りをまともに喰らった。次の瞬間には呪文を詠唱していたナナの間合いに入り、みぞおちに軽く拳を入れた。なすすべもなく、ナナは沈んだ。
そしてその後ろでは十八代目いろはが呪文の詠唱をすでに終えていた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!!」
十八代目いろはが発する、代々のいろはに受け継がれてきた、気合の言葉。
「飛び出せ真空! バギマ!!」
闘技場に爆風が起きる。バギマ、もはや使い手は十八代目いろはしかいないと云われる、真空の高等呪文である。アレン、コナン、ナナはあっけなくホンフゥ十八世、十八代目いろはに倒された。
だがリーダーのアレンは力を振り絞って立ち上がった。
「く…くそう…」
「根性は認めましょう。でもそれだけではハーゴンには勝てません」
十八代目いろははアレンにラリホーを唱えた。ダメージを負っていたアレンは抗しきれが眠りに落ちた。
「サスケ、彼らを城内の医務室に。私が治療いたします」
「御意」
治療を終え、医務室で気がついた時アレン、コナン、ナナは悔し涙を流した。今まで魔物と戦い、修羅場を潜り抜けてきた自分たち。その経験とロトの血。自分たち三人に勝てる人間なんていないと思っていた。しかし、世の中は広い。上には上がいた。
彼らが悔し涙を流している時、王妃十八代目いろはが入ってきた。
「どうですか、具合は?」
「大丈夫です…」
アレンは小さい声で答えた。悔しかった。自分たちに完勝したばかりか、治療までしてくれたことが。アレンにとって耐え難い屈辱だった。不覚にも悔し涙を堪えることができず、王妃の前で涙がポロポロと落ちた。
「…悔しかったら、私たちに勝つことですね。私と夫はいつでも挑戦を受けます。あなたたちが私たちに勝つその日まで、月の紋章はデルコンダルが責任を持ってお預かりいたします」
「王妃…」
「さあ、そろそろ食事ですよ。夫が呼んでいます」
月の紋章以外の四つの紋章を集め終えたロトの血を引く若者たちは、さらに修行を重ね、そして苦戦の末ホンフゥ十八世と十八代目いろはを倒した。
倒されたホンフゥ十八世は潔く月の紋章をアレンたちに与え、十八代目いろはは、惜しみなく『水の羽衣』『はやぶさの剣』と云った貴重な武具を与えたと云われる。
これはもう一つのいろはとホンフゥのお話。その後もデルコンダルはロトの三つの王家と共に発展していったと伝えられている。
いろは伝奇 完