国王選定戦の終了後、勝利の余韻に浸る空達。
そんな彼らを眩しそうに見ていたステフに、気付いた紫恩が声を掛ける。
「……愚王。」
「え……?」
「お爺さんは、非常に厳しい中を生き抜いていらっしゃったらしいですね。」
更地になった我が家をあとにし王城へ向かう最中、紫恩の耳に届いた民の声。
それは決して良いものばかりではなく、王に対する不満も散見された。
特に紫恩がよく聞いていたのが、愚王という言葉。
それが一体誰を指しているのか、理解するのにそう時間はかからなかった。
「何もかも裏目に出て、民にも失望され。それでも最後の最期にお爺さんは、国王選定戦によって人類種を救う存在を見つけ出そうとした。」
……その結果が、魔法のイカサマによる敗退。
王位継承権をはく奪された瞬間の絶望を思い出し、ステフは目を伏せる。
が……そんな妹の俯いた顔を、紫恩は両手で支えた。
「お兄、様……?」
「何を俯く必要があるんですか。空と白は勝ったんです。他国の力を借りることなく、魔法を打ち破った。」
泣き伏せる幼子を諭すように語る紫恩に、空が続く。
「……人類の可能性を信じつづけた爺さん、やっぱ愚王じゃなかったな。」
「……!」
堪えきれなかった涙がステフの頬を伝い、零れ落ちる。
「彼らならば、人類種は滅亡を免れられる。よかったですね、ステファニー。」
「はい……感謝しますわ。空、白、お兄様……。」
感極まり、崩れ落ちるステフと、それを囲む三人。
そんな彼らのもとへ、元・王候補クラミーが歩み寄る。
「……一体、どんな小細工を使ったの。」
納得いかないといった様子で、憮然と言い放つクラミー。
「どんな、って言われてもなぁ……。」
「まさか、魔法を使わずに勝っただなんて言わないでしょうね!?ただの人類種が、森精種相手に……」
「実際、そのまさかだし。」
当然のように、空は告げる。
「そんな、あり得ない……」
あり得ない。あり得る筈が無い。
でなければ、私のこれまでの苦労は一体どうなるのだ、と。
入念に入念を重ねた策が打ち破られた現実に、クラミーは半信半疑で空を見つめた。
「……別にな。大国の庇護を受けるっていうお前のやり方も、別に悪くはないと思う。」
「だったら!」
「だが、俺はお前のその卑屈な考えが気に入らない。」
空の威圧に、クラミーは硬直する。
それはまるで、蛇に睨まれた蛙の如く。
「他種族の力を借りなければ人類は滅亡する?勝手に限界を決めつける奴に、王なんか任せられねぇ。お前も、そして紫恩も……お前ら、ちょっと人類なめすぎ。」
紫恩の痛い所を的確に突く、空の言葉。
空の後ろで、紫恩は否定することもなく事も無げにただ笑った。
……しかし、クラミーは。
「……っ。」
何かを堪えるかのように、彼女は歯噛みした。
悲痛なまでの怒りを、押し隠……
「わぁぁぁぁぁん!!」
「うわっ!?」
……そうとして、失敗した。
突然子供のように泣き出したクラミーを前に、空は後ずさる。
「折角、森精種相手に契約……取り付けたのにっ!人類種のため……ここまで頑張ったのにっ!それを、売国奴なんかに……こんな……こんなぁ!」
彼女なんてもってのほか、地球では女の子とまともに会話した事すらなかった空。
年齢が童貞歴である彼ではどうすることもできない。
ヒステリックに泣きじゃくるクラミーを、空はただ一歩引いて見つめていた。
「あの、ハンカチを……」
とても苦労したんだろうと、なんとなく罪悪感からかハンカチを差し出す紫恩。
クラミーはそれを奪い取るが、しかし慟哭はそれでおさまることはなく、むしろ勢いを増し続ける。
「絶対認めないんだからぁ!絶対、あんたらの正体暴いてやるんだからぁ!」
……些か、やりすぎただろうか。
なんだか可哀そうになってきた紫恩。
その隣で白は、空に半眼を向ける。
「にぃ……女の子、泣かした。」
「なっ!だ、だってさ、白、俺は!」
「彼女いないくせに……。」
「う。」
「童貞のくせに……。」
「う……うぅぅぅ!」
言葉にならない唸り声を上げる空。
混沌としたこの状況に、紫恩はいよいよ匙を投げたくなった。
―――――
所代わり、戴冠式会場にて。
鎮座する王冠を前に、司祭は再び口を開く。
「……おほん。我こそはという挑戦者はおらぬか。」
やや疲労感を顔に見せつつ、司祭は告げる。
しばしの沈黙の後、挑戦者が居ない事を確認した司祭は、舞台上の空と白へ向き直る。
「では、次期国王は国王選定戦を勝ち抜いた空に……」
「待った!」
司祭の言葉を、空が遮る。
またかという顔をしつつも、司祭は空の次の言葉を待った。
「俺達は二人で一人。つまり王は空白だ。これで異論はない。」
「……それはできませぬ。」
「えっ!?」
まさか断られるとも思わなかったのか、司祭の言葉に空は目を丸くした。
「王は、人類種の全権代理者。全権代理者は盟約で一人と決まっている為、王は一人です。」
「む……盟約か。」
盟約ならば、空も反論のしようがない。
「……それじゃ、建前上は俺でいいや。実務は二人でやるがな。」
「分かりました。それでは、次期国王は空に……」
「異議あり!」
もはや相手にするのも疲れたのか、不服そうにする白に司祭は何も言わなかった。
「にぃが王になったら……ハーレムできる。そしたら白……いらなくなる。」
「はぁ?何言ってんだよ。別に立場上だけだし……」
「だめ。王は白。それで異議なし。」
「それこそお前にハーレムできかねんだろうが!そんなの兄ちゃんが認めません!」
兄妹喧嘩を始めた二人に、会場の観客もざわめく。
そして観客の一人である紫恩は、そんな二人を頭を抱えたくなる思いで見ていた。
「……司祭さん、よろしいですか。」
呆れたように、紫恩は司祭に声を掛けた。
「なんでしょう。挑戦ですかな?」
「いえいえ、そうじゃなくてですね……盟約で全権代理者は一人と決まっているとの話ですが。」
「えぇ。故に、王は……」
「そこですよ、そこ。」
司祭の言葉が遮られるのも、果たして何度目だろうか。
司祭の心境などいざしらず、紫恩は続けた。
「確か盟約では、全権代理者の人数は明言されていなかった筈ですよ。」
―――――盟約その7、集団における争いは全権代理者をたてるものとする
なるほど、確かに人数までは指定されていない。
その事に気付かされた司祭と空白は、寝耳に水といった様子で紫恩を凝視する。
「な……なんですか。」
「なるほど……確かに、明言されておりませぬ。」
「紫恩って、偶に俺らでも気付かないような事に気付いたりするよな。さっきのゲームもだったけど。」
「紫恩……グッジョブ。」
白に親指を立てられる紫恩。
素直に感心されてしまい、紫恩も苦笑するしかなかった。
―――――
「……さて。色々あったが、無事ここまでこれたな。」
無事王位継承も終わり、エルキア王城のとある通路をひた歩く廃人兄妹。
国王としての"選手宣誓"を控えた二人の足取りは、やや重い。
「……にぃ、大丈夫?」
何が、とは言わない。
普段ひきこもりである二人は、大人数相手に話す事に慣れていない。
しかし、これから話す相手は全国民。
大人数なんてものではなく、この世界での全人類とさえ言っていい。
そんな数を相手する兄の心労に、白は気づいていた。
「任せろ。紫恩が居るんだ、なんとかなるだろ。」
まるで、紫恩が居なければどうしようもないとでも言っているかのような言葉。
だらしない兄ではあるが、しかし白自身もそうである以上人の事は言えない。
……だが、今回ばかりは指摘せざるを得なかった。
「……でも、にぃ。紫恩……居ないよ?」
それは、身の毛もよだつ死の宣告。
RPGの石化よろしく、空が固まる。
「……ハァ!?」
石化が解けると同時に、勢いよく後ろを振り向く空。
しかし、そこに居る筈の親代わりの姿は無い。
そもそも最初から紫恩など居なく、それに空が気づいていなかっただけなのだが。
「なっちょっまっ……えぇ!?」
「にぃ……ステフ化してる。」
「いや、それよりなんで居ないんだよ!普通子の晴れ舞台を身近で見たいと考えるのが親ってもんだろ!?」
そんな、"親としての在り方"を語る哀れな子の姿。
まさか兄はずっと気づいていなかったのかと、白はただ呆れていた。
「紫恩……言ってた。"頑張ってくださいね、私は下で見てますから"……って」
白の、渾身のモノマネ。
「お、似てる……じゃなくて!どうすんだよ、これから始まるってのに!」
「……がんば。」
「そんな首をかしげて可愛いポーズされましても兄ちゃんは……あぁぁ、もう!」
もうどうにでもなれ、とばかりにヤケクソな空。
緊張からか歩くペースが速くなった兄に、白は駆け足でついていく。
―――――
そして、子の晴れ舞台を前に、親代わりの彼……紫恩はというと。
花束を携え、アスター家跡地にやってきていた。
「始まりましたか。」
やがて、新国王の演説が街中に響き渡る。
しかし緊張からか、開幕早々どもる若い国王。
自分も残るべきだったかという考えが一瞬頭によぎるが、しかしそれも杞憂に終わった。
空はすぐにいつものペースを取り戻し、紫恩は安心したように笑う。
「……父上、母上。聞こえていますか、彼の言葉が。」
人類種を奮い立たせる、心地よい言葉。
そしてそれを裏打ちする、空白の絶対的自信。
今にも泣き崩れそうな自分を、支えてくれる空白という存在。
「孫をお見せできなかったのが唯一の心残りですが……どうか、空から二人を見守っていてください。」
花束を置き、静かに手を合わせる紫恩。
そしてそんな彼に寄り添うかのように、跡地で咲き誇るエゾギク。
―――――母上が、好きだった花。
彼女は花が好きで、庭で花を育てていた。
特に多かったのがエゾギクで、曰く紫恩の父から貰った初めての花だったらしい。
以来、彼女はエゾギクを大層気に入り、庭が花で埋め尽くされるのにそう時間はかからなかったそうな。
火災で燃え尽きたというアスター家。
火の手が伸びていただろうに、今なお生き残っている花々に紫恩は自然の力強さを……
そして、母親の花に対する愛の強さを、実感した。
ひとしきり挨拶も終わり、王城へ戻ろうと踵を返した紫恩。
しかしその視界の隅にうつったものに、紫恩は足を止めた。
「……?」
咲き誇るエゾギク達の中、一部分だけ不自然に何も咲いていない緑地があった。
丸くそれを囲むエゾギクに何かを感じた紫恩は、緑地に近寄り、観察する。
「……。」
直径20cm程度だろうか。
咲いていない事以外には特に変わった点は見当たらない。
考えすぎか、とその場を離れようとはしたものの、だがなぜか気になる。
花が枯れた後にはとても思えない正円のそれに、紫恩はなんとなく手で触れて……掘った。
「あ。」
わずかに掘っただけで、突然岩盤が姿を現した。
まさか岩盤がこんな近くなわけでもあるまいと、紫恩はその岩の端を探そうと周りの土を掻き出す。
そして、数分後。
直径20cm程度の円形の岩壁が紫恩の前に姿を現した。
まさしく、緑地と丁度同じ大きさである。
奇しくもその岩壁は真っ平で、およそ自然のものとは言えない正円の形状をしていた。
「……っ。」
ごくりと、紫恩は唾を飲み込む。
―――――明らかに何かが隠されている。
意を決して、恐る恐る紫恩はその岩壁に手を掛けた。
意外にも岩壁は軽く、腕に少し力を入れるだけで苦も無く地上へと返される。
そして姿を現したのは、ボロボロになった金属製の箱。
「これは……」
そしてその箱に、紫恩は見覚えがあった。
それは幼い頃、自分が宝物入れと称してガラクタを大事に入れていた小箱。
今の紫恩にとっては恥ずかしい歴史でしかない。
―――――だが、何故こんなものがこんな所に……?
燃え尽きた家の瓦礫と一緒になるならいざ知らず、何故土の中にあったのか。
そして何故、岩壁で蓋がされていたのか。
中身はなんだろうか、と紫恩は小箱のふたを開ける。
「……紙?」
納められていたのは、丸められた羊皮紙だった。
するするとそれを開くと、やたら達筆な文字が紫恩の眼に飛び込んでくる。
それは、紫恩が昔よく見ていた父の筆跡であった。
やけに短めであったが、そこには大きく分けて三つの事柄が書かれていた。
まず一つは、アスター家の最重要蔵書は国王個人に渡し、保管してもらった事。
次に、暴動を鎮める為心中を図っているらしき事。
そして最後に、紫恩を一人残して先立ってしまう事への謝罪。
最後の謝罪については、父の筆跡と、もう一つ……とても綺麗とは言えない崩れた筆跡でも書かれていた。
恐らく、非識字である紫恩の母の筆跡だろう。
内容的も、時期的には紫恩の葬式後で間違いない。
だというのに、その文言はどうみても紫恩宛。
死んだ人相手にあの人達は手紙を残したのかと、紫恩は笑った。
努めて、笑った。
「本当に、あの人達は……。」
―――――どこまで私を泣かせれば気が済むのだろう。
そっと紙を小箱へ戻し、熱く湧き上がる感情と共に蓋をする。
直後、街中から聞こえてきた大歓声。
空の演説が終わったのだ。
紫恩は満足したように瞳を閉じ、小箱を抱え立ち上がった。
「いつか、あの二人も連れてきますね。父上、母上……。」
紫恩の生存を信じ、残されていた手紙。
そこに、逃げた紫恩を恨む言葉は……一言も無かった。