二サエルが着席するとほかの提督も着席する。
「マーズ。改めて状況を報告してくれ。」
マーズと呼ばれた女は立ち上がり状況の説明を始める。
「まずはこちらの写真をご覧ください。U-5Hが29日前に撮影した南鳥島から南東に約200キロの海域です。クラスの判別はできませんが規模から考えても上位の個体と下位の個体がごちゃ混ぜになっている脅威の高い集団であることに変わりはないでしょう。三か月前のモルッカ海海戦でもわかるように敵の集団戦闘能力は向上する一方で下位個体が上位個体を守るための外部装甲と化しており敵の主力を沈黙させることが難しくなっています。攻撃に際していかに下位個体を安全圏から素早く壊滅させられるかにかかっているでしょう。また敵部隊の今後の動向に関してですが敵が取りうる行動は2パターンあります。グアムへの攻撃、あるいは南鳥島への攻撃です。」
そこでワーグナーが手を上げる。
「発言よろしいでしょうかマーズ....なんと呼称すればいいでしょうか?」
「マーズ情報官でいいですよ。」
二サエルがそう答える。
「ではマーズ情報官、なぜグアム鎮守府を呼ばなかったのでしょうか?」
「グアム鎮守府は防衛連合軍のアメリカとの交易航路が深海棲艦の活動範囲外である北航路に変更されたことにより重要防衛地点から外されほとんどの艦娘がヨーロッパ方面軍に配置転換されました。当然ですがこの情報は情報統制下にありますのでくれぐれも口外しないようにお願いします。続けます。」
マーズはとんでもないことを言った後なんでもないかの様に話を続ける。
いくら何でもグアムを捨てるなど無茶苦茶にもほどがある。グアムを捨てれば敵のフィリピン海侵入が容易になりフィリピン、台湾、沖縄などの複数の重要拠点が常に攻撃にさらされる可能性が高くなる。
しかしそれよりも状況が悪化している大西洋戦線の維持のほうが重要なのだろう。
もし仮に自分が南鳥島に派遣されていなかったら防衛の最前線基地がほとんど機能していないなどと言うとんでもない状況になっていたのではないのだろうか。
「グアム対する攻撃に防衛を講じることはできません。それにこの大部隊に対して我々が戦力を分散して運用したところで防衛に際して発生する被害が甚大だと予測できます。ここからは戦略課のトマスにお願いします。トマス。」
そう呼ばれた男は立ち上がり指示棒を持ち地図を指さす。
「敵が集合している地点は島ではなく何もない海上です。彼らはこちらが攻撃をしてくることを予測していません。そこを一気に突き崩します。南鳥島を拠点に大部隊で一気に彼らを叩きます。目標は敵部隊の殲滅とこちらの被害を最小限に留めることです。防衛に使える部隊を損失してまで敵を叩くのは推奨できません。戦略課からは以上です。」
「ありがとうトマス。君たちに集まってもらったのはここからの方針を決めるためです。すでに攻撃することは決定事項です。いかに戦略目標を達成したうえで戦術的に勝利するかを考えてください。」
二サエルが総括してムーンに目配せをする。
「偵察の詳細です。」
ムーンはホチキスで軽く止められた資料を配布する。竹野はその資料に目を通す。
「敵、兵力4300に間違いは?」
竹野は内心あきらめの入った声でそう聴く。
「間違いはありません。九十九里浜鎮守府から4000の兵力を出していただきますので数的優勢は確保できると思われます。」
ムーンの報告にワーグナーは驚いた顔をして
「まて、4000だと?話が違うぞ。こちらから出せるのは3000までだ。」
「あなたの鎮守府からのヨーロッパ方面軍派兵を中止させた代わりに今回の作戦に参加するんです。それに今回敵を下せなければ君の鎮守府も結局最後は戦うことになってしまいます。」
「いえ、しかし。私が先日の攻勢作戦に派兵したために東京への直接攻撃を許してしまいました。あの時ですら派兵したのは1000です。」
「君の責任じゃありません。戦略課の予想していたことがそのまま起きただけです。それに中越司令がほぼすべての戦力を引き抜かれ少数になっていた近海警備群で東京への攻撃をはじき返しました。今回は近海警備群の兵力も通常状態で全体で20万東京防衛のために一万近い兵力が投入されています。」
「わかりました。ならば3500ではだめでしょうか?」
ワーグナーは妥協案を出す。
「竹野提督。そちらからはどれだけ出せますか?」
南鳥島鎮守府の保有戦力は艦娘1547名。現時点で出撃を繰り返し前線に派遣しても問題がなさそうな艦娘はその約半数である762名だ。
「作戦実行の時期にもよりますが現時点では防衛を考えないのなら750名は派遣できるかと。」
「わかりました。確かそちらには1500名ほどの艦娘がいましたね。一週間以内に1000名まで出せるように訓練をさせてください。防衛は作戦時のみ近海警備群にやらせますから心配しなくていいです。100名程派遣すれば問題ないでしょう。」
無茶苦茶を言って来る。厳しい訓練をしても大丈夫な関係性が出来ていると期待しつつ
「わかりました。何とか間に合わせます。」
そう答える。
「硫黄島鎮守府からは500、父島鎮守府からは200で問題ないでしょうか?」
内藤とマフダは頷き兵力の内訳が決定した。
「ではここからは戦術研究課の私から話を勧めさせていただきます。」
ライアンは立ち上がり電気を消しプロジェクターの前に立つ。
「まず先日のモルッカ海での敗北により戦術の変更を余儀なくされました。下位個体が上位の個体をかばうと我々が上位の個体に向けて行った攻撃のすべてが下位個体に命中し必要以上の攻撃を受けたうえで下位個体は沈没しますがこちらの兵站は悪化していきます。投入する火力が必要以上のものになりいざ上位個体を排除しようとなった時、こちらは攻撃手段損失している可能性が高くなります。モルッカ海海戦で詳しい数値を算出しましたがこちらの攻撃の9割以上がこちらに大きな損失を与える能力のない敵艦に集中しており敵の主力は一方的にこちらの主力を攻撃していました。そこでこちらも同じ戦略を取ることを提案します。もちろん轟沈しろというわけではありません。熟練の駆逐を失うわけにはいきませんから。ですがこちらの高火力艦、特に空母を身を挺して護衛し空母には的確に主力を叩かせます。もちろんこれは艦娘たちに相当な負荷をかけることになりますが一定の効果があることは保証します。」
ライアン自体この作戦に賛成しているように見えないが敵のおかしな戦術に対応するために仕方なく立案されたのだろう。内藤が手を挙げて
「ライアン研究員。この戦術で高い効率を出すには駆逐のダメージを心配していてはとても無理でしょう。敵は耐久以上の攻撃を受けて沈むわけです。一方でこちらは被害を耐久以下でとどめ、損傷した艦は攻撃能力を失う。一見、敵に合わせて作ったかに見えても轟沈を前提にする敵の戦術と比べても効果も効率も明らかに低下するでしょう。」
ライアンは
「ならばあなたは轟沈させた方がいいと?」
内藤を詰める。内藤は返事に困っている様子だった。竹野は口を開き
「もっともな意見だと思いますよ。攻撃から身を挺して守るのと自分へのダメージを気にしながらわざと被弾するのでは似て非なるものでしょう。それにこの戦術が取れるのは深海棲艦の異常な物量によるものであってこちらが同じことをしても、ただいたずらに被害を増やすだけです。」
「なにか思いつきましたか?」
ライアンではなく二サエルがそう言ってこちらを見る。
「一つ考えが。敵の戦術は冷静に見れば欠陥だらけです。こちらの兵力が少なければ集中して短期間での殲滅を実行し敵の主力は万全の状態で攻撃を続けることが出来る。しかし戦闘が長引けば長引くほど護衛は減っていく。だから私たちは主力の到着を意図的に遅らせる。駆逐と軽巡による水雷戦隊で敵を攻撃する。ただひたすらに敵の主力に遠方から魚雷を投射し砲撃を集中させればいい。」
「それなら、結局攻撃手段を失い....」
ライアンは言いかけて気が付いたのだろう。
「こちらの雷撃に意図的に下位個体がぶつかり続け水雷戦隊の攻撃が終了したとしてそこから少なくなってしまった護衛と残された主力たちでこちらの主力を壊滅させられるでしょうか?」
深海棲艦に臨機応変な対応はできない。パターン化された戦術を用いて攻撃をしてくるがこの世の中に万能な戦術も陣形もないのだ。戦術研究課がなぜこんな簡単なことに気が付かないのか。恐らく研究員たちはデータしか見ていない。深海生還は個体差が大きいが艦娘は深海棲艦と違い指揮官もいる。全体としての力で見るなら深海棲艦と同じ戦術など取れない。
「決まりかな?」
二サエルの言葉に全体は同意を示す。
「竹野提督。何かほかに言いたいことは?」
「いえ特に。ただ司令長官、少し個人的に話したいことがありますので後でお時間をいただけますか。」
「山本君に確認しておいてください。」
二サエルは立ち上がりほかの六人と共に部屋を出ていく。ワーグナーがこちらを見て
「新米らしい突拍子もない作戦と発言の節々に見られる妙な説得力。よくわからない新人だな。頑張れよ。しっかりカバーしてやるからな。」
と言っているこの男の事を竹野は知っている。
第一艦隊第三攻撃群教官補佐。内地で訓練の指導を中心にしていた彼と現地で指揮を執っていた竹野の面会はほとんどなかったが第三攻撃群の基地で何度か見かけたことがある。
優秀な教官である一方、上官への態度や指導の厳しさなどが問題になったこともある。良くも悪くも部下おもい、後輩思いが過ぎる男だ。
「お願いします。」
可愛くそんなことを言っておく。しばらく長官室に向かって歩いていると
「お疲れさまでした。」
後ろから冷気が来た。加賀がこちらをにらみながらそういう。竹野が言い訳をしようとすると
「わざわざこんな恐ろしい場所に連れてきておいて私のことを置いていくなんていい度胸ですね。」
恐ろしい場所。加賀が若干涙目になっている。
「すまん。忘れていたわけではあるんだが。」
不満そうな顔でこちらを見る加賀。やけに今日は感情が豊かだ。
ただこの加賀ですらこうであるなら青葉が心配になってくる。彼女らの恐怖の対象から竹野が外れたのは確かだが相変わらず人に対する恐怖心はあるのだろう。
竹野が歩き出すと加賀は無言で後ろをついてくる。エレベータに乗り最上階を目指す。べたなところに長官室を作って安全面でよろしくないのではと竹野は思いつつ歩く。
司令長官室の前につき山本と目が合う。
「竹野提督ですね。長官から話は聞いてます。ちょうど用事もないようですのでそのまま入っていただいて構いません。」
村上と呼ばれるかと思ってひやひやしたがさすがにそんなことはなかった。山本が長官室の扉をたたき
「竹野提督です。ご案内してよろしいでしょうか?」
「入れ。」
中から二サエルの声がして扉を開く。加賀に外で待つように言ってから部屋に入る。
「それで個人的な相談とは?」
二サエルは長官室の奥の机に陣取りこちらを鋭い眼で見る。
「私はあなたと情報戦をして勝てるとは思っていない。」
「どういうことでしょう?」
「お前は何をたくらんでる。」
二サエルはめんどくさそうな顔をして
「君が知る必要がないことです。君は南鳥島鎮守府の指揮官であって今回は私が許したからいいものの君は本来私と面会することのかなわない階級ですよ。」
「ならどうしてさっきの会議には来たんだ?」
「私の企んでいる計画にとって重要な局面だったからです。でも心配しなくていい。私は君の邪魔をしようとしているわけではない。」
二サエルに目的を教える意思はないようだ。
「邪魔をするわけではないならなおさら計画を教えてくれ。もしかしたら手伝えるかもしれない。」
二サエルは笑い。
「大丈夫だ。君は今すべきことをするんだ。絶対に君は私の計画に巻き込まれる。今を楽しめ。」
計画を教える気もなくこちらを勝手に巻き込んでくる。これだから裏の住人は嫌いだ。
「勝手だな。」
「勝手なのはそっちもでしょう。話はそれだけですか?今回の作戦、たのみますよ。」
「やっぱりそうじゃん。同じじゃん。」
青葉は週刊誌を握りしめ涙をこらえていた。
その週刊誌には数時間前まで同じ輸送機に乗っていた男の顔が載っていた。
ページの見出しは「戦犯村上!艦娘10万名に訪れた悲劇とは。」