ここはロマリア王国、アリアハンほどではないが広大な領地をほこり、ユーモア精神旺盛な国王の下、人々は幸せに暮らしていた。
だが、ロマリア城下において、今、少し事件が起きていた。大盗賊カンダタ一家が夜な夜な城下の金持ちや悪徳商人の元に盗みに入り、さらにロマリア王室の家宝である『金の冠』を盗むと予告をしてきたのである。
警護を兵士に命令するものの、カンダタとその妹マリスを頭目とする盗賊団は兵士や領民に絶大な人気を持っていた。貧しい者からは決して盗まず、大商家に押し入った時も人を殺さず、女も犯さず、何より根こそぎ盗む事は決してしなかった。
盗んだ金の過半数は恵まれない人々にも分け与えたため、ハッキリ言って国王など比べものにならないほどに人気があるのだ。
そんなカンダタを慕い、配下になりたいと思い彼の根城であるシャンパーニの塔に行く若者が後を絶たないと云う。その中にはロマリアの騎士もいたと云うからあきれた話である。
カンダタの義侠、そして妹マリスの美貌はロマリア王都から、はるか北方に位置するガザーブの村にも伝えられていた。そしてそのガザーブの村に後年『拳聖』『拳王』とも称される男がいた。名はホンフゥ。国王に劣らぬひょうきん者であるが、その拳は大地をも砕かんばかりに力強かった。
そしてこの日、ホンフゥは木陰で休みながら、村の回覧板に目を通していた。
「ふうん…カンダタ一家、ロマリアの大商家ギンドロ家の財貨を奪い、貧民街にばらまく…か。粋だねぇ…。男はこうでなくちゃいけねえよ」
そんな義賊カンダタに感心している時であった。ホンフゥを遠くから呼ぶ声が聞こえた。
「ホンフゥ―!」
「何だよ、ミファン」
ミファンはホンフゥと同門の女武闘家である。木陰で走ってくるのを待っているほどホンフゥは偉い立場ではないので、回覧板を折りたたみながらミファンの元に歩み寄った。
「村長さんのところにロマリアから使いが来ていて、そいつがアンタを名指しで呼んでいるって」
「チッ、面倒くさいな。まあいい。行くか」
ホンフゥはフォンに回覧板を渡して、村長宅へ歩き始めた。ミファンはその回覧板を広げると現在、彼女が夢中になっているヒーローのことが書かれていた。
「まあ、カンダタ様。相変わらずのご活躍ですわ」
「なにが『様』だ。オマエからそう呼ばれても、やっこさん喜ばねえよ」
「うるさいな! さっさと行け馬鹿!! ねぇカンダタさまぁん」
「アホか…」
使者は王命があるので、とりあえず城に出向するように伝えただけであった。明確な王命の内容は聞かされなかった。ただし至急ということなので、ホンフゥは渋々馬に乗って城へと向かった。
ガザーブ村はロマリア領であるのでホンフゥは一応『ロマリアの武闘士』と云う立場でもあった。
王命とあらば万難を排しても遂行しなくてはならない。とはいえ、ホンフゥにとって、ロマリア国王キカルス二十一世と会うのは初めてのことであった。馬を走らせながらも自分の主君はどんな男か、少し楽しみに思っていた。
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「おお、そなたが我が国一の武闘家ホンフゥか。会いたかったぞ」
「初めてゴイを得られ、ドドイツシゴトにございますです」
「なぬ?」
ホンフゥは国王キカルス二十一世に謁見するためひざまずいているが、挨拶の仕方を知らなかった。やむなくミファンがメモを書いてよこし、今ホンフゥはカンニングのようにそれを見ながら国王に挨拶をしているのである。
「え、だから初めてゴイをえられ、ドドイツシゴトにございですます」
ロマリア王妃は思わず吹き出した。笑いをこらえながら大臣がホンフゥに近寄り、カンニングペーパーに記載されている字を正しく読んでやった。
「これはゴイではなく『ぎょい』ドドイツシゴトでは無く『きょうえつしごく』だ。それと最後には『ます』だけでいい。『です』をつけることは無いぞ」
「え! ああそうですか! まったくウチの馬鹿妹弟子ときたら気が利かないったらなくて、兄弟子の俺がこんな難しい字を読めるかってんですよ! ははは!!!」
王妃は涙を流して爆笑していた。国王もこらえきれずに大爆笑していた。
「い、いや、すまなかった。しかし余も后も久しぶりに腹の底から笑ったぞ。ククク…」
笑いの虫がやっと鎮まった国王は改めてホンフゥに命令を出し始めた。
「ホンフゥよ。カンダタ一家を知っておるな?」
「もちろん、知っています」
「どう思う?」
「はあ、俺個人は好感を持っております」
「余もじゃ」
大臣がウォッホンと強く咳払いをすると、国王は襟を正し自分もコホンと一つ咳払いをしてホンフゥに命じた。
「捕らえてほしい」
「カンダタを?」
「彼のしていることは、義賊であるが盗みには変わらない。それに彼に心酔する若者が増えているのも国として良い傾向とは言えぬ。殺す必要はないが、ぜひ捕まえてほしい」
大臣がさらにつけ加えた。
「我が兵士たちや騎士たちの中にも彼を崇拝するものもいる。彼らに命を出せば逃走の手助けをする恐れもあるのだ。そうすればその兵士や騎士も罰せねばならぬ。もはや国に縛られず自由に動き回れる武闘士に頼むしか方法が無いのじゃ」
ホンフゥは戸惑う。彼の武術は『龍拳』と云い、一対多数の戦いに勝つことを極意としている。一家総出で自分に立ち向かってきたとしても頭目のカンダタ、副頭目のマリスさえ用心すれば、十分に勝つこともできるだろう。実際、彼は龍拳最大の荒行と云われる『百人組手』さえ、十度以上も経験して突破しているのだ。だが会ったことはないとはいえ、自分が認めている男に拳を向けるのはためらいがあった。
しかし王命は絶対である。
困り果てているホンフゥを見て国王は言った。
「ホンフゥよ。カンダタを捕らえても決して我々は彼とその一党を死罪などにはせぬ。そんなことをすれば民心を失うからな。しばらく牢に入れた後、国外追放する程度に留めるつもりじゃ。それでも行ってくれぬか?」
「またカンダタはこんな予告までしてきたのだ」
大臣はカンダタ一家が王室に出した予告状をホンフゥに見せた。読めなかった。仕方ないので大臣が内容を伝えた。
「王室の宝である金の冠をいただく…ですか」
国王はうなずいた。
「カンダタ一家は少数だが精鋭ぞろい。だが、むざむざ国宝を渡すわけにもいかぬ。当日はカンダタに心酔していない兵士たちを警備に当たらせ、王室の沽券にかけても守るつもりじゃ。一度、王宮に盗みに入れば、捕らえる段階で彼らを害することもやむをえんだろう。だからその前にカンダタ一家を捕らえたいのじゃ。分かってくれホンフゥ」
「…わかりました。やりましょう」
「おお! やってくれるか!!」
「いえ…これもロマリア武闘士としての仕事ですから」
城を出たホンフゥの気持ちは重たかった。
「損な役を引き受けちまったなあ…。ミファンには言えねえや」
ホンフゥがロマリア王室より命令を受け、カンダタ一家を捕らえるべく動き出したと云う報はカンダタ一家がアジトとするシャンパーニの塔にも伝わった。
「お嬢―! お嬢―!!」
カンダタ子分のゴメスが塔の頂上にあるカンダタの部屋に入っていった。彼の妹であるマリスがゴメスに怒鳴る。
「馬鹿野郎! デカい声で喚くんじゃないよ! 兄貴が起きちまうじゃないか!!」
「す、すみません。実は…」
ゴメスは伝えた。ロマリア一の武闘士であるホンフゥが自分たちを捕らえるべく、このシャンパーニの塔に向かうと云うことを。
「龍拳のホンフゥが? チッ、ロマリア王室め、また厄介なヤツを…」
「どうしましょう、お嬢…」
「どうもこうも…万全の状態でも追い返すことが難しい男だよ。兄貴がこんな状況じゃ…」
ホンフゥの剛勇さは、当然その地を根城にしているカンダタ一家にも伝わっている。無学ではあるが超一流と言っていい彼の強さ。それは恐れの対象として十分である。それが今から乗り込んでくると云う知らせは一家に不安を与える。
そんな今カンダタは大怪我をしていた。先日にギンドロ家の財貨を狙った時であるが、ギンドロ家は用心棒として魔法使いや戦士を何人か雇っていたのだ。だがその用心棒たちの警護を上手くすり抜け、財貨を奪うことに成功したが、貧民街に金をばら撒いている時に見つかってしまった。
急ぎ城下町を抜け出したが用心棒たちの追走は厳しく、カンダタは撤退のしんがりを務めたのだが、その時に彼らの放つメラミやイオラをまともに受けてしまい、深手では無いものの、肩口から袈裟懸けに斬られてしまったのである。
用心棒であることから、金で雇われた者と考えたマリスはとっさに残った財貨を彼らに放った。追走はピタリと止まり、マリスたちはカンダタを抱えて塔に引き返したのである。
「ちくしょう…。こんな状況でホンフゥに乗り込んでこられたら…」
「マ、マリス…」
カンダタの小さな声がマリスの耳に入った。カンダタの寝ているベッドに駆け寄った。
「あ、兄貴! ごめんよ。起こしちゃったかい?」
「イタタタタ…そ、それよりホンフゥが乗り込んでくるってのは本当か?」
「…うん」
「…そうか…俺も年貢の納め時が来たようだな…」
初めて聞く兄の弱気な言葉にマリスは言葉が詰まった。
「そんな…兄貴…」
「ヤツの剛勇さは聞いている…悔しいがこんな体では…そ、そうだ!」
カンダタは何かを閃いたようだ。カンダタは教養の無い男ではあるが、盗みの計画や段取り等は全て彼が考えていたことから、知恵が無いとは言い切れない。特にこういう閃きの時は明敏な智者を思わせるほどだった。
「ゴメス、紙と筆を…イタタタ…」
「ほら兄貴、寝てなきゃダメだよ」
マリスにうながされ、彼は横になった。ゴメスがマリスに紙と筆を渡すとカンダタは代筆を命じた。
「いいか…こう書くんだ…。難しい字は避けて書けよ」
『わるいが、きんのカンムリにはきょうみがなくなった。それよりもアリアハンに『おうごんのツメ』と云う、すごいおたからがあるというじょうほうをつかんだ。それにくらべればきんのカンムリなどゴミどうぜん。ぬすまないでおいてやる。かんしゃしろ。オレたちはアリアハンにいき、『おうごんのツメ』をちょうだいしてくる。それをかねにして、もっと大きなとうぞくだんになるぞ。そのときをたのしみにしていろ』
「これをホンフゥに?」
「そうだ…。上手くいけばホンフゥはアリアハンに行くはずだ。俺たちを捕らえるのが仕事なのだからな…。それにヤツは武闘家。『黄金の爪』は喉から手が出るほど欲しいはずだ。俺に取られたくはなかろう。その意味から、まずヤツはこの偽予告に踊ってくれる」
「やってみる価値はありそうね。ゴメス、これをホンフゥが読むように仕向けてくれ。頼んだよ!」
「がってんでさ!」
ゴメスが部屋を出て行った。マリスは汗のにじむカンダタの額を濡れたタオルで拭いた。
「さすが兄貴だ。頭がいいや」
「ふ、おだてても何も出ねえぜ」
そういうとカンダタは再び眠りに入った。マリスはそんなカンダタの寝顔を優しく見つめていた。
「アリアハンに…黄金の爪を盗りに行くだと?」
ゴメスはホンフゥに偽の予告状を読ませることに成功した。比較的、優しい字ばかりだったので彼でも読めた。その予告状は、途中立ち寄ったガザーブの村で塔に乗り込む準備をしていた時、ロマリア兵に化けたゴメスがホンフゥに手渡したのだ。ゴメスは口頭でさらに付け加えた。
「カンダタを追えとの陛下のお言葉です」と。
念を押し、ロマリアから以前に盗んだアリアハンへの乗船券まで渡したのだ。
しかし、この時のホンフゥはカンダタの思惑どおり『黄金の爪』に興味を持ち出した。武闘家最強の武器と呼ばれる『黄金の爪』を彼は欲しくてたまらなくなった。
「黄金の爪さえあれば、どんなモンスターにも勝てる。カンダタは盗賊。装備なんか出来るはずも無いから金に替える気か。そうはさせない。取り返してアリアハンの王様に頼み込んで何とか譲ってもらおう!」
予告状を握りつぶしたホンフゥはゴメスが化けているロマリア兵に言った。
「王様に分かったと伝えて下さい」
ホンフゥは準備していた袋を肩に担いでガザーブの村から飛び出して行った。
「…こんなにあっさり引っかかってくれるとは…さすが親分」
ゴメスはホンフゥの走り去る姿を見て笑った。
ホンフゥは何とかカンダタより先にアリアハンに到着したく、シャンパーニの塔にカンダタの所在も確認せずに、そのままロマリアの港に行きアリアハン行きの船に乗り込んだ。予告状に『黄金の爪』と記した理由はこれが狙いだったのだ。
「ヘヘヘ…とりあえずは盗むまで黙って見ていてやる。盗んで逃走する時、俺がお前から横取りすると云う寸法さ。何て頭が良いの俺ってば」
まるで自分が盗賊にでもなったかのように、ホンフゥは船の上で胸を躍らせていた。
「そうか。船に乗るのも確認したか」
カンダタはゴメスの報告をベッドから起き上がり座って聞いていた。
「こんなに上手く行くとはね。さすが兄貴だよ」
マリスの褒め言葉にカンダタは苦笑した。
「出来れば、こんな姑息な手段は使いたくなかったのだがやむをえん」
「体を完全に治してから改めてホンフゥとやりあえば良いじゃないか。ヤツだって満身創痍の兄貴に拳を向けたくねえだろうしさ」
カンダタは自分の右手を握ったり開いたりしているのを繰り返している。
「そうだな。その時にホンフゥに詫びよう…」
カンダタが左手に持っていたコップにマリスは水を注ぎながら訊ねた。
「ねえ兄貴、金の冠はどうしようか…。あきらめる?」
「何故あきらめる必要がある? 予告状出しちまったのに止められるわけねえだろう」
「だって兄貴はそんな体だし…」
「…そろそろお前が頭になって大仕事やるのも良いだろう」
コップから水がこぼれた。
「あたいが?」
「いつまでたっても俺の後にくっついているようじゃ盗賊として一端にゃなれねえ。やってみろ。予告まで一週間ある。それまでに俺や子分たちをうならせるような段取りを聞かせてみろ。いいな」
水差しを持ちながら、しばし考えたマリスは強くうなずいた。
「よし、それでこそ俺の妹だ」
カンダタはコップを右手に持ち替え、左手でマリスの頭を優しく撫でた。マリスは照れ笑いしつつも嬉しそうである。
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ホンフゥはアリアハンに到着した。盗みの前、特に王室のものを盗む時には必ず予告したカンダタ一家であることから、とうにアリアハン王室にもその予告が届いているものだと考えたホンフゥは、城の警備責任者である騎士団長ロイスに目通りを願い出た。異国の武闘家が客と云うことで、ロイスはすぐに許可し城内の自室に通した。
「…というわけで、私が彼らを捕らえるべくロマリアから来たわけですが、その後何か動きはあったでしょうか?」
ロイスは目を白黒させてホンフゥを見つめた。
「動きも何も…そんな予告は来ておらんよ。カンダタなんて名前も今、君から聞いたのが初めてだ」
ホンフゥはあっけに取られた。
「しかも『黄金の爪』のような、とんでもない宝物はいかに我が国であろうと所有してはおらんよ。領民が持っているとも思えんし…とにかくこの国に『黄金の爪』は無い」
ロイスはホンフゥに聞かれたことだけを簡潔に答え、ホンフゥに退室することをうながした。
アリアハン城を後にしたホンフゥは頭が混乱していた。城下町の公園のベンチに座り込み、自分が今置かれている状況を冷静に整理し始めた。そしてようやく結論が出た。
「は、はめられた!」
そういえば自国の武闘士を他国に派遣するのに、あの兵士は公式文書も路銀も渡さず、ただ口頭で行って来いと言っただけであった。そしていかにも武闘家が垂涎の的にしそうな『黄金の爪』の名前…。
「俺はカンダタに…謀られたんだ!!」
ホンフゥは急ぎ町の郵便屋に行き、ロマリア国王に手紙を書いて送った。
『自分はカンダタのずるくてひきょうな作せんにひっかかり、今アリアハンにいます。すぐにもどってカンダタをとっちめますので、おかね送って下さい。ふね代がないのです』
祈るような気持ちでホンフゥは国王に手紙を送った。この送料がホンフゥの全財産であった。
そして数日後に町の郵便屋に返事が来た。宿代も無いので野宿したのだろう。そしてホンフゥは祈るように封書を開けた。
『バカモノ! ドジ! のうみそきんにくおとこ!! 何をやっているのか。オマエがアリアハンに行っているあいだにきんのカンムリはカンダタのいもうとめにぬすまれてしまったぞ! バカ、バカ。もうかえってこんでもいいわい!』
ホンフゥが理解しやすい文字で記されているが、内容はホンフゥに多大なダメージを与えるに十分だった。だが一緒に、ゴールドに換金できるロマリアの手形が同封されていた。換金すれば二百ゴールドほどに。それは数日の宿代と船賃にはなる。一応、気にはかけてくれてはいる国王にホンフゥは感謝した。
この日、ホンフゥは初めて宿屋に泊まり、風呂に入って汗を流した。だが、その夜のことだった。
海岸からすさまじい爆発音がアリアハン中に轟き、熟睡していたホンフゥは飛び起きた。
「な、なんだ!?」
アリアハン海戦において、こっぴどくアリアハン船団に叩きのめされたマーマン族の残党が報復攻撃を仕掛けてきたのだ。アリアハンに停泊している船はことごとく焼き払われてしまった。アリアハンの兵士が討って出た時にはすでに遅く、マーマン族は海へと消えた。
フンドシ一丁で燃えさかる何艘の船をホンフゥは呆然として見ていた。
「どうするんだよ…帰れねえじゃねえか…」
そんなホンフゥを後から見つめている二人がいた。彼らもこの騒ぎに気づいて海岸に来たのであるが、フンドシ一丁で立ち尽くす男にも興味が湧いて見ていたのである。
「見てみろよ、いろは。アイツの筋肉すげえぜ」
「ええ、どのようにあの体を作ったにせよ、あの体から出す攻撃はたいていのモンスターは素手で倒してしまうでしょうね。でも何故フンドシ一丁でこんなところに…」
「さあ…彼の国では火事を見る時はフンドシ一丁で、と云うのが伝統なんじゃないか?」
「そんな国あるわけないと思うけど…」
ホンフゥはやむなく、アリアハンに留まった。理由もロマリア国王に報告し、日々土木工事の仕事で糧を得ていた。とにかく力仕事なら並の男の三倍は働くホンフゥであり、なおかつ性格がひょうきんなため、自然と同僚たちと親しくなっていく。
アリアハン国王ゴードンは船の焼失に肩を落とし当分の間、船の製造を断念した。またアリアハンと交易をしていた国も、あの事件からアリアハンに近づくのを恐れ、寄り付かなくなった。
いつ帰れるのか不安だったホンフゥだが、同僚や仕事にも恵まれだして、いつしか居心地の良いこの国が好きになっていった。
そんなある日、一つの工事現場を終えたホンフゥは打ち上げで同僚たちと飲みに行こうとしたが、なじみの店が休みだったので、他の者が勧めるルイーダの酒場に行った。店内に入ると、ホンフゥは他の店と違う雰囲気があることに気づいた。
「魔法使いやら、僧侶やら、戦士やら…色々な人間がいるな。しかも人種もまばらじゃねえか…」
テーブルを囲んでいた彼の同僚が教えた。
「ああ、そういやこの店のもう一つの顔をホンフゥには教えてなかったな」
「もう一つの顔?」
不思議そうにホンフゥは同僚の顔を見つめた。
「ここは冒険者の集い場なのさ。ここで仲間を見つけて様々な冒険に繰り出すってわけさ。未開の地への探検や、宝さがしとか、まあ色々な冒険の仲間を世界中の人間がここで見つけて一緒に旅立つんだよ。そのためにはカウンターにいるマダム・ルイーダに認められなければダメなんだがね」
「そんな集い場がこの国にはあったのか!?」
同僚の男たちは揃って頷いた。そして他の同僚がさらに答えた。
「でも誰でも登録できるってわけじゃねえんだ。この酒場、というよりダーマ神殿が指定した職業でそれなりの腕を持っていなきゃ、あのマダムに門前払いされるのがオチだ。でもホンフゥは武闘家なんだろう? 指定されている職業だし、かつ強そうだ。登録できる資格はあると思うぜ」
「そうか! いや良いことを教えてくれたぜ。気分が良いからこの席の酒は俺の奢りだ。じゃんじゃん飲んでくれよ」
ホンフゥの同僚たちは歓声を上げた。
翌日、ホンフゥは久しぶりに武闘着に着替えた。ちゃんと洗濯して綺麗に折りたたんでいた大事な服に袖を通した。胸には『龍』の文字が記されている。この文字は龍拳において免許皆伝とならなければ記す事は許されないのである。
そしてホンフゥはルイーダの酒場へと行った。カウンターに座るルイーダもホンフゥの胸板や腕を見て息を呑んだ。
「武闘家だね。しかも相当に腕の立つ」
「自負はしているけど、上には上がいる。俺より強いヤツなどゴロゴロいるさ」
いつになく気合が入っているのか、話す言葉も何かカッコ良い。
「人々の生活の糧である船を燃やすなんて真似をするモンスター、そしてその後にいる魔王は許せん。ここで俺より強いか俺と同等の力を持つ仲間を見つけて魔王を倒す」
ホンフゥは多くの工事現場で見てきた。漁師だった者たちが家族を養うため必死になって慣れない力仕事をしているのを。そして海に戻りたい、海に戻りたいと寂しそうに言っていたのを見た。
一本気な性格のホンフゥは、彼らの仕事を奪ったモンスターが、魔王が許せなかった。仕事ならまだしも、愛する者を奪われた者も世界中にたくさんいると考えたホンフゥは決意したのである。魔王を倒そうと。それが龍拳の使い手の役目、常人より強くなれた漢の仕事なのだと。
「アンタと同等の力ねえ…難しい注文だけど…。あら、いらっしゃい。ああ、そういえば今日だったね」
ホンフゥは一瞬、自分を無視するような態度を取ったルイーダに少し腹を立てつつ、ルイーダが話し掛けた一行を見た。そして、ホンフゥの全身にライデインが走った。
「お久しぶりです。マダム」
ルイーダに短く答えた少女は青い長い髪をなびかせ、僧侶の法衣を着ていた。ホンフゥは彼女の顔を見た瞬間に固まってしまった。他にも連れが二人いたようだが、ホンフゥの目には入っていない。
「なんだいアレル、結局四人目は見つからなかったのかい?」
「ああ、だから今、酒場で一番強いヤツを紹介して欲しいんだ」
「一番強いヤツ?」
「そうよマダム、私たちの旅は宝探しとか云った遊びじゃない。戦いの連続の旅なの。なまじの腕じゃ足手まといになるだけだからね」
戦士の女、ステラの言葉にルイーダは頷いた。
「で、望む職業は?」
ルイーダの問いに青い髪の少女、いろはが答えた。
「アレルが勇者、ステラが戦士、私が僧侶ですから、魔法使いか武闘家を…」
「私のこの拳と命、あなたに捧げます」
いろはがすべてを言い終る前にホンフゥは仲間として名乗りをあげた。右手を左手に包み、頭を下げる。ガザーブ村の最敬礼であった。三人とルイーダは茫然として声の主、ホンフゥを見た。
「あ…あの…?」
困惑しているいろはにホンフゥは堂々と名乗った。
「申し遅れました。私はガザーブ村のホンフゥ。二十歳です。武闘家をやっています」
アレルは何かに気づいたのか、いろはに耳打ちをした。
「いろは、こいつ、あの火災の時にフンドシ一丁でいたヤツだ」
ホンフゥはアレルを指して怒鳴った。
「そこ! 気安く彼女の耳元にくさい息をかけるんじゃない!!」
「く、くさい息だとお!?」
ステラとルイーダは吹き出した。
ホンフゥの強さは、その体を見れば容易に察せられた。いろははステラに振り向くとステラは頷いていた。異存は無いということであろう。アレルはくさい息と言われたのが少し癪に触ったが、彼の強さはアレルにも分かる。彼も同意した。
「こちらも名乗ります。私が僧侶のいろは、彼女が戦士のステラ、彼が私たちのリーダーである勇者アレルです」
なんて美しい声なのだろうとホンフゥはうっとりして聞いていた。横にいるくさい息の小僧がリーダーと云うのは気に入らないが、とりあえず新参者だから今は許そうと思った。そして、この日、彼は生まれて初めて女性に心を奪われた。
(俺は彼女のためなら死ねるぞ…)
後年『いろはの盾』と称されるホンフゥはこうして勇者一行に加わった。
勇者アレル十六歳、戦士ステラ十八歳、武闘家ホンフゥ二十歳、僧侶いろは十七歳の時であった。彼らの波乱に満ちた大冒険が今、始まるのである。