ヒポクリス   作:LLE

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第十四話 胡蝶の夢

紫恩が寝静まった直後、事を済ませたらしい空が犬小屋へと戻ってきた。

そして白に寄り添うように熟睡している紫恩を見、苦笑した。

久々に見る紫恩の寝顔もそうだが、そんなに眠かった紫恩をずっとゲームにつき合わせていた事に、多少罪悪感も感じて。

 

「白、行くぞ」

「……ん。紫恩は……?」

 

空の言葉で立ち上がり、未だ完全に寝入っている紫恩を見下ろす白。

これから二人が行おうとしている事を鑑みても、紫恩は連れて行くべきだろう。

しかし、気持ちよさそうに爆睡している紫恩を前にして、白はどうしても紫恩を連れて行こうとは言えなかった。

 

……そしてそれは、空も同様で。

時折寝言で空白の名を呼ぶ親代わりの彼に、空は自身の頬が緩むのを感じた。

 

「別にいいだろ。紫恩が居なくても、やりようは幾らでもある」

「……分かった」

 

やがて、紫恩を起こさないよう音を立てずに部屋を後にした二人。

二人の出発を、紫恩の寝息だけが見送った。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

犬小屋に取り残された紫恩。

結局、彼が熟睡から目を覚ましたのは陽も暮れだした頃であった。

 

「ここは……空と白の部屋?」

 

ゲームにつき合わされた後寝てしまったのかと、紫恩はぐるりと部屋を見渡した。

生憎そこに二人の姿は無く、部屋にいるのは寝惚け眼で呆けている紫恩一人のみ。

―――――そういえば、夕食の準備がまだだった。

どれだけ自分が寝ていたかはわからないが、体中の疲れが抜けている事からも大分長く寝ていたのは確実である、と。

漏れ出る欠伸をかみ殺して伸びをしつつ、凝り固まった体を解すように立ち上がり……そして気づいた。

 

「……声?」

 

それは丁度、前に図書館の前で聞いた空とステフの言い争いのような喧噪。

違う点といえば、そこに空やステフの声は無く、代わりに不特定多数の声色が入り混じっている事。

次から次へとよくもまぁ問題が起きるものだと、気怠げに嘆息した紫恩。

だが、その喧噪の中唯一聞こえた単語に、眠さから省電力状態だった紫恩の頭は一気に覚醒する。

 

その単語は―――――愚王。

 

前国王がすでに死去した今、国民が愚王と呼ぶ可能性のある人物など、決まりきっている。

そしてその上で、この不特定多数の声色が混じる喧噪の意味を、紫恩は理解した。

 

「暴動……!?」

 

何故今更そのような事が起きるのか。

空白の力によって人の暮らしがどれだけ豊かになったか分からぬ程、人類種も馬鹿ではない。

それなのになぜ、人類種が空白相手に暴動を起こすのか。

 

わけが分からず、しかしいてもたっても居られなくて紫恩は部屋を飛び出した。

とにかく、この現状の意味を空白から聞かなければならない。

空白が何らかの行動を起こした結果、このような暴動が起きたのだとしか考えられなかった。

 

 

「しかし……"また"暴動、ですか」

 

駆けている最中、紫恩は忌々しげに呟いた。

暴動、それは人類種の権力者に対する抗議。

そして―――――紫恩の両親を死へと追いつめた、元凶。

 

「恨む権利など、私には無いのでしょうが……」

 

その暴動を起こす隙を作ってしまったのは、他ならぬ紫恩。

その事は紫恩自身もよく分かっている。

分かってはいるが……納得など出来るはずもない。

 

愚王への暴動を、紫恩はやりきれない思いで聞き続けていた。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

「空、白!これはどういう事ですか!」

 

空白、そしてステフとジブリールが居る王座へ着くなり、開口一番に紫恩は叫んだ。

ゲームをしていたらしい空白は、突然の保護者の登場に驚くことなく、笑みさえ見せる。

 

「重役出勤ご苦労様、紫恩。もう始まってるぞ?」

「そのようですね。君達がこんな、暴動を起こさせるような事を始めるとは思いませんでしたよっ!一体何を……」

 

手がかりがあるとすれば、空が"アポを取る"と言っていた事。

そしてそのあとの、あの怪しげな笑み。

―――――あの時、空を止めればよかった。

後悔は覆い隠しながらも、叱り心頭で空白を睨む紫恩。

対して二人は、現状に特に焦ることもなく、まだのんきにゲームをし続けていて。

更に肩をいからせる紫恩を、慌ててステフが止めた。

 

「お兄様!落ち着いてくださいな、私からお話しますわ……」

 

 

 

 

 

 

「東部連合への、宣戦布告……!?」

 

ステフから説明を受けた紫恩は、あり得ないものでも見たかのように空白を凝視した。

―――二人は常日頃から考え方が突拍子も無いと思っていたが、まさかこれほどとは。

そして今さっき初めて自分の胸に人類種の駒が浮かび上がっている事に気付き、紫恩はよろけるように壁にもたれかかった。

 

「お、お兄様……大丈夫ですの?」

「このような事で動揺するとは情けない。紫恩様もマスター達を見習ったらいかがでございますか」

 

全く正反対の、ステフとジブリールの言葉。

こうまで反応が真逆だと、いっそ清々しいとさえ言える。

 

「……けれど、空。お兄様がそのようにお考えになるのも当然ですわ。こんな、誰にも相談せず突然人類種の命を賭けなどすれば誰だって……」

「ステフまでそれを言うか。よく考えてみろよ、これはゲームだぞ?」

 

これはただのゲームなのだと。

何をそこまで悲観し、絶望さえしているのかと。

全く分からないという空白に、ステフと紫恩は唖然とした。

もっとも、そんな彼らを唯一心酔しているジブリールは、恍惚とした表情を浮かべていたが。

 

「大体さ、紫恩。お前は、俺らが負けるとでも思っているのか?」

「それは……」

 

空白が負ける筈はない。

二人を信じる紫恩の思いは、エルキアに来ても変わらない。

相手がたとえ獣人種だろうと打ち破ると、この8年間彼らを見守り続けた紫恩は"経験則"で知っている。

そんな紫恩の思いを言われずとも知っている空は、笑いながら続ける。

 

「ま、そうだよな。お前が問題としているのはそこじゃなく、暴動そのものだし」

「え……そうなんですの?」

 

俯いた紫恩に、ステフは怪訝な眼差しを向けた。

 

空の言うとおり、紫恩が問題視しているのは人類種の駒が奪われた場合を想定したものではない。

その行為が、暴動を起こすに至った事。

それだけが紫恩にとって重要であり、唯一の不安事項であった。

 

「本当に、君は人の心にズカズカと土足で踏み込みますよね」

「俺がそういう人間だと知ってて、お前は俺らに付き合ってるんだろ」

「それもそうですが……もっとこう、なんとかならないんですか」

「……無理…。にぃは、そういう人…」

 

空の片割れである白からそう言われてしまえば、苦笑するしかない。

紫恩は諦めたように天を仰いだ。

 

 

暴動によって追い詰められ、命を落とした紫恩の家族。

また同じように家族を……空白を失うのではないかと、紫恩はそればかり考えていた。

だが、そんな自分の不安とは裏腹に、二人は暴動が起きた今もいつも通りで。

まさか強がっているのかと憤ってはみせたが、やはり空白は紛れも無く空白のまま。

 

「……分かりました。それではもう、私からは何も言いませんよ」

 

―――――もう二人の思い通りに、好き勝手にやってしまえばいい。

ただ、それは決して放棄という意味ではなく、信頼。

紫恩の両親と空白は違うという事を理解した上での、信任。

 

……だがその時、その紫恩の信任を認めぬ者が現れた。

 

 

「ようやく正体を現したわね、売国奴!私達の国、返してもらうわよ」

「クラミー・ツェル……!?」

 

開かれていた王座の扉から堂々と侵入してきたのは、少女とエルフ。

国王選定戦で空白と対決した、クラミー・ツェルとその協力者であった。

人類種の駒が賭けられた事を知り、駆け付けたのだ。

二人の登場に、ステフが驚きの声を上げる。

 

「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」

 

分かり切っていたとばかりに、不敵に笑う空。

だがクラミーの視線は冷たく、空白を……そして紫恩を、心底失望したかのように睨みつけていた。

 

「ちょっとは人類種の事を考えてるのかとも思ったけど……期待した私が馬鹿だったわ。やはり、売国奴達に国を任せるべきではなかった」

 

どうやら紫恩も売国奴の中に含まれているらしい。

考え方としては当然だが、言い得て妙だと紫恩は内心で笑った。

暴動ばかり起こす事しか能の無い人類種。

とにかく騒いでおけば何もかも解決すると思っているのだろう。

そんな人類種で構成されているこの国に、思うところが少なからずあった事は確かだからだ。

 

あったところで、自身の立場上どうにかしようとは思わなかったが。

 

 

「勝手に期待してくれてたようで、嬉しい限りだ。……んで、やるのか?挑戦ならいつでも引き受けるぜ」

 

何を、とは言わない。

そも、言わずとも知れた事である。

エルフが後ろで見守る中、クラミーは即答で返した。

 

「えぇ。私の要求は……」

「待った。その辺は後にしようぜ。どうせゲーム開始前に確認するんだ、二度手間だろ」

 

空の意見は、クラミーには正しく聞こえた。

……その裏に何が隠されているかは知らないが。

 

「……いいわ。じゃあさっさと準備して頂戴。言っとくけど、自分が絶対に勝てるゲーム用意しても無駄よ」

 

クラミーには、エルフの協力者がいる。

その魔法の前では、いかに空が知に長けた存在とはいえ無意味である、と。

警告するクラミーに、空はやはり笑って答える。

 

「大丈夫だって。ゲームの準備にはお前らにも協力してもらうから安心しろ」

「なんですって……?」

 

空はもう、最後の鍵を手に入れる為にどんなゲームを仕掛ければいいか分かっていた。

そして、そのゲームに勝利するための方法も。

……だが、ここで初めて空は不安げに紫恩を見やる。

 

「どうしました?」

 

突然目線を合わせてきた空に、首を傾げる紫恩。

 

―――――この方法に穴があるとすれば、それは紫恩の存在そのものだ。

紫恩という存在は、なくてはならないものである。

自身の、そして白の、紫恩に対する信頼は大きい。

その信頼の大きさが故に、白の信頼が盲信へと変化する可能性。

また空自身の、紫恩を失望させる可能性のある"最後の一手"への躊躇。

 

空はその二つの危険性を前に逡巡したが、しかし今それを考えたところで無駄である事に気付き、悩むのをやめた。

いずれにせよ他の手段を考える時間は無いのだと。

白を、そして己の精神力を信じるほか無いのだと。

ただ、そんな自分への激励として、空は一言だけ紫恩に告げておく事にした。

 

「紫恩」

「なんですか、さっきから。言いたい事があるなら……」

「ごめんな」

 

笑いながら謝罪した空に、紫恩は呆けて固まった。

全く意味が分からないのだろう。

だが空はそれでいいとばかりにまた笑い……そして続ける。

 

「さあ―――――」

 

―――――ゲームを始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

そこで紫恩は目を覚ました。

先ほどまでの光景とは打って変わり、ここは自室。

周囲を見渡して、紫恩は今までの事が夢であった事に気付いた。

 

「……私の部屋、ですか」

 

いつどうやってここへ来たのかは覚えていなかったが、紫恩が目覚めたのは確かに自室。

燦々と部屋を照らしている太陽の光。

窓の外から聞こえる、鳥のさえずり。

その静かすぎて非現実染みた光景に、まだ夢から抜けきっていないような気がして、紫恩はその後も暫く起き上がれないでいた。

 

むしろ、さっきまで見ていた夢の方が現実のような。

今見ているのが夢であるかのような。

それほどまでに、先ほどの夢はリアルすぎて、鮮明であった。

これを世間では胡蝶の夢というのだろうかと黄昏る紫恩。

 

そんな紫恩を現実に引き戻したのは、三度のノック音。

 

 

「……どうぞ、入っていいですよ」

 

―――――こんな早朝に来客とは珍しい。

声を掛けつつ立ち上がり、軽く髪を解して布団を片づけていると、部屋の戸が開かれた。

そして入ってきたのがジブリールである事に、紫恩は眼を丸くする。

 

「おや、貴女でしたか。丁寧にノックなんてされるものですから、てっきりステファニーかと……」

「それは申し訳ございませんでした。寝起きのだらしない格好を見られたくないだろうという、史上稀に見る私の心遣いだったのですが……無駄でございましたようで」

 

寝起きのためかボサボサの濡羽色の髪に、着崩れた寝間着。

そこには、いつも心身共に居住まい正しくしているような紫恩の姿など欠片もなく。

残念なものでも見たかのようなジブリールの視線に、紫恩は苦笑した。

 

「すみませんね、昨日は夜遅くまでゲームをしていたものですから」

「今さら貴方がどれだけ鍛錬を積んだところで、マスターに勝てる見込みなどゼロでありましょう」

「言い切りますね……いやその通りなんですが。ただ、鍛錬と言うわけでもなく、付き合ってただけで」

「ゲームに付き合っていた?それはマスターでございますか」

「えぇ。白と……」

 

そこで、紫恩の言葉は不自然に止まった。

紫恩にあるのは、白と共に徹夜でゲームをしたという記憶だけ。

だが自身がゲームに付き合っていたのは、果たして白だけだっただろうか。

―――――白と……白と、他に誰かいなかったか。

 

「どうされましたか」

「あぁすみません、ちょっとぼーっと……」

「マスターの世界の知識によると、人との会話の受け答えで不自然なラグが起きた場合、脳の病気を疑ったほうがよろしいらしいですよ」

 

ニコニコと。

その話の内容とは裏腹に、非常に嬉しそうに語るジブリール。

 

「……それが、どうかしましたか」

「僭越ながら、私が貴方の脳を弄……検査してさしあげる事も可能でございますが、いかがなさいますか」

「ジブリールの医学知識がどれほどかは存じませんが、丁重にお断りさせていただきます」

 

―――――というか今一瞬本音が出ていただろう。

後ずさる紫恩に、残念そうに肩を落とすジブリール。

本当に頼むとでも思っていたのかと、紫恩は別の意味でジブリールに恐怖を感じた。

 

「で、結局何なんですか。そんな世間話をする為にまさか来たわけでもないでしょう」

「勿論でございます。……"空"という名に、憶えはございますか」

 

ジブリールの口から飛び出した、空という名前。

まさか彼女からその名が告げられるとは思わず、紫恩は面食らったようにジブリールを見つめた。

 

「これは驚いた……一体、どこでその名を」

「その事に関しては後程。では、空という名をご存じで?」

 

次はジブリールが驚く番であった。

目を丸くして、急かすように再度確認するジブリール。

 

……しかし、紫恩は首を横に振った。

 

 

「夢……空想上の人物の名を言われたから驚いただけで、あくまでも私は知りませんよ」

 

淡々と。

さも当然のように―――――紫恩は断じた。

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