4人を―――エルキア全体を覆うように、突如として現れた黒い影。
雲の動きにしては早すぎるそれに、その場に居合わせた者たちは揃って空を見上げる。
「なんだ、あれは……?」
それは、地球上でよくみた白い雲ではなく、巨大な浮島であった。
四角い謎の物体が積み重なったような形状の島が、雲さながら空を漂っている。
この非現実な光景に、空は改めて異世界に来た事を痛感させられた。
「あれは、位階序列第二位・
「あれが、幻想種……!?」
おそらく、エルキアではよく見る光景なのだろう。
特に驚いた様子もなく、淡々と告げるステフとは対照的に、空と白は目を丸くしてそれを眺めていた。
……一体、あんなものとどんなゲームをしろと言うのか。
唖然とする空と白に、紫恩が告げる。
「あの上にいるのが、位階序列第六位の
「……そういえば、そんな事が書いてあったな。なるほど、あの上にいるのか……」
この数日間、二人は
王城中の本という本を読み漁り、集めた知識の中にあった天翼種という存在。
大戦後、ひたすらに知を集めているという彼らが持つ情報は、きっと世界攻略の鍵になる。
そう二人は確信し、出来れば早い段階で仲間にしたいと考えていた。
「だが、あんな高い所……どうやって行けばいいんだ」
まさか飛行機なんてものは無いだろうと、空は途方に暮れる。
人類種に飛行魔法といった類は使えない。
ましてや、彼らの方からわざわざ人類種の街に来てくれる筈もないのだ。
「そうですね……餌でも使って、誘いますか?」
「餌、って……まさか、王城の本か?」
紫恩の提案に、空が興味深そうに耳を傾ける。
「魚釣りと同じですよ。こちらから捕まえにいけないのなら、餌で釣ってしまえばいいんです」
手で竿を引く仕草をしながら、にこやかに紫恩は告げる。
そのアイディアに、空も内心うまく行きそうな手段だとは思った。
……が、そもそも天翼種が人間如きの知識を欲するだろうか、という不安もあった。
数千年の間、人類種のみならず他種族からも知識を強奪し続けていたであろう種族である。
そんな種族が、最下位の人類種の知識に価値を見出すかといえば……首をかしげざるを得ない。
顎に手を当て、空はじっと考え込んでいた。
ステフが驚愕の一言を言い放つまでは。
「天翼種なら、一人すぐ近くに居ますわよ」
―――――へ?
空と白、そして紫恩……三人分の視線が、一斉にステフへと集束する。
「居る、ってお前……地上にか?」
「えぇ。お爺様が天翼種に図書館を賭けて挑み、負けてますの。ですから、恐らく図書館に行けば会えますわ。」
さらりと、ステフは言ってのけた。
図書館を賭け、負けた……つまり、天翼種に人類種の図書館を奪われたのだと。
「図書館……負けたって、お前……」
多くの情報が詰まっているであろう宝庫。
金銀財宝よりも貴重な情報が奪われていた事に、空は絶句した。
「ま、まぁ……丁度よかったじゃないですか。天翼種と情報、両方手に入ると思えば!」
取り繕うような紫恩の言葉。
確かにそれも一理あった。
図書館が奪われたことは、天翼種との邂逅の機会を得た事にも繋がっている。
そして紫恩の顔を立てる為にも、空は自分を落ち着かせるように深呼吸した。
「……ステフ。図書館に案内してくれ」
「は、はいですわ。ところで空、なんだか不機嫌なように見えますけれども……」
「気のせいだろ」
別にステフが賭けて、負けたわけではないのだ。
そして、非難されるべき相手は既にこの世に居ない。
その上でステフを罵ろうと、もはや意味はない。
―――――というのは、空の建前。
ステフを親愛している
そして、空達の親代わりであった
彼を傷つけたくないが為に。
そして彼に嫌われたくないが為に、空は耐えた。
「にぃ……?」
その心境を察した白が、声を掛ける。
しかし空はなんでもないように笑い、応えた。
そもそも、これまで二人がステフにどんな屈辱的な事をしたのかは、紫恩も既に知っている。
だというのに、紫恩はその行為を何とも思わず、いつもと変わらぬ態度を空達に見せている。
その理由が空には分からなかった。
そして内心、どこまで許されるだろうかと試したくもあった。
いわゆる、失敗の検証である。
が……それは避けた。
避けるべきだと、空の本心が告げていた。
その失敗の結果、一時的に失うと思われるもの……それが、白という存在と同レベルであるが故に。
「行くか。白、紫恩」
「……ん」
「はい。ステファニー、先導お願いしますね」
「はいですわ!」
いつも空白の味方である紫恩。
彼が敵になる瞬間を、空白は想像できなかった。
―――――
エルキア最大の王立図書館。
もっとも、天翼種に奪われた今となっては語頭に元が付くが。
思ったよりも広く、そして天井まで高く積み上げられ保管されている書物の数々に、空は感嘆の声を上げた。
「へぇ……結構本の数あるんだな」
この量なら、確かに天翼種も欲しがるかもしれない。
そしてこれがあれば、獣人種と渡り合うことも可能かもしれない。
納得し、感心した空だったが、しかし紫恩はその大量の書物に首をかしげていた。
「私が昔来た時はこんなに本は無かった筈ですが……」
「は?そうなの?」
「はい。ステファニー、これは人類種が集めたものですか?」
紫恩の問いに、ステファニーは首を横に振った。
「いいえ。私が最後に見た時も、この数の半分も無かったと記憶しておりますわ」
「という事は……」
「えぇ……恐らく、天翼種のものですわ」
つまり、人類種から奪った後に天翼種が己の知識をここに持ってきて、保管しているのだろう。
一瞬でも人類種を感心した自分が馬鹿だったと、空はその事実に嘆息した。
「まぁ、これでゲームに勝てば天翼種の情報も手に入……」
壁を埋め尽くす書物を眺めつつ、空が呟いた……その時。
聞いた事の無い凛とした声が、部屋中に響き渡った。
「おや?私の図書館に訪問者とは……」
その声の方向へ、4人は一斉に振り向いた。
「これはこれは……
グラマラスな体を見せつけるかのように露出の激しい服装。
そして大きな二翼の白い翼を広げ、空から舞い降りた天翼種の少女から感じる、威圧。
人類種とは根本的に違うその圧倒的存在に、空は足が震えそうになった。
空の服を握る白の手も、心なしか強くなっている。
「はは……」
大戦中、こんな奴らと人類種はやりあっていたのか……と。
心底盟約があってよかったと、空はテトの判断に大いに感謝した。
そんな緊迫した空気の中、天翼種は相も変わらず笑みを湛え、口を開く。
「イマニティ如きが、私のライブラリーにワット御用で~?」
刹那。
時が、止まった。
「なんと!先駆者がおられるのですか。それは残念……」
地球での某芸能人を想起させるその口調に、空は早々に突っ込みを入れた。
そしてその口調が二番煎じである事をしった天翼種は、本当に残念そうに肩を落とす。
自分の想像する天翼種とはまるで違うその姿に、紫恩は勿論の事、他の三人も肩の力が抜ける。
しかし、言い方は悪いが腐っても天翼種。
人類種など及びもしない領域に存在する者を前に、空は今一度気を引き締めた。
「本題に入る。フリューゲル……」
「私の名前はジブリールでございます。」
「……ジブリール。この図書館上に存在する全てのものを掛けて、ゲームをしてほしい」
一度は天翼種に負け、呆気なく図書館を渡した人類種。
取るに足らない存在である彼らが、それを奪い返しにきたらしい。
ゲームを挑んできた空に、ジブリールは目を細め、笑った。
「なるほど。しかし、あなた方も知っているでしょうが、私達天翼種は知を集める事を生きがいとしております」
嘲り、見下し、ジブリールは続ける。
「その知を奪うとは、つまり私達天翼種の命を奪うと同義であるといえましょう。あなた方の所有物に、私がそのようなものを掛ける価値があるとお言いで?」
「……あるさ。」
言い切ってみせた空に、ジブリールはティーカップを傾けつつ目を瞬かせた。
「ほう?それは一体、どういうものでしょうか」
「異世界の書……計4万冊。」
まさか、そんなものを持ち出してくるとは思わなかったのだろう。
ジブリールが口に含んでいた物が全て噴出し、前に座っていた空白に盛大に掛かった。
「…うぅ……汚い……。」
「安心しろ、白。我々の業界ではご褒美です。」
二者二様の反応を見せる空と白。
そんな二人に、慌ててどこからかタオルを取り出した紫恩は拭きにかかった。
「あぁ……空、白、大丈夫ですか」
しかしそんな事は気にも留めず、ジブリールは体をずいと乗り出し、聞いてくる。
「いいいい、異世界の書、4万冊!?一体、どこにそのような……」
瞳をキラキラと輝かせ、何故か涎を垂らしつつ空白に詰め寄る天翼種・ジブリール。
その姿に、先ほどの威圧さえしてみせた面影は残っていない。
知に貪欲とはこの事かと、紫恩はタオルで白の顔を拭きつつ頬を引きつらせた。
「この薄い板の中にある。俺達は……少なくとも俺と白は、異世界人なんだ」
「異世界?一体何を根拠にそのような戯言を……」
訝しむジブリールだったが、しかしその眼は空の取り出した薄い板に向けられていた。
明らかに興味津々といった様子である。
「まぁ、見てみろって。言語も違うし、お前に読めるかは知らないが」
「何をおっしゃいます。あらゆる言語に精通した私が、この世界で読めぬ言語など……」
ジブリールは、そこで言葉を失った。
板に浮かび上がる、多くの文字により構成された文章。
その文字は、言語に精通していると自称するジブリールにすら読めないものであった。
デタラメな暗号というわけでもなく、魔法により生み出されたものでもなかった"それ"。
「こ、これは……!!」
試しに触れてみると、指の動きに従うように文章が上下左右に動く事にジブリールは気付く。
未知の技術を前に、ジブリールの瞳の輝きは一層強さを増した。
「こんな板の中に、異世界の本が……四万冊……!」
余程興奮したのか、ジブリールは怪しげな笑みを浮かべ、板を弄繰り回す。
しかし流石に壊されてはたまらんと、空が板を取り上げた。
「これで分かっただろ。ジブリール、これなら受けてくれるよな?」
「はい……確かに、その言語はこの世界のものではないでしょう。しかし、だからといってあなた方が異世界人であると決まったわけではありません」
「じゃあ、どうしたら俺達が異世界人だと納得してくれるんだ。正直、俺達もそこら辺はさっぱりでな」
何か判断できる手段は無いのかと、問う空。
思案するジブリールだったが、やがて良い手段を思いついたとばかりに、笑みを浮かべた。
「私達の体には、微量ながらも精霊が宿っているのです。天翼種である私はそれが感知できます。そして、異世界人となれば宿っている精霊にも差異があるはず」
「えーと……それは、つまり?」
「はい。私に体を調べさせていただけませんか」
「……えぇー」
あからさまに嫌な顔をして、後ずさる空。
相手は位階序列六位の天翼種、無理もない。
とはいえ、調べてもらわなければ証明できないのも確かだった。
「……一体、どこを調べるっていうんだ?」
「性感帯でございます」
ジブリールがそう告げてからの空の変わり身は早かった。
むしろ自分からやってくださいとばかりにジブリールに迫る空。
しかし、そんな彼に突き刺さる二つのじとりとした視線。
「空。白の前ですよ」
そしてにこやかに語るのは、朗らかな笑顔を浮かべていた紫恩。
しかしその笑顔の裏に、場を弁えろという無言の圧力を感じ、空は悔しさに顔をゆがめつつ答える。
「くっ……それじゃ、下以外ならいい。18禁になるからな。だが、俺のを触らせるんだ……お前のも触らせろ!」
―――――この期に及んでまだ空は諦めきれないのか。
紫恩は空の煩悩に頭を抱えたが、しかしジブリールは笑顔で答えた。
「えぇ、よろしゅうございますよ」
「いいんですの!?」
今日一番の、ステフの悲鳴にも似た叫び声が部屋中に響いた。