ヒポクリス   作:LLE

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第二話 擬勢の王

幼い頃、仲の良かった優しい人が居たとして。

それから先、今に至るまで何十年も顔を会わせなかったとしよう。

 

久しぶりにその仲の良い人と再会した時、果たしてその人は昔のままだろうか。

目の前の人は、今胸中で思い浮かべているような、己のいう事を全て肯定し、いつも優しい笑顔を向けてくれる人だろうか。

 

当時、その人が自分の言葉にどれほどの嫌悪を感じ、今に至るまで苦しめられていたかなんて。

果たして、想像できるだろうか。

 

―――人の心は、いつの世も常に移りゆくものだ。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

王城を後にしたシオドリクは、すっかり暗くなってしまった夜道をひたあるき、宿屋へ来ていた。

無論、その宿屋とは空と白が入っていった宿屋の事である。

空がうまくやってくれていれば、空と白、そして紫恩三人で一部屋借りられている筈。

酒場を兼ねているのだろう、宿屋の中から漏れてくる光と共に喧騒が聞こえてくる。

この情景に、そういえばあの二人も遅くまで寝ずゲームをしていたなと、地球での生活を思い出しなんとなく懐かしくなる。

紫恩にとってはそれほど昔ではない事のはずなのに、世界が変わっただけでそれが果てもなく遠い過去の話のように思えた。

 

 

カラン、と音を立て宿に入ってきた黒服の男……紫恩に宿の主人が目を向ける。

 

 

「どうも、主人。この宿に空と白って名前の二人の子供が泊まってる筈だけど。」

「……あぁ、あんたが紫恩か?話は聞いている。二階の、階段を登り右手に見える部屋だ。」

「話が早いね、ありがとう。」

 

 

酒臭さには目を、もとい鼻を塞ぎ、紫恩は階段を登る。

登るにつれて喧騒も遠のき、空気を静寂が支配していく。

―――木の軋む音が心地いいと感じたのは、果たしていつぶりだろうか。

静かなリズムに身を委ねていると、やがて紫恩の耳に懐かしい"騒ぎ"が聞こえてきた。

 

「あの二人は、本当に……。」

 

他の部屋で寝ている人もいるだろうに。

何を騒いでいるのだと少し足早に階段を登り切り、二人が泊まっていると思しき部屋の戸を開けた……その時。

 

「らめぇぇぇぇ!!」

「へっ!?」

 

強い殴打の音、勢いよく開く部屋の戸。

眼前に飛び込んできた"I♥人類"Tシャツ。

理解する間もなく、紫恩は飛んできた18歳ヒキニート童貞により吹き飛ばされ、視界が反転。

紫恩の眼下には、今しがた登ってきた階段が広がっていた。

 

「あー……これ、まずいね。」

 

脳内にはそんな諦めの言葉が渦巻く。

でも真正面から当たったわけではなかった為、衝撃はそれほど強くない……気がした。

これはこれで結果オーライだったのかもしれない、と無理やり自分を納得させつつ、無理やり腕を伸ばし手すりを掴む。

木が捩じ切れるような嫌な音が聞こえた気がしたが、手すりは何とか紫恩の衝撃を受け止めきってくれたらしく、紫恩は階段を転げ落ちる事はなかった。

 

 

「ふぅ……死ぬかと思った。」

 

 

比喩ではない。

階段での殺人がドラマで描かれるくらいには、階段は凶器である。

背中を伝う尋常ではない量の冷や汗は、決して気のせいではないだろう。

 

「空。急に飛び出してきたら危ないじゃないですか。たった今私という尊い生命が失われるところでしたよ。」

 

そんな、冗談半分で非難の言葉を口にした紫恩だが、しかし空は聞いていなかった。

いや―――聞けなかった、と言ったほうが正しかった。

頭を抱え、体を小さくしながらぶつぶつと何事かを呟いているその様はまるで幼児。

 

「……あー。」

 

いつからだったか。

空と白が二人してひきこもりだしてから、彼らは共依存のような関係になってしまっていた。

とにかく落ち着かせようと、空に手を差し伸べようとしたその時、戸が音を立てて開いた。

 

「空!?大丈夫、で……」

 

そこにいたのは、赤髪の、タオル一枚を服代わりに体に巻いている少女。

一体どうしてそんな恰好をしているのかは知らないが、しかし彼女は今"空"と言った。

―――なんと、空はもう異世界で友人を作ったのか。

その行動力があれば地球でもうまくやれていただろうに、と斜め上の感想を抱きながら紫恩は少女を眺めていた。

 

「あ、あの……貴方は?」

「私は空と白の保護者です。名前は紫恩。そちらは?」

 

まくし立てるように告げた紫恩に、慌てて少女も名を名乗る。

 

「わ、私はステファニー・ドーラ。紫恩さんというのですね、よろしくお願…」

 

ステファニー。

懐かしい名に、紫恩の眼が細くなる。

 

「へぇ。大きくなりましたね……。」

「……へ?」

「あ、いや。なんでもありませんよ。」

 

それより空をどうにかしないと、と部屋へ空を引きずる紫恩。

彼の言葉の真意をくみ取れず、ステファニーは呆けたように眺めていた。

紫恩が部屋の中で対人恐怖症を発症していた白を見つけ、頭を抱えそうになるまで、あと数秒。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「紫恩、遅かったじゃないか。どこ行ってたんだ?」

 

白と再会し復帰した空は、開口一番そんな事を紫恩に聞いてきた。

 

「どこって言われても。強いて言うなら、想いでの場所…ですかね。」

「……家族の所?」

「おや、白は突っ込んできますねぇ。私の行先がそんなに気になりますか?」

 

ニヤニヤと、嬉しそうに話す紫恩とは裏腹に、白は無表情。

むしろ機嫌が悪くも見えたのは気のせいではあるまい。

 

「紫恩、白は不安なんだよ。お前が家族のところに戻るんじゃないかってさ。」

「にぃ……っ!」

「本当のことだろ。紫恩の眼はごまかせても、兄ちゃんの眼はごまかせないぜ。」

 

空の言葉が図星故か、あからさまにムスッとする白。

 

「にぃだって……同じ……。」

「そそそそ、そんなわけないだろ!兄ちゃんはもう親離れしてるんですぅ!」

「空……反応があからさまですわよ。」

 

けれど、とステファニー……通称ステフは続ける。

 

「紫恩さんって結構お若い……ですわよね?それなのに、二人の保護者……?」

「まぁ、色々あったんですよ。詳しくは聞かないでください、教えられないので。」

 

―――ただしくは、教えたくないというべきか。

あんな胸糞の悪い思いはもうしたくないし、考えたくもない。

こんな、社会の裏の汚い話なんて……ステファニーには特に。

 

紫恩の眼が次第に細く鋭くなっていくのを見て、ステフは慌てて謝罪した。

 

「ご、ごめんなさい。不躾に聞いてしまって……。」

「いや、こちらこそ。君は関係ないんだから、気にしなくていいよ。」

 

笑う紫恩。

しかしその表情が堅い事に二人は気づいた。

 

「空、白。君達の気持ちは嬉しい。安心してください、私はいつでも君達の味方ですから。」

 

それは世界が変わっても変わらない。

微笑み、頭を撫でる紫恩に、白は俯いた。

それが照れ隠しであることを紫恩は知っている。

 

「……。」

 

そんな彼らの姿に、ステファニーは何故か胸が締め付けられる思いがした。

脳裏に浮かぶのは、血の繋がっていない優しかった兄。

もし、今まだ生きていたら……あんなふうに、頭を撫でてくれたのだろうか。

国王選定戦に落ちてしまった自分を、優しく慰めてくれたのだろうか。

 

 

「空、この宿では何泊できるのですか?」

「4泊。けど、その点に関しては多分大丈夫だと思う。ステフが王城で住まわせてくれるらしいからさ。」

「え……?」

 

それは本当なのか、と追及の視線をステフに向ける紫恩。

物思いに耽っていたステフは、ワンテンポ遅れて返答した。

 

「も、もちろん。王城はただでさえ広いんですし、部屋の一つや二つ貸してさしあげますわ。」

「そんな適当でいいんですか…?」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

そして翌日早朝、エルキア王城にて。

無事"朝帰り"を果たしたステフは、空と白、そして紫恩を王城に招待。

王城見学もそこそこに、この異世界に来てから一度も体を洗っていない空は王城の風呂を貸してほしいと提案した。

 

「……行ってらっしゃい。」

「何をおっしゃいますか妹よ。ずっと歩きっぱなしだったんだ、流石に今日は風呂に入ってもらうぞ。」

「いーやー……!」

 

風呂を嫌う白の不平には耳を貸さず、半ば無理やり風呂へと妹を連れて行く空。

 

「ステフ、風呂の湯を沸かしてもらえるよう使用人に頼めるか。沸騰するくらいに。」

「沸騰!?一体どういうつもりですの?」

「湯気さんを召喚するための必要な儀式だ。それと、ステフも白と一緒に風呂に入ってくれ。こいつ、一人じゃまともに体洗おうとしないんだ。」

「はぁ……。」

 

白は極端に風呂を嫌う。

白が言うには、長い髪が必要以上にサラサラになり、それが肌にあたるとかゆいからとかなんとか言っていたが、真偽のほどは定かではない。

わいわいと騒ぐ白と空、そしてステフを、紫恩は外野から生暖かい目で見守っていた。

 

「紫恩、お前は入らないのか?」

「他人同前の女性と風呂に入ろうとするのは君くらいですよ。ステファニーも、嫌ならいやと言っていいんですよ?」

「え?いや、その……。」

 

まさか、そんなに嫌でもないなんて。

そのうえ"空と一緒に入る事前提で"自分のプロポーションを気にしていたなんて、言えるわけもなく。

 

「って、また私はこんな事を考えて……!!」

 

また、そんな自分の自惚れた考えを払拭しようと壁に頭をぶつけ始めたステファニー。

それが惚れた弱みとの格闘であるとも知らず、紫恩は不思議そうに見つめていた。

 

「それじゃ空、後は任せましたよ。」

「おう。……って、どこか行くのか?」

「流石にそろそろ家に顔出さないとまずいかなと思いまして。」

 

家族。

空達には縁の遠い存在が、しかし紫恩には居るのだ。

 

「10年も顔を出さなかったのですから、多分死んでる事になってるかもしれませんが……。」

 

それでも、やはり一度は顔を出すべきだろう。

異世界に帰って来た以上。

戻されてしまった以上。

この狭い国の中で偶然再会し、今までどこに行っていたと道端で怒鳴られるよりは、こちらから怒鳴られにいったほうが精神衛生上にもいい。

 

いつものスーツ姿で、覚悟を決めたようにネクタイを締める紫恩。

 

「ふーん……ま、頑張れよ。」

「おや、空は不安じゃないんですか?」

 

宿で紫恩が白に対し見せた悪戯っ子のような笑み。

しかし空は、それにただ笑うだけだった。

 

「親の幸せを願うのも子の役目だろ。頑張れよ、オヤジ。」

「……そこはオニーサンと言ってほしかったですね。」

 

8年。

長いようで短い年月、紫恩は空や白と共にいた。

時には相談相手として。

時には遊び相手として。

時には喧嘩相手として。

地球にて、紫恩が彼らに与えられるものは殆ど与えてきた。

 

「それじゃ、空。行ってきますね。」

「……あぁ。」

 

―――たとえ、それが異世界に置いてきてしまった少女に対する贖罪から始まったものであっても。

 

「あ、お土産は期待しないでくださいね。」

「いいからさっさと行け!」

 

いよいよスリッパでも飛んできそうだと、紫恩は慌てて部屋を飛び出す。

閉じられた扉の向こうで、やがて空達の楽しそうな会話が微かに聞こえてくる。

 

「……覚悟決めないと、いけませんかね。」

 

それは決して、家族に対する覚悟だけではなく。

約束を無碍にしてしまった少女に対する覚悟でもあった。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

王城を背に、紫恩は歩道を歩きつつ朝日に照らされた街中を眺めていた。

早朝であるからか人はまだ少なく、聞こえてくる鳥のさえずりが時の流れを遅く感じさせる。

車も、ビルも無いこの世界を見て、いよいよ紫恩は帰らされた事実を痛感した。

 

 

―――6000年前の盟約発足以後、代々エルキア国王として君臨し続けてきたドーラ家。

他にも人類種(イマニティ)の国は大陸中に存在した……しかしいずれも滅んだが。

そんな中、エルキアが生き残り続けたのは国王の采配故か、それともただの運か。

そも、昔大陸全土を人類種が征服していたというのも信じられない話。

ゆえに、多くの人はこう考えるだろう。

 

歴史は歪曲されている、と。

 

だが、紫恩(シオドリク)は信じていた。

いや……信じざるを得なかった。

でなければ、絶望しかねなかった。

何の力も無い人類種が、他種族に勝つなんて夢物語になってしまう。

このまま滅亡する運命しかないと、悲観するしかなくなってしまう。

戻されたこの世界で、成すすべなく死ぬしかないのかと。

生きる事を諦めてしまうから。

 

「こんな事を父上に言えば、アスター家嫡男としてだらしがないと怒られるんでしょうけれど。」

 

自嘲するようにシオドリクは呟いた。

 

アスター家は、昔ある一国を統治していた。

エルキアに隣接するように、寄り添うように存在していたアスター家の国があったらしい。

シオドリクが生まれた頃には既に喪失して200年が経過していた国だ、もはや名など誰も覚えていないだろう。

 

仮にも元王家として、立派に生きねばならない。

ただし奢ることなく、一庶民としてエルキアの為に生きよ。

それがシオドリクの父親の考えであり、家訓であった。

 

シオドリクの眼から見ても、彼は立派であった。

尊敬に値する人物であった。

 

「……父上。」

 

だからこそ、会うのが怖くもあった。

今の自分の状況を見て、父親はどう思うだろうと。

逃げた挙句、捕まり、だらしなくも帰らされた我が子を見て。

悲観しないだろうか。

 

 

そんな事を考えて歩いていたシオドリクは、ふと我が家が近い事に気付く。

この曲がり角を曲がれば我が家だ。

今一度気を引き締め、どんな戒めも引き受けよう。

鉛のように重い足を奮起させ、一歩踏み出した。

 

 

……だが。

 

 

「……え?」

 

 

古くもしっかりと地に足をつけ、旧王家として最後の意地をみせんとばかりに建ちつづけていた我が家。

シオドリクの、唯一愛した我が家があるはずのそこには、一面の野原。

吹き抜ける風に靡きながら、赤・白・青と色とりどりの花を見せるエゾギクが咲き誇っていた。

 

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