「またアスター家か……。」
空は、白と共に王城で蔵書を読みふけっていた。
人類種語を覚えつつ本を読んでいると、頻繁に出てくる"アスター家"という単語。
蔵書によれば、どうやらエルキア王国の内政に関し、奥深くまで関わっていた家らしい。
一応、一般に貴族と言われる部類に入る家系らしいのだが、しかしそれにしてはエルキア国王との繋がりが強すぎる。
利権を得て特定地域を支配・統治する権利を得ている上に、内政に関するアドバイザーとして、アスター家はしばしば王城に召喚されていたという。
その疑問に、ステフが答える。
「アスター家は……昔、一国の王家でしたのよ。」
「なん……だと?」
「イリーシア国……エルキア国に隣接していた、小さな国。長年、その二国は同盟関係にあったらしいですわ。」
人類種の間でもやはり争いは度々起きていた。
小さないざこざから、少々大きいものまで。
しかし争っていては他種族の思う壺であると、二国は早期に同盟を組んだ。
以後、今から200年前にイリーシア国が滅びるまで、その二国の同盟関係は続いていたという。
「そういった経緯から、アスター家とエルキア……ドーラ家は昔から友好関係にありましたわ。私のお兄様、シオドリクも、アスター家の嫡男で……」
「兄?お前、兄なんて居たのか。」
驚いたとばかりに目を丸くする空と、白。
「そう、居ましたわ。当時幼かった私の我儘にも、飽きもせずいつも付き合ってくださっておりました。」
話をしろと言えば、どこで知ったか分からない昔話を聞かせてくれて。
ゲームで遊ぼうと言えば、ステフが祖父から教えてもらったばかりの遊びにいつまでも付き合ってくれて。
そういえばお兄様はいつもゲームで負けてばかりだったな、と懐かしい記憶にステフの頬が緩む。
「ふーん……ステフの兄って、街のどこらへんに住んでるんだ?」
「……彼は、亡くなりましたわ。5年前に。」
眼を伏せ、沈痛に語るステフに、二人もばつが悪そうに視線を下す。
そのステフの気持ちは、二人とも痛いほど分かるからだ。
空白のうち、もしどちらかが居なくなったら。
どうなるかなんて、自明である。
「あ、ごめんなさい。気になさらないでくださいな……それに、正確に言うと"生死不明"ですので。」
「生死不明?」
「10年前から行方不明なんですのよ。結局見つからなかった為、5年前に籍の上では死亡と相成りましたの。」
ですから、とステフは続けた。
「私は、まだお兄様が死んだと思ってはおりません。だからいつかお兄様を見つけたら、10年前に私の約束を無碍にしたこと、非難するつもりですわ!」
こぶしを握り締め声を荒げるステフの様子は、兄の死など信じていないといったもの。
それを聞いて、ステフを己と重ね合わせていたらしい白は安堵したように息をついた。
「しかし、アスター家って王家だったんだろ?ってことは、蔵書とかも沢山ありそうだな。」
情報は出来るだけたくさんほしい。
後でアスター家にも訪問したいと口にした空に、ステフは首を振った。
「アスター家は、滅びましたわ。」
「は……?」
二度目の衝撃。
「いや、待て待て!だって居たんだろ、ステフの兄にしてアスター家嫡男が、少なくとも10年前までは!」
「えぇ。ですが問題はそこではなく、居なくなった事なのです。」
シオドリクの死亡説が広がったのが5年前。
しかしそれと同時によからぬ噂が広がったのも記憶に新しい。
―――アスター家は他種族と繋がっている。
シオドリクは本当は死んでおらず、王城で得た情報を他国に流したのだ。
ドーラ家とつながりが強いアスター家を好ましく思わない貴族によってそんな噂が広がり。
アスター家が元々は他国の王家であった事も災いし、エルキアを落とさんが為の行為であるだろうという識者の意見に、噂の信憑性は上昇。
それに、時期も悪かった。
当時、他国に人類種の領土が取られ始めていたのだ。
その結果、アスター家による情報提供があったのではないかと噂された。
国王はそれを諌めようとするも、しかしエルキアでのアスター家に対する信頼は急落し暴動に発展。
全ては己の力量不足であり、アスター家は関係ないという国王の言葉でも暴動は治まることを知らなかった。
アスター家を引きずりおろせ、街から追放しろ……そんな言葉が街中で飛び交った。
国王ですら抑えられないエルキアの混乱。
事態を重く見たアスター家は、暴動が起きた日の夜、ついに動きを見せた。
「謎の火災?」
「えぇ……アスター家の家が、突然燃えたのです。」
建設されてから長い年月が経過し乾燥しきった木造の平屋は、各所から発火した結果何もかもを燃やし尽くした。
住人も、家も……何もかも。
諸悪の根源が消え去った結果、暴動も沈静化。
ここまで聞けば、暴動による放火が行われた事を想像するが……しかし仮にそういった事を企んでも、盟約でそういった害意ある行為はキャンセルされる。
であれば、可能性はただ一つ。
「自ら、燃やした……一家心中か。」
「はい。アスター家は、暴動を抑えるために自ら犠牲に……」
「本当に、そうか?」
「え……?」
それは"逃げた"と同義ではないだろうか。
全てが暴かれそうになった結果、他国の為に証拠隠滅を図ったのだと。
空がアスター家に対して感じた思いは、ステフとは真逆の懐疑であった。
「案外、本当に繋がっていたかもしれないぞ?役目を果たしたスパイが、自ら自害しただけかもしれん。」
「そ、そんなわけありません!だって、お兄様は……」
「シオドリクがお前と国王の信頼を得て、後に突然姿を消した。そしてシオドリクの行き先の唯一の手がかりであるアスター家は消え、領土も取られた。片やシオドリクの足取りは完全に不明。……殆ど黒じゃねぇか。」
誰が聞いても、シオドリクは何らかの役目を果たして姿を消したと判断するだろう。
その後領土が取られ、アスター家が消えたのが最大の証拠でもある。
反論したくてもできないステフは、空の言葉にただ歯噛みした。
……しかし、そこで意外にも白が異論を唱える。
「……だとしたら、シオドリクが消えてから5年も待ったのは、何故……?」
「む……確かに。5年もあれば、別にわざわざ一家心中しなくても他国に逃げられただろうしな。」
国王とその孫娘の信頼を見事獲得するような人間だ。
そんな所でミスをするような事も考えにくい。
「アスター家はエルキアと数千年も同盟関係にあった国の王家なのです。そんな方達が、今さら私達を裏切るなんて……。」
―――あり得ない。
言外に訴えるステフに、しかし空は腕を組むだけ。
「……まぁいい。今はそれよりも国王選定戦だ。」
―――――
「……なるほどね。」
まさか、今しがた空達が熱論を交わしていた部屋の前に、出先から帰ってきていた紫恩……シオドリクがいたなんて。
流石に彼らも思いもよらなかっただろう。
アスター家の滅亡を、紫恩が床に座り込みながら聞いていたなんて。
彼の表情は、絶望一色であった。
「父上……母上……。」
すべて、自分が原因だった。
家が無くなったのも、家族を喪ったのも、全て自分がこの世界から逃げた結果だった。
家族を失った?いや……違う。
―――――私が、家族を殺したんだ。
「は……はは。」
……何が、"家族と共に生きる可能性もあったかもしれない"だ。
世界渡りの事故に巻き込まれ……そして、それを紫恩が"承知"した。
結果、盟約に触れることなく紫恩は地球へと飛ばされた。
跡継ぎが飛ばされた事でアスター家は窮地に立たされ、挙句滅亡した。
……けど、しょうがないじゃないか。
こんな世界、嫌いだった。
己の努力も、何もかもゲームで無駄なものに変えられてしまうこんな世界。
どうやって好きになれというんだ。
「唯一神、テト……君は、こんな地獄を私に見せるのが目的だったのか?」
「違うよ?」
「……え?」
時が止まった。
呆然と固まる紫恩の前に姿を現したのは、一人の少年。
唯一神、テトが変わらぬ笑顔で紫恩を見ていた。
「君があの地球に転生したのは、君が承知したから。それは君もよく知る事だろうけれど……」
続けて、テトは宙で足を組みながら言う。
「更にこの世界に戻ってきたのは、君があの二人と一緒にいる事を望んだからさ。」
「……あ。」
このディスボードに戻ってきたばかりの頃。
紫恩は世界を嫌いつつも、しかし二人の保護者であることを望んでいた。
世界が嫌いだからこそ、そんな世界から二人を守ろうと、紫恩は共に行く事を決めた。
放心する紫恩に、更にテトは言葉をつづける。
「君が世界を嫌っている事に、正直言えば僕は悲しいよ。でも一つだけ言わせてもらうなら……"君の努力は、無駄じゃない"。」
「え…?」
「君がどんなに頑張っても、ゲーム一つでそれが逆転するのは確かだろう……けれど、その頑張ってきた事実は変わらない。いいかい?どんなにゲームで強い人も、それまでに何度も負けているんだ。」
負けて、覚えて。
また負けて、また覚え、少しずつ勝利に近づいていく。
これの繰り返しなのだと、テトは語る。
「けど、そうは言っても負けるのは辛いだろう……だから、神である僕が認めるよ、君の努力を。君は頑張った。そして、"これからも頑張れ"。」
「っ!!」
シオドリクは、弱い己を偽っていた。
アスター家嫡男として、強者の仮面を被っていた。
エルキア王国の為に頑張っているステファニーに見合う、立派な兄であるように。
ステファニーの、この世界に対する"耳障りな"思いを聞きながら、それに頷くフリをして。
しかしシオドリクは認めてほしかったのだ。
弱い自分を、卑怯な自分を、そしてそれでも努力している自分を。
誰でもいい、隠した自分を暴いてほしかった。
そしてそれが叶わず……
「この世界に戻る事を決めたのは君自身だ。君は自ら地獄に飛び込んだんだよ。二人を守るために。」
「テト……貴方は、本当に酷い神ですね。」
「申し訳ないね。僕は、誰の味方でもないんだ。」
―――そして、誰の敵でもない。
テトの姿が消え、時が動き出す。
先ほどまで神が居た空間を、じっと紫恩は見つめていた。
「紫恩?お前、こんなところでなにやっているんだ?」
突然聞こえてきた空の声に、紫恩の肩が跳ねる。
まさか、聞いていたのか……テトの居た場所と紫恩とを交互に見る空に、紫恩は察した。
神にハメられたのだと。
「ちょっと疲れちゃいましてね……休憩を。」
「それなら部屋に入ればいいだろ。なんで廊下で休むんだよ?」
「知らないんですか?廊下って、結構冷たくて気持ちいいんですよ。……それより、空。君達に話さなければならない事があります。」
「……とりあえず部屋に入れよ。」
もはや、どんな茶番も意味を成さない。
今の今まで部屋の前で聞いていた事も、空はお見通しだろう。
「一度仮面を外してみるのも悪くない……ですかね。」
全て明かそう。
そしてその上で紫恩とは一緒に行けないと二人が言うならそれも悪くない、と。
家族も何もかも捨ててしまった紫恩に、もはや居場所は無い。
空と白、そしてステファニーが見守る中、意を決して紫恩は口を開いた。
「紫恩というのは、地球での私の名前。私の本当の名は……シオドリク・アスター。」
―――――多分、空は気付いているんだろうけれど。
やけくそに開き直って、紫恩は告げた。