ヒポクリス   作:LLE

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第九話 向けられた刃

……さて。

空はジブリールとお互いの性感帯を触りあうという、傍から見れば成人向けな展開を迎えたわけだが。

しかし、実際のジブリールの性感帯というのが翼である事を、異世界人である空は当然知らなかった。

―――――仮に異世界人でなくとも、それを知っているかは怪しいが。

 

現実とはかくも厳しく辛いものだ、と。

空はジブリールに胸を撫でられつつ、しかし他方でジブリールの翼を撫で返す。

一見するとじゃれあっているようにしか見えない光景を、紫恩は生暖かい目で見守っていた。

 

「……そういえば、お兄様。聞きたい事があったのを思い出しましたわ」

「なんでしょう?」

 

突然の、ステフの言葉。

 

「結局、お兄様が得意だったゲームって……なんだったんですの?」

「……あぁ」

 

そういえば、国王選定戦の前だったか。

空と白がそんな話をステフにしていた事を、紫恩は思い出した。

そして、それを今の今まですっかり忘れていた事も。

 

「……。」

 

だが、紫恩はそれきり口を開こうとはしなかった。

……いや、開こうとはしたが、どこか躊躇っていた。

その様子に何を勘違いしたのか、ステフは慌てて弁明する。

 

「あ、別にお兄様やそのゲームを侮辱しようというわけではないんですのよ?ただ、その、純粋な興味で……」

 

あれだけ負けがこんでいた紫恩―――シオドリク。

そんな紫恩が得意なゲームとは一体なんなのか。

あの空白をもってして、得意と言わしめたゲームの存在に、ただ純粋に興味があった。

だから、侮蔑を含めているわけではないと告げるステフ。

 

あまりにも必死な彼女の様子に、くすりと紫恩も笑った。

 

「そこまで気にしなくていいんですよ。ただ……多分、ステファニーに言っても分かりませんよ」

「え……?」

「何故なら、この世界には……少なくとも、私がエルキアで生きた16年で知る事の無かったゲームですから。」

 

それは、つまり地球で初めて知ったゲームだという事で。

更に言ってしまえば、地球にしか存在しないゲームという可能性もある。

しかしそれでもめげずに、ステフは紫恩に問う。

 

「そ、それじゃ!名前だけでも……」

「名前……名前ですか。名前でひとくくりにするのは難しいのですが……」

 

敢えていうなら、と紫恩は続ける。

 

「仮想戦闘を行うゲーム、です。」

「仮想……戦闘?」

 

戦闘の意味は、まだステフにも分かった。

しかし仮想戦闘とはなんなのか、まったく予想が出来なかった。

ただ一つ分かった事があるとすれば、トランプやチェスといった類のゲームではない事だけ。

あれらのゲームに、戦闘という単語は似合わない。

 

「ただ、得意と言っても他と比べれば得意なだけですよ。まぁ、唯一空や白と一緒に遊べたゲームだったので、二人には大分しごかれましたが……」

 

紫恩も、ゲームは苦手だがやりたくないわけではなかった。

地球では、空や白に遊ぼうとせがまれれば何度でも相手をし、そして"立派に"負けた。

ただ、そうやって負け続ける中で、唯一紫恩が空白相手に善戦したゲームがあった。

それが、紫恩の言う所の仮想戦闘のゲーム。

勿論別に正式名称はあるが、ステフに分かりやすいように言葉を選んだ結果である。

 

「そのゲームでも私はあの二人には勝てませんし、勝てるとも思っていません。……けど、初めてでした」

「……何が、ですの?」

「こうすれば勝てるのか、とか。これは敗北に繋がる悪手だ、とか。そういった事が分かる瞬間……ゲームを理解する瞬間を、実感した事です」

 

地球で空白と出会い、紫恩は負ける意味を知った。

ゲームを理解する術を見出した。

初めて、誰かと遊ぶ事だけでなく、ゲームに対して面白いと実感した。

―――そしてそれを理解したからこそ、テトは再び自分をこの世界に送り返したのかもしれない。

 

「やっぱり、お兄様は凄いですわ。負け続けても、そんな風に強くいられるなんて……」

「……なんだかあまり褒められてる気がしませんね。ただ、ステファニー……貴女と遊んだ多くのゲームも、私は楽しかったですよ。また今度、一緒に遊びましょうね」

「こ……こちらこそ、ですわ」

 

 

それきり、俯いてしまったステフ。

何かまずいことでも言っただろうかと紫恩は己の発言を省みるも、しかし分からない。

結局諦めて空達に再び目を向けると、彼らは既に話し合いが終わった後のようであった。

 

「紫恩、話は終わったのか?」

「えぇ。お待たせしましたか?」

「いいや。俺らも丁度済ませたところだ」

 

まるで、待ち合わせ場所での恋人同士みたいな会話である。

そんな彼らに、ジブリールが続く。

 

「それでは……始めましょう」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

王立図書館の中央に位置するスペースに配置された、円卓のテーブル群。

かつては読書スペースとして老若男女に愛されたそれも、今や天翼種のゲーム装置と一体化。

テーブル群に囲まれている中、一対の椅子が小さなテーブルを挟むように配置されていた。

そのテーブルには幾何学模様の陣のようなものがあり、それが魔法に関係する何かである事は容易に想像出来る。

 

「さて……ご存じかもしれませんが、私達天翼種が勝負を挑まれた際に行うゲームは、歴史的にも唯一つしかありません」

 

言うや否や、ジブリールがテーブルに手を掲げる。

すると、青白い光を放つ半透明の水晶が姿を現した。

周囲の空間に、先ほどの陣のようなものも散見される。

精霊回廊を持たない人類種にすら感知出来てしまうその大規模な魔法に、ステフはあからさまに怯えていた。

 

「これから行うゲームは、具象化しりとり。ルールは通常のしりとりと同様、実在するものを示す単語を30秒以内に答えるだけです。勿論、あらゆる事由より続行不能になるような事があった場合、その時点でゲーム終了です」

「……それだけじゃないんだろ?」

「えぇ。具象化という名の通り、発言したものがこの場にあれば消え、無ければ現れます。ただ、ゲーム開始と同時にこの場は仮想空間となりますので、ここでの変化はゲーム終了と同時に元に戻ります」

 

それはつまり、場合によってはそれがプレイヤーに危害を加える事もあるわけで。

ジブリールの発言の、あらゆる事由による続行不能とは、それをも指している事を空白は理解した。

ただし全てゲーム終了と同時に元通りとなると聞き、空は内心安堵した。

白や紫恩を失うわけにはいかないのだ。

 

「それでは、準備がよろしければ始めさせていただきたいのですが」

 

人のいい笑みを浮かべ、ジブリールは問う。

 

「俺らはいつでもいいぜ。」

「……かかって……くるの。」

 

準備万端といった様子の空白。

しかし一方で、ステフに関しては準備不足もいいところだった。

着々と話が進められていく中、ただステフは慌てふためいて。

ゲームをするのは二人なのだから、自分は居なくていいのではないか……そんな目線を、ステフは隣に立つ紫恩に向けた。

 

「ステファニー。」

「はいお兄様、一緒に……」

「諦めましょう。」

「……へ?」

 

にべもなく、紫恩は言い放つ。

朗らかな紫恩の笑みの裏に、ステフは悪魔を見たような気がした。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「それでは、先手はそちらでどうぞ」

 

ゲーム開始と共に、ジブリールは先手を空に譲った。

考えとしては、異世界人の手並みを拝見したい、そういった所だろう。

それに空は一瞬迷う素振りを見せて……即答した。

 

「それじゃ……"水爆"」

 

途端、頭上に現れた鈍色の球体。

一体それが何なのか分からないそれを、ジブリールとステフは怪訝に見上げる。

 

―――――水素爆弾。

水素の同位体である重水素と放射性同位体の核融合反応を利用した核兵器。

その威力は人工的に地震さえ引き起こし、とある地域では地殻変動により湖が出来上がったという。

それが仮に人体に直撃すれば、脆弱な人間など容易く灰と化すだろう。

 

その事を、地球で暮らし、地球を学んだ紫恩は知っていた。

 

「空……!!」

 

―――――自爆する気か。

紫恩が叫ばんとしたその時、部屋に駆動音が鳴り響く。

それと同時に、頭上に浮かぶ鈍色の球体が淡く輝きはじめた。

 

「これは……」

 

それが何なのか、何を意味しているのか分からないジブリール。

やがて球体の輝きが最高潮にまで達した―――――その刹那。

ジブリールが、目を見開いた。

 

「ッ!"久遠第四加護(クー・リ・アンセ)"!!」

 

水爆の爆発と同時に、ジブリールを除いた空達4人を覆うように展開された守護壁。

轟音が大地を震わせ、絶え間ない衝撃が辺り一帯に降り注ぐ。

地球の地形を変化させた程の力は、仮想空間上の図書館を破壊しつくした。

 

……しかし。

 

「なんとも……ない?」

 

紫恩が唖然と呟く。

4人が居た場所だけがまるで何も無かったかのような綺麗な状態で残っていたのだ。

そしてジブリールに至っては、防御すらしていなかったのに無傷。

考え得る人間の科学力を最大限に結集した最大級の攻撃すら、天翼種の前には無駄だった。

 

「初手が自爆ですか。私の好意が無ければ、今頃あなた方の負けでしたよ?」

「何言ってんだ。すぐにゲームを終わらせるようなつまらない真似、お前は許さないだろ。でも、まぁ……」

 

傷一つ無いジブリールの体。

人間の科学力も超常的存在の前では無力か、と空は苦笑した。

 

「お前、一体どんな体の構造してんだよ」

「ふふふ。ご自分の置かれている立場、お分かり頂けたようで何よりです。精々、私を楽しませてくださいませ」

「言ってろ……"精霊回廊"」

 

それは、空がこの世界に来て初めてしった単語。

その発言によって、ジブリールの体から精霊回廊が消失した。

 

「……そう来ましたか。」

「これで魔法は使えないな。てか、やった俺が聞くのもどうかと思うが、大丈夫なのか?」

「問題ありません。少々落ち着きませんが、体内に精霊が残っておりますので」

 

 

語らう彼らの後ろで、紫恩は人知れずじっと手を見つめていた。

空の言葉、精霊回廊……それがジブリールの精霊回廊を消した。

ならば、元々精霊回廊が無い人類種はどうなるのだろうと、紫恩は考えたのだ。

だが特に体に変化は無く、魔法の源である精霊を扱えるようになっているようにも思えない。

 

―――――体がそれに対応するように出来ていなければ無理なのだろう。

残念そうに紫恩は首を振り、手を降ろした。

 

そうしている間にもしりとりは進んでおり、何故か馬がステフの前に出現。

置物では無く、生きている本物の動物であることに、紫恩は魔法の有能さを実感する。

これなら観客である自分も楽しめそうだと、紫恩は次の手番である空に期待の眼を向けた。

 

「"ま●こ"。」

「ほう、ま……へ?」

 

我が耳を疑うとは、この事だろう。

天翼種のジブリールを含めた女性陣三名が呆けている中、紫恩は慌てたように声を上げた。

 

「そ、空!そんな言葉、一体どこで……!」

「どこでって、んなのお前なら言わなくても分かるだろ」

「確かに、空が私に購入させたゲームの中にはそういうのもありましたが……。」

 

―――――頭では知っていても、しかし理解出来なかった。

というか、認知したくなかった。

心の中の、若き日の純粋な空はもうどこにもいないのだという現実に気付かされる気がして。

そんな現実に無理やり気付かされた紫恩は、ただただ項垂れた。

……そして。

 

「……っ!」

 

体の変化に気付いたステフが、慌ててスカートを抑える。

同時にみるみる内に顔が赤くなっていく彼女とは対照的に、白は無言で空に頷いた。

 

「なるほど。こんな事も一応出来るのか」

「何がなるほどですのよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

途中、茶番を挟んだりもしたが、しかし着々としりとりは進んでいく。

その度に周りが巻き込まれ、慌ただしく状況は変化していった。

特に女性陣の変化が激しく、白は猫耳とマフラーのみ、ジブリールやステフはもはや全裸。

 

変化らしい変化は学生服になった事くらいの紫恩も、目のやりどころに困る意味で疲れてきた頃。

 

「……そろそろ、刺激が欲しいですね」

 

微笑みつつも、退屈そうにジブリールが呟く。

これだけの事をしておいてまだ望むのかと、紫恩がジト目をジブリールに向ける。

―――――そして、彼女と目が合った。

 

「っ!?」

 

背筋の凍るような不気味な眼差しに、紫恩は後ずさる。

そしてそんな紫恩の様子に、幼子を見るかのようにジブリールは薄く笑った。

―――――彼女は、人類種など歯牙にもかけていない。

天翼種は、やはり根本的には天翼種なのだと。

今はただ遊ばせているだけだと言わんばかりの冷たい眼に、紫恩は凍りついた。

 

……そしてそんな紫恩の異変に最初に気付いたのは、隣で疲れ切ったように座り込んでいたステフだった。

 

「どうしたんですの、お兄様?」

 

だが、以前紫恩の眼はジブリールに向けられたまま。

ステフの声など、聞こえていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、空様。こんなのはいかがでしょう……"ヒプノック"」

「ヒプノック……?」

 

聞き覚えのある名前に、空と白は目を見合わせた。

某狩りゲーに出てきそうな名前である。

具体的に言えば、鮮やかな羽毛を纏い、鋭利なクチバシを有し、人間の背丈を超える体長の鳥みたいな竜の種につけられそうな。

ついでに睡眠液とか吐いて嫌われていそうな。

 

そんな事を二人が考えている間に、当然の如く具象化し……"ヒプノック"が現れた。

 

「……。」

 

どうせ似たような名前の何かしらだろうと。

そう思っていた"ヒプノック"は、少々想像していたものより小さかったものの本当にヒプノックで。

決めつけていた数秒前の自分を、空は無性に殴りたかった。

 

 

「いやジブリール!お前、これ非実在だろ!存在してないだろ!」

「いいえ、存在しておりました。現在は殆ど姿を見せておりませんが、大戦時代彼らは……」

「あぁそうだな、そうやって大昔の話持って来られたら俺ら否定できねぇなクソッタレ!」

 

魔法で前々から何か仕込んでいたのか、はたまた本当に居たのかは定かではない。

が、現実問題あれを放置するのは、少々危険であった。

早い段階で消さなければ、間接的に空白側が続行不能に陥らされる恐れがある。

何しろ、二人は根っからのひきこもり。

 

あんなもの相手に、生き残る術など会得していない。

 

「ていうか、それならせめてイャンクックにしろよ。それかリオレ……」

「イャンクック?なんでしょうかそれは?まさか異世界にも似たような者たちが……」

「ちげぇよ!いや、違わないけど違うんだよ!」

 

異世界の知識の片鱗に、ジブリールが目を輝かせ、再び身を乗り出す。

空がそれを鬱陶しそうに押しのけようとしたその時だった。

 

「にぃ……!」

 

慌てたような白の声。

そしてそれを掻き消すかの如く、鳴り響く甲高い咆哮。

"ヒプノック"が低空飛行の体勢で突進してきたのと、空がそれに気付いたのはほぼ同時であった。

 

「やば……!」

 

直撃すれば、空白は続行不能に陥るだろう。

しかしこれを防ぐような事を、ジブリールが今さらする筈もない。

慌てて白を抱え、空は椅子から立ち上がり、射線上から跳ぶように避けた。

直後、先ほどまで空が据わっていた椅子が砕け、強烈な衝撃波と共に空白を追い打ちする。

流石に衝撃波までは避けきれず、空は白を庇いつつ転げるように倒れ込んだ。

 

「……はっ。緊急回避成功……ってか」

「にぃ……言ってる場合じゃ、ない……」

 

白の言う通りである。

一度避けても、攻撃は何度だってくるだろう。

避け続ける事は、体力的にもまず無理だ。

ならば、あれをしりとりで消すしか無い。

 

「だが、どうする。"モンスター"はだめだ、クで始まるなにか……」

 

しかし、空が思案に耽る時間すら、"ヒプノック"は与えようとしなかった。

 

「にぃ、また……来る……!」

「はぁ!?硬直時間短けぇぞ!ずっと威嚇してろよ!」

 

一度大きく飛翔してからの、滑空による突進。

だが、空達はまだ体勢を崩しており、先ほどのようには動けない。

 

「白、出来るだけ丸くなってろ」

「……にぃ?」

 

直撃する前に消せばいい。

空は脳内をフル回転させ、あらゆる単語を候補にあげる。

脅威を一撃で葬り去り、状況を打開しうる可能性。

その間も先ほど同様白を覆うように庇い、そして眼は"ヒプノック"から目を離さなかった。

 

来るならいつでも来いとばかりの空に、襲い掛かる鳥のような竜。

その鋭い眼光は、獲物を前にした鷲の如く。

 

「……空、白っ!!」

 

―――――そこへ、紫恩が割り込んだ。

 

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