DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第六話 勇者アレル

 いろはは修道院で僧侶としての修行に努めながら、ルイーダの酒場で給仕として働き始めた。修行と労働で毎日忙しいが宰相の多忙に比べれば何でもないことだった。そしていろはは探していた。自分と苛酷な旅に出る仲間たちを。

 

 

 ではここで、後にいろはと苦楽を共にする仲間、勇者アレルについて語ろう。

 アレルはいろはより一つ年下である。父親の顔も知らないが、常日頃から『勇者オルテガの息子』と呼ばれており、彼はそれが嫌で仕方が無かった。また自分と母を捨てて旅立った父も彼は憎んでいた。

 

 そんな調子だから、周囲が望むような成長など見られるはずも無く、学問はからっきしダメで剣の腕などは、自分より年少な者にも勝てないほどであった。やがて『ダメな二代目』と云う印象を持たれてしまうが、それこそが彼の望むことであった。周りが誰も自分に期待しなければ何も言わなくなるだろうと考えていたのである。それも『勇者オルテガの息子』と呼ばれることの反動であろう。

 

 そのせいか、アレルはお世辞にも素行の良い少年ではなかった。城下の町民学校では女の子のスカートをめくるのは日常茶飯事。誰かまわず喧嘩を売る。城下の露店で売られている焼き菓子、焼き魚、串肉をパッと盗み、アッと云う間に消えていく。母のルシアは苦情を言いに来る者たちへ頭を下げつづける毎日であった。叱ってみれば息子は馬耳東風。叩いても三歩歩けばケロッとしている。

 

 狙いどおり、彼が十歳になるころには誰も『オルテガの息子』と呼ぶ者はいなくなった。周りの大人達はアレルを『父より格段に落ちている豚児』と見ていた。やっと自分の好きなように振舞えると喜ぶアレル。彼は自分の悪評など歯牙にもかけなかった。十六の誕生日を迎えて成人したら、とっととこんな国出ていこうとも決めていた。これからの六年はアリアハンを出るための資金作りと、自分の夢の実現のための準備期間だと考えていた。そう思うと彼は毎日胸が躍った。

 

 だが、そんな子供のたくらみなど全て看破している者がアリアハンには四人いた。国王のゴードン、オルテガの父つまりアレルの祖父ディム、母のルシア、オルテガの直弟子にてアリアハン騎士団長ロイス。

 これらはアレルが周りの期待と勇者としての自分から逃れるために、わざと愚か者を演じている事は知っていたのである。学問では間違った答えしか言わず、剣の稽古ではわざと負け、馬術の稽古では落馬を装い、水練でも泳げないふりをわざわざ見せたのである。

 しかし本当はそうではなかった。すべて難なくこなせるのだ。しかも熟練者のように。

 

 アレルは少年期、絵画や彫刻と云った芸術家を志していた。しかし残念ながらアレルの絵や彫刻はひどい有様であったと伝えられている。

 彼が仲間や友となった者たちに『肖像画を描いてやる』と言った時、彼らは断固拒否して逃げたと云う話が残っているほどである。あのいろはさえ、アレルに『描いてあげるからモデルに』と言われた時は、はぐれメタルのごとく逃げ出したと伝えられている。

 下手の横好きと云うのか、それでもアレルは芸術家への夢を叶えるために、愚か者を演じた。勇者としての自分を放棄すれば、その勉強に没頭できると考えたのであろう。

 

 しかしそれは全て看破されていた。所詮は子供の思惑に過ぎないのだから当然だろう。母のルシアは、息子の芝居を彼が十歳になるまでは気づかないふりをしていた。そして何も云わなかった。アレルの算段では母にあきらめられてしまうことも含まれていたのだろう。普通の少年なら母や祖父にあきらめられてしまうことは悲しみ以外の何物でもないのに、むしろアレルはそれを喜んだ。それほどまでに『勇者オルテガの息子』と言われ続けること、そして勇者になることが嫌だったと考えられる。

 

 

 アレルが十歳を迎えてしばらく経ったある日、アレルは城下町を出て、近くの川に行きスケッチを楽しんでいた。そしてそこに、アレルの本心を知る四人がやってきた。いよいよお説教の時が訪れたのだ。

 その中にはアリアハン国王ゴードンもいたために、アレルは慌てて礼を執った。城下町の悪戯小僧でも国王には逆らえない。

 

「アレルよ」

 ひざまずくアレルにゴードンは言った。

「国王として命じる。本日より愚か者を演じるのは禁ずる。勇者として自覚し、智勇両面の修行に励むのだ。つまらん悪戯も喧嘩も今日限りで止めよ」

「へ?」

「へ? ではなく『はい』であろうが」

「あ、あの俺、いや僕、王様の言っていることがよく分からないのですが…」

「おだまりなさい!!」

 母のルシアが一喝した。

「貴方が勇者としての役目を放棄するためにわざと馬鹿やっているのを母さんたちが分からないとでも思っているの!? 大人を馬鹿にするのじゃありません!!」

 騎士団長ロイスがさらにつけ加えた。

「アレル。本当は十分な才知と器量を備えながら勇者となろうとしないお前を見たら、師父様は何と言おう。…いや、何も言わんかもしれんな。あまりの情けなさに呆れて」

 厳しい言葉を立て続けに言われたアレルは小さくなってしまった。しかしここで甘い言葉を言うと意味が無い。ゴードンは厳しく諭しつづけた。

「アレルよ。お前の父オルテガは今ごろ、この同じ空の下で、一人、戦っている。何の見帰りも求めず、ただ己の勇者としての使命と誇りにかけて戦いつづけている。これをどう思う?」

 

 ゴードンの問いにアレルは答えられない。十歳の子供には難しい質問である。だが父のオルテガがどうしてそこまでして自分を犠牲にしてまで戦い続けるのかは分からなかった。知りたくもなかった。

 アレルは父のオルテガが嫌いだ。しかし、父オルテガが必死に一人で戦い続けているのに、同じアリアハンの大人たちは酒を飲み、踊り、女と戯れている。能天気に平和を楽しんでいる。父の苦労も知らずにのんべんだらりと生きている大人たちは、もっと大嫌いであった。だから学校の教師の言うことも聞かない。母のルシアがどんなに困ろうが、城下町の大人たちに悪態をついた。

 

「答えられぬか。では聞かそう。どうしてオルテガが戦いつづけるのかを」

 ゴードンは語った。かつて世界の盟主国家だったアリアハン。だがバラモスの侵攻で自国の防備で精一杯となり、盟主としての役割が果たせなかった。

 盟主国は同盟国を外敵から守らなければならない。その見返りに同盟国から貢ぎ物やゴールドをもらう。と云う仕組みであったがアリアハンは同盟国に兵を派遣することはできなくなった。

 ゴードンの父、つまりアリアハン先王ゼノヴァは盟主の座の破棄を世界中に伝達すると共に、バラモス軍に対抗しうる軍事同盟を結ぶことを提案。各国と各自治領はそれを受諾。世界連合軍が結成された。そして間もなく、バラモスは軍を率いてアリアハンに次ぐ大国ネクロゴンドに出兵を開始した。アリアハン王ゼノヴァは各国王と各自治領主と共に連合艦隊を以って援軍に向かった。

 

 アリアハン、イシス、エジンベア、ロマリア、サマンオサ、ポルトガ六ヶ国、そしてバハラタ、テドン、ランシール、アッサラーム、ノアニールと云った五つの自治領からも出兵がなされ、それらの連合艦隊がネクロゴンド海域にてバラモス軍と激突。後に『ネクロゴンド海戦』と呼ばれる大海戦だった。総大将はアリアハン王ゼノヴァ、副将はサマンオサ王ルカス二十三世である。そして連合艦隊は辛くも勝利を収めるが、それはバラモス自身がこの海戦に出陣していないからであろう。

 

 バラモスは海戦を配下に任せ、ネクロゴンド国そのものを攻めていた。連合艦隊が海戦に勝利し、すぐにネクロゴンドに上陸すると、見るも無残な光景が全兵士の目に入った。

 一面の焦土、王も王妃も戦死し、ネクロゴンド城は落城していた。上陸した連合軍の士気は激減。そこにバラモス軍のモンスターが奇襲。連合軍は海戦には勝利したものの、上陸した後はさんざんに打ち破られた。

 海戦の中、部下をかばい負傷し船室で手当てを受けていた男に、上陸部隊敗走の知らせが入った。彼は悔しそうに目をつぶり、拳を握った。男の名前はオルテガと言った。

 

 バラモスは生き残ったネクロゴンドの人間を奴隷とし、死ぬまで酷使しネクロゴンド城を豪華絢爛に改修させ自分の居城とした。城の完成後、生き延びた人間は残らず処刑された。

 そしてオルテガの母、アレルにとっては祖母にあたるジーナはバラモス軍侵攻で亡くなり、オルテガの父ディムは左目を失った。当時王子であったゴードンも重傷を負い、彼の父、先王ゼノヴァ、母の王妃ソフィアは戦死した。アレルの母ルシアもこの戦いで両親と兄を亡くしている。

 

 この戦い以後、バラモスは大掛かりな侵攻作戦は取らなかった。配下のモンスター兵を世界中に散らせ国、町、村を不安に陥れた。そして、たまたま不機嫌な時があると、町や村を襲わせた。その人間たちの恐怖に引きつる顔を水晶玉で見つめて笑っていた。

 一気に滅ぼすのは、彼にとっても楽しみが無くなること。ジワジワと追い詰め、楽しみながら人間を滅ぼすつもりなのだ。だが人間たちもそれぞれの国や町で防備を固め、容易にはバラモス配下のモンスターに侵入は許さなかった。そんな不安な毎日とモンスターとの小競り合いの日々。人々は疲れだした。希望も無い。あげく人間同士の争いも絶えなくなった。食料とゴールド、若い娘の略奪は当たり前であった。

 

 世は暗黒である。教会には人々が溢れ、神に祈った。魔王バラモスの手から自分たちを救ってくれる英雄が現れることを。

 

 各国の為政者はモンスターのみならず、そういう人間の賊徒にも立ち向かわなければならない。アリアハンは捕らえた賊徒に容赦無かった。厳しい弾圧をした。一度捕らえられただけなら、耳を切りそがれて、わずかな牢屋暮らしで済むが、二度捕らえられた賊徒は斬首刑とされた。イシス、ロマリアと云った国も同様である。

 アリアハンにてモンスターと賊徒から領民を守るために結成された部隊。その隊長に任命されたのがオルテガだった。彼の武勇は世界に轟くほどであり、勇者を名乗ることは世界各国の王から認められていた。

 彼はさきの戦いにおいては、連合艦隊の一翼を指揮しており、獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。

 だが部下をかばい負傷し、帰国してからは愛妻ルシアの看護のもと、傷を癒していった。そして傷が癒え、城に出仕すると新王ゴードンより、国内の治安を維持する部隊が閣議で決定しており、その隊長にオルテガを任命したことを告げた。

 

 部隊長となったオルテガは、ある日捕らえられるのが二度目の賊徒を捕らえた。二度目の匪賊行為は斬首刑である。その賊徒は国府アリアハンから北に外れた小さな集落の男たちであった。彼らは自分たちの集落で腹を空かせた妻子を食べさせたかった。だからアリアハン城の食料貯蔵庫を襲った。

 その情報を前もって掴んでいたオルテガは彼らを一網打尽にしたのである。一刻も早く国を建て直したいと考えている新王ゴードンは賊徒に容赦無い。『即刻、斬首せよ。また見せしめのため公開処刑とせよ』オルテガに命令が出された。

 

 オルテガとゴードンは主従を越えた友である。オルテガは何とか考えを改めるように説得した。

『腹を空かせて盗みを働く領民が罪ならば、腹を空かせて盗みをさせるような政治を行う我らや王は、さらに大罪人です』

 オルテガの言葉にゴードンは激怒。オルテガの任を解き、代わりの者を斬首刑に当たらせた。

 そしてその公開処刑のおり哀れな賊徒たちを助けにきた一人の男がいた。オルテガである。オルテガは兵たちを殺すことも無く一人で倒し、その隙に賊徒たちを逃がした。賊徒の集落の人々、そしてアリアハンの領民たちはオルテガの義挙に喝采を上げた。

 

 ゴードンは命を賭けて、自分への諫言を行動で示す親友オルテガの行動に胸を熱くさせた。彼は今までの武勲の手柄を省みて、と云う大義名分でオルテガを罪に問うことはしなかった。

 そしてオルテガの言った『腹を空かせて盗みをさせるような政治を行う我らや王は、さらに大罪人です』この言葉を真摯に受けとめ、以後は性急な国の建てなおしをやめて善政に努めた。一年も経つと、自然に匪賊行為に走るものもいなくなった。結局は領民を慈しむことが平和につながるのだとゴードンは痛感した。

 そして野に下っていた親友オルテガに再び出仕を要望すると、彼はアリアハン騎士の鎧姿ではなく、旅支度で現れた。

 

 

「オルテガ、何だ、その姿は?」

「アリアハンはひとまずモンスター以外の脅威はなくなりました。しかし世界の国々ではいまだ悲劇が繰り返されているでしょう。私は再び勇者となり盟友サイモンと合流し、それらの国に安寧をもたらし、そしてサイモンと共にバラモス打倒に賭けてみます。旅立ちのお許しを」

 ゴードンは止めた。もはやアリアハンは世界の盟主国家ではない。同盟国に請われれば兵も出すが、請われてもいないのに、わざわざ助けに行く義務はないのである。アリアハンに留まり自分を補佐してほしいと要望するが、オルテガの決意は変わらなかった。

「陛下、誰かがやらなければならないのです。それに私一人ではありません。サイモンと共に参るのです」

「しかし、そなたルシアとの間に、ようやく子が生まれたばかりではないか。ルシアを一人にするのか。そなたは余と約束したはずだ。ルシアを悲しませない。大切にすると。その約束を破るのか」

 オルテガは言葉に詰まる。かつてゴードンと愛妻ルシアを取り合ったことは彼とて忘れない。しかし、ルシアの心はオルテガにあった。だからゴードンは身を引いた。オルテガに『大切にしろよ』と云う言葉だけを残して。以来、彼はルシアを親友の妻として見るようにした。

 

「忘れてはおりません。しかしバラモスと戦える人間は私とサイモンだけなのです。私もあと数年で三十路。今がギリギリの旅立ちです。国王、何とぞご許可を」

 ゴードンとオルテガの間に沈黙が走る。やがてゴードンが言う。

「辛い戦いの日々ぞ。表立ってバラモス討伐に動いていると喧伝もできぬゆえ、誰もお前の戦いを誉めてはくれぬぞ。バラモスを倒したとて栄華がお前を待っているとは限らん。それでも行くか」

「覚悟の上でございます」

 

「…分かった。旅立ちを許そう。ただし必ず生きて帰れ。そして、たとえ打倒が叶わなくても胸を張って帰って来い。ルシアと息子のアレルについては安心しろ。余に任せておけ」

「御意」

 ゴードンはオルテガに十分な資金とアリアハンの宝である剣や防具も惜しげなく与えた。またオルテガが資金に困窮しないため、世界各地の国々にあるゴールド銀行に定期的に入金の手続きも取った。

 

 こうしてオルテガは旅に出た。合流するはずのサイモンが来ないことも、この時の彼は知る由も無い。孤独な長い戦いの旅が始まるのである。

 

 どうして彼が国王ゴードンの言うように、妻を置いて、何の見返りも無い命がけの旅に出たのかは諸説色々あるが、彼の手記にこんな文がある。

 

 今日、賊徒を捕らえた。二度目の捕縛ゆえ斬首刑は避けられない。だが彼らは自分の妻子に食料を食べさせたかった。これだけなのだ。働こうにも仕事が無い。田畑を耕してもモンスターか他の盗賊に奪われる。だから盗むしかなかった。それを誰が責められる? どうして殺さねばならぬ? 私は彼らの妻と子供達の悲しい顔を見た。涙を浮かべて私を見つめる少女。怒りのまなざしを向けてきた老婆。彼らにとって、私たちはモンスターと同じなのだ。いつまでこんな暗黒の世が続くのか。諸悪の根源はバラモス。彼を倒すしかない。そうだ、それしかないのだ。そして誰が戦える? 私とサイモンしかいない。彼と共に立ちあがろう。そして涙を浮かべた顔で私を見つめた少女にいつか本当の笑顔を贈ろう。

 

 

 状況が状況とは云え、オルテガは賊徒の親兄弟、妻子からモンスターのように忌避された。

 勇者として世界を歩き、多くの憧れと尊敬のまなざしをその身に受けてきた彼にとっては衝撃的な視線であったのかもしれない。

 だがこの悲しいまなざしが、哀れな賊徒を救いたいと云う衝動となり、やがて世界中でバラモスに脅える人々を助けたいと云う気持ちになったのではないか。

 

 オルテガが助けた賊徒の集落。それは後にレーベと名をつけた。命名者はオルテガと言われている。かの地はオルテガを敬い、ゆえに後、アレルと仲間たちがアリアハンから旅立つとき『魔法の玉』と云う貴重なアイテムを惜しげも無く与えたのであろう。与えた老人こそ、かつて公開処刑直前にオルテガに助けられた賊徒の長、その人だったのである。

 

 

 ゴードンのやや長い話も終った。アレルは父オルテガのことはほとんど知らなかったゆえに、夢中で聞いていた。

「…そしてそれから十年だ。早いものだ…。バラモスの脅威は今も続き、サマンオサの勇者サイモン殿はオルテガと合流できることなく行方知れず。彼は今も孤独な戦いを続けている……」

 ルシアは目に浮かんだ涙を拭っていた。

「アレル、お前が芸術家として身を立てたいと思っている事は聞いた。だが我々はなにもその夢を捨てろと言っているわけではない。お前は天賦の才を持ち強い。天賦の才は文字通り天より授かった力、それは弱き者たちへと使わなければならない。それは強き者の仕事であり義務でもある。勇者として戦い、その責を全うした後、その夢に向かい努力するといい。余とて協力は惜しむつもりは無い。余はの、想像しているのだ。オルテガとアレルが共にバラモスを倒す瞬間を。今は一人かもしれないオルテガだが、後に心強い相棒を得る。それが自分の息子アレルならば彼はどんなに喜ぶであろうか。アレルよ。余の言葉は間違っておるか?」

「王様…」

 コホンとひとつ咳払いをしたルシアはアルスに言った。

「さあ、王様の最初のご命令にちゃんとお答えしなさい。もう馬鹿者の真似は辞めると」

 国王ゴードンの言葉にアレルは子供心に感動を覚えた。親友の息子とはいえ、一領民に過ぎない自分にこれだけ気持ちを砕いてくれる王にアレルは感謝した。深々と頭を下げてアレルはゴードンに応えた。

「俺…勇者になります。親父と、アリアハンの名を汚さぬためにも修行に励み、そしていつか親父のような勇者となります」

 四人は顔を見合わせ笑った。そしてロイスが云う。

「よし、今日から私がお前を徹底的に仕込むからな。今日から私は鬼になる。修行は厳しいぞ。逃げ出すなよ!!」

「はい!」

 

 元気に答えるアレルの横を通り過ぎ、さっきまでアレルが描いていた絵を祖父ディムは見た。

「ところでアレル。この絵は何じゃ?」

 実は他の三人もそれを気にしていた。

「え? やだなあ、じいちゃん。見れば分かるでしょ?」

「いや、分からんから聞いておる」

「それは川辺と川、そして向こう岸にある森と、その後ろに雄大に構える山を描いたものさ。ほら後ろを見てみるとスケッチとほとんど同じ情景でしょ。まさに自然のパノラマ。いい絵でしょ?」

「…………」

 ディムは何も言わずにスケッチブックを閉じた。ゴードンがロイスの耳元で囁いた。

「ロイス、そなた何に見えた?」

「…つぶれたスライムの上に馬の糞が乗っかったような…。本当に後々アレルが芸術家を志したとき、アリアハン王室は彼を支援するのですか?」

「早まったことを言ったかもしれんな…。ところルシアは当然分かったのだろう? 母親だものな」

 急に振られたルシアは慌てた。

「え!? そ、それはもちろんですわ!」

「そうか。さすがは母親だな。余にはちっとも分からんかった」

 無論、ルシアにも分からなかった。ロイスと同意見であったのだ。

 

 

 この日から、アレルは代わった。まじめに修行に励み、学問にも熱中した。ロイスの修行だけではなく、ルイーダの酒場にいる冒険者たちと剣を交え、僧侶や魔法使いと云った智者たちとも議論をして知識を身に付けていった。

 父を知らぬアレルは師ロイスを心より尊敬した。そしてその剣技の後にいる父のことも尊敬していった。ロイスの本当の狙いはこれだったのかもしれない。ロイスはアレルが父オルテガのことを聞いてくると快く、話して聞かせた。

 

 本当の親子のように二人は共に修行に励み、そしてアレルが十五歳になった時、ロイスは初めてアレルに敗れた。悔しかった。そして嬉しかった。

 今まで城の中で二人は食事をしていたが、アレルが自分を倒したのを祝ってロイスは自宅にアレルを招いた。その時アレルは初めて知った。ロイスにはアレルより二歳年上の娘がいたのである。

 名はステラと云った。すでに王宮騎士として働いており、剣の腕ならば父のロイスをも越えていると云われている女傑である。だから剣ではアレルより強い。ステラはアレルより背も大きく、そして気も強い。正直、男性諸氏には敬遠されがちな女性である。

 

 ステラはアレルに食事を持ってきて、アレルに挨拶もすることもなく、プイと別室に行ってしまった。

「何か嫌われることしたのかな…」

「いや娘はあの体に似合わずに人見知りするんだ。すまんな。気にしないでくれ」

 ステラは人見知りではなく、ただ単純にアレルが嫌いなのだ。ステラは父ロイスを心より尊敬し愛していた。

 だがある日突然、自分の事など見向きもしなくなりアレルへの修行に没頭した。自分に剣を教えてもくれなくなったため大好きな父を取られたと思ったのだろう。その思いが根強く、彼女はアレルが嫌いなのだ。

 

 季節は秋口。アリアハンは今、周りの海域に不安を抱えていた。魔物が多く出現するようになり漁にも出られない状況である。定期船は二度も破壊され、海岸近くに済む領民たちの中には海から来た魔物に襲われたと云う報告も入っている。

 騎士団は調査に動き、やがて魔王バラモス配下のマーマン族がアリアハン海域制圧のために動いていることをキャッチした。敵の正体が判明すると国王ゴードンの判断は早かった。討伐の船団出撃を命令したのである。

 

 そしてその中で唯一、民間人で乗船を許された少年がいた。アレルである。国王はアレルに実戦経験を積ませるべく、船団員として特別に加えたのである。彼の乗る船はアリアハン船団の三番船。

 船長はロイスに命じられた。彼の娘、ステラは船団旗艦である一番船に国王ゴードンと共にいた。

 後に『アリアハン海戦』と呼ばれる戦いは四日間、休むことなく続いた。マーマン族はまるで限りがないのかと思うほどの数を繰り出し、時には船にも乗り込んできた。不眠不休で戦うアリアハン船団に徐々に疲れが見え出したころ、獅子奮迅の戦い振りを見せる少年がいた。アレルであった。

 

 三番船、二番船への敵が少なくなり、マーマン族は一番船を標的と定め集中攻撃を始めた。アレルはロイスに一番船への加勢を命じられ、キメラの翼をうまく応用し、一番船に乗り込み艦橋へと走っていった。

 艦橋にはマーマンが入り込み、ステラとゴードンは囲まれている。ステラは左肩と左足に負傷していた。

「くそ…」

「しっかりせよ、ステラ!」

 マーマンの槍がステラとゴードンを貫こうとしたその時!

「ギラ!!」

 複数のマーマンに紅蓮の炎が叩き込まれる!

「ギャアアアア!!」

 ギラを逃れた残りのマーマンにアレルは呪文を放つ姿勢で睨みつけた。

「もう一発くれてやろうか!!」

 恐れおののいた、マーマンたちは艦橋から海へと飛び込んでいった。ふう、とため息をつくとアレルは剣を鞘に収めゴードンにひざまずいた。

「王様、お怪我は?」

「余は平気だ。それよりもステラが…」

 ステラはアレルに助けられたのがよほど悔しかったのか、アレルを見ない。

「余計なことしやがって…」

「あ、そう」

 ステラの左肩にアレルは軽く拳をぶつけた。

「いた! 何しやがる!!」

「ほれみろ! そんな様で戦えるものかよ」

 見せてみろと言わんばかりに、アレルは左肩を押さえるステラの右手をどかした。

「ホイミ」

 続けてアレルは左足に回復呪文をかけた。ステラの傷はたちまち癒えた。

「これでいいだろう」

「…ふん」

「何が『ふん』だよ。礼くらい言えねえのかよ」

「……ふん」

 肩をすぼめたアレルはゴードンにもう一度、礼を取った。

「では三番船に戻り……!?」

 何とギラで焼かれたマーマンのうち一匹は死んでおらず、アレルに襲い掛かった。

 

「ギャオオオオ!!」

「チッ!」

 アレルは剣の柄を握った。が、その時、アレルが剣を抜くより早く、ステラの一閃がマーマンを斬った。マーマンは血を噴出して死んでいった。

「『気を抜くな。勝利の後にこそ油断が生じる』…父に教わらなかった?」

「…教えてもらったよ」

 ステラは正直に答えるアレルに苦笑した。

「これで貸し借りは無しね。さあ三番船にさっさと戻ったら?」

「そうするか。じゃ王様、俺、じゃない僕はこれで」

 アレルは艦橋から去っていった。

「結構、お似合いだぞ。お前たち」

 ゴードンがステラを冷やかした。ステラは少し顔を赤めた。

「冗談はおよし下さい。陛下」

 

 

 翌日、マーマン族の長、マーマンダインが船団を襲ったがアレルとステラの剣の前に倒された。激動のアリアハン海戦はこうして幕を閉じた。

 戦いの疲れがドッと出た兵士たちは深い眠りについた。そして夕方頃、アレルは睡魔を満足させると芸術家になるまでの趣味と決めていた釣りに興じていた。アレルの友、アリアハン騎士ベイツはあきれて言った。

「お前、マーマン釣ったらぶん殴るぞ」

「根拠は無いが大丈夫だよベイツ。それより美味い魚を食わせてやるから待っていろよ」

「あてにせず待っているよ」

 ベイツはやれやれと、船内に入っていった。船首で夕日を見ながら釣り糸を垂らすアレルは今の自分の構図も後々、絵にして発表しようと考えていた。

 

 しばらくすると、海上に小さな船影が見えることにアレルは気づいた。

「何だ?」

 アレルは双眼鏡を覗いた。双眼鏡の向こうには見慣れない様式で作られている小船があった。

「漂流者か?」

 ロイスの許可を得た後、アレルはベイツを伴い、ボートで小船に向かった。小船には少女が倒れていた。鮮やかな青い長髪、端整な面持ち。ジパングからアリアハンに向けて旅立った後の僧侶いろはである。

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