竹野は執務室に戻りながら二サエルの目的を考える。
あの男のことをよく知っているわけではないが少なくとも自分の出世のために大掛かりな計画を立てるような男ではない。
自分を操り人形にしようとした人間をつるし上げ、権力を奪ったはいいがその権力は、裏で事を進めることに長けた彼には自身の関与を疑わせる足枷にしかならない。
彼からしてみればこれ以上の出世はさらなる足枷にしかならない。
二サエルは間違いなく何かを計画している。
こちらからしてみればそれが利益となるのか知るすべがなく不快でしかなかったが。
執務室に戻った竹野は天龍が宿舎に戻ってから所属している艦娘の報告を再度読み直し、憲兵隊、情報部双方の資料とこすり合わせて偽造された情報を探す。
しかし、どうやっても蒼龍しか怪しい経歴を持った艦娘が見つからない。
いくら何でもおかしい。憲兵隊は自分たちの畑である内部調査の仕事に強引に入り込んできた情報部と対立しているため共謀して情報を偽装するとは思えないのだ。
二サエルの行った憲兵隊の改革も、結局情報部出身の彼に対する反発などもあり、憲兵隊は自分たちの監視対象に司令長官も含まれると主張して、憲兵隊内の人事に関して司令部が影響力を持つことを拒んだ。
たとえ二サエルでもそこまで大掛かりなことはできない。
あの男はもともと諜報機関の人間だ。そうであるなら極力関係者を少なくしたがるはずだ。
ここまで調べて分かったことは、この鎮守府の艦娘が実は全員敵だったなどと言うとんでもない展開ではないということだ。
少なくとも今は蒼龍だけを警戒すればいい。資料を片付けて竹野は床につく。
自分をひとまず納得させた竹野だがやはり心のどこかに腑に落ちない何かがあった。
水平線に太陽が見えればそれは苦痛の始まりを意味し、水平線に太陽が沈めばそれはそれで別の苦痛を味わうことになる。
どちらに転んでも何の救いもなかった。私は気づけば提督に殴りかかろうとしていた。そんな私を制止して提督を殴り飛ばしたのは飛龍だった。
ただ私は呆然とするしかなかった。私も飛龍も裁かれることはなく、ここに来た司令長官は満足げに死にかけた提督を見て飛龍に微笑みかけていた。
あの顔は忘れることが出来ない。艦娘たちのリーダーとして私が声を上げようと決心した瞬間でもあり絶望した瞬間でもある。
「私は長門だ。ここの鎮守府の状況はあまりに悪すぎる。ここの艦娘たちを代表して抗議する。」
「君は代表ではないだろう。他と同じさ。何度心を踏みにじられても声すら上げない背景だよ。代表ならこの現状を変えた飛龍がふさわしい。」
二サエルは悪意もなく私にそういった。
次も司令官としてふさわしくない人間が来たら殴ればいいじゃないか。そう言い始めそうな顔をしながらこちらを見ている。
「私は部下であって、上司を殴るわけにはいかないだろう。」
震えながら投げた反論も
「部下と上司でまともなキャッチボールができるならそうでしょう。ですが今、この組織は不要な人間を過剰に保護して艦娘を迫害することで機能を保っています。正常な機能を失った組織で律義に規律を維持しまともじゃない司令官にまともな対応を試みる。それは賢い行動ではなく、狡猾な行動です。恥ずべきことだ。」
そう返される。
「ここにまともじゃない司令官を送っているあなたの責任ではないのか?」
彼はそれを言った途端満足したように
「その通りですね。私を殴りますか?」
そう言ってこちらに歩いてきた。
私はまた立ち尽くすしかなかった。私は彼と目を合わせ続けることが出来ずに下を向く。
それから彼がどんな顔をして去っていったのか私は知らない。
それから四か月、当然私は新しい提督が来ると聞いて相当身構えていた。
今度こそ殴りつけてやろうと。だがそんな気持ちはすぐに消え失せた。
あの司令長官の気が変わったようでようやくまともな指揮官がこの鎮守府にやってきた。
彼は規律も何もなく、ただいたずらに日々を過ごしていた艦娘に秩序と誇りを取り戻させた。私は彼の事をあまり知らない。
いい奴であることに間違いはないのだが、あの司令長官の顔を思い出すとどうしても提督がとんでもない行動に出るのではと想像せずにはいられなかった。
凛とした表情で隠した不安に彼は気づいているのだろうか?
翌朝竹野が目を覚ますと長門が来ていた。
「どうした?何か問題が起きたか?」
天龍も来ていない早朝ともいえる時間に彼女は執務室の扉の前でその大柄な体を折り曲げて体育座りをしていた。
「提督!いや、何でもないんだ?」
「何もないのに執務室の前で座り込んでいたのならそれはそれでどうなんだ?」
長門は慌てて何かしらの言い訳を考えている様子だが無駄である。
少なくともこちらに知られたくない事情があってここに座り込んでいたのだろう。
「まあいい。ひとまず入れ。」
そう長門を執務室に押し込みコーヒーを入れる。
「飲むか?」
「いや。私は飲めな....いや今はいい。」
彼女は隠し事が多いわりに相当嘘をつくのがへたくそなようだ。
放っておいてもそのうちなぜあそこにいたのか喋りそうだ。竹野は自分の分にブラックコーヒーを淹れ、長門の分には砂糖と牛乳を大量に入れたコーヒー風の何かを執務室中央のテーブルにおく。扉の前で立っている長門に着席を促し竹野も長門と向かい合ってソファーに座る。
「そうだ。この時間に起きたのは何かそっちも用事があるからだろう。迷惑をかけたな。」
また長門は逃げようとする。
「少し前まではいろいろ用事があったが最近は天龍も仕事に慣れてきたようで特に急いですべき仕事もない。ゆっくりしていっていいぞ。」
退路をふさがれた長門はこちらと目を合わそうとはせずにコーヒー風の何かをじっと見ている。
カップを持ち上げ顔を強張らせながらカップを傾ける。そんなに嫌なら飲まなければいいのに。
しばらくしてそれがコーヒーとはかけ離れた何かだと気が付いたようでおいしそうに飲み始めた。完全にこちらのことなど忘れているようだ。
「長門?」
「なんだ?」
びくっとしたかと思うと顔に力を入れなおし始めたようで凛々しい顔でこちらを見る。
「何を隠している?」
「この長門の名前に賭けて隠し事などしていない。」
妙に力を入れてそう答える長門の姿はやはりどう見ても何かを隠しているようにしか見えない。
その隠そうとしていることはあえて語る必要のない彼女の悲惨な過去ではなくもっとしょうもないことであるように思える。
「長門。私が信じられないか?」
その凛とした表情の中に作られたわけではない憂いが浮かんだ。
「やっぱりか。」
ここの艦娘たちは飛龍などの例外はあるものの竹野の事を信じようとしているが、やはり彼とのかかわりが薄くなればなるほど竹野のことを何とかして探ろうとする。
長門は駆逐達の様に自然な形で話しかけることが出来ずに竹野を信じたいが信じることが出来ずにいたのだろう。
「私は、いつもリーダーになり損ねるんだ。戦艦長門と同じようにな。」
長門は静かに彼女の心の内を話した。いつもの凛々しい顔にも戦うときの派手な艤装にも似合わない、暗く辛くドラマのような盛り上がりも落ちもないただひたすらに悲痛な過去。二サエルの事、刺し違えてやろうと決めた時飛龍に止められてしまったこと。竹野はそれを静かに聞いていた。
「私にあるのは派手な名前だけさ。これでいいか?」
彼女は自嘲気味に話を終わらせた。竹野は何も言わずに立ち上がり執務室のカーテンを開ける。
「そろそろ日の出だ。朝はいい。体も心もリセットされてまた好きなように生きられる。でも実際はそうじゃない。私は朝には二種類あると思うんだよ。地球の裏側にいた太陽が地球の自転で再び姿を現すことと人生を覆う闇が晴れた時の二つだ。もしかしたら君にとって今は朝じゃないのかもしれない。動いてみて、それで手元すら見えなければそれは夜だと言うことだ。それでだめならまた朝を待てばいい。少なくとも私はこの鎮守府にとっての日の出となるためにここに来た。今の状況がどうであれ私はそういう意思を持ってここにいる。」
「自分のことを太陽だと?よく恥ずかしげもなくそんなことを。」
竹野は少し後悔したが長門の顔を見ると先ほどの演説はまんざら間違いではないように思える。
「恥ずかしいことを言っておきながら大した戦果も挙げられないなんてことはしたくないな。今日の訓練は覚悟しとけよ。」
竹野は長門の方に邪悪な笑みを浮かべる。
「この長門の力、侮るなよ。」
長門は力強い言葉を返す。竹野は頷き時計を見る。時間はもうすぐ0600だ。
投稿忘れてました。ながもんは酒は飲めないらしいのですがコーヒーはどうなんでしょうね?