物語そのものより、原作で触れられていない所を、空想のキャラを置く事で補間し妄想していく形で話を進めていきます。
感想、批判、批評随時募集しております。おきがねなくどうぞ。
第一話 虚無の仮面
---酷く、無機質な世界。
日本国・東京に抱いた第一印象はあまりいいものではなかったと記憶している。
聳え立つ四角い塔に眩暈を覚え。
石で塗り固められた地面の上で、足が痛くなりそうな思いをしながら。
皆揃って無表情に、似通った黒服姿で機械の如く歩く人々を前に。
……この人達の現在(イマ)はとてもつまらなさそうだと悲観したあの感情は、私が"異世界人"であるが故の特別なものなのだろうか。
「……ま、私も人の事は言え無さそうですけれど。」
四角い塔がビルという名の建物で、塗り固められた地面がコンクリートというもので出来ている事を知ったのは、果たして何時の事であったか。
東京に迷い込んで早10年。
道を高速で走る鉄の塊---車に腰を抜かし、道行く人に奇異の目を向けられたのも今となっては良い思い出である、と。
争いも、運命さえも、全てがゲームで決まる世界から偶然の事故でこの無機質な世界に転移してきた男……紫恩(シオン)は、黒服---スーツ姿で、とある家の前に立っていた。
3つの弁当と、2リットルのオレンジジュースが入ったビニール袋を肘から下げつつ、憂いに満ちた眼差しを注ぎながら。
「これは、あの二人……また寝ていないな。」
耳を澄ませば家の中から聞こえてくる、賑やかなBGM。
朝日も昇り始めた早朝であるにも関わらず聞こえてくるそれに、ネットゲームを文字通り寝ずに遊び続けているのだと察した紫恩の眉間に皺が寄る。
「ただいまー。帰りましたよ。」
返事は無い。
溜息を一つ漏らし、あからさまに足音を踏み鳴らしながらとある一室まで足を進める。
徐々に大きくなっていくBGM、そして明瞭に聞こえてくるキーボードの打音。
音が最も大きくなる戸の前まで早足で歩いてきた紫恩は、そのままの勢いで戸を一気に開けた。
「二人とも!いい加減寝なさいと言っているでしょうが!」
最後に二人が寝たのはいつだっただろうか。
今日ばかりは寝させないといかんと、心を鬼にししかめっ面で静かに怒鳴る紫恩を余所に、ひたすらゲームに興じる二人のひきこもり…空と白。
ひと段落ついたのか、怒鳴り声から数秒のラグの後、緩慢な動作で二人は背後に立つ紫恩に振り返った。
「んぁ?あぁ、紫恩おかえり。帰ってたのか。」
「……おかえり。」
「それが生活を支えて差し上げている人に対する言葉なのでしょうかね、ヒキニートの空さん。白も白です、食べ終わったらゴミはゴミ箱に……」
部屋中に散らかったゴミを集めつつグチグチと小言を述べる紫恩。
対する二人の興味は、その肘からぶら下がった兵糧---弁当とジュースに向けられていた。
「……紫恩、おなかすいた。」
「あぁはいはい、弁当ですねそうですね。買ってきましたのでどうぞご自由にお食べください。紙コップはここに置いておきますので……はぁ。」
彼ら二人と初めて会ったのは、紫恩がこの世界に来て2年が過ぎた頃だった。
その頃には世界にも慣れ、元々の勉強熱心さのおかげか仕事場での信頼も難なく獲得。
特に直属の上司であった彼らの父親とは、様々な幸運に恵まれた事もあるが家族ぐるみの付き合いも多く、その子供、空にも父親以上に懐かれ、プライベートにおいてもその繋がりは強固となり。
上司の家で食事をごちそうになった回数も、幾度あったことやら。
しかしそんな中、突然上司が他界。
突然の事に驚きを隠せなかったのは記憶に新しいが、それから紆余曲折あり、紫恩は今こうしてひきこもり二人を養っていた。
あのうら若き日もどこへやら、養う日々に追われた結果今や紫恩もすっかり二児を抱えるオッサン化してしまったが、これでもまだ26歳。
年齢的にはどちらかというと父親というより、兄である。
……しかしこれはこれで、今の生活に満足していた。
ぶつくさ文句を言いつつも、仕方ないとばかりに苦笑しながら甲斐甲斐しく手間を焼く紫恩に、二人もなんだかんだで感謝はしていた。
ひきこもって遊びほうける事が出来るのも、紫恩のおかげであると。
欲に塗れた理由ではあるけれども。
「……紫恩。」
「なんでしょうか、白。新しいゲームはだめですよ、今月ピンチなんですから。」
「……ううん。……ありがとう。」
「……へ?」
ぽつりと。
控えめの、しかし明確に聞こえた感謝の言葉に紫恩が目を丸くする。
白の目線は既に液晶画面へと向けられており、その表情は窺い知れないが、照れているらしく光に照らされた頬が僅かに赤く染まっていた。
「……はい。」
あぁ。
この時のために私は二人を支えてきたのか、と。
胸が暖かくなる感動にも似たこの感情に感慨深く浸っていた紫恩に、しかし冷たい一撃が突き刺さる。
「紫恩、昼と夜の分がないじゃねぇか。買ってきてくれよ。」
「……。」
買ってきた弁当は3つ。
対して、この家に住んでいる人間は空、白、そして紫恩の三人。
つまり一食分しかないわけで、空は無慈悲ともいえる兵糧の追加要求を紫恩に指図する。
そしてそれは……手料理などいらないという意味にも、紫恩には聞こえた。
「……はぁ。分かりました。私の失態です、そこまで心及ばず申し訳ありませんでした。つきましては汚名返上の為に早急に入手してこようかと思いますが、ご希望はありますか空様、白様。」
深々と頭を下げ、両手をつき、王に仕える家臣の如く恭しい態度を見せる家主の姿に、二人の被養人は頬を引きつらせる。
紫恩は苛々が募ると気持ち悪い程に口調が丁寧になり、他人の下手に出る。
これは一々怒るよりいっそ謝ってしまったほうが楽な事に気付いた紫恩の処世術なのだが、しかし彼のネチネチとした納豆よりもねばっこくしつこい性格を長年の経験から知っている二人の前では、そんな仮面も意味をなさない。
「あ、あー、やっぱいいよ。後で二人で買ってくるから。」
「……紫恩、休んでて。疲れた……でしょ?」
「いえ、そういうわけにもいきません。さぁなんなりとお申し付けください、私めはお二人の奴隷ですので。」
「……俺が悪かったよ。機嫌直せって。」
こうなった紫恩は非常に面倒くさい。
それを経験則で知っている白は、半眼で空を見つめる。
流石に罪悪感が湧いたのか、ガシガシと面倒くさそうに頭をかきつつ謝罪の言葉を口にする空だが、しかし紫恩の態度は変わらない。
今回の紫恩の卑屈癖は長引きそうだと空が頭を抱えていたその時、携帯が音を鳴らした。
「……にぃ、メール。」
「へ?誰からだよ。」
「……友達?」
それは皮肉か。紫恩を卑屈にさせた兄へのあてつけか。
別の意味で頭を抱えそうになった空をしり目に、白は続けてメールを読む。
「…?」
それは、空と白---
本分にはただ一文……"君達兄妹は生まれた世界を間違えたと感じた事は無いか"。
その傍らにURLがひとつ添えられた、簡潔かつ簡素なものだった。
「なんだこれ。」
「いかにも怪しいメールですね……フィッシングサイトへの誘導か何かでしょうか。」
「……でも、兄妹って……書いてある。」
『』が兄妹である事を知る者は、『』達本人と紫恩以外には居ない。
仮にこれがあてずっぽうであるにしても、やや無理がある。
ただの悪戯か、それとも……。
「……おもしれぇじゃねぇか。」
「え、URL開くつもりですか?やめたほうがいいと思いますけど。」
「スキャンソフトは常駐させているし、万が一の事があっても大丈夫だろ。」
「ソフトを信用しすぎるのもどうかと思いますけどねぇ……。」
紫恩の心中を一言で表すならば、疑念。
こういったものを開いても良い事など何もない気がするが、しかし空はそんな心配もよそにカーソルをURLに重ねる。
カチッとクリックした音が響くと、画面上にチェス盤が表示された。
「……は?」
「……へ?」
対戦しろということなのだろう。
興味を失した白が寝に入りそうになったりしたが、意外にも相手は手ごわく、勝利するために『』が全力を出しはじめるまでそう時間はかからなかった。
いつになく……いや、いつものように真剣な眼差しを液晶に向けている二人の後ろ姿を、紫恩は眩しそうに眺めていた。
「……君たちは、本当に……」
10年前、紫恩はこの世界……地球に来た。
それまで居た世界は、地球とは違いゲームで全てが決まる世界。
生殺与奪さえ、ゲームで決まる。
……紫恩は、そんな世界が嫌いだった。
理由は様々あるが、しかし大きな理由としては……紫恩自身がゲームを得意としない事。
あの世界の生きにくさといったら、この世界での暮らしに比べればそれは酷いものであった。
こちらの世界に来たそもそもの理由が、唯一神の世界渡りに巻き込まれるという事故によるものだったけれど。
いまや紫恩は事故に遭わせてくれた唯一神に、感謝すらしていた。
空や白という友人にも恵まれ、ここは本当に、居心地がいい。
……けれど。
「その強さ……羨ましいよ。」
もし、彼らのような強さが私にもあったら。
もうすこし、あちらの世界を好きになれていたのだろうか。
勝者でなければ満足できないというのも、なんと傲慢なことかと思うけれども。
あちらの世界に置いてきた"家族"の事を時々思い出してしまうのも事実。
もしかしたらあったかもしれない、自分のもう一つの生きる道というものに、家族と共に暮らすという人生に、未練が無いといえば嘘になる。
「空、白。ゲームもほどほどにしてくださいね。」
もはやこれまでの暮らしの中で何度と口にしたか分からない言葉を紡ぐ。
しかしこちらの言葉など聞こえていないかのように集中する二人に溜息をつき、しかし優しげな笑みを浮かべ、紫恩は部屋を後にした。
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「空、白。ご飯ができましたよ、ゲームは……」
もう終わりましたか。
そう続けようとした紫恩の言葉は、重々しい雰囲気の中沈黙している二人を見て、ついぞ紡がれる事はなかった。
「どうしたんですか?二人とも。」
まさか負けたなんてことは無いだろう。
空の背後から液晶画面を覗きこむと、そこに開かれていたメールの本文が紫恩の目に入る。
「"その腕前、さぞ世界が生きにくくないかい"……。」
紫恩は、朝と同様再び眉間に皺が寄っていくのを感じた。
中傷か、負け惜しみかは知らないが……しかし空達にとってその言葉がどれだけ重いか、紫恩は分かっているつもりだ。
余計なお世話だという空の返答は無視し、さらに相手は畳み掛けるように言葉を送ってくる。
「これは……。」
たちの悪い悪戯か。
酷い人もいたものだと、半眼でそれを眺めていた紫恩だが……しかしその中である文章を目にした時、三人は驚きに目を見開いた。
「「「ゲームで全てが決まる……世界?」」」
これは、まさか。だが、ありえない。
提起と否定が絶え間なく紫恩の中で繰り返される。
驚きに固まる紫恩をよそに、物語は止まることなく進んでいく。
そして、ついに。
「これは……!?」
最後の返答を空が送った、その途端。
部屋全体がノイズがかったように騒ぎ始める。
人知を超えたその現象に、驚きで身動きが取れない空と白の後ろで、紫恩はその"見覚えのある現象"に体が竦み、立っていられず座り込んだ。
---まさか、"戻されて"しまうのか。あの世界に。
「僕が生まれなおさせてあげよう……君達が生まれるべきだった世界に!」
聞き覚えのある声。一度経験した現象。
己の恐れは今、現実になろうとしている。
「あぁ……」
救われたと思ったのに。
結局全て元通りになってしまうのかと、紫恩は絶望と衝撃に身を委ね、意識を手放した。
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「……おん……しおん……紫恩……!」
「う、うぅ……?」
自分を呼ぶ声に、意識が急浮上する。
やがて、眼を開いた紫恩の眼前に広がっていたのは……"懐かしき景色"だった。
「よかった……紫恩……。」
「大変だったんだぞ?開幕空から落とされるなんて、死ぬかと思ったぜ。」
本当に安堵した様子で自分を見つめる白と、空。
「一体、ここは……」
「俺にも分からねぇ。ただ、神様いわく異世界だとかいってたが……。」
全てがゲームで決まる世界。
神様は空達にそう告げた。
そしてそれは……紫恩の絶望も意味していた。
「そう……ですか。」
「……紫恩?」
影が差し、俯く紫恩の顔を心配げに覗く白。
普段飄々としている彼の姿からは想像もできないその弱々しくも丸まった背中に、二人は首をかしげた。
普段の彼ならば、二人の保護者然として先頭に立ち歩き出しそうなものなのに。
「とにかく、街を探さないとな。とりあえず道なりに歩いていってみようぜ。」
「本当にこの先に……街あるの?」
「きっとある。この道はきっと街道、つまりこの先にあるのは街。RPGを極めた兄ちゃんの勘がそう言っている!さしあたって……紫恩。」
ここで立ち往生しても仕方がない。
まずは歩き、宿を探さなければならないと促す空に従い、紫恩も立ち上がる。
「分かってるよ。こんなところに居座っても仕方ないし、街に行かないとね。行こうか、二人とも。」
よく考えてみれば。
紫恩は保護者である。
日本の制度上での肩書だったそれは、たとえ異世界に転移したとしても変わらないのではないか。
ようは心の持ちようなのである。
己の保護者としての立場を理解し、紫恩は覚悟を決めた。
もう、世界に対し、絶望しか抱いていなかったあの時の自分ではない。
「空、白……行きましょう。」
立ち止まってはいけない。
二人の道しるべとして、歩き続けなければならない。
奮起し、歩き出した紫恩だが、しかしそれを阻む者はすぐに現れた。
「待て待て!この先に進みたければ俺達にゲームで勝ってから進みな!」
三人の男が、空達の前に立ちふさがる。
いわゆる、山賊である彼らは街道の所有権を主張し、いちゃもんをつけてゲームを吹っ掛けて金目のものを奪うつもりなのだ。
馬鹿正直に彼らにとりあう必要もない……無視し、先を進もうとする紫恩の肩を空が掴み、止める。
「なるほど……ゲームの勝敗で何もかもが決まるというのは本当だったんだな。」
「しかし空、挑戦を受けるか受けないかという決定権は挑戦された側にあります。彼らに関わる必要は……」
「まぁ待て紫恩。鴨を逃すなんてのは馬鹿のする事だ……なぁ、白?」
「……うん…。」
まさか受けるというのか。
驚愕に目を見開いた紫恩だが、二人を止めようとはしなかった。
思い出したのだ。
ゲームにおける彼らの強さを。
「生憎、俺らは持ち合わせがなくてな……だからこっちは俺ら自身を賭ける。だが、もしそっちが負けたら、あんたらの服と街までの道のり、あとこの世界のゲームルールを教えてもらおうか。」
「へへ……構わんぜ。これは楽しくなりそうだなぁ?」
怪しげに笑う山賊三人と……空。
10年前の紫恩なら、この状況に陥りようものなら気絶くらいしそうなものだったが、しかし今は二人がいる。
山賊達の行く末を思い浮かべ、紫恩は同情すら覚えた。