ヒポクリス   作:LLE

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2.天翼種
第六話 イノベーション


 

 

そして、数日後。

朝日が昇り人が起き始める頃、紫恩は王城の炊事場に居た。

執事服の上にエプロンを着込み、朝食の乗ったお盆を抱えるその姿はまさに主夫。

ちなみに執事服は、以前空が着ていたものだ。

 

御盆をそのまま持っていこうとする紫恩を、使用人が慌てて止める。

 

「あ、紫恩様!私どもでやっておきますので、お休みになられていても……」

「大丈夫ですよ。これをやらないと、私としても一日が始まった気がしないんです。」

 

きっぱりと、清々しいまでの笑顔で言い切る紫恩。

紫恩の濡羽色の髪に混じる白髪が、これまでの苦労を表しているかのようであった。

 

「後はあいつらに食べさせるだけですので。お手伝いありがとうございました。」

「あ、ちょっと……!!」

 

両手に二人分の朝食を携えつつ、器用にお辞儀して。

台所を後にした紫恩を止められる者は、いなかった。

 

 

「……後片付け、しましょうか。」

「……はい。」

 

仕事を取られてしまった使用人達は、仕方なく掃除に取り掛かる。

給料を貰っている労働者の意地だとばかりに、念入りに掃除を行う使用人達。

 

この日、王城の水回りはやけに綺麗に仕上がっていたという。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

エルキア王国随一の技術力を結集して建設された、エルキア王城。

抜群の通気性と採光性、そして広々とした生活空間。

その高い居住性には庶民誰もが羨むとさえ言われている。

 

……が。

生憎、その庶民の中には空白は含まれていなかったようで。

王室に通されて早々、その広すぎる空間を嫌う彼らは王城に新しく部屋を作った。

―――――もとい、家を建てた。

 

王城の一角に建てられた犬小屋のようなボロ屋。

通気性最悪、採光性最低、窮屈な生活空間。

あんな部屋を好むというのだから、ひきこもりというのは難儀なものである。

しかしああいった空間に長年暮らしていても、両者とも眼鏡いらずの裸眼だというのだから驚きだ。

結局、視力なんてのは遺伝なのだろう。

 

 

紫恩はそんな他愛もない事を考えつつ、朝食を抱え、歩いていた。

当然、行き先は犬小屋。

 

途中、通りがかった使用人に怪訝な顔をされたが、それには笑って誤魔化した。

果たして、客人が召使いのようなことをしているが故の顔なのか。

それとも、見知らぬ使用人に対する訝しみ故の顔なのか。

犬小屋に辿り着くまで何度か使用人と通り過ぎたが、ついぞ彼らの視線の理由は分からなかった。

―――――理解したところで、説明し納得させる気はなかったが。

 

 

「空、白。朝食を……」

 

お持ちしました、と続けるはずの紫恩の言葉は出なかった。

いや、掻き消されたというべきだろう。

部屋の中からの悲鳴によって。

 

「……入りますよ?」

 

―――――まさか、空と白に限ってそんな……。

一抹の不安を覚えつつ、鍵の無い木の戸を足で開け侵入した紫恩。

彼の眼に飛び込んできた光景は、衝撃に値するものであった。

 

「お、紫恩。サンキュー。」

「サンキュー、ではありません。これは……一体、何ですか?」

 

驚愕で止まった思考を無理やり再起動し、紫恩は両手の食事を落とさぬよう努めて告げる。

しかし紫恩の眼は、依然としてそれ……頭から耳、尻から尻尾の生えたステフに向けられていた。

 

「まぁ、話すと長くなるんだが……いや、短いか?おいステフ、説明してやれよ。」

「嫌ですわ!こんな、恥辱の限りを尽くして空は心が痛まないんですの!?」

「別にいいだろ、裸になったわけじゃあるまいし。むしろ増えてんじゃん。」

「そういう問題じゃありませんわ!」

 

言い争う空とステフ。

心なしか、ステフの耳と尻尾が逆立っているように見える。

白は白で、被害の及ばない範囲で寝に入っていた。

 

「……はぁ。」

 

言いたい事は沢山あったが、一先ず紫恩は朝食を机の上に置いた。

この先どんなに驚かされてもいいように、安全を確保する為である。

……それに、今のステフは紫恩にとって、視界に入るだけでも落ち着かない物体であった。

 

「ゲームでステファニーが負け、空が彼女に犬になるよう要求した。そんなところでしょうか。」

「そうそう。ま、言わなくても分かるよな。」

「……それで、空。」

 

一呼吸置いて、紫恩は更に続ける。

 

「これは、図ったのでしょうか?」

 

ギラギラと、空を睨みつける紫恩。

いつになく恐ろしい雰囲気を漂わせるその姿は、まさに獣。

一触即発のその空気に、ステフは犬耳を下げつつ後ずさる。

……その一方で、紫恩のそれが"仮面"である事を知る空はなんでもないように答えた。

 

「別に?特に要求する事も無かったし、適当に言ったら本当に犬になっただけ。」

 

精神的にも、物理的にも。

犬になったステフを見つつ、空は言う。

 

「……そうですか。」

 

心を落ち着かせるために一つ深呼吸し、紫恩は眼を伏せた。

納得したのか、それきり空を追及するような事は無く。

……代わりに、若干狂気が混じった紫恩の目が、突然ステフに向けられた。

突然様子が変わった紫恩に、ステフの耳が一瞬ピクリと跳ねる。

 

「ステファニー……その耳、動かせるんですね。」

「へ?そ、そうみたい……ですわね。」

「という事は、神経通っているんですね。尻尾も同様で?」

「は、はいですわ……。」

 

ステフの耳と尻尾を交互に見つつ、近寄る半笑いの紫恩。

猫を前にした鼠の心境はこんな感じなのだろうか、とステフは大量の冷や汗を流しつつ後ずさる。

 

「おおお、お兄様?なぜ手をわきわきさせながらにじり寄ってくるんですの?そ、空……!」

 

助けを求めるかのようなステフの視線。

空は朝食を食べる為に相棒の白を起こしつつ、きだるげに答えた。

 

「あー、紫恩って根っからの犬猫愛好家なんだわ。この世界にあいつが暮らしていた時、そんな素振り見せなかったか?」

「えぇ!?初耳ですわよ!」

「ふーん……じゃあ地球に来てからなのか。まぁあっちは触れ合う機会にも恵まれてたしな。」

 

一度、地球で紫恩が犬を飼った事がある。

飼い始めた頃には既に成犬だったが、紫恩にとても懐いていた。

そして紫恩自身も犬にメロメロだったと、空の記憶に残っている。

 

「……そういえば、あの犬が病没した時だったな。紫恩が初めて俺達の前で涙流したの。」

 

無論、空も悲しくないわけでは無かったが。

なるほどステフの耳に夢中になるわけだ、とあの時の紫恩の涙に空は納得。

白を無事起こす事に成功し、朝食を食べ始めた。

 

「ちょ、ちょっと!空、助け……」

「……ステファニー。そんなに嫌ですか?」

 

悲しげに語る紫恩に、ステフは一瞬息が詰まった。

―――――なぜ襲われている側が罪悪感に囚われなければならないのだろう。

疑問を覚えつつも、しかしステフはそんな紫恩を拒否できなかった。

 

「み、耳を触るだけなら……。」

「ありがとうございます。」

 

悲しげな様相もどこへやら。

楽しげにステフの犬耳を弄りだす紫恩。

ステフは嘆息したが、しかし紫恩のそんな姿を見るのはステフにとって初めてで、新鮮だった。

 

「……ステフ。触られて嬉しい……の?」

「へ、変な言い方しないでくださいな!」

 

左右に振れているステフの尻尾を、寝起きの白はジト目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

結局、ステフが解放されたのはそれから十分後の事であった。

 

「ふぅ。ありがとうございました。」

「どういたしまして……ですわ。」

 

満足そうな紫恩に対し、疲労感からか座り込むステフ。

食事を終えた空白は、揃いもそろってゲームをし出していた。

 

「……そうでした、ステファニー。」

 

思い出したように、紫恩が告げる。

またかと戦慄するステフに、紫恩が苦笑しつつ首を振る。

 

「犬耳の事じゃないですよ。こちらに来る途中で使用人の話を聞いたのですが、貴族の方がいらしているようです。」

「あ……。」

 

空白が王になった事で、エルキアに地球の技術が一部伝えられた。

それは内政に大きな改革をもたらした結果となったが、同時に利権を没収した。

 

結果、それを不服とする貴族がそれを取り戻そうと、城へ度々訪問するようになり。

ステファニーはここ数日、ずっとそれらの相手をしていたのだ。

……そして、今日も。

 

「しまった……すっかり忘れていましたわ。帽子、帽子を……」

 

貴族たちの前にこんな姿で出るわけにはいかない、と。

耳を隠すものを探し始めたステフを、空が止める。

 

「待った。丁度いい、久しぶりに王としての責務とやら……果たしてやるよ。」

「……え?」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「お、覚えていろぉぉ!!」

 

王城へ抗議に来ていた、貴族三人組。

相見えた時はそこそこ威厳もあったのだが、裸で逃げ出すその姿にはもはや威厳の"い"の字も無い。

紫恩は彼らの姿に、いつぞやの盗賊達を思い出した。

 

「……随分鬼畜なことをしますのね。」

「仕方ないだろ。向こうが勝手に色々賭けてきたんだから。」

 

取り上げられた一部の利権を取り返す為に、彼らが賭けたのは土地・資産・利権その他諸々。

無論、一度の勝負ではなくそれは何度にも分けて行われた。

しかし結局全て国王である空にとられ、貴族たちは賭けるものがなくなり……今に至る。

 

「流石空。ゲームには一切の妥協無しですね。友人が居ないのも頷けます。」

「一言多いぞ紫恩。それとこれとは関係ないだろ!」

「いいえ、空。あなたのその遠慮を知らぬ傲慢な態度に付き合えるのは、精々私くらいですよ。」

 

さらりと自分が唯一の友人ですとばかりに言い放つ紫恩に、空は言葉を失った。

よくそんな小っ恥ずかしい事言えるなぁ、と。

そんな彼らにステフは溜息をつきつつ、無視して口を開く。

 

「……折角穏便に済ませようとしておりましたのに。」

「え?そうなの?」

「えぇ。―――――」

 

地球の技術がもたらした、エルキアのイノベーション。

その最たるものが、技術改革。

改革により、今まで無価値だったものが、あるいは発見されたものが突然価値を得て、今までの生産方法や販路が通用しなくなる。

結果、旧来の組織……エルキアで言えば貴族の力が弱まったのだ。

それに対抗しようとしたのが、先の三貴族である。

 

地球の物事で分かりやすく言えば、蒸気機関や電気・石油の登場だ。

それらの登場で社会が大きく様変わりした事は、歴史でも大きく取り上げられている。

 

新技術の登場は、ややもすると社会全体にも影響を与えていくものだ。

 

「―――――それで、空達が伝達した技術の利権を、いくつかの貴族に流す事で少しずつ反対勢力の力を削っておりましたのよ。その勢力の筆頭があの貴族達なのですが……」

 

その貴族を、王の独裁で強引に資産等を奪い、追い返してしまった。

結果的にこれで反対勢力の力は弱まるだろうが、これは今後禍根を残す事になるだろう、と。

 

滔々と述べるステフを、空と白は唖然と聞いていた。

口を半開きにして聞き入っている二人の姿は滑稽なものである。

 

「……なんですの、二人とも。そんな固まって……。」

「いや、ステフがそんなに頭良いとは思わなかったからさ……。」

「酷いですわ!これでも国家最大のアカデミーを主席で卒業しているんですのよ!?」

「……主席が……犬……。」

「うぐっ。」

 

空と白の無慈悲な言葉に、ステフの心は更に傷つく。

 

「お兄様!お兄様なら分かっていただけますわよね!?」

「は、ははは……。」

 

幼少期を共に過ごしていた紫恩なら、あるいは……と。

最後の希望を託し、ステフは紫恩を見るが……彼は曖昧に笑い、決してステフと視線を合わせようとしない。

それを拒絶と判断したステフは、更に絶望する。

 

「お、お兄様まで……。」

 

まさか紫恩のそれが、ステフを……犬耳を視界にいれないが為の行動とはいざ知らず。

ステフは勝手に誤爆し、勝手に打ちひしがれた。

 

そしてそんなステフを余所に、空達は話を進める。

 

「……にぃ。」

「そうだな、そろそろ行くか。……紫恩。」

「分かっていますよ。」

 

立ち上がり、その場を後にする三人。

置いて行かれそうな事に気付いたステフが、三人を慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

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