DQ3 いろは伝奇   作:越路遼介

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第九話 盗賊カンダタ

 カンダタはアッサラームの娼婦の息子であったと云う。父親の顔も知らなかった。母親は客から移された性病が原因で、まだ十歳にも満たないカンダタを残して、この世を去った。

 母親を診てくれるよう、少年のカンダタは町中の医者を訪ねたが金も無く、かつ病状は他人に移ると云われる性病であったことから診断してくれる医者などいなかった。

 母親は体中の激痛に苦しみながらカンダタの目の前で死んでいった。彼を貧乏人へ金を配ると云う義賊への道を歩ませたのは少年期のこの辛い体験であったのかもしれない。

 

 アッサラームを出た彼は、盗賊家業に手を染めていった。そして駆け出しのころ、魔王に攻め滅ぼされたばかりのテドンに行き、焼けた家屋から金目のものを根こそぎ奪っていった。しばらくは食うに困らないほどの戦果を得た彼は、町外れの丘に一生懸命に墓を掘っている少女を見つけた。

 当時は人を信用しない悪鬼のような少年であったカンダタはその少女を娼館に売り払おうと考え、少女に近づいた。

「見たところ五歳くらいか…。なに、少女趣味の客もいるだろうから高く売れるぜ」

 

 

 そしてカンダタは丘を上がって愕然とした。そこにはおびただしい数の死体が転がっていたのだ。おそらく魔王軍に殺された村人であったのだろう。少女はその村人全員の墓を作ろうと考え、ひたすら穴を掘っていたのだ。

「おにいちゃん誰…? この村の人? じゃないね…見たこと無いもん…」

「…お前、この死体の数だけ墓を作ろうとしているのか…?」

「うん…だって他にやることもないし…」

 少女はスコップで掘ってはいるが、その手はすでに血だらけである。小さいスコップで、ただひたすらに土を掘る少女。一人分入る墓穴だけでも少女にとっては過酷である。だが少女は掘りつづけた。

 焦点の合っていない、悲しい目を土に向けたまま掘っていた。幸いに季節は冬であり、死体の腐敗は遅く死臭はまだ漂わないものの、穴を掘る少女は着る服もロクになかったのか、ボロを一枚まとっているだけである。吐く息も白い。鼻をすするも、また鼻汁は落ちる。刺すような寒さの中、泥だらけになって穴を掘る少女。

 

 カンダタは衝撃を受けた。世の中をただ恨んで火事場泥棒などをしている自分が少女に比べてとてつもなく矮小な存在に思えてきたのだ。そして何故か涙が止まらなかった。自分のひん曲がった悪の心が、とめどなく流れていくようであった。カンダタは持っていた袋から薬草を取り出した。

「これを食え、体力が回復する…」

 そういうとカンダタは少女からスコップを奪い取った。

「あ、何するの…」

「休んでいろ…。俺がやってやる」

 自分の外套を少女に着せて、ちり紙で鼻をかんでやった。火を熾し、暖をとらせ干し肉とパンを与え、泥だらけの体を拭いてやった。カンダタは少女に代わり、穴を掘り続けた。廃墟の町から大きいスコップも見つけ、彼は死体の数だけ穴を掘った。

 

 やがて死体は全て埋葬された。二日間、彼は不眠不休で続けたのである。少女は疲れてすでにスウスウと眠っていた。カンダタは野宿用の毛布を少女にかぶせ、覚えたてのタバコを吸った。

「…村人さんよ…。無断でアンタたちの財産持っていくけど墓も作ったんだからよ。勘弁してくれよ」

 タバコを線香代わりにして、カンダタは地面に立てた。

 

「う、ううん…」

 少女が起きだした。

「あ、お墓出来上がった。お兄ちゃんありがとう」

「礼には及ばねえよ。村人からはすでに報酬はもらっているからな。ところでお前これからどうする?」

「どうするって?」

「行く当てはあるのか?」

「ううん、どこにも無いよ…。私、お父さんお母さんもいなかったし」

 カンダタは少女の頭を撫でた。

「なら、俺と一緒に来い。一端の盗賊になって、お前一人くらいなら食わせていってやる」

 少女の顔がパアと明るくなった。

「本当?」

「ああ、今日からお前は俺の妹だ」

 よほど心細かったのだろう。自分を育ててくれようとしてくれる人が現われたことが幼心にも嬉しかった。

「ありがとう! お兄ちゃん!!」

 天涯孤独だったカンダタにも、かわいい妹が出来て嬉しかった。少女の名前はマリスと云った。カンダタ十四歳、マリス六歳のことである。

 

 以来、二人は共に旅をして、やがてカンダタは世界をまたにかける大盗賊となっていき、マリスは長じて兄カンダタの良きパートナーとなっていった。

 現在、カンダタはロマリアのシャンパーニの塔を拠点とし、義賊として名をはせるようになったが、ここに彼の最大の危機が訪れようとしていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お嬢―! お嬢―!!」

 塔の頂上にあるカンダタの部屋で、兄カンダタにつきっきりで看病しているマリスの元に知らせが入った。

「馬鹿野郎! 騒ぐんじゃないよ! 兄貴が起きちまうだろ!!」

「そ、それどころではありやせん! ホンフゥが仲間を三人も引き連れて殴りこんでまいりやした!」

「な、なんだと!?」

 マリスは眠っているカンダタを見た。

「で、状況は!」

「へえ、現在、子分たちが戦っている際中でさ」

「すぐに下がらせろ! あたいがホンフゥと話す!」

 

 アレルといろは一行はアリアハンの旅の扉を発見し、ホンフゥが武闘士として雇われているロマリアに到着した。ロマリア王はアレルを見て『いい面構えだ。お父上の若いころによく似ている』と、アレルに言葉をかけ、かつバラモスの居城のあるネクロゴンドに行くには六つのオーブが必要と教えられていた。ロマリア王に金の冠奪取を約束し、カンダタの根城シャンパーニの塔に乗り込んできた。それはカンダタがブルーオーブを所持していると云う噂をロマリア城内で聞いたからである。

 

「オーブ? そんな神様が作ったような貴重な宝玉なんぞ、あたいらでも持ってやしないよ! とっとと失せな!!」

 アレルはマリスの言葉に顔色一つ変えずに聞いた。

「ならば、情報くらいは持っているだろう。アンタたちほどの盗賊なら聞いていても不思議は無い」

「そんなこと知るか! 勝手に人様の根城に土足で入り込みやがって、これ以上つまらない事云うと叩き出すよ!!」

 塔の二階でマリスとカンダタ子分たち、そしてアレルたち四人は対峙していた。

 

「持っているぜ…。オーブ」

 上の階段から、頭目のカンダタが降りてきた。

「兄貴! 馬鹿、寝て…」

「お前は黙っていろ」

 カンダタはアレルたちの前に堂々と立った。怪我人とは思えないほどに堂々と立ち塞がった。そして彼はホンフゥを見つめた。

「ホンフゥ、いつぞやはすまなかったな。こっちにも色々と事情があってな」

「…別に恨んじゃいねえよ…。お前に謀られたおかげでアリアハンに行けたんだからよ。むしろ感謝しているさ。だから今日ここに乗り込んできたのは、騙された仕返しなんて、そんな了見の狭えことじゃねえんだ。オーブを持っているのなら譲ってくれ。どうしても俺たち必要なんだ」

「どうしても…?なんだお前、バラモスにケンカでも売る気か?」

 

 アレル、ステラ、いろは、ホンフゥは互いを見合った。いろはが

「カンダタさんでしたね。私は僧侶のいろは、単刀直入にお聞きします。どうしてオーブが必要と言っただけでバラモスにケンカを売るという言葉に辿り着くのですか?」

「六つ揃えれば、ネクロゴンドへの道に繋がる、そう言われているのは知っている。どういう現象が起きて、ネクロゴンドまで移動できるのかまでは知らないがな」

「…その通りです。私たちも先日ロマリア国王に教えられて初めて知った次第で」

「六つ揃えた者は存在しない。精霊神ルビスが降臨して連れて行ってくれるのでは、なんて荒唐無稽な話もあるが…俺はバラモスにケンカを売る気は無い。ただ気に入ったから手に入れただけだ」

「単なる美術品じゃないんだ。頼む、カンダタ、譲ってくれ」

 ホンフゥが強く訴えるもカンダタは首を振る。

「だったら力づくで奪っていくんだな…。どこの世界にお宝をただでくれてやる馬鹿がいるんだよ」

「お願いします。ゴールドなら少しありますから」

 カンダタはいろはを見つめ

「お嬢ちゃん、盗賊が自分の根城に殴りこみを受けた以上、ただで帰すわけにはいかねえんだ。今さら売ってくれは通らないぜ」

 

「仕方が無いわね…」

 ステラが前に出た。

「一騎打ちよ。私が勝ったらオーブを出す。負けたら私たちを煮るなり焼くなり好きにしなさい」

 カンダタは笑ってうなずいた。

「マリス、お前のアサシンダガーを貸せ」

「あ、兄貴…」

「早くしろ」

 マリスはナイフを手渡した。

(む、無理だよ兄貴…。立っているだけでも辛いはずなのに…)

 

「行くぞ!!」

 ステラは上段のかまえのまま突進し、両断切りをすべく剣をカンダタの頭頂部めがけて振り下ろした。カンダタは素早く、その剣撃をよけ、ステラのふところに入り全体重を乗せた肘うちをステラのみぞおちに叩き込んだ。

「ぐはっ!!」

 ステラは塔の壁まで吹っ飛んだ。ステラがあまりにもあっけなくカンダタに一撃を受けたことが信じられないアレルはホンフゥに訊ねた。

「どういうことだ。ホンフゥ?」

「盗賊のカンダタは速さだったら俺よりも上だ。反面、ステラは攻撃力こそあるが動きは遅い。斬る前に間合いから逃げられて、攻撃動作で生まれた隙に必殺の一撃を叩き込まれる。盗賊の戦い方は素早さと狡猾さを生かしたトリッキーなもの。ステラはモンスターとの戦いには慣れているだろうが対人の実戦経験は少ない。正直、分が悪いな、この一騎打ちは…」

「でも、今の一撃で彼はどうしてナイフをステラに突き刺さなかったのでしょう…」

 いろはは不思議そうにつぶやいた。確かにそうである。今の一撃を肘ではなくナイフにすれば勝負は決していた。だがカンダタは何故かそれをしなかった。

 

 ステラはみぞおちを押さえながら立ち上がった。

「ふん…今の一撃で私を殺さなかったことを後悔するよ…」

 カンダタは動かない。そして苦しそうにしているステラに対して一分の油断も見せてはいなかった。

 腹部への攻撃は足に来るもの。ステラの膝はすでに震えていた。その震えを振り払うように、ステラは再び突進した!

「だああああッッ!!」

 突きの一閃。カンダタはそれに呼応するかのように体を後方にしなれせトンボを切った。バク転をしながら、その足先はステラのアゴに捕らえた。サマーソルトキックである。バク転の遠心力とステラ自身の突進力が合わさり、すさまじい衝撃がステラの顎を直撃した。

「ぐあああっ!」

 宙に舞い、やがて床にステラは転げ落ちた。ステラは辛うじて立ち上がるが顎への一撃は脳に少なからず衝撃を与える。激しい眩暈がステラを襲い再び彼女は倒れた。だがカンダタは倒れているステラに対して油断は見せない。構えたままだ。

 ステラにとって、ここまで一方的にやられるのは初めてのことだった。しかもカンダタはナイフも抜いていない。

「くそ…」

「どうした。もう終わりか。それならばこちらから行くぞ」

 

「お嬢! 親分これは勝てそうですぜ」

 頭目の優勢を見た子分たちは勝利を確信したかのように言った。しかしマリスの顔はまだ晴れない。

 カンダタは腰のベルトに挿していたアサシンダガーを持った。ホンフゥが思わず前に出た。

「待て、カンダタ。お前の勝ちだ」

 だがいろはがその言葉を止めた。

「何を言っているのですか。まだステラは終わっていません」

 いろはの思わぬ言葉に、ホンフゥは驚いた。

「し、しかし」

「見て下さい。ステラは構えを解いてはいないわ」

 ステラはいろはを見て微笑んだ。

「その通りよ。ホンフゥ。さあ、そこを退いて…」

「いい覚悟だ…」

 

 カンダタはステラに突進した。すさまじいナイフの連続突きがステラを襲った。頼みの綱も盾さえ、カンダタの蹴りに弾き飛ばされた。そのナイフの雨の中、ステラは逆掛けでカンダタを斬る隙を見出し、そこに逆掛けの一閃を放った。

 しかし、それはカンダタがわざと見せた隙であった。逆掛けは空を切った。そしてカンダタは素早くステラの背後に回り、ナイフを持ち替え、ステラの顎を握り、あとは振り下ろすだけとなった瞬間、カンダタの動きが止まった。マリスはその光景に目を背けた。ステラはその隙を逃さず、足払いをかけてカンダタを床に転ばせた。転んだカンダタの首元に剣を立てた。

 

「そこまで! 勝負あった!!」

 アレルの一喝でステラは剣をカンダタの首元から放し、鞘に収めた。だが不満であった。

「どうしてナイフを止めたんだ」

 カンダタは答えない。

「何とか言えよ!」

 いろはがカンダタの元に近づいた。

「…この勝負、ステラ、貴女の負けよ」

「私の負け? なぜ!?」

 いろははカンタダの上着をめくった。そこには包帯に巻かれながらも血が滲み出ている傷があった。血だけではなく、膿なども出ていることが分かる。相当な重傷患者であったのだ。さらにズボンをめくると酷い火傷もあった。

 ステラは絶句した。これだけの傷を負いながら、自分をあれだけ圧倒したのかと。

「この傷が無かったら、ステラ、貴方は最初の一撃で終わっていたはずよ」

 

「そうさ! そうでなきゃ兄貴がお前みたいに立派な鎧を着た王宮騎士なんかに遅れを取るものか! 譲られた勝ちで良いんなら、宝物庫から好きなだけお宝持っていけばいいさ!」

 ステラはマリスに返す言葉も無かった。

「よせ、マリス…戦いに体調もクソもない。俺の負けだ」

 カンダタは起き上がり、衣服を直すと子分の一人に自室にある青色の巾着袋を持ってくるように指示を出した。やがて子分が指示された巾着袋を持ってくるとカンダタはアレルにそれを放った。

 アレルが袋の中から取り出した宝玉、それは紛れもなくブルーオーブだった。オーブを見るのは初めてだが、この神々しい光は確信させるに十分であった。

 

「カンダタ、これをどこで?」

 アレルが訊ねた。

「元々そりゃあランシールの神殿にあったものだ。だがどういう経緯か知らねえが俺たち盗賊間で行われる『盗品オークション』に出品されていたんだ。で、俺が競り落としたってわけさ。一目で気に入ったんでな」

「そんなお宝があったなんて…兄貴?」

 

 カンダタは苦痛に顔をゆがみだした。出血が少し酷くなってきたようだった。傷を診ようとしたいろはがカンダタに近づくが、いろはの手はカンダタに叩かれてしまった。

「情けは無用だ! 金の冠はゴールドに替えちまってここには無いが、オーブを手に入れた今、お前たちにとり俺は用無しのはずだ。とっとと殺せ!!」

 

「ひとつ聞かせて下さい」

 いろはがカンダタに訊ねた。

「…何だ?」

「最初の一撃、貴方はステラを突き殺すことができたはずです。どうしてナイフを使わず肘で撃ったのです?」

「…俺はモンスターなら殺すが人は殺さない。女ならなおのことだ。別に情けをかけたわけじゃねえ。単なる俺の美学だ」

 さっきの攻撃もステラの首の肌にナイフの切っ先を突き付けるだけで終わらせるつもりだった。しかし彼の体はそこで動かなくなったのだ。

 

「そうですか…」

 いろははカバンから紙を取り出し、筆で何かを記し、アレルとホンフゥに渡した。

「明朝までにこれ全部揃えて持ってきて下さい」

 アレルとホンフゥはメモを受け取り、一通り見るといろはの意図を察し、うなずいた。

「分かった。明朝までだな」

 二人は塔から出て行った。

「いろは、二人に何を…」

「ステラも手伝って。彼を治療します」

 カンダタは驚いた。

「何を言っている! 敵に情けをかけられるほど俺は落ちぶれちゃいねえぞ! 殺せ!!」

「敵ではありません。だって貴方は人間ではないですか。私たちも貴方と同じくモンスターなら討ちますが人は殺しません」

「そうだな。私も勝ち逃げで死なれては面白くない。治ってもらい、そしてぶっ飛ばす」

 マリスがいろはに詰め寄った。

「ほ、本当に兄貴を治療してくれるのか? お前医者なのか!?」

「はい」

「やったぜ兄貴! 治してもらおう!」

「い、嫌だ! 俺は医者が大嫌いな…」

「…しばらく眠っていて下さい」

 いろははカンダタにラリホーを唱えた。

「さあ、マリスさんも他の方も手伝って下さい」

 マリスと子分たち、そしてステラはカンダタを担いで塔の最上階にあるカンダタの部屋へと運んでいった。

 

「これほどの傷ですと、すでに膿んでいる場所を切開して縫合するしかございません。また足の火傷はただれた部分を完全に切除して回復呪文を施せば元通りになります」

「そんな荒療治をするのか?」

 マリスはいろはの説明を聞いて戸惑った。ステラが答える。

「並みの医者では出来ないだろうな…。そんなことすれば患者が激痛に悶え治療どころじゃない。でもいろはには『ラリホー』と云う呪文がある。患者が眠っている間に事が終わる。まあ見ていろよ」

 

 ステラはいろはの指示どおり、ナイフ、ハサミ数本を熱湯で消毒しながらマリスに言った。

 カンダタはいろはのラリホーで熟睡している。いろはは下のまぶたをこじあけ、ラリホーの効き具合を観察し終わるとステラに指示を出した。

「ナイフを」

 ステラはナイフの柄をいろはに渡した。

 

 

「う、ううん…」

「よう、気がついたか」

 マリスはいつの間にか、カンダタの部屋の外にいた。リアルな手術の模様と、緊張感の中で、やがて彼女はダウンしてしまったのである。情けないことに他の子分たちも同様であった。

 そして彼女に『気がついたか』と話しかけたのはアレルである。

「ア、アンタ…彼女の使いから戻ってきたのか…。お疲れ様だったね…。ありがとう…」

 一緒に行ったホンフゥはカンダタ子分の太ももをいろはの太ももとでも勘違いしているのか、ほっぺたをこすりつけながら熟睡していた。

「う~ん…いりょひゃ~」

「プッ、ホンフゥは起こしてやらない方が幸せのようだね…。で、彼女から何を頼まれたんだい?」

「ん? 特殊な成分を含む薬草を始め、果物の種と木の樹皮と根っことか、まあ色々だ」

「そ、そんなの何に使うの?」

「それらを俺の魔法で乾燥させた後、調合して薬湯を作るのさ。このやり方はいろはしか知らない」

「へええ…」

 

「ところで、何であんな状態になるまで放っておいたんだ? ロマリアかガザーブにも医者はいるだろう?」

「…兄貴は子供のころ、母親を医者から見捨てられたことがあって医者が嫌いなんだ。それもあったんだけど…どいつもこいつも患者が兄貴と知ると診察に来ちゃくれなかったのさ。私たち、悪どく儲けている医者にも盗みに入ったことが何度かあるからね…。恨んでいやがるのさ」

「だからずっと薬草で苦痛を和らげてきたと云うわけか…」

 マリスはうなずいた。

 

「で…アンタたちはどうして旅を? まさか本当にバラモスにケンカ売るつもりなの?」

「ああ、俺たちはバラモスを倒すために旅をしているんだ」

 見たことも会ったことも無いが、バラモスの強大な力は支配されつつある今の世界を見れば分かる。人間の力など象に立ち向かう蟻のようなものとマリスは考えていた。

「できると思っているの?」

「できるできないじゃない。倒すんだ」

 マリスは一瞬あきれたが、実際にここまで本気になってバラモスを倒そうとしている者たちがいるだろうかと考えた。世界の誰もがバラモスに怯え、腫れ物に触るようにモンスターを怒らせないように務める人々。誰かが倒さなくてはならないのは確かであるが、人智を越えた力を持つ魔王に剣を向ける勇気が無い。

 自分とて、両親がいないと云っても自分が育ったテドンを滅ぼしたバラモスは憎い。しかし倒したいとは思っても、倒そうとまで思った事は無いのである。強い意思を持つ若者の目。彼らならやり遂げるかもと、マリスは考え出した。

 また同時にアレルに興味を持ち出した。今まで恋人や結婚のことなんて考えたことも無かったが、何故かアレルを見るとそんな気持ちが湧いてきた。

(よく見りゃコイツ…いい男じゃん…)

 

 そしてステラがカンダタの部屋から出てきた。

「さあ、最後の段階に入るわよ。みんな入って!」

 ステラの声にホンフゥは起きたが、カンダタ子分の太ももを枕に眠っていたことが無念だったのか、子分に拳骨を入れた。

 マリスがカンダタの体を見ると、肩の刀傷は、つい今しがた斬られたように鮮やかとなっており、脚の火傷は壊死した部分も完全に切除されていた。だがまだ治ったとは云えない段階だ。マリスは不安そうにいろはを見つめた。

 

「アレルたちに用意してもらった素材で薬湯を作り、彼に飲ませました。いま体内から徐々に傷が治癒に向かっていっています。そして詰めがこれです」

 いろはの両手が白く輝く。左手は足の火傷、右手を刀傷に添えた。

「ベホイミ」

 何と刀傷は見る見るうちに塞がり、足の火傷もまるで何事もなかったように癒えていった。

 

「ううう…はっ!!」

 カンダタは目覚めた。そして今まであんなに苦しめられた傷が無くなっていることに気がついたのである。

「こ、これは…夢か?」

「兄貴!!」

 マリスがカンダタの胸に飛び込んだ。

「親分!」「親分!」

 子分たちも感極まって涙を流していた。

 

 いろははそれを満足気に見つめ、ホゥと安堵のため息をついた。

「お疲れさん、いろは、ステラ」

 アレルがいろは、ステラの肩を叩いて二人の労をねぎらった。

「へへ、俺こういう場面弱いんだよなあ…」

 ホンフゥは涙を流していた。

 

 カンダタはベッドから立ち上がり、いろはに歩み寄った。

「ありがとう! 貴女は俺の命の恩人だ!」

「いえ、医者として当然のことをしただけです」

 その光景を後から見ていたマリスは、この時決意をした。ゆるぎない決意を胸に拳をギュッと握りしめた。

(決めたぞ…。あたいの進むべき道を!!)

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