月の魔法に、姫は煌めき   作:音佳霰里

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なんだかんだと脳内のプロットを放出。


1話 0日目

 0日目.Prologue

 

 ―――それは、むかし、むかしのこと。

 

『ねぇ、     ! もし、―――』

 

 当時の僕らは、幼さから来る無邪気という名の悪意を振り回していた。

 

『―――もしもだよ? ■■(わたし)が』

 

 そして、そんな深く狭い、夢のような世界の中に。

 確かに。確かに、愛しい君が、いた、気がして―――

 

『私がいなくなっちゃったら、お兄ちゃんはどうするの?』

 

 

 

 

 

 

 ―――目が覚めた。

 何か、懐かしい夢を見ていた、そんな気がした。

 

 その『何か』を思い出そうと、ボンヤリと天井を見上げてみる。が、寝起きのぼんやりとした頭は、『何か』を思い出そうとすればするほど、輪郭を蜃気楼のようにかき消していく。

 

 ―――もう、何を思い求めていたのかも、分からない。

 

 何時までそうしていただろうか、いや、いつの間にそうしていたのか、とも言うべきだろうか。俺は真っ直ぐと天井に向かって伸ばしていた手を、パタリと力無くベットの上へ横たえる。

 

 もう、起きなければ。起きなければ―――何だったろうか。

 

 俺は枕元にある眼鏡に手を伸ばし、かける。

 少しは働くようになったポンコツな脳みそをフル回転させ、ベットからずり落ちるようにして身体を起こす。

 

 ギシギシと軋む床の声を聴きながら、カーテンを開ける。

 途端、目に刺さる太陽の光。さえずり。

 

 俺は幾度か目を瞬かせながら、部屋の反対側にある扉を開ける。

 蝶番の軋むような音を聴きながら、ゆっくりと足を踏み出す。

 

 それが俺―――『日向(ヒナタ)マモル』の、一日の始まりだった。

 

 前日の内に用意しておいた朝食を食べ終えた俺は、リビング中央に存在するソファーを迂回して、部屋の隅にある()()へと辿り着く。

 

 そこにあったのは、俺の家族が写った写真。そして、センターで堂々と立っている位牌。顔の少し下、体のすぐ前に燻る、どこか祖父母の家を思い起こすかのような匂いを醸し出す線香の煙。

 

 そう、これは俺の家族が祀られている仏壇だ。

 仏壇の中には、俺の両親、そして俺の妹が微笑みながらいる。もちろん、写真の中だが。

 

 

 俺には家族が居ない。

 と言うのも、俺がまだ小学校に上がる前、約10年前のこと。

 元々この街で生まれ育った俺達は、商社マン(ウーマンでもある)両親の異動に伴って、飛行機を用いた引越しをする事になった。

 

 しかし、たまたま俺達家族が乗り合わせたその飛行機が、運悪く爆発事故を起こす。

 死傷者は乗客乗員の9割近く。原因不明の大事故だった。その飛行機事故には名前がつけられていたみたいで、10年近く経った今なお、事故の日が近づくとテレビや新聞などが俄に色めき立つ。

 

 勿論、俺や両親、妹だって死傷者の1人だ。

 ―――いや、はっきり言ってしまえば、家族の中で運良く重症で済んだのは、俺を除いて他にいなかった。

 

 母は爆発によって吹き飛ばされた、飛行機のパーツにぶち当たり即死。

 父は、爆発に巻き込まれて、全身に重度の火傷を負い、出血多量で死亡。

 そして俺は、父の巻き込まれた炎の渦に飲み込まれ、全身に切り傷を負いながらも生存。どうやら、飛行機の堕ちた先の環境が良かった……らしい。

 なんだのかんだのと、自称『飛行機整備のエキスパート』がニュースでコメントしていたが、正直それには全くと言っていいほど興味が湧かなかった。

 

 ―――そして、妹。

 当時4歳だった俺の妹の姿は、未だに影も形も掴めていない。ただ、その場に大量の血痕を遺して、その姿を消して行ったのだ。

 その話を聞かされた当時は、酷く混乱したものだった。が、こうして時間をおいて、改めて事故のことを振り返ることを繰り返すことで、俺は妹の失踪―――いや、『死亡』を受け入れていったのだった。

 

 

「―――それじゃあ、行ってきます」

 

 

 本人達が聞いていたら、大目玉を食らわせて来そうな事を考えながら、俺は合わせていた両手をスッと話す。

 

 先程まで座っていたソファーに置いておいた学生鞄を小脇に抱えながら、俺は今日も一日、学生の本分に励む為に、玄関を開けたのだった―――。

 

 

 

 自宅から徒歩で15分。

 都市の新開発とかいった名目で作られたマンション達。それを見下ろすかのようにしている、小高い丘の上にある建物が、俺たちの学び舎だった。

 見下ろすように、と言っても、新開発にあたって削り取られた土砂達が、広く薄く集められただけの土地なので、そこまで傾斜のきつい坂もなければ、通学路の途中に建っている民家も無い。これだけならただ不便な立地のように聞こえるが、春になると、これがなかなかいい光景が見られるのだ。大半の生徒の通学路と化している正門前の道。その脇には、5メートル感覚で桜の木が植えられているからだった。

 俺たちの通う学び舎を運営している教師たちは、こぞってこれをアピールポイントに挙げている。確かに、春に迎える入学式に参加する新入生にとっては、この光景は圧巻のものだろう。

 が、裏を返せばそれ以外には特に何も無い、そんな普通な校舎なのだった。

 

「おはようー、日向」

「おう、おはようさん」

 

「おはよう、日向くん」

「おはよう」

 

 教室のドアを開け、教室内部へと入れば、飛んでくるのは爽やかな朝の挨拶。

 このクラス、と言うより学年は、この年頃の青少年にしては珍しく、男女の壁というものが無い。

 なので、朝からこんな風に分け隔てなく挨拶が飛び交うのは、俺たち生徒からすると、ごくごく当たり前の光景なのだった。

 

「―――ッ、フゥ……」

 

 今朝見た夢の湿っぽさに当てられていたのか、少しナーバスになりかけていた気持ちを、溜息で吹き飛ばす。

 

「珍しいね、日向くんがため息なんて」

 

 席に着くなり、横からクラスメイトの少女が話しかけてくる。

 名前は『土屋(つちや)アズサ』。長めの茶髪をストレートで下ろしていて、どこかとろんとした目元が特徴的な少女。

 

「あぁ、土屋か。なんだか今日の朝はやけに疲れが溜まっていてさ」

「あー、あるある。私も、夜遅くに寝た時とか、そうなるし」

 

 分かるわー、なんて頷く土屋。いや、俺はいつも通りの時間に寝たんだが……? 

 

 そんな日常の風景に、もう1人が加わってくる。

 

「おー、日向に土屋じゃねぇか! よっ! 元気してたかぁ?」

 

 ビシッ! なんて擬音が似合いそうな程右手を直角に上げたポーズで、挨拶をしてくるクラスメイト。

 名前は『瑞乃(みずの)シンゴ』。なんだか苗字だけなら美少女の名前に聞こえなくはないが、勿論そんなことは無い。運動部特有のガッチリしたそのガタイは、1メートルと90は堅い。

 軽く遊ばせた頭頂部の髪と、短くスポーツ刈りのようにされている側面の髪。この対比がなんだかシュールに見えなくもないが、軽く日焼けをした肌のコイツがその髪型をすると、やけに似合っているのが謎だ。この謎は、卒業するまでの向1年は解けないのだろう。

 

 因みにコイツ、運動だけではなく勉学も秀でていて、運動部では臨時の助っ人として引っ張りだこなのは勿論、文学部においてでも助っ人として彼を望む声は多いという、まさに完璧超人である。

 

「なんだー? 俺の顔をそんなに見詰めやがって」

 

 だが、コイツは性格が悪いせいで『友達としては居られるけど、彼氏にするとなると考えられない』という、悲しき運命を背負った男だ。

 

「いや、何でもないよ。……朝からうるさいのが来たか、なんて思ってさ」

「何ィッ!? 俺はお前の事をBest friend(親友)だと思っていたと言うのにッ!? つれねーなーひなたクンわぁー、なーなーひぃなあたーくぅんー」

「そう言うとこだぞ、お前……」

 

 唐突に肩に回される瑞乃の手を振り払いながら、俺は苦笑する。なんだかんだ言って結局、俺もこいつの事を親友だと思ってしまっているからだ。

 

 あとそこの(腐)女子達。ハァハァするのは止めなさい。止めなさいったら止めなさい。

 

 

 教室で面倒臭そうに話す教師の姿を見ながら、黒板に板書された内容をノートへと書き写す。

 いい加減にクラスの半分が夢の世界へと旅立っていった頃、気持ち少し大きめのチャイムの音が、俺たちを現実へと引き戻してくれる。

 

 ……危なかった。

 

「ヨッシ日向ぁ! メシ食いに行こうぜメシ!」

 

 日直の力ない『起立、礼』の声が鼓膜を通り過ぎると、先程までの授業が無かったかのように、一気に教室の中はざわめき出す。

 いや、むしろ先程の睡眠の時間で、余計に元気がチャージされたのかもしれない。横にいるコイツ(瑞乃)の様に。

 

 瑞乃と他愛ない世間話をしながらフロアを降り、廊下の突き当たりにある学食へと辿り着く。

 

「うっわぁ〜……。こりゃやっちまったか?」

 

 そこは見事なまでの満席だった。

 びっちりと人で埋め尽くされている部屋の中は、まるで移動するスペースなど無い。いや寧ろ、人間達の体温によって、室内がちょっと蒸し暑いまである。

 

 こりゃたまらん、そう意見を合致させた俺たちは、そそくさと学食を後にしようとする。

 

 と、俺の視線はある一点に吸い込まれていった。

 

 俺の目線の先には、1人の少女。髪の毛の艶やかな赤色が、左右で結ばれており、キリリとした翠色の目つきが、珠のような肌にアクセントを加えている。

 制服に付いているタイやラインの色で、俺はその子が一つ下の学年、つまり一年生であることが見て取れる。

 

 と、ここまでの情報なら、その子はただの後輩―――それもとびっきり美人な。にしか思えないが、現実はそうじゃない。

 

 その女生徒の周りは、ギュウギュウ詰めの室内とは裏腹に、ぽっかりと穴が空いている。まるで、水の中に油を入れた時のような、そんな浮き具合だ。

 さらに、ムシムシとした室内の温度を無視するかのように、その子の周囲―――それもかなり遠いところでも―――、ひんやりとした空気が漂っている。

 

 あの子の周りだけ、マイナスイオンか何かが飛んでるんじゃなかろうか。

 

「なぁ、瑞乃。あの子って……?」

 

 俺は彼女、というかその周りの空間を指し、瑞乃に訪ねる。すると、瑞乃にしてはやけに珍しい、歯切れの悪い返事が帰ってくる。

 

「あー、あの子かぁ……」

「なんだよ、知ってるのか?」

「知ってるも何も、この学校じゃあ超有名人だぞ!? ……お前、やけに世間知らずかと思ったら……」

 

 と、ハァ……と溜息を吐く瑞乃。

 その様子は、やけに世間様で言う所の母親みたいな姿だった。こう……悪い子供を叱るかのような。

 

「……あの子は『月宮(つきみや)シズネ』。俺らの一個下。だけど、成績は優秀で、文武両道、後は経営学も完璧に収めているらしいぜ。噂では、もうこの年でハーバード大の首席合格は余裕なレベルだとか……」

 

『おー怖い怖い』と、首と両の手を左右にぶらぶらとさせる瑞乃。いや、お前も大概だけどな。

 

「―――って、経営学? なんで、経営学なんか修めてるんだ? その子」

「ハァ? お前本気で言ってる? 『月宮』なんて苗字、今日じゃあ日本、いや世界中に轟いてるんだぜ? なんてったってあの『月宮グループ』のご令嬢様だからな!」

 

 ―――そうか、そうだったのか。俺は納得する。

『月宮グループ』と言えば、今世界で最も勢いのある、大企業と言っても過言ではない。

 少し街を歩けば『月宮グループ』の名を冠した広告、なんならその広告を映すパネルも『月宮グループ』製。

 食料品から建築、はたまた鉄道から鉄工まで。

 この世の3~4割の物体は、その『月宮グループ』が生み出した物だ、なんて言われるほどの大企業なのだ。

 

 世間知らず、なんて瑞乃から揶揄された俺だが、世界に蔓延る月宮だ、なんて言われれば、流石の俺でも気付くだろう。

 

 しかし、ここでひとつの疑問点が。

 

「じゃあ、なんでその子はこんな高校に居るんだ? もうちょっといいとこ、と言うか海外の外国なら行けただろう、飛び級使って」

 

 そう、『飛び級制度』だ。

 古くはアメリカから制度がスタートし、今日の日本では、いくつかの大学がその制度を認めている。

 

「さぁ? 俺にはわかんねーっつぅの。まぁ悪しき古き、年齢主義だからなー」

 

 そう言って、今度こそここを去ろうとする瑞乃。

 なんだかその背中は、焦っているように見える。

 

「なぁ、瑞乃。何をそんなに怖がってるんだよ」

「いーや! お前はあの親衛隊のヤツらの怖さを知らないからそう言えるんだね!」

「はぁ? 親衛隊ィ?」

 

 確かに、彼女―――月宮の周りを見てみれば、なんというか……そう、まるで、PS2の発売日に、店舗の入口に陣取るような輩のようで、それでいてキッチリと整列なんかができている、……何かに例えれば、そう。軍隊のようだった。

 

 1番後ろの子達、皆手を後ろに組んで『気をつけ』の姿勢とってるし。後ろであれなら、前はもっとキビキビしている事だろう。

 

「……で? あの子らのどこが怖いんだ?」

「いやー、さ。俺もちょっと前に、お前みたいにこのグループが気になってさ、輪の中に入ってみたんだ。そしたら! なんつーの、アレ!? まるでエアコンから業務用冷凍庫に変わったかのようになったんだよ、俺の周りだけ! しかもなんか周りの子らの眼圧凄いし、なんなんだよアレェ!?」

「―――」

 

 絶句する。

 なんだそれは、と言うかむしろ、それではまるで本当の軍隊のようではないか。

 

「んでもって、なんか親衛隊の隊長? とか言うやつにも目をつけられるしさー……。だからよ、日向―――逃げようぜ☆」

「自業自得じゃねえか馬鹿」

 

 ニカッ、と、まるで日本晴れのような笑顔でサムズアップする瑞乃。

 と言うか、今気づいたけと背後からの圧がすごいな、これ。怖すぎて、後ろも振り向けない。

 

「な、怖ぇだろ?」

「……ま、まぁ……」

 

 よし、それじゃあ―――

 

「「逃げるか! (ぞ!)」」

 

 俺達は背後からの強まりつつある眼圧から、逃れるように学食を後にした。

 

 ―――当然、昼飯も抜きだった。

 

 

「―――?」

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 ガチャりと響くドアの開閉音、そして俺の声。

 廊下の奥からは、ただ虚しい空気だけが返ってくる。

 

「―――……」

 

 何故だろう。

 昔の記憶が、脳髄の奥をちりちりと焦がす。そんな気がした。

 

 

 

 ぼふん。

 そんな気の抜けた空気音を出しながら、ベッドは倒れる俺の体を受け止める。

 

「……寝るか」

 

 課題も終わり、明日の時間割の準備も済ませてある。

 もう何もやることは無いし、俺は素直にベッドの上に転がり、薄れゆく意識に身を任せる。

 

「―――、―――」

 

 声にならない声が、喉から漏れる。

 ―――あぁ、なんて空虚なんだ、と。

 

 完全に意識が飛んだ後、カタリと小さく音を立てて、タンスの上の写真立てが床へとドロップする。

 

 そこに入っていた写真は、ベッドの上で眠る彼ともうひとつ―――彼の妹の姿が描かれているものだった。

 

 

 

 

 ―――そして、運命の歯車は動きだす。

 

 

 

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