ヒポクリス   作:LLE

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第四話(後半部)

 

駒が意思を持つという意味。

それは単に、時々駒がいう事を聞かないという事ではない。

駒は本当に意思、つまり心を持っているのだ。

主に反抗もすれば、信頼し、想定以上の力を発揮する事もある。

 

命令のままに、相手の手番すらも無視し、多くの(兵士)が一度に動き敵軍に攻め入る。

空はもはや、戦における総大将であった。

 

「……やはり、空は凄い。」

 

こんなこと、果たして誰が思いつこうか。

兵士達に命令を送り続ける空の後ろ姿を、紫恩はじっと眺めていた。

その眼差しに羨望の色が宿っている事に気付いたステフは、不安げに兄を見つめる。

 

「……お兄様。」

「分かってますよ、ステファニー。」

 

―――――私は、彼のように……いや、彼らのようにはなれない。

それは紫恩にも分かっていた。

 

「しかしステファニー。私はね、誇らしいんですよ。」

 

少なくとも、この8年間紫恩は空達を支え続けていた。

そしてそんな空達がこんなに敵を圧倒し活躍してみせている。

紫恩は羨ましかったが、誇らしくもあった。

彼らを支え続けた私は、間違っていなかったのだと。

 

 

「知っていますかステファニー。ゲームって、地球ではあまり好かれていないんですよ。」

「え……?」

 

無論、ゲームを愛する人は大勢いた。

しかし、世界には嫌われていた。

 

やれ、ゲームをやると目が悪くなるとか。

ゲームをやると成績が悪くなるとか。

娯楽への拒絶反応が世間にはあった。

だが前述のように、そんな娯楽をこよなく愛する人もいるわけで。

それらは科学的根拠があるとか、ないとか、そんな不毛な争いが続けられていた。

 

根拠があるにしろ無いにしろ、娯楽が世界から消える事は無いというのに。

 

「そんな世界で、ゲームばかり得意で他は滅法ダメな彼らのような人がどんな扱いを受けるか、ステファニーには分かるでしょう?」

「……はい。」

「恐らく彼らも不思議だったことでしょう。そんな自分達に、何故紫恩は手を焼いてくれるのか、と……。」

 

 

どんなに地球に馴染んだといえど、紫恩はあくまでも異世界人であった。

異世界での生活で身に着けた思想は、そう簡単に覆るものではない。

ゲーム三昧のひきこもりを蔑む者は居れど、尊敬する者など…果たしていただろうか。

 

 

 

 

 

 

紫恩が後ろでそんな事を考えていたなどとは露知らず、空は着々とクラミーを追い詰めていく。

 

「見よ!兵を盾にし、自らは後ろでふんぞり返る臆病者の王の姿を!兵士諸君よ、あんな陰険根暗の悪女に国を任せられるか?いや、任せられる筈がない!」

「んなっ!?」

 

ひどい暴言である。

言葉を失うクラミーは無視し、空は依然呆けたままの白を抱え、叫ぶ。

 

「しかし!我らが勝てば彼女が女王だ。今しがた諸君らに勝利をもたらさんと指揮を揮い、諸君の為に涙を流した彼女が女王だ!この瞳に再度涙を浮かばせんとするなら、諸君よ……一層奮起せよ!」

 

 

二度目の咆哮。

しかしそれが心なしか一度目より強く感じ、紫恩は呆れたような視線を兵士たちに向ける。

 

「いつの世も、男は童女の前には弱いんですね……。」

 

……守るべき人がいる者は、それだけで強いというが。

それでも流石にお前らやる気出しすぎだろう。

 

敵を圧倒し、薙ぎ払わんとする勢いの空の兵士。

勝利は間近かと思われたが、しかしここでクラミーが意味深に笑う。

 

「ふ、ふふ……もう四の五の言ってられないわね。」

 

直後、空のポーンがクラミーのビショップに攻撃を仕掛ける。

ポーンの剣がビショップを打ち砕く……かと思いきや。

 

「……っ!?」

 

ポーンの動きが突然止まり、更に色が黒く染まった事に唖然とする空と白。

それは、ストラテジーゲームではおなじみの裏切りに似た現象。

だが、これは……

 

「洗脳……?」

 

紫恩の一言に、空が目を見開かせる。

 

「撤退だ!一時撤退せよ!敵は洗脳魔法を使ってくるぞ!」

 

その言葉に、クラミーはイカサマがバレたのかと危惧した。

が、空達がそのイカサマの正体を暴露する事はついぞ無く、安堵に胸を撫でおろす。

彼らは状況証拠しか掴めていない。

実際にどんな魔法を使ったか、まだ判明出来ていないのだと。

 

一方、空はというと。

 

「……にぃ?」

 

不安げに見上げる白の視線には気付かず、ただチェス盤を凝視していた。

脳内を埋め尽くす失敗の二文字に、空から余裕が消える。

 

「……。」

 

魔法が感知できると装い、相手に魔法を封じさせようとしたまではよかった。

だが、根本的にこちらが魔法を感知できない事に変わりはない。

その上で魔法を使われる事態を、空は今の今まで想定していなかった。

 

失態を晒したことで焦る空に、紫恩が声を掛ける。

 

「空。」

「紫恩、今は話しかけないでくれ!それどころじゃ……」

「これは、ストラテジーですよ。」

 

至って落ち着いた様子で、先ほど空が断定したこのゲームの正体を口にする紫恩。

 

「ストラ…テジー……。」

 

ストラテジー。

そう、これはチェスではない。ストラテジーなのだ。

洗脳、言い換えれば味方の裏切りは、ストラテジーならばまだ起こり得る現象の範疇にある。

 

ならば、裏切った味方を葬るか……いや、近づいたところでまた洗脳されるかもしれない。

であれば、空の取る行動は一つだった。

 

眼には眼を。

歯には歯を。

 

「さあ、女王よ。王の首を討ち取りなさい!」

 

謀略には……謀略を。

勝利宣言にも等しいクラミーの言葉を、空は慌てて掻き消した。

 

「女王よ!」

 

今しがた王を討ち取ろうとしたクラミーの女王の駒に、空が叫ぶ。

すると、女王の動きが止まった。

 

「女王よ、剣を下げて欲しい……そなたは、美しい。」

 

突然、駒相手に落としにかかった空。

一体何をする気かと、紫恩以外の誰もが空を凝視する。

 

「女王よ。兵を洗脳し味方を斬らせるような、残虐に等しい行為を躊躇なくしてみせる王は、そなたが仕えるに相応しい王だろうか。そなたの守るべき者は誰だ?人を支配し、意のままに操る王か?」

「何を言って……!」

 

クラミーの非難。

しかし完全に戦意を失いつつある女王に、光明を見出した空は立て続けに女王を落としにかかる。

 

「女王よ、今一度考えてほしい。あの王は、いずれ民をも支配するだろう。意に沿わぬ者は排斥し、多くの血が国に流れる事となるだろう。もう一度問おう、女王よ。そなたは、一体何がために戦っているのだ!」

 

空の言葉に、女王は遂に剣を落とす。

そして同時に白く染まり、それは空の説得が成功した事を意味していた。

 

「なっ……」

 

それは、クラミーも予想外の出来事であった。

クラミーに、このような戦争を模擬したストラテジーに対する知識は無いに等しい。

だからこそ、洗脳は自分だけが使える手段だと考えていた……そして。

 

「(まさか、あいつらも洗脳魔法を……?)」

 

説得という合法的な手段がある事に、クラミーは気付かない。

相手の駒を奪ってみせた空に、ステフは目を輝かせた。

 

「やりましたわ、空!これなら、きっと……!」

「……まだ……形勢は逆転してない……。」

 

しかし、白はそれで安心などしていなかった。

紫恩も同様、チェス盤を見つめるその眼はいつになく険しい。

 

「相手に洗脳がある以上、勝つには全ての敵を味方につける必要がありますしね……。」

「そんな……無茶ですわ、そんなの。」

 

それは重々承知しているのだろう、空は喜びもせずただ黙り込んでいた。

 

「(この場を打開するには、相手の動きを待つしか……しかし、そんな暇もないか?だが、もう一度ミスを重ねるわけには……)」

 

思考に耽る彼の手を、白が握る。

 

「白……?」

 

今度は私の番、とばかりに微笑む白。

その意味を空が察しかねていると、白は突然スマホをクラミーに向けた。

 

「……ッ!!」

 

謎の薄板を向けられ、あからさまに狼狽えるクラミー。

しかしすぐに気を取り直し……口を開いた。

 

「ナイトよ!裏切り者のクイーンを斬りなさい!」

 

―――かかった。

二人分の心の声が重なる。

 

「……。」

 

さあ私を斬りなさい、とばかりに剣を下ろし、ナイトを見据えるクイーン。

片やナイトは、以前の主であったクイーンを斬ることが出来ない。

守るべきものの為に立ち上がったクイーンの前に……遂にナイトは、跪いた。

 

「ナイト!?なんで!」

 

女王同様、白く染まるナイトにクラミーが思わず声を上げる。

 

「あぁ、王よ。狂乱の王よ。臣下に女王を殺せとは……酷な命令をするものだな。稀代の魔王とさえ言えよう!」

「っ……!」

「女王よ!そなたが仕えていた王は、今や狂乱の最中にある。私はそなたに、王を殺せなどとはとても言えぬ……だが、そなたの守るべきものの為に、今一度立ち上がってはくれまいか。」

 

守るべきもの……民のため。

女王、クイーンは空の言葉に応え、その身を赤く染め上げ立ち上がった。

そしてそれに続くように、跪いたナイトをはじめとして多くのクラミーの兵士達がクイーンに賛同し、赤く染まる。

黒でも、白でもない赤の勢力の出現、それは。

 

「第三勢力……内乱、ですか。」

 

絶え間なく状況が変化する"戦場"。

落ち着いている紫恩とは裏腹に、ステフは落ち着かない様子で戦場を、空達を見守っていた。

 

空の顔には、もう先ほどの焦燥の色などない。

 

「白、指揮を頼めるか。」

「……任せて。」

 

本来の余裕を取り戻したのは白も同様だった。

空の言葉に一つ頷くと白は初めからそうするつもりであったかのように兵士達を迷いなく指揮する。

 

空達の兵士は、赤の勢力の背後を固めるように陣を取りクラミーの兵士と向かい合った。

いわゆる、元・クラミーの兵士を壁にしたような恰好である。

これではクラミーの兵士も、元味方を相手しなければならない為、なかなか手を出せない。

 

「一体……一体、どんな小細工でこんな事を……!!」

 

悔しさからか、空を睨みつけクラミーは叫ぶ。

未だ誤解をしている彼女に、空は笑いながら告げる。

 

「もはやお前の駒は殆どが裏切り、その上こちらには手を出せない。もはや敗色濃厚だなぁ、クラミー……諦めて降伏して、俺達に国を明け渡せよ。」

「本当に、君は性格が悪いですね。」

 

苦笑するように紫恩が呟くも、空は聞こえないとばかりに無視する。

一方クラミーは、空の言葉に表情を更に険しくする。

もはや憤怒一色であった。

 

「売国奴どもめ……許さない、許さないわ!こんな手段で、私の、私たちの国を……明け渡すものか!」

 

本当に人類種の事を考えているからこその、憤怒。

乗っ取り、他国に売り渡そうとしている敵への、怨念。

彼女の純粋な心を利用している事になんとなく良い気分はしないが、しかし紫恩は彼女から目を離さなかった。

 

その結末を見届け、最後まで利用しきるのが己の義務だと言わんばかりに。

 

 

「全軍、進め!売国奴を葬り去るのよ!」

 

足並みを揃え、洗脳による圧倒的な統率力を持ってクラミーの残り少ない兵士達は突き進む。

洗脳された兵士は、過去の味方だろうと躊躇なく切り捨てていく。

 

容赦ない兵への洗脳と、制圧。

王は、まさに暴君であった。

 

「空……!!」

「……手負いの、獣……にぃ、追い詰めすぎ……。」

 

このままでは負けてしまう。

最後の意地とばかりにみせたクラミーの快進撃に、ステフと、そして白さえもが焦る。

だが彼女達とは対照的に、空は……そして紫恩も、至って冷静であった。

 

「どんなに地位が高くなろうと、あくまでも人は人なのです。」

「え?」

「人が人を扱うという意味を忘れ、やがて人をただの道具としか見なくなった独裁者は……。」

 

紫恩がそう告げるや否や、クラミーの王の駒に亀裂が走る。

それが何によるものかは分からないが、しかし亀裂はその手を伸ばし続け。

 

やがて、王を完全にその手で包み込み……破壊した。

突拍子も無いその現象に、クラミーが唖然と立ち尽くす。

 

 

「負けはじめ、独裁者が弱みを見せだすと……その弱みに付け込まれ、兵士でもない人間に抹消される。まさか本当に、このゲームでキングが砕けるとは思いませんでしたが。いやはや、よくできてますねぇ……空。」

「あぁ。というか紫恩、お前本当にこの世界の人間っぽくないよな。」

 

呆れたように告げる空に、紫恩も笑って応える。

 

「私だって、伊達に10年地球で暮らしてたんじゃないんですよ。そんなに暮らしてれば、世界情勢にだってそれなりに詳しくなります。」

「それにしたって、そこまで理解してるってのも凄い話だと思うが……ま、おかげで説明の手間省けたよ。色々とサンキュな。」

「お役にたてたようで何よりです。白も、よく頑張りましたね。」

「……うん…。」

 

健闘をたたえ合い、笑いあう二人と、紫恩。

ステフは彼らに、可能性を感じた。

彼らなら、人類種を救えると……たった今魔法のゲームで勝利した彼らに、驚愕の眼差しを向けながら。

 

 

「勝者……空白!」

 

 

審判の、ゲーム終了の合図。

二人の国王が誕生した瞬間である。

 

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