第一話(後半部)
「お、覚えてろぉぉぉぉ!!」
予想通り、ゲームに敗北し素っ裸に剥かれた山賊三人は半泣きで立ち去っていく。
なんとなく可哀そうな気もして、彼らを直視できなかった紫恩は彼らのおいて行った服を見る。
「使えそうなのはローブくらいですかね。空、白、君達にはこの日光は辛いでしょう。羽織っておきなさい。」
「けど、二枚しかないぜ。いいのか?」
「私は君達とは違って真っ当な社会人ですから。この程度、毎日の通勤で慣れてますよ。」
「あーそうかい。後で弱音吐いても聞かねぇからな!ほら、白。」
「……ん。」
正直、彼らの服装はこの世界ではやや奇抜である。
そんな姿が街の人に見られた時、奇異の目が二人に向けられるのを避けたい。
そのために紫恩は彼らにローブを勧めたのだが、しかしそんな意図は心理戦を得意とする空ですら見抜けなかった。
それもそうだろう、空に対し半ば罵るように放った言葉も紫恩の本音の一つであったのだから。
真意を欺き、偽りの仮面を被る事に関しては二人以上であると自負する紫恩。
日本の社会で異世界人が生きる上で身に着けた過剰なまでの防衛手段なわけだが、他人に踏み込みすぎ、ゆえに疎まれる空が紫恩とうまくやれている理由はそこにあったりもする。
自身の本音、真意を複数作り出し、その内の一つを相手に差し向け、しかしもっとも重要な事は胸の奥の奥に隠す。
紫恩はそういう人間であり、異世界人であった。
「それはそうと、紫恩。山賊と俺らがゲームする直前に言った言葉だけどさ。」
「ん?私、何か言いましたか?」
「言ったじゃねぇか。"挑戦を受ける決定権は挑戦された側にある"って。」
「……紫恩……なんで、盟約……知ってるの?」
この世界……ディスボードにおける10の盟約。
山賊からそれを聞かされた二人は、すぐに思い出したのだ。
"挑戦を受けるか受けないかという決定権は挑戦された側にあります"と、紫恩は確かに言っていた事を。
そしてその意味も、二人は薄々感づいていた。
「さて、なんででしょうね。お二人なら……もう、理解しているんじゃないんですか?」
「じゃあお前、本当に……」
「紫恩……この世界の……人だったの?」
驚くのも無理はない。
というか、考えもつかなかっただろう。
まさか身近に異世界人がいた、だなんて。
肯定も否定もせず曖昧に笑うだけだった紫恩に対し、呆けていた空は言葉をつづけた。
「お前……そういう事はもっと早く言えよ!」
「いや、言ったってどうせ信じて……」
「異世界人とか、そんな面白人間が身近にいたなんて!くっそ、どうして気づかなかった過去の俺!」
本気で悔しがる空。
やはり異世界にこようが変わらぬ彼に、紫恩は苦笑する。
二人がそんなやりとりをしている一方で、白は紫恩をじっと見つめ、過去の事を思い出していた。
昔、紫恩は不登校になった白に対し妙な事を言った事があるのだ。
何故そんな学校に行くのですか、と。
嫌なら行かなくていいじゃないですか。私も行きませんでしたし、と。
至極当然のように紫恩は告げた。
周りの大人が口にする言葉とは真逆の言葉に、当時の白は目を丸くした。
まさかそれが、異世界において紫恩自身が学校ではなく家庭の中で学んでいた経験から来たものであるとも知らず。
なんなら私が教えますよ、とすら告げた紫恩。
日本において将来にすら関わってくる問題に対し提案した突拍子も無いアイデア。
初めてあの時、白は紫恩に心を開いた。
「……紫恩…。」
「なんですか、白。」
「火とか……吹ける?」
「吹けるわけないじゃないですか!」
―――あなたはこの世界の人間を化け物かなにかだと思っているのですか。
残念そうにする白に、紫恩は脱力するしかなかった。
「あれ?でもそしたら、さっきの奴らにわざわざ世界の事聞かなくても紫恩が教えてくれたらよかったんじゃ……」
「いいじゃないですか、ローブ手に入りましたし。経験も大事ですよ。」
「……ま、それもそうか。情報も手に入ったことだし、そろそろ街に向かおうぜ。」
果ての見えぬ街道。
街も見えないこの状況でいつたどり着けるのか、不安を抱きつつも三人は歩き出す。
太陽はまだ、昇りはじめたばかりだ。
―――――
それから三人が街……エルキアに着いたのは、陽が下がりはじめた頃だった。
普段ひきこもってばかりいる空と白にとって数時間の徒歩は辛かったようで、すっかり疲労困憊していた。
ぐったりしていた彼ら二人は一直線に宿屋へと向かったのだが、対する紫恩は別行動を取っており、街の中心を縦断する大通りを歩いていた。
その行き先は……街で最も巨大な建築物。
「……変わらないな。」
白を基調とした明るい様相を呈している巨大建築物、エルキア王城。
門前の警備兵を横目に、紫恩はその"懐かしき家"を眺めていた。
「すみません、そこの警備兵さん。」
「はっ、わ、私……ですか?」
まさか声を掛けられるとも思わなかったのだろうか。
あからさまにきょどる警備兵に、それでいいのかと紫恩は内心で笑う。
「そうそう、貴方です。今のエルキア王の名を、教えてもらえませんか?」
「……妙な事を聞かれるのですね。」
「へ……?」
警備兵曰く、前国王は既に崩御されており。
そして現在、国王の遺言に従い、エルキアでは次なる王を決める為のギャンブル大会を開いている真っ只中、という事だった。
しかし、国王には確か孫娘が居たはずである。
彼女の処遇はどうなるのかと紫恩が首をかしげていると、その疑問を察したのか警備兵が口にする。
「お嬢様……ステファニー様も例外ではありません。次代王はあくまでも大会の優勝者ですので。」
「……なるほど。王位継承権を有するステファニーすらも巻き込むとは……お爺さんも思い切った事をされたものですね。」
彼女も大会に参加しているという。
それでは今頃街中で参加者相手にゲームでもしているのかと、紫恩はここに居ない"幼馴染"に思いを馳せる。
警備兵は紫恩が国王をお爺さんと呼んだ事に眉を顰めたが、しかし次の瞬間には驚きに目を丸くしていた。
「ところで、その、貴方は……もしかして、シオドリク・アスター様でございますか……?」
シオドリク・アスター……アスター家の嫡男にして、ドーラ家に最も近いと言われた人物。
王城に勤める者の中で、その名を知らぬ者は居ない。
ステファニーを幼少期から知るその男は、彼女に会うために毎日のように王城に通い、姿も多くの者に目撃されていた。
そしてステファニー自身も、彼を兄のように慕っていた。
そんな二人の姿に、将来の国王と王女の姿を思い浮かべた者も少なくは無い。
だが……それも、10年前までの事。
10年前のある日を境に、突然シオドリクは王城に顔を見せなくなった。
その次の日も……翌月も、翌年も。
シオドリクは二度と、ステファニーの前に姿を現さなかった。
後にも先にも、ステファニーを呼び捨てに出来て、国王をお爺さんなどと呼べる人物など、身内を除けば一人しかいない。
警備兵の追及に、しかし紫恩は笑って見せただけ。
「……さて、私はそろそろ戻るとします。ありがとうございました……アーキンさん。」
「っ!!」
名を知られていた事に驚く警備兵。
アーキンは、王城に背を向け歩き出した紫恩を呼び止めようとして、やめた。
彼を呼び止めたところで、どうせ王城に今ステファニー様は居ないのだ、と。
しかし同僚に話す良いネタが出来たと、アーキンは軽い足取りで持ち場に戻っていった。
―――――
10年前、エルキア。
その頃はまだ国王も存命で、孫娘であるステファニーはまだ8歳。
幼いながらも頭脳明晰で天賦の才を見せ始めていた彼女に期待は大きく、多くの英才教育が施されていた。
彼女がそれを特に苦に思う事はなく、むしろ大人たちの意を汲み、エルキアを救わんがために熱心に取り組んでいた……が。
今日は他に待ち遠しい事があるのか、勉強にも身が入らずそわそわとした様子のステファニーに、教育担当の一人が困ったように溜息をつく。
「お嬢様、楽しみなのは分かりますが集中してください。それではいつまでたっても終わりませんよ。」
「でも先生、今日はお兄様が来てくださる日なのです!今日はどんなお話をしてくださるのだろうと考えたら、私……!」
「……お嬢様は、彼の事となると途端に子供っぽくなられますね。」
―――しかしおそらく、それが正常なのだろうけれど。
ステファニーがいつしかお兄様と呼び慕うようになった、少年……シオドリク・アスター。
一昨日来たばかりだというのに、まるで数か月ぶりに親兄弟と再会するかのような様子で期待に胸を躍らせているステファニーも、この時ばかりは年相応の子供であった。
困ったような顔をする教育担当だが、しかしその内心では彼の事を有難くも思っていた。
こんな幼い頃から勉強詰で生きていてはさぞ辛いだろうと、祖父である国王も頻繁に彼女の相手をしてくださってはいるが、しかし彼も忙しい身。
国王が相手を出来ない日はシオドリクが相手をするといった具合に、遊び相手には事欠かないステファニーもご満悦のようで。
「……仕方ないですね。今日はこの辺で終わりにしましょう。」
「え!?いいんですの?」
「身に入らないのに惰性でやっても仕方がありません。また今度、続きはやりましょう。」
「……ごめんなさい。でも、ありがとうございます!」
言うが早いか、ステファニーは部屋を飛び出し王城の城門へ駆け出す。
言うまでもなく、シオドリクを出迎える為だ。
廊下を駆け、階段を一段とばしで降りてゆく。
「おっと……お嬢様。」
「あ、ごめんなさい……。」
「いえ、いいのですよ。」
たまに臣下にぶつかりそうになるが、しかし臣下達は怒るよりむしろ微笑ましいものでも見たかのように笑うだけ。
やがて、城門に辿り着いたステファニーを、警備兵……アーキンが出迎える。
「これはこれはお嬢様。今日もお出迎えですかな?」
「はい。お兄様はまだ?」
「えぇ。今日は少々遅いようで……もしかすると、商店街に寄ってるのかもしれませんね。」
シオドリクはたまに、プレゼントだと称してちょっとしたお菓子だったり、小物を買ってきてくれる事がある。
それほど高価なものではなく、むしろ安物に類されるものなのだが、しかしステファニーはそれを一生ものの宝物のように大事にしている。
因みに先週はペンダントをプレゼントされていた。
「お兄様の気持ちは嬉しいのですけれど……でも私は、お兄様と遊ぶ時間のほうが欲しいですわ。」
「まぁまぁ、男というのは女性に何か贈り物をしたくなるものなんですよ、お嬢様。」
「そうなんですの?」
彼が彼女に対しそういう思いを抱いているかは、分からない。
少なくとも今までの彼を見れば、彼女の事は妹のようにしか見ていないとさえ思えるが……しかし、将来は分からない。
二人にとってどちらが良いのかは分からないが、願わくばこの二人の関係が出来るだけ長く続いてほしい。
先ほどまで自分が座っていた席で手持無沙汰にしている彼女を、アーキンは優しげに見守っていた。
……しかし。
「……お兄様、まだですの?」
「おかしいですね……確かに今日は訪問すると連絡を頂いたのですが。」
陽が落ちはじめ、空が赤く染まり始めても、シオドリクは姿を見せない。
まさか何かあったのだろうか。
これまでシオドリクが約束を無碍にした事はなく、だからこそ今のこの状況があり得ないもののように感じて。
アーキンだけでなくステファニーも、心配げに城門の外を眺めていた。
「……お嬢様、後は私に任せて今日はもうお戻りください。風邪をひかれてしまいます。」
「いやですわ!お兄様が来るまで、私……」
「なりません。お嬢様が風邪をひかれたら、国王が心配されますよ?ですから、どうか……。」
懇願するようにアーキンに訴えられては、ステファニーも居辛くなったのか。
渋々と言った様子で城内に戻っていった。
その足取りは遅く、まるで少しでも長く外でシオドリクを待とうとしているかの如く。
しかし結局、この日シオドリクが姿を見せる事は無かった。
これを受けて翌日、畏れ多くも国王がステファニーを連れてシオドリク・アスターの実家……アスター家を訪問するが、そこで衝撃の事実を聞かされる。
アスター家曰く、シオドリクは確かに城へ出かけたというのだ。
そして未だ、帰ってきていないとも。
国王がいらっしゃらなければこちらから城へ出向く所であったとすら聞かされ、それを横で聞いていたステファニーは息をのんだ。
お兄様が約束を忘れるだなんて珍しいですわね、とか。
私、ずっと待っていたんですのよ、とか。
小言の一つや二つ言ってやろうと思っていたのに、しかしそれを言うべき相手は居なかった。
黙り込んでしまったステファニーに何かを察したのか、国王が優しく彼女に声を掛ける。
「ステファニー。今日は一度、帰ろうか。」
「……。」
「アスター殿、本日は急な訪問まことに失礼した。出来れば経過が分かったら、是非私宛に連絡を頂きたい。」
「勿論です。こちらこそ、うちの馬鹿息子が申し訳ない事を……。ステファニー様、どうかあいつを嫌わないでやってください。」
国王がわざわざ出向いた、異例の事態。
シオドリクの失踪は、それだけの重みをもっていた。
そしてそんな事が起きれば、街中で噂になるのも当然で。
シオドリクはエルフの奴隷にされてしまった、とか。
狼などといった野生動物に殺されてしまった、とか。
そもそもが他国との内通者で、王の情報を得た彼は元の国へ帰ったとか。
純粋な心を利用されてしまったステファニー様が可哀そう、とか。
あらゆる噂が流れ、それは当然ステファニーの耳にも届く。
嘘だ、あり得ないと彼女はひたすらシオドリクを待ち続けたが、しかし月日ばかりが過ぎていく。
―――アスター家から国王に連絡が届いたのは、失踪から5年が経過した頃だった。
そしてその情報をどこからか聞いたステファニーは、何もかもを放り出し国王の居る間に駆け込んだ。
お兄様が遂に見つかったのかもしれない。
そんな期待を胸に秘めて、ステファニーは立派な装飾が施された戸を開いた。
「お爺さま!お兄様の家から連絡があったって……!」
「あぁ、ステファニー……。」
国王の手には一通の手紙。
隣には臣下の一人が立っており、朝方国王に渡してほしいとアスター家の者が現れたらしい。
連絡が来るなんて、本当に見つかったんだ、と目を輝かせたステファニーとは対照的に、国王の表情はやや暗い。
臣下がステファニーへ向ける視線にも、悲哀の色が見て取れた。
その様子に、ステファニーは首をかしげる。
「お爺さま……?」
「ステファニー……。明日、お前には儂とともにアスター家へ出向いてもらうよ。」
「お兄様の家に、ですの?お兄様、怪我でもされていたのですか?」
「いえ、お嬢様。そうではなく……」
「待ちなさい。儂から話す。」
目を伏せ、深呼吸をした後、意を決したように国王は口を開く。
「ステファニー、よく聞きなさい。……明日、アスター家で葬式が開かれるのじゃ。」
「葬式?一体、誰の……」
幸か不幸か、ステファニーは聡かった。
アスター家からの葬式の連絡。
国王自らアスター家に出向く。
ステファニーも同席。
そして……シオドリク失踪から、5年。
臣下から向けられる悲哀の視線。
これらの情報から、察する今の状況。
「……っ!!」
途端、城内に響く慟哭。床を濡らす、大粒の涙。
この日ステファニーは、唯一の兄を喪った。