ヒポクリス   作:LLE

14 / 21
第十話 紫恩という存在

―――ジブリールは、紫恩に興味があった。

異世界人である空と白が慕う、エルキアの人類種。

前国王の令嬢に対するものとは明らかに異なる、空白の紫恩に対する親愛。

それはもはや、親子のそれに匹敵していると言っていい。

 

出身も育ちも明らかに違う彼らが、何故そのような繋がりを得ているのか。

抑えきれない好奇心は、やがて一つの仮説に辿り着いた。

 

……紫恩という人類種の可能性。

種に顕在化したイレギュラー。

ただの人類種では無い筈だという、期待に満ちた未知への渇望。

 

―――――アレも巻き込んで、遊んでみましょうか。

 

その為の、"ヒプノック"。

抗いようのない脅威が現れた時、彼はどう対処するのか。

ジブリールが紫恩に向けた興味は、まさに。

実験用に生き永らえている、モルモットに対するそれであった。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

動けない空白に、襲い掛かる"ヒプノック"。

無我夢中で、紫恩は駆け出した。

 

「空、白……っ!」

 

空白の前に立ちふさがるように割り込んだ紫恩。

白が唖然と、紫恩を見上げる。

 

「……紫恩……?」

「私が時間を稼ぎます。二人はゲームを続行してください……!」

 

突然現れた妨害者に、"ヒプノック"は標的を変えた。

そのままの速度で滑空し、鋭いクチバシが紫恩へと向けられる。

そして、数秒と経たぬうちに凄まじい衝撃で紫恩に衝突―――するかと思いきや。

 

衝突するよりも先に、紫恩の振り上げた脚が"ヒプノック"の側頭部を強打。

横からの衝撃により僅かに軌道が逸れ、紫恩はクチバシの直撃を免れた。

……が、軌道が逸れ切らなかった大きな翼が、紫恩へと襲い掛かる。

 

「かはっ……!」

 

絡み取られ、半ば引きずられるように紫恩は吹き飛ぶ。

舞い上がる土煙と、地面に付けられた深い傷痕が、紫恩を襲った衝撃の強さを物語っていた。

 

「紫恩、大丈夫か!」

 

思わず空も声を上げる。

……しかし、返事は無い。

 

土煙で視界が悪く、紫恩どころか"ヒプノック"すら確認できない。

最悪の結果を誰もが予想した……その時だった。

 

「私の、事よりも先に……ゲームを!」

 

絞り出すような、紫恩の声。

姿は相変わらず確認できないが、確かに土煙の中から聞こえた。

一先ず無事を確認し安堵した空は、ステフに目を向ける。

 

「……ステフ、紫恩を頼む」

 

助けろとは言わない。

だがせめて、無事かどうか確認して欲しかった。

空の真剣な目に、ステフは黙って頷き、未だ鎮まらぬ土煙の中へ駆けて行く。

 

 

「なかなか人類種もやりますね。強敵を前にすれば逃げるものと思っておりましたが……いやはや、驚きました」

 

口元に手を当て、本当に驚いた風をジブリールは装いつつ、続ける。

 

「しかし空様、もうすぐ30秒でございます。次の単語を答えなければ、彼の努力も虚しく失格となりますよ」

「……そうだったな」

 

―――適当な単語でこの場は繋ぎ、次の単語を待つか。

時間もあまりない以上、そうするべきだろうと空は考えていた。

 

……しかし。

今すぐにでも"ヒプノック"を消さなければ、取り返しがつかなくなるのではないか。

次の機会を待つ時間的猶予など、もはや俺達には無いのではないか、と。

空の脳裏に、先ほど吹き飛んだ紫恩の光景が蘇る。

 

「"ク"……ク、か……」

 

―――――このままでは、紫恩の身が危ない。

なんでもいい。

最悪、足止めでもいい。

何か無いかと考え込む空と、そして白。

 

制限時間も残り数秒となった、その時。

二人は、同時に声を上げた。

 

「「"クリーチャー"!!」」

 

 

刹那、一陣の風が辺り一帯を吹き抜けた。

視界を遮っていた土煙が霧散し、そして"ヒプノック"の姿が消えた事を空は確認する。

―――――成功したのだ。

 

「よっしゃあ!白、よく思いついたな!」

「……にぃこそ」

 

歓喜の声を上げ、ハイタッチする二人。

そして空達は紫恩の無事を確認する為、一斉に土煙の舞っていた場所へ駆けつけた。

 

 

 

 

 

 

「うへ……」

 

辺り一帯の地面に、深く抉れた長い線が縦横無尽に駆け巡っている。

更に、何かが突き刺さったような鋭角の浅い穴も点在していた。

恐らく、最後まで暴れ続けていたのだろう。

ジブリールはとんでもない奴を具象化したものだと、被害の凄惨さに空は目を背けた。

 

そんな空の服の端を、白が引っ張る。

 

「にぃ……あそこ」

「ん、見つけたか?……って、ありゃあステフじゃねぇか」

 

少し離れた所で、全裸のステフが座り込んでいた。

だが、周囲に紫恩の影は見当たらない。

結局合流出来なかったのだろうかと、怪訝な顔をしつつも空はステフに近づいた。

 

「おいステフ、大丈夫か?」

「空……?」

 

まるで今気付いたとでも言わんばかりに、ステフは空を見上げる。

 

「怪我は無いみたいだな。ところでさ、紫恩は……」

 

紫恩という言葉に、ステフは再び顔を俯かせた。

何かを堪えるかのように歯噛みし、やがて震える声でステフは告げる。

 

 

「お、お兄様は……消えましたわ」

「……は?」

 

―――――消えたとは、どういう事だ。

まさか"クリーチャー"で人類種である紫恩が消える筈もないだろう。

わけが分からずステフを凝視する空と白に、ジブリールが補足する。

 

「最初に申し上げました通り、ここは仮想空間でございます。その中で命を失うような事態が起きた場合、精神は強制的に現界へと送還されます。」

「それは、つまり……」

「はい。彼は、一度殺されたのでしょう。恐らくこの仮想空間にはもう居ませんよ。」

 

つまらなそうに。

期待外れだったとでもいうかのように、ジブリールは淡々と告げる。

 

 

一方、紫恩が死んだという現実に、空は拳を固く握りしめる。

服を握る白の手にも、いつもより力が込められていた。

あまりにもリアルすぎるこの状況。

仮想空間という言葉など……飾りのようにしか思えなくて。

 

周りを見渡しても、どこにも紫恩の姿は無い。

ただそれだけの事が、強く二人の胸を締め付けた。

 

「所詮、脆弱な人類種ですか……。もしやとは思ったのですが、やはり彼もただの人類種。強者の前ではただの弱者でしたね」

 

ジブリールの言葉に、空の眉がピクリと動く。

 

「脆弱、ねぇ……」

「はい。脆弱で、弱い存在でございます。しかしまぁ、彼の健闘は称えておきましょうか……"灯り"」

 

凄惨に破壊された空間に出現した、数多くのろうそく。

まるで死者への手向けの如く、燃ゆる炎がゆらゆらと揺れている。

 

やがて、何ともなしに元の場所へ戻ろうとするジブリール。

そんな彼女を引き留めるかのように、空が口を開く。

 

「人類が脆弱な弱い存在だっていうなら、盟約によって殺傷を封印されちゃったどこかの殺戮兵器は……さしずめ、生きる屍かな?」

 

敵意を剥きだしに、ジブリール―――殺戮兵器を煽る空。

その言葉に、ジブリールの表情から笑みが消えた。

 

「……空様。ご自分の立場、ご理解されていますか?」

「あぁしてるとも。そしてその上で言っている。紫恩の行動から何も学べないお前は、人類種以下だってな」

 

ジブリールの言う"強者"を相手に、紫恩は二人を守りきってみせた。

"ヒプノック"の動きを一瞬でもコントロールし、狙い通りの結果を生み出してみせた紫恩を、ただの弱者と切り捨てる天翼種(強者)ジブリール。

 

空は嘲るように、笑った。

 

「お前の弱さ……教えてやるよ。たっぷりとな」

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

エルキア王立図書館の、中央に位置する円卓。

天翼種と空白のゲームが始まった、始まりの場所。

"ヒプノック"に殺された紫恩は、意識を失うと同時にこの場所で目を覚ました。

 

「はぁ、死んじゃいました」

 

誰ともなしに呟いた紫恩の声が、虚しく部屋に響く。

一先ず色々と落ち着く為に、紫恩は痛む胸を摩りつつ適当な席に腰かけた。

 

「この痛みも、錯覚なのでしょうが……」

 

深く息を吐いて、紫恩は腰掛けに全体重を預ける。

 

―――――あの時。

二人を守るために吹き飛ばされた後、呆気なく"ヒプノック"に捕まってしまった。

鉤爪で地面に押さえつけられ、骨が砕ける音を聞いた時の痛みと恐怖は今でも忘れられない。

ただ、これで少なくとも二人の敗北は避けられただろう。

未だあちらから帰ってこない彼らに、紫恩は笑みを浮かべる。

 

悔いなど、何一つ無かった。

 

「ステファニー……大丈夫ですかね」

 

だが、紫恩に心配な事があるとすれば、それはステファニーの事だった。

人の脚程の太さを持つ鉤爪で押し潰された紫恩を、彼女は目撃している。

そして自分が意識を失う瞬間、ステファニーと目を合わせてしまった事も覚えている。

―――――トラウマを植え付けてはいないだろうか。

 

「……ま、悩んでいても仕方ありませんね」

 

生きているうちに貴重な体験を出来てよかった。

半ば自分に言い聞かせて、紫恩は立ち上がる。

……そうでも考えていなければ気が狂いかねない。

 

 

気分転換に本でも読もうかと、紫恩は辺りを見渡した。

そして見渡せば見渡すほど、壁中を覆い尽くす本棚の量に圧倒される。

それら全てに例外なく本が詰め込まれており、改めて本の数量が膨大になっている事に気付かされる。

 

そんな膨大な数の本の中、紫恩は見覚えのある背表紙を見つけた。

 

「これは……確か、父上の……」

 

無地の黒表紙の、古ぼけた本。

これを父は非常に大事にしていた事を、紫恩は覚えていた。

当時子供であった自分にすら手に取らせようとはしなかった事も、懐かしい記憶と共に残っている。

 

何故これがここにあるのだろうと疑問に思ったが、しかし紫恩はすぐに父の手紙を思い出した。

手紙には、幾つかの重要な蔵書は全て国王に預けたと書かれていた。

そう、国王に預け―――――

 

 

「まさか父の蔵書まで賭け金に……?」

 

父の蔵書が、天翼種の所有物となっている事実。

それはつまり、そういう事なのだろう。

 

幾らなんでもそれは酷くは無いかと、紫恩は肩を落とした。

確かに所有者は国王へと移ったのだから、扱い方など国王の勝手なのだろうが……。

しかしこれは、父の形見なのである。

もう少し大事に扱っても、罰は当たらないだろう。

 

今は亡き国王に内心で文句を言いつつ、紫恩は何となくその黒い本の表紙に手を掛けた。

一度も手に取らせてくれず、触りでもすれば仮に紫恩相手でも激昂したほどの本だ。

興味が無いといえば嘘になる。

むしろ興味しかなかった。

 

危険思想でも書かれているのだろうかと、恐る恐る紫恩は本を開く。

 

「……。」

 

 

―――――なるほど。父上が見せたくないわけだ。

 

紫恩は、何も見なかったかのように表紙を閉じる。

そして脱力して、本を放り投げた。

 

「お爺さん……あんたは本当に、友人思いですね」

 

天翼種に渡してしまった事を一度は非難してしまったが、しかしそれは撤回しよう。

あれを天翼種に渡したのは、いい判断だ。

生きているかもしれない紫恩という存在から隠すという意味では、画期的ですらある。

 

……だが出来れば、この世から焼却処分しておいてほしかった。

まるで両親の"情事"を見てしまったかのような罪悪感に、紫恩は別の意味で胸を痛める。

 

「親子で性癖って……似るんでしょうか……」

 

更に妙なところで、恥ずかしくも自分が父の子である事を再確認させられた紫恩。

再び席につき、何もかも忘れようと机に突っ伏した。

……その時。

 

図書館に、一際強い光が溢れだした。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

クーロン力の喪失による、超新星爆発。

その超高温のエネルギーは、天翼種であるジブリールすらも焼き尽くす。

これによりジブリールを打倒し、空達は勝利を携え再び図書館へと戻ってきた。

 

疲れ切った様子の彼らを、ひと足先に戻っていた紫恩が出迎える。

 

「お帰りなさい。そして、お疲れ様」

 

笑い、手を振る紫恩の体に目立った傷は無い。

健康そのものである。

やはり全て夢だったのだと、ステフは感極まり、紫恩に駆け寄った。

 

「お兄様……!」

「ステファニー、すみませんでした。みっともない所を見せてしまって……」

「そんな事……私こそ、お兄様を助けられなくて……!」

 

よほど衝撃的だったのだろう。

肩を震わせるステフを、静かに宥め続ける紫恩。

そんな様子を、空と白がやや後ろから眺めていた事に紫恩が気づき、笑いかけた。

 

「すみません、二人とも。やっぱり私には無茶だったようです」

 

茶目っ気を見せつつ、笑顔で告げる紫恩。

紫恩の笑顔に安心したのか、二人の堅かった表情も柔らかいものとなった。

 

「まぁでも、お前の無茶に助けられたのは俺らだしな」

「………でも、もう……無茶しちゃ、め」

「はい。ありがとう、そしてすみませんでした……空、白」

 

 

 

―――――ジブリールは考えていた。

紫恩が消えた後のゲーム中、常に緊迫した雰囲気であった彼ら。

しかしゲームが終わり、そこに紫恩が戻った途端、再びそこに柔らかな空気が戻った。

 

紫恩は、ただの人類種である。

特別な力を有しているわけでも、空白のように特別頭の回転が良いわけでもない。

でなければ、あんなあっさり倒されなどしないだろう。

 

しかし、それでも紫恩は彼らの中核を担っていた。

空白の力を、良い意味でも悪い意味でも支え続けているのは紫恩である。

そして紫恩が支え続けた空と白は、既知を未知に覆し、天翼種である自分を遂に打ち破った。

 

 

そこに、ジブリールは己の付き従うべきマスターとしての姿を見出した。

 

「あぁ、ジブリール。とりあえずお前は俺らの所有物になるわけだが、これまでと変わらずこの図書館はお前が管理していいからな」

 

思い出したようにジブリールへ告げる空。

そこに、先ほどのゲーム内でのいざこざは感じられない。

ゲームはゲーム、リアルはリアル、と空白は完全に割り切っているのだ。

 

 

―――――嗚呼、我らが創造主……戦の神アルトシュよ。私は、新たなる仕えるべきマスターを遂に見つけ出す事が出来ました。

白く美しい翼をたたみ、ジブリールは静かに空と白へ頭を垂れた。

 

「マイマスター、マイロード、我が主よ。位階序列第六位・天翼種ジブリール、これより我が全ては主のもの。どうかその御意思の元、存分に我が全てをおつかい下されば、恐悦至極の極みにございます」

 

それは、ジブリールによる滅私奉公の宣言。

空白への、忠誠の誓いであった。

 

「おう。まぁ色々あったが、これからよろしくな。ジブリール」

「……よろしく」

 

恭しいジブリールに対し、空白の態度はひどく軽い。

二人らしいやりとりだと、紫恩は静かに見守っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。